アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
ちょっと体調戻るまでは、週1から2回程度の更新になるかもしれません!
「来たか……そこに座るといい」
「失礼します、サリウスCEO」
ミオリネがデリングの元へ、親子水入らずと欠片も言えない頂上決戦に向かう少し前、グラスレーのトップであるサリウスCEOに呼び出されたアスム・ロンドは、とある一室に入った。
その部屋は企業同士の密談やらで使われる場で、調度品も使用する者の品格にふさわしく、じっくり見れば来歴などが気になるものばかり。
だが、さすがのロマン男も、この男の前ではそんな余裕はなかった。
(まったく、相変わらずの古だぬき……)
内心で苦笑を浮かべながら、少年は車椅子の老人を見る。
サリウス・ゼネリ。
あのシャディクの養父にして、かつてはデリングを部下にしていた業界の重鎮。今でこそデリングの部下に甘んじているが、車椅子と投薬がなければならない体調状態でも眼光にいささかの衰えもない。
じろりと何もかも見通しているような深い目が昔からアスムは苦手だった。
とはいえ、そんな苦手意識はおくびにも出さず、椅子に座ったアスムはサリウスと会話を始める。
最初は典型的な世間話だ。お互いの業績をほめたたえ、新規事業に対してどう動くのかという軽いジャブ、そしてアスムが主催した体育祭に関しての一感想。
単なる世間話だが、かといって何の意味がないわけでもない。お互いがどれだけ相手を警戒しているか、腹を見せる気があるのかという、確認の意味合いが大きいのだ。
そしてそれを済ませたサリウスは、おそらくアスムが隠し立てをするつもりでないことを見抜いたのだろう。静かに本題に切り込み始めた。
「ロンドCEO、単刀直入に言う」
「ガンダムを諦めろ」
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
少年はその言葉を静かにかみ砕きながら、探るように返事をした。
「ガンダムを諦めろ、ですか……」
「そうだ。お前とミオリネ・レンブランが動いている件について、我らも大方の情報は掴んでいる。どういう経緯をたどったかは知らんが、ペイル社から例のガンダムを引き取った件もな」
「あらら、ファラクトの件も漏れてる……」
「いくらバカげた兵装をつけても、あの機体を見ればそれとわかるに決まっているだろう」
サリウスが言うのはもちろん、あの白く塗りなおされたファラクトのこと。
GUND-ARMの機能は封印しているので追及しようもないが、ペイル社の技術をロングロンド社が入手したということは明確だった。
むしろ、
「あれはメッセージだと受け取っている。いや、挑戦状と言った方がいいだろう。……お前たちがガンダムを使っていくという、な」
そう言いながら眼光を鋭くするサリウスに、アスムは気まずいというポーズを装ってため息をついた。
「俺もあの程度でごまかせるとは思ってませんでしたけど。
だからと言って、ここまで投資したのに諦めろって言うのはさすがに無体じゃありませんか?」
「無体も何も、そもそもがGUND-ARMの使用は禁止されている。お前たちはそれを真っ向から破ろうとしているのだぞ?」
「ですが、それも二十年も前の規則です。現に、あのエアリアルのように無害なガンダムが現れた」
「無害……か」
そこでサリウスは、片腹痛いというように鼻を鳴らす。
「バカを言うな。お前ほどの男が、あれを無害などと思っているわけがない」
「…………」
「お前は私たちが危惧したことを、そしてそれが現実となったことまでわかっている。わかっていながら、その禁断の技術に手を出そうとしている……」
かつてモビルスーツ評議会がGUND-ARMを禁止技術としたのは、パイロットを蝕み廃人に追い込むデータストームの逆流問題が理由だ。
だが、それはあくまで問題の一側面でしかない。
むしろサリウス達はその先の未来について危惧をしていた。
苦境に立たされていた地球のオックスアース社が兵器としての開発を急がせたのも、その危惧の背中合わせ。
「アレは世界を滅ぼす魔女の技術だ。幼い子供でも、身体を欠損した者でも、いやありとあらゆる人間を兵器にし、戦場に送り込むことを可能にする呪いの武器だ」
「たしかに、思ったとおりにモビルスーツを動かせる技術ですからね。理論上は罪悪感なんて芽生えていない赤ん坊を乗せることだってできる」
