アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

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03.「花嫁」とロマン

 かつてのミオリネ・レンブランにとって、世界とは大多数の敵とその他の傍観者だけを区別すればいいシンプルな構造だった。

 

 たった一人の肉親でありながら人生を束縛してくる強権的な父親。その父親のいいなりとなって束縛してくる大人たち。権力と無駄な知能だけはあるくせに、小娘の隙を見つけては取り入ろうと、あるいは骨の髄までむしゃぶろうとする俗物たち。

 

 それは同世代であっても同じだ。ミオリネの立場を知ろうものなら、遠ざかるばかりか、敵意ややっかみを向けてくる者ばかり。

 

 幼いころからベネリットグループという世界の権力闘争というものを呆れ果てるほどに見てきたミオリネ。

 

 だから今でも、よほどの人畜無害でないかぎり、ミオリネは出会ったばかりの人間は自動的に敵認定することに決めている。後々、それが有益な人間であったならばガードを下げればいいだけで、下手に裏切られたりするよりは被害が少ないからだ。

 

 だが、そんな彼女をして"幼馴染"というらしくない親しい名称で呼ぶ数少ない者たちがいる。その一人の"あの男"について、ミオリネはどう思っているのか。

 

 アスティカシアのお祭り男。ロマンだけで生きていける怪人。あるいは子供社長。

 

 世間で、学園で、彼を呼ぶ名前は数多あれども、ミオリネが抱くのはとてもシンプルな感想だ。

 

 

 

『バカ』

 

 

 

 ただ、それだけである。

 

 幼馴染ゆえの照れ隠しでも、ほのかな好意が混じっているわけでもなく、心の底からバカだと思っている。

 

 彼女を取り巻く男たちは大なり小なりバカだと思っているが、考えなしのバカよりも、考えすぎるバカよりも、真正のバカはひと際タチが悪い。

 

 それはミオリネにとって、悪口でもなんでもない事実である。

 

 自身の入学初日にモビルスーツで乗り込んではダイナミック着地をかましたり、ミオリネの入学初日にモビルスーツ総動員で歓迎の横断幕を張ってみせたりと、どこの世界の子供でもやらないだろう奇行ばかり。

 

 その原動力の古臭いロマンとやらも理解できない上に、騒がしく、距離もやたらと近いと来たものだ。既に慣れきってしまったからあえて言わないだけで、一目見ただけで百や二百は苦言が出てくる。水と油でもまだ親和性があるだろう。

 

 では、なぜそんなバカとの付き合いが続いているのかといえば、友情とは程遠い利害関係で始まり、その後はトマトにくっついてくる虫のようにしつこい腐れ縁というだけ。

 

 しかも、ただの虫であればいいが、七色に光る電飾を体中に括り付けた虫。

 

 最初の結んだ縁がこんなに強固でなければ、とうに殺虫剤を振りかけて始末している。

 

 だから、

 

「だから、アンタの助けなんていらないし、借りないわよ。私は私の好きなようにやるだけ」

 

「元からそのつもりだよ。俺は女帝様のお通りだから見送りに来ただけ。なんとか事態を好転してくれないかなーって期待を込めて」

 

「ふん。そんなさも余裕だって顔しておいて、どうせアンタは追い出されただけでしょ? とっくに審問は始まってる時間だしね」

 

「……いや、惜しかったんだって。あの守衛と会ったことがなければ、しれっと変装してもぐりこめたのに」

 

「アンタに認証システムって基本的な仕組みを教えてやりたいわよ。それを理解する脳髄は空でしょうけど」

 

 ミオリネは氷点下の侮蔑を告げ、恵まれた長躯で過剰にポーズをとって台無しにしているバカの横を通り過ぎる。

 

 エアリアルへの審問が行われる本社フロントに乗り込んで、その道すがらに待ち構えていると思えば、特に有益な情報も武器もよこすことなく追い出されただけと来たものだ。

 

 つくづくバカはどこまでいってもバカであり、波風を立てるだけ立てて、一つも収束させることなどできないバカなのだと思い知る。ミオリネ自身の人生がかかってなければ、率先してバカの処分を重くするよう工作していただろう。

 

「せいぜい、このミオリネ・レンブランを崇拝して、神頼みでもしてなさい。私の都合ついでに、アンタの間抜けな頭、もう少しつなげておいてあげるから」

 

 本当にバカはバカで、何年たっても直らない。

 

