アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

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未遂!

今回もタメの回です。


22. デリング暗殺計画

 地球は人類の故郷。母なる大地。

 

 かつてはそうして称えられた星は、とうの人類によって見捨てられてしまった。

 

 アド・ステラ。

 

 地球というゆりかごから人類は旅立ち、太陽系の各地へと居住域を広げた時代。すでに宇宙における自給自足は達成され、その経済規模は地球をはるかに超えている。

 

 今では地球という星は発展途上地域と同義であり、宇宙に生きるスペーシアンにとっての都合のいい搾取先となっていた。

 

 そして技術力の差とは、戦力の差に他ならない。

 

 スペーシアンたちは技術によりアーシアンたちを弾圧。そしてさらにアーシアンからの搾取がスペーシアンの力となる悪循環。日に日に地球に住む人々はやせ衰え、力を奪われ、さらには内戦を誘発されることで命まで奪われていった。

 

 宇宙に上ったとしても、同じ地球人であったはずなのに、地球出身というだけで差別されロクな仕事に就けない。それが常識となってしまった世界は、かつての世界と同じと言うべきか、より歪んでしまったと言うべきかの答えは出ないが……

 

 そんな世界で、地球の誰かが言った。

 

『スペーシアンに思い知らせてやれ』

 

 自分たちを傷つけた報いを、母なる大地を汚した怒りを、スペーシアンへとぶつけてやれ。その殿上人のような傲慢さに罰を与えて、引きずり降ろしてやれ。

 

 その怒りは地球圏にくすぶり、炎へと変わり、宇宙にまで広がろうとしていた。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

『いいか、ニカ。デリング・レンブランが、あの憎むべき男がアスティカシア学園に現れる』

 

 ニカ・ナナウラは彼女の"父親"のそんな言葉を思い出していた。

 

 地球の片隅にあるみすぼらしい廃墟の中。彼女たちに残された唯一の隠れ家で、"父親"は残された火傷だらけの片腕をニカの頭に乗せながら、教え諭すように、それが正しいと言い含めるようにささやいた。

 

『これは戦争だ。アーシアンとスペーシアン、そのどちらかが滅びるまで終わることのない聖戦だ。そして、戦争であるからには卑怯も何もない。そうだろう? 俺達は奴らの卑怯な手で追い詰められ、こんな有様になってしまった』

 

 "父親"の失われ、落ちくぼんだ眼窟がニカを見る。

 

『だからお前がやるんだ。なにも死んで来いとは言わない。宇宙へ上がり、できる限りの情報を集め、そして……もしチャンスがあれば躊躇うな』

 

 ニカはその狂気に歪み切った言葉を思い出しながら、バッグに忍ばせた堅い金属の感触を確かめる。どういった方法を使ったのか知らないが、事前に学園内に隠されていた、一発でも放てば相手の命を奪える武器。

 

 ニカ自身も"教育"として覚えさせられた銃の感触。

 

 それを使って人を殺せと言うのが、宇宙に上げられたニカの使命だった。

 

 だけれども、ニカは

 

「……わたし、なにやってるんだろ」

 

 力なく呟き、所在なく学園の中を歩いていく。

 

 彼女の周りには多くの人が集まっている。多くの笑顔が集まっている。それはアスティカシア学園の生徒もいれば、観客として祭を楽しんでいる来場者もいる。老若男女、それこそ赤ん坊の泣き声だって遠くから聞こえてくる。

 

 外の世界は地獄だというのに、この学園の中だけは楽園のように呑気なものだ。

 

(これもあの子たちが見たら、スペーシアンが搾取して作り上げた偽りの楽園だって、そう言うんだろうね……)

 

 きっとそれは事実。

 

 だけれど、事実だとしても……ニカには、ここにいる全員が罪人だとは思えなかった。

 

 彼女にとって不幸だったのは、彼女が誰かの教えだけに傾倒する人形ではなく、自分で考え、判断できる人間であったことだろう。

 

 人形であれば、人形遣いに操られるように人を傷つけることもできる。心にだって何も感じるものはない。だけれど人間だから、罪悪感も生まれるし、その心はただ傷ついていく。

 

 だからといって目的を達成しなければ、自分の価値や居場所はない。自分はこういう役割のために拾われ、育てられてきたのだから。

 

