アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
迫る強大な敵へ立ち向かうロボット。複雑に絡まった人間関係と謎。
そして魅力的なキャラクターたちの友情と愛。
まさにロマンと言える作品でした。大好きです。
アスティカシア高等専門学園。
巨大企業ベネリットグループが運営する教育機関であり、その目的は将来のグループを背負って立つ若者たちを育てること。なので、一般的に想像される学校というものよりも専門性が高く、実態も特殊だ。
入学にはそもそも企業からの推薦が必要であるし、結果、学校やクラスというまとまりよりも企業という単位で学生たちもグループを作ってしまう。しかもそれがライバル企業となれば、企業間の競争がそのまま学生たちの対立の温床にもなってしまう。
ただ、それも総裁であるデリング・レンブランの意図通りなのだろう。
戦わなければ生き残れないと、常にささやかれているように。この学園は闘争を求めている。
最たるものは決闘の制度であるし、娘であるミオリネをそのトロフィーとして学園に放り込んだのも、闘争を煽り立てるため。
なので、もしかしたらこれも、彼が求める闘争の形なのかもしれない……
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
ある日の昼下がりのこと、
「貴様あァアアアアアア!! 俺の獲物を横取する気かぁああああ!!」
「お前こそ、俺の邪魔をするんじゃねえええ!!!!」
「フフフ、ハハハハ!! 争え、争え……!!」
「もういやだよぉ、なんでみんなこんなに争うのぉ……!!」
「これが世界の真実!! 俺たちは争いから逃れられないんだ……!」
アスティカシアの一角で、血みどろの抗争が巻き起こっていた。
百人もの生徒が、一点を目指して押し合いへし合い。その目は血走り、お互いに絶対に譲らないと言わんばかりの様相。普段同じ寮で仲良くしていたとしても関係ない。すべては敵。
なぜなら、彼らが戦うのは極めて原始的な欲求に従ってのものだから。
「「「プレミアムパンは俺のものだぁあああ!!!!」」」
そんな光景を見て、スレッタ・マーキュリーはガタガタと食堂の隅で震えていた。
「あわあわあわ……! な、なんなんですか、チュチュちゃん!? なんでみんな怖い顔しているんですか……!?」
「あー、姉御は知らなかったか。うちの名物なんだよ。月に一回、数量限定でプレミアムパンが販売されて、それを食いたい連中がああして争ってんの」
「ぷ、プレミアムパン?」
「地球でもめったに取れない高級食材を、これまた最上級ホテルのオーナーシェフが調理したーとかそういう話だけど……ま、言い出しっぺがあのロマンパイセンだからほんとかどうか……
んなことより、早くいこーぜ。このままじゃ飯を食う時間が無くなっちまう!」
「う、うん……!!」
チュチュはそういって、スレッタの手を取ると、パンを求める亡者の群れを避けて、注文へと向かう。
何はともあれ、今日もアスティカシア学園は平和だった。
余談ではあるが、アスティカシア学園で食事をとろうとすると、いくつかの選択肢がある。
まずは学内に展開している食料品店やレストラン、つまりは民営の場所。教員や学生、さらにはインフラスタッフを含めれば一つの巨大都市となっているアスティカシアにおいては、グループ外企業も進出に乗り気で、それだけでも多くの品ぞろえがある。
もう一つは、寮の中。各寮にはそれぞれ食事設備があり、寮に所属する学生ならば無料で食事がふるまわれる。メニューや品質は寮の母体となる企業の力の入れ具合によって多種多様だ。例えばジェターク寮などはザ・古き体育会系と言わんばかりのスタミナたっぷりメニューが特徴であるし、グラスレーは美容にも良い健康志向。そしてペイルは何が入っているかわからない。
