アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

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34. 明日の夢

 シャディク・ゼネリ。

 

 ベネリットグループ御三家の一つ、グラスレー社の御曹司であり、孤児の身でありながら後継者の座を手に入れた才人。それが世間で知られるシャディクの経歴だ。

 

 だがその実態はテロリストと手を組み、自身の目的のために暗躍させていた後ろ暗い男でもある。

 

 なぜ成りあがった身でありながらリスクを冒してテロリストと通じていたのかは、ニカのような末端には知る由もなく、当時彼とつながっていた人間はことごとく抹殺されたので、今の組織でも知っている者がいるかはわからない。

 

 ただニカが知る事実は、彼がニカ達を切り捨てた裏切り者だということ。

 

 当然ながらシャディクはニカ達にとっても最優先のターゲットであり、ニカもシャディクを見つけたならばリスクをとってでも暗殺しろと言われていた。デリング暗殺と違い、組織全員にとっての暗黙の了解というものである。

 

 だから、ニカには理解できなかった。

 

 ここは安全な競技場や学園の施設内でもない。

 

 彼に危害を加えることだってできる場所なのに、そんな自分の立場を理解しているはずのシャディクが自ら出てきたことが不可解だった。

 

 ニカは目を伏せながら、問いかける。

 

「……意外でした、あなたが私の前に出てくるなんて。大人たちは『プリンスは自分で手を汚すことなんてしない、人を操って利だけを得る卑怯者』だって言ってましたから」

 

「酷い言い草だね。まあ、あえて否定はしないけれど。

 ここに出てきたのは……うーん、僕が招いた種だから責任を取った方がいいって判断したからだよ。それにもう僕自身は"王将"でもないし、前に出ることを恐れたりはしない。

 ああ、君は日本の血を引いていると思ったから将棋なら伝わると思ったんだけど、意味は理解できたかな?」

 

 へらへらとシャディクは笑みさえ浮かべた軽薄な様子で言う。

 

 それに対して怒りのような感情も出てくるが、それを自覚するのも『自分は大人たちと同じ』と再確認するようなものなので、ニカには苦痛だった。

 

 だから息を大きく吐いて、せめて冷静に見せる。

 

 彼に見つかった以上は、もうどうしようもないとわかっていたから。

 

 ニカは静かに言う。

 

「……私を、どうするんですか?」

 

「どうするって?」

 

「あなたがここに出てきて、何もせずに帰すということはないでしょ?」

 

「確かに、それもそうだね。……サビーナ、頼む」

 

 シャディクの言葉に、サビーナは拳銃を突き付けたまま、ニカの懐を探り、そこにあった拳銃と通信端末を取り出す。それは、ニカが組織から与えられたもので、この三日間、アスティカシアの各部を撮影したり記録したデータが入っているものだった。

 

 シャディクはサビーナからそれらを渡されると、中身を確認して言う。

 

「当然だけど、これらは没収させてもらうよ。こっちは大した情報は入っていないけれど、情報は情報だ。

 うん、あとは好きにしていいよ。地球に帰るなり、たった一人でどこかに逃げるなりしてかまわない」

 

「…………」

 

「ああ、もし帰るというなら、彼らに伝言を一つ頼もうかな。

 『武力やテロリズムで世界を変えようなんて、あまりにも旧時代的で視野の狭い考え方だ。すぐにでも諦めて日々をつつましく幸福に生きた方がいい』ってね」

 

「っ……よく、そんなことを言えますね」

 

 ニカは唇をかみながら、シャディクへ言う。

 

「私がこんな状態で帰って、そんなことを伝えて……。無事で済むわけ、ないでしょ……!」

 

 組織から命じられた暗殺も情報収集も達成できず、その端末まで紛失して、そして裏切者のシャディク・ゼネリに捕捉されたのに逃がしてもらったと。

 

 そんなことを一つでも言って、無事で済むわけがない。

 

 よくて捨てられる、もしくは楽に殺される。もっと悪ければ裏切り者だと思われて非道な目に遭うくらいしか考えられない。

 

 シャディクがやったのは、自分が手を下すことないニカへの最後通牒だ。自分で殺したりせず、彼女の"家族"に始末させようというだけの話だ。

 

 ニカが震えるのを見ながら、シャディクは冷たく言う。

 

