アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
それと私事ですが、抱えていた連載を無事に終えることができましたので、改めて筆者名を公開しました。よろしくお願いいたします。
『いったい何をしているのかしら、強化人士4号?』
『あなたに課せられた使命は、あのガンダムの調査』
『特別なのは機体なのか、パイロットなのか、あなたが見極めるのよ』
『何のためにあなたを学園に送り込んだと思っているの』
暗く、不気味な部屋。それだけでも何の演出だと思うくらいに不気味だが、さらに高齢の女性の顔が四つも巨大モニターから浮かんでいるので、ホラーハウス真っ青な空間となっている。
しかも女性たちときたら、全員が全員ベリーショートに紫の唇。どこのアニメの影響を受けたのかという変な服装ときたものだ。
とあるロマン男が見たら、
『ぜってえに悪いやつだろ、アンタら!?』
と叫ぶほどに(実際に彼は叫んだのだが)、悪の秘密結社めいた光景。
そしてそんな四人の魔女に囲まれて、一人の少年が立っていた。百人に百人は美少年だと表現する整った顔に、感情の起伏が感じられない無表情が相まって、"氷"という印象が強く残る。
エラン・ケレス。
四人の魔女がトップを務めるベネリットグループ御三家、ペイル社の擁するエースパイロット。しかしてその実態は、魔女にすべてを握られた哀れな子羊だ。
彼は命令を拒否する権利など与えられず、失敗をすればその存在ごと闇に葬られてしまうという、あまりに過酷な運命を背負わされているのだが。
こうして魔女に詰問されているエランはといえば……
(めんどくさ……)
話をまともに聞いていなかった。
堂に入ったポーカーフェイスで、さっさとこの無駄な時間が終わらないかと思っていた。
魔女たちが何やらを言っている間、エランは考える。
(僕が送られたのってただの替え玉目的だったはずだよね。なんでいつの間にかガンダムを調査することが使命になっているんだろうか。いちいち命令を変えるトップなんてめんどくさいから、さっさと年齢考えて引退してほしいんだよ。
そもそもなんで替え玉を送るのにわざわざ僕なんだ? "あんなの"とは性格も似てないし、あいつも社会に出た後はどう言い訳する気なんだろう、大学デビュー? そういう感じなのかな? いきなりチャラくなったら、チャランになったとかネットに書かれるんじゃないの)
ひたすら考える。
(この婆さんたちも、やることなすこと頭が悪いのか、頭が良いのかはっきりしてほしい。突っ込み待ちなのか? そもそも恰好からして突っ込み待ちだよね? 大体名前も……なんだっけ? ゴルネリだけは覚えているんだ、なんかゴルネリしてるから)
考えながら魔女をぽけーっと見続ける。
(そうだこれから全員ゴルネリだと思えばいい。ゴルネリ1号、2号、3号、4号……。わかりやすい。ゴルネリ1号が一番怒っていて、ゴルネリ2号がストッパーで、ゴルネリ3号が……いや、区別するのも面倒だな。全員ただのゴルネリでいい)
そんなエランの前で、ゴルネリがゴルネリの言葉に同意したり、ゴルネリの新提案にゴルネリが異論を唱えたり、ゴルネリがさらに悪そうな顔で悪そうな計画を立てたのを他のゴルネリがほめたたえ、さらにゴルネリが、ゴルネリに、ゴルネリをゴルネリして……
『ちょっと聞いているのかしら? 強化人士4号?』
「はい、もちろんです。ゴルネリ」
(((なんで、ゴルネリだけ……)))
とにもかくにも、エランはエアリアルというガンダムを調査しなければいけなくなった。
つまりそれは、あのスレッタ・マーキュリーという少女と接触し、言葉たくみに取り入り、そしてコクピットに乗せてもらわなければいけないということ。
だが、それにはとても、とても大きな問題がある。
(…………どうしよ)
エランはぼっちだった。
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
元々エラン、そしてその元となった男の子はコミュニケーションが得意な方ではなかった。内気で、一人でいることも苦痛ではない。ついでに実は闇の企業によってつくられた強化人間です、などと言えるはずもなく、友人をつくる気もなかった。
誰を好きになることもなく、誰と一緒にいることもない。
ただ、それでも問題はなかった。この作られた顔がそういう雰囲気にもあっていたのがよかったのだろう。勝手に周りは高嶺の花扱いをしてくれるし、波風を立てず、命じられるままに決闘をしたり、寮の筆頭として決闘委員会に入ったりしながら静かに暮らしていけばよかった。
(そのはずなのに、どうしてこうなったんだろう……)
エランは無表情のまま、ペイル寮の中を歩く。
すると、それだけで周りの生徒たちからひそひそと声が聞こえてくる。
一見すると、それはクールを気取って、周りとコミュニケーションをとろうとしない、いけ好かないイケメン野郎への妬みに聞こえるかもしれないが、実態は。
『やだ、エラン様よ。今日もぴちぴちの肌ねっ!』
『クールなイケメン、嫌いじゃないわっ!』
『エランきゅん、エランきゅん、エランきゅん……!!』
となんだかねっとりした欲望を感じる視線と言葉ばかり。ちなみに声の主に男女は問わない。
(どうしてこうなった……)
もう一度エランは考えて、やはり原因は一つしか考えられなかった。
(ぜんぶアイツのせいだ……)
入学したときのペイル寮はこんなでもなかった。ほどほどに陰湿だけれど、『エラン? やめとけ! やめとけ! あいつは付き合いが悪いんだ』とでも言ってきそうなドライな感じだった。
だがペイルは……はじけた。
とあるロマン妖怪が学園を盛り上げるために、変な機械を持ち込んだり、変な薬品をぶちまけたり、変な人員を学園に配備し始めてからというもの、元々マッドな気質があったペイル寮生は『俺達も負けてなるものか』と対抗意識を燃やし始めたのだ。
妖怪が妖怪を生む負のスパイラルである。
結果が、今のペイル寮。
他の学生からは一歩でも踏み込めば人体実験の材料にされるとか、謎の薬品を垂れ流しているとか、実は強化人間を作っているなど魑魅魍魎の巣窟扱いをされている。しかし、一部は真実だ。しかも共同CEOたちは卒業してペイルに入社する学生の質が上がったと喜んでいた。
そんな環境に静謐を好むエランがなじむはずもなく、かといって周りのブレーキをつけなおすほどの強い気持ちもない。結果、どうかんがえてもおかしい状況に心の中で突っ込みながら順応するしかなかったのだ。
しかも、そういう学園を作り上げた張本人はと言えば、
『エーランくーん!! あそびましょーっ!!』
突如として寮のスピーカーから流れるバカの大音量。
それを聞いて、エランは心の底からいやそうなため息を吐いた。
(またバカが来た……)
それはエランを遊びに誘おうという、文言そのままの呼びかけ。
そう、ロマン妖怪もまた、エランに対して過干渉だった。
「おっす! 遊ぼうぜぇ!!」
「なんで僕を呼んだのか知らないけれど……その前に、それなに?」
寮の外でエランを出待ちしていたロマン妖怪は、エランがきた途端に見た目だけはいい顔を笑顔にして手を振ってくる。もちろん、エランは手を振ることはない。
ここに出てきたのも、どうせ居留守を決めたところで何度も何度もインターフォンを鳴らした挙句、寮生までもが合法的にエランにさわれるチャンスだとばかりにハンティングを始めるからだ。
だから断るためにわざわざ外に出てきて、そして突っ込まずにはいられない。
ロマンバカがなぜ全身銀色のロボットになっているのかを。
(とうとう全身を改造したのか……人間やめたら壊していいんだっけ?)