 周りの喧騒が聞こえないように、耳を抑えながらニカは自分に言い聞かせる。

 

「仕方ないの。これは戦争なんだから……」

 

 我慢して、自分の意思を奥深くに眠らせて。

 

「……っ」

 

 ニカは今度こそ周りの喧騒に目もくれず、目的地へと向かい始めた。

 

 彼女が与えられているのは、いくつかの断片的な情報。どうやらターゲットのデリング・レンブランには敵が多いらしく、その中の誰かからリークされた情報らしい。"父親"はその出所こそ教えてくれなかったが、彼は必ずこの学園内におり、指定の時刻に移動する。

 

 それを狙って殺せと言うのが教えられた計画だった。

 

 ひどい話である。

 

 ニカ自身、そして"父親"も気づいているが、これはスペーシアンがアーシアンを都合のいい手ごまにして操っているという、この世界の縮図の一環だ。自分たちはその悪循環を止めるという名目で戦わされているのに、結局はそこから抜け出せないどころか、深みにはまっている。

 

 だとしても、それで一度は酷い目に遭ったというのに、スペーシアンの手を借りなければ武器も移動のための足も手に入らないのだから道はない。

 

 だからニカは、指示通りにアスティカシアの校舎裏に入ると、デリングが出てくるであろう駐車場の陰に身を潜めるしかなかった。

 

 息を整え時計を見ると、その時間はもうすぐに迫っている。

 

 改めて辺りを見渡す。情報通りに人通りは少なく、警備も確かにいない。デリング本人には警備がついているだろうが、不意打ちを行えば暗殺できる可能性はゼロじゃない。けれど、そんなことよりもニカにとって大事なのは、

 

「うまく、逃げられるかな……」

 

 ニカは絶望的な確率だとわかっていても、そう考えてしまう。

 

 大企業の総裁を暗殺したアーシアンの少女。

 

 警備達も黙ってはいないだろう。まだ子供だからと発砲しないでくれたら、逮捕されるだけで済むかもしれないが、アーシアンだと分かれば死ぬ前にひどい目に遭わされるかもしれない。いや、楽に死なせてもらえるほうがまだ幸福だという未来図しか見えてこない。

 

 考えているうちにニカの指が震えてくる。

 

 心臓の鼓動がバクバクと鳴り響いて、自分の存在が誰かに知られてしまうんじゃないかと不安になる。

 

 いや、むしろ人殺しなんてする前に誰かが自分に気づいてくれないかと、それでその人が助けてくれないかなんてニカは考えて……

 

「あはは……そんなの、あるわけないのに」

 

 甘い考えにニカは自嘲した。

 

 彼女の人生において、そんな都合のいいことは一度としてなかった。

 

 むしろなにか希望が生まれそうになったら、誰かの妨害や理不尽で根こそぎ奪われてばかり。何か前世で悪いことでもしたのかな、なんて思うほどにニカの人生は苦難続きだ。なのにこんな、人を殺そうとしているときにかぎって、誰かが助けてくれるはずなどない。

 

 だから、その理不尽をあきらめ、流されるままに罪を犯そうとして、

 

 

 

『こんにちはー♪』

 

「きゃあああああああ!?」

 

 

 

 いきなり耳元で言われた声に、ニカは出したこともない声を出しながら飛び跳ねてしまった。

 

「だ、だ、だ、誰ですかぁ!?」

 

 ニカは振り向き、顔を引きつらせながら叫ぶ。

 

 するとそこには、

 

『やっほー♪ ボク、アッスー君です♪』

 

 なんて気安く手を振る着ぐるみが立っている。

 

 まっ黄色な、犬か猫か、はたまたネズミかもよくわからないが、動物をイメージしているのは分かる見た目。中に入っている人間が長身なのか、ニカよりも頭一つは大きくて、暗い駐車場ではひと際不気味に見える。

 

 爆弾やミサイル、テロには慣れっこになってしまったニカでも、意味の分からないものは恐怖の対象でしかない、

 

 なのでニカは、

 

「だ、だれかーっ!! 変な人がいますぅーっ!!!!」

 

 と自分のことを棚に上げて助けを求めてしまった。

 

 

 

 そして、数分後。

 

