アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
コロンコロンと、細く美しい指先から数個の石が転がり、奇妙な文様が書かれた布の上に落ちていく。それらの石も、いくつかは宝石の原石を使っているのだろう、透き通っていたり、半透明の色がついたものであったりと様々。
そして、石が動きを止めて安定すると、その配置を見ながらアリヤは腕を組み、思案の表情をした。
リソマンシー。転がした石の配置から、相手の運命などを読み取る占いの手法の一つ。それを得意とするアリヤは地球寮でも誰かの運勢を占ったりしてあげているのだが……
「ふむ……、相変わらず読みづらいね、君の運命は」
「えっ……、もしかして運勢最悪だったり?」
「そういうわけでも……いや、あるのかな?」
アリヤは考えながら、目の前に座るロマン男の表情をうかがう。
(……表情はわかりやすいのに、運勢はわかりづらいとは)
ロマン男はあからさまに困り顔だ。アリヤの様子から、自分の運勢がよくないのではと不安にさいなまれているのだろう。ロマンを信奉するだけあって、占いのことにも抵抗がないのか、こういう場面でも男は素直だった。
その様子がかわいらしいとか、ちょっと困らせてみたいとかの悪戯心がアリヤに浮かぶが、今はまず解説をしてあげるのが占い師としての役割だろうと考え直す。
こほんと一拍を置いて、アリヤは一番大きな赤い石を指さした。
「これが君の石だ。勢いと力に満ちている。うまくいくならば、君は大きなことを為せるだろう。だけど方向が定まっていないね。下手をすれば、その勢いのままで破滅へ一直線だ」
「……は、破滅」
「あくまで占いの結果だからね、気になるのならこれから気を付ければいいんだ」
そして、とアリヤは周りの石を見ていく。
残るいくつかの石は、男をめぐる人間関係について示している。
「……この二つが特に結びつきが強いな。幼いころから、切っても離せないというほどだ。相性も悪くはない」
「なら、シャディクとミオリネじゃないかな?」
「なるほど、たしか彼らとは幼馴染だったね……。そして、ほかにも君は多くの人に好かれているが……」
と、そこでアリヤはとある場所に置かれた透明な石を見る。
「……これは恋愛をつかさどる位置に置かれている」
「ほう?」
「あれ、珍しいね。君がこういうのに興味を持つなんて」
「いやシャディクの奴が、恋人をつくって落ち着いたらどうだとか言うから、ちょっと気にしてるんだよ」
「…………何人か、君にそういう意味で好意を抱いている子がいるようだ」
誰とは言わないが、と断りつつ、アリヤは少しだけ心臓の音を高鳴らせながら、目の前の同級生へと尋ねた。
「もし君が望むなら……特定の異性との相性も見てあげられるが、どうかな?」
「特定の異性……か、いや、あんまり思い当たらないんだけど。誰かいるかな……?」
「た、例えばでいいんだ。例えば、わ……」
「アリヤは?」
「うひゃあ!?」
知らず頬を染めながら何事かを言おうとしていたアリヤ。しかし、言い切る前に驚きの声を上げてしまい、それが相手の男へと伝わることもなかった。
驚いた理由は明白で、後ろから自分の名前を指名する声が聞こえたから。
ロマン男はといえば、いきなり飛び上がったアリヤに驚きつつ、その後ろに立っているこれまた同級生のティル・ネイスへと手を上げた。
「おーっす、ティル! 元気?」
「うん、元気だよ。アスムこそ、こっちにくるなんて珍しいね」
「アリヤが誘ってくれたから、スレッタさんたちの様子を見るついでに寄ったんだ。そうだ! 今度うちのメカニックたちが、また変なシステムを構築したって言うから、興味あったら見に来ないか?」
「……面白そうだね。頼むよ」
ティルはいつも通りの感情が読めない顔でうなずくと、何やら髪をいじりつつ頬を染めているアリヤへと顔を向ける。
「それで……占わないの? アリヤとのあいしょ……」
「し、しないっ!」
「……そう」
本人が望まないというのなら、無理に背中を押すこともないだろうとティルは考え、話をそらすために別の話題を探す。彼としても同級生同士が仲良くなることは喜ばしいことだったが、自分のことになるとどちらも奥手なのが、どうにももったいなくも思っていた。
(……あれ? あの位置は)
そこでティルの視線が、一つの地点で止まる。
ぽつりと一つ、他の石から離れた場所に小さな欠片のような白い石が転がっていた。