「……悪いとは思っているよ。だが"俺"は変わった。こっちの道を選んだんだ。君たちが敵対するというのなら容赦はしない。

 それにニカ・ナナウラ。君に対しても、サビーナほどじゃないにせよ思うところがあるんだ」

 

 その目はもう、笑っていなかった。

 

「俺のたった一人の親友を、その努力を踏みにじられて許せるほど、俺は寛容じゃない。……アイツと違ってね」

 

「……そのたった一人の親友の仇と知ってて、ずっと私たちを利用してきたのはどこの誰ですか」

 

「そのこともアイツにはもうとっくに話したよ。……そしてアイツはこんな俺を許してくれた。俺たちの間には隠し事はなしだって、約束もした。

 ……一つ、話をしようか。君がこのままアイツを恨んで帰るのも、それはそれで俺には我慢できないからね」

 

 シャディクは続ける。

 

「元々、君たちが総裁の暗殺のために使った情報は、俺達が流したダミーだ。そして、アイツもそれは知っていた」

 

「っ……うそ、です」

 

「嘘じゃない。そして、そこに人が侵入したと情報が入った時、本当は武装した警備員が向かうはずだった。だけどその侵入者が俺達くらいの女の子だとわかった時、アイツは勝手に防弾の着ぐるみを着て、飛び出していった。

 ……アイツは君が不審者だと、その可能性を知って行動を共にしたんだよ」

 

 言葉を聞きながら、ニカの脳裏にあの日のことが思い出される。

 

 建物の陰に現れて外へと連れ出してくれた着ぐるみと、その後にモビルスーツを見て回ったことを。あの底抜けに明るくて、ニカのことを心から思いやってくれた人が……ニカの正体を知っていた。

 

「うそです……! だったら、私にあんなことするわけない……!!」

 

「……その日の夜にアイツは俺に言ったよ。『彼女は無関係だった』って」

 

「……っ」

 

「アスムは君のことを信じようとしていた。そういうところがアイツの危なっかしいところで、だからこそアイツを信じられる理由だ。

 君だってそれは理解していたはずだろう? 『また今度』なんて、リスクを冒してでもアイツとの再会を願った君なら」

 

「それ、は……」

 

「ああ、君は勘違いしているかもしれないけれど、君たちへ復讐しろなんて、アイツは一言も言ったことがない。言うわけがない。……あれは俺のけじめというだけだ」

 

 だから、

 

「だからニカ・ナナウラ。そんな涙を流して苦しんでいる君が、本気で助かりたいのなら……この連鎖から抜け出したかったのなら、方法はあったんだよ」

 

 シャディクは憐憫を込めて言う。

 

「アイツに全てを話せばよかった。そうすればアイツは誰を敵に回しても、君を守ってくれたはずなんだから」

 

「いまさら、そんなこと言ってどうなるんですか……!?」

 

「ただの意地の悪い仕返しさ。アイツの最後の体育祭を、その思い出を汚した君へ。そして、浅はかなことをしてこんな結果を招いた俺自身への反省でもある。

 これで言いたいことは全て済んだ……行こう、サビーナ」

 

 シャディクの言葉とともに、背中から固い感触が消える。

 

 振り返った時、銃を突き付けていたサビーナはとうに背中を向けていて、その顔をうかがい知ることはできなかった。

 

 そしてシャディクはニカへと静かに宣告した。

 

「さようなら、ニカ・ナナウラ。もう、君とは会うこともないだろう」

 

 

 

 ちょうど同じころ、地球寮の中では寮生たちが集まって、ぼんやりと考え事をしていた。

 

 その中にはアリヤだけいない。彼女は少年と一緒に格納庫の外に出て座っていて、彼らからはそんな二人の後ろ姿が見えるだけだ。

 

 そして、それを見ながら、

 

「……わーけわかんねー」

 

 ヌーノは背中を機材に預けながら上を向いて呟いた。

 

 本当に理解の外だと、困惑している声だった。

 

「わけわかんないって、そんなこと……」

 

 マルタンがその言葉を嗜めるが、ヌーノは言葉を翻したりしない。ロマン男の過去に一番立場が近いのは彼だったから。

 

「だってさ、知ってんだろ? 俺の家族のこと」

 

「……戦争孤児だもんな、お前は」

 

 オジェロの言葉にヌーノはうなずきを返す。

 

