アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

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スレグエのターンは終わったので、スレミオの番?


10. でもっくらしー

「なっ、ななっ……!」

 

 声にならない叫びが漏れる。

 

 思考が停止し、目の前の光景を受け入れられないと脳が拒絶する。

 

 しかして、現実に"この"景色は目の前にあり、スレッタ・マーキュリーという一個人が感情で理解できなくとも、受け入れて前に進むしかない。

 

 そうしてガガガと壊れた情報端末のような音をさんざんならした後、スレッタの口から

 

「なんですか、これーっ!?!?!?!」

 

 広い広い大宇宙に、スレッタ・マーキュリーの悲鳴が出力された。

 

 どこまでも『わけわかりません』と、水星から来た彼女でさえも絶句する光景。それは果てしない緑。どこまでも続く緑。すべてを飲み込む緑。

 

 あまりに広く、あまりに巨大で、あまりにたくさんの……トマト畑。

 

 そう、ここはアスティカシア学園の五大危険領域が一つ、『女王の庭園』とあだ名されるミオリネ・レンブランの大農園であった。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「あいつ、マジで商才はすごくてね。ほら、あの度胸に頭の良さに、人を見る目もあるからさ。学園内外でアドバイザーを始めたら、これが大成功」

 

「元の実績が多少あるとはいえ、最初は顧客の獲得に苦労したそうですが、試しに任せてみた企業がどこも業績がうなぎ上り。今ではミオリネさんの助言があれば年商が十倍にもなると、業界では噂されています」

 

「で、そのあがった業績の一割がミオリネの報酬になるって契約だからぼろ儲けでね。学内だとアイツ以上に資産もっているのはいないんじゃないかな?」

 

「だからと言って個人の企業を有しているわけでも、グループ内に地位を持っているわけでもないので、評議会への発言権はないですし、御父上の言葉には従わざるを得ないところはあるそうですが……」

 

「とにかくその有り余るお金を使って、廃棄予定だった戦術試験区域を買い上げて、農園に大改造しちゃったんだよ」

 

「………………は、はぁ」

 

 横で説明してくれるロマン妖怪とマリーの言葉は、スレッタの耳を素通りしていく。今体験していることがあまりにも衝撃的すぎて、スレッタの脳が処理落ちしているからだ。

 

 三人が歩くのは『無断立ち入り 殺す』と物騒な言葉が書かれた正門の内側の道。その両脇には青々と茂ったトマトの苗たち。どれも緑色が鮮やかで、ちらりと見える赤い実はよく膨らみおいしそう。

 

 水星ではもちろん広大な土壌など皆無で、こうして柔らかい土の上を歩くのも、植物の独特な香りもスレッタにとっては初体験。普通の農園ならば、自分も土いじりをしてみたいとはしゃいでいたかもしれないが、そうする前に周りの状況に圧倒されてしまう。

 

 左右から前方まで、視界の全てを埋め尽くす緑の苗木。上空にはそれに適切な日射を当てるためだろう、煌々とした明かりがともって、部屋は暑いくらい。さらに、この広大な農園を管理するために必要な人手として、

 

『キケン、キケン!』

 

『トオリマストオリマス!』

 

 と学内端末のハロにロボットアームとレッグをつけたロボットがあちらこちらで動いている。ロマン男によると、作業用に開発されたパワードハロというらしい。

 

 とにかく規模といい、設備といい、一個人の趣味では断じてない。大企業が一大プロジェクトとして動いているようにしか見えなかった。

 

「びっくりした?」

 

 言葉をなくしているスレッタに、ロマン男が気遣うように問いかける。

 

 びっくりしたもなにも、スレッタは首を縦に振るしかできない。ようやく口を開いても、感想を言葉にすることなんてできない。

 

「は、はい……。でも、すごいです、ミオリネさん……宇宙でこんなに……」

 

「でしょ? うちの食堂でも人気なんだよね、クイーンミオリネブランドのトマト。ほら、この間の戦勝パーティーでスレッタさんがおいしそうにしてたナポリタンのスパゲッティ。あれもミオリネのトマトから作ったケチャップを使ってるんだよ」

 

「あっ! あの、とってもおいしかったお料理ですかっ!?」

 

 スレッタはおっかなびっくり食べた後に頬をとろけさせるほど夢中になった料理を思い出した。甘さの中にちょっぴりの酸味がよく混ざり合ってて、本当においしかったことは忘れられない。

 

