アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

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25. 作戦会議

 体育祭二日目はつつがなく進行していく。

 

 午前中の最後だけ、バカと後輩たちのために大変撮れ高のある催しとなったが、その後は気を取り直したようにまともな種目が続いた。

 

 グエルは快進撃を維持したし、エランも水泳やらクレー射撃やら何故か映える競技にばかり出場されたが好成績を収めて貴婦人たちの良い栄養素になり、シャディクもまたいくつかの主要競技でトップを取るなど、グラスレーの宣伝に役立った。

 

 そんな一日が終わりを迎えようとする中、三日目に向けて動き出す者たちがいる。

 

 なにせ三日目、最終日は専用機も解禁された正真正銘の総力戦、学年選抜戦が開催されるのだ。

 

 各寮から集められたパイロットによるチーム戦。しかし、普段とは違う組み合わせでの模擬戦になるので、勝利を目指すなら作戦会議が必要。

 

 ということで選抜メンバーは集まって顔合わせと作戦を立てる時間が与えられる。ただ、あまりにも時間を与えすぎても、面白……いや、意外性がなく盛り上がりに欠けるという意見から、二日目の午後に一時間が作戦会議として割り当てられていた。

 

 限られた時間で作戦を効率的に立てるのも、パイロットの技能という考え方である。

 

 果たして誰が勝敗を決めるリーダー機になるか。あるいはどのようなコンビネーションで勝負を進めるか。わずか小一時間ばかりだが、寄せ集めメンバーによるチームワークが試される。

 

 そして、そんな会議を前にしてスレッタ・マーキュリーは……、

 

「は、はわわわわ……」

 

 子だぬきのようにドアの前で震えあがっていた。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

『地球寮を代表して、がんばってきますっ!』

 

 などと寮生やミオリネの前では張り切って発言していたスレッタ・マーキュリー。

 

 しかし彼女は忘れていた。

 

 自分はとても人見知りなのだということを。

 

 今回の選抜戦は決闘や学年ごとの成績を加味して、実行委員会がメンバーを選出する。中には選ばれなかったことに不満を持つ学生もでるが、その時は他の選出メンバーに対して決闘を仕掛けるので最終的には適切なメンバーになる仕組み。

 

 だが、そのメンバーは当然ながら学年上位の実力者。機体性能に劣るチュチュは選出外。他にスレッタが知っている仲と言えば、グエルやシャディク、そしてロマン先輩だが、彼らは三年生である。

 

 二年、一年合同チーム、二十名。

 

 その中にスレッタの知り合いは誰一人としていない。

 

 なのでスレッタは、部屋に入るのすら怖がっていた。

 

 入るときにどんな挨拶をすればいいか、どうやってチームの仲間入りをすればいいのか、そしてどんなお話をすれば受け入れてもらえるか。

 

 わからないことが怖い。

 

(……ミオリネさんや、先輩とはこういうことなかったのに)

 

 スレッタはバクバクと高鳴り続ける心臓を押さえるように胸の上に手を置く。そして改めて思い出す。この学園に来た時のことを。

 

 あの時のミオリネは今と比べてもつっけんどんではあったが、スレッタがいくらどもっても不快な顔ひとつすることがなかった。ロマン先輩はといえば、スレッタを安心させるように高い背をかがめて目線を合わせ、緊張をほぐすように優しく話しかけてくれた。

 

 そうやって、最初の心配を自然と解消してもらっていたことに気づかされる。

 

 おかげで彼らが一緒にいれば、地球寮の子とも打ち解けられたし、学園で友達や居場所を作ることができた。

 

(けど、一人になるとまだ駄目だ……)

 

 ホルダーの立場にも、決闘での戦いにも慣れてきたけれども、まだまだ人を相手にするのはスレッタにとって大きな障壁だった。

 

「逃げたら一つ、進めば二つ……」

 

 勇気が出るように、母親の言葉をつぶやき。だけれど、その一歩がなかなか踏み出せない状態。そんな時に、

 

「あーっ!! スレッタちゃん、やっときた!!」

 

「ふぇっ!?」

 

 ドアがバンと開いて、女の子の元気な声が響いた。

 

 よく見ると、その少女はスレッタも何度か見た顔。というより、グエルとよく一緒にいて、寮案内ではお菓子をたくさんくれた子だった。

 

