アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
華やかで賑やかで、それでいて人によってはとびきり奇妙な祭だった体育祭が終わって、早一週間。
閉会から数日間は学園の中はどことなく浮ついていて、暴れたりない学生たちは盛んに決闘を仕掛けたり、一部のロマン派は奇怪な行動をしたりとあわただしい雰囲気があったが一週間もたつと、さすがにそんな空気は沈静化。
再び子供たちは日々の勉学に、あるいは部活に、もしくは学内企業の仕事にと邁進している。
それはもちろんベネリットグループ御三家であり、体育祭でMVPを飾ったジェターク寮でも同じ。素晴らしい結果を得たからと言っても慢心はせず、むしろ内外から注目されたり、グエルグッズの売り上げがとうとうMS部門の年間売り上げを超えそうだとかいう将来の瀬戸際を迎えているので、改めて身を引き締めなければという雰囲気が寮にはあった。
体育会系が多く、古い気質の人間がトップを張っているジェターク社だからこそ、生徒にもその堅実さが受け継がれているのだろう。
しかし、その寮内で、
「フェルシー、ペトラ、兄さんがどこに行ったか知らないか?」
ラウダはどことなく焦った顔でグエルを探していた。
そんな様子にラウンジで雑談していた女子二人もお菓子をつまむ手を止めてラウダをきょとんと見る。
「えっ、グエル先輩いないんすか?」
「私たちも見てないですけど……」
「そうか……。いや、悪かったな邪魔をして。たぶん、散歩や買い出しだろう」
しかしラウダの様子は言葉とは裏腹に、髪をいじりながらの悩まし気なものだ。
特に大きな心配というわけではない。水星女に告白、もといプロポーズをしたり、体育祭で大暴走をしたことと比べれば取るに足らないことだ。
ただ、
(ここ数日、兄さんは夜に出かけることが多くなった。しかも、その出ていくところを誰も見ていない。……まるで、隠れるようにして寮からいなくなる)
そこがラウダには気になる。
グエルは誰よりも誇り高く堂々とした性格をしている。そしてこのジェターク寮の仲間への情も厚く、外に出ていくときも正門から誰に恥じることもなく出ていた。
こんなに"こそこそ"という言葉が似合わない男はいない。
だからこそ、ここしばらくの夜間外出には特別な意図があるのではないかと、ラウダは詳細につけているグエルの行動記録から推察した。
そう、例えば……
(ま、まさか、兄さんは今頃水星女と……!!)
ラウダの脳内では、なぜかキラキラとファンタジーじみた空間で愛を交わし合う敬愛する兄と田舎者の水星女の映像が流れ始める。ついでにラウダの額からは嫌な汗も流れ始める。
(くっ……! そういえば選抜戦でも二人はいい雰囲気だったと聞いた……。まさか本当に水星女と付き合い始めたのか!? 弟に黙って!?)
元から、あのミオリネとの婚約なんて父親の出世欲と思惑がなければグエルにとってもジェターク社にとっても百害あって一利なしだと思っていたラウダ。
兄にはもっとおしとやかで気立ての良い女性との結婚が望ましいとひそかに考えていたが、それは断じてあの大雑把な水星女ではない。しかも水星女と結婚した途端、ミオリネまでプラスでついてきてジェタークを独裁し始めるのは明らかなのだ。
けれども兄は理解してくれず、むしろどんどんとのめりこんでいくばかり。
それがとうとう、こんな行動にまでつながっていたとしたら……
「おのれぇ……! 水星女ぁああああああ!!」
ラウダの叫びがジェターク寮にむなしく響き、フェルシーたちはそそくさとその場を退散していった。
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
そして弟がそんなことになっているとも知らないグエルはと言えば……
「ふぅ……♪」
穏やかなため息をつきながら一人の時間を満喫していた。
彼の目の前にはパチパチと音を立てながら小さな炎を上げる焚火台。そのさらに後ろにはちょっとしたハンモックやら調理器具やら、テントまで置かれているのだ。
誰がどう見ても、それは一人キャンプのセット。
そう、グエルはキャンプをしていた。学園の中、一人で。
グエルはオレンジ色の暖かい炎を見つめながら、穏やかに考える。
(ああ、俺に必要なのはこういう時間だったんだ……)
きっかけは体育祭が終わった次の日。
体育祭で一番話題になったのは盛大に告白をかましたロマン男だが、グエルとて選抜戦での活躍や口コミで広がったスレッタとのロマンスで噂の的には変わりない。
外に出るたびに学生たちから好奇の目で見られたり、一人になっても部屋には例のデート券が置かれているのでスレッタをどう誘えばいいのか悶々と心が休まらない。
そんな時グエルは、ネットである記事を見つけた。
『男の癒しの空間へ 一人キャンプの極意』
「こ、これだ……!!」
グエルは天啓が下りたような気持ちになった。
元から行動派であり、部屋でじっとしているよりは動いていることが好きなグエル。御曹司という立場では叶うべくもなかったが、自給自足の生活にも憧れのような気持ちがあった。
そしてさらに偶然は続く。
日課としているジョギングのコースを気まぐれに変えたところ、林道の奥に少し開けた空間があったのだ。学園の景観と防火対策のために流されている小川に似せた水路まで隣接してる絶好のキャンプ場所。
ここだ、と思い、すぐさまグエルはグッズを購入。連日のようにこっそりと夜に寮を抜け出しては一人の時間を楽しんでいた。
そして今もグエルは焚火でマシュマロを焼き、自分で挽いたコーヒーを飲みながらキャンプを満喫している。
「ふっ……今の俺はジェタークの御曹司でもなんでもない。グエル・ジェタークという名前も意味をなさない。そう、ただ一匹の男。さながら……ボブ、とでも呼んでもらおうか」
自分で自分自身の衣食住を確保する。
それは究極的な自由であり、精神の開放。
そんな謳い文句を真に受けたグエル、いやこの空間においてはボブは、キャンプにドハマりしていた。今の目標はこの小さな空間をより豊かにしていくこと。
そしてゆくゆくは……スレッタを招待して、二人っきりで穏やかな時間を過ごすのも良いかもしれない、なんて妄想まで広がっていく。
だがきっとスレッタは喜んでくれるはずだ、とボブは確信していた。
焚火でとろりと溶けたマシュマロは、ビスケットに挟むことで極上のスイーツへと早変わり。コーヒーだって、プロによって淹れられた最高品質のものをジェタークで何度も飲んだことがあるが、今飲んでいるものほどにグエルの心を満たすことはなかった。
かつては土いじりに精を出すミオリネを愚かだと思ったこともあったが、それもボブは取り消す。
ちょっとしたキャンプでこれなのだ。ミオリネのように一から食べ物を作って収穫したら、この何倍もの満足度を得ることができるだろう、と。
責任ある立場から逃れて、一人の人間として充実な時間を過ごす少年。
このまま彼はゆったりと人生を豊かにしていく……と思われたが。
『まったく……こんなところに誰かがいるわけないだろ?』
「っ……!?」
『いやいやっ! 自治会に相談が来たんだって! 散歩してたらガサガサって音がしたってさ! きっとトラとかライオン、いや、妖怪が潜んでいるに違いないっ!!』
『その場合、妖怪はお前だ』
「こ、この声は……!?」
少し離れたところから聞こえた声に、ボブから戻ったグエルは飛び上がる。
明らかに何者かを探している風な二人が近くにいる。しかもそのどちらもグエルにとっては知り合いであり、そして片方は何があってもこの場では見つかりたくなかった相手。
「あのバカとエラン!? な、なんでここに……!!」
そうロマン男とエランだった。
二人は懐中電灯を片手に林の中を歩き回っている。グエルに聞こえてくる話では、グエルが行っていたキャンプの音を不審に思った学生が、ロマン男の自治会へと相談したらしい。
確かにグエルがいるのは外からは見えにくい位置であるが、パチパチという音やハンモックに結んだ木々は変な揺れ方をする。しかも焚火の炎のせいで明るくなるので、そういう意味でも不審に思う下地はあった。
グエルは急いで自分の大きな体で焚火を隠すと、必死に考える。
(まずい、まずいぞ……! もしあいつらにばれたら、どんな変なことになるか!? せっかく俺は癒しの空間を手に入れたのに……!!)
グエルの脳内にはまたもや学園中にグエルがキャンプしていたことが広まり、『ぐえキャンのススメ!』やら『ジェターク流キャンプ術』やら変なポーズでキメ顔をしているグエルの本が大量に出版される光景がありありと浮かぶ。
この絶体絶命のピンチをどうやって乗り切るか。グエルは考えるが、現実は非情である。
かちゃり、とグエルの足が焚火台へと触れて、音が鳴り。
そして、
「おっ……! あっちから音がしたぞ!!」
「まさか、こんな夜中にはしゃぐ奴がお前以外に……?」
「さすがに学生じゃ……へ?」
やってくる破滅の足音という名のロマン男。
彼はひょっこりと顔を出すと冷や汗をだらだらと流しているグエルを確認し、数秒だけぽかんと口を開ける。おそらく彼にとってもグエルがここに現れるなんて予想外だったのだろう。
だが状況を認識した妖怪は、それはそれは楽しそうな笑顔でいうのだ。
「楽しそうなことしてんじゃん、グエル♪」
「お、おわった……」
そしてグエルの顔に絶望がよぎってから数十分後。
「おい、その肉は俺が育ててたやつだぞ!! よこせ、このバカ!!」
「嫌ですぅーっ! 網の上は平等ですぅ! ケチケチすんな!」
「ケチってなんだ、ケチって!? ここは俺の城だぞ!? って、おい! エランもしれっと盗ってんじゃねえよ!?」
「……さすがグエル・ジェターク。肉の育て方も丁寧だ」
「そんなことで褒められても嬉しくねぇよ!?」
グエルの静かな男の空間は、にぎやかなバカ騒ぎに変わっていた。
グエルを見つけてにやりと笑ったロマン男。その時、グエルはきっとすぐにでも学園中に広まってしまうと思ったのだが、ロマン男は吹聴するようなことはしなかった。
代わりに、
『肉もってきて、バーベキューしようぜ!』
なんて提案し、グエルの返事を待たずに自分の寮から大量の肉と野菜を持ってきてしまった。
ロマン男曰く、
『人のロマンを邪魔するようなことはしないっての!』
とのこと。グエルは珍しく、妖怪ロマン男のことを見直した。
そして現在、グエルとエラン、そしてロマン男の三人はぎゃーぎゃーと騒ぎながら肉を焼いて、夜食にしている。
グエルとしても、ちょうど小腹がすいていたので良いタイミングだった。
「この肉、けっこういいとこのを使ってんだろ?」
グエルは焼きあがった厚切りの霜降り肉を味わいながらつぶやく。
噛みしめるほどにあふれ出す甘い肉汁と油。それでいて筋もなく、簡単に嚙み切れては胃へと収まっていく。高級肉も飽きるほどに食べたグエルをして、この肉はいいものだと思えた。
「ああ、これな。食堂に卸してもらってる地球の精肉所から、いつものお礼にって貰ってさ」
「まだまだたくさん残っているよ。どうせうちの寮生総出でも食べきれなかっただろうし、遠慮しないでいい」
「はぁ……、あの食堂の材料は地球産が多いって聞いたが。そういや、お前は理事もやってたな。バカのくせに」
「学生の健全な育成と将来のためですから? そりゃ最高品質の食材を用意するに決まってんじゃん! ま、地球から持ってくるのは多少手間だけど、その分、味は保証できるよ」
もちろん、農業フロントで大量生産されている食材を使う方が楽なのだが、宇宙での生育を優先して遺伝子改変を施された野菜や畜産物たちは、どこか味が物足りないものがある。
その点で地球産のそれらは、運ぶ手間や地域的な不安定さは抱えつつ、母なる大地によって健全にはぐくまれた良質なもの。きっちりと業者にはフェアトレードを結び、全面的に協力してもらっていた。
(悔しいが、うめぇ……)
グエルは勢いよく肉を喰らいながら考える。
今、目の前ではバカが小さなフライパンまで取り出して、厚切りのステーキをフランベして仕上げているところだった。じゅうじゅうという音が、これまた食欲を誘う。
グエル自身は地球という場所にそれほど思い入れもなく、その分、差別意識も少ないが、地球の食料が一番だという人間の言うことがようやく理解できた気がした。こんなに美味いものが食べれるなら、将来、地球の農家に投資してもいいかもしれないと思うほどに。
そうして成長期の子供らしくたらふく食べた三人は、さすがに食べたばかりではしゃぎ続ける元気もなく、焚火を囲みながらのんびりとすることにした。
ロマン男は焚火を見つめながら静かに呟く。
「……なんか、こういうの青春っぽくていいな」