 だが、そんなバカのことを考えながら、ミオリネはふと口元に笑みを浮かべた。

 

(でも一つだけ、バカから学んだこともあるわね)

 

 彼と出会うまで、ミオリネはまだ世界を甘く見ていた。

 

 というよりも期待を捨てきれないでいた。この世界にはどこかに楽園があるのだとか、自分が不満を示していれば、周りが変わってくれるとか、そんな甘い希望にすがっていた。

 

 だが、いくら辛辣にしても、物理的に叩き潰しても不死鳥のように立ち上がってはミオリネにまとわりつく妖怪を見続けて、ミオリネは呆れとともに悟ったのだ。

 

 世の中にはどうしようもないものがいるのだと。

 

(バカに付ける薬はないって、先人は偉大な言葉を残したわね)

 

 ロマン男も、父親も、会社も、世界も。自分で変化する能を持たないどうしようもないもの。だったら期待して待つなんて、無駄でしかない。

 

 どうしようもないのなら、変な希望なんて捨て去って、

 

「立ち向かうしかないのよ」

 

 周りが変わらないなら、自分で変えてやる。たとえ今は枷でしかなくとも、何もかもを利用して自由になってやる。

 

 父親の権力も、ベネリットのブランドも、そしてロマン男のうっとうしい友情も。裏を返せばミオリネの道具であり、武器なのだから。

 

 それに気づいたとき、ミオリネはとてもすがすがしい気持ちになった。

 

 バカはその時も隣でアニメの主題歌を歌いながら踊り狂っていたが、そんな姿に一瞬感謝をしてしまったほどだ。

 

(性に合ってるのよ。私は振り回される側じゃなくて振り回す側なの)

 

 生粋の反骨精神、プライドの塊、女帝の資質。

 

(ここは、私の舞台だ)

 

 ミオリネが望むのは、自分を中心とした世界だ。

 

 

 

「待ちなさい、デリング・レンブラン」

 

 

 

 評議会の議場。

 

 エアリアルの魔女裁判。

 

 ベネリットグループという世界の中心地。

 

 そこへ静かに表れたミオリネは、一言で喧騒を黙らせると、議場のど真ん中を悠然と縦断しながら、檀上にいる父親へと視線を送った。

 

「王様気取りで論も利もない結論を下すなんて、この私が認めないわ」

 

「認めない? 地位も力も持たないお前が、なんのつもりだ?」

 

「聞きたいなら教えてあげる。未来の女王様よ」

 

 凛とした迷いもない声。

 

 ミオリネは下から、デリングは上から。二つのよく似た冷たい視線はぶつかり合い、それを周囲で見守る大人たちはすぅと波が引いたように押し黙る。

 

 ミオリネは静かな高揚と、一歩でも踏み間違えれば破滅へと向かうスリルに肌を震わせる。自分がいるべきはこの舞台なのだと全身が訴える。

 

 そうしながらも、ミオリネの持って生まれた才気は、瞬く間に望む結末への筋道を描いていくのだ。

 

 評議会とエアリアルの開発者、プロスペラ・マーキュリー間での議論は平行線になっている。

 

 エアリアルがGUNDフォーマットを使用しているという数値上の証拠もなく、だとしても新型ドローン技術だという説明に信憑性の欠片もない。

 

 だから独裁者はガンダムであると裁断を下し、周りの臣下にも服従を強いろうとしている。

 

 だが、「それはあの糞親父だけの思惑だ」とミオリネは理解していた。

 

 周囲の臣下には、エアリアルの破棄を望まない者が多くいる。

 

(エアリアルには利用価値がある。それをここにいる誰もが知っている。倫理だなんだと言いながら、心の底から順守しようなんて聖人はいないでしょう?

 アンタたちは全員、呪われた兵器産業を糧にしているんだから。喉から手が出るほどにエアリアルの技術は欲しいのよね?)

 

 ならばこそ、ひとたび目に見えるエサを、エアリアル破棄を回避できる正当な道筋さえ用意してしまえば、こちらのものだ。あとは雪崩のように賛同者が増える。

 

 そこに自分の利益、家族間の問題であるはずの婚約や退学まで混ぜ込むことも忘れはしない。ベットは大きく、リスクを取るなら利益は最大に。

 

「議論で決着がつかないというのなら、あなたの定めたルールの下で白黒をつけましょう? それがあなたたち大人のやり方なんだから」

 

 そうしてミオリネは世界の中心で宣言するのだ。

 

 

「さあ、決闘の時間よ」

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