十六夜神器伝   作:渋川ジュン

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第6話 十六夜神器

 生前、千早の祖父は言っていた。

 

「千早。ワシが死んだら、ワシの骨と一緒にあの禍々しい神器も一緒に葬ってくれ。場所は──そうじゃな。婆さんの隣がいいの」

 

 あれから三年。祖父母の眠る仏壇を前にして、千早はそっと息をついた。自分は弱い。弱すぎる。魔力はない。技量も、度胸も。何もない。だからこそ、何かに頼るしかない。

 

「俺に扱えるのか……? 本物の十六夜神器を──」

 

 つい弱音を吐いたところで、千早はこめかみをグッと押した。

 

「いや……やるんだ。俺が」

 

 自分で限界を設定する。そうして、不満足な自身をどうにかして納得させる。

 

 そんな醜い考え方は、もうやめだ。

 

「じいちゃん────あの日の約束、覚えてるか」

 

 線香をあげて、千早は語りかける。こうしてゆっくりしている時間は本来ない。しかし、祖父の思いを無下にすることはしたくなかった。

 

「『誰かを助ける時だけ』だろ? あの箱を開けていいのは」

 

 仏壇に備えられているのは、大好きだったお酒と、みたらし団子。その奥にはやたらと大きな古めかしい箱があった。

 

 凄みさえある。亡くなってから一度も空けていない。千早は罰当たりだと少々気が引けながらも、箱にそっと手を伸ばした。

 

『ピンポーン』

 

「!?」

 

 千早は飛び上がった。何やら情けない声が出た気がしたが、客人が来るなんて珍しいなと思いつつも立て付けの悪いドアを開けた。

 

「こんにちは。真昼間に失礼するわ」

 

 開けた先には、全く面識のない女性二人組がいた。年はそれなりに近い感じがしたが、なんだか不気味だった。

 

 平日の昼間から学校をサボっている自分も大概だが、こんな時間に訪ねてくる奴など、老人をターゲットにしているに違いないからだ。

 

「えっと、新聞は間に合ってますので……」

 

「これのどこが訪問販売に見えるワケ!?」

 

 赤い服の方が怒った。

 

 というか、この二人組やたらと顔が似ている。先からよく喋り噛み付く赤い服の女性は銀髪碧眼で黙っていれば可愛いだろうに、その勝気さから損をしているタイプ。

 

 そして、横にいる白い外套を羽織っている女性は大変無口かつ無表情で、それが故に可愛さよりも先に怖さや神秘的な要素が目に付くタイプの女性だ。

 

「待って、カシア。よく見たら、表札に『鈴木』って書いてある」

 

「うげ、本当だ! すみません、人違いでした──」

 

 二人がそそくさと立ち去ろうとしたところで、千早はあることに気がついた。

 

 今ならわかる。彼女たちから感じる独特の気配。形而上的な力。

 

 間違いない。こいつらは、魔術師だ。

 

「待ってくれ、二人とも。誰を探してるんだ?」

 

 千早の呼び止めに応じると、二人は一斉に振り返って答えた。

 

「「十六夜国治(いざよいくにはる)。私たちは、彼を探している」」

 

「!」

 

 十六夜国治。かつて魔術界のトップに君臨し、悪い魔術師の殲滅に尽力した功労者だ。

 

 討ち取った魔術師は数知れず。神をも手にかけるその強さは、半世紀に渡って世界のパワーバランスを壊し続けた。同世代の魔術師で、彼より長く生きた者はそう多くいないだろう。

 

「悪い。じいちゃんは四年前に亡くなった」

 

「そ、そう…………」

 

 二人は落胆の色を隠せない。そうだろう。藁にもすがる思いで、かつての英雄の元へやってきたのだ。それなのに同世代のパッとしない男が出てきた。期待外れにも程がある──もちろん、二人はまだ諦めていない。

 

「国治さんが存命じゃないなら、せめて貴方にどうにかして欲しいわ!」

 

「待て待て!! そもそも、お前らはじいちゃんに何の用があるんだ!」

 

「……それは後で話すとして。貴方の名前は?」

 

 俺の質問は無視か──冬町の理不尽に似たサムシングを今一度感じながらも、千早は答えた。

 

「俺は鈴木千早。と言っても昔はじいちゃん同様十六夜姓だった訳だが……君たちは?」

 

「私は三条カシア。で、こっちが双子の妹、ノアよ」

 

「……よろしく」

 

