アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
「それで、どうするのよ?」
「んー、どうするって?」
「スレッタのこと。なんか、強くなりたいとかアンタに相談したんでしょ?」
「だから改造計画してみたけど、ほら、どっかの出資者様がNOを出したわけで」
「どっかのバカが現実感のない案をもってくるからでしょ……」
薄暗い部屋の中で、男女の声がする。
どちらもどこかぼんやりとして力の抜けた様子。これが仮にいい雰囲気の部屋であったら、お互いへの気安さもあって睦事のように聞く人は思うかもしれない。
だが現実として、書類やら何やらが散乱しまくったお世辞にもキレイとは言えない部屋の中で、疲れ果てて机に突っ伏してる姿を見ると、そんな印象もなくなってしまう。
どこまで行っても男女の色気やら何やらを感じないというのがこの二人だった。
ロマン男とミオリネ・レンブラン。二人が夜な夜な行っているのは、新会社設立に向けての事業計画である。それは主にミオリネの父、デリングに見せるためのものであり、同時に近々行われるインキュベーションパーティーで出資者を募るためのものでもあった。
とはいえ、それはかなり難航する作業。
現実にGUND-ARMは禁止されている兵器であるし、エアリアルの存在から薄々グループ内でも有用性は見直されているとはいっても忌避感情のほうがまだ強いだろう。
ミオリネの個人資産をすべて注ぎ込んで、ついでにロマン男からも資金提供を受ければ会社を作ること自体はできるが、会社とは社会から受け入れてもらわなければ存続などできない。
その一歩であり最難関が、総裁のデリングに認められることであり、そして身内以外の第三者から投資を受ける、つまりは信用してもらうということ。
だからそのために知恵を絞っているのだが、なかなかまとまり切らず、共通の話題として話しやすいスレッタのことを話題に出して気分転換をしていた。
ロマン男が机に頬杖をつきながら言う。
「でもスレッタさんの強くなりたいって、別に武力の話じゃないんだよなぁ……」
「まあ、そうね。あの子はそこ辺りをまだ区別できてないかもしれないけど」
エアリアルを強化したいというのなら、それこそ現時点で最強格なので、追加武装やら出力を上げれば事足りる。スレッタ本人だって繊細な救助作業をできるほど操縦技術が卓越しているし、勉学もごく特定分野に限ればかなり優秀だ。
だからスレッタが今感じているような周りに対する焦燥感というのは、彼女個人の心の持ちようから生まれているもの。
それは大きな力を与えたところで解決することはないだろう。
「だから新入社員の研修の場にして、ついでにスレッタに『なんか違うな』って思わせようとしたってわけ? めんどくさいことするわね」
「ロマンって言えよ、ロマンって……。まあ、とはいえこのまま放っておくってのは先輩としてナシだからね」
「なんか嫌な予感がするんだけど……」
「心の成長は、よりたくさんの経験をすることによって達成される! ということで、アニメを見せます! 漫画も、ゲームも!」
「ロマン色に染めようとしてるだけじゃない!?」
「でもマジでスレッタさんに必要なの、それじゃねえの? 今まで生きてきた世界が狭かっただろうし、いろんな物語を見て、自分の考えを見直すことが」
「…………アンタ、ほんっとに聞こえのいい言葉に変換するの得意よね。詐欺師になれるわよ」
だがその考え自体にはミオリネも同意だった。
あの同年代のはずなのにどうにも子供っぽく純粋な婚約者が成長するには、よりたくさんの経験を積まなければいけない。そして実際にこの学園に来て友人を増やしたり日夜がんばっていることでそれは達成しつつあるのだが、それでも誰か別の人間の考え方やら人生を俯瞰してみるのに物語に触れることは大事なのだ。
なのでしぶしぶ、ミオリネもロマン男にうなずく。
「はぁ……スレッタに見せる作品のリスト、私にも共有しなさい」
「マジで過保護のママすぎんだろ……」
「うっさい……!」
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
「パーティー、ですか?」
「そう。ベネリットグループのインキュベーションパーティーがあるんだけど、一緒に来ない?」
そして数日後、地球寮を訪れたミオリネは、そう言ってスレッタを誘った。
「簡単に言えば企業同士の懇親会と、新規事業の立ち上げを狙うやつがプレゼンを行う会よ。私もそこでガンダム研究の会社を提案しようと思ってる」
「会社……ですか」
「……やっぱり、まだ迷ってる?」
「い、いえ……! その、ミオリネさんならエアリアルのこと、大事にしてくれるって、わかってますけど……」
スレッタは困ったように苦笑いしながら、だんだんと視線を下げていく。
ミオリネの説明する限り、新会社はスレッタにとっても役に立つものだ。GUND-ARM技術を世界に認めさせるためにエアリアル、ひいてはGUND-ARMの安全性を研究開発するための会社。
