アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
「あれはダメね……」
「そうだなぁ……、このくらい?」
「そこまで集まらないわよ。このくらいが妥当じゃないの? まあ、見てなさい……」
ミオリネとロマン男はメインステージを見つめながら、そんな会話をしていた。
そこでは威勢のいい若者が、新規事業のプレゼンテーションを行っていて、MSがモニターの中で動いたり、将来的にどの程度の事業になるかをグラフで示したりしている。
二人が合間に指でこっそりと示しているのは、このプレゼンに対してどの程度の投資が集まるかという予測だ。
そして最後の呼びかけとともに、モニターにはその場で投資された金額が映し出されていくが……
「ほら、私の方が正しかったでしょ」
「さっすがぁ」
こともなげに言うミオリネが示した金額と、それはほぼ同じものだった。
そんな二人の後ろでは、なにがなんだかわからないと目を回しているスレッタ達がいるが、逆に経営戦略科でそちらの業界を専門にしているマルタンはミオリネのセンスに顔を青くしている。
「うわぁ……よくあんなの予測できるよね。僕なら無理だよ」
「さすがはミオリネ、二年の経営戦略科トップと言ったところか……」
「でも、社長も惜しいところまで当ててましたし……!」
「ミオリネさん……すごい! ど、どうやってるんでしょうか?」
すると、そんな一同の後ろから。
「ふむ、ミオリネのあれは理論的な推論だと思うよ。現在の世界のニーズを把握して、それを投資額に変換しているんだろう。そこからプレゼンターの態度や経歴を加味して、調整しているというところかな。
一方でアスムのほうは……たぶん山勘かな? そのあたりを肌感覚でつかむの、得意だからね」
とさわやかな声が聞こえてきた。
一同が振り返ると、そこにはこれまた上品なスーツに身を包んだ、彼らもよく知る学園の有名人が立っている。
「あ! シャディクさん!」
「やあ、水星ちゃん。それに地球寮の二人も。……そして」
隙のない爽やかな挨拶。
いつも大きく開いている胸元などを隠し、スーツを着こなすシャディクはどこからどう見ても王子のような気品に満ちているが、そんなシャディクは目を細めながらニカを見つめて、
「君も久しぶりだね♪」
などと満面の笑みを浮かべた。
「……どうも」
一方で言われたニカはと言えば、まだまだ遠い記憶にもなっていない、体育祭で追い詰められたことを思い出し、背筋を震わせるしかない。
だがそんなニカの様子を見ると、シャディクは『冗談、冗談』と一笑に付して、気楽に続ける。
「過ぎたことだ、気にしないでくれ」
「…………は、はい」
ただ、その顔も言葉も、どこまでが本気かわかったものじゃないニカは警戒を解くことができないのだが……そこでロマン男とミオリネが戻って来たことで、ようやく安堵の息を吐くことができた。
一方、シャディクをみた少年はと言えば気楽な調子で手を振って声をかける。
「おっす、シャディク! 相変わらずスーツのセンスいいな!」
「アスムのほうこそ。それに……ミオリネもとてもよく似合っているよ」
「はいはい、お世辞は結構よ。で? なんでアンタはこっちに来たのよ? グラスレーの仕事だって山ほどあるでしょ?」
「ははは、二人に会うことのほうが俺の人生においては大事……なんて冗談はやめておこうか。アスム、ちょっといいかな?」
そこで、シャディクは苦笑いを浮かべるとロマン男を手招きする。
「俺?」
「実は義父がお前と話をしたいって言っててね。向こうのラウンジにいるから、ちょっと時間をくれないかな?」
「サリウスCEOか……なんかガンダムがらみの話な気がするな」
ロマン男はシャディクを後継者にしたグラスレーのサリウス・ゼネリの姿を思い浮かべる。
規模は違えど会社の代表という同じ立場を持つので、評議会などで何度も顔を合わせたことはあるが、どうにも老獪な古だぬきという印象があって、得意な相手とは言えなかった。
だが、思っていたより早いとはいえ、いずれは会談しなければいけない相手でもある。
「了解、ちょっと会ってくる。じゃ、みんなはまた後で合流しよう!」
