それからおよそ六年後、わたしはとある刑事裁判の傍聴席にいた。
被告人席には一人の男性が腰かけている。
まだ二十代前半ほどの若さで、中肉中背だがよく見れば一分の隙もなく鍛え上げられた肉体の持ち主であることが分かる。
彼の名はジョナサン・ロイド。ヒーロー名『メガロドン』。
水中戦と水難救助のプロフェッショナルで、わたしが引退した後にデビューした若手ヒーローの有望株と目されていた人物だ。
そんな彼が今、被告として裁判を受けている。
メガロドンは性交中に恋人を殺害した罪に問われていた。
まったくの一般人女性であった恋人はメガロドンが膣内で射精した精液に撃ち抜かれ、ほぼ縦に真っ二つになって死亡した。
現場は凄惨な有様であったらしい。
わたしがそうであったように、メガロドンもまた陰湿な攻撃に晒されていた。
陰茎の形状やサイズ。自慰を始めた年齢と頻度。恋人との性交前にどれくらい精液を溜めていたのか。
これまでに射精によって何かを破壊したことがあるのか。
真っ二つになった恋人の姿を見て性的興奮を覚えたか。
ありとあらゆる秘事を暴き立てられ、尊厳を奪われようとしている。
検察側のテーブルには性懲りもなくスピードガンが置いてあった。
被告人の射精が人体を殺傷せしめるのかを立証するためには正確な計測が云々かんぬんと並べ立てる検察官に対し、メガロドンは顔を青褪めさせながらも毅然と言い放った。
「計測させてやるからケツ出しな」
メガロドンが自らのメガロドンを揉みしだきながら言い放った台詞に、下品なにやけ面を浮かべていたブタ検察官は血相を変えて尻の穴を押さえて後ずさった。
その様子を見ていたわたしは思わず大きな拍手を送ってしまい、裁判長から注意を受けた。
一時的に注目を集める結果となってしまったのだが、何だかブタ検察官が信じられないという顔でこちらを二度見していた。
というよりあのブタ、よく見るとわたしの裁判の時にもいた下衆野郎だわ。
にやりと口角を上げたわたしがつばを吐く仕草をすると、ブタが股間を押さえながらアへ顔で天を仰いだ。また漏らしたらしい。
検察官の醜態に溜飲を下げていると、ふと強い視線に気づく。
メガロドンがまっすぐにこちらを見ていた。
愛する人を自らの手で殺めてしまったという苦しみ。一瞬で手のひらを返した世間からの容赦ない糾弾。
彼の苦しみがわたしには手に取るように理解できる。
そもそもの話、自らの射精がそんな危険な代物だと知っていたとしたら、軽々に恋人とセックスなどするわけもない。
世の中の人々は糾弾する。
メガロドンは自身の欲望を満たすために普通人の女性を捌け口にしたのだと。彼はおぞましい化物だと。
彼がどれほど素晴らしいヒーローでどれほど素晴らしい人間であるか、称えていたその口で。
憔悴して落ち窪んではいてもいまだ強い光を宿したメガロドンの眼差しに、わたしは小さく頷いてみせた。
たとえ世界中があなたに敵対したように思えたとしても、確かに味方はいる。
彼の家族。友人。彼に助けられた市民たち。
さらにはメガロドンの弁護士団の中には、何とわたしが逮捕された当時現場に急行した女性ヒーローの姿がある。
わたしの事件後、友人は弁護士資格を取得してヒーローと弁護士の二足の草鞋を履くようになった。彼女曰く、腕力だけでは守れないものがあると痛感させられたかららしい。
頷き返したメガロドンに向かってウインクもサービスすると、彼は少し困惑したようにぎこちなく微笑んでから前を向いてまっすぐに背筋を伸ばした。
その背を見守るわたしは正直に言って濡れていた。
メガロドンの事件が公になった後、わたしはすぐに拘留された彼に手紙を送るようになった。
何ということもない日常の話や、自分の裁判の時の経験。励ましや労わり。時には忠告。
