インフィニット・ストラトス~~メタルウォーリアー~~ 作:結城
そこは、暗く湿った部屋だった。部屋、とされているが部屋と呼ぶにはおこがましい有様だった。薄暗く、光源と言えばドアの上部に取り付けられたのぞき窓のみ。天井から無造作にぶら下がっていた豆電球は、とっくにヒューズが切れ、スイッチを操作してもうんともすんとも言わない。
ほかにあるのは、薄汚れたトイレと使い古されたベッドだけ。『これなら刑務所の独房の方がまだマシ』と言って差し支えない程に、薄汚れていた。
そんな部屋のベッドの上で、一人の少年が眠っていた。身に着けているのは、貫頭衣にも似た、シンプルな服だけ。
と、その時足音が聞こえてきた。床を叩く靴底の音が嫌に響いて聞こえてくる。やがてその足音は、少年の部屋の前で止まった。
数秒して、ガチャリと扉の鍵が開く音がした。
「起きろ、実験体1号」
入ってきた、白衣姿の男はベッドで眠る少年を、まるで物やモルモットでも見るような冷たい目で見降ろしながら声をかけた。
「……」
すると、眠っていた少年が無言のままむくりと起き上がった。
「新機体のデータインストール実験だ。来い」
「……」
促されるまま、少年は無表情かつ無言で男の後を追った。 誰もいない、部屋の並んだ廊下を歩いていく。ただ二人の足音だけが響く。 そして、部屋の脇にはプレートが掲げられていた。だが、番号が掛かれたプレートの殆どに『廃棄』、『実験中死亡』と書かれたテープが張られていた。
やがて、少年は男のあとを追い、一つの部屋に到着した。
「いつも通りだ。中の椅子に座れ」
「……」
少年は、無言で部屋の中にあった椅子へと腰を下ろした。だがその椅子には、所々血の跡が残されていた。それでも少年は、表情一つ歪めずに、無言で、無表情のまま椅子に座った。すると、男が少年の手足を、椅子に備え付けられていた枷で固定してしまう。だが、そんな行動にも少年は反応せず、ただじっと椅子に座っていた。
最後に、近くに置かれていたヘルメットのような機材を少年の頭に被せると、男は隣の部屋へと向かう。
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「成功体1号、ザ・ワンの着席及び固定を確認。インストール用ヘルメット、装着完了」
「よぉし。それじゃあ今日の分を『インストール』するか」
隣の部屋には、数人の薄汚れた白衣を纏った男たちがいた。
「今日はそうだな。『ユニコーンガンダム』でどうだ?」
「はぁ?なんでユニコーンなんだよ」
「それはもちろん。あの機体の能力、『サイコミュジャック』を『再現』できればって話さ。聞いたところによれば、イギリスの第3世代ISにはサイコミュのような遠隔操作兵器が実装されるらしい」
「成程。確かにユニコーンなら格闘性能も射撃武器威力も申し分ない、か。よし。じゃあそれで行こう」
男たちは、少年へ『流し込む機体データ』を選ぶと、数台のPCの操作を開始した。
PCには無数のデータが映し出されるのだが、その中に『対IS用特殊金属融合体・実験成功体第1号』、『ザ・ワン』と書かれていた。 それこそが、少年のここでの呼び名だった。
「データインストール準備完了。いつでも」
「よし。ではインストール開始っ」
「了解っ」
リーダー格の男の指示に従い、男の一人がPCのENTERキーを叩いた。直後、少年の頭に被せられていたヘルメットが唸りを上げる。
「ッ!??!?!」
そして少年は、そこへきて初めて表情を見せた。だがそれは、苦悶の表情だった。目を見開き、歯を食いしばりながら少年はガタガタと暴れだす。
「あがっ!?がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
脳の中に直接何かを刻み込まれるような激痛に、少年は暴れるが拘束があるため、逃れる事は出来ない。一方で男たちは、少年がどれだけ痛がろうと表情一つ変えない。
「くくくっ、ユニコーンが実装できれば、いよいよこいつの戦闘力は未知数だっ!」
「あぁっ!早くこいつでいけ好かない女どもをぶち殺してやりたいぜっ!」
