アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
現在のアド・ステラ世界においてMS産業の最大手として知られるベネリットグループ。
最近は大きな技術革新がもたらせず、新興企業の台頭を許してはいるが、依然としてその威光に陰りはない。御三家を筆頭にMSといえばベネリットと言えるほど、この世界に影響力を有している。
そのベネリットグループが毎年行っているインキュベーションパーティーであるといえば、その盛況っぷりも想像できるだろう。
ベネリットに新規事業が立ち上がるかもしれないと、全宇宙から起業家や投資家、政治家たちが一堂に会し、その行く末を見守っている。
そうしてそんな大規模なパーティー会場には、ベネリットグループを代表するMS達も展示されているのだが……
『新番組! 機工戦士ヴィクトリオンシグマ! 日曜朝九時放送スタート!!
新たな次元の扉が、開かれる……』
「み、ミオリネさん……? あれっていったい……」
「見ちゃダメよ、スレッタ。バカが移るわ」
真っ赤なドレスに着替えたスレッタの目を、同じく青いドレスが似合うミオリネが後ろからふさぐ。
そのせいでスレッタにはよく前が見えないのだが、何やらビカビカと真っ金金に染め上がれられたヴィクトリオン巨大立像が立っていて、その下にはこれまたアニメの主題歌やらPVやらを垂れ流しているブースがある。
その他の企業のブースは至極まじめなビジネス目当ての質素なものなのに、そこだけどこぞのコ〇ケの企業ブースのような様相だ。
なにがどうあっても目立つし、哀れ、隣接したブース達は、そのロングロンド社ブースに存在感を奪われてしまっている。
しかも恐ろしいのが……それが受け入れられていること。
「ロンド社長! 次回作にはぜひ、わが社の新装備を登場させていただけると!」
「もちろんですとも! この間のコンペではすごくロマンあふれる姿を見せてもらいましたからね! 前向きに、検討させていただきます!!」
「それはよかった! 実は私の孫が、ヴィクトリオンの大ファンでしてね! 例のプラモとやらを購入したいとか!」
「ほうほう! お孫さんは五歳でいらっしゃる! でしたらこちら、エントリーグレードなどが作りやすくてよろしいかと!」
などと髭を生やしたどこかの社長と、ロマン男が陽気に話している。ロングロンド社のコンテンツを当てにして、その人気にあやかりたいという目的でその社長はわざわざブースを訪問していた。
さらにその社長の後ろには、同じくロマン男を待っているだろう人々が列を組んでいて、このブースの異様さをもってしても、人が引き付けられてしまっているという事実がそこにある。
ミオリネはその様子を見ながら、心の底から祈る。
将来、自分がグループの全てを掌握したときに、グループがロマンバカに染め上げられていないことを。
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
さて、そんな挨拶行列をロマン男が終えたのは半刻後。
元から時間は区切りを作っていたし、会食の時間も迫っていたので、残りの人々は名刺を交換して後々に時間をとることを約束として解散させた。ただ人気にあやかりたいという人もいれば、熱心に将来のコラボなどを呼び掛けてくれる人もいて、社長としてのロマン男には有意義な時間だったと言えるだろう。
そうしてパーティ会場に入ったロマン男と、今日の秘書役兼社会科見学として同行していたニカは、予定通りミオリネ達と合流することになった。
しかもそこには、
「あれ? アリヤとマルタン? 二人も来てたんだ!」
綺麗な緑を基調としたタイトなドレスを着たアリヤと、こちらは燕尾服に着られているという風にぎこちないマルタンがミオリネ達と共に立っていた。
「ミオリネとスレッタが誘ってくれたから、見学でね」
「あはは……こういうパーティは初めてだから緊張しちゃうよ。アスムは堂々としててすごいなぁ」
「別にこういうのは慣れだし、すごいとかじゃないって。
それより二人とも似合ってるよ。特にアリヤはすごくきれいだ」
「あ、ありがとう……。その、君のほうこそ……」
さわやかに誉め言葉を言うロマン男に頬を染めながら、アリヤも目の前の少年の姿を見つめてしまう。
「わぁ! 先輩、かっこいいです……!」
「相変わらず馬子にも衣装ってこういうことね。っていうか、バカにも衣装か」
それはスレッタたちも同じで、スレッタはどこか上ずった声で、ミオリネも呆れたような顔で言う。特にミオリネは『いつもそうしてたらマシなのに』という感情を隠していなかった。