 と、そこでスレッタは先日ミオリネから聞いた話を思い出す。ミオリネがおなかをすかせたスレッタに、トマトを一つ食べさせてくれた時、

 

「……ミオリネさんのトマトって、お母さんのもの、だったんですよね?」

 

 あの時はここまで大きなことをしているとは知らなかったが、少し自慢げにミオリネが話してくれたことだ。

 

「ああ、もうスレッタさんには話してたんだ。……うん、お母さんが大事にしていたらしくてね、一人でずっと育ててたんだけど」

 

「委員長が『こんなに美味いんだから全宇宙に広めたら?』と言ってしまい」

 

「それがまさか、ここまでの規模になるとは……。でかすぎてミオリネ以外、全容を把握できてないし」

 

「……すごいですね、ミオリネさん」

 

 スレッタは心の底から思う。

 

 今までもミオリネに関して驚かされることは多かったけれども、スレッタにとってこの光景はあまりにもスケールが大きかった。スレッタ自身の大事な夢として水星をもっと豊かにするというものがあるが、個人の力と能力でここまでのことができるというのは、スレッタにとって明確な憧れだった。

 

 自分も、ここで学び続けたら、このくらい水星を豊かにできるのだろうか、なんて。そんな将来を漠然と考え始めていた時のこと。

 

「あ、あれ……?」

 

 スレッタは前を見ながら目を凝らす。

 

 三人が向かっていたのは、中央の通りから進んだ先、ミオリネがいるとされる管理施設だ。歩いては日が暮れて遭難するとロマン男が言うので、まずは移動用の車が置かれた駐車場へと行く途中だったのだが、

 

「なんでしょう、あれ……?」

 

 前から、砂埃を上げて何かが迫ってきていた。

 

「ん? なにかに追われている……?」

 

 それは、

 

「ピンクの……もふもふ?」

 

 スレッタは目を疑う。土煙の中に、ピンクの丸い球が二つ、左右に揺れているのだ。しかも、じっくり見ようとした途端にソレはスピードを上げて……

 

「わぁあああああ!? そこどけ、スペーシアン!?!?!?」

 

「うひゃあああああああああああ!?」

 

 土煙の先頭にいた、なぜかトラックに乗ったピンク髪の女の子と、荷台に積まれた男の子たち。そして、トラックを追いかけてきたのだろう、目を真っ赤に光らせたパワードハロの大行進。

 

 スレッタ達はその謎の喧騒に巻き込まれ、

 

「す、スレッタさぁああああん!?」

 

「た、たすけてぇええええええ!?」

 

 スレッタだけが流れに呑まれていずこかへ運ばれてしまうのだった……。

 

 

 

 そして、

 

「あーしらは最後まで戦うぞー!!」

 

「「たたかうぞー!!」」

 

「ふとーろーどー反たーい!!」

 

「「労働者にじゆうをーっ!!!!」」

 

「…………えっと、こ、これはなんなん、ですか?」

 

「すまないね、うちの若い子たちが。粗茶だが、これでも飲んで落ち着いてくれ」

 

「は、はい……ありがとう、ございます?」

 

 気がついたとき、スレッタは謎の学生たちと共に、どこかの廃屋の中にいた。

 

 スレッタを介抱して、温かいお茶をくれた黒髪の少女(アリヤという三年生らしい)を含め、二十人ほどが廃屋の中におり、しかも、

 

「ぜったいに、自由を取り戻すぞ!」

 

「「「おぉおおおお!!」」」

 

 などと学生たちは謎の抗議活動に熱中している。その先頭に立つのは、先ほどの行進の先頭にいたピンク髪の少女。その少女はスレッタが意識を取り戻したことに気づくと、抗議活動の先頭から抜け出して、

 

「おっ! 気がついたか! 悪いな、巻き込んじまって!!」

 

 などと言いながらスレッタに近づいてきた。少女は戸惑うスレッタに、さらにわざと悪い顔をしながら、

 

「ひぃっ!? な、なんなんですか!? なんでわたし、ここにいるんですか!?」

 

「そりゃあ、お前を人質にして……あいたっ!?」

 

 と脅かすような言葉をかけるが、横からアリヤが頭をはたいて、その行動を止める。すると、その後ろにいた少し気の弱そうな上級生も同調して、チュチュと呼ばれた少女に説教を始めた。

 

「チュチュ、まずはちゃんと事情を説明するべきだ」

 

「そ、そうだよ……! こんなところに立てこもっても、解決しないって!!」

 

「いや、でも……」

 

「はぁ、じゃあ私から説明しよう」

 