「あ、社長……! 私は一緒に行かなくていいですか?」
「うーん、ニカは……ちょっと今回は外れておこっか。身内とはいえ、他の人間がいたら話しづらい内容かもしれないし」
そう言ってロマン男は手を振りながら去っていく。
そんな彼の姿を見ながら、シャディクは笑いながらミオリネに言った。
「ふふ、御三家のトップ相手にあんなに気安く会いに行くやつは他にいないだろうな」
「そうね。相変わらず子供のまんま。ったく、いつになったら成長するのかしら」
「俺はあいつはあのままでいいと思うけどね。それに……」
シャディクはそこで何かを懐かしむようにメインステージを見る。
そこで、もう遠い昔になってしまったが、忘れられない出来事があったのだ。
それはシャディクとミオリネと、そしてアスム・ロンドのこと。
「覚えているか? 俺達の仲が始まったのも、この場所だった」
ミオリネはその言葉に嫌なことを思い出したというように顔をしかめながら同意する。
「忘れるわけないでしょ……。今でも夢に出てくるっての。もちろん悪夢だけど」
「ははは! たしかに半分くらいは同意だね。だけど、あれがなかったら俺達の関係も今みたいにはならなかった」
シャディクは思う。
もし、あの時にアスム・ロンドと運命が交わらなければ、と。
もしアスム・ロンドがテロで死んでいたら、ロマンに傾倒せずに会社も受け継がなかったら……
アスティカシアの妖怪ロマン男は生まれることもなく、今の賑やかな学園は作られることはなかっただろう。相変わらずアーシアン差別や企業間抗争が激しい殺伐とした場所になっていたに違いない。
そしてシャディクもまた、一歩を踏み出すこともできず、テロリストと謀略を重ね、ミオリネとの仲も冷え切ったものになっていただろう。
ミオリネも自分の力で何かを為せることを知らないまま、ただ窮屈な人生から逃げることだけを考えていたかもしれない。
「バタフライエフェクト、なんて言い方もあるが、ちょっとした出来事で人生は変わっていく。俺は、今そう思っているよ」
そうしてシャディクは彼が十歳のころを思い出す。
あの日も、こんな風にパーティーが行われていた。
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
「待つんだ、ミオリネ! いくら何でもこれはやりすぎだ……!」
「うっさいわね! もう出るって決めたのよ!」
その日、七回目のインキュベーションパーティーが開かれていた会場で、幼い子供たちが言い争いをしていた。
まだまだ背が伸び切っておらず、幼い色を残したシャディクとミオリネ。だが、その顔には既に同年代にはない理知の色があり、ドレス姿も相まって実年齢よりもかなり年上に見えていた。
シャディクはなんとか猛るミオリネを引き留めようとするが、ミオリネは聞く耳も持たずにずんずんと進んでいく。
ミオリネが進もうとしているのは、インキュベーションパーティーのメイン会場。
そう、ミオリネは自ら新規事業を立ち上げようとしていた。
きっかけは少し前。
既にベネリットグループの付き合いで親しい仲にあったミオリネとシャディクは、とある事業コンペに匿名で参加した。
その参加をどちらが言い出したのかは定かではない。
ミオリネは少し前に起きた母の死に際した父への反発。そんな父に対して一矢報いたかった気持ちもあるし、グラスレーの後継者の地位をようやくと確固たるものにしようとしているシャディクもまた自分の力を試したいという気持ちがあったのかもしれない。
そして当時から現在の優秀さをいかんなく発揮していた二人の案は、無事にコンペで採用された。
(そこまでは良かったのに……!)
シャディクは歯噛みする。
問題はその後だ。その案を出したのがミオリネとシャディクだとわかり、二人は大目玉を喰らった。これはシャディクも予想できていたし、後々に笑い話にでもなればと思っていたこと。
しかし、それに対してミオリネの反発は、シャディクが思った以上に大きかった。
『なんで私たちの案が、認められないのよ!? 他でもないこのグループが優秀だって認めたんでしょ!? 私がデリングの娘だから? シャディクが養子だから?
