アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

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46. Shall We Dance?

 グエル・ジェターク。

 

 アスティカシア高等専門学園、パイロット科三年生。ベネリットグループ御三家ジェターク社の御曹司にして、かつての学園ナンバーワンパイロット。

 

 その気質や戦い方は勇猛果敢そのものであり、少々周囲の期待を背負いすぎて暴走してしまうきらいはあるが、思わずついていきたくなるようなカリスマ性も備えた快男児。

 

 世間一般から見れば恵まれすぎている生まれと境遇だろう。

 

 だから……こんな風に誰かを羨ましく思うことなど、彼にはこれまでなかった。

 

『どうか、私たちの株式会社ガンダムへと投資を!』

 

 壇上に立つミオリネ・レンブラン。

 

 父より格は落ちるとしても、ベネリットグループを構成する各社の長達から注目を集め、瞬く間にガンダムを使った会社を成立させてみせた、グエルから見ても将来の女帝になりうる才媛。

 

 そしてその彼女はグエルが懸想するスレッタ・マーキュリーの婚約者で。

 

「…………俺は、」

 

 なんなのだろうと、この時グエルは心の内で呟く。

 

 昔、ミオリネのことを馬鹿だと思ったことがある。

 

 同じように恵まれた生まれで、自分の将来の道筋を作ってくれる立派な父親がいるのに、その父親に反発して、迷惑をかけて、そして他人を巻き込んで傍若無人にふるまっている放蕩娘。

 

 ミオリネと比べれば自分はジェターク社御曹司としての務めを果たし、その立場にふさわしい努力を重ねてきたという自負があった。

 

 だけれど、いつからだろう。

 

 スレッタ・マーキュリーに惹かれたころ? いや、アスム・ロンドがライバルとして追いかけてきたころ? そうじゃない、きっともっと昔の話だ。

 

 本心ではずっと。ミオリネを馬鹿だと口にしていたころから、ずっと思っていた。

 

 ミオリネがうらやましいと。

 

 勇猛果敢、質実剛健、さらには文武両道と立派な尾ひれがついているが、グエルはあくまでヴィム・ジェタークの息子。ジェターク社を受け継ぐだろうと目されているのも、グエルの実力などは関係なしにヴィムの影響力があってのもの。

 

 そんな父とは違うところを見せたいとドミニコス隊のエースを目指すと弟には打ち明けたりしていたが、あの決闘の時だって、父の言うことにへーこらと従うしかなかった。

 

 スレッタや仲間たちの声援がなければ、情けない男のままで終わっていたに違いない。

 

 だが、ミオリネはどうだ?

 

 彼女なら、あんな情けない姿を見せることなんてなかった。

 

 そして今、父親に逆らいながらも、その父を超えようと自分で実績を積み上げて、彼女個人の信頼を磨き、とうとう起業までしてみせている。そこに父親のおんぶやだっこはなく、どこまでも自立した大人へとミオリネは既に足を踏み出している。

 

(俺とミオリネは、もうあんなに離されちまった……)

 

 そんな彼女がスレッタの隣に婚約者として立っているのだ。

 

 ミオリネ本人はホルダーのトロフィー役など、どうとでも使える道具程度にしか思っていないだろうが、だからこそスレッタへと見せている親愛は本物だ。

 

 スレッタからしても、そんなミオリネは頼りになる存在に違いない。現に、それは恋愛ではなくあくまで親愛のようだが、学園中に大声で言うくらいには彼女もミオリネを好いている。

 

「俺は、このままじゃダメだ……!」

 

 それはスレッタをめぐる恋のライバルとしても、一人の人間としてのプライドでも。

 

 グエルは情けない男ではいたくない。

 

 ミオリネとも対等にぶつかり合い、スレッタが安心して信頼を寄せてくれるような男でありたい。

 

 至らざるを知り、一歩先を求めることで成長できる。

 