 そう言って、アリヤはスレッタへことの次第を説明してくれる。

 

 アリヤと気弱そうなマルタン、それからピンク髪のチュアチュリー、通称チュチュは地球出身者だそうだ。学内では少数派な彼らは地球寮で共同生活を送っているらしい。廃屋の窓辺に立って、外へと声を荒げている男子たちも、同じく地球寮所属の学生とのことだ。

 

「そのほかにも諸々の事情で集まった他寮の子もいるのだが……共通点はこの農場で働いているアルバイトということだな」

 

「えっ、と……じゃあ、ミオリネさんといっしょに?」

 

「あはは、そうなんだ。自慢じゃないけどうちの寮は貧乏だからね、バイトの募集が来てたから応募したんだよ。だけど……」

 

「聞いてくれって! ひでえんだよ、あの冷酷プラスチック女っ!!」

 

「ひぃっ!?」

 

 話の途中で我慢ならないとばかりに、チュチュがスレッタの肩を掴む。顔は憤りに満ちており、雇い主であるミオリネにぶつけたい主張があるようだ。すると、他の男子たちまでもスレッタの周りに集まって、積もり積もった不満をぶちまけ始める。

 

「働いてる間は、どこにもいかせねえって支配してくるしっ!」

 

「おかげで俺、賭けで大損しちまったんだよっ!」

 

「手洗い行くにも監視をつけるしっ!」

 

「見たいテレビがあったから、ちょっと休みたいだけだったのに……」

 

「作業しながら話してたら、さぼってるって一分単位で給料から引くとかさぁ!! まじでここ、ひでえんだって!!」

 

「えっと……それで、なんでわたしが……?」

 

 その声を聞いて、なんとなくだが、彼らが抗議活動に出ている理由はわかった。わかったのだが、そこでなぜスレッタに訴えかけているのかわからない。スレッタが冷や汗を流しながら尋ねると、チュチュも少し落ち着いたのか、

 

「いきなり巻き込んじまったのは悪い。けど、アンタを見つけた時、チャンスだって思ったんだよ。あーしらは立場もない、人数もすくねえ地球人だ。どうせ抗議しても握りつぶされちまう。でも、あんたなら、あのミオリネにも話を通せるだろ? 花婿だし、ホルダーだ」

 

 チュチュは前々からスレッタのことに注目していたらしい。

 

 水星からたった一人でやってきた転入生というだけでも共感できるものがあったし、それでスペーシアンの企業同士のいさかいに巻き込まれてさんざんな目に遭ったことにも同情の念をいだいた。だというのに、最後は決闘にも勝って、ホルダーの座についている。

 

「だから……勝手な頼みかもしれねえけど、あーしらの声、届けてくれねえか?」

 

「わ、わたしは……」

 

 スレッタがようやく落ち着きを取り戻し、チュチュの言葉を理解しようとした……その時だった。

 

 

 

『ちょっと! 私がいないところで勝手なこと言わないでくれる!?』

 

 

 

「げぇっ!? ミオリネぇ!?」

 

 チュチュも男子たちも顔色を変えて、窓から外をうかがう。

 

 すると、そこには多数のパワードハロを従えたミオリネが、ハンドスピーカー片手に仁王立ちしていた。そしてミオリネは青筋をたてながら、スピーカーを構えて反論を始めるのだ。

 

「さっきから聞いてれば、元はと言えば契約を守らないアンタたちが悪いんでしょうが!! 休憩時間のことも、一時休憩のことも、給料の規定もぜーんぶ契約書に書いてあったっての!! しかもその分、給料はかなり盛ってあげたでしょっ!!」

 

「「「うっ……!」」」

 

「それをこんな大ごとにして、スレッタにまで変なこと吹き込んで……! 大人しく作業に戻りなさいっ!!」

 

 正当性はこちらにあると真っ向からデモ隊の主張を否定するミオリネ。確かにそれは事実であり、詐欺の契約書などとは違い、ちゃんと太字で契約内容は書かれていた。しかし、デモ隊にも譲れない主張はある。

 

「うっせーっ! あーしらは機械じゃねえんだよっ!? 人には人情ってもんがあんだろがっ!」

 

「そ、そうだーっ! ここで作業したら、息が詰まるんだよぉ!!」

 

「もうちょっと自由にさせろーっ!」

 

「ふぅ……これは、平行線で終わりそうだ」

 

「あはは……地球寮、どうなるのかなぁ……」

 

「あ・ん・た・た・ち……!! こうなったら……!!」

 