『いやー、ごめんごめん♪ 驚かすつもりはなかったんだよ、ほんとに』

 

「……それ、反省してますか?」

 

『してるしてる! ちょーしてる! でも俺は落ち込んだりしないっ! だって今日の俺はマスコットだからね♪』

 

 そう言って、アッスー君はその場で飛び跳ねてくるくると回りながら着地した。それを見てニカはまた頬を引きつらせ、周囲にいる他の人間は何かのパフォーマンスが始まったのだと勘違いして拍手や歓声を送る。

 

 そんなポーズをびしりと決めてニカを見るアッスー君。もとい、その中にいる男子学生らしいナカノヒトに連れられて、ニカはなぜか体育祭を見て回っていた。

 

 あの後、大混乱するニカを見て、アッスー君(仮称)は慌てて弁解した。

 

 曰く、自分はこの体育祭の実行委員であるということ。とても重要で緊張感のある仕事が終わったので、ようやく体育祭の仕事に戻ろうとしたのだが、本人が有名人ということで着ぐるみを着せられたということ。

 

 そして、準備万端で外に出てきたら、ニカを見つけたと。

 

 彼はニカがビジターパスを身に着けているのを見て、迷子だと考えたらしい。

 

『運がよかったよ、ちょうど道に迷っている人を見つけるなんて! これこそアッスー君の仕事だからねっ!』

 

 大げさなポーズをとりながら、アッスー君はニカへと笑顔で話しかける。もとよりぬいぐるみの顔が笑顔なのだから、笑顔以外出せる道理はないのだが。だとしても、その中の男子学生は相当にテンションが高いらしく、漫画でしか聞かないような

 

『ハーッハッハッハ!!』

 

「あ、あはは……」

 

 なんて高笑いを腰に手を当てながら上げているのだから、ニカとしては反応に困る。

 

 そして、そんな奇妙なマスコットを通りすがりの学生たちが見ると、一様に『また妖怪だよ』『うげぇ、ロマンパイセンだ』などと中にいる学生の正体を知っているかのようなリアクションをするのだ。

 

 きっとこの中の人は、着ぐるみ越しでも正体が特定されるくらいに変人なのだと結論付けた。

 

 そんなマスコットと二人並んで歩きながら、ニカは考える

 

(……わたし、なにやってるんだろ)

 

 ほんの数十分前にも考えた疑問。その時は人殺しをするためにわざわざ宇宙に出てきた自分への自嘲だったのが、今は奇妙なマスコットと一緒に体育祭をめぐることになったことへの困惑の意味に変わっていた。

 

 結局、デリング暗殺は失敗に終わった。

 

 ニカが得ていた情報は間違っていたらしく、当のデリング・レンブランは聞かされた時刻の数十分前には学園を出て、本社へと戻っていたらしい。

 

 らしいというのは、アッスー君にそれとなく聞いてみたら『娘にも会わないでとんぼ返りだって』などと教えてくれたから。中身は体育祭の自称えらい人らしいので、そういう情報も入ってくるのだろう。

 

 つまり、ニカの行動は完全な徒労に終わった。

 

 であれば早くぼろが出る前に撤退するべき。なのだが、『もう十分見たので帰ります』とマスコットを言いくるめてその場を離れようとしたら、

 

『ここで帰るなんてもったいない!』

 

 とアッスー君が言い出し、体育祭の魅力を教えると言ってニカを案内し始めたのだ。

 

「それで結局、あなたの名前は……?」

 

『アッスー君ですっ!』

 

「ほんとに、それで通すつもりですか……?」

 

『だってほら、マスコットの中の人の名前呼んだりしたら、夢が壊れるでしょ? なので、質問があるときはアッスー君と呼んでください!』

 

「はぁ……。その……アッスー君は他の仕事はいいんですか?」

 

 言外に、自分はいいから早く別の持ち場に行けとニカは伝える。

 

 しかし、アッスー君はといえば、

 

『だいじょーぶだいじょーぶ! 今日は後輩が頑張ってくれるっていうし、むしろ「俺たちのロマンを浴びやがれ」と言われて追い出されたから! うぅ、先輩は後輩がたくましく育ってくれて嬉しいよ……』

 

「はぁ……」

 

『ということで、今日はナナウラさんの専属ガイド! 学園の魅力をババンとお伝えします♪ HAHA♪』

 

「ぜったいにその笑い声だけはやめた方がいいと思います……」

 

 そんな調子でニカを離さない様子。

 

 ニカは考える。ここでこの変なマスコットを無理に引き離すか、あるいは警備員か誰かに突き出して、その隙に逃げ出すか。

 

 だが、いずれにせよこのマスコットのテンションを考えたら、騒ぎになるのは必定。

 

 ニカは偽造した身分でビジターパスを手に入れたのだから、それがばれるリスクをとるべきではなかった。

 

 なにより、"父親"からは暗殺以外にも指示を受けている。『できる限り情報を集めろ』と。その命令に従うならばこのマスコットに学園を案内させるのも手段の一つ。

 

 だからしぶしぶではあるが、ニカはガイドを受け入れた。問題は、このテンションだけがやたらと高いアッスー君がまともなガイドとして機能するかと言うことだったが、それも杞憂に終わる。

 

『あそこが学園の戦術試験場! 最新のホログラムを使って、疑似的に様々な地形を再現できるようになっているんだ。設備はフロント管理社がもっているけれど、ほとんど運営は学園と決闘委員会に任されているんだよね』

 

 ニカが思ったよりも案内自体はまともだった。

 

 ニカ自身も、そんな先進的なアスティカシアの施設を見ているうちに、知らず言葉が口から出てきてしまう。

 

「月面も設定できるっていうことは、重力も調整しているっていうことですよね? フロント全体の重力設定を変えるならまだしも、一定の区画だけを調整するなんて……小型の重力場発生装置でも仕込んでいるのかな?」

 

 ブツブツと、少しオタクっぽく。ニカの視線はその広い景色でも迫力でもなく、設備に使われている仕組みのほうを解き明かすように眺めていく。

 

 そんな様子なので、アッスー君にもニカの興味の行く先は分かってしまった。

 

『あれ? もしかしてナナウラさんってそういうメカニック周りに興味あるの?』

 

「あ、その……」

 

『その……?』

 

「す、すこしだけ、あります……」

 

 そして、それを聞いた途端、アッスー君は目を物理的に輝かせて飛び跳ねた。楽しむべきはニカであるのに、自分のほうが嬉しそうな様子で。アッスー君は興奮したまま言う。

 

『それじゃあ、プラン変更だ♪ メカニックが好きならモビルスーツにも興味あるでしょ? いまからMSの格納庫へしゅっぱーつ!』 

 

「えっ!? い、いいんですか!? 私、部外者ですけど……」

 

『ちゃんと展示用のデミトレとかディランザが飾ってあるから大丈夫だよ。企業関係者が大会に出ているMSを直接見るための商談とかに使う場所だけど、一般人が見て問題あるような機密は隠してあるし!」

 

 デミトレーナーやディランザ。特にディランザなんて、めったに見ることができない最新鋭の機体。

 

 ニカは思わず声を上ずらせて、

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 と言いかけて、ニカは慌てて口を押えた。

 

(わたし、今なにを……?)

 

 自分が言いかけた、行おうとしたことを思い返して冷や汗が流れだす。

 

 ニカはMSが好きだ。それは事実だ。

 

 スペーシアンの機体だろうと、地球人を弾圧するために使われていようと、MSそのものに嫌悪を抱いたことは一度もない。むしろその巨大な技術の塊に対して、どうやって動いているのか、どうすれば作れるのか、好奇心を刺激されてきた。

 

 だから地球でも、その技術を活かして整備のような仕事を任されることも多かったし、こんな形での来訪でなければMSを思う存分に見学していたはず。

 

 だけれども、自分の送り込まれた目的も忘れて、そんな楽しんでいいのだろうか。

 

 自分はこの祭を血で汚そうとしていたのに。

 

 ニカは自分の行ってきたことを、今なおバッグの中から自己主張している銃の重さを思い出して、そんな望みを振り払おうと逃げ出そうとして、

 

『大丈夫、行こうっ!』

 

「…………え?」

 

 アッスー君がそのふわふわした手でニカの腕をつかんだ。そして、少し強引に、まったく痛くはないくらいの強さでニカを引っ張り始めた。

 