 株式会社ガンダムの設立に歯噛みするヴィムの横で拳を握りながら、グエルもまた静かに歩き出そうとしていた。

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「とりあえず……! 目標金額到達、おめでとう♪」

 

「ありがと、って言いたいけど……私一人に任せてんじゃないわよ」

 

「いやいや、せっかくミオリネの晴れ舞台だし、こっちはあくまで協力会社の代表ってだけだから。それに俺が出たら、流すぜ? 株式会社ガンダムのオープニングテーマ(非公式)」

 

「…………やっぱ、いなくてよかったわ」

 

 ミオリネは呆れたようにジト目を向けながら、シャンパングラスをアスムのそれへと軽くぶつける。そしてミオリネの勝利を祝うように涼やかな音が鳴り響いた。

 

 無事に株式会社ガンダムが成立してから小一時間ばかり。

 

 既にインキュベーションパーティーの本会は終了して、この場は懇親会の場へと変わっている。御三家のCEOなどは株式会社ガンダムへの対応でも考えるためか早々に帰社して欠席しているが、まだまだたくさんの企業人たちが残って、ビジネスチャンスを狙って会話をしている。

 

 その中でもミオリネ達がいるのは、小規模のラウンジで行われているダンスパーティーの会場だった。

 

 メディア関係者も入ることができるメイン会場と違い、この会場は身分のしっかりしたメンバーしか入ることができない。ダンスパーティーという形式上ずっと流されている音楽といい、こっそりと密談をするには都合のいい場所。

 

 さらに言えば、この会場にいる面子には年若いものが多い。

 

 これはダンスパーティーという形式上、耳が遠い老人たちには少々やりづらい場所であるし、相手をダンスに誘って関係を深めるというのも若者の風情という印象もあるからだ。

 

 そしてさらにさらに俗っぽいことを言えば……ある種、男女の出会いを期待する浮ついた空気がある。

 

 ベネリットグループの中で信頼できる身分を持つ、ということは当然、社会的ステータスが大きいということ。会社の子息や息女という、付き合う相手にもそれなり以上の格を求められがちな若者にとっては、将来の結婚相手やら友人やらを獲得する場にもなっているのだ。

 

 現に、

 

「で、ミオリネは踊るのか? さっきからこっちの方をチラチラ見てるのいるけど」

 

 アスムがミオリネの肩越しに、少し離れた場所を見る。するとそこにはスーツに身を包んだ若者たち、見ない顔なので学園生ではない関係者だろう、がミオリネを誘いたそうにまごついているのが見えた。

 

 ミオリネも女帝な振る舞いをしていなければ素直に絶世の美人と呼べるし、そうでなくても新会社設立という大きな話題を振りまいたばかり。近づきたいという人間は山ほどいるだろう。

 

 ミオリネがわざわざこのパーティー会場に足を運んだのも、会社に興味を持ってくれている有力な若者とつなぎをつけるという目的もある。

 

 GUND-ARMに対する忌避感は当然ながら二十一年前を知る人々のほうが強いので、当時現役でなかった若者層から支持を取り付けていきたいということだ。

 

 ただミオリネはめんどくさそうに、ため息をつくと、

 

「パス。ダンスの拘束時間が無駄に長いし、いちいち体を触られんのも気持ち悪いし。でも、そうね……ちょっと興味あるそぶりだけ見せて、支援だけ取りつけてやるわ」

 

「うわぁ……」

 

「なによ、その顔。合理的でしょ?」

 

「いや、こういう場所での出会いなんてロマンなんだけどなぁ……」

 

 とことんミオリネはリアルを貫くらしい、とアスムは肩をすくめる。

 

 とはいえ、彼も女性をとっかえひっかえするような軽薄なところはないし、むしろ色恋への関心が薄い他称"精神年齢十歳児"である。

 

 ダンスパーティーというシチュエーションにワクワクを抱きつつも、積極的に女性を誘う気はなかった。立場からしても学園の友人や親しい仲だとわかり切っている相手と踊れば、それは余計な尾ひれがついてしまうのを社長としてわかっている。

 