少年はそんなミオリネに『ひでー』などと苦笑いしつつも、誉め言葉は素直に受け止める。
そんな彼の服装はピシッと決めたグレーのスーツに、首元まで隙なく絞められたネクタイ、ついでに髪もワックスか何かで整えられている。見るからに有能な青年実業家という姿。
そこにいつもの暴れまわっている妖怪の姿はどこにもなかった。
ただ本人としては、
「でもこれ、かったりーんだよなぁ……」
と腑抜けた顔を見せるので、スレッタはくすくすと笑う。
普通にかっこいい顔をしていれば女性たちも放っておかないだろうに、ふとした拍子にいつもの親しみやすい"先輩"が出てくるのが面白かった。
そんなロマン男は、
「まあ、俺は置いといて……ほら、ニカも前に出てきなよ」
と、彼の陰に隠れるように控えめにしていたニカを促す。
「で、でも……! 私、こういう服を着るの初めてで……!!」
「大丈夫、大丈夫! よく似合ってるし、とてもかわいいよ」
「か、かわっ……!?」
などと普通の調子で言うと、逆にニカの後ろに回り込んでしまう。そうしてニカが否応なく表に出てきてしまうことになるが。
「そ、その……変じゃない、ですよね?」
「ぜ、ぜんぜん変じゃないです!」
「うん、空色がよく似合っているよ。これは、アスムが用意したのかな?」
「う、うん……! こういうの、同行するのはマリーさんかと思ってたんだけど、社長がどうしてもって……。だ、大丈夫だよね? 私、社長に恥かかせてないよね?」
などと謙遜するが、ニカのドレス姿はとても華やかだった。
スレッタのようにフリルが多めの淡い青色のドレスで、だけども過度に装飾しない可愛らしい造り。それはどこか、上品な令嬢を思わせるものだった。
ミオリネはそれを見つつ、
(またこのバカは……。少し前までこの子、テロリストの仲間だったってのに……)
と警備意識のなさか、自分の身内への警戒心のなさか、おそらく両方が合わさった人員選抜に呆れ果てる。
この場でニカ・ナナウラの素性を知る者はこの面子以外には、おそらく来ているだろうシャディクとサビーナくらいとはいえ、普通に考えたらあり得ないことだ。
仮にここまでがテロリストの仕込みで、会場を襲撃などされたらベネリットグループは大打撃である。
とはいえ、
(ま、この調子を見ると大丈夫そうだけど……)
生来の純朴さがようやく表に出せているのか、ドレスをほめられて顔を真っ赤にしているニカを見るに、その心配は杞憂だとミオリネも考えた。
そうして一同は和気あいあいと会話を続ける。
うち二人はベネリットグループにおいても注目を集める人材とはいえ、会場内の大多数は大人たち。ロマン男も仕事として多くの人に会う必要はあるが、いつものメンバーで集まっている方が気やすいのは事実だった。
そしてそんなロマン男たちを、少し離れた場所から見つめる影が……
「またミオリネ・レンブランと水星女か……。アイツら何を企んで……」
「ごふっ!?」
「兄さん!?!?!?!?」
グラスを片手にミオリネ達を警戒心バリバリで見つめていたラウダは、いきなり横のグエルが崩れ落ちたのを見て取り乱す。
そのグエルはと言えば、口元を押さえて小刻みに体を震わせていた。
「ま、まさか、このグラスに毒が……!? 兄さん、しっかりするんだ兄さん!!」
「ら、ラウダ……! 俺はもう、だめかもしれない……」
「そんな……!!」
「す、す……」
「す……?」
「スレッタが、かわいすぎる……!!」
グエルの目には、いつものくせっ毛が整えられ、ドレスを着こなすスレッタの姿が、物語の姫のように見えていた。もはやその横のミオリネなど眼中になく、スレッタを中心に満開の花畑が広がっているかと思うほどである。
その衝撃はあのグエルをして膝をつかせるほどの破壊力。
しかしてグエル・ジェタークは無様に倒れることなどしない。膝に満身の力を込めて立ち上がると、スレッタへ向かって歩き出そうとし始めた。
「待ってくれ、兄さん!」
「止めるなラウダ! 俺は、俺は……! アイツに一言でも誉め言葉を送らないと気が済まないっ!!」
「それがダメなんだっ! 今日は父さんも来てるし、兄さんが水星女と会ってたら、またゴシップのネタにされる!! 会社のことを考えてくれ!!」
ラウダは必死にグエルを引き留めるが、事実としてグエルグッズがさらに売れた方が、ジェターク社にとっては利益になるので、その言い訳は多分に苦しかった。
しかしそんな弟の説得はグエルにも納得できるもので、グエルは顔に苦渋の色を込めて踏みとどまる。