最後が、学園の公立食堂で、もっとも収容スペースが大きく、学園内にメインとサブを含めていくつかが点在している。
そしてスレッタ達が訪れているのは、メインの大食堂だ。
かつては『味ない』『色ない』『味気ない』の"三ない"で知られる宇宙食のようなものしか売られていなかったのだが、数年前に学生による壮大な食堂改革運動が巻き起こり、大きく様変わりした。
ミオリネ農園から直で卸された新鮮なトマトや、地球直送フェアトレードの新鮮な食材を使い、スカウトされた高級レストランのシェフらが丹精を込めて料理している。品揃えだけでも百種はあり、今では学生寮にこもるよりも、この食堂に集まってみんなで和気あいあいと食べるのが常識となり始めている。
その契機となった食堂改革の先頭には『学生の体をつくるのは良質な食事!! それが将来のベネリットのため!!』とさも耳ざわりのいい言葉を掲げながら『うまくない食事なんて青春じゃねえ』という自分の欲望を押し通した妖怪がいたとかいないとか。
さて、その妖怪も妖怪と言えど、一人の学生。
学業に励めば腹も減る。なので、彼もこの喧騒の中で食事をしていた。そこへ、
「やあ、ここ座ってもいいかな?」
金髪の髪をなびかせ、さわやかイケメンフェイスを振りまきながらシャディク・ゼネリがやってきた。その姿に背後では女生徒が顔を赤らめたり、携帯で写真を撮ったりしているが、シャディクは軽く手を振るくらいで対処する。
彼としても、今はロマン妖怪と食事をとることを優先したい様子。
そして、シャディクも大切な友人であると信じているロマン男も、断る理由がない。手で、空いていた自分の前の席へと促すと、気のいい笑顔を向けた。
「もちろんもちろん! お疲れ、シャディク!」
「アスムこそ、お疲れ。今日は委員会の子と一緒じゃないのかい? 体育祭もそろそろだから、忙しいと思ったんだけど」
「今年で俺が卒業だからって、後輩が張り切ってんだ。『先輩を見習ってロマンあふれる祭りにします!!』って。だから、今回は任せることにしたの」
「へぇ……。いい後輩じゃないか」
「来年からのアスティカシアも安泰だ。と、それでシャディクの今日のメニューは……おっ! 特製カレーじゃん。シャディクは、ほんとそのカレー好きだよなぁ」
シャディクのプレートに乗るのは、黄金色がまぶしい、見るからにコクと旨味がたっぷりなアジア風カレー、バターライス付き。食堂がリニューアルされて以来の、シャディクのお気に入り料理だった。
それを指摘されると、シャディクは子供らしい笑顔を見せる。
「故郷の味を思い出すんだ。何度食べても飽きない、胃と心にしみる味ってやつさ。お前のほうこそ、よく飽きないね、その焼きそばパン」
「昼はなんとなく、焼きそばパンを食べたくなるんだ。これはきっと、遺伝子レベルでなんかが刻まれているに違いない」
「そこまで言われるときになるな……一口もらっても?」
「いいぞー、ちょい待ってな……ほれ」
「いただくよ……んん。……なるほど、単純な作りに見えて、食材の良さが出ている」
「タイムスリップしても食べたくなる味だな」
「それは、またゲームか漫画の話かい?」
「そうなんだよっ! ちょっと聞いてくれって、いきなり襲ってきた謎の敵に、子供たちが……」
などと、学園内でも有名人のはずの二人は、なんでもない様子で会話を続ける。
最近の外の世界で話題になった出来事や、失恋したと勘違いしたグエルをスレッタが慰めるのに大変だったこと、お互いの寮生の悩み相談や。内容は雑多で、ころころと移り変わり、だけれどそれも楽しそうに。
そんな話題は、これから控えている体育祭のことにまで発展する。
「体育祭も今年で三年目か……。お前はほんと、よく上に通したもんだよ。今年はとうとうデリング総裁まで視察に来るそうじゃないか」
「そりゃあ、ベネリットグループに大いに利益がある行事ですから?