ありとあらゆることを書いて送った。
何がそんなにもわたしを駆り立てたのか、正確に言い表すのは難しい。
助けたい? それはそうだ。
同情? もちろん同情している。
傷のなめ合いをしたい? それも否定できない。わたしは同じ境遇を持つ相手にずっと飢えてきた。ヒーローを引退して孤独に生きてきたが、やはり独りは寂しい。
メガロドンほど屈強な男ならセックスの相手が務まると考えた? 当然それも考えずにはいられなかった。成熟した女性として、わたしにもそれ相応の性欲はある。いや、むしろ一般的な女性より強いかも知れない。
この六年間まったくチャンスがなかったわけではないが、かつて引き起こしてしまったことを考えるとどうしても普通の男性と関係を持つのは躊躇われた。
かといってヒーローにも関わりたくない。向こうにしてもわたしと懇ろになるのはヴィランと寝るのと大差ないだろう。どう足掻いてもヒーロー業とは人気商売だ。
ではヴィランを相手に選ぶかといえば、やはりそれはできなかった。ヒーローは辞めても悪党になりたいわけじゃない。
気付いたら暇さえあればメガロドンのことを考えるようになっていた。
これが恋かと問われると正直違う気はしている。
確かに年下ではあるがメガロドンはセクシーで可愛いし、彼と繋がるのを想像すると色々捗る。
間違いなくわたしは彼に夢中だ。
でも……かつてわたしが愛したあの人に抱いていたものに比べると、あまりにも多くの打算や欲が入り混じり過ぎて、胸を張って恋をしていると言うことができないのである。
あるいはこれが、わたしが大人になった証拠なのかもしれないけれど。
わたし同様にメガロドンも最終的に無罪判決を得ることができた。
判決が出た直後、涙を浮かべて弁護団とハグし合うメガロドンの姿は大きく報道された。
ミュータントが人を愛することの是非を問う声は今もある。
しかし少なくともミュータントも普通人と何ら変わらぬ感情を持つ人間なのだと、彼の姿は多くの人々に訴えかけていた。
判決から一週間後、わたしとメガロドンは街中のとあるカフェで落ち合っていた。
彼に送った最後の手紙で場所と日時を指定していたのだ。
若者らしいパーカーとジーンズ姿が妙に新鮮で胸が高鳴った。
わたしより先に来ていたメガロドンは、こちらに気付くとやや緊張した面持ちで席を立って出迎えてくれた。
「ミス・ポリアンナ」
「直接会話するのは初めてね、メガロドン。わたしのことはポリーと呼んで」
メガロドンの身長は175cmほどなので、180cm+ヒール分の高さがあるわたしが見下ろす形になる。
差し出した手を握り返したメガロドンは、うぶな少年のような上目遣いでこちらを見上げて言った。
「分かりました、ポリー」
「さあ、掛けましょうか」
メガロドンが引いてくれた椅子にわたしが腰を下ろすと、遅れて彼も座り直す。
ウェイターに二人分のコーヒーとケーキを注文すると、メガロドンは真剣な面持ちでこちらに向き直った。
「ありがとうございました、ポリー」
「何に対するお礼?」
「あなたが下さったすべての支援に対するものです」
「わたしはただ手紙を書いて送っただけよ。他の多くの人たちと同じように」
謙遜してみせると、メガロドンは少し身を乗り出して強調した。
「おれにとっては同じではありませんでした。あなたの手紙がどれほど救いになったことか。他の人たちにももちろん心から感謝しています。だけどあなただけは特別だったんです」
それを聞いたわたしは柔らかく微笑み、テーブルの上に置かれた彼のたくましい手に自分の手をそっと重ねた。
不意の接触にメガロドンは少しドギマギしてしまったようだった。
「あの、ポリー」
「なあに?」