「別にスペーシアンに殺されたわけじゃないけどさ。それがスペーシアンの仕込みだったとしても、地球人同士の殺し合いだとしても……地球じゃそんなやつがごまんといるけどさ。

 家族がいなくなって、へーきでいられる奴がいるなら、そっちのほうがおかしいって……」

 

 たとえ家族仲が悪かったとしても、思うところがないなんて嘘だ。

 

 それをへらへら笑っていられるのは共感性がないか、壊れてしまっているかのどちらか。

 

 だが、ヌーノが見てきたロマン男は違う。

 

「あの先輩は、そういうサイコなやつじゃねーだろ? だからさ、わけわかんねーって思うんだよ」

 

「まあ、確かに俺もよくわかんなくなってきた……」

 

「むしろ、そういうの気にするタイプだよなパイセン。ちょっとあーしらが活躍するだけで大喜びするんだぜ?」

 

 感情的で情熱的で、友情にも厚い。どっかの古い少年漫画から出てきたのかと疑うくらいの性格をしているのだから、家族愛だって人一倍に強いはず。

 

 けれど、そんな感情はおくびにも出さず、少年は親しい友人として地球人とも付き合ってきた。なにがあったら、ああいうことができるのか。ロマン男として、ふるまっていられるのか。

 

 ミオリネが言った仰々しい覚悟という言葉の意味も、今なら誰もが理解できていた。あれはロマン男の過去を探ることが難しいとか、そういう意味じゃない。

 

 過去を知ったうえで、今までと同じ関係を続けるには覚悟がいるということだった。

 

 現に、その過去の一端を知っただけで、地球人から見える彼の姿は大きく様変わりしてしまっていた。

 

 だが子供たちは、その事実を噛みしめながらも考え続ける。

 

「ほんとにそーいうの許せんなら、俺、あの人のこと尊敬するわ。俺じゃできねーもん」

 

「先輩、なに考えてたんだろな……。実は俺達を恨んでたとか、罠とか……そう言うのじゃ絶対にねぇよ」

 

「うん、それは疑っちゃだめだと思う」

 

「……先輩、私にもすごく優しくしてくれました」

 

「……あーしにだってそうだよ。

 あの人に最初けっこーひどいこと言ったけど、それでも世話を焼いてくれた。……その恩は忘れねえって」

 

「ああ、アイツはずっとそうだったよ。……だから、今はアリヤに任せよう」

 

 各々、考えることも信じることも違う。それは当然のこと。だけれど、彼らの学園での思い出は『信じてみたい』と思わせるには十分すぎるもので。

 

 彼らは静かに、遠くの背中を見守ることにした。

 

 

 

 そして、そんな話が届かないところで、アスム・ロンドは静かに口を開いた。

 

「……八歳の頃だった。うちの会社が地球に工場を開くからって、家族総出でセレモニーに参加したんだけど。そこで……爆弾テロに遭った」

 

「アスム、辛いことならわざわざ言わなくても……」

 

「ううん、どっかで言わないとなって思ってたことだから。友達に隠し事してるのって、嫌だからさ」

 

「…………わかった。でも、本当に辛かったら、止めてもいい。ぜったいに気にしたりしないから」

 

「ありがと、やっぱ優しいなアリヤは」

 

 自分の手をそっと重ねながら真摯に言う少女にお礼を言って、アスムは微笑みながら続ける。

 

 もう辺りはすっかり暗くなっていた。だけれどまだまだ体育祭は賑やかなのが外に出るとよくわかる。

 

 遠くから聞こえてくる人々の笑い声や閉会式の準備が進められている明かり、それにどっかで誰かが打ち上げている花火なんてものも聞こえてくる。

 

 そんな光景はまさに平和を体現していて。

 

 だけれど、確かに事実として外の世界は残酷で。

 

 少年もそれをよく知っていた。

 

「犯人は……ナナウラさんが言ったように地球のテロ組織だった。

 父さんが作ろうとしていたのは兵器工場でさ、あの頃はうちの会社もそういう方向に行こうとしてて、しかも地球の人に向けるための武器を地球で作ろうって言うんだから……まあ、怒る気持ちも今は分かるよ」

 

 ただ、

 

「恨みがないわけじゃないんだ……。むしろ、すごく憎んだりもした」

 