むしろ、全員が狂気じみた笑みを浮かべていた。
ここは、『IS』と呼ばれる存在によって人生を歪まされてしまった、男たちの復讐のための実験場だった。 ある者は痴漢の冤罪で。ある者は謂れのないセクハラで。ISという『虎の威を借りる狐』である女たちによって、男たちの人生は滅茶苦茶にされ、そして、『狂気』が男たちを支配した。
『あの女たちに復讐するために』、そんな執念から、男たちはいつしかマッドサイエンティスト、狂気の科学者へと身をやつした。そして、連鎖する怒りと狂気によって、少年もまた、『壊されてしまった』。
彼らは、執念の研究でとある金属を作り出した。それが『ナノメタル』という自立思考金属体だった。ナノメタルは情報を得て様々な武器や施設などに変化する金属だった。だが、彼らはその研究を推し進めた。 やがて研究は、人とナノメタルを融合させた『生体兵器』の開発へとシフトしていった。
その結果、彼らは人身売買にまで手を出した。更に未発達な脳を持つ子供たちの方がナノメタルと相性が良いという研究結果から、彼らは年端も行かない子供、それも少年たちを誘拐してきた。 そして、彼らは一人の少年をおもちゃにした。
それこそが今まさに椅子に固定され絶叫をつづける少年、『ザ・ワン』だった。既に彼自身の心は、激痛を伴う実験とインストールの繰り返しによって破綻していた。日々、言われるがままの実験を繰り返すザ・ワン。
男たちの研究成果、対IS用特殊金属融合体・実験成功体第1号であるザ・ワンは、ナノメタルと融合した人間であり、そのナノメタルの特性を用いてとある兵器を作ろうとしていた。
それが、『ロボットアニメに登場するロボットを人間大のサイズで動かす事』、だった。ISには、並の戦車や戦闘機、戦艦などでは歯が立たない。それほどまでにISは強い。
だが、ならば『並の存在ではないロボットでISに立ち向かえばいい』と、男たちは考えた。そして、ザ・ワンにとって最悪だったのはナノメタルにはそれを可能にするスペックがあった事だった。
彼らは、様々なロボットのデータをザ・ワンの中に押し込んだ。
『モビルスーツ(※ガンダム)』、『バルキリー(※マクロス)』、『ナイトメアフレーム(※コードギアス)』、『アーマードトルーパー(※ボトムズ)』などなど。
ある意味、男たちの憧れを、狂気で塗り固め少年の中にこれでもかと流し込み続けた。少年がどれだけ痛がろうと、より強い機体、ロボットでISを打倒するために。
そして、ユニコーンガンダムをインストールした後も、男たちは強いと思ったロボットのデータをザ・ワンの中にインストールし、この極秘の研究施設で実験と解析を繰り返していた。
だが、ある日。
『ドガァァァァァンッ……!!!!』
「ッ。……?」
ザ・ワンは遠くから聞こえてきた爆発音で目を覚ました。彼は起き上がり、ドアの方へと視線を向けた。すると、遠くから男たちの悲鳴じみた怒声が聞こえてきた。
「クソッ!女どもだっ!奴ら、どうやってこの施設を嗅ぎつけたっ!」
「不味いっ!こうなったら、ザ・ワンの実戦テストも兼ねて奴らを、ぐあぁっ!?」
「な、何だこいっ!?うがぁっ!?」
男たちがザ・ワンの部屋に近づいていたようだが、何者に襲われているようだ。だが、ザ・ワンは何もしようとしない。 彼らが憎いから助けないのではない。既に彼は、誰かを憎いと思うような心さえ失っているのだから。
ではなぜ彼は動かないのか?その理由は簡単だ。『指示を受けていないから』だ。心の壊れた彼に、もはや自発的に動く、などという事は存在しない。だから、彼はただ茫然と扉の前に立っていた。
やがて、戦闘の音が消え、代わりにこちらに近づいてくる足音があった。そして……。
「あっ!ここっ!?」
『バンッ』と音がするほどの勢いでドアが開けられた。現れたのは、水着にも似た、『ISスーツ』を纏った緑色の髪と眼鏡が特徴的な女性だった。
「ッ!居ましたっ!織斑先生っ!ここですっ!」
「……この少年か」
更に、緑色の髪の女性、『山田 真耶』が声を荒らげると、黒髪に戦闘用らしいスーツ。そしてそのスーツに無数の刀を備えた女性、『織斑 千冬』が現れた。
「君、大丈夫?」