『パイロットに必要な戦闘教練を大規模に行い、かつその中でメカニックと運営を学生に任せることでより対応力のある人材を育てる』ためでありますっ!」
「嘘をつくな、嘘を。お前がやりたかっただけだろう?」
「ははっ、嘘も方便だって。それに、シャディクだって協力してくれたじゃん。今でも感謝してるんだぜ? 他の寮はどこも乗り気じゃなかったのに、グラスレーとして一番に参加を表明してくれて」
「当たり前だよ。数少ない友達の頼みだ……」
と、そこでシャディクはスプーンを置くと、少し目を細めながら視線をロマン男へと向けた。
「その友達のよしみで知りたいことがあるんだけど……いいかな?」
その瞬間、近くに生徒がいたのなら、空気が少しひりついたのを感じたかもしれない。
向かいのロマン男ならばなおさら。口近くに運んでいた焼きそばパンをトレーに置くと、少し姿勢を正してシャディクの視線を受け止めた。
「……なんだ?」
鋭い視線がぶつかり合う中、シャディクは続ける。
「もちろん、わかっているだろう? ……エアリアル、いや、ガンダムのことだよ」
「…………」
「この間の決闘、そこでお前はかなりのデータを収集したはずだ。それを俺に提供してくれ」
「……条件は?」
情報を収集したということを否定せず、ロマン男は先を促す。
「そうだね……。ベネリットグループの崩壊後……新しい秩序における相応の地位、でどうかな?」
「ふっ……、悪いやつだね、お前は……」
…………そう、シャディクには、そしてロマン男にも野望があった。
それは、この宇宙の経済を牛耳り、発展を停滞させているベネリットグループという巨大資本を打倒し、己たちの欲するまま、新たな秩序を構築しようというもの。
ロマン男はそのために普段は道化の仮面をつけ、エアリアルという軍事的に重要な存在を手中に収めようと……
「………………くくっ」
「ふふっ……ははっ……」
そんなわけはなかった。
いきなり空気の重さがまるっと消える。なにせ、はたから見ても怪しい顔をしていた二人がそろって、口元を手で押さえて、体を震わせて、しまいには……
「「あははははははは!」」
と大笑いを始めてしまったんだから。
ひぃ、ひぃと腹を抱えたロマン男は、まだ収まらない笑い声のまま、シャディクに言った。
「ほんっと、はは……お前って悪い顔が得意だよなぁ。取引先でもそれやってんの?」
「もちろん♪ こうやって、キメ顔をすると、相手は勝手に怖がって条件を通してくれるからね。便利な道具だよ」
「にしても、グループ崩壊で新秩序とか……! あんなべたべたな悪い顔してないと、まだ諦めてないんかと思ったよ。いつのネタだ、それっ!」
「お前こそ、乗ってくる割には悪役の演技が下手だよ。もう少し腹芸でも勉強したらいいんだ」
「いいのいいの! いざとなったらお前が助けてくれるしね」
「まったく……」
と、そこでシャディクは気楽な調子に戻って話を進める。
秩序云々の話は冗談ではあるが、彼としても友人と相談をしておきたい内容も含まれていたからだ。
「とはいえ、半分はまじめな話として。どうなんだい、あのガンダムは?」
「あ、やっぱりガンダムなのね」
「そりゃそうさ。ミオリネだって勘づいてる。何も知らされていないだろう、水星ちゃんはかわいそうだけど、ガンダムじゃないっていう方が不自然だ。
水星のレディ・プロスペラ、もしかしたらデリング総裁も何かを企んでいるかもしれない。いざというときのためには、備えておきたいんだ」
「そういうのまじで学校の外でやれよって話だけど。……そうだなぁ」
そこでロマン男はつい先日に戦ったエアリアルの印象を思い出す。
確かにいろいろと特殊な機体だと感じたが、戦っていた時にふと思ったのは、
「…………こども?」
「ん? それはどういう?」
「いや、ヴィクトリオンで突進したときとか、ビットがなんか驚くようなリアクションしてて。ちょっと人間っぽ過ぎたというか……」
「ふむ……お前の野生の勘はよく当たるからね。頭の隅に置いておくよ」
とりあえずシャディクが必要とするだろう情報は渡し、ロマン男はふぅと息を吐きながら続ける。
「そうしてくれ。でも、ガンダムねぇ……思い通りにMSを動かせるっていうのは面白いけどな」
「そうだね。お前の夢にとっては、必要になりえる技術さ」