 とはいえ、それも杞憂。

 

 ミオリネはからかうような目でアスムの肩を叩いて言う。

 

「ま、アンタは楽でいいわよね♪ さんざん奇行が話題になってるから、だーれも寄ってこないし」

 

「くっ……! 去年、仮〇ライダーの曲流したのがまずかったか」

 

「まずいに決まってんでしょ」

 

「WHY!? パーティーとかエキサイトしたくなる曲だったんだぞ!?」

 

「TPOをわきまえなさいよ」

 

 いくらなんでもこの皆が正装をして、穏やかなワルツを踊っているようなところに大音量で流す曲ではないだろう。

 

 ミオリネの意見は至極まっとうだった。

 

 ミオリネはグラスを近づいてきたウェイターに渡すと、アスムへとひらひら手を振りながら歩いていく。

 

「じゃ、私はスレッタと会場を回って、めぼしいやつと挨拶しておくわ。あの子、あんまり放っておいたら変なのにつかまっちゃいそうだし。

 アンタも、うちに迷惑かかるような変なことするんじゃないわよ」

 

「やっぱり、最近母ちゃんじみてきたなぁ……」

 

 スレッタに対する態度がまんまそれである。

 

 一人になったロマン男は、同じようにグラスをウェイターに渡して考える。

 

(さて、どうすっかなぁ……)

 

 踊りたい気持ちはあるが、この場にニカやアリヤはいない。まだまだ一学生という立場しかない彼女達は、残念ながらこの会場に入る資格を満たしていなかった。例外なのは、ミオリネの婚約者という無視できない立場にいるスレッタのみで、その彼女はミオリネが捕まえに行っている。

 

 このまま普通に学園外の知り合いと交流を深めるか、あるいは新規開拓して株式会社ガンダムと自社を売り込んでいくか。

 

 多分に注目を集めているロングロンド社CEOなので、ダンスは求められずとも、会話をしたがっている者はいくらでもいる。

 

 なので、アスムもまた歩き出そうとして、

 

「あれは…………サビーナ?」

 

 視界の端に、見知った顔を見つけた。

 

 遠目だから気づいていなかったが、あの綺麗に結わえた髪型と高身長は彼女のものに間違いはないだろうと少年は判断する。

 

 ただ、いつもの彼女と違ったのは……

 

 

 

 

「…………こういうことは困ります」

 

「一曲、踊るだけだって♪ ほら、俺の親父知ってるだろ? グラスレーと取引してるんだから、そのよしみでさあ」

 

「だとしても、あなたのそれは誰かを誘う態度ではないのでは?」

 

 サビーナは不快感をにじませながら自分よりも年上の男へと言う。

 

 誘っていると口にしながらも、既に男の手は無遠慮にサビーナの体に触れて、目は品定めするように好色に染まっている。

 

 普段はきっちりと着こなした制服に隠れているが、サビーナの体系は女性的な魅力にあふれているものだ。出るところは出て、引っ込むところは引っ込むとメリハリがある。

 

 そして普段からシャディクの側付きをしていることで、誰からも侮られないように美容も抜かりなく気を遣っている。

 

 そんな今日の彼女はパーティーということもあって、紺を基調にしたロングドレス姿。しかも胸元や背中を大胆に開いた煽情的な格好であったので、強引にちょっかいを出したいという若者がいてもおかしくはなかった。

 

 ただ、そうであっても学園ではこんな態度をとられることはない。

 

 サビーナという女性が、いかに気高く、そしていかに強いのかを学生たちは皆が知っているからだ。

 

 だが、こうして社交の場に出てくると、その学園の常識を知らない者も当然にいる。サビーナに声をかけてきたのは質が悪いことにその類であり、さらには強気に出れるくらいにはサビーナの"事情"を知れる立場にもあった。

 

 男はさらに顔を寄せつつ言う。吐き出す息は、ただ酒気を帯びているという以上に不快なものだった。

 

「おいおい♪ あんまりつれないと、グラスレーに迷惑がかかることになるぞ?

