アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

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うわぁあああ!
この一話で好転させたかったのに、長くなってしまったぁあああ!!







33. 彼らの判断

「お母さんも、お父さんも、妹さんも、みんな殺されたんでしょ……!?」

 

 

 

 その少女の叫びを聞いたとき、アリヤは言葉の意味を理解できなかった。

 

 もちろん音は正確に届いていたし、こんな慟哭を聞いて、瞬時に忘れることなんてない。だが、その意味するところを理解できない……いや、"したくない"が正確かもしれなかった。

 

 それは他の地球寮の面々も同じだった。時間が停止したように全員が全員、表情をこわばらせて視線を彼らからすれば謎の少女と、彼らの友人であったはずの金髪の少年へ向けたまま動かせない。

 

 動いたのはたった一人だけ。

 

「……あなた何者? なんで"それ"を知っているのかしら?」

 

 ミオリネ・レンブランが鋭い表情でニカへと一歩、足を進める。

 

 ミオリネには他の誰とも異なり、迷いなどない。そんなこと、とうの昔に知っているのだから。だからミオリネは、彼女の幼馴染の過去を知っているニカへと不信を抱き、

 

「っ…………!

 

「待ちなさいっ……!!」

 

 逃げるように走り出したニカを追いかけた。

 

「このっ! もしもし、シャディク!  今、地球寮の前なんだけど……はぁ!? もう知ってる!? だったらさっさと何とかしなさいっての! まったく、あの腹黒っ!!

 スレッタ! あんたもついてきて! 私じゃ追いつけないから……!」

 

「えっ……で、でも……!」

 

「はやくっ!!」

 

「は、はいっ……!」

 

 ミオリネには怒りなどない。別に祭だろうと何だろうと、理不尽なことはいつでも襲ってくると知っているから。だから気にかかるのは、この問題が後に自分たちへとどのように尾を引くかということだけ。

 

 だからまずはニカ・ナナウラという不審な少女を何とかすることが最優先。

 

 ただそれでも、ミオリネは去り際に一言だけを残した。事態の理解を拒んでいるアリヤへ、そして地球寮の面々へと。

 

「だから、言ったでしょ?」

 

 

 

「覚悟した方がいいってね」

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 三人の人影が消えた地球寮の格納庫には重い沈黙があった。

 

 誰もしゃべろうとしない。口火を切ることができない。

 

 少年と付き合いの長い三年生は事実を何とか受け止めようとし、下級生たちは言葉の表層を捉えると少年へと疑いと恐れの混じった視線をそろそろと向け始める。

 

 ニカの話が真実であるなら、地球人は彼にとって家族の仇だ。

 

 もちろんこの中の誰一人としてその事件についても何も知らないし、関わってもいない。だとしても、その被害者が加害者と同じカテゴリーの人間に何の偏見もなく付き合えるものだろうか?

 

 家族という自分に最も親しい人たちを殺されて、その仇の仲間を心の底から友達だと言えるものだろうか?

 

(あーしなら、そんなことできねぇ……)

 

 チュチュは考える。

 

 もし家族がスペーシアンに殺されていたら。その加害者どころではなくスペーシアン全体を憎んでいてもおかしくないと思う。ただでさえこのアド・ステラという時代は地球と宇宙とのカテゴライズが進み、かつての人種のように地球や宇宙で一緒くたにされているのだから。

 

 もし自分が少年の立場なら、地球寮生など目にも入れたくないか、あるいは積極的に排斥する側になっていたかもしれない。

 

 あるいはその過去を乗り越えていたとしても、少年の行動は度が過ぎている。

 

 避けるでもなく、退けるでもなく、友人として近づき、彼の力を使って守ることまでしていた。

 

 それは常識の外の行動であり、度が過ぎているからこそ不安が募る。

 

 彼に惹かれているアリヤでさえ、そんな下級生の雰囲気を嗜めることも、叱ることもできない。彼女自身、少年の理由を、過去を知りたがったが、それでもここまでのものが出てくるとは思っていなかった。

 

 だから、なにかしないといけないと理性が考えるけれども、手が震え、口が動かず……

 

「……ごめん」

 

 初めて聞いた少年のか細い声に、顔を上げた。

 

 少年は心の底から申し訳なさそうな、自嘲するような笑みを浮かべていた。

 

「こんな空気にするつもりじゃ、なかったんだ……。せっかくみんなのお祝いもあったのに……だから、その……本当にごめん」

 

「…………っ」

 

 心の底から申し訳ないと、そう告げる声色に、アリヤは息を呑む。

 

 この中で誰が被害者かと言われれば、少年だ。秘密にしていた過去を暴露され、仲良くしていた友人たちから疑いの目を向けられて。それでも、彼の存在が地球寮生の楽しみを邪魔したと。

 