 ニカは慌てて、アッスー君を止めようとする。

 

「ちょ、ちょっと待って……! 私、ダメなのっ! こんなことをするために……」

 

『いいじゃん、楽しんでも!』

 

「…………たの、しむ?」

 

 アッスー君は足を止めると、背をかがめてニカに目線を合わせながら言った。

 

『そう! 今日は祭なんだ。ナナウラさんがどういう人か俺は知らない。けど、この学園に来てくれたんだから、最高に楽しい思い出を作ってもらわないと! アッスー君としての名が廃る!!』

 

 そして、

 

『モビルスーツ、好きなんでしょ? 俺も同じだから!』

 

 なんて楽しそうに言うのだ。

 

(この人……)

 

 ニカはその着ぐるみの顔を見ながら呆けてしまう。

 

 本気だった。この人はニカに楽しんでもらおうと、それだけを考えている。そのことは、ニカにだってわかった。

 

 そして初めてだった。こんなに誰かを喜ばせることを、それ自体が好きだという人を見るのも。

 

 元々アッスー君だろうとなんだろうと、ここまでする義務はない。ニカが迷子だというのなら、目的地まで連れて行って『さようなら』でも問題はなかった。

 

 だというのに、彼はニカを案内して、そして好きなものを見つけた途端にニカ以上に嬉しそうな様子を見せた。

 

(きっと、この人も私がスペーシアンだと思っているから)

 

 月から来たという偽造の身分証明があるからこそ、こうして親切にしてくれているのだと思うけれど。

 

(でも……)

 

 それでも、確かにそうだ。

 

 今は誰もいない。父親もあの子たちも、監視なんてどこにもいない。自分の中にある罪悪感だけをどうにかすれば、ニカは自由。

 

 その自由を得ていいのかという疑問は付きまとうけれど、でもこんなに自分を望んでくれている人がいるのなら、この祭にいる間くらいは、なんて。

 

 ニカはゆっくりと、アッスー君の手を握り返した。

 

「うん……よろしく、おねがいします」

 

『任された!』

 

 そうして着ぐるみと少女はその日一日をMSを見て回りながら過ごした。

 

「うわぁ♪ 本物のディランザだよ、アッスー君! 大きい脚、大きい腕! しかもそれを動かすパワーっ!! あの背面ブースターどうなってるのかな? パーメット型の推進器だと思うけど、含有量も芸術的なバランスになっていると思うんだよね!」

 

『いやいや、こっちも見てみなよっ! あのグラスレーの傑作、ハインドリー!! 俺の友達も良く乗ってる機体なんだっ! くぅ~いつ見ても騎士って感じの恰好がたまらないっ! グラスレーのデザイナーはほんとに腕がいいんだよなぁ』

 

「あれがランタンシールド……! でも、ハンドガンとランスの併用なんて、実戦では取り回しが難しそうだけど……」

 

『それがロマンだろ!! むしろ、でっかい盾持たせて、そこにミサイルがん積みさせるのもありだと思ってる!』

 

「ロマン……うんっ、たしかにロマンだよね」

 

『おぉ、ナナウラさんもロマンがわかるクチ?』

 

「実は……古いアニメとかを見るのが好きだったの。そこに出てくるロボットって、なんだかカッコよくて、見てて不思議で。現実にはいないけれど、それが夢の結晶みたいで」

 

『…………くぅっ』

 

「えっ!? ど、どうしたの!? まさか、泣いてる……?」

 

『やっと、やっと理解者がまた一人……! 周りの友達はあんまり理解してくれなくてっ……!! えーいっ! こうなったら同志への出血大サービス!! あの機工戦士ヴィクトリオンへとご案内しようっ!!」

 

「…………え、ヴィクト……って本当に実物大が作られてるの!? 時々、映像が流れたけど、あれ合成映像じゃなくて!? あんなむちゃくちゃやってるMSが実在するの!?」

 

『応ともさ!! 正真正銘1/1スケールのスパロボだ!!』

 

「み、見る見るっ! すごい、そんなの本当にあるんだっ!」

 

 時にMSに興奮し、時にMSに見とれ、時にMSへの解釈で熱く議論を交わし、面白そうなMS競技があればかじりついて見学して。最後にはロングロンド社の格納庫に忍び込んでは本物のヴィクトリオンを余すところなく撮影した。