「青春がどうとかは知らないけれど、同感だね。火を見ていると安心するのは、人間の本能なのかな?」
「余計なことを考えるんじゃねえ。この空間を楽しむ極意はな、何も考えずに受け入れることだ」
「ぐ、グエルが悟りを開いてる……! これがZENってやつか!?」
「だから騒ぐんじゃねえって言ってんだろが!?」
「落ち着きなよ、バカ二人」
「「……おう」」
「「「………………」」」
「……いいな」
「いい……」
「ああ……」
もはや言葉はいらない。
確かにグエルの言う通りに頭の中を空っぽにして火を見ていると、なんだかいつも悩んでいることがちっぽけなことのように思えてくる。
人間という種が火を利用することを覚えてから数千年以上。
かつての先祖たちもこんな風に火を囲みながら会話をしていたのだろうし、宇宙に進出したとしても変わらないものがあるのだと、哲学的なことまで考えてしまう。
そしてそんな太古の昔や人類のことを焚火の前で考えることも、
「……これもまた、最高のロマンだ」
少年が呟くとグエルはわずかに顔を上げ、静かに問いかけてくる。
「よくわかんねぇな、そのロマンってのは。お前は何でもかんでもロマンだロマンだ言ってるが、定義はなんだ」
「別になんでもいいんだよ。俺にとってはロボットだったり青春だったり、そういうものだけど。なんかが好きだったり、なんかになりたいって思える対象はなんでもロマンだ。
グエルだって、こういう一人キャンプとか焚火に憧れたから、こんなことやってんだろ? 立派なロマンチストだって」
「そういうもんか……」
グエルは考える。以前のエアリアルとの戦いでは、泥臭くも必死な戦いにロマンというものの片鱗を感じた。
今、こうして焚火を囲っているのはそんな熱狂とは真逆。それにバカたちが来てからは一人の静寂などどこかへ行って、肉を食ってのバカ騒ぎだ。
そして、そんなバカ騒ぎも悪くはなかった。
この悪くないという感傷がロマンだというのなら。
「……そういうロマンは悪くねぇな」
「はは♪ そーだろ?」
ロマン男が掲げたマグカップに、グエルは自然と自分のそれを打ち付ける。カチンと小気味のいい音がして中身のコーヒーが揺れる。
(そういえば、こいつとこういう話をしたことはなかったな……)
思い返すとロマン男とグエルは長い付き合いだ。
きっかけは学園に入学して早々、決闘で頭角を現して、今では思い返すのも恥ずかしいほどに天狗になっていたグエルへ、いきなりあのヴィクトリオンを持ってきてロマン男が決闘を挑んできたこと。
結果、初戦はグエルの敗退。
あからさまな慢心が原因で、初手ロケットパンチに負けたのだ。
(だが、それもいい経験だ……)
負けてプライドも折れ、父からも叱責され、周りからもからかいの視線を浴びた。だが、それでへこたれるグエルではなかったし、次に決闘を自分から挑んだ時には見事にロマン男を破っている。
そうしてそんな追って追われての関係が二年も続いて、とうとう学園生としては最終学年。
火を見つめながら改めてその事実を噛みしめたグエルは、静かに言う。
「おい、アスム・ロンド……」
「…………へ?」
「お前の名前だろ!? なんでそんな顔してんだ!?」
「……いや、グエルが名前で呼んでくるのマジで珍しいし」
なぜか嬉しそうにニヘラと笑う少年へ、グエルは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「……俺はまだホルダーを諦めたわけじゃねえ。ミオリネとの婚約は願い下げだし、ジェタークがベネリットを支配することにも興味はない。……だが、学園最強の座は俺のものだ。今は違ってもな。
そして……」
自分の実力でエアリアルを超え、トップに返り咲いたときには。
「あの時のスレッタとの決闘の条件を忘れんな。お前と本気で戦って、俺が勝つ……!
もうロケットパンチだのそういうふざけたギミックでもなんでも持ってきやがれ。正面から打ち破って、卒業してやる」
それが、
「それが俺のロマンだからな……!」
グエルはそう言って笑った。
つられてロマン男も調子良さそうに笑いだす。
それを横で見ていたエランには、なにがそんなに愉快なのかはわからないが、口に出してつっこむのは野暮に思えた。
そうして静かに夜は更けていく。
思いがけず始まった三人の男の宴はその後も続き、三人そろって寝落ちして登校中の学生たちに見つかって逃亡することになるのだが、それはまた別の話だ。