(ああ……キミは、こんなときも……)

 

 学生に楽しみを、喜びを、ロマンを。そう願って動いてきた彼にとって、自分が傷つくことよりも仲間の楽しみを奪ってしまったことの方がきっと辛いことで。

 

「だから、今日は帰るよ……。じゃあ、また……」

 

「待って!!!!」

 

「っ…………」

 

 アリヤは少年が言い切る前に走り出して、少年の手をつかんでいた。

 

「大丈夫……。私たちは……私は、大丈夫だから……」

 

 アリヤの目からは涙が流れていた。

 

 その理由は彼女自身にもわからない。

 

 つらい経験をしたという彼に共感したのかもしれないし、それを隠しても自分たちを守ってくれた彼に感謝しているのかもしれないし、彼が変わらず彼自身だったことに安堵したのかもしれないし、自分さえ彼を一瞬でも疑ってしまったことを恥じたのかもしれない。

 

 いや、きっと、そのすべてが混ざっていて……。そしてそんなぐちゃぐちゃの感情のままでも、彼女自身の心は決まっていた。

 

(帰したくない……、終わらせたくない……! この人をこんな顔で、こんな悲しいことを言わせて、私たちの家から出ていかせたくない……!)

 

 だからアリヤは上ずった涙声のままで、少年へという。

 

「アスムの過去になにがあっても、どんな理由があっても……!

 私は、キミがしてくれたことを忘れない……! キミが守ってくれたことを忘れない……!

 キミは私の大切な人で……それだけで、十分で……! だから、だから……!」

 

 最後の言葉は、もう言葉にもなっていなかったが、

 

「おねがい……ここにいて……!」

 

「……うん」

 

 少年は静かにうなずいて、手を握り返した。

 

 

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

 ニカ・ナナウラは息を荒げながら、喧騒の中を走っていた。

 

 涙と鼻水が混じったものが口に入ったり、もっとドロドロとしたものが胸の上にせりあがって来て、どうしようもなく息が詰まっても走り続けていた。

 

(なんで、なんで……!!)

 

 なんでこうなったのか。

 

 ニカの頭を支配するのはただ一つだ。

 

 楽しかったはずなのに、嬉しかったはずなのに、こんなに嬉しいことは人生に一度もなかったはずなのに、それが壊れた。自分が全部、壊してしまった。この足でふみにじった。

 

 でも、そうしないといけないほどに、どうしてもわからなかったのだ。

 

(なんで、あの人は私たちを憎まないの……!?)

 

 数年前、ニカ達の潜伏していたアジトが当局から急襲を受けた。

 

 当時のリーダー格だった男たちも死亡して、ニカと同い年くらいの子どもも行方知れずになった。おそらくは死んだか囚われたかのどちらかだろう。だろうというのは、大人たちがわざわざ捨て駒の子供の死亡確認などしないので、命からがら逃げだしたニカが想像しただけだからだ。

 

 原因は、ニカの組織と結びついていた協力者の裏切り。

 

 そして生き残った大人たちは血走った目で裏切者へと呪いの言葉を叫んだ。

 

 必ず殺すと、恨みは一生忘れないと。新たな傷だらけの男がリーダーとなり、組織が立て直されると、まずは裏切者への復讐が訴えられたほどに。

 

 だけれどそんな言葉は傷ついたニカの耳を素通りしていた。

 

 彼女にとって大事だったのは、たとえスパイ目的であろうとも、楽しみにしていたアスティカシア学園への入学が取り消しになったこと。そして、その裏切者の動機が、

 

『友人を傷つけたことへの復讐』

 

 というものだったこと。

 

 ロングロンド社という名前を、幼いころからニカは聞かされていた。その先代の社長と家族を殺したことを大人たちは武勇伝のように語っていたから。地球を搾取しようとしていたスペーシアンへ鉄槌を下してやったと。

 

 その時のニカは人殺しを誇る大人たちを理解できなくて、むしろ自分はああなりたくないという気持ちを、口には出さずとも心には秘めていた。

 

 だから、件の裏切者がロングロンド社の社長と友人になり、今になって、友人の家族を奪った復讐のために自分たちを切り捨てたという話を聞いても、ニカには納得しかなかった。今更になって裏切った男へと思うところは大きいが、その"友人"が彼に頼んだとしたら納得するしかない。

 

 殺してきたのだから、殺されるのだって当然。

 

 こちらが憎んでいるのだから、憎まれても当然。

 

 学校に通えるとか夢を見ていたことの方が分不相応だったのだと、涙を流しながら自嘲していた。

 

(なのに……なんで、こんな世界があるの?)

 

 因果応報、目には目を歯には歯を。それがこの敵だらけ世界を支配する単純で覆りようのないルールだと思っていたのに、この学園は違った。

 

 誰もが楽しそうに青春を謳歌している。

 

 スペーシアンだけじゃない。アーシアンもだ。

 

 スペーシアンが主体となった学園なのだから、むしろアーシアンは虐げられる立場にあると思ったのに、競技に出るアーシアンの生徒は輝いていて、そんな彼らに応援の声さえかけられていて。

 

 ニカはその事実に絶望した。その事実を理解してから、もう競技なんて見れなくなった。

 

(どうしようもないって……そう思ってたから、生きてこられたのに)

 

 人を殺す訓練も、人を殺す助けも嫌いだ。大嫌いだ。

 

 でも、やるしかない。この世界は変わらないんだから……

 

 なのに、そんな抱いていた前提が崩れた。

 

 努力することでアーシアンもスペーシアンと友達になれる、応援される立場になれる。世界はちょっとしたことで変えられる。

 

 そんな夢物語が現実になっているというなら、ニカ達がやっているのは無意味なことでしかない。いや、無意味どころか害悪だ。

 

 ニカは自分はマシな方だと思っていた。人殺しはしたことがないし、それを積極的に支持しない。狂ってしまった大人よりもずっとマシだと、ほのかな自尊心すらあったから、狂わずにいられたのに。

 

(結局、私もあの人たちと同じ……もうどうしようもない側の人間だったんだ……)

 

 この学園の現実を知って、心の底から安堵できたならよかった。優しい世界があったと知って、戦いを辞められるような人間だったらよかった。

 

 でも臓腑の中から沸き上がったのは、嫉妬と憎悪と、そんなことしか思えなかった自分への絶望。

 

(私は、ずっと……他のみんなも同じように苦しんでいたらいいって……そう思ってたんだ)

 

 そんな自分を受け入れられず、せめて優しい思い出に浸りたいと待ち合わせ場所に行ってみたら、出てきたのは自分たちを憎んでいると思っていたロングロンドの社長だ。

 

 地球寮の友達だと言い、誰も憎んでいないようなそぶりをして、ニカにもたくさんの思い出を作ってくれた……優しい人だと思えた男性。

 

 もう訳が分からなくて、ニカは自分の正体も何もかもをぶちまけて逃げ出した。

 

「うっ……ごほっ、ごほっ……!」

 

 走っていることに耐えられなくなった体が吐き気を催し始め、ニカは口元を押さえながら学園の建物の陰に身を潜める。

 

「はぁ……はぁ……、あぁ、みにくいなぁ……」

 

 もう自分自身が嫌だ。

 

 優しくしてくれた人に呪いを吐きかけて、重すぎる愛に理解を拒んで、憎しみに変えようとして……でも、あんなことをしたのに一丁前に後悔なんてしている。

 

 地球に戻っても、こんな現実を知ったら組織に戻ることもテロに身を投じることもできないだろうに……

 

 自分がどこへ向かえばいいのか、なにをすればいいのか。

 

 理解できずに涙を流すニカへと、

 

「…………動くな」

 

「っ…………!」

 

 固いものが押し付けられ、敵意を孕んだ冷たい声がかけられた。

 

 ぞわりと震え上がる背中。見なくとも、なにが背中に当たっているかは理解できた。

 

(おんなの、ひと……?)

 

 そろそろと後ろをうかがうと、そこにいたのは学園の制服を着た美しい女生徒だった。鷹の目のような鋭い目をした人。

 

 その見た目や隙の無い行動からは、仕事に徹するタイプだと思えるが、

 

(この人……)

 

 少女の顔には隠し切れない憎悪が見えた。少女はニカのことを、心の底から憎んでいる。今にも引き金を引いてしまいたいとそう思っていると確信できてしまうほどに。

 

 その私怨を見て、ニカ自身が傷つけた少年のことが思いだされて、ニカはどこか納得を抱く。

 

(あぁ……きっと、あの人のことが大切なんだろうな……)

 

 女生徒は、自分が傷つけたあの少年のことが大切なんだろうと。女の直感のようなものだった。

 

 彼のことが大切すぎて、少しも傷ついてほしくなくて、そのためなら自分の身なんてどうでもよくて……そんな彼を傷つけたニカを殺したいほどに憎んでいる。

 

 引き金を引かないというのも、彼女の意思じゃなくて、別の誰かの判断。

 

 そこでニカはコツコツという足音と一緒に、甘くて信用できない声を聞いた。

 

「サビーナ、そこまでだよ。アイツが作ったこの祭を、血で汚したくはないだろう?

 そして……確か、ニカ・ナナウラだったかな? 計画が無事に進んでいたら、君もこの学園生だったはずだろうに。ああ、心の底から残念だよ」

 

「っ……よく、ここに顔を出せましたね」

 

 

 

「プリンス……いえ、シャディク・ゼネリ」








次回からいい方向に向かうはずです。

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