 自分の立場を考えたら、ここは大人しくした方がいいんじゃないのかな? サビーナちゃん♪」

 

 言いながら、男の手がサビーナの臀部をはい回る。

 

 断れるわけがなく、声を上げられるわけもないと、相手の感情など考慮するそぶりすらない。

 

 そしてそれはサビーナにとって、もはや不快を通り越した行動。だが男が目した通り、彼女が支えるシャディクのことや、自分たちの身分のことを考えると強く出ることはできなかった。

 

 なにより、今日の彼女はどこかいつもの鋭さに欠けているところがあり、屈辱的な仕打ちをじっと耐えなくてはいけないと覚悟を決めようとした時だった。

 

「サビーナ! よかった、ここにいたんだ!」

 

 周囲に聞こえるくらいの大声で、少年の声が届いた。

 

 それは目の前の男と比べるまでもなく、純粋で安心できるものだった。

 

「っ、ロングロンド……」

 

「わるいっ! 待ち合わせしてたのに遅れちゃって!!」

 

 そんなしてもいない約束を口にしながら、アスム・ロンドが男とサビーナの間に割り込む。

 

 サビーナの体面を守るためにそうしながら、アスムは男へと向き直るとじっとその目を見つめた。サビーナは自分よりも背丈が高い彼に隠れるようになるが、少年はむしろそうして守るような姿勢を見せながら男へと言う。

 

「……俺の友人と、なにかありましたか?」

 

「ちっ! 気狂いのロングロンドかよ……、めんどくせぇ……!」

 

 その言葉に、男は捨て台詞を吐きながら踵を返した。

 

 良くも悪くもロングロンド社と、その社長である少年のことは知れ渡っているので、無用のトラブルを避けたのだろう。

 

 周囲の人々も何かしらトラブルがあったことは察しただろうが、アスムが"なにもありませんでしたよ"という無言の笑顔を浮かべると、めんどくさいことに巻き込まれたくないと退散していく。

 

 ふぅ、とアスムは状況が元に戻ったことを確認すると、改めてサビーナへと振り返って言った。

 

「ごめん。サビーナが困っていそうだったから、つい。……大丈夫だった?」

 

「ああ、ああいう手合いにも慣れてはいるからな。だが……助かった、ありがとう」

 

 しかし言いつつも、サビーナの表情は晴れない。

 

 それは男の不快感が残っているというよりも、なにかに罪悪感を抱いて、バツが悪いという様子だった。

 

 サビーナはアスムには聞こえないように、そっと呟く。

 

「……やはり、お前は来てくれるんだな」

 

「? 本当に大丈夫か? なんだか、いつもと違う気がするけど」

 

「大丈夫だ、なにも問題はない」

 

 それよりも、とサビーナはわずかに微笑みを浮かべると、アスムへとグラスを向ける。

 

「株式会社ガンダム、だったか。設立おめでとう。……お前のことだから、これからの前途は多難だろうが、それでも祝わせてくれ」

 

「ありがとう! って、まあほんとに前途は多難なんだけどな。サリウスCEOには協力を断られちゃったし」

 

「あの方は慎重だからな。そう簡単には首を振ることはないだろう。……私からも何か口添えをしようか?」

 

「そうしてくれると嬉しいけど……サビーナにはサビーナの立場があるだろ? 無理しなくていいって」

 

「……そうか、役に立てると思ったんだけどな」

 

 そう言って視線を下にそらすサビーナを見て、アスムはやはりぬぐいきれない違和感を持つ。彼の持つサビーナへの印象はいつも凛として気高く、かっこいい女の子というものだが、今の彼女はその精彩を欠いているような気がしてならなかった。

 

 ただ、それを口に出したところでサビーナはこちらに言うことはないだろう。出会った時も、決闘をした時もそうだが、サビーナは多分に頑ななところもあるからだ。

 

 だから、アスムは少しだけおどけながら言う。

 