アリヤはそれを見ると、気を取り直したのか真剣な目線になって。
「……これは、あまりよくないかもしれないな。離別、を意味している。アスム、君は最近、誰かと別れたりはしていないか?」
すると、ロマン男はその結果に驚いたように目を見開いて、次に少しばつが悪そうに苦笑いした。
「あー、それはエランのことかもしれないなぁ……」
「エラン・ケレス? そういえばこの間、決闘で引き分けていたけれど……」
「そっ! それで、まあ……」
「結局、絶交になっちゃいました」
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
「……準備だけだっていうのに、どうしてこんなに手間がかかるんだ」
その頃、エラン・ケレスは少し疲れた顔をしながら、アスティカシアの校舎近くを歩いていた。
いや、少しどころではなく"かなり"疲れた顔と言えるだろう。
髪は変なところが飛び出ているし、よく見ると首元のタイの結び目も乱れている。それと言うのも、エランは今日、体育祭に参加するためという名目で身体測定を受けていたからだ。
自治会主催の体育祭。ロマン男が立ち上げて、年々規模を増しているアスティカシアの一大イベント。
ただ、それも全員参加ということはなく、あくまで希望者を募ってのイベントだ。運動が苦手という学生もいるし、無理矢理に参加させるというのはロマン男の好むところではない。そういうわけなので、うるさいのも誰かと群れるのも苦手なエランは参加を断っていたのだが、
「……決闘の結果だから、仕方ないけど」
エランは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
エランとロマン男との決闘は、両者が同時にブレードアンテナを破壊されたことで引き分けと判定された。通常はそんな結果にはならないのだが、映像判定でもコンマ単位で同時だったので引き分けと認めるしかない。
となれば、両者が賭けたものの行方が気になるところだが、決闘自体を無効にするか、あるいはどちらも認めるかという話になり、
『じゃあ、俺は"エラン・ケレス"ともう関わらないから、体育祭には出てくれよ!!』
とロマン男が勢いよく言い出して、結局二人ともの条件が認められることになった。
そういうことなので、エランは体育祭へ出場するための諸々の検査やらを済ませ、寮へと帰る途中。
(それにしても……にぎやかだね)
そんなエランが耳を澄ませると、あちらこちらからトンカチを打ち付ける音や、機械の作業する音が聞こえてくる。よく見ると、体育祭の飾りつけだろう、メカニック科や経営戦略科たちが集まって、横断幕やら応援道具やらをつくっている様子がそこにはあった。
体育祭には学年ごとや寮ごとの種目もあり、個人MVPを決めたり、総得点の多い寮を表彰したりもするので、寮への帰属意識がつよい学生たちは応援への余念がないのだろう。
改めてこの学園は、あのロマン男の影響が多いなと思いながら、ふとエランは考えてしまった。
学園は喧騒に満ちている。そのはずなのに、なぜかいつもより静かに感じてしまっていた。
なぜなら、エランの周りを騒がせていたあの声が聞こえないから。エランがこうしてふらふらと散歩をしていると、頼んでもいないのに"あの男"がすっ飛んできては、無理矢理に誘ってきたものだが、今日はそんな様子がない。
理由は明白だ。
決闘の条件はロマン男が自分へと近づかないこと。
そしてそれが果たされたのだから、あの男が積極的に自分の前へ現れることはない。
(せいせいした……と、思ったんだけどね)
エランは少しだけため息を吐く。
実はあの男を気に入っていたとか、そんなわけはない。戦いの中で彼と腐れ縁具合を思い出して、思っていたよりも自分の人生に対する比重が多かったことには気づいたが、だとしても性格やノリが合わないことに変わりはないのだから。
何度決闘をやり直したとしても、自分の出す条件は変わらない。
ただ……
(慣れるまでは時間がかかりそうだな……)
なんとなく、物足りなさをエランは感じてしまっていた。
するとそこへ、
「わぁあああああ!?」
「ちょ、姉御!? 大丈夫か!?」
近くで女生徒の悲鳴が聞こえた。あんまりにも大きな声だったのでエランが思わずそちらを見ると、スレッタ・マーキュリーがチュチュと一緒に地面に転がした荷物を拾おうとしている最中だった。
