アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
ようやく体調も戻ったので、元のペースで展開できそうです。
「双方、魂の代償をリーブラに」
決闘委員会のラウンジにて、セセリアの声が響く。
そうして対峙するのはロマン男と、その場の誰にとってもまさかのエラン・ケレス。
その事実に立会人を務めるセセリアはいたずらな視線を深めた。
ロマン好きな変人はともかく、氷の君などと言われ、普段から何を考えているかわからない上級生が何を賭けて決闘に臨むのかは、彼女にとっても大いに関心があるのだから。願いとはその人そのものを顕す。金か、女か、はたまた快楽か。
この鉄仮面の奥にある欲望をセセリアは知りたがり、いつものやり取りのついでに楽しもうとした。
「エラン・ケレス、あなたはこの決闘になにを賭けるの?」
するとエランは、ロマン男をハイライトの消えた目で見つめながら、
「……この男の息の根」
などと本気で言い出して、
「…………え?」
その絶対零度の響きに、セセリアはらしくなく表情を硬直させてしまった。
慌ててセセリアは聞き返す。
「…………えーっと、エラン先輩? 私の聞き間違えな気もしますけど、もう一回いいです?」
「だから、このバカの命だよ」
「……え、ほんとに誰アンタ?」
さすがのセセリアも動揺を隠せなくなる。いくら何でも、生徒同士のいさかいで殺し合いに発展するなんて許可できないし、寄りにもよってそれを言い出したのがエランなのだから。
願いとはその人そのもの。
さっき考えたことが頭をよぎり、セセリアは珍しく冷や汗をかいた。
(やっば、静かな人ほどキレたら怖いってホントだったのね……っていうか、ロマン先輩マジでなにしたの?)
一方、当の言われたロマン男はと言えば、
「うーん……さすがに命は賭けられないんだけどなぁ……」
と苦笑いだけにとどめている。エランが怒り心頭だということは理解しているが、いまいち本気度は足りない様子。エランはそんなバカの様子を見て、能面のように固まった表情の奥に怒りの炎をたぎらせていく。
(なにこれ、私なにすればいいの?)
もうセセリアにもお手上げだ。要求を通せば決闘で殺し合いに発展してしまうし、下手にエランに何かを言うのも、エランの怒りがすさまじすぎて憚られる。
彼女はあくまで強い者を口でおちょくるのが好きなだけで、本気の喧嘩の仲裁とかはやりたくないのだから。
するとそこに、見かねたシャディクが割って入った。
「……エラン。さすがにお前ならわかっていると思うけれど、決闘において殺傷はご法度だ。そこまで熱くなるのはらしくないし、俺としても理由は気になるけれど、別の条件にしてくれ」
「……なら、この男がエラン・ケレスに関わらないこと。それを条件にしてほしい」
「なるほど。セセリア、エランの要求を認めてくれ」
「はーい。それじゃあ、アスム・ロンド。あなたはこの決闘になにを賭ける?」
セセリアが促すと、ロマン男は大げさに、
「うーん、うーん……いや、俺はマジで何にもないんだけど……」
と悩むそぶりを見せた末に、
「おっ! それじゃあ、こうしようっ! エラン君が今度の体育祭に参加してくれること。どうだ?」
「……わかった。それでいいよ」
「はぁ……変な決闘っすね。片方は絶交目当てで、片方はお祭りにご招待とか。でも……」
「ālea jacta est……決闘を承認します!」
そしてセセリアが疲れた表情で掌を打ち鳴らし、決闘が承認された。
形式はもちろん個人戦。決闘の環境は砂漠地帯の第三戦術試験区域と決まる。その報は学園にすぐさま広まり、生徒たちの話の種になる。学園トップクラス同士の対決。そしてエランとロマン男などと言う組み合わせは見逃せない。
こうして決闘の準備は整った。あとは決闘開始になるまで双方解散、となるのだが……さすがにこの状況を見て動かずにはいられない男たちがいた。
「おい」
「ちょっとこっち」
ロマン男の左肩をグエルが、右肩をシャディクが、がっしりと掴んでそのままズルズルと部屋の隅まで連れていく。理由はもちろん、ことの次第を目の前のバカから聞くためだ。
「いったい何がどうなっているんだ? あのエランが本気で怒っているじゃないか。見てみなよ、あの顔。氷どころか溶岩でも出ていそうだ」
「いやぁ、俺が割とまずったというか……誤解しちゃったというか……」
「誤解?」
「おい、その前に聞かせろ。エランがスレッタに言い寄ったっていうのは本当なのか?」
