十六夜神器伝   作:渋川ジュン

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第8話 氷の狂想曲

 戦場、橋の下。田舎から都市へと続くこの道も、この日は結界が張られている影響で廃墟と化していた。

 

「……しつこいわね!!!」

 

 チャイナドレスの春蘭は苛立ちを見せていた。距離を詰めるしか自分の攻撃手段はない。しかし、三条ノアの圧倒的な氷魔術を前に、距離を詰めることが出来ずにいたのだ。

 

 急速に根を伸ばすが如く、春蘭を捉えようとする氷の魔術。季節外れの氷道が辺りに広がり、春蘭の移動を不自由にさせた。

 

「……物事には相性があってね」

 

 氷魔術のノアは、微笑を浮かべると、10m先で肩を動かして息をする春蘭に向かって言った。

 

「あなた──相性最悪だね」

 

「……!」

 

 春蘭の怒りの緒がプッツンと切れた。

 

 ついさっきボコボコにしたはずの女が──生意気な口を利きやがって。

 

 ──利きやがって!! 

 

「……あんまり調子に乗らない方がいいわよ」

 

 春蘭はドスの効いた声で言った。

 

 今までは迫ってくる氷を時に避けたり、壊したりすることでその場を凌いでいた。

 

 しかし時は満ちた。今だ。今、やるしかない! 

 

 射程圏内に入った! こっちには、無限の魔力がある! 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!! 『支那式第四武闘魔術───」

 

 春蘭は唱える。中国に代々伝わる、最強の格闘魔術、『リンホー』。その中の一つ、『支那式第四武闘魔術』は自身の攻撃速度と威力を格段に向上させ、一気に距離を詰めて相手の息の根を止めるといった技だ。

 

 当然、魔力の消費は激しい。しかし、それはペンギンの魔力供給で補える────

 

「……………………あれ?」

 

 車を50キロ運転したいのに、ガソリンが全く足りていない。

 

 今の春蘭はそれと同じだ。

 

 体は万全である。しかし、肝心の魔力は全く足りない。

 

「まさか、ペンギンがやられた────」

 

「人の心配してる場合なの?」

 

 氷のように冷たい一言。

 

 春蘭はハッとして顔を上げる。

 

 先程ボコボコにして追いやったはずのポーカーフェイス女が。不敵な笑みを浮かべて笑っていた。

 

 ウィザードにことごとく氷を溶かされ、市外に追いやられたはずの負け犬が。いつの間にか……自分を上から見下している? 

 

「……クソアマが!」

 

 春蘭は吠える。慢心だ。慢心しきっていた。あの時ノア(こいつ)をボコボコにできたのは、数的不利かつウィザードの援護を貰っていたからだ。確かに自分たちは強い。手負いの英雄相手に四人で打ち勝てる。しかし────ウィザードが不在で、かつ肝心の魔力供給が途絶えたら、どうだ。

 

「『氷の国は、貴方を凍てつく冬へと招待する。氷の壁は、貴方に越えられない絶望を押し付ける。氷の影は、貴方の心をも凍らせるだろう────」

 

 ノアは詠唱を始めた。思わず、春蘭は冷や汗をかく。これはまずい。先程は見せなかった、こいつの強者としての一面。彼女に余裕を与えてはならなかった。今更気づいても遅い。

 

 やがてノアは春蘭を捉えるべく足下に氷を張らせた。氷塊は彼女の生足を捉えて、離さない。

 

「くっ……!」

 

 どうして自分が、こんな雑魚なんかに──

 

 虚勢を張ったところで何も変わりはしない。絶望は与えた分だけ──自分にも返ってくる。

 

「ねぇ……あなたは、どうして戦ってるの? さらに踏み込んで言うと──どうして一般の人たちを、殺すの?」

 

 ノアは大技を繰り出すかというところで、春蘭にそう問いかけた。

 

 文字通り背筋が凍って、上手く喋れそうにもない──春蘭は震えた声で、だけれども強がって見せた。

 

「さぁ、一般人がムカつくってだけだけど? そんなことより、これから私をどうするつもり? 小娘如きが、私に何をしようって言うのよ。一体どうやって────」

 

「はぁ」

 

 ノアはため息をついた。それは、物事に区切りが着いた瞬間だった。

 

「すべてをあなたに──────────────────────────────────────────────────────『凍てつく氷と、冬の狂想曲(アイス・カプリチオ)』」

 

 刹那、周辺の天候は様変わりする。

 

 錬成された魔力を土壌に、吹き荒れる雪。それと同時に、春蘭を覆うように現れた厚い氷の壁。下は一面雪景色に、視界はすこぶる悪い。

 

 そんな春蘭を文字通り、氷の壁が圧死せしめんと迫り来る。

 

 嫌だ。まだ死にたくない。春蘭は避けようともがく。しかし、氷塊が彼女の足を掴んで離さない。仮に壊せたとしても、スケートリンクのように張った氷の前には何もかもが無意味。

 

 刹那、氷の壁が、ゆっくりと、けれども着実に春蘭へと迫る。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁ!!!」

 

 どれだけ叫んでも、吹雪でどこにも届かない。生々しい氷の壁が自身に迫る。このままでは死ぬ。いっそ殺してくれ。いずれにせよこの天候が続くのであれば、自分は凍死する。

 

 ……あまりの寒さに、春蘭は意識を失った。地獄は、ノアの手の中にあった。

 

 やがて氷の壁が、彼女の体に触れた。そのまま、押し込む、押し込む────。

 

 そして、凍てつく氷と、冬の狂想曲(アイス・カプリチオ)が解除された。雪と氷は一様に溶けていき、温度も元に戻る。

 

「まだまだ未熟だから、これくらいの時間が限界かな」

 

 ノアは紅くなった空間を見つめていた。

 

 少し気持ち悪くなって、目を背けた。

 

「……そろそろ溶け始めちゃうかも。あの鳥を、探さなくちゃ」

 

 南極に生息しているペンギンだが、凍る時は凍るらしい。

 

 強制転移で橋下の道路に春蘭を転移させた際、間違ってペンギンを巻き込んでいたのだ。

 

 最初は春蘭を見失っていたから、目の前にいたペンギンをひとまずターゲットにした。小さかったから、ノアはすぐに凍結させることができたのだが──やはりそうだ。春蘭の反応を見るに、あの鳥は彼らの心臓だ。

 

 とっととトドメを刺してしまおう。

 

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