「……実はさ、ちょっと今手持ち無沙汰なんだよな。一緒に来たミオリネには振られちゃったし、アリヤたちもいないし。……でさ、よかったらだけど」

 

「…………なんだ、ダンスに興味があるのか?」

 

「だって、こういう場所でダンスするとかロマンあるじゃん!」

 

 迫真の顔でそんな子供っぽいことを言うロマン男を見たサビーナは、一瞬驚いた顔をして、その後に仕方ないとつぶやきながら微笑みを浮かべる。

 

「まったく、お前は変わらないな……」

 

「いい加減成長しろってみんなから言われるけどな」

 

「いや、そのままでいろ。私はそんなお前のほうが好ましい。……いざという時に騙しやすそうだからな」

 

「ひでえっ!」

 

 笑いながらアスムは肩をすくめると、サビーナの前で仰々しく膝をつき手を差しだす。

 

 それはどう考えてもアニメや映画やらをまねた仕草だが、少年がすることで様になっていた。

 

「素敵なお嬢さん、どうか私とダンスを踊ってくれませんか?」

 

「……私のような者でよければ、喜んで」

 

 その手にそっと手が重ねられる。少し女性らしくはない、よく鍛えられた固い手。だけれどもその奥には確かな親愛の暖かさがあった。

 

 エスコートするようにサビーナを連れてステージに行くと、周囲からどよめきが上がるが、アスムは気にしたりしない。流れる曲に合わせて、ちょっとだけ大きな動作でサビーナをリードしていく。

 

 いち、に、さん、いち、に、さん。

 

 それは少年の母親が生きていたころ、将来女性を誘う時にはこうしなさいと教えられたもの。

 

 付き合いでダンスをしたことは何度かあったが、こうして親しい友人と踊るのはいつ以来ぶりだろうと、少年はふと思った。

 

「……少し踊りにくい。もっと体を寄せろ」

 

「いや、でも……」

 

「お前になら、いい。……ほら」

 

 サビーナの力強い手が、アスムの腰を引き寄せる。スーツ越しにはっきりと彼女の体温が感じられるようになりドキドキと鼓動が大きくなるが、少年の勘違いでなければそれは一方的なものではなく、反対側からも響いてくるものだった。

 

 

 

 

 ロングロンド社社長とグラスレーの幹部候補生のダンスというだけで、会場の注目は集まっていく。そしてそれはミオリネ達の目にも当然届く。

 

「まったくあのバカなにやってんのよ……」

 

「わぁ……! 先輩たち、かっこいいですね……!」

 

 呆れたような視線を向けるミオリネと、先輩と慕う少年のいつもと違う面に目を輝かせるスレッタ。

 

 時に激しく、時にしっとりと音楽に合わせて見事なダンスをしている姿は、スレッタにとって新鮮で、そして見ているうちに自分もやってみたいという気持ちになってくる。

 

「み、ミオリネさんはどうですか? ダンスとか……!」

 

「スレッタと? そうね、まあこの時代だし女同士でっていうのも悪くないけど……」

 

 有象無象ならいざ知らず、スレッタ相手ならスレッタの思い出作りにも付き合ってあげようかとミオリネが珍しく乗り気になった時だった。

 

「その役目、俺に譲ってもらおうか」

 

「え?」

 

「……?」

 

 聞きなれた声が聞こえ、二人はその方向へと振り返る。

 

 声は確かに二人にも聞き覚えがある"彼"のものだったのだが……

 

「……グエル?」

 

「えっ!? グエルさん!?」

 

 ミオリネは怪訝な、スレッタは驚きの声を上げる。

 

 なにせグエルはいつもと違った。

 

 ぴしりと決めたスーツは当然ながらよく似合っているが、いつもワイルドで鬣のようになっている髪はとてもきれいに整えられていて後ろにまとめられている。

 

 なによりその目はどこまでも真剣そのもので、いつもの悪く言えばガキ大将っぽいグエルとは一味違うことがはっきりとわかった。

 

 そしてグエルはