アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
こうして体育祭のスケジュールは、選抜戦にて終了した。
何人もの生徒とMSが暴れまわった三日間。中には世界の話題になる程に見事な試合もあったし、そうでなくとも生徒たちが数十年後も忘れられない思い出もいくつも生まれた。
だが、まだ祭は終わりじゃない。
誰が言ったか、帰るまでが祭。元の言葉は遠足だが、今の時代に遠足という概念はないに等しい。
これから二時間ほど後に、閉会式と表彰が開かれる。おそらくはジェターク寮が今年も総合MVPをとるし、個人MVPおよび副賞をゲットするのはグエル・ジェターク。また世界トレンドに乗るくらいには話題になるだろう。
そして、公式の行事が終わってもまだ祭は続く。こんなにスリリングな一日を過ごした後は、学園全体で打ち上げパーティーだ。
「水星ちゃん! 一二年チームのみんなも打ち上げやるから来てよ!」
「打ち上げ、ですか?」
「そうそう! 水星ちゃんがチームMVPだし、君が来ないと始まらないよ?」
それはスレッタ達、選抜戦の出場選手も同じこと。着替え終わって制服に戻ったメイジーは、スレッタをそう言って誘っていた。
あの後、気持ちを落ち着かせたスレッタは無事に自分のチームへと合流した。
涙の跡をぬぐいながら入ってきたスレッタを待っていたのは、同じチームの女生徒たちからの抱擁。女子には厳しいレネさえも、その中に入っていた。
そして誰もが口々にスレッタのせいじゃないと慰め、むしろ自分たちのふがいなさを訴えるので、スレッタもそれを否定して……。最後には全員で三年チームへの理不尽さを笑い合って。
所詮は学生のお遊びだと大人たちは言うかもしれないが、きっと、そんな光景はお遊びでないと見れないだろう。これもまた青春の一ページである。
その青春の輪の中に入れたスレッタも、最初にチームミーティングをした時と比べれば、はるかにメイジーやフェルシーとも打ち解けている。
なのでスレッタの返事は軽やかだった。
「は、はい……! よろしく、おねがいしますっ!」
「そっか、良かった♪」
「あ、でも……地球寮でも打ち上げがあったりするので、そんなに長くはいられないかも……です」
「大丈夫だよ♪ みんなも自分の寮でやってたりするし……そうだ! じゃあ、別の日にももう一回やっちゃおっか♪ こういうお祝いなんて、何回やってもいいんだから!」
「な、なるほど……! お願いしますっ!!」
友達と打ち上げ、パーティー。スレッタはほっこりした笑顔になる。
と、そこで不意にスレッタは思い出した。打ち上げや閉会式の前に、やるべきことが残っていたと。
「あっ……! 私、そろそろ行かないと……!」
「水星ちゃん、もしかして待ち合わせ?」
「は、はい……!」
「ははーん、もしかしてデートでしょ♪ 誰と? グエル君? それともミオリネ?」
「ち、ちちち、ちがいますっ! 実は先輩から、知り合いの人にエアリアルを見せてほしいってお願いされまして」
それを聞いたメイジーはきょとんと目を丸くした。
「ロマン君の知り合い? ふーん、学園生とか企業関係者なら、エアリアルも見慣れているはずだけど……どこの知り合いなのかな?」
「えーっと、観光の人だって言ってました。でも、モビルスーツのことが大好きって」
「そうなんだ! じゃあ、家族のお披露目だね♪ 楽しんできて!」
「は、はい! それじゃあ、またあとで!」
スレッタはそう言って、勢いよく控室を出ていく。
あとに残ったメイジーはその背中が見えなくなったのを確認すると、少しだけ思案顔になって。
そして、杞憂であればいいと思いながら、一つの連絡を入れた。
「……もしもし、シャディク? うん、私だけど」
「ちょっと、気になることがあって……」
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
それから少し時間が経ち、少年はまだまだ冷めやらない祭の喧騒の中を走っていた。
「やばいな、時間食っちゃった。ナナウラさん、もう待ってるぞ……」
何度も何度も時計を見るが、時刻はもうすぐ待ち合わせの時間。
あれから少年も急ごうとしたのだが、さすがに実行委員長という職は重く、表彰対象の最終確認やら閉会式の簡単なリハーサルをこなしてから出ないと自由にはなれなかった。
結果がこの時刻。
待ち合わせ場所の距離を考えると、時間ちょうどにたどり着ければ上々という状況だ。
なので、ロマン男はひた走るのだが、
「あ、ロマン先輩!」
「体育祭、楽しかったですよー!」
「おっ! ありがとー!」
なんて、周りの生徒から声をかけられると、返事をしてしまう。今日は被り物もしていないので、屋台や通りすがりの生徒からは次々と感想が飛んできていた。
なるべくスピードを落とさず、かといって無反応はせず。
(じいちゃんもおもてなしの心が大事って言ってたし、こういうとこはちゃんとしないと)
それは少年のルーツでもある、地球の島国で貴ばれた価値観らしく、幼少のころから口すっぱく祖父に教わったことだった。
(だから、ナナウラさんにも……)
少年は知り合ったばかりの少女のことを考える。
道に迷ったように途方に暮れた、悲しそうな顔をしていた女の子。だけれど、話をしているうちにモビルスーツのことなら楽しみを共有できて、最後には再会を願ってくれるほどに心を開いてくれた。
もちろん、学園の外から来たお客さんは皆が平等で、特定個人を贔屓してはいけないと少年にもわかっているが、あれだけロボットを好きになって、ロマンのことにも理解を示してくれたことへ何も思うところがなかったというのも嘘だ。
だからこそ、自分にできる最大限のおもてなしを。
たとえ、彼女にどんな事情があっても。
(エアリアルと会って、最高の思い出をつくって帰ってもらう)
この体育祭に来たことが、彼女の人生の中で素晴らしい思い出になるように。
そんなことを考えていたからだろうか。少年はなんとか無事にニカとの待ち合わせ場所にたどり着くことができた。時刻はぴったり一分前。
少年は走ってきて乱れた息を整えながら目を凝らす。すると街灯の下で、所在なさげに俯く少女の姿があった。
「ナナウラさん、お待たせ!」
その声に、ニカはぴくりと反応して、元気を取り戻したかのように顔を上げる。
そして、
「あっ……! アッスー君、こんにち……」
……少年の顔を見た瞬間に、表情をこわばらせた。
「ナナウラさん?」
「あ、その……あなた、は……?」
少年はニカから数歩離れた位置で、急に表情を変えた少女のことをうかがう。
明らかに、ニカには動揺があった。少しだけ足を後ろに引きながら、すぐにでも逃げ出したいような、そんな怖がるような仕草。
その様子は不審だったけれど、あえて少年は今は考えないようにした。
そもそもがこの姿でニカと会うのは始めてだったのだから、いきなり着ぐるみの中身が出てきたら驚いて当然だろうと。
なので少年はニカを安心させるように微笑むと、改めて自己紹介をした。
「驚かせてごめんね。アッスー君の中の人……っていうか、アスム・ロンドです」
「ろん、ど……」
「あー、けっこう学校とかじゃ名前も広がっちゃってるし、それで知ってたのかな? ……大丈夫?」
「う、うん……だいじょうぶ、だよ」
答える声は、どう見ても大丈夫ではないもの。
しかし、思案するように顔を俯かせて何事かをつぶやいた後、ニカは顔を上げて言うのだ。
「うん……改めて、お願いします」
「こちらこそ、よろしく!」
少年はその言葉に満面の笑顔を浮かべた。
自分まで不審な顔をし続けたら、ニカはますます居心地が悪くなってしまうだろうし、なにかニカに悩み事があったとしても、少年には知ることなどできない。
だから自分にできることは何かと考えたら、一刻も早く、彼女が望むエアリアルを見せてあげることがベスト。好きなものに触れられるとき、人は元気になれるものだから。
「じゃあ、さっそくエアリアルを見に行こう! スレッタさんも待っているからさっ!」
そうしてロマン男が先導して、二人は地球寮の格納庫に向かった。その道中、ニカはずっと無言だった。
真新しく改装された地球寮の小さな建物に二人がついたとき、そこには既にスレッタが格納庫の明かりをつけて待っていた。
スレッタは先輩である少年が到着したのを見つけると、ぴょんぴょんと小動物のように飛び跳ねて手を振る。
スレッタもまた大切な家族であるエアリアルのことを好きだと言ってくれる人が気になっていたし、楽しみでもあったから。
だがそこで少年は不思議に思った。彼女の周りに他の地球寮の面々の姿がなかったからだ。
「あれ? みんなはどうしたの?」
「屋台が閉まる前に、打ち上げ用のお菓子とかご飯とかを買いに行ってます。えっと……、ちょっと前に出かけたから、あと少しで帰ってくると思います!」
「そっか、みんなも頑張ったもんなぁ……。
ナナウラさん、こちらがエアリアルのパイロットのスレッタさん。たぶん、映像とかで知ってるとは思うけど」
「……ニカ・ナナウラです」
「あっ……! す、スレッタ・マーキュリーですっ! よろしく、おねがいしますっ!」
「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ?」
「ご、ごめんなさい!」
きっとスレッタの緊張具合がツボに入ったのだろう。ニカはようやく少し微笑みを見せて、それに少年は安堵する。
あとは待ちに待ったエアリアルとのご対面だ。
ニカは二人によってエアリアルの前へと案内されて、初めて近くで、その白と青の美しいモビルスーツを見た。
彼女の夢見ていた通りに、それは彼女が見てきたどんなMSよりも美しかった。
「これが水星のモビルスーツ……!」
ほう、とため息が出てしまうほどにニカはエアリアルに見入り、そんな瞳に明るい色が戻った様子に少年もほっと胸をなでおろす。
よほど気に入ったのだろう。ニカはそのまま無言でエアリアルを見上げていたかと思うと、スレッタへと少し焦り気味に尋ねる。
「さ、さわってみてもいい?」
「は、はい。大丈夫です」
「うわぁ……♪ 本物だ……。私、エアリアルにさわれてる」
ペタペタとエアリアルの足先に手を触れるのから始まって、
「ね、ねぇ……! 質問していい、あのビットのコントロールだけど――――」
「あ、そ、それはお母さんが――――」
「っ! そんなこと、可能なんだっ! すごい……!」
少し離れたところにいた少年にはよくわからない専門的な話まで。
そうして一通りスレッタとエアリアルのことを語り合ったニカは、改めてエアリアルを見上げながら、静かに言うのだ。
「……やっぱりミステリアスだね、君は」
「ニカさん、エアリアルを人間みたいに……?」
「あ、そ、その……変かな? なんだか、顔を見てたら、そう思っちゃって……」
「い、いえいえっ! ……エアリアルは家族ですから、そう言ってくれるのは嬉しい、です」
スレッタにしても、エアリアルを意志ある存在として認めてくれる人は珍しく、目の前の少女へと強い親しみを感じ始めていた。
そして、そんな二人を見守る少年はと言えば、
(よかった……、ナナウラさんも元気になって)
少年は考える。
やはり彼女をここに連れてきたのは正解だったと。彼女が何かしら抱えていることも分かっているが、そして自分に対して不思議な隔たりを感じていることも分かっているが、それでも少年はかまわなかった。
大事なのはニカという少女がこの一日をどう楽しんでくれたか。そして、この様子を見るにスレッタのおかげでいい思い出は作れているようだったから。
するとそんな三人の後ろから、賑やかな声が聞こえてきた。地球寮の面々が買い出しを終えて帰ってきたのだ。
「帰ったぞー」
「ただいま、スレッタ」
しかもその中には、
「なんで私まで……」
「まあまあ、どうせうちで打ち上げするんだし、付き合ってくれよ」
ミオリネまで不承不承という顔で荷物を持たされている。おそらくは行きがけにばったり出くわしたりして、そのまま買い出し要因にされたのだろう。
そして面々はロマン男のことを見かけると、気安く手を振ったりしてあいさつをした。
「あれ? なんでロマン先輩がここに?」
「おーっす、パイセンもおつかれー!」
「アリヤ先輩っ! これはチャンスかもしれませんよ……! わざわざ祭の終わりにお出迎えなんて、デートのお誘いですよっ!」
「リリッケ……!? だから、そういうのはもっと小声で……!」
「で、アンタはなんでここにいるのよ?」