「…………そう、なんだ」

 

「父さんと母さんはたぶん、苦しまなかったと思う。でも、妹は……ミラは長く入院したし、それでも結局……。

 俺はたまたまその場にいなかったから、生き残った意味とかも考えて、それで地球人を許せないとかそんなことを何度も思った」

 

 別に聖人君子というわけじゃない、ちゃんと怒りや悲しみを抱いていたとアスムは言う。

 

「じゃあ、なんで……?」

 

「みんなと友達になった理由? はは……だって、みんなは仇でもなんでもないでしょ? それに、確かに憎んだりしたけど今はもうやめたんだ。……そういうのはもう嫌なんだよ」

 

 地球人とか、宇宙人とか、アーシアンとかスペーシアンとか。

 

 そうすることで回っている世界が。

 

「誰かを嫌ったり、誰かを憎んだり。それが辛いことだって昔からアニメとか物語で描かれてきたのに、宇宙にでても繰り返してるなんて、悲しいだけじゃん」

 

 そもそも、と少年はそこで少しだけ暗い顔をした。

 

「そのテロ組織をけしかけたのも、俺のおじさんだった。

 よくあるお家騒動ってやつで、会社の経営権が欲しかったみたい。それで生き残った俺を反アーシアンの旗頭とかにして、兵器をもっと売ろうともしてた。

 ……結局そのおじさんも、そのまた上の誰かに尻尾きりされて、どっかに消えちゃったけど」

 

 そして、少年はその事件のことが、表に出ないようにしていた。

 

 幸いにも今のロングロンド社はコンテンツビジネスやら見た目は戦争には役に立たないけれど高性能なMS拡張パーツの販売元として順調であるし、それを率いるロマンあふれる少年社長という方がパブリックイメージとして望ましい。

 

 インタビューでそういう話題が出ないようにしたり、簡単な検索では見られないように少年も努力した。またグループの役員がテロで死んだなんてことを喧伝したくはないベネリットグループもそれに積極的に協力した。

 

 もちろん全てをなかったことにはできないし、ベネリットグループの上の方は当然の事実として知っているが。

 

 アリヤはそんな話をじっと聞いて、ただ胸の奥が痛くなるのを感じていた。

 

 少年が何気なく話すのも、きっと話を聞いてくれるアリヤが辛い思いをしないようにという思いやりだとわかっていた。触れあっている手は少年の葛藤を示すように震えていて、当時の彼が受けた心の痛みがまだ癒えていないことを感じさせる。

 

 アリヤは想像する。

 

 アスム・ロンドという少年が受けた痛みを。家族をアーシアンの恨みによって奪われ、そのさらに原因はスペーシアンである身内の欲望で。

 

 この世界がアーシアンとスペーシアンで二分されているとするなら、彼はそのどちらからも虐げられた。

 

 そんなことがまかり通る世界で、誰を信じられたのだろう、と。

 

「辛かった、よね……。ごめん、こんな言葉しか言えないけど……」

 

「あー、うん、なんか俺もゴメン。こういうのはさすがにいつもの調子で話せないし。

 でも……この世界のことが嫌いになったり、なんで生きていかないといけないのかって、そんなことも思ってたら、なんか途中で腹が立ってきてね」

 

「……え?」

 

「嘆いたり、悲しんだり。それがこの世界の常識だって思ったら、なんか、誰かを恨むとかそう言うのじゃなくて、もっとデカいことに怒りたくなったんだ。そういう常識のほうを変えたいって、そう思えた」

 

 その気持ちを抱かせたものがあった。

 

 だって、アスムには好きなものがあったから。

 

「この世界はアニメとかゲームとか、ロボットとかさ。そういう楽しいことだっていっぱいあるじゃん? 俺達の住んでる世界は悲しいものだけじゃない。この世界には……ロマンがある」

 

 だから、

 

「決めたんだよ。俺は、俺の好きなロマンで世界を変えてやろうって。もうあんなことが起こらないような世界にできたら最高だろ? だって、楽しいことばっかりになるんだから!」

 

 まだ学園の中でしか実現できていないけれど、きっといつかは世界全体を。

 

 誰もが好きなものを追及できて、悲しみも減らせる世界に。

 

(ああ、だから……)

 

 アリヤは悲しみを振り払うようにキラキラと目を輝かせて言うアスムに、言葉を失った。

 

 彼が妖怪だと言われても、誰かの反発を受けても、それで止まらない理由がようやくわかった。

 

「誰かを助けるためとか、そういう理由じゃない。結局は、俺のわがまま。アニメっぽく言ったらエゴまみれ。

 悲しいことを押し付けてくる世界へ、中指を立ててやってるだけ。俺達は楽しいことも嬉しいことも、ちゃんと自分たちで作れるんだって。……それが、俺のやりたいこと」

 

 差別があったら体を張って止めて、決闘があったらアニメみたいな機体で乱入して、子供の未来を奪うような大人がいたら、バカだと言われても立ち向かって。

 

 全部が全部、自分のわがまま。

 

 誰に言われたでもなく、自分がやりたいこと。

 

 そう笑顔で言い切った少年は、不意にアリヤへと顔を寄せると、いたずらっ子のような顔で言う。

 

「アリヤはさ、俺の名前をどうやって書くか知ってる?」

 

「え? それは……こうじゃないの?」

 

 アリヤは指でアルファベットを宙に描く。彼の学生証に書かれているのと同じ文字を。

 

 すると少年は、仰々しく指を横に振ると、さらさらっと紙に三つの単語を書き連ねた。それを見せてもらったアリヤだが、読むことはできない。アルファベットやアリヤの国の言語よりもずっと複雑だった。

 

「これは……えっと、どこの文字?」

 

「日本の漢字って言葉なんだ。俺のご先祖はそっちの出身らしくて、俺の名前はその国だとこう書くんだって」

 

 

 

『明日夢』

 

 

 

「明日に夢を見る。もっともっといい明日が、素敵な未来が待っているから。……それが、じいちゃんが俺にくれた名前」

 

 それがアスム・ロンドという少年がもらった願いなら。

 

「俺の名前は家族がくれた祝福だから。俺は俺自身が明日を好きになれるように、ロマンを追い求める! 辛いこともあるけど……この世界に生まれたことを、未来を愛せるようにって」

 

 立ち上がりながら言った少年の目は、どこまでも遠くを見ているようだった。

 

 つられてアリヤも、少年と同じものを見るように前を向く。

 

 そこにあったのは学園だ。

 

 未来ある子供たちが、それぞれに輝く未来を作りたくて通っている学び舎だ。

 

 大人の思惑も、大人の欲望も、野望も関係ない。ただ今を楽しむ青春とロマンの場所。それが少年の作りあげた景色。アスム・ロンドが作りたい世界。

 

 それはどこまでも子供っぽくて、きっと実現するには難しくて。でも、悲しいことを続けるよりはずっと良くて。

 

 そして、それを追い求めることもロマンなのだと少年は言った。

 

(ああよかった……)

 

 アリヤは本当は怖かった。

 

 あの少女に拒絶された時の少年は、どこか別の誰かのようで。自分たちに向けてくれた優しさも心も、もしかしたら無理に付けた仮面だったのかもしれないと。

 

 でも、それは違う。

 

 確かに悲しいことがあったけれども、世界はそれを強いてくるほどに残酷だけれども。

 

 だからこそ、それを受け止めてもいい未来を描きたいと少年は願っている。

 

 そう言える少年と一緒に、同じ景色を見ることができたなら、きっとその時は自分たちももっと優しい世界に生きられるはず。……それを隣で見ていたいと思った。

 

 だから、

 

「……って、まあ、そんな理由。なんか真面目に言うのも俺のキャラじゃないけどね。

 うーん、でも、さすがにナナウラさんのは対応をまずったな。俺もこんなデカいこと言っといて、まだまだ未熟っていうか……」

 

「……この石は、君の未来を暗示している」

 

「アリヤ……?」

 

 アリヤは目を閉じて、懐から赤い石を取り出した。それは少年を占う時に使っていた、彼女のお気に入りの石。だが、そんな仕草に少年は目を丸くする。

 

 目の前には占いのボードも何もない。言葉はいつもの占いのときと同じだが、石はアリヤの手に収まったままだ。

 

 アリヤはそんな少年をよそに、静かに石を胸の前で包み込み、祈るように言う。

 

「……君は勢いと力に満ちている。うまくいくならば、君は大きなことを為せるだろう。だけど方向性が定まっていないから、下手をすれば、その勢いのままで破滅へ一直線だ」

 

