上から順に溶けて、滴る。より多くを生き延びさせるように。
逃げた者や隠れている者がいないか、集落を隅から隅まで歩く。人が通った跡のある細い参道を見つけたシーラに手招かれて斜面を登った。
「こっちに逃げた奴がいるとは思えないけどね――下生えの葉の流れがランダムだし、少なくともこの数日中にここを通った奴はいないだろ」
「いないかもしれないけど、いるかもしれないじゃない?」
五分ほどで着いたのは人二人が並んで通れるほどの洞穴。入り口にはまだ色鮮やかな布が掛けられ、前には祭壇らしき石製のテーブルが置かれている。テーブルの下だけ土がどす黒い。
洞穴にシーラと二人で入り、あまりの暗さに懐中電灯で先を灯した。中の空気は冷たく淀んでいて大小の小石が散っており歩きづらい。ここを人が出入りする機会は少ないのだろう。
「この洞穴について子供から話は聞いてる?」
「ううん。二人とも、こんな場所があるなんて一言も言ってなかった」
「そうか……」
三十メートルほど進んだところで行き止まり。いや、岩壁ではない。なんだこれ。
「壁じゃない。何だろう? 乾燥しきってるみたいだけど」
「あ、ほんとだ。すっごくカラカラ」
指先でちょんと突いたら軽々と揺れた。何の膜だ? いや、厚みがあるから膜ではない、板状だ。
「少し切り取ってみよう。調べてみたい」
「気になるのは分かるけど、これ、もしかしたらクルタ族の御神体かもよ? ふふ、呪われたりして」
「呪われたらその時はシーラも一緒に呪われてよ」
「いやよ」
「ひでぇ」
そんな軽口で笑いながらナイフを取り出し、懐中電灯をシーラに任せる。ナイフはさっきまで使っていたからクルタ族の血がついたままだけど……まあ、大きめに切れば問題ない。
切った感触は「乾いた藁よりもさくさくしていて軽い」というもの。風船みたく中が空洞だからだろう、楽に刃が通った。切り取ったのは1メートル四方に厚み5センチほどの量だが中がスカスカ、まるでふ菓子だ。
アジトでゆっくり調べよう、と掴む指先が板に吸い込まれていくような感覚――微かな違和感。
「ん?」
「どうしたの?」
シーラがこちらを見上げたのに、首を横に振って応える。
「気のせいかもしれない……とにかく持ち帰って調べてみるよ」
「研究好きなのは良いけどほどほどにね」
「分かってるって」
板を持って集落の広場に戻れば、クルタ人の死体がいい感じに設置されていた。
俺たちに気づいたノブナガが手をひょいと上げる。
「どーよ?」
「犯人の執念が感じられる出来だな。怨恨による犯行を疑わせる」
「そりゃそうだろ。こりゃ報復だぜ? そう疑ってもらわなきゃなァ」
広場の離れた場所で、長老集から遣わされた面々がウボォーさんを「あっちいってろ」と手でシッシと払うのが見えて笑ってしまう。ウボォーさんはああいったみみっち……繊細な作業が苦手だし、邪魔にしかならかったんだろうと簡単に想像がついた。
「ウボォーさん! こっち!」と呼べばパッと表情を明るくしてのしのしやって来る。
「おお団長! 何かおれがすることがあるのか?」
「ないよ。だけどウボォーさんがあっちにいても邪魔にしかならないだろう」
「ハハ、違いねぇや」
「あ? んだとぉノブナガァ」
眺めているうちに、クルタ族の目は保存し、そうでない目は潰し、と、死体の整理は流れ作業のように淡々と終えられた。
まるで屠殺だ。復讐らしい熱は全く感じられず、獣の死骸を片付けるように、「クルタ族の襲撃」は終わった。
――おれは、おれたちはこれからもっともっと悪を極めなければならない。戦闘を、殺しを楽しまねばならない。屠殺ではなく、派手な殺戮が求められる。
これからの「幻影旅団」はこれまでより更に深化して、進化して、悪の中の悪へ進む。汚メイクを顔に塗りたくり、正道を嗤い、血のシャワーで汗を流す。その覚悟はとうに括った。
しばらくして、「クルタ族全滅」「偏執的な手口」「幻影旅団による犯行」と新聞に華々しく
****
拠点にしている廃ビルに戻り「板」を見分する。板は握りこぶし大ほどの楕円形のボールと小指の爪サイズの泡で構成されており、1メートル四方の中に百個近くのボールが詰まっている。色は明るい灰色、表面には波打つように溝がある。溝に砂埃が詰まっていることからハタキ掛けなどの清掃はされていなかったのだろう。
泡はボールを包むクッション材だったのではと思われるが、何年――何十年放置されて乾燥しきっているため、元の姿がどんなものだったかは分からない。
潤えば元の姿が分かるだろうかと思い板の一部――卵の数は十個ほどだ――を切って水に漬け、残る部分を砕いたり薬剤に溶かしたりこれからの実験用に取り置き保存したり。一つ一つ仮説を潰していって分かったのは、この板状のものが昆虫か何かの卵嚢であるということ。ボールが卵で、泡が第三次卵膜と呼ばれる「卵の外部にある卵膜」のようだ。
陸上で卵嚢を用いるのはカマキリなどの昆虫、蜘蛛、ニシなどの巻き貝。
このうち巻き貝は水辺に卵を生むのが一般的だし、この板の卵膜は無毒なので除外。つまりカマキリや蜘蛛あたりだ。だが握りこぶし大の卵を生むカマキリなど見たくない……いや、ちょっと見てみたい気もする。一般的な大きさのカマキリと同じ構造をしているのだろうか?