「それを言うならミオリネのほうだろ。あ、その前に、みんな、体育祭お疲れ様っ! 特に寮対抗レース、すごかったぜ! チュチュちゃんの爆走とかマジロマン!」
「はっ♪ あったりめーだっての! 地球寮の力、見せつけてやったぜ!」
「「こうしてまた学園にチュチュの狂犬伝説が刻まれるのだった」」
「オジェロ、ヌーノ! おめえら、次言ったら、その伝説の一部にしてやるからな!?」
なんて地球寮の面々はいつもよりも楽しそうだ。
そのことに少年も気分が盛り上がり、次にこの場にいる客人へと彼らを紹介しなければいけないと思い立った。
少年はニカとスレッタの方向へと振り返ると、
「ナナウラさん、この子たちはち…………」
「ちきゅう、じん……?」
「……ななうら、さん?」
人好きする笑顔を浮かべていた少年は、今度こそ表情をなくした。
それはニカの隣にいるスレッタも同じ。
ニカは震えながら、地球寮の面々を見つめて顔面を蒼白とさせていたのだから。
さっきまでエアリアルに夢中になり、元気を取り戻しつつあったニカ。そんな彼女が心の底からの驚きと恐怖を浮かべて、少年たちを見つめていた。
「「「っ…………」」」
そのただならない雰囲気にチュチュを始め、地球寮の面々は顔を曇らせる。
彼らにも、そして少年にもこういう雰囲気は経験があった。いや、むしろ学園以外では普通に起こりえること。
少年は慌ててニカへと説明しようとする。
ニカは月出身だと聞いていたから、地球人に対して偏見があったのかもしれないと。だからこんなに怖がっているのかもしれないと。
少年は彼らが信頼できる友人であることを理解してもらおうと言葉を募らせ、
「待ってナナウラさん。みんなは確かに地球出身だけど、同じ学園の仲間なんだ。俺もいつも仲良くしてもらっているし、いい人たちだから……」
そんな"的外れな"弁論に……
「…………なんで?」
ニカは茫然とした声で返した。
その時初めて、少年はニカの恐れが、その震える視線が、自分へと向けられていることに気がついた。
「ナナウラ、さん……?」
ニカは今度こそバケモノを見るような、理解不能なものを見るような視線のまま、じりじりと後ろに下がっていく。少年から離れようとしている。
そして震えながらニカは少年に問いかけた。
「なん、で……? なんで、地球人と仲良くできるの……?」
「なんで、"私たち"と仲良くできるの……?」
「よりにもよって"あなたが"地球人と仲良くできるの……?」
「な、なんでって……俺達はとも」
「……っ、そんなわけないでしょ!!!!!!」
「っ……!?」
ニカが体を抱えるようにして大声を上げる。
それは自分が聞いたことを、見たことを、全てを否定するような強い拒絶だった。
ニカには、テロリストとして育てられた少女にはどうしても理解できなかった。この少年が、ロマン男と呼ばれた地球寮生の友人が、この場にいることが誰よりも異常だと知っていた。
ニカは震える手を押さえつけるように体を抱きながら言う。
「わたし……がまんしてた。ずっと、ずっと我慢してた……。地球人と、スペーシアンだから仕方ないって。これは戦争だから、酷いことをされたから、私たちだって酷いことをしたから……
だから、やりかえされるのも、しかた、ないって……」
涙すら流しながら訴える。
「だから、だから……! 殺されそうになった時も、学校に行けなくなった時も、こんなことを命令された時も……! ずっと仕方ないって、そう思ってたのに……」
それが大人によって拾われ、教わってきたニカの中にある真実。
目の前の少年はその象徴のはずだったのに、
「っ……! なのに……! 私が学校に行けなかったのは"あなたのせい"なのに……!
なんで!? なんで、あなたが地球人と仲良くできるのっ!?!?」
「あなたの家族を殺したのは、地球人なのに……!!」
「お母さんも、お父さんも、妹さんも、みんな殺されたんでしょ……!?」
そんな理不尽を与えたならば報復されて当然だと、そう思っていたから。
少女は少年の在り方を理解できない。許容できない。
だから、少女は拒絶する。
「なんなのあなた……? なんで、そんな風に笑ってられたの? わからない……わからない……! あなた……」
「キモチワルイ」