今のままではいずれエアリアルがガンダムであるという証拠が出て、エアリアルが廃棄されてしまう。ミオリネ達と同様に他の企業も薄々は勘づいているだろうからだ。
遅かれ早かれ、またエアリアルは魔女裁判にかけられることになるだろう。
とにかく、スレッタにもエアリアルが依然ピンチであり、新会社はエアリアルを守るためというのは理解できている。……のだが、ことが大きすぎてどう進むのが正しいのか彼女にはわからない。
そして、スレッタと同じ気持ちを持っている子は他にもいた。
「で、結局ガンダムでどんなふうに金儲けすんだ?」
「スペーシアンだけの兵器とか、ぜってー作りたくないんだけど!」
オジェロとチュチュがミオリネに疑い交じりの視線を向けてくる。
ミオリネはなるべく御三家やベネリットグループの影響を受けたくないという理由から、地球寮生を社員として登用する予定だった。そしてそれを当の地球寮生にも伝えている。
だが、その後の反応は様々だ。そもそも会社ができないと社員という話もなし。会社ができたとて、危険視されているGUND-ARM研究は怖い。それに商品が一つもないのに、どうやって給料を払うというのかという現実的な意見も。
一方で、
「自分たちで会社を立ち上げるっていうのは、期待しちゃうんだけどね……」
マルタンもGUND-ARMは怖いという立場だが、アリヤと違って今後の就職先が見つからない立場からしたら新会社のメンバーになるというのは魅力的だ。
そんないろいろな意見を聞いたミオリネは、ため息をつきつつ、
「わかったわよ。ちゃんと説明するから、ちょっと集まって」
と言って地球寮生とスレッタを集めて説明をすることにした。
全ては会社ができたらという前提だが、
「目指すのはまず、安全なGUNDフォーマットの研究。これに関しては既にエアリアルが存在するから、その秘密を解き明かせば達成できるはず」
それはミオリネにとっても大きな課題である、エアリアルがどうして自分のところへ送り込まれたのかということを調べることにもつながる。
「で、そこからどうやって会社に利益を出していくかってことだけど……。そこはあのバカと話をして決めたわ」
「医療と宇宙開発よ」
「医療?」
「宇宙、開発……?」
「それは兵器としては開発しないということかい?」
困惑する地球寮生を代表して、アリヤがミオリネに尋ねる。
するとミオリネは至極まじめな表情でうなずいた。
「そうよ。確かに短期的に利益を出すというのなら、兵器で売るのが確実。既にエアリアルが決闘や体育祭を通して強大な兵器となるのは示しちゃってるしね。
でも、GUND-ARMを兵器として売ることは御三家だったり、グループの余計な妨害を生みかねないし、私やあのバカも殺人兵器の開発者として名前を売りたいわけじゃない」
特にロマン男は殺傷用の兵器販売には強い忌避感をもっている。
それにGUND-ARMの特性上、兵器開発を進めた先の未来はかなり暗いものだという印象がぬぐえないのもあった。
そんな説明に対して全員がなんとなくでも同意している空気を感じながら、ミオリネは続ける。
「実はペイル社から引き抜いたGUND-ARM研究のエンジニアから、元々のGUNDの理想を教えてもらったの。
提唱者のカルド・ナボ博士は、GUNDフォーマットを人がよりよく宇宙で生きるための技術としてみなしていたみたいね」
そして生み出されたのがGUNDフォーマットを使った人の意思にたがわず動く義肢であったり、人工の臓器。MSとしてのガンダムも、兵器の延長線上ではなく、人間の体の拡張パーツとしてみていたようだ。
(まあ、それじゃ開発資金が集まらなかったから、オックスアース社から兵器転用を条件に出資を受けて、それが結局はヴァナディース事変につながったわけだけど……
私たちの場合はエアリアルという成功例があるから、まだましね)
つまり、ミオリネの方針は先人の肩の上に乗っかって、その先を目指すというもの。
元から医療と宇宙開発のために生まれた理論を、厄ネタな兵器開発をさけて実現すればいい。
ただ自分たちはそのつもりでも、兵器にしたい輩はごまんといるだろうし、そのための対策を練らなければいけないのは確かなのだが……
「とにかく、最初はGUNDフォーマットを使った義手義足の復活から始めるわ。
GUNDフォーマットの封印と一緒に廃れちゃったけど、二十年前に一度は確立されつつあった技術。これは開発にも苦労はしないはず」
「義手、か……」
「そう言うのなら、悪くねぇな……」
ミオリネの言葉に、チュチュやヌーノが感嘆のようなことを漏らす。チュチュが世話になっている地球の知り合いにも、優秀な義肢がなくて困っている人はいる。それに戦争孤児であるヌーノもまた、戦場において四肢をなくして命を落とした者を見たことがあった。
ミオリネにとってもこの方針に決断を下した理由は、アスム・ロンドがカルド博士の映像を見ていた時にこぼした、
『こういうのあったら、ミラもまだ生きてたかもな……』
という小さな言葉。
彼の妹がテロに遭った後、多臓器不全で長く入院した末に命を落としたことをミオリネも知っていた。
