わたしの名はポリアンナ。
かつて悪と戦い世界の秩序を守るヒーローをしていた女であり、また最愛の人を自ら殺してしまった女でもある。
わたしは超人としてこの世に生を享けた。
両親は普通の人たちであったので、この体質と能力は突然変異によるものだ。
成長する過程で自身の力を制御する術を学んだわたしは、それを正義のために使う道を選んだ。
幼少時から見聞きしていたヒーローたちへの憧れもあったし、自身に与えられた力に意義を見出したいという思いもあった。
また単に思いきり力を振るいたいという欲求もあっただろう。
どうせ振るうならヴィランよりヒーローとしてがいい。
若かりし頃のわたしは単純だった。
十代の終わりにデビューし、三年間で世界でも有数のヒーローの一人に数えられるようになった。
強かったのだ。
ごくシンプルに、物理的に。
わたしは強かった。
世の中は強いヒーローを持てはやす。
その者の容姿が優れていればなおさらだろう。
顔は悪くないと思っている。自分自身気に入らないところはいくらでもあるが、世間一般の基準で言えばわたしは美人の部類に入るらしい。
胸と尻もなかなかのものであると自負している。
背は180cmあり、太ってはいない。いわゆる一般的なアスリートの体型に近いが、彼女らは厚さ一メートルある地下シェルターの防護扉を素手で千切るようなことはできないだろう。だが、彼女らと大差ない体格のわたしには鼻歌交じりにそれができる。
世界でもっとも美しく強いヒーロー。
とある有名誌の記事がわたしを評するのに用いた言葉である。
今となってはあまりにも馬鹿げた言葉だが、当時のわたしは多くの人々からそう認知されていた。
そして、初めての恋人ができた。
そう、初めてだったのだ。
ミュータントとして生まれ、自身の力と向き合うことに人生の多くの時間を費やしてきたわたしは、世界有数のヒーローとして称えられ有名になるまで恋人の一人もいたことがなかった。
間違いなくこの頃がわたしの人生の絶頂だった。
トレーニング中やヴィランをぶちのめしている最中に、もしかしたらこのまま一生恋人もできず処女のまま死ぬのかしら、などと考えることもあった喪女のわたしにも春が訪れたのだ。
わたしは神に感謝した。
彼のことを詳細に語ることはしない。
ただ、たとえようもないほど素晴らしい人だったということだけは確かである。
彼は一般人だった。特別な力など何も持たない、普通の人だった。
とある街角でわたしたちは偶然出会い、言葉を交わし、まるで当たり前のように恋に落ちた。
世界にとって、彼は何ら特別なところのないその他大勢の人間の一人に過ぎなかった。
しかしわたしにとっては、彼こそが特別だった。
ヒーローでもミュータントでもなく、ただのポリーとしてわたしを見て愛してくれたのは、両親を除けば彼が初めてだったのだ。
知り合ってから一か月後、彼のアパートの一室でわたしたちは結ばれた。
恋人になったのだから、当然やることはやる。
心境としてはむしろやってやったぜと言いたかった。
初体験こそ大して気持ちよくはなかったが、数か月もすればのめり込むくらいにはよくなっていた。
これも愛のなせる業と言いたいところだが、元々わたしは性欲の強い人間なのかもしれない。成長するまでその手のことが抑圧されていたのも関係しているのだろうか。
そんなある日のことだった。
いつものようにわたしは彼と交わっていたのだが、ちょうどオーガズムに達したのと同時に粗相をしてしまった。
ざっくばらんに表現すると潮を噴いたのである。
初めてだったこともあり、びっくりすると同時にかなりの羞恥を覚えたわたしは彼に言い訳をしようと頭を起こして視線を向けた。
しかし、そこに彼の姿はなかった。
正確には真っ赤に染まったわたしの下半身とベッドがあり、先ほどまで繋がっていた彼は胴体から泣き別れとなって床に転がっていた。
降って湧いた悲劇に錯乱したわたしが、それでも警察に通報することができたのは曲がりなりにもヒーローという職業ゆえのことだろう。ヴィランによって殺された人々の死体にも、わたしによって殺されたヴィランの死体にも、あまりにも慣れ過ぎてしまっていた。
とはいえ、理路整然と状況を警察官に説明できたわけではない。
突発的な事件に遭遇した被害者にはよくあることだが、錯乱して泣くばかりでまともにしゃべることすらできなくなってしまうのだ。
わたしの場合は加害者だったわけだが、それでも状況としては同じだった。
電話の向こうにいるダニエルという名の警察官はわたしを宥めて話を聞き出すため、その日の天気や食事の内容、趣味の話から始めて巧みにこちらを誘導した。
途中スリーサイズや好きな体位まで喋らされた気はするが、その甲斐あってどうにか状況を把握してもらうことはできたようだった。
「たった今まで恋人と愛し合っていたと思ったら、その恋人が二つに分かれて死んでいた。何を言っているのか分からないと思うけどわたしにも……」
「オーケー、ミス・ポルナレフ。よく理解しました」
要約すると大体このようなやり取りではあったが、ダニエルは本当に理解していた。
なぜなら10分と経たないうちに警官の集団と三人のヒーローがわたしがいるアパートまでやって来たからだ。
ヒーローは国家から位置情報端末の携帯を義務付けられている。
超人的な力を持つヒーローたちの首輪であると同時に、現場にいち早くヒーローを送り出すためのツールでもあるわけだ。
当然わたしも所持していたのは言うまでもない。
三人のヒーローが送り込まれてきたのは、むろんわたしという暴力の塊が容疑者であると警察がはっきり認識していたからだ。
何一つ身に着けず、下半身を血塗れにさせたまま悄然としているわたしに向かって、友人でもある女性ヒーローが代表して口を開いた。
「ヒーロー名『ヘラキュリア』、本名ポリアンナ・アミテージを殺人の容疑で逮捕する。抵抗するなら変異種の権利に関する特別措置法の適用により実力行使を持ってこの場で抹殺する」
抵抗などできるはずもなかった。
項垂れて涙を流すわたしの体を友人は毛布で包み、それ以上語ることもなく任務を全うした。
こうしてわたしは逮捕され、数時間後には潮吹きで恋人を殺した女として世界中で報道されたのであった。
捜査を担当した警察はわたしに対して同情的だったが、その後の裁判は恥辱に満ちたものとなった。
堕ちたヒーローというのは世間にとって最高の娯楽の一つである。
血に飢えた狼のように奴らはわたしに汚らしい牙を立て貪ろうと躍起になった。
そもそもの争点は、自己制御が困難な現象である潮吹きに過失責任を認めることができるかどうかということだ。
いくらわたしでも自分の身体能力が常人を大きく凌駕していることくらい承知している。
もしわたしがおしっこをするたびに便器に穴を穿つような人生を送ってきていたとしたら、愛する人と交わるのにももっと慎重になっていたはずだ。
しかし、これまでの人生で一度もそんなことはなかった。わたしのおしっこの勢いは一般女性と何ら変わらない。
おしっこでさえそうなのだから、人生で初めての潮吹きに致死の威力があるなどと知るはずもないし想像できるはずもなかった。
しかし、そんなことはお構いなしに彼らはわたしの個人的な秘事を暴き立てることに血眼になり、圧倒的な暴力の化身であるこの身に触れることなく安全圏からレイプすることに腐心した。
亡き恋人と出会ってから殺害するまでのすべての性行為の詳細を彼らは聞き出そうとした。
過去にわたしが脚の間から噴出させた体液で何かを破壊したことがあるかどうかを尋ね、ヴィランに対抗する攻撃手段の一つなのかどうかを確認しようとした。
ある時などは検察官が尋問にスピードガンを持ち出しこともあった。
わたしの潮吹きが人体を殺傷せしめることを証明するため、時速何kmで発射されるか確認したいというのだ。
こちらの答えは、下卑た笑みを浮かべる検察官から顔を背け、床に向かって唾を一つ吐き出すことだった。
ミュータント事件を専門に取り扱う頑丈な裁判所の床には、それだけでちょっとしたクレーターができた。
高級そうなスーツを着たクズ検察官は腰を抜かしてお漏らしをしていたが、わたしはといえば裁判長から口頭注意を受けるだけで済んだ。内心では裁判長も一連のやり取りをかなり不快に感じていた証拠だろう。
拘留中、わたしの元には呆れるほど大量の手紙やメッセージが届けられた。
内一割がわたしを擁護し応援するもの。五割がわたしを糾弾するもの。そして残る四割はわたしとセックスして殺されたいという変態からの贈り物であった。
所詮、わたしが守ろうとしていた世の中などこんなものなのだ。
しかし、わたしの側に立ってくれる人たちも確かにいる。
その点は間違いなくわたしにとって救いであった。かつてわたしが守ろうとしていた一般市民や、親交のあるヒーローたち。果てはヴィランの中からも同じミュータントとしての立場からわたしを擁護する者たちが声を上げてくれることもあった。
決定的に流れが変わったのは、事件の本質がわたしの殺人からミュータントの権利へと移り変わったことにある。
高い影響力のある保守派上院議員が提起した、ミュータントと普通人の性交渉や婚姻を禁じる内容の法案。
古くから存在する議論ではあるのだが、ミュータントの人権が公的に保護されて久しい今の世であえて再び持ち出されたことで世間に大きな衝撃を与えた。
国中どころか世界中を議論に巻き込んだ法案は結局は破棄されたのだが、その流れに乗る形でわたし自身も無罪判決を得ることになった。
恋人が死亡したのはあくまでも不幸な事故だ。
つらいだろうが今後より多くの人を救うことで恋人への償いとするといい、ヘラキュリア。
そう言われて素直に従うほどわたしもおめでたくはない。
一年近い公判の末に無罪判決を受け取ったその足で首都のヒーロー機関を訪れ、ヒーローの資格とヘラキュリアの名を返上し、わたしは世間から姿を消したのだった。