きっと体育祭の準備なのだろう。丸めた布や、ペンキの缶などが散らばっている。
そしてそれは女子二人には多すぎる荷物で、がんばろうとしていたスレッタが耐え切れずに落としてしまったのだと推測できた。
エランはそれを見て、すぐに向き直って立ち去ろうとする。普段からそういうことに手を貸す性格ではないし、スレッタとは顔を合わせづらい状況にあったから。しかし、
「あっ! エランさんっ!!」
「…………っ」
スレッタのほうから自分に気がついて、しかもなぜか助けてほしそうな期待に満ちた目で見てくるのだ。
無視すればいいと思いつつ、あの純粋すぎる目で見られているとこのまま立ち去ることに言い知れない罪悪感を感じてしまう。
結局、その罪悪感には勝つことができず、
「あ、ありがとうございました……! 手伝って、くれて……」
「別にかまわないよ。……地球寮までもっていけばいいの?」
「おうっ! これからあーしたちで体育祭のでっけー旗をつくんだ! もちろん、地球寮の!」
数分後、エランはスレッタたちから一部の荷物を受け取り、並びながら地球寮への道を歩いていた。内心では『余計なことをした』と後悔しながらも、もちろん顔には出さない。この間の決闘ではらしくなく内心をさらけ出してしまったが、エランと言う人間の鉄面皮も筋金入りだった。
そんなエランをどう解釈したのか、スレッタは気やすい調子で話しかけてくる。
どうやら彼女の中ではエランの告白未遂は誤解ということで収まっているらしい。さすがにロマン男も後輩に要らぬ混乱を持たせたままというのは避けたのだろう、ちゃんと弁明はしてくれているようだった。
とはいえ、エランにスレッタと話す内容はない。
元々がガンダムを狙って話しかけようとしていただけで、バカの次には無理矢理にでも決闘に持ち込んでエアリアルを奪おうともくろんでいたという負い目もある。そのバカとの決闘でファラクトが修理に出されてしまったから、その未来もあやふやになっているのだが、気まずいことには変わりなかった。
エランの内心を知ってか知らずか、スレッタはエランに尋ねてくる。彼女なりに共通の話題で話をしようと思ったのだろう。
「あの……、エランさんは、体育祭って、どんなお祭か、しってます? わたし、初めてで……」
「…………騒がしいだけだね」
「あー、エランパイセンってそういうタイプっすか……」
「ああ、そうだよ。ついでに君たちの期待を壊して悪いけど……あまり期待しすぎても仕方ないんじゃないかな?」
「そ、それは、どういう……?」
「だって……祭なんて、終わってしまえばそれだけでしょ?」
エランは知っている。
この世界はどこまでも持たざる者には残酷だ。この学園という箱庭に守られている今だけは幸せかもしれないが、外の世界に出てしまえば、守ってくれる者など誰もいない。その辛さの前には、たった数日の楽しい思い出なんて、何の力にもなってくれない。
特にエランなど、数日後にはどうなっているかもわからないのだから……。
すると、スレッタは自分でも言葉を探すようにしながら言うのだ。
「そ、そうかも、しれないですけど……。でも、なんにもないって、違うと、思います」
「……どうして?」
「私、その……水星で育ったんですけど、学校も、友達も、そういうこと、なくて……」
優しい母親はいた。家族であるエアリアルもいてくれた。
だけれど、この学園に来て、他の生徒たちが仲良く遊んだり、イベントで盛り上がっている姿を見ると、やっぱり水星での生活はゆりかごの中のように何かが足りなかった。
「だから……わたしも、なんにもなかったですけど、今はそれを……思い出を作ることが、できてるなって、そう思うんです。いま、この時のために……私は、水星から出てきたんだなって」
そして、それはチュチュも同じだ。
「パイセンには悪いけど、地球も同じだっての。アーシアンだってだけでみんなスペーシアンに虐げられてるし、あーしだってこういう風に学校に来たのは初めてだ。でも、どんな理由でもここに来たんだから……あーしはその分、がんばってやろうって決めてんだよ」
スペーシアンだのアーシアンだの、そんな差別があふれていることは分かっている。何かが大きく変わらない限り、卒業したらまたそういう理不尽に苛まされることは分かってるのだ。
だとしても、そんな暗い未来を変えることができる力が欲しくて、その可能性があるからこそ宇宙に勉強に来ている。