 

 そんな時間を忘れるほど賑やかなMS見学ツアーが終わった夕刻。

 

『ふぅー、いいロマンが補給できたぁ。これで明日も頑張れる……!』

 

「あはは……君って本当にロボットが好きなんだね」

 

『ロボットだけじゃなくて、ヒーローとかそういうのも好きだよ。なんていうかさ、ああいう風になりたいとか憧れるんだよな』

 

 最後にMSバトルロワイアルを見学したニカとアッスー君は、彼女が滞在するという宿までの道を歩いていた。アスティカシアの広大な敷地内をせわしなく歩いて回ったので、特にニカは足に疲労を感じていたが、その顔はマスコットと出会った時と比べても楽しさに満ち溢れている。

 

 そう、楽しかった。

 

 こんな自分に祭を楽しむ資格などあるのかと、今でも思うが、それでもこの半日ばかりの体験はニカにとって一生忘れられないほどに楽しいものだった。

 

 だから、まだこのマスコットは怪しい子だけれど。

 

「……ありがとう、アッスー君。私、あなたに会えてよかったよ」

 

『それを言うなら、こちらこそだって。ほんとはちょっとだけ強引すぎたかなって思ってたけど、そう思ってくれたなら嬉しい』

 

「たしかに、強引すぎだよね」

 

 くすくすとニカは笑う。

 

 楽しく笑う。

 

 地球では笑えなかった分を、ここで埋め合わせるように。

 

 そしてホテルが見えてきたところで、ニカは少しためらいながら言うのだ。

 

「ねえ、アッスー君。また会えるかな? えっと……私は大会が終わるまで滞在していくから、もう一回だけ、一緒にどこか回ったりできる?」

 

 きっと、こんな機会はもうないからと、心の中で呟いて。

 

 アッスー君はためらうことなく親指を立てて返事をする。

 

『もちろん! あ、でも、俺は二日目も三日目も結構忙しいし……三日目の閉会式前ならどうかな? その時間なら総合競技も終わってるし専用機も見れると思うけど』

 

「っ……! ほ、ほんとに? それじゃあ、エアリアルも見れたりする?!」

 

 ニカは顔色を変えて黄色い着ぐるみに縋り付く。

 

『おっ、エアリアルに興味津々?』

 

「当たり前だよっ! 水星から来た、すごくミステリアスなMS♪ どんな構造しているのか、どんなプログラムが組み込まれているのか、ぜんぶ知りたいくらい!」

 

 特にエアリアルとダリルバルデとの決闘は全世界に放送されたのもあって、電波状況の悪いニカ達でも鑑賞することができた。そして既存のMSとはどう見ても破格の動きをしたエアリアルに、ニカはすっかり心を奪われていた。

 

 だが、ニカの立場からすればエアリアルに近づくことさえも夢のまた夢だと諦めていたが、

 

『ならばニカ・ナナウラさん……楽しみにしているがいい♪』

 

「っ……! ほんと、君って……!」

 

 アッスー君は期待を持たせるように笑うのだから、ニカは顔を輝かせてしまう。目の前の着ぐるみが人間であったならば、抱き着いて感謝を伝えたいほどに。

 

『それじゃあ、三日目の競技後にここに集合だ!』

 

「……うん。本当に……本当に今日はありがとう。こんなに楽しいの、初めてだった」

 

『なに言ってんだよ! 祭はまだまだこれからなんだっ! 明日も明後日も、きっと今日より楽しいって!!』

 

 最後にそう言って、手を振りながらアッスー君は走り去っていく。

 

 ニカもまた、そんな奇妙だけれど親切なぬいぐるみへと手を振り返して、唐突に気がついた。

 

「あ……、名前、けっきょく聞けなかったな……」

 

 それを気にする間もないほど、夢中になっていたことに、ニカは笑いながら頬を染めた。

 

 だけど、これで終わりじゃない。

 

 まだ名前も、彼の顔を見るチャンスもあるはず。だから、

 

 

 

「……うん、また今度」

 

 ニカははじめて、未来へと期待した。




これもフラグ……?
いや、そういうつもりで書いてなかったのに、そういう雰囲気になってる。
恐ろしや……

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