そして二人が言ったことが現実になれば、世界はどうなるか。
子供は大きな機械の体のままで暴れだすだろう。街を積み木くずしの要領で破壊し、アリを潰すように人を踏みつけ、癇癪をするように武器を人へと振るう。
しかも既存のMSでは対応しきれないほどに、そのMSは強力になるのだ。
その危機意識をもっていたことを認めながら、アスムは苦笑いを浮かべた。
「控えめに言って、地獄絵図ですよね」
「それが分かっていながら、なぜあえてガンダムに手を出す? ロングロンド社の業績を考えても、貴様が危ない賭けに出るほど、追い詰められていないだろうに」
例えば地球の勢力が、一発逆転を狙ってGUND-ARMを導入するというのならわかる。そこら辺にいる子供を洗脳して、データストームの逆流で使いつぶされる生体ユニット扱いすることもするだろう。
あるいは兵器産業でも、起爆剤としてGUND-ARMという過ぎた力に手を出すことも考えうる。
だがロングロンド社の主流はあくまでMSの装備開発とコンテンツビジネス。しかも兵器を販売してはいないし、業績も切羽詰まるどころか好調を続けている。
客観的に見て、アスム・ロンドにはガンダムに手を出す理由がない。
そうサリウスは言い、だからこそ、今ガンダムを研究しようとしている理由を問い詰める。
そしてその問いに対してアスムは、
「……しいて言うなら、ロマンと未来のため」
「なんだと……?」
「まず、自分の意思通りに動かせる機械の体っていうのは、昔から想像されてきたロマンですよね? 999みたいに老いることも死ぬこともない、までは行き過ぎですけど、それでも巨大な手を自分のように動かせるっていうのは、極限環境での宇宙開発を大きく加速させる技術です」
「つまり、お前は宇宙開発を加速させるのが目的だと?」
「はい。うちの初代がロングロンド社を作ったのも、宇宙開発に夢をもっていたからですし。
正直、俺もこの狭い太陽系の中でアーシアンだのスペーシアンだのごちゃごちゃやってるくらいなら、さっさと外宇宙に進出したほうが人類のためだと思ってます」
これはアスムの本音だった。
というよりも本音をぶつけない限り、サリウスを納得させるようなことはできないと考えている。この老獪な御仁のことだ。下手な嘘は見破るし、その時は間違いなく敵と認定して立ちはだかることになるだろう。
裏のない本音を伝えるというのは、正攻法ながら一番の武器でもある。
なによりアスム・ロンドは、グラスレーを敵に回したくはなかった。
「そのための技術がGUND-ARMだと。ふっ……まるであのカルド博士のような口ぶりだな」
「あの人はちょっとまた思想が偏ってそうですけどね……。機械生命体に進化する方が人類のためとか思ってそうでしたし」
「確かにな。だがその理想が実現する前に、世界は血に染まることになる。それでも貴様はかまわないのか?」
「そんなわけないじゃないですか。むしろ逆ですよ。今のうちに止めないと、たぶん、世界が大変なことになる」
「…………ふむ」
サリウスが見定めるように頬をつくのを見て、アスムもまた考えを伝えていく。
「まず、俺もミオリネも、二十年前のことをどうこう言うつもりはありません。俺が生まれる前の話ですし、あの時の皆さんがちゃんと未来を考えて行動した結果だと思ってます。
だけど、結局ガンダムは滅びなかった。ファラクト、そしてエアリアルという発展機が既に生まれて、とうとう表舞台に出てきた……」
「ならばその裏では、ということか」
「ええ。とっくにどこぞの勢力がガンダムを作っていますよ。
明らかに氷山の一角ですし、二十年も潜伏できていたなら、根絶やしなんて不可能に近い。っていうか、下手すると魔女狩りを上回る機体がジャンジャカ作られててもおかしくない」
だからこそ、あえてガンダムを調べることが大事だとアスムは考える。そしてそれはミオリネにとっても同じ考えだった。
「これから俺達の世代にできるのは、GUND-ARMとの共存です。
いかに危険を減らして、被害を減らして、そしてロマンある人類の資産として活用していく。一から十まで禁止したら解決なんてフェーズはとっくに通り過ぎてる。
そのためにはまず、GUND-ARMを知り尽くさないといけない。どうしてエアリアルが無害なのか、そしてそれをどう活かせるのかも」
「危うい賭けであり、考え方だな……。一歩間違えれば世界を滅ぼすことになるぞ?