 たしか名前は……とスレッタは彼女の名前を思い出す。

 

「えっと、ふぇ、フェルシーさん、ですよね?」

 

「そっ! フェルシー・ロロ! ひっさしぶり! 元気してた?」

 

「は、はいっ! げげげ、元気ですっ!!」

 

「そりゃよかった♪ はやく入んなよ、みんな待ってたんだから! あっ、そういえばグエル先輩の午前中のアレ、見た?」

 

「…………あれって?」

 

「あー……、グエル先輩、また空回りかぁ」

 

 スレッタはなぜか残念そうな顔をしているフェルシーに手を引かれ、部屋の中に入る。するとそこには既に何人もの学生が待っていた。フェルシーが言うには、他のメンバーは全員勢ぞろいしているらしい。

 

 男女比は半々ほど。いや、すこし女子が多い。

 

 その中にはスレッタがパイロット科の座学の授業で見かけた、よく三人で一緒にいる女の子たちもいる。彼女たちは同学年だろう。そして他にも、スレッタには気になることがある。

 

(あれ? なんだか……)

 

 すこし幼い顔立ちの学生たち、おそらく一年生だろう、からスレッタへとキラキラした視線が向けられているのをスレッタは感じた。特に女生徒からである。

 

 それに戸惑うが、よくわからず思考が停止するスレッタ。そこへ、件の三人娘のうちから、髪を二つ結びにした子がいきおいよくスレッタへと向かってきた。

 

 明るい活発な笑顔が印象的な女の子だ。その子はいきなりスレッタの肩に手を回すと、

 

「よかったぁ♪ 水星ちゃんとうちゃーく♪ あ、ちょっとこっち向いてね? はい、いえーい♪」

 

「ふわぁっ!? な、なななな!?」

 

 そのまま顔を近づけてパシャリと写真を撮ってくる。当然ながらスレッタは戸惑うが、女の子はあまり気にしない様子だ。

 

 その写真を値踏みするように確認すると、女の子はスレッタへと言う。

 

「ありがと♪ これグループラインに流していいよね? キープ君たちがアンタとのツーショットとってきてほしいっていうからさ♪」

 

「え、えっと、えっと、その……」

 

 状況がよく読めないスレッタへと助け舟を出したのはフェルシーだった。

 

「ちょっとレネ! うちのスレッタちゃんに迷惑かけんなよっ!」

 

「はぁ? 別にジェターク寮の所属じゃないじゃん?」

 

「いつかはグエル先輩のお嫁さんになんだから、ジェタークも関係あんのよっ!」

 

「お、およめっ!?」

 

 もっとも、その言葉がまたしてもスレッタの理解に及ばないので、混乱には拍車がかかるばかりなのだが。

 

 なぜかスレッタを挟んでにらみ合いを始めたレネとフェルシー。

 

 とはいえ、目的を考えるといつまでもそんなことをしているわけにもいかない。

 

「はいはい、レネもフェルシーちゃんもちょっと落ち着こ? 水星ちゃん、困ってるからさ」

 

 パンパンと手を叩いてその場を収めたのは、またも三人娘の黒髪で人の好さそうな顔をした少女だった。その横ではぬいぐるみを抱えたアンニュイな表情の長髪の女の子が同意するようにうなづいている。

 

 とはいえ、スレッタにしてみれば見たことのある顔だけれども、一度も話をしたことがないことに変わりはない。だが、それを理解している少女達はスレッタに明るい調子で話しかけてきた。

 

「えっと、その……」

 

「あっ、自己紹介もしてなかったよね。私はグラスレー寮のメイジー・メイ。よろしくね? シャディクと仲良くしてるから、あなたのことも聞かされているんだ」

 

「しゃ、シャディクさんのお友達、ですか……!」

 

「うん♪ それでこの子が」

 

「えっと、イリーシャ・プラノ……です。よろしくね?」

 

「それで最後に、さっきいきなり写真撮っちゃったのが」

 

「レネ・コスタよ。二人と同じ、グラスレー寮♪」

 

「よ、よろしく、おねがっ……おねがいしますっ!」

 

「あっ、そんなに頭下げなくていいから! ほら、私たちは同級生だし、こっちの子たちは一年生だからさ!」

 