「だから、体育祭だろうと何だろうと、手を抜いたりしねー。学園の連中にアーシアンでもやれるってところを見せれば、将来他の奴らが大人になっても、でかい顔できるしな」
「え、エランさんも……一緒に、どうですか? きっと、しょうがないって思うよりも、飛び込んでみたら、なにか手に入ると思いますから」
進めば、二つです。
と、少し怖がりながらも、スレッタはエランの前に指を二つ立てて示した。
エランはそれを見て、
(……うらやましい)
とだけ思う。本当に残酷な目には合っていない子供らしくて。持たざる者だとしても、まだ未来があって。このただの思い出になる祭も、将来の何かにしてみようという気持ちがあって。
それは……。
「あいつも、そうなんだろうね……」
ロマン男が何度も何度も祭へ誘ってきたのも、別に無神経というわけではないのだろう。エランの将来に、なにか残るものがあると、それがよいことだと信じているからこそ、あそこまでまっすぐにエランを誘うことができたのだ。
結局、エランの気持ちは変わらず、ロマン男としても決闘で参加を決めるというのは不本意だったかもしれないが。
「……でも、そうだね」
もう決まってしまったことは決まってしまったこと。
エランは体育祭に出なければいけない。
だったら、残り少ない人生を、なんの意味もなく過ごすよりも……
「僕も……少しくらいは」
その時だった。
エランの生徒手帳に、一件のメッセージが届いたのだ。
エランは荷物をいったん地面に置いてそのメッセージを開くと、スレッタ達にはわからないほどかすかに、目を伏せた。
「……ごめんね。少し、用事ができたんだ。寮までは届けられない」
「あ、はい……! 大丈夫ですっ! この距離なら、みんなも呼べますのでっ!!」
「あんがとな! パイセン!」
「……うん。体育祭、がんばって」
エランはそう言って、スレッタ達に背を向けて逆方向へと歩き出す。
ちょうど時間は夕方に変わっていく頃。映し出されていた空も夕闇に変わっていって、その中を歩いていくエランの姿は、スレッタにはどこか寂しく儚く見えた。
だから思わず、
「え、エランさん……!」
スレッタは大声でエランを呼び止め、
「体育祭、いっしょに、楽しみましょうね……!」
エランも一緒にと。
そしてエランは、その言葉に振り返るとわずかにスレッタへとほほ笑みを向け、ゆっくりと立ち去って行った。
「あなたには失望したわ、強化人士4号」
「エアリアルの奪取どころか、あんな旧世代のMSに負けるなんて」
「私たちとしても、強化人士計画に大幅な見直しをしなければいけなくなったのよ?」
「成果を出せない強化人士に次はないの」
そこはペイル社の本社フロント。
四人の魔女たちは、エランを囲むように椅子にくつろぎながら、冷酷な糾弾を続けていた。
エランはそれに対して何も答えない。
(この状況だ、もうアンタたちの中で結論は出ているんだろ?)
唯一、隣に立つベルメリアだけがエラン、いや、強化人士4号の弁明をしてくれているが、彼女とてペイル社にかくまわれている身。CEOによる決定を覆せるほどの権限は残されていない。
「代わりはいくらでもいるの」
「次はもっと優秀な強化人士に向かわせましょう」
「ええ、今度こそ我々の研究を進められるように」
「となれば、この強化人士4号は即刻、廃棄を……」
そして、強化人士4号の命運は……。
『ちょーっと待ったぁああああああ!!』
「……は?」
「なっ……!?」
「何事っ!?」
今まさに下されようとしていた4号への死刑宣告を、どこかで聞いたような、だけれどもここでは聞こえるはずのないバカでかい声が遮った。
驚きに表情を固める面々を差し置いて、状況は次々に切り替わっていく。
部屋に置かれた大型モニターにはど派手な赤文字で"Caution"と警告表示が映し出され、ついでノイズと砂嵐が発生したかと思えば、
『あー、あー、マイクテスマイクテス! 聞こえてますか? ペイル社の皆さん?』
またまたどっかで見たような金髪のバカの顔が大写しになったのだ。
エランだけでなくCEOたちも、もちろんその顔を知っている。
「あ、あなたは……!」
「ロングロンドの……!」
『いやぁ……お久しぶりです。ゴルネリCEO、他みなさん。そして……』
(((だから、なんでゴルネリだけ……!?)))
そしてバカは、頬を引きつらせながら自分を見つめてくる友人を見つけ、にやりとアニメみたいなキメ顔をしながら宣言した。
『助けに来たぜ、マイフレンド!!』