かつての核兵器、あるいは生物兵器。そして、ドローン戦争。すべて崇高な目的のもとで作られた技術が今日の混迷を招いた。そこにさらに魔女の遺産までというわけだ」
「ええ、だからこそ……」
アスム・ロンドはサリウスの目をしっかりと見定めて、本題を切り出した。
「サリウスCEO、どうかグラスレーにも協力していただきたい。俺達のガンダムに」
そして、同様の会話は別室でも行われていた。
「なるほど。GUND-ARMの平和利用を念頭にした、研究開発か……」
「はい。そしてペイル社とシンセーの開発部門を買収し、ガンダムについての知見を集約。まずは医療分野での研究開発と、敵対勢力にガンダムが現れた時のストッパーとしてアンチドート技術のアップデートを目指します」
ミオリネはデリングと相対して、自身がまとめた経営計画を提示していた。
そこには投資の効果や、将来にわたる事業計画などが事細かに書かれているが、それを一瞥しただけで理解したデリングが興味を示したのは、その目指す先のビジョンだった。
「確かに投資効果の試算や、この計画自体は見事なものだ。お前の年齢でこれほどのことができる者はいないだろう。
……だが、不確定要素が多すぎるな。特にグラスレーがこの提案にうなずくとは思えん」
「ですが、これは必要な技術です。人々の健康を守り、抑止力ともなるのはアンチドート以外にないんですから」
ミオリネとアスムが考えている未来図に、グラスレーは必要不可欠。それが二人の出した結論だった。
二人は当然としてサリウスが示したような懸念は理解していた。
人の役に立たせるために作った技術が、人を不幸に陥れるなんてことは歴史を通して枚挙にいとまがない。そしてGUNDが導く未来において懸念なのはデータストームと、兵器の簡易化の問題。
だがそれは一つもストッパーがない時の話だ。
二十年前のヴァナディース事変において活躍したとされるグラスレーのアンチドート。機体とのパーメットリンクを強制的に解除する技術があれば、抑止力となりうる。
例えるならば車のオートブレーキと同じだ。
使用者へのデータストームが一定量を超えた瞬間、瞬時にリンクを切ることで安全を保つことができるし、機体が望まぬ使われ方をした時も即座に緊急停止させて無力化できる。
エンジンだけでは車は地を這うミサイルと変わらない。車を車足らしめているのは、ブレーキがあるからだ。
「もちろん、グラスレーと話を通す必要もありますけど。別に今すぐ協力してほしいってわけじゃありません。こちらが研究開発をすれば、むこうもアンチドートを再び必要と考えて動き出すでしょうから」
言い終えたミオリネは一息をつきながら父親を見つめる。
(伝えるべきことは伝えた。あのバカと二人で練り上げた計画にも自信がある。……あとは、この糞親父が首を縦に振るかどうか)
そして書類を鋭い目で端から見直したデリングは、感情の読めない表情のままでその書類を机に放り投げると、ミオリネをにらみつけながら問いかける。
「一つ尋ねたい」
「はい」
「……なぜ私の許可を必要とする?」
デリングから見て、ミオリネの計画は見事なものだ。ガンダム研究が禁止されている件についても、エアリアルという将来の危険分子であり、同時に希望の種を引き合いに出すことで、あえてその必要性を説いている。
そしてミオリネとアスム・ロンドのこれまでの業績を鑑みれば、ゲリラ的に投資を呼び掛けても、古参のジェタークやグラスレーはともかくグループ内外から必要とする投資は集まるだろうと推察できていた。
つまりミオリネには、デリングにわざわざ伺いを立てる理由がない。
かつての何も知らない小娘だった時のミオリネならば、父親への対抗心やあるいは信用を得るために直談判に臨むことは考えられるが……
「お前にはもう、私の立場など必要ないだろう。ミオリネ・レンブラン」
ミオリネという少女はもう、一人でも戦うことができる。
現にホルダー制度とて、婚約が決定したところで本人の資金力と影響力をフル活用すれば、婚約破棄でもなんでもできる。むしろこれ幸いと株を全部売り払って、自分で起業することくらいミオリネはするだろう。
だからこそ、デリングの疑問はミオリネの狙いだ。
そして、その問いにミオリネは静かに答えた。
「……しいて言うなら、その言葉が欲しかったからかしら」
それはそこまでと打って変わって、ミオリネの娘としての一面が出ているものだった。