情報伝達物質パーメットを体に埋め込み、それをもってMSと直接的に情報のやり取りをする。今までのMSがパワードスーツや補助具の延長なら、GUND-ARMをつかったMSは義肢の先にあるもの、本物の機械の体だ。
とはいえ、そんな都合のいい技術があるはずもなく、
「データストームの逆流の問題が解決すればなぁ……。パイロットが情報に焼かれて廃人ってのは欠陥だよ。まあ、解決したらしたで、誰でもMSの名パイロットになれるってのも怖いんだけど」
「兵器部門の起爆剤、どころか秩序の完全な崩壊にもつながりかねないね……」
「ロマンはあるんだけどなぁ……」
「ふふっ、ほんとにお前ってやつは……昔から変わらないなぁ」
シャディクは笑いながら、ミオリネと三人で暴れまわった、少し昔を思い出す。そして、今の自分たちを。
出会ってからお互いにいろいろあった。その中でシャディク自身が成長したこともあるし、とんでもない黒歴史を人生の中に生み出したりもした。
しかし、ミオリネはこの男のことをバカだというけれど、そのバカのおかげで楽しかったこともたくさんあるとシャディク自身は思う。
シャディクは穏やかな顔をしながら、友人へと言う。
「なあ、アスム……」
「ん?」
「少し、俺からもガンダムを探ってみようと思う。お前の大切な後輩にかかわる問題だ。なんとか力になれるようにするよ」
「……大丈夫なのか? お前の安全とか」
「下手なことはしないし、義父からも調査命令は出されているからね。やることは変わらないさ」
「ならいいんだけど……」
「逆にお前のほうがいろいろと気をまわしすぎて、倒れないかが心配だな。後輩も育ってきたっていうなら、恋人でも作って落ち着いたらどうなんだ?」
「恋人?」
「そうだよ、恋人。黙ってたら、お前だってモテるんだから」
そうかね、とシャディクの言葉にロマン男は疑わしそうな顔をした。
だけれど、シャディクは別に嘘を言っているわけではない。実際に、シャディク自身も相談を受けたこともある。
普段からはしゃぎまわっているお祭り男、ロマン大好きな奇人変人、ついでに社会的地位も一学生の範疇からは離れている。だとしても、この男がロマンの名のもとに助けたり影響を与えた者たちの中には、彼を慕う女性も少なくはない。
「そうだね、例えば……」
シャディクはからかい半分である名前を呼ぼうとして、
「シャディク」
凛とした女性の声がそれを遮った。
「おっと! もうそんな時間だったかな、呼びに来てくれてありがとう、サビーナ」
シャディクがおどけたように振り向くと、そこには怜悧な眼の、長身の女生徒が立っていた。そのさらに後ろにもロマン男へと朗らかに手を振る女の子も。
二人はサビーナ・ファルディンとメイジー・メイ。グラスレー寮に所属するパイロット科の生徒。シャディクの側近のような立ち位置の彼女らは、当然ながらロマン男とも顔見知りだ。
なので、特に驚くリアクションもなく、ロマン男は二人にも話しかける。二人が割って入ったということは仕事関係だと想像はついたからだ。
「ん? サビーナにメイジーちゃん? シャディク、これから用事があるのか?」
「……ああ、邪魔をしてすまないなロングロンド」
「これから本社とミーティングがあるんだよ。だからお話はまた今度でお願い、ロマンくん」
「オッケーオッケー! 仕事も大事だしな! ……って、やば。俺もマリーから決算見とけって言われた気がする」
慌ててロマン男が立ち上がる。食事の片付けも焼きそばパンのビニールくらいなもので、立ち去るのもあわただしかった。
「じゃあ、俺も行くわっ! そーだっ! 体育祭終わった後にみんなで打ち上げしよーぜっ! 焼肉だ焼肉っ!」
「前を見て走れ、前を! ……まったく、相変わらず騒がしい」
そんな様子を見て呆れたように言うサビーナ、だがそこへ、なにやらシャディクが意味深な笑顔を向けていた。
「なんだ、シャディク」
「サビーナ、たしか……本社とのミーティングなんて入ってなかったような気がするんだけど?」
「……いいや、つい今しがた予定が入ったんだ」
「ついでに、ロマンくんが行っちゃったタイミングでキャンセルになっちゃったけどね」
「なるほど、なるほど……?」
「……なんだ?」
「いいや、なんでもないさ」
シャディクはサビーナの鋭い視線には答えないまま、苦笑いして両手を上げた。
(これもまた、お前が望んでいる青春かもね……)
なんて、友人のことを考えながら。