 メイジーに促され、スレッタはそろそろと頭を上げる。

 

 どうやらこの中ではメイジーが全体のまとめ役をしてくれているようだ。中にはパイロット科の男子学生もいるが、話を聞く限り、メイジーたちのほうが成績は上らしく、メイジーたちに流れは一任しているらしい。

 

 メイジーは朗らかに言う。

 

「でも、水星ちゃんが来てくれてよかったよ。時間ギリギリになってたから、もしかして、水星ちゃん欠席になっちゃうかもって、心配してたんだ」

 

「そうなったら、私たち大変だったもんね……」

 

「うんうん! グエル先輩に、シャディク先輩に、氷の君でしょ? オールスターすぎて勝てるわけないって!」

 

「ふんっ、確かにシャディクには勝てないけど、ぜったいにサビーナだけはアタシが落としてやる」

 

 その話を聞きながら、スレッタは恐る恐る尋ねた。

 

「えっと……もしかして、わたし……きたいされて、ます?」

 

 すると四人ともが頷きながら、当たり前だと言ってきた。

 

「もちろん! だって、あのグエルにもロマンくんにも勝ったホルダーでしょ? とにかく水星ちゃんを作戦に入れないと、勝率はぐんと下がっちゃうって!」

 

 スレッタに期待を寄せるのは、メイジーだけじゃない。

 

 一年の女生徒たちもスレッタの周りに集まって、その手を握りながら言い出すのだ。

 

「スレッタ先輩! 一年のハンナですっ! スレッタ先輩と一緒にチームになれて光栄です!」

 

「私はアニーですっ! ジェターク寮ですけど、グエル先輩との決闘、しびれましたっ! 二人の仲、応援していますっ!」

 

「私もっ! スレッタ先輩のためなら、盾になってもいいですからっ!!」

 

「…………っ!」

 

 全員が全員、スレッタの活躍を見て、そしてそんなスレッタと一緒に戦えることを光栄だと思ってくれる後輩ばかり。

 

 やはり同じ女生徒からの熱量がすごいが、少し離れて様子を見ている男子生徒たちもスレッタへと憧れや期待を込めた眼差しを送っていた。

 

(こんなにたくさん、みんなが私のことを期待してくれてる……)

 

 スレッタは逆に、ドアを超えるのをためらっていた自分を恥じる。

 

 仲間たちは自分を待っていたのに、自分は勝手に心配して、勝手に不安がって、彼らに対してマイナスな心配をしてしまっていたのだから。

 

 でも、もう違う。

 

 スレッタはがぜん心強く感じてきた。このメンバーで戦って、もっと仲良くなりたいと、いや期待に応えて勝ちたいと。

 

 だから、

 

「あ、あのっ……、が、がんばって、優勝しましょうっ!!」

 

 スレッタは一生懸命に声を張り上げた。

 

 頼られた分、ちゃんとお返しするという意思表示を込めて。

 

「あはは♪ まあ、この戦いは優勝とか関係ないんだけど……でも、シャディクたちに一泡ふかせてやろっか♪」

 

「グエル先輩にも私の力、見せてあげるっ!」

 

「キープ君たちにもいい報告してあげたいしね」

 

「私も……足手まといにならないように、がんばるね」

 

 そうして一年二年チームのミーティングは、スレッタをちゃんと輪に加えながら、和気あいあいと進んでいった。

 

 

 

 

 一方の同時刻。

 

 別室で作戦会議をしている三年生チームといえば……、

 

「さて、まずはチーム戦のフラッグ機、つまりはリーダーを決めることが肝心だけど……」

 

「はいはいはいっ! 俺やりますっ! リーダー機っぽくヴィクトリオン赤くするから! なぜかって? めっちゃロマンっぽいじゃん!!」

 

「「「「「「「「「却下っ!!!!」」」」」」」」

 

「ちぇーっ、ケチー!!」

 

 立候補したバカを他の九人が全員で抑え込んでいた。

 

 流れでミーティングの議長をしていたシャディクが、バカへと冷静に言う。

 

「悪いけど、お前はリーダーになっても真っ先に突っ込んでいくだろ? 相手には水星ちゃんもいるし、ルール上でも、被弾しやすいお前をリーダーにするのはリスクだよ」

 

 至極真っ当な意見である。

 

「ひでぇ……! さ、サビーナもだめっ!?」

 

「……ダメに決まっているだろ。戦闘でお前をリーダーにするメリットはまるでない」

 

「同意だよ。バカは本当に遊撃や意表をつく方にしか使えない……」

 

「自分がやられた側だから、いやに説得力があるね、エラン……」

 

 と仲がいいとロマン男が思っている面々も取りつく島がない。人望があることと、戦略上での役割とは別なのだ。

 

 一方、壁際で腕を組みながら寄りかかっているグエルは、シャディクへと視線を向ける。そしてグエルにしては珍しいことを言い始めた。

 

「お前の理論なら、俺も今回はリーダー機をやるべきじゃないだろうな」

 

「……意外だね。グエルこそリーダーに立候補すると思ったんだけど」

 

 実際にシャディクも同意見だったが、それを説得するまでに少し手間取りそうだと、元々は予想していた。なのにあっさりとグエルが自ら引いたので、シャディクとしても意外だった。

 

 それに対してグエルは、ふんと鼻を鳴らしながら言う。

 

「俺はそこのバカほどバカじゃない。今回のチーム戦で俺がやるべきはフォワード。つまりは最前線で敵を蹴散らす攻撃の要だろ? ってことはやられたらアウトなリーダーは別の奴に任せた方がいい。……俺とそのバカとで後輩を潰して回ってやるさ」

 

「ぐ、グエルが、すごく大人になってる……!」

 

「真っ先にリーダーやりたがった十歳児には言われたくねえよっ!?」

 

 とにかく、グエルも妖怪も今回の戦いのリーダーには不適格。

 

 となると別のリーダーを立てなければいけないが、そこはグエルに腹案があった。

 

「……シャディク、お前に任せる」

 

「……いいのかい?」

 

「ああ、お前のやり方はいけ好かないところもある。だが、チーム戦や戦略に秀でているのはお前だ。あのふざけたレースでも助けられたしな」

 

「……ふふ、グエルにここまで認めてもらえるとは、光栄だね。他のみんなも、それでいいかい?」

 

 シャディクは面白がりながら、他の面々に尋ねる。

 

 三年生の代表チーム。

 

 それはつまり、互いに決闘をしたり、あるいは仮想敵として相手を分析してきた経験が、後輩たちよりも断然多い者同士。

 

 既にお互いの持ち味や得意分野を理解しているので、シャディクがリーダーに適任だという意見に反対する者はいなかった。

 

「異議なし。俺達も最後の選抜戦だ。後輩に負けて卒業なんて、できないからな!」

 

 男子たちはシャディクの実力を信頼して、

 

「私たちもシャディクならいつもの要領で戦えるし、大丈夫よ」

 

 数少ない女子陣も、グラスレー寮のエナオが言うように、全面的に任せるという判断。

 

 反対意見が上がるとすれば、真っ先に立候補したロマン男だったが、

 

「いいね♪ シャディクがリーダーっ! 優秀なリーダーを守る前衛っていうのもロマンだよなっ!」

 

 と『じゃあお前が立候補したのはなんだったんだ。絶対に立候補したいだけだったろ』と全員の内心でのツッコミを受けるようなことを言いつつ、シャディクを全面的に信頼する態度。

 

 あとはそのシャディクを中心に戦術を組み上げればいいのだが、彼らには一つ懸念があった。

 

「……敵の戦力を分析してみたが、ものになりそうなのはうちのレネ、イリーシャ、メイジー、それにグエルのところのフェルシーちゃんくらい。あとは一対一の状況下で俺達を押さえられる奴はいないだろう。問題は……エアリアルと水星ちゃんだ」

 

 シャディクは静かに言う。

 

 グラスレーで専門的な軍事教練も受けた三人娘や、グエルの愛弟子ともいえるフェルシーはともかく、やはり後輩は後輩。敵は数では圧倒的に上だが、それほどのハンデをつけなければ相手に勝ち目はないということでもある。

 

 しかし、ここにその前提をすべて壊す存在がいる。

 

「……相手のリーダー機は、エアリアルだ」

 

 グエルはそれしかないだろうと断定した。そしてそれに、エランも続く。

 