 結局のところ、契約内容の完全な履行を求めるミオリネと、それはそれで職場環境の改善を求める労働者という争い。

 

 ミオリネもデモ側も譲らず、このまま両者の争いは歴史に数多刻まれた通りの武力闘争に発展するかと思われた……のだが、そこで両者の間に立つ者がいた。

 

 

 

 

「ま、まってください……!」

 

 

 

 スレッタが廃屋から飛び出して、ミオリネからデモ隊を守るように手を広げたのだ。

 

「スレッタ……? ちょ、アンタ、なんのつもりよ!?」

 

「み、ミオリネさんっ! お、おち、おちついて……っ!!」

 

「落ち着くのはアンタでしょう!?」

 

「ふぅー、ふぅー、み、ミオリネさんの言いたいことも分かりますっ! け、けどっ! 一緒に働くなら、ちゃんと話し合わないとっ、だ、だめですっ!!」

 

「……はぁ!? 私はちゃんと、労働者のことも考えて有利な契約にしてあげてるっての! 契約書をちゃんとみなさいよっ!!」

 

「で、でも、ちょっとおしゃべりしたいなーとか、そういう気持ちも、私にはわかりますっ! もっと、みんなと仲良くしないとだめですっ!!」

 

「仲良くしても事業は回らないのよっ! 適切な契約と、計画と、予算があって、それで初めて利益が出るのっ!」

 

「そ、それでも……!!」

 

 スレッタにもわかっている。ミオリネの言っていることは正論だ。本当の本当に正論だと思う。だとしても、やっぱり少し人間味がないというか、正論過ぎて相手が困ってしまうというか、そういうものだというのも分かってしまう。

 

 それに何より、

 

(ミオリネさんは…………!!)

 

 スレッタが何事かを叫ぼうとした、その時だった。

 

 

 

『ハーハッハッハ!! ロマンの匂いがしたぞぉ!!』

 

 

 

「ひぃ……!?」

 

「……はぁ、バカが来たわ」

 

 それは農園に置かれたスピーカーから。そして声の持ち主は、テンション爆上がりのロマン妖怪。どこからか話を盗み聞きしていたのか、こんなチャンスを見逃せないとばかりに横入してきたのだろう。

 

『ミオリネもスレッタさんも、譲れない主張がある。負けられない戦いがある……! となれば、決着をつける方法はひとぉつ!!!!』

 

 

 

『決闘だぁあああああああ!!』

 

 

 

「えっ、えぇええええええええええええ!?」

 

「…………そういうと思ったわよ、アンタは」

 

 その言葉にスレッタは頭を抱え、ミオリネは深く深くため息を吐く。そして、いきなり決闘だと言われたデモ隊の側は、

 

「決闘……?」

 

「でも、うちはチュチュしか……」

 

「ミオリネ側のパイロットって、ぜったいやばいやつじゃん!?」

 

「あのロマンパイセン、まぁた、余計なことしやがって……!!」

 

 決闘に敗北する想像で顔を青ざめる者や、これまでの経験からロマン男の介入がろくでもないと分かっている者まで多種多様。

 

 とはいえ、このロマン男が主張するのはスレッタとミオリネによる決闘だ。必然的に、

 

『ハハハ! 心配するな、デモ隊諸君!! 君たちには現在のホルダー、スレッタさんがついている!』

 

「わ、わたし、こっちがわですか!?」

 

『だって、ミオリネを止めたいんでしょ? だったらそっちサイドだよ?』

 

「た、たしかに、そうですけど……」

 

『そしてミオリネ側のパイロットは……!!』

 

 

 

「アンタよ、このバカ」

 

 

 

『…………え?』

 

 スピーカーの向こうでロマン男が固まる音がした。

 

「言い出しっぺのアンタに任せるわ。どーせ、私たちが騒いでいるのをロマンだなんだと見てるつもりだったんでしょうけど、そうはさせない。アンタがスレッタと戦いなさい」

 

『ちなみに、それで俺が負けた場合は……?』

 

「ふっ♪ 楽しみに待ってなさい」

 

 ミオリネは言いながら、笑顔で首をとんと叩いた。

 

 そのしぐさにしーんと、静まる農園内。これは大変なことになってしまったと戦慄するミオリネ以外の全員。

 

 ……こうしてロマン男とスレッタの決闘が決まってしまったのだった。




ちなみにリリッケとティルは契約書を読んで「やばいですねー」と思ったのでパスしてます。マルタンとアリヤは後輩たちが暴走しないようについてきてくれていました。

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