 それは少し前にアリヤが少年を占った時の言葉と同じ。

 

 だけれど、アリヤはそっと目を開くと、少年を見つめながらその先の未来を告げた。

 

 占いじゃない、彼女自身の言葉を。

 

「……でも、大丈夫。あなたはとても強くて、とてもやさしい人だから。

 きっとあなたが助けた人が、あなたの助けになってくれる。あなたに破滅なんて似合わないし、そんな道があっても、私たちが助けに行く」

 

 それが少年のわがままだとしても、そのわがままの進んだ先には、素晴らしい未来が待っているから。そんな少年のことを、心の底から支えたいと思う人もいる。……アリヤだって、その一人なのだから。

 

「だから……アスム。あなたはあなたのやりたいことをやって。どんな結果が待ってても、私はあなたの味方でいるから」

 

 この先のことも、そして今すぐにやろうとしていることも。

 

 そう告げられたアスムは、少しの間アリヤの顔を見つめると、照れくさそうに頬を染めながら笑った。

 

「……さすが、アリヤ。わかっちゃうんだ」

 

「もちろん、私の占いにかかればわからないことなんてない……なんてね。でも、占うまでもなく簡単だよ。ちょっとの失敗で、言葉で諦めちゃうなんて、アスムらしくない」

 

 妖怪ロマン男。アスティカシアのお祭り男。精神年齢永遠の十歳児。ロマンに魂を売ったバカ。ノンストップ野郎。

 

 どの呼び方をとっても、立ち止まっているところなんて想像できない。

 

「せっかく祭に来てくれた女の子を、泣かせて帰るなんて君の求めるロマンじゃないだろ」

 

 アリヤはまだ彼女のことを快くは思えないけれど、少年はそれで誰かを恨むような人じゃないと知っているから。

 

 だからせめてその背中を押せるように。

 

 自分が愛した男の子が、彼の名前のように明日も夢を見れるように。

 

「私が保証する。きっと君は素敵な未来を手に入れられるって。ああ、もしこの占いが外れても……その時は私でよければ慰めてあげるよ」

 

 

 

「私が好きになったのはそんなアスムだから。だから……行ってきて」

 

 

 

 その言葉を聞いた少年は、元通りの明るい底抜けの笑顔を浮かべた。彼女が好きになった一生懸命な笑顔を。

 

「アリヤ……!」

 

「ひゃっ!?」

 

「……ありがと、めっちゃ元気出た。行ってくる!!」

 

「う、うん……!」

 

 一瞬の力強い抱擁と、耳元で感じた熱。

 

 そしてアリヤがちゃんと認識する前にロマン男は『行くぞおおおおおお!! ナナウラさーん!!!!』なんて学園中に聞こえそうな大声で飛び出していく。

 

 妖怪ロマン男。

 

 その名前の通りに。

 

 そんな声なので、地球寮生にも当然聞こえていて、アリヤの後ろからどたどたと賑やかな足音が聞こえてきた。

 

「な、なんだなんだ!?」

 

「パイセン、なんかめっちゃ元気になってんじゃん!」

 

「あー、やーっぱあの人すげーわ。にんげんじゃねーわ」

 

「あ、アリヤ!? アスムはいったい……って、どうしたの?」

 

 駆け付けてきたマルタン達は、そこでアリヤを不思議そうに見つめる。

 

 アリヤはぽけーっとロマン男が走り去る方向を見ていたかと思ったら、とつぜん沸騰したように顔を真っ赤にさせてへたり込んでしまったから。

 

 そのまま顔を手で覆って、言葉にならない悲鳴を上げる少女へと、リリッケがおそるおそる尋ねる。

 

「あ、アリヤ先輩!? ど、どうしたんですか……!」

 

「い、いっちゃった……」

 

「言っちゃった?」

 

「す、好きって言っちゃった……!」

 

「「「あー…………」」」

 

 一同はそこでため息を吐き、そして声もなく笑った。

 

 ようやく見知った妖怪と、それに振り回される毎日が戻ってきたと。どんな過去があっても、結局、少年はとんでもないロマンかぶれだと。

 

 だって、こんな漫画で見たようなシチュエーションを現実にしてしまうのだから。




次回:走るロマン男、かーらーのー?

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