「同意だね。後輩たちも個々の技能で劣っていることは理解しているはずだ。だけど、あのエアリアルなら、グエルやそこのバカを倒した実績もあるし、ビットが攻防に優れていてルール上も有利。……僕なら迷うことなく、スレッタ・マーキュリーに賭けて、全機でサポートする体制をつくる」

 

「……確かになぁ。スレッタさん相手なら、敵の数的な有利がさらに広がる形にもなる。……もしかしなくても、けっこうヤバくね?」

 

「はぁ……言葉だけなら真剣なそれだが、どうしてお前はそんなに楽しそうな顔をしているんだ?」

 

「だってサビーナ、強い相手を友情で倒してこそのロマンだろ?」

 

「ふふ、ロマンはさておき、俺もそれには同意だな。……これだけのメンバーがそろって、エアリアル一機にやられるなんて、笑い話にもならない」

 

 とシャディクは前置きをして、そのエアリアルを倒すための作戦を全員で相談し始めた。

 

「俺達グラスレー寮はハインドリーで行く。もう少ししたら新型が納品されるはずだったが、あいにくと届かなくてね。だが、手慣れているし、バランスの取れた良い機体だ。リーダー機としてうまく立ち回ってみせるよ」

 

「俺はいつものディランザで行く。戦場はフロント外宙域だが、問題ない。真正面から突っ込んで度肝を抜いてやるさ。……ラウダも参加していたら、よかったんだがな」

 

「あー、親父さんからストップかかったんだっけ?」

 

「本人も選抜戦には乗り気じゃなかったからな、仕方ないさ。で、バカはいつものヴィクトリオンか?」

 

「ふっふっふ♪ いーや? ちょっと面白い装備で行く予定。あとでみんなに情報を共有しておくよ。どっちにせよ、グエルと一緒に前衛で暴れて見せるさ」

 

 そうしてそれぞれが機体と役割を決めていく。

 

 勝手知ったるライバル同士。シャディクがその情報をもとに作戦と役割を伝えていくだけでいい、

 

 だが一人、まだその役割が確定していない者がいた。

 

「エランはどうするんだい?」

 

 シャディクはエランに問いかける。去年までのエランなら役割も機体も確定していたのだが、シャディク自身が関わった出来事によりエランの立場は大きく変化していたからだ。

 

「お前はロングロンド寮に移籍したけれど、機体はザウォートで行くのか?」

 

「……ああ、それしかないだろうね」

 

 エランはシャディクに同意する。

 

 元は影武者とはいえ、今では市民ナンバーまでそっくりそのまま本物のエランの立場を奪った状態。ペイル寮に依頼してザウォートを融通してもらう手筈になっていた……はずなのだが。

 

「いや、エランはファラクトで行くぞ?」

 

 バカがそんなことを言い始め、エランは目を見開いた。

 

「は……? おいバカ、なにを言ってる? ファラクトは……」

 

 エランは急ぎバカの首根っこを締め上げながら小声で問い詰める。

 

 ファラクトを今世間にさらすのはまずい。

 

 まだミオリネとロマン男によるガンダム研究会社は立ち上がっていないし、それなのにさらにガンダムを使ったとなれば、会社が立ち上がる前にバカたちは査察対象。

 

 下手をすればエランの正体までばれて、せっかくのあの交渉が無駄になってしまうと。

 

 しかし妖怪は、なぜかとーっても明るい笑顔で言うのだ。

 

「大丈夫! うちの技術者がGUNDフォーマットは使えないように封印したし、代わりに情報処理AIでエランのサポートをするからさっ! それに……」

 

「……それに?」

 

 ワクワクドキドキと、びっくり箱を渡そうとする子供のような妖怪の表情に嫌な予感を覚えながら、エランは尋ねる。

 

 そして妖怪はにこやかにこう言った。

 

 

 

「だいじょーぶだって! 見た目じゃファラクトだってわかんないからっ!」

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 その後、ロングロンド寮の格納庫前で、妖怪の頭を揺さぶりながら怒りの声を上げるエランの姿を見た者がいたとかいないとか。

 

 そうして体育祭は二日目を無事に終え、運命の三日目へと向かっていく。




次回と次々回は少しのんびりな幕間話で、その次から総力戦になります。

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