「いえ、今日はなぜおれを? もちろん直接お礼を言う機会ができてこちらとしてはありがたかったんですが……」
メガロドンは重ねられた手に一瞬視線を落とし、それから再びこちらを見た。
「それはね、これからのことを話し合うためよ」
「これからのこと?」
「そう。これからのあなたのこと。そして、わたしのこと」
戻ってきたウェイターが静かにコーヒーとケーキをテーブルに置き、立ち去っていく。
その間もわたしたちはじっと見つめ合ったままだった。
数時間後、メガロドンが借りている郊外の一軒家の寝室でわたしたちは抱き合っていた。
その時点ですでにメガロドンのメガロドンはシャーク!状態である。
ほとんど破り捨てるように服を脱ぎ、ベッドで一つになる。
メガロドンが容赦なく中に侵入してきて、思わずわたしは不意打ちのボディーブローを食らった時のような声を上げた。
なるほど、これは力強い。
などと考える余裕があったのは最初だけで、後はもうすごすぎて訳が分からなかった。
営みの最中、象徴的な出来事があった。
潮を噴いたのだ。
およそ七年前、最愛の人を死なせてしまったわたしの潮吹き。
致死の体液放射は止める間もなくメガロドンの腹部に命中した。
法悦の境地から一気に現実に引き戻されたわたしであったが、しっとり濡れたメガロドンの腹部は少し赤くなっているくらいで何ともなかった。
それを見届け、わたしは泣いた。
いや、もしかしたら笑ったのかもしれない。
ただ、一生この人と愛し合いたいと心から願わずにはいられなかった。
やがてわたしに締め上げられたメガロドンがついに耐え切れなくなり、尋常ではない勢いで射精を始めた。
これまでの人生で受けたことのない、芯からズドンと響くような衝撃だった。
かつてわたしが倒した物理攻撃最強のヴィランと呼ばれた男のパンチも、前世代最強のヒーロー『ハイペリオン』のレーザービームも、これほどまでにわたしの奥深くに届いたことはない。
確かにこれでは並の女性では耐えられないはずだ。
わたしはイッた。
それはもう盛大に、いまだかつてない強度と深度とを伴って。
これぞまさにビッグバン。
しばらく時間が経ってオーガズムの忘我から立ち直ってみると、なぜか寝室の壁と天井がなくなって外の景色が見えていた。
状況が呑み込めないわたしとメガロドンは顔を見合わせ、すぐにこらえ切れなくなって一緒に笑い出した。
そんなわたしたちを遠巻きにする、下半身丸出しの男。
あれは透視能力を持つヒーロー『クリアリー』だ。
わたしがメガロドンと接触することは親交のあるヒーローたちに伝えていたので、不測の事態に備えてわたしたちを監視していたのだろう。
だとしても透視による覗きは趣味が悪いが、クリアリーの隣にやはり下半身がすっぽんぽんの女性ヒーローがいることから、わたしたちの営みを監視している内に興奮を我慢できなくなっておっぱじめてしまったに違いない。
最近のヒーローのモラルはどうなってしまっているのかしら。
クリアリーのクリアリーはメガロドンのものと比べたらまさにサメとイワシといったところで、その事実に少し溜飲を下げたわたしは後でパンチして顔の形を変える程度で不届きな覗き魔を許してやることにした。
その後、わたしたちは二人揃って某国の大富豪の個人的なボディガードとして生きていくことになった。
メガロドンもヒーロー資格を返上したため、今ではただのジョナサン・ロイドだ。
結婚もした。
紆余曲折がありはしたが、これ以上ないほどわたしたちは幸せである。
雇い主である大富豪は過去にわたしがヴィランから命を救ったことがある人物で、そのことを恩に感じてくれていた彼は、ヒーローをやめて世間から隠れるように暮らしていたわたしたちに手を差し伸べてくれたのだ。