 やはり双子だったか。透き通るような銀髪も、背丈も、瓜二つだ。

 

「とりあえず中に入っていけ。あまり外でしていい話じゃなさそうだ」

 

「……わかったわ」

 

 そうして、二人は鈴木家の応接間に案内された。

 

「随分と、和風なおうちね」

 

「古い家だからな。じいちゃんが死んでから、尚更ボロくなってる」

 

 そんなことはどうだっていい、と千早は言う。それに応じて、カシアが口を開いた。

 

「私たちがわざわざ隣町(ここ)に来たのにもワケがあるわ。今、魔術界隈で争いが絶えないのはご存知よね?」

 

「あぁ」

 

「その中でもいっそう治安が悪いのが、衛府市。私たちの故郷ね。そんな大切な街を、どこの骨かも分からない連中に壊されていくのが……許せなかったのよ」

 

「魔術師を憎む、か。ということは、君たちは魔術警察(トラスト)なのかな?」

 

 いいや、と言ってカシアは否定する。

 

「確かに、一度は入隊したわ。でもね、入ってみてわかった。あの組織は本当に腐ってるわよ。工作員は入り放題だし、特にトラストの重鎮は本来取り締まるべき過激な魔術師たちと裏で繋がっているわ」

 

「……本当か?」

 

「ええ。トラストは市民の税金で運営されているというのはご存知かしら? それなのに、支出の一部は黒塗りにされてるのよ。支出先をリークしようとしたジャーナリストがいたけど、その数日後に死んだわ」

 

 衝撃の事実を知って、千早は身震いした。

 

 違法な魔術師を取り締まるはずのトラストが、裏で魔術師と繋がっている、だと? 

 

「さっきまで私たちは衛府に居たんだけど、その時は真昼間から堂々と、魔術師と手を組んで結界を張っている奴らもいたわ。人数は四人。私たちじゃ、手も足も出ない相手だったけど……」

 

 カシアが語っていると、隣で黙っていたノアがようやく口を開き始める。

 

「……一応聞くけど、あなたは悪い人じゃない?」

 

「ハハ。どういう質問だよ、それ」

 

 千早は軽口を叩いてから、答えた。

 

「平和を目指すってのが正義だとするなら、俺は悪い人じゃない」

 

「……そう。じゃあ、教えてあげる。私は氷を扱う魔術師。カシアは──」

 

「炎の魔術師ってとこかしら。剣を使った接近戦が得意よ」

 

 二人は自身の能力を明かす。能力を知られることは基本デメリットしかないので、これは実に異例なことだった。

 

 ましてや同じ勢力に与するでもない、初対面の相手に明かすのは尚更だ。千早は少々驚いたものの、話の続きを促した。

 

「それで……トラストと魔術師の連合に出会ったんだけど……強かった。私の氷は怪力の男女に割られるし、カシアの炎は相手の炎に適わなかった」

 

「……悔しいけど、そうね。あの四人はとんでもない実力者の集まりだったわ。なにか共通の目的があるみたいね」

 

「よく生きて帰ってこれたな」

 

「まぁね。逃げてる途中、別の魔術師が運良く私たちと入れ替わるように戦場に向かっていったから、今頃そいつら同士で戦ってるんじゃないかしら?」

 

「別の魔術師?」

 

 千早は眉をひそめる。

 

「特徴は?」

 

「なんだか古風な服装だったわ。それこそ、このお家みたいな────」

 

「なんだって!」

 

 千早は思わず机を叩いて、立ち上がった。

 

「髪は? 身長は?」

 

「い、いきなり何よ。……えっと、たしか赤と紫のメッシュが入っていたわ。一瞬すれ違っただけだけど、背はそんなに高くない」

 

「あと……魔力量がすごかった。遠くてもすぐわかるくらい」

 

 やっぱりか。千早は確信に至る。あの後、冬町は、カシアとノアが出くわした魔術師たちの元へ向かった。そして今、戦っている可能性が高い。

 

「恐らくそいつは、俺の友人だ。メチャメチャに強い奴で、なんでも遠い昔から来たとか────」

 

「え、それって昔の英雄ってこと?」

 

 間髪入れずに聞いてくるのは、カシアの方だ。

 

「それは…………」

 

「聞いたことがあるわ。かつての英雄を召喚して、好き勝手やろうと企んでる黒魔術師がいるって。もしかしてあんたもそんな外道だったわけ?」

 