それにことさら感傷を抱くつもりはないが、この研究開発を望む需要は確かにある。ガンダムを認めさせるうえで不可欠な世間の意識改善にも、医療技術というのはいい方針でもあった。
そして二つ目の宇宙開発についても、この中で特に利益を受けられる人物がいる。
「あのバカがどんどん宇宙開発しようぜって方針なのもそうだけど……スレッタにとっても悪い話じゃない。例えば水星っていう極限環境の開発にも、ガンダムは有用よ」
「水星に……」
「GUNDの最終形はきっと、人とまったく同じ動作ができる巨大な体を作ること。それが可能になれば、人類の居住域の開拓もより広げられるはず。水星を今より住みやすい環境にできれば、アンタの夢である学校をつくることにもつながるわ」
ただ、あくまでそれは夢の話。
「ま、全部うまくいけばの話だけどね」
だからミオリネは全てを話したうえでスレッタに問いかける。
アンタはこの話に乗るかどうか。
ミオリネの人生にもあった、ベットするかどうかの最終判断。
人生はギャンブルとまで極端なことは言わないが、世の物事に確実な成功を約束するものなんてない。どこかで人生を賭ける決断をしなければいけないというのが彼女の今の考え方だった。
どこかのバカはその決断を"ロマン"の名のもとに乱発しているが……
「地球寮のみんなはまだゆっくり考えてもらっていいわ。出資者が集まらなかったら、この話も断ち消えだしね。……ただ、スレッタの答えは聞かせてほしい。
これは友達としてでも、ましてや婚約者としての要求じゃない。あくまでアンタがこの話に希望をもてるかという話よ」
結局ミオリネにできるのは、事実や目標をしっかりと説明することぐらいだ。
仮にロマン男なら、もっと周囲の熱を高めて、その気にさせて、巨大な組織を一枚岩で動かすようなことさえできるだろう。あの男が優れているのはそう言う"夢"という目標意識を生み出すことだから。
ミオリネにそういう芸当はできないし、その分を経営理論や女帝としての絶対性を押し出すことで補っている。
だがスレッタに対するときは違う。
他の人々と異なってスレッタにはミオリネの内側の気持ちまでさらけ出してしまっている。『女帝が言うなら安心できる』やら『この理論なら平気』ということではスレッタの心を動かすことはできない。
そして勢い任せに『会社やるからついてきて』と言えば、スレッタは流されるままにその道を進んでくれるかもしれないが、そんな真似をミオリネはしたくない。
だからあとは待つだけだ。
この純粋な少女が、ミオリネの考えた未来に期待をしてくれるかどうかを。
「わたし、は……」
そしてスレッタは迷いながらも考える。
正直に言えば、怖いことだった。
だって、決断するのはいつだって怖い。
進めば二つ、と母から教えられて、事実としてそうなっているけれども、進んだ先にはいつだって困難が待っていた。
進めば二つ、というのはその怖いことには乗り越える価値があるという呪文。
そして、このミオリネの、ミオリネ自身の人生も賭けた提案は確かに怖いことだけれど。
(先輩やチュチュちゃん、みんながもっと安心できる世界になる。水星のみんなの期待にも応えられる……)
ならば、
「私、ミオリネさんを信じます。その会社、やってみたいです……!」
スレッタの答えは、はっきりしていた。
ミオリネもまた、そんなスレッタの目を見つめて、それが妥協や急かされてのものではないことを認識すると、安堵したように息をつく。
「信じてくれてありがと。ま、あんまり信じる信じないってのは好きじゃないし、私のこと完全に信じてるとか言ったら怒るけど。
っていうか、むしろ簡単に信じないでほしいわね。結果も何も出てないんだから」
「えぇ!?」
「だって、これからやるのは会社よ? 成功すれば有象無象があの手この手で近づいてくるし、信用だけでついていって、寝首を掻かれることもざらにある。ただ……」
ミオリネは冗談めかして笑いながら、スレッタに手を伸ばした。
「これで仮初の婚約者ってだけじゃない。アンタと私はれっきとしたビジネスパートナーよ。
そして、スレッタの大切な家族を任せてくれた分、信頼できるように結果を返すわ。……これからもよろしくね」
「は、はいっ……!」
スレッタはミオリネの手をぎゅっと握ってみる。
やはりそれは女帝や冷血と言われるような冷たいものではなく、あたたかな温度が通ったもの。
ミオリネは自分を信じるなとも言ったが、それを真正面から言ってくれるだけでもスレッタには信じられることのように感じた。
これで会社設立に向けた第一関門、スレッタとのエアリアルの合流は果たされた。
だが、
「それで、今度は…………はぁあああああ」
ミオリネは次に行うべきことを頭に浮かべて、地獄の底から湧き出てきたようなため息を吐く。
「ふぇ!? ミオリネさん!?」
「あ、大丈夫よ……これからのことを考えたら気が重くなってね……」
なにせ数日後に控えたインキュベーションパーティーでは、ミオリネにとっても大きな難題が待ち構えているのだから。
「じゃあ、スレッタも一緒に来てもらうわよ。それで……」
「糞親父と直接対決だから」