どこかの国では捨てる神あれば拾う神ありという言葉があるらしいが、こういうのがまさにそうなのではないだろうか。
生活は充実している。
世界を股にかけた移動が多いのが難点ではあるが、報酬はいいし仕事もさほどきつくはない。
わたしたちのボスは大富豪というだけあってしばしばヴィランの襲撃を受けるが、さすがに現役ヒーローをしていた頃のようなタフな相手は滅多にいない。所詮金目当ての雑魚はその程度ということだろう。現役当時は街を滅ぼしたり世界を滅ぼしたりできそうな奴らばかり相手をしていたのと比べると、雲泥の差である。
豪勢なマイホームも買い与えてくれた。
核シェルターも兼ねた超高級物件なのだが実はこれは二軒目で、一軒目に与えられたごく普通の豪邸は初日にビッグバン!して壊してしまった。
笑って許してくれたボスはつくづく心が広い。なお自宅以外では夫婦の営みを禁じられてしまったので、毎月給与交渉と一緒にその点も交渉している。
ちなみに護衛対象のボスと同じ建物で暮らさないのは、邸宅担当のボディガードが別にいるからである。わたしとジョナサンは外での護衛が担当なのだ。とはいえ、今のシェルターホームはボスの邸宅の敷地内にあるのだけど。
ところでボスには十五歳のご子息がいるのだが、どうも過去に救われて以来ずっとわたしに憧れというか、恋心を抱いているらしく、ボスからは適度にからかって遊んでやってくれと頼まれている。
ボスに忠実なわたしとしては断る理由もないので、ご子息の前で無駄に色気を振りまいたりハグしたり頬にキスしてあげたりしている。
大抵、その後ご子息は前傾姿勢で走り去っていくのだけど。たぶんご子息のご子息を自分で叱ったり慰めたりしなくちゃいけないんでしょう。きかん坊なのね。
ボスはボスでそんなやり取りを見てご機嫌でサムズアップしたりわたしに特別ボーナスを支給してくれたりする。
なぜあんなにも愛情表現が歪んでいるのか。つくづく大金持ちというのは業が深い。
そういえば基本的にジョナサンはわたしがご子息に構っていると『あんまりからかってやるなよ、HAHAHA』みたいな感じで眺めているのだが、その夜は営みがすごく荒っぽくなる。
ああ、嫉妬プレイたまらないわ。
そして翌日、首筋とか太ももとかにサメの噛み痕が残っているわたしを見たご子息が涙ぐむところまでがセットプレイなのである。
こう話すとひどい女だと思われるかもしれないが、正直に白状すればジョナサンと今は亡き彼と両親の次くらいにはご子息のことを愛している。
だからご子息にははやく可愛い恋人ができればいいと本心から願っている。いい子なのよ、本当に。からかうのは絶対やめないけれど。
さて、ここまで色々と語ってきたが結局のところ、わたしとジョナサンは同等の身体強度を持つミュータントを互いの伴侶として選んだことになる。
しかし、だからといってミュータントと普通人との間の愛情を否定しているわけではない。そんなことをすればわたしたちは過去に愛した大切な人たちをも否定しなければならなくなるからだ。
今でもそれぞれの恋人の命日には墓参りを欠かすことはない。
浅慮なわたしたちが命を奪ってしまった彼と彼女にはもはや何一つ返せるものもないが、二人がいたからこそ今のわたしたちがあると思っている。
もしわたしから後進に伝えられる教訓があるとすれば、こんなところだろうか。
一つ、愛に資格はいらない。赦しもいらない。
二つ、分を知ることは大事。制御されていない力は災害と同じだからだ。
三つ、セクシーで可愛い年下夫はいいぞ。
わたしの物語はとりあえずそんな感じだ。
この先も人生は長いし、色々なことがあるだろうが愛する伴侶もいるし何とかなるだろう。
セックスも最高だし。