「クロロー、研究は進んでるー?」
「ちゃんとご飯食べてるのか見に来たわよ」
半月ほどそんなことをしていたら、円に触れたのは旅団の仲間。
「シーラ! パク!」
二人の後ろからシャルナークも顔を出す。
「ぼくもいますよっ」
「シャルナーク……暇なんだな」
「怒るよ! 人の親切心をなんだと思ってるのさ!」
シャルナークは怒る仕草をしたが、すぐに振り上げた腕を下ろして肩をすくめた。
「実はシーラに連れてこられたんだ。団長が倒れてたら着替えさせてベッドに放り込む人員としてね」
「ああ……それはすまないことをした」
シーラはシャルナークを「顎で使える弟」扱いしている。この二人に関しては
「クルタ族の現場検証から一昨日やっと開放されたよ……疲れた、労って。それで、調査は進んでる? あの乾涸びた板が何なのか分かった?」
「お疲れ様。色々わかってきたから説明しよう」
卵嚢を調べるのに使っていた部屋はもともと宴会場で、無駄にでかいテーブルと錆だらけの椅子が何脚も残っている。壁際に寄せていた椅子を持ってきてテーブルの端の埃を叩いた。
キャンプ用コンロで淹れた紅茶を飲みながら、パクの持ってきたサンドイッチを食べる。
「――番がいないままメスが卵だけ生んだのか、他に理由があってあのままになったのか、そこらへんはまだ調べてる途中だけどね。生みつけられた時のままの状態で残った卵嚢だよ。あれだけカラカラに乾ききっても卵の一つ一つが握りこぶしの大きさなんだ。元々はもっと大きかったのかもしれない」
「うへぇ、超巨大昆虫ってことじゃん。気色悪っ」
「洞窟の大きさからして……数千個は卵が残されてたってことよね? 孵化してなくて良かった。してたらあの近辺の森は禿げ山になってたでしょうね」
「あの近辺だけで済めばいいけど。この大陸全土が剥き出しの大地になってたかもしれない」
以前読んだ古い本に暗黒大陸の話が載っていた。今おれたちが暮らしている大陸は、この星全体から見ればごく一部にしか過ぎないと――海を渡った先には巨大化した獣などの怪物が跳梁跋扈する大地が広がっているのだと。
頭を振ってサンドイッチにかぶりつく。現状ではこの大陸から外海へ出る方法はなく、暗黒大陸が本当に存在するのかを知るすべもない。
だが、本当に暗黒大陸があるなら……巨大化した生き物がいるなら。
この卵は、そこからやってきたのではなかろうか?