「あなたが私のことを、もう大丈夫だと思っている。それは私にとって、とても大きな自信につながるものよ。……あなたのことは父親として欠片も尊敬できない」
でも、
「経営者としてなら……私はあなたを尊敬できる」
「…………」
「この大きなベネリットグループを一人でまとめ上げて、何年も業績を上げるなんて、誰にでもできることじゃない。
私もこの間初めて、ちゃんと人を雇ったけど、その子たちといい関係を作ることだって大変だった。それを何年も続けている"お父さん"を認められないほど、私はもう子供じゃない」
正直に言えば、まだ子供でいたかったし、他所の子たちのように父親とたわいない会話ができるくらいに甘えたりもしたかった。
だけれど、それは叶わぬ願いで、ミオリネはもう大人への一歩を進みだしている。
だからこの事業計画をデリングに見せたのは、その未練を断ち切ることと、そして自分の道のりが間違っていないことを確かめるため。
なにより、
「それにGUND-ARMに手を出した以上、私たちの敵はたくさん現れるわ。だから、そのガンダムを否定したお父さんが認めてくれるなら、それは私たちにとってとても大きな武器になる」
ミオリネはそう言って、デリングに静かに頭を下げる。
「だからお願いします、デリング総裁。
私たちの新会社をどうか認めてください。たとえガンダムにどれだけの呪いがかけられていても、私たちは逃げずに立ち向かうから」
「……ふん、その言葉がどこまで信じられるかだな」
「今すぐに答えはいりません。この後、その答え合わせができればいい。
経営者として私たちの示す未来に希望を見出せるというなら、どうか投資してください」
「私たちのガンダムに」
そう訴えるミオリネのまっすぐな瞳を、デリングは静かに認めていた。
「よう、ロングロンドの子倅と直談判をしたらしいじゃないか」
「ふん、耳が早いな……いや、その口ぶりは盗み聞きでもしていたか?」
ロマン男が立ち去った部屋の中、二人の大人が話をしている。
車いすのサリウスは変わらず、思案するようにひじ掛けへと頬杖をつき、そしてそこに新たに表れた男、ヴィム・ジェタークはなにか悪だくみをしているとあからさまな表情でサリウスを見つめていた。
「で、どうするんだ? まさかあの小僧の口車に乗せられて、協力するつもりじゃないだろうな?」
「小僧、か。その小僧とやらに随分やられているようだが?」
サリウスが語るのはヴィムの後継者、グエルのこと。
かつてのグエルはヴィムに対して反発心をもつことがあっても、ヴィムが自身の影響力でその出る杭をことごとく叩き潰してきた。
しかし、ここしばらく……いや、あのエアリアルが登場してから、グエルという男の存在価値はジェタークという狭い世界を超えて大きく膨れ上がり、ヴィムがコントロールしきれないほどになっている。
一方で、それはサリウスも同じだ。
「お前のほうこそ、あの養子がずいぶんと好き勝手やっているじゃないか? あのグラスレーの後継者が道化と一緒に友情ごっこなんて、笑える話だろ?」
「まだ学生の遊びだ。そんなことにイチイチ目くじらを立てるほど、狭量ではない。ただ……」
「我々の領域に踏み込んでくるというのなら、話は別だ」
サリウスはあの会談で、アスム・ロンドという少年について一つの確信を得ていた。
「あの少年は、呪われている」
静かな言葉に、ヴィムは怪訝そうな言葉を出す。
「呪い、だと?」
「ふん、わからないならそれでいい。だが、問題なのはその呪いが周りを巻き込み、火をたぎらせ、最後には我々すら飲み込む可能性があるということだ」
「随分と詩的な言葉を使うが……とにかくお前も、やっとあの小僧に興味を持ったということだな」
そこでヴィムはサリウスの傍らまで近寄ると、誰にも聞こえないようにそっと耳打ちをした。
「……なあ、邪魔じゃないか? あの小僧もミオリネも」
「…………」
「元々ホルダー制度なんてものも、デリングの言い出したこと。そしてミオリネ・レンブランとの婚約なぞ、ジェタークにとっては何の得もない。必要なのは奴の持つ株だけだ」
それさえ問題なくなるのなら……
「不幸な事故、なんてのはこの世界にありふれているよな?」
「奴の両親がそうであったように、か? 当時から噂はされていたが……まさか貴様が本当に?」
「さあ、どうだろうな?」
だが、とヴィム・ジェタークは笑みを浮かべながら言うのだ。
「生意気な子供には、罰を与えないといけない。……大人としてな」