「それも間違いじゃないっていうか……」
「なんだと!? あのやろぉ……!」
「また水星ちゃん絡みなのかい!? すごいな、あの子。いつもトラブルの中にいるというか……」
「おい、それでどうなったんだ!? スレッタの奴は受け入れたのか? 断ったのか? エランがあいつを傷つけたっていうなら、俺がてめえの代わりにエランを……!」
「その前にもっとちゃんと状況を説明してくれ! あんなエラン、見たことないんだ!」
「だーっ! グエルもシャディクもとりあえず落ち着け!」
「「もとはと言えばお前のせいだろ!」」
こうして、エランとロマン妖怪との決闘の火ぶたは切られた。
誰にも理由がよくわからないままで。
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
「ああ、ファラクトの搬入は確認したよ。これから実戦でのテストを兼ねて決闘することになる」
ラウンジを離れた後、エランはペイル寮の格納庫で、黒いMSを見上げながら端末を操作していた。
モニタに映るのは、ファラクトと呼ばれるペイル社の新型MS、その根幹を設計した技術者ベルメリア・ウィンストンだ。
ベルメリアは気の弱そうな表情をしながら、エランに問いかける。彼女はエラン、いや、強化人士4号の調整役として頻繁に彼と顔を合わせていたが、それでも、今のような様子を見たことがなかった。
『それはいいけれど……いったいどうなっているの? 実戦投入はもう少し後の予定だったじゃない』
「事情が変わったんだよ。それに、相手はあのガンダムには負けたとはいえ、ほぼ互角に渡り合ったパイロットだ。ファラクトの生贄にはちょうどいい」
『生贄って……いったいどうしたの? あなたらしくない』
「僕らしくない? ……ははっ」
そのベルメリアの言葉を聞いて、エランは歯をむき出しにして笑った。そして、どこまでも自虐的で露悪的な表情をつくりながら、言うのだ。
「僕らしさってなんなんだい? この顔も、声も、記憶さえも弄られて。僕らしさの欠片すら奪い去ったアンタがよく言うよね?」
『そんな言い方は……』
「……うるさいんだよっ、アンタも、あのロマン狂いも!!」
怒りのままに、エランは通話を打ち切り、そのまま端末を地面に打ち据えた。
荒げた息のまま、自分を見下ろすように立っている、ファラクトを見上げる……。
(黒い凶鳥……。これが、きっと僕の棺桶なんだろうな……)
これが送られたということは、きっともうすぐに自分の命は尽きるのだろうと、エランにはわかっていた。
エラン・ケレス。強化人士4号には何もない。
自分がどこから来たのかという過去も、血のつながりも、元々の顔も声も、誕生日さえも知らない。きっと元は市民ナンバーも持てないような、貧困にあえぐ孤児だったのだろう。
だから命にすら一ついくらで値段をつけられ、買われ、今日までの実験と苦痛の日々を送らざるを得なくなった。
このファラクト、いや、ガンダムに乗るための人身御供となるために。
その体は、ガンダムをより完ぺきな兵器として動かすためのパーツ。情報の流入に耐えられるように調整されているのだから。しかし、
(きっと、乗れても数回だ……)
これまでの実験で4号自身が分かっている。いくら体を強くしても、投薬で影響を小さくしても。ガンダムは人が乗れるような代物ではないと。ペイル社の技術者たちもそれが分かっているからこそ、あくまで消耗品となれるように身寄りのない4号のような存在を使っている。
そう、わかっている。受け入れているはずだった……
だから、こんなに心がかき乱されるはずはなかったというのに。
「はっ……"僕らしくない"か。……ほんと、なんでだろうね」
拷問染みた実験でも、ここまでの怒りは湧き出なかったのに。どうして、あの時、あのロマン男に対しては恐ろしいほどの感情の変化が起きたのだろう、と。
考えてみれば自分も誤解するような発言をした気がするし、あれほどの怒りを覚えるほどの理由はないはずだったのに。
そしてエランは、あの時の"エラン・ケレス"を慰めようとしていたバカの顔を思い出して、苦笑を浮かべた。
(ああ、そうか……)
ようやくその怒りの理由に気がついたのだ。
(僕は、アイツがうらやましかったのか……)
強化人士という宿命も知らず、4号がどんな気持ちで学園にいるのかも知らず、ただ普通の友人かの如くふるまい続けるデリカシーのない男。
"告白と勘違い"なんて、それこそ4号が普通の男の子だと心から思ってないと出てこない発想だから。そんなことを考えてしまえる楽天的なロマン男が、心の底からうらやましく、疎ましかったのだ。
エランはうずくまり、両手で顔を抑えながら、絞り出すように言う。目元は見えないまま、口にだけ歪な弧を張り付けて。
「まあ、いいさ。やることは変わらない。アイツを倒してファラクトの試運転をこなしたら、次はスレッタ・マーキュリーだ」
信用できない口約束だが、CEOたちは、エランがエアリアルを入手すれば彼に市民ナンバーを提供すると発言した。どうせ死ぬというのなら、そのエサにつられてみるのも一興だろう。
だから、そのための一歩として。
「まずは、そのくだらないロマンを叩き潰してあげるよ……」
そんな"エラン・ケレス"の声を、ファラクトは静かに聞いていた。
そうして決闘が始まる。
エランが乗り込んだGUND-ARM『ファラクト』。漆黒の新型MSは、決闘の舞台となる砂漠をイメージした試験場に降り立ち、初めてその威容を学園へとさらした。
ペイル社の傑作機ザウォートを設計のベースにしつつも、大型の狙撃型ビームライフル"ビームアルケビュース"を携え、両肩にはこれまた特徴的な可動式スラスターが供えられた狙撃仕様の機体。
エランは回線を切っているので知りようがないが、そのファラクトの姿は実況解説でも大いに取り上げられ『黒いエランくんも嫌いじゃないわ!』やら『フフ、命を刈り取る形をしている……』などと謎のファラクト愛好家を生み出していた。
ともあれ、エランはロマン男を待ちながら戦術を練る。
(あの男は何をしてくるかわからない。……とはいえ、基本的には重装甲による突撃がメインだ)
ロケットパンチやら、そういう軍事的にはバカげたギミックを繰り出してきたとしても、基本戦術は突撃の一択である。一学年の頃に数度決闘をしたときは、その突拍子もない戦術に後れを取ったが、それでも得意な戦術は突撃だけだ。
それを鑑みると、状況はファラクトを駆るエランに有利だ。
GUND-ARMの搭載によって、ファラクトは有機的な機体制御と高い機動性を誇る。得意の戦術も、その機体制御を用いた長距離狙撃。さらには、突撃をしてくる相手にはめっぽう効果的な"アレ"もある。
かつての決闘があるからこそ、明確にエランの頭の中では、開始数分で全身を撃ち抜かれたロマンの残骸が映し出されていた。
エランが笑う。
(ガンダムを倒せるのは…ガンダムだけだ)
苦痛と表現するのも烏滸がましい、地獄の中から得た力。
それは歪ながらもエランへとプライドを生み出す。ガンダムが相手でなければ、負けるはずがないと。そして、そのガンダムに蹂躙される哀れなMSを乗せたコンテナが、ようやくと戦場にやってきて……
『ハーハッハッハ!! 待たせたなぁ!! エラン君!! ヴィクトリオン、現着!!』
「………………は?」
エランは、コンテナから現れたMSの姿に絶句した。
例えるならばそれは四角。どこからどう見ても、横から見ても、縦から見ても、後ろから見ても四角。もっと正確に例えるならば、炊飯器のような着ぶくれした形状。
真正面にちょこんと突き出たあのアニメロボット顔がなければ、ロマン男の機体とは誰も思わないほどに、機体のシルエットが変わってしまっていた。
そしてそれを操縦しているはずのロマン男は、エランへと回線を開きながら、ヘルメットの奥で子供のような満面の笑みを浮かべている。
『どうだっ! 今日のために特注したヴィクトリオンは!!』
「……なんなんだ、それ」
『だからエラン君のために特注で作った強化外装だって! ふふふふ、既存のMSを大きく凌駕するフォルムに、性能。これを披露できるとは、なんて幸運!!』
その言葉に、
「ふざけるなっ……!」
エランは歯をむき出しにしながら、怒りの視線を向けた。
「このファラクトを相手に、そんなふざけた機体で出てくるとはねっ……。いいよ、僕はもう一欠けらも容赦しない。お前のロマンの象徴を、バラバラにしてやる……!」
それはロマン男をして、初めて聞くだろうエランのむき出しの感情。
その言葉を真正面から受け止めたロマン男は、しかし、戸惑うでもなく挑発的に笑うのだ。
『ははっ! いいねっ! エラン君がとうとう本気で来てくれたってことだ!』
「理解できない……。なにが楽しい、なにが嬉しいっ!? お前はなんでそんな顔で、この場に立っている!?」
『嬉しいさっ! たまには喧嘩して、ぶつかり合う! それも友達の一歩だろっ!
エラン君も楽しめよっ! これは戦争でも殺し合いでもない! 俺たちの青春の一ページ、そしてロマンなんだからっ!』
「っ……戯言を」
もう付き合っていられないとばかりに、エランはロマン男との対話を拒絶した。
戦争ではない? 殺し合いでもない? なにを言っている。エランにとっては、命を賭けた殺し合いでしかない。それを何も知らないはずの、ただの学生がお遊び気分で出てきているのだ、不愉快はここに極まっている。
「……もう良い。セセリア、はやく決闘を始めて」
『はーい。両者、向顔!』
そうして最後に、二人は向き合った。
「勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず」
エランは怒りに満ちた冷たい言葉で、
『操縦者の技のみで決まらず……!』
ロマン男はどこまでも笑顔と挑戦的な笑みで、
『「ただ、結果のみが真実!!」』
噛み合わない両者が、決闘という場で交わる。
『フィックスリリース!!』
「KP002、エラン・ケレス……ファラクト、出る」
『KS002! アスム・ロンド!! ヴィクトリオン・パンツァー!! 発進!!』
そして両者のMSに光が灯り、
「……パーメットスコア、3」
真っ先に仕掛けたのはエランだった。
つぶやきとともに、その整った顔に赤く火傷のような紋様が浮かび上がる。それこそはGUND-ARM、呪われた技術に手を染めた代償。まさしく、魔女の刻印。
同時にファラクトは上空へと飛び立ちながら、その両肩から黒いビットを周囲に展開させ、ガンダムとしての正体を学園へと示すのだ。
そしてそれは、エランの本気の証明。
(この決闘も、ロマンもくだらない……! お前の思い通りになんて、一つもさせてやるものか)
エランの狙いはただ一つだ。
ファラクトの持つ相手の身動きを止めるスタンビットを初撃で当てて、敵のMSを蹂躙する。そしてそうできるだけの勝算もある。
(あの鈍重な装甲じゃ、まともに動くこともできないだろう?)
エランの考え通り、ファラクトのスタンビットたちがヴィクトリオンへ向かおうとして……
『ああ、一つ誤解を解いておくよ、エラン君』
「……?」
『俺は、一つもふざけてなんていない。君と、その"ガンダム"に……勝つつもりでここに来た!!』
「っ!?」
その瞬間、エランの表情が驚愕に染まる。
常のロマン男ならば、とっくに行動を始めているはずなのに、開始地点で鎮座していた炊飯器型のヴィクトリオン。その各部がうなりを上げ、正体を現したのだから。
派手な音と動きを見せながら、からくり細工のように展開していく装甲。
そして現れるのは、砲門、砲門、これまた砲門。ロケットパンチを放つはずの両手には巨大なガトリング様の武装が取り付けられている。全身のシルエットときたら歪で、身の丈に合わない登山用の大型リュックサックを背負った子供のような状態だ。
その姿を見て、機体コンセプトを疑うものは誰一人としていないだろう。
「まさか……砲撃戦仕様!?」
エランの驚きに、"正解"と言わんばかりに妖怪は笑う。
『ロケットパンチだけがロマンだと思うなよ!? 重火器、重武装もまた、立派なロマンなんだっ!!』
だから、ロマン男は心の底から楽しそうに、漆黒のガンダムに宣言するのだ。
『さあ……、乱れ撃つぜぇえええええええええ!!!!』
そしてファラクトへ向けて、無数のミサイルが殺到した。