こんなの理不尽じゃない……!!』
そう言って、今度はインキュベーションパーティーに乗り込んで、直接投資を募ることにしてしまったのだ。
当然ながらシャディクは反対した。彼のまだ不安定な立場もあるし、ミオリネがこうしたくなる気持ちは分かっても、それが良い結果につながるとは欠片も思えなかったからだ。
だから何度も説得を試みたが、ミオリネは生来の負けん気と反発心で心に蓋をして、無謀にも先に進もうとしている。
ミオリネは会場の目の前でシャディクを振り返って言う。その目はシャディクに対しての疑いと、それでも裏切らないでほしいという懇願の色が共存していた。
「選んで! ここで私についていくか、他の連中みたいに私を見捨ててどっかに消えるか!!」
「ミオリネ……」
そしてその声に、シャディクは目を閉じて決断を下した。
「……わかった、ついていくよ」
当時からミオリネに惹かれていたというのもあるし、その惹かれ始めたきっかけというのが、他者に迎合することのないミオリネの気質によるもの。それを自分で摘み取ってしまうのは惜しいと思えたし、まだ冷静な自分なら、いざという時に場を納めることができるという判断もあった。
そして、ミオリネとシャディクが並んでのプレゼンが始まる。
会場中から寄せられる好奇と困惑の目。
上層からは彼女の父であるデリングの鋭い目と、サリウスの値踏みするような視線が二人に突き刺さるがミオリネはそんな状況でも勇敢だった。
理路整然と事業の円滑と、その将来性、投資者に対して還元できる利益まで、幼いながらに全てをまとめて訴えることができていた。
仮にこれがグループの社員が行ったものなら、多額の投資を得て、事業の立ち上げができただろう。
だが、
「どうかこの事業に投資をお願いします!!」
ミオリネの必死の叫びに対して、
「「「「………………」」」」
反応する者は誰もいなかった。
モニターに映る投資額は0のままで動かない。
「ど、どうして……?」
ミオリネは茫然としながらつぶやく。
彼女には自分の優秀さが分かっていた。
そしてそんな自分が行ったプレゼンが、それまでのどの発表者のそれよりも優れていることまでわかっていたからこそ、この反応が受け入れがたかった。
「なんで!? わかっているでしょ!? この事業が将来性があるって! 達成できたら、あなたたちにも利益があるって!! なのになんで!? なんで誰も助けてくれないのよ!?」
ミオリネは涙ながらに訴えだす。
だが、その答えは隣に立つシャディクには明らかだった。
(当然だ……。だって俺達は子供なんだ。なんの実績も力も得ていない子供……
そんな俺達には何より大切な信用が足りていない)
まして会場にいる者たちは、このミオリネの行動が彼女の独断によるものだとわかっていた。父親でありグループ総裁のデリングの機嫌を損ねる危険性を考慮したら、ミオリネの案に賛同などできるわけがない。
ミオリネが必死になる程に、会場の空気は冷え切っていく。
(……頃合いだな)
シャディクは目を閉じて、ミオリネに内心で謝罪しながら口を開こうとした。
これ以上は自分に対しての心象も損ねてしまう。内心に大きな目的を抱いているシャディクにとって、こんな場所でつまずくわけにはいかない。
だから、ここは笑顔で『余興でした』『いつか自分たちが実績を積んで、同じことをした時には応援を』などと、全てが仕込みだったという体で場を納めることがベスト。
それはきっとミオリネと自分の間に亀裂を生んでしまうが、個人的な情に流される場合ではない。
シャディクは笑顔を取り繕うと、ミオリネを制しながら口を開こうとして……
「500億!!」
「…………は?」
「…………え?」
飛んできた声と、一気に表示が基準額を大きく超えて100%に達したモニターに茫然とさせられた。
それは、求めていた投資額を満たしたということ。ミオリネの新規事業が認められたということ。
だというのに、ミオリネもシャディクも喜びなんて一つも示すことができなかった。そもそも何が起こったのかを理解することができなかった。
投資?
いったい誰が?
しかも500億という大金を、このミオリネの事業にたった一人で投資した?
そしてそんな二人の疑問に答えるように、舞い降りる祝福の紙吹雪の中、一人の少年が拍手をしながら会場に近づいてくる。
少年は笑顔で言う。
「いいね! いいロマンだ! なにより少年少女が二人だけで挑んだっていうのがドラマチックで最高だ!!」
「あ、アンタは……!!」
その少年の姿に、ミオリネは表情を険しくする。
シャディクもまた、その顔を知っていた。
それは確かにグループの会合などで顔を合わせたことがあり、そしてテロと内輪もめで家族を全員失ったとされる人物。そして今は、父親の会社を受け継いで変革を為そうとしているグループでも異色の人材。
「いったい、なんのつもりよ!? アスム・ロンド!!」
そしてミオリネの声に、少年は悪魔のように純粋に笑ったのだ。
「もちろん、ロマンのためだよ。ミオリネ・レンブラン」