物騒なことを考えるエランの前で、推定ロマン男はロボットの格好のまま、変なポーズを決めつつ説明する。
「おおっ! さすがエラン君、お目が高い!!」
(誰でも気づくし、気づかない方が節穴だよ)
「これは次世代型パワードスーツ"鉄男"マークII! いやー、前から作ってたんだけど。とうとう単独飛行が可能になってね!!」
(だからって、飛ぶんじゃない。煙いし、うるさいんだよ)
「ちなみに自爆装置もついている!」
(聞いてないし、はやく自爆してほしい)
「なぜ付けたのかって……? それはもちろん、ロマンだからさっ!!」
(知らないよ)
などと勝手に奇行を続けるロマン男へと、エランは一言も発することなく冷たい視線を浴びせ続ける。けれどもバカはバカなのでエランの内心など察してくれず、
「だから試運転行こうぜ!」
ドカンともう一つコンテナを目の前に置くので、
「…………帰る」
エランは付き合いきれずにくるりと背を向けた。
すると妖怪は慌てて、全身銀色のままでエランに追いすがる。
「ちょいちょいちょいちょい! 待ってくれって! 頼むから一緒に空を飛ぼうぜ! 星になろうぜ!」
(死んでるじゃないか)
「科学ノ進歩、発展ニ犠牲ハツキモノデース!!」
(犠牲って言ったよこいつ……)
「…………帰る」
「待て待て待て!!」
エランはまとわりついてくるバカのバカな言葉を聞き流しながら、このバカに絡まれつづけた三年間を思いだして憂鬱になる。
だいたい、バカがエランを気に入っている理由さえ不明なのだ。
入学当初から、あからさまに『話しかけないでください』オーラを出しているエランへと何度となく話しかけてきたり、決闘を仕掛けてきたり、勝手にファンクラブを創設したり、アイドルの衣装を着せてステージに立たせようとしたり。
とにかく、バカはエランに対して何度となく干渉しようとしてきた。
そんなものなので、エランは勝手にツッコミが上達してしまったし、かといってそれをワザワザ出力してギャグ落ちするのもいやなので黙っていたら、バカはやっぱり絡んでくる。
今のエランに望みがあるとすれば、それは学園を卒業して、バカと縁を切ることだった。
しかし……ここにきてそうはいかない事態となっている。
(なんでこの男が、スレッタ・マーキュリーと親しいんだ……)
今のエランには課せられた命令がある。そして、彼にはどうすればそれを達成できるかがわかっていた。
(おそらく特別なのは……"機体"だ)
四人の魔女が言うまでもなく、エアリアルの戦いを見たエランは、スレッタ達に強い興味を抱いた。もしかしたら、自分と同じ強化人士として生まれ育てられた少女なのかもしれないと。
だとしたら、数少ない境遇を共有できる仲間かもしれないと期待して……すでにその期待は捨て去った。
なぜなら、
(……この男のノリに付き合える時点で、ありえないだろ)
ロマン男に振り回されて楽しんでいるスレッタは、まるで都会に迷い込んだ小さな狸のような小動物じみていて、そこにエランのような厭世観や世に対する皮肉めいたものは感じられない。あんな改造人間がいてたまるか、というのがエランの考え。
とはいえ一度はスレッタに接触しようと試みたのだが、このロマン男がスレッタにべったりだったので、巻き込まれたくないエランは決闘委員会もサボって引きこもっていた。
ともかく、エランの結論は出ている。
(調べるまでもない。彼女が僕と違うなら、あの機体……エアリアルが特別なんだろう。ただ……)
それはエランの憶測。それをゴルネリ'sに出しても通るはずもなく、むしろ廃棄処分が早まるだけ。
命令を達成するにはスレッタと仲良くなって、エアリアルの内部までも潜り込む必要があるだろう。しかし、エランには、スレッタと近しい親しい友人などいないので、スレッタと会話をすることすら至難の業だった。
なので本当に、本当に心の底から嫌ではあるが……。
エランは寮に向けていた足を止めて、銀色ロボットと化したバカへと話しかける。
「アスム・ロンド……頼みがある」
「おぉ!? エラン君から俺に頼みとは珍しい!! いいよいいよっ! なんでも聞いてくれ!」
「…………スレッタ・マーキュリーを紹介してほしい」
ぼっちのエランにとって、頼めば協力してくれそうな妖怪の協力を仰ぐしかなかったのだ。
すると、ロマン妖怪はなにやら妙なポーズで数秒停止したのち、シャカシャカと虫のような動きをしながら近づいてきた。
「えっ、スレッタさんに興味あんの!?」
「ああ、僕には彼女が必要なんだ」
「っ!? あのエラン君が、そんなにとは……! い、いつから!?」
「出会った時から、そういう定めだったんだろうね」
「ど、どのくらい本気なんだ!?」
「……彼女と会えなければ、僕は生きていけない」
すると妖怪はなぜか仮面のツインアイをキラキラ発光させながら興奮し始める。
「くぅうううっ! なんて、なんてロマン……! ……すまん、グエル! 俺はエラン君も応援しなければいけない……!!」
(なぜグエル・ジェタークが出てくるんだ?)