「……?」
真耶が優しく声をかけるが、ザ・ワンは首をかしげるばかりだ。
「おいっ、お前の名前はなんだ?それくらい答えられるだろう」
「な、まえ?なま、え」
今度は千冬が少し強い口調で語りかけるが、ザ・ワンは首をかしげながらその言葉をリピートする。が……。
「名前、は。……対IS用特殊金属融合体、実験成功体第1号、ザ・ワン」
「ッ!!」
「………」
機械的にその名称を漏らす彼に、真耶は息を飲み、千冬は声こそ上げていない者の、怒りから眉をひそめていた。
「そ、そうじゃなくてっ!そんな名前じゃなくてねっ?あなたの名前を、教えてくれませんか?お父さんとお母さんからもらった、大切な名前があるでしょう?」
「………ぼ」
「ん?」
「僕、に、家族が、居る、ん、ですか?」
「ッ!!!」
衝撃的なその言葉を無表情で告げる彼に、真耶はより一層表情を歪めた。
「お、覚えて、無いんですか?」
「………」
真耶が震える声で問いかけると、ザ・ワンは首をフルフルと無言で横に振った。
「もう、何、も、覚えて、無い。痛くて、苦しくて、辛くて。だから、だから、全部、全部、全部、忘れて、消して、捨てて。……じゃあ、僕は、誰?」
「ッ!!ッ!!!!」
真耶は口元に手を当て、静かに涙を流している。
「酷いですっ。酷すぎますっ!なんで、なんでこんなっ!」
「……虫唾が走るな。あの連中には」
涙を流す真耶と、怒りの表情で小さく吐き捨てる千冬。そこに、施設の制圧に参加していた別の女性が駆け寄ってきた。
「織斑先生、山田先生。首謀者を含めたターゲット全員の確保を完了しました」
「そうか。……それで、生存者は?」
「……」
彼女の問いかけに女性は静かに首を左右に振った。
「数人に情報を吐かせましたが、奴らの言う実験体で残っているのはその少年だけのようです。他は、その、実験中に拒絶反応で死亡。遺体は、焼却処理、したと」
「ッ、外道どもめ……っ!」
ギュッと拳を握り締める千冬。
一方で……。
「う、うぅっ」
真耶は大粒の涙を流していた。 それは彼の現状を憂い、嘆き、悲しんでいたからだ。とても普通の子供が経験するような事ではない。地獄のような日々に、心を壊され記憶すら自ら消してしまった彼に、真耶は同情を禁じえなかった。
「どうして、あなたが、泣くの?」
そんな真耶の姿に、ザ・ワンは小さく問いかけた。心が壊れてしまった彼に、真耶が涙を流す理由など、分からなかった。
「私は、悲しいから泣いてるんです。こんなの、こんなの、あんまりですっ!」
そう叫んだ真耶は、泣きながらザ・ワンを抱きしめた。心の壊れた彼は、そんな行為に何の反応もしない、はずだった。
「ッ」
それでも、彼の右手は彼の意思に関係なく、彼女の背中へと回された。その動きに、彼自身が戸惑う。
「どう、して……?」
もはや人間性など喪失した彼の、まるでぬくもりを求めるかのようなどこか人間らしい行動に、ザ・ワン自身が首をかしげている。だが今ここに、彼にその問いかけの答えを与えられる者はいない。
涙を流す真耶と、困惑するザ・ワン。 そして、それを見守っていた千冬。
「織斑先生。この後は?」
「……予定通りだ。この少年を保護する。丁重にな。……あのクズ共におもちゃにされた被害者たちの中で、ただ一人の生存者なのだから」
その言葉を呟くと、部屋に背を向けて千冬は廊下へと出る。そして、周囲を見回すと彼女は黙とうを捧げるように、しばし目を閉じ俯き、そしてその拳を強く、強く握りしめるのだった。
その後、ザ・ワンは施設の制圧部隊によって保護され、真耶に付き添われながら施設の外へと連れていかれた。
一人、誰もいない部屋が並ぶ廊下に立ち尽くす千冬。
「……これが、私とお前の選択の結果だというのかっ、束……っ!」
そんな中で千冬は、歯を食いしばり、割けた唇が血を流すのだった。
これは、ISという兵器に抗うために生み出された兵器の少年が、皮肉にもISを駆る少年と少女たちと共に、数多の機動兵器となって共に舞う物語である。
第1話 END
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