「あたしもハンターとして興味があるわ。あたしにも卵嚢を見せてくれる?」
「出たよ、シーラの『ハンターとして』。乾いた虫の卵見ても楽しくないだろ」
「あたしはあらゆることにアンテナ張って生きてるのよ。シャルと違って、発信だけじゃなくて受信にもね」
「はぁ? おれのアンテナは双方向通信なんだけど。シーラには難しい話だったかな、まあ専門的な話だから理解できないのも仕方ないかもね」
「あたしの頭が悪いって言いたいの?」
「あれ? 違った?」
オーラなしで肘鉄し合う二人にパクと顔を見合わせて苦笑した。テーブルの向こう端に置いている卵嚢の板を指差して「ご自由に」と声をかければ、シーラは軽やかな足取りで板を取りに行く。
シーラが手のひらほどの欠片を手にとって日に透かしたりなんだりと眺めている。……さっきから何か、胸がもやもやとしている。何かが引っかかる。変だ。
「――シーラ、集落ではハンターと接触したか?」
「え? うん、元警官だっていうプロハンターが来てたけど……」
「検証が終わってからはまっすぐこっちに戻ってきたのか?」
「少し遠回りしたけど、ほぼまっすぐかな」
「シャル、シーラを守れ!」
怒鳴るように指示したのと同時。くすんだ窓ガラスを割って飛び込んできたのは顔の下半分を隠す犬面のマスクをした5人組。
「やはり貴様も幻影旅団の一味バウか」
「我らに
「第一発見者こそ疑う……事件捜査の常道ワン」
長袖から取り出した華美な扇子で一瞬口元を隠したと思えば、マスクが犬から猿のものに変わった。変面だ――。
「キキッ! 幻影旅団、貴様らはここで我らポリスアニマズルが殺すウキッ! 猿は器用ウキー!」
「「「「ウキーッ!!」」」」
五人は各々「猿っぽい」ポーズを取る。広い袖からぬるりと取り出されたのは流星縋、関刀、多節棍、鹿角刀、
「何だよこの変態集団!?」
「シャル、とにかくシーラを!」
シーラの念能力は戦闘向きではない。シーラも旅団の団員として堅も硬もある程度修めているが――プロのハンターを、それも複数人数を相手にして彼女が勝てるとは思えない。
「ウキッ! ウキッ!」
「ウキーッ!」
「気色悪いんだよ! 森に帰れ!……シーラこっち!」
関刀と多節棍の二人を相手どり、シャルは顔を苦々しげに
おれもベンズナイフを取り出し残る三人と切り結ぶがリーチの差は大きく、距離をとったパクがおれの補助をしてくれていてもやりづらさは否めない。
シーラがシャルに向かって走る。
その背中に、鏢が――くそが、飛鏢だ――投げつけられ、シーラの肩を裂いた。赤い血が舞う。
「あつっ!!」
「ウキキッ!」
「シーラっ!」
猿のように軽やかに跳ね回る五人の波状攻撃が嫌らしく、舌打ちする。パクは何度目かのリロード。流星縋と鹿角刀が変面、今度は猫の面になった。
「猫だからぬるっと動くニャーン」
「かわいくない猫ね……!」
相手とおれたちは5対4とはいえこちらはサポート向きのパクに戦闘向きではなく手負いになったシーラを含んでの4。敵が二人に向かわないように気を遣いながら戦うのは……やりづらい。守りながら戦うのはあまりメンタルに良くなさそうだ。
――ここまでで分かったのは面に合わせて五人の身体能力が変化することと、その変化がどんなものかを相手方に伝える必要があること。そういう制約をかけているんだろう。
五人で一つの念能力なのか、それともあの変面にカラクリがあるのか。猿と猫の剛柔両方併せ持つ攻撃をいなしつつ凝をするも、マスク自体は何らオーラを持たない布だ。ならば何をもって同じ念能力を共有しえたのか。
シーラの悲鳴のような声に、ばっと振り向いた。
「何なの!? 卵嚢が……卵があたしの血とオーラを吸ってる……!」
膝をつくシーラの手元には卵嚢の一部、卵が一つ。卵は肩から腕を流れる血で汚れていておかしくないはずなのに土埃で汚れただけにしか見えない。違う。瑞々しさを取り戻していっている。
シーラと卵がオーラの紐で繋がり、その紐を経由してぐんぐんとシーラのオーラが卵へ吸い込まれていく。
「無理無理、あたしそんなにオーラが多い方じゃな……」
ぐらりと傾ぐシーラの体。頭に浮かんだのは、板を切り取ったときに板が指先に吸い付いてきたような感覚。ナイフはクルタ族の血で濡れていて、まだ汗は引いていなかった。液体と、皮膚の板が接触していることと――ならば。