「だったら、俺は、俺はどうしたらいい!! くっ……! この俺がグエル・ジェタークであることが憎い……! ただのボブでいられたら……!!」
「ボブって誰なんだいったい!? そ、そんなに気になるなら、夜のダンスパーティーで……」
「それだぁ!!!!」
グエルが叫ぶ。ラウダとしてはなんとかグエルをなだめるための言葉だったが、それはグエルにとって天啓にも思えた。
今から行われるインキュベーションパーティの本番、新規事業のプレゼンと支援の呼びかけが終われば、懇親会が行われる。そしてその中には、小さなラウンジを使ってのダンスパーティーも含まれている。
そして、そのラウンジはメディアの立ち入りは禁止されているとあり、グエルも他所の目を気にする必要はない。スレッタとダンスをできる(あくまで願望である)理想的な環境と言えるだろう。
問題はミオリネ達が早々に帰ってしまう可能性があることだが、今回、ミオリネも新規事業を立ち上げるという話を知っていたグエルは、その可能性を真っ先に除外した。
お互いに願い下げで関わりたくもないミオリネだが、仮にも婚約者の立場にいたグエル。
グエルにはあのミオリネが、起業という重要な局面でコネの一つも強化せずに帰るなどとは思えなかった。そういう抜け目のないところは骨身にしみているのである。
なので、グエルはスレッタの髪の色のようにバラ色の未来に希望をもって、そしてラウダは余計なことを言ってしまった自分とそこまで兄を狂わせるスレッタへの恨みを込めて、
「待っていろ、スレッタ・マーキュリー!!!!」
「おのれぇ、水星女ぁああああ!!!!」
兄弟二人の叫び声が仲良く会場に響いた。
ここで一つ余談だが、インキュベーションパーティに来る人々の目的は様々だ。
若い実業家たちは本会の目的である新規事業の立ち上げと投資を当然狙っているし、グループ企業の重役たちはその新規事業に投資価値があるか、つまりは自社に対して恩恵があるかを見定めようとしている。
一方で、そんなメインステージから離れたところには立食用のフードが並んでいて、その周辺では活発に会談が行われている。基本的にはラフな雑談形式だが、えてしてそこで生まれた繋がりや情報から、企業間の協力が進んでいくもの。
投資には積極的でない企業も会に参加しているのは、そのような意図がある。この情報伝達やAIが発達した時代でも、前時代と変わらずにビジネスのチャンスは素朴な人と人とのつながりからも生まれるのだ。
結果、御三家を含む企業のCEOたちもこの広い会場に一堂に会していて。
「それで、どうするんだい? あのアスム・ロンドをいつまでもあのままにしておくつもりはないんだろう?」
ソファに体をもたれかけながら、白いスーツの少年は背後に並ぶ四人の魔女に問いかける。
エラン・ケレスによく似た顔。だが、そこには彼のような冷静な表情はなく、見下ろす下層の人々をあざけるような酷薄な笑みが浮かんでいた。
オリジナルとも言えないが、強化人士を替え玉としていたエラン本体。
彼は例の騒動でそれまでの経歴を奪われてから、虎視眈々とチャンスを狙っていた。彼の立場からすれば学歴やらはいくらでも用意することができるが、それはそれとしてあのような第三者に弱みを握られているというのは将来の禍根を残すからだ。
そんなエランの呼びかけに、ゴルネリたちは
「エラン様がお望みでしたら……」
「今すぐにでも」
「暗殺でも誘拐でも」
「あらゆる手段を使って排除しますが?」
なんて示し合わせたような言葉のリレーで答えてみせるが、エランはそれに対してうんざりしたような顔をしながら手を振る。
「待ってよ。それじゃあ、俺があいつを殺せって言ってるようなものじゃないか。冗談じゃない。死んでほしいし、殺したいけど、あんなのの血で汚れたくはないんだよ。やるなら俺が知らないところでやってくれ」
「ふふ、承知しました。とはいえ……」
そこでゴルネリ1は下の階でミオリネ達を引き連れて歩いているロマン男を見る。
「彼の社会的立場や我々との協定を考えると、今すぐにというのは得策ではないでしょうね。
むしろ我々が二十年をかけても達成できなかった完全なるGUND-ARMを彼らが完成させるかもしれない」
「最小のリスクで最高のリターンを。それがビジネスの基本です」
「ひとまずは泳がせておいて、育ち切ったところを刈り取るのがよろしいかと」
「もちろん、そのための布石は打っておきますが」
その言葉にエランは面白そうに口角を上げた。
「へぇ……なにか、面白いネタでもあるのかな?」
「ええ、例えば……」
魔女はそこで少年の後ろを歩く黒髪の少女のことを見ていった。
「これから地球が面白くなるかもしれませんよ?」