戦場、橋の下。田舎から都市へと続くこの道も、この日は結界が張られている影響で廃墟と化していた。
「……しつこいわね!!!」
チャイナドレスの春蘭は苛立ちを見せていた。距離を詰めるしか自分の攻撃手段はない。しかし、三条ノアの圧倒的な氷魔術を前に、距離を詰めることが出来ずにいたのだ。
急速に根を伸ばすが如く、春蘭を捉えようとする氷の魔術。季節外れの氷道が辺りに広がり、春蘭の移動を不自由にさせた。
「……物事には相性があってね」
氷魔術のノアは、微笑を浮かべると、10m先で肩を動かして息をする春蘭に向かって言った。
「あなた──相性最悪だね」
「……!」
春蘭の怒りの緒がプッツンと切れた。
ついさっきボコボコにしたはずの女が──生意気な口を利きやがって。
──利きやがって!!
「……あんまり調子に乗らない方がいいわよ」
春蘭はドスの効いた声で言った。
今までは迫ってくる氷を時に避けたり、壊したりすることでその場を凌いでいた。
しかし時は満ちた。今だ。今、やるしかない!
射程圏内に入った! こっちには、無限の魔力がある!
「はぁぁぁぁぁぁぁ!! 『支那式第四武闘魔術───」
春蘭は唱える。中国に代々伝わる、最強の格闘魔術、『リンホー』。その中の一つ、『支那式第四武闘魔術』は自身の攻撃速度と威力を格段に向上させ、一気に距離を詰めて相手の息の根を止めるといった技だ。
当然、魔力の消費は激しい。しかし、それはペンギンの魔力供給で補える────
「……………………あれ?」
車を50キロ運転したいのに、ガソリンが全く足りていない。
今の春蘭はそれと同じだ。
体は万全である。しかし、肝心の魔力は全く足りない。
「まさか、ペンギンがやられた────」
「人の心配してる場合なの?」
氷のように冷たい一言。
春蘭はハッとして顔を上げる。
先程ボコボコにして追いやったはずのポーカーフェイス女が。不敵な笑みを浮かべて笑っていた。
ウィザードにことごとく氷を溶かされ、市外に追いやられたはずの負け犬が。いつの間にか……自分を上から見下している?
「……クソアマが!」
春蘭は吠える。慢心だ。慢心しきっていた。あの時
「『氷の国は、貴方を凍てつく冬へと招待する。氷の壁は、貴方に越えられない絶望を押し付ける。氷の影は、貴方の心をも凍らせるだろう────」
ノアは詠唱を始めた。思わず、春蘭は冷や汗をかく。これはまずい。先程は見せなかった、こいつの強者としての一面。彼女に余裕を与えてはならなかった。今更気づいても遅い。
やがてノアは春蘭を捉えるべく足下に氷を張らせた。氷塊は彼女の生足を捉えて、離さない。
「くっ……!」
どうして自分が、こんな雑魚なんかに──
虚勢を張ったところで何も変わりはしない。絶望は与えた分だけ──自分にも返ってくる。
「ねぇ……あなたは、どうして戦ってるの? さらに踏み込んで言うと──どうして一般の人たちを、殺すの?」
ノアは大技を繰り出すかというところで、春蘭にそう問いかけた。
文字通り背筋が凍って、上手く喋れそうにもない──春蘭は震えた声で、だけれども強がって見せた。
「さぁ、一般人がムカつくってだけだけど? そんなことより、これから私をどうするつもり? 小娘如きが、私に何をしようって言うのよ。一体どうやって────」
「はぁ」
ノアはため息をついた。それは、物事に区切りが着いた瞬間だった。
「すべてをあなたに──────────────────────────────────────────────────────『
刹那、周辺の天候は様変わりする。
錬成された魔力を土壌に、吹き荒れる雪。それと同時に、春蘭を覆うように現れた厚い氷の壁。下は一面雪景色に、視界はすこぶる悪い。
そんな春蘭を文字通り、氷の壁が圧死せしめんと迫り来る。
嫌だ。まだ死にたくない。春蘭は避けようともがく。しかし、氷塊が彼女の足を掴んで離さない。仮に壊せたとしても、スケートリンクのように張った氷の前には何もかもが無意味。
刹那、氷の壁が、ゆっくりと、けれども着実に春蘭へと迫る。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁ!!!」
どれだけ叫んでも、吹雪でどこにも届かない。生々しい氷の壁が自身に迫る。このままでは死ぬ。いっそ殺してくれ。いずれにせよこの天候が続くのであれば、自分は凍死する。
……あまりの寒さに、春蘭は意識を失った。地獄は、ノアの手の中にあった。
やがて氷の壁が、彼女の体に触れた。そのまま、押し込む、押し込む────。
そして、
「まだまだ未熟だから、これくらいの時間が限界かな」
ノアは紅くなった空間を見つめていた。
少し気持ち悪くなって、目を背けた。
「……そろそろ溶け始めちゃうかも。あの鳥を、探さなくちゃ」
南極に生息しているペンギンだが、凍る時は凍るらしい。
強制転移で橋下の道路に春蘭を転移させた際、間違ってペンギンを巻き込んでいたのだ。
最初は春蘭を見失っていたから、目の前にいたペンギンをひとまずターゲットにした。小さかったから、ノアはすぐに凍結させることができたのだが──やはりそうだ。春蘭の反応を見るに、あの鳥は彼らの心臓だ。
とっととトドメを刺してしまおう。