「それでどうなんだい? できれば、スレッタ・マーキュリーにはエア……」
「皆まで言うなっ! エラン君の気持ちはよーくわかった! この俺が、完っぺきに二人の仲をセッティングしようっ!!」
「…………わかった、頼むよ」
思ったよりも首尾よく話がまとまったことに安堵して、エランは寮へと戻っていく。
これでいいはずだ。要求通りにエアリアルが特別な機体であることが分かればまずはいい。妖怪に頼るという選択肢も、賭けではあったがよい結果につながった。
そう考えていたエランの背後から、ロマン男が声をかけてくる。
「そうだっ! スレッタさんとのことうまくいったら、体育祭にも参加してくれよっ! 寮の筆頭で参加しないの、エラン君だけだからさ!」
などと、普通の友人のように。
(…………っ)
そのことになぜか感情が波立つが、エランは目を閉じてその感情を封印した。
(アスム・ロンドと関わるのもこれが最後だ)
彼が開く体育祭も、青春やロマンというものさえ不要なもの。いずれは全てを奪われ、なにも自分には残らないのだから。
エランはロマン男に返答することなく、静かに寮へと戻って行った。
そして二日後、ロマン男から『今夜、スレッタと話ができるようにした』とメッセージが届いた。
エランはその手際の良さに感心を覚えた。
バカで妖怪で、人のことなどまるで考えないのに、やはり自治会委員長という肩書は伊達ではなかったのだろう。
エランは待ち合わせ場所へと、どうすれば首尾よくエアリアルに乗り込むことができるかと、頭の中でシミュレーションをしながら向かい、
「ご、ごめんなさいっ!!」
「…………は?」
出会いがしらに謝られて、そのシミュレーションの全てが"ぱあ"になった。
スレッタは心の底から申し訳なさそうに、頬を染めながら言葉を続ける。
「あ、あのっ、とっても気持ちはうれしい、です……! で、でも、私にはグエルさんがいますし、ミオリネさんとも、婚約者、ですし……もう、それでいっぱいいっぱいといいますか……。あっ、でも、お友達としてなら大歓迎ですっ! よければ、お友達になりませんか?」
「…………ちょっと待って、話が見えないんだけど」
「え? あ、あの、先輩から、エランさん?ですよね、大事なおはなし、あるって」
そこでようやく、エランは事の次第を理解する。
待ち合わせ場所は、夜の闇の中でも街頭のイルミネーションがきれいな、学内でも有数の景色のいい地点。そしてなにより、はるか後方ではロマン男が何を妄想しているのか、ハンカチ片手に二人の行く末を見守っているではないか。
まるで、絶好の告白スポットだというように。
「………………」
それに気づいたエランは、スレッタを置いて歩き出す。
向かうのはもちろん、この場をセッティングした妖怪の元。
その妖怪はと言えば、なにを勘違いしたのか、エランへと同情の視線を向けながら、
「残念だったな、エラン君……。だが、この失恋もまた青春とロマン! きっとこの先の人生に、素晴らしい経験となるはずだっ!」
などとのたまうのだ。
だからエランは静かに、とても静かに宣言した。
「アスム・ロンド……」
「お前を殺す」