「あのバカと一緒にするな。俺は拾ったんだよ。道端で倒れてるアイツを」

 

 千早が学校から帰ってきたあの時、十六夜冬町は、確かに血だらけになって電柱の近くに倒れていた。

 

「……まぁいいわ。それにしても随分と貴方はお人好しね。世の中の秩序を乱す老害なんて、私はとっとと消えるべきだと思うけど」

 

「ちょっと、カシア……」

 

 カシアの口が悪くなったところで、ノアがそれを諌めている。

 

 千早が、黙っているはずもなかった。

 

「『世の中の秩序を乱す』? 逆だ。アイツ──十六夜冬町は、みんなの平和のために戦場に向かったんだ。……本当の邪悪は俺だよ。あいつの期待に応えてやれなかった。ただ、勇気が無かったんだ」

 

 息継ぎをするようにお茶を一口飲んでから、千早は再び口を開く。

 

「アイツは強くて優しい。そんな健気な女の子を、老害呼ばわりするのはやめてくれ」

 

「……そう。悪かったわね」

 

「別にいい。そんなことより──二人は俺のじいちゃんにどうして欲しかったんだ?」

 

「えっ?」

 

「どうして欲しいも何も、国治さんはもう亡くなったんじゃ……」

 

「一応言ってみろ」

 

 千早の質問に、意外にもカシアがたじろぐ。よくわからんやつだなと思っていたら、代わりにノアが答えた。

 

「止めて欲しかったの。この醜い争いを、憎しみの連鎖を……」

 

「……そうか」

 

 ノアの答えは、至ってシンプルだった。

 

「故郷がどんどん壊されていくのは見てて辛かった。でも、私たちじゃ力不足で──」

 

「……さっきの奴らは言っていたわ。『ここに来るまでに何千もの一般人を殺した。仕方なかった』って。罪のない人たちを巻き込んでまでやる争いに、なんの意味があるっていうのよ……!」

 

「!」

 

 感情が昂ったのだろうか。カシアの目には涙が浮かんでいた。それを無言でノアが拭く。

 

 罪のない人たち。それは、彼女らも同じだ。

 

「よし決めた。行こう、二人とも」

 

 千早は決心がついた。グズグズしてる場合ではない。

 

 話を聞く限り、目の前の二人は決して弱くはない。実際、冬町には当然及ばないが、そこそこの魔力量を感じる。しかし、相手はそんな二人でも歯が立たないほどの強敵だらけだ。そんな敵と1対4で応対すれば、さすがの冬町もタダでは済まないだろう。

 

「え? たしかに、いつか行かなきゃとは思ってるけど……」

 

「あなたの魔力量じゃ……」

 

 二人は明らかに乗り気でない。それも仕方の無いことだ。一般人とさして変わらない千早の魔力量。戦場に行ってもどうにもならないのは、一目瞭然だった。

 

「任せろ。じいちゃんの形見がある」

 

 千早は立ち上がると、仏壇のある和室へと向かった。その間、カシアとノアはひそひそ話をしていた。

 

「形見……」

 

「不安だけど……信じよう、カシア」

 

「とは言っても……!」

 

「あの人は仮にも十六夜家の出身なんだよ。絶対……何かあるはず」

 

 二人が話している間に、千早は仏壇へと身を乗り出し、その大きな箱を手前に引き寄せていた。

 

「…………」

 

 開ける前なのに、禍々しささえ感じられる。じいちゃんの伝言通りなら、ここに十六夜神器がある。もしかすれば、ただの剣かもしれない。もしかすれば、多大な魔力量を必要とする、千早にとっては無用の長物かもしれない。

 

 それでも、何が出てきても構わない。藁だろうが何だろうが、俺はそれを持って戦う! 

 

「…………!」

 

 大きな箱を開ける。やたらと重い。しかし未来を変えるには随分と軽く感じられた。

 

「これは刀と、……狼?」

 

 千早が取り出したのは、まったく研がれていないボロボロの刀と、狼の頭部をかたどった謎の武器。

 

 今更このような豪勢な道具を持たされても、何もできる気がしない。だけども、それしかカシアとノア、そして冬町を援護する手段は無いのだ。

 

『お前に期待した私が馬鹿だった』

 

 …………不意に、冬町の言葉を思い出した。なんだよ。だから、なんだって言うんだ。

 

 やってやる。なんだって、やってやる! 

 

「俺は──────」

 

 他の誰でもない、十六夜千早だ。

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