予想もしない出来事に動きを止めていた九人の中で、一人だけ動けた。
「喰らえ!」
水に漬け込んだ卵嚢の水槽は手近にあり、それを敵に向かい投げつける。三人が卵ごと水を被った。
「シャルナーク、シーラを卵から引き離せ!」
「はぁい!」
シャルがシーラを掴んで距離を取った瞬間。
変面の三人が、服も武器も遺さず枯れ果てた。
床に転がるのは瑞々しく膨らんだ楕円形の卵のみ――「は」と口元に笑みが浮かぶ。
「渇いていたんだな、喉が」
渇きが満たされたから次は飢えを満たそうとしたのだろう。面白い。なんだこの生き物は。興味深くて知りたくて知りたくて堪らない。
神域に祀られていたのは、けっして御神体だからなんて理由じゃない。触れれば吸いつくされて死ぬという危険な物だったからだろう。
クルタ族はこれが風化するのを待っていたのか。
さて、これで二対三。
「なんだそれは」
「ばっ、シーイン! 落ち着け!」
「なんなんだァぁあぁアそれはぁあ!!!!」
シーインと呼ばれた多節棍の男が我武者羅に腕を振り回す。ある程度まで念を鍛えていれば、何が起きたのかは誰の目にも明らかなことだ――三人は床の卵に吸収されたのだ、と。男の口元には唾が泡立っている。
さっきまでの滑らかで鋭い動きなど見る影もないのを見るに、マスクのモチーフとなった動物らしい口調を保つのが制約だったようだ。連携が乱れた二人に飛びかかり一閃、シーインの頭はバネでもついていたかのように勢いよく飛んで床に転がり、残る一人は混乱でオーラを乱しながらも変面、兎だ。
「緊急離脱ぴょ「えいっ」」
そんな軽い掛け声で男の首に刺さったのは、シャルのアンテナ。
「タイマンじゃないんだから、おれのこと忘れたらダメですよ〜……って、もう聞こえてないか」
残ったのはつやつやの卵、濡れた床。シーインの頭を水たまりに落とせば――落とした瞬間に干からびて消える。体も同じように処分して「ふむ」と床を見下ろす。シーラと紐で繋がっていた卵はいま沈黙している。水たまりを踏まないように気をつけつつしゃがみ、四人食った卵を眺める。乾燥していた時より倍近く膨らんでいるようだ。
「こいつを育ててみよう」
「げっ、マジ? 団長悪趣味だよ」
「危なくないかしら」
「面白そうだろ。知的好奇心をくすぐるじゃないか」
「出た、団長の悪い癖……こうなったら人の話なんて聞かないのよね」
クルタ族を滅ぼしたことでおれたちの名前は一気に有名になった。これから暗殺者が何人も送り込まれてくるだろうから、そいつらを卵の餌にしたらいい。
「シャル、おれの情報を電脳ページで売れ」
「はいはい。……情報料はおれの懐に入れてもいい?」
「好きにしろ」
それから二ヶ月で襲撃者は三十人を超えた。
人間をモリモリ食い尽くした卵から生まれたのは、金色の毛で覆われた赤い目の蜘蛛が……七体。
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卵から生まれた時点で体長10センチ近かった子蜘蛛たちは半月もしないうちに倍、一月過ぎる頃には三倍の大きさに成長した。「餌をくれる親」とでも認識しているのか、わざと纒を解いて無防備にしていても襲ってくる様子はない。猫の子のように集って来はするが。
一月半あたりから個体差ができ始めた。生まれた七体のうち一体のみがもりもりと成長するなか他の六体はサイズが変わらず――
一体が他の六体を虐めているのかと考え個別に与えてみたが、小さい六体はわざわざ大きい一体に餌を運んでいる。
見たこともない種類の蜘蛛の雌雄の区別などつかないが、大きな一体は雌である可能性がある。
いつの間にか小さい六体のうち二体が姿を消し、クロロの元には五体の大蜘蛛が残った。雌だと思われる個体は体長90センチ近くまで成長している。持ち上げたところ体重60キロ弱あたりか。
どこまで大きくなるのか全く興味深い。
そんな時だ。シャルから「アンカスに団長の暗殺依頼が行ったらしい」と連絡を受けて唾を飲み込んだ。アンカス……ゾルディックほどではないが有名な暗殺者だ。ゾルディックには知名度が何段も劣るが、何代も続いてきたゾルディックと違い本人たった一代で成り上がった実力者。
それがおれを殺しに来るのか。どれだけ強いのだろうと腹の底が沸き立つような興奮を覚える。
強い奴とは戦いたいが、万が一にもここで殺されるわけにはいかない。戦闘に長けた団員を呼ぼう――単純な腕力ならウボォーとフィンクスだろうが、フランクリン、ノブナガ、フェイタンらに一斉連絡を取る。もしものときの手数は多い方がいいし、強い奴との戦いはおれたちをより強くしてくれる。
招集をかければ、思ったより近くにいたらしいフェイタンが一番乗りで、ほぼ間をあけずウボォーとノブナガが揃って二番。フランクリンとフィンクスは遠方のためすぐに来るのは難しいと返事があった。
「うおっ、なんだこのデケェ蜘蛛!」
「朝の蜘蛛は殺すなっつってたが、このデカさは――」
「可愛いだろ? クルタ族の集落で卵を見つけてね、育てたんだ」
「可愛い……?」
ウボォーとノブナガからの賛同は得られなかったが、フェイタンは「毒あるなら絞らせてほしいよ」と目を輝かせた。今も一番大きな個体にエノコログサを振って遊んでやっている……遊んでやっているのか遊んでもらっているのか。
「毒持てるなら一匹ほしいね」
「毒を持ってるかは分からないな……。こいつらの食事は一瞬だから」
「ほう?」
「こいつらは死体を跡形も残さず吸収するんだ。襲撃された後に死体の片付けをしなくて良いから重宝してるよ。あと、簡単な言葉なら通じる。とってこいとか、待てとか」
「便利ね――おい、餌ならわたしも用意できるよ。どうか?」
フェイタンが手を差し出すと大きな個体が後じさり、体の小さい四体のうちの一体がフェイタンの前に進み出てその腕にぴょんと乗る。
驚いた、思っていたより頭がいい。近いうちに複雑な命令をしてみよう。
「交渉成立ね」
その翌日。凝縮されたオーラの塊――白髪混じりの落ち着いた茶髪に、猛禽類の目をした筋骨隆々の男がぬるりと拠点に現れる。殺害した相手の顔面に拳の跡を残すことで知られた無手の巨人だ。
「幻影旅団団長だな?――貴様はいまここで、私が殺す」
彼の用いる殺害証明が鋭く襲いかかる。己の拳に重きを置くスタイルは心源流由来のものだろうか。振り下ろされた拳をいなせば、ドゴォンと響き渡る破壊音と同時に床に穴が空いた。
三方から団員が、みんなが見ている。うずうずとしながら見ている。
でも残念だったね、こいつはおれの獲物なんだ。なんせ地の利はこちらにある。
シーインの残した多節棍を取り出せばアンカスが目を見開いて殺気立つ。
「それは……ポリスアニマズルの……!」
「知り合いか。先日全員殺したからこれは遺品ということになるな」
「……死ね、幻影旅団!」
「断る」
プロが使っていたものだから周がよく馴染む。ブンと振り回し拳と打ち合いになっても傷ひとつない。
おおよそ肉体から発生するとは思えない硬質な音がガンガンゴンゴンとうるさい――接近したそこで、突き刺すように、ナイフ。
「チィッ!!」
流が速い、が、少し身を傷つけることはできた。いけるか?
「そのナイフ、ベンズナイフか!」
「ご名答」
ナイフ表面の細い溝に毒を塗ってあるのだが、それをわざわざ教えてやる義務はない。
「あんた相手に鈍器では埒が明かないようだからな」
「誇りを持たない野蛮人が……! 殺し合いとは己の拳でするものだ!」
「あ、そう」
アンカスの拳を避けながらナイフを振るうこと二分と少し……着地したテーブルの上の薬品がばらばらと床に落ちる。跳ねて床に移ったとたんテーブルが拳で砕かれたが……動きが鈍ってきたように見える。毒が回ってきたか、ブラフか。
相手は熟練の暗殺者だ、ブラフということにして爪先で薬品の入った強化ガラスの瓶を拾い上げ片手で口を押し潰す。
ナイフを仕舞い盗賊の極意を具現。開くページは『
「ガッぁコッ」
「硝酸のミストだ」
液体のミストをまとったのはおれではない。喉が焼けたらしく、渇いているのに湿ってもいるような喘鳴がコロコロと響く。
「誇りの味はさぞ美味かろうな……」
目耳鼻口のあらゆる穴から鮮血を垂れ流すアンカスを指差した。
「餌の時間だ」
それから数日、小さな三体が姿を消すとともに雌は卵を産むと、八本の脚を縮めて転がった。ピクリとも動かない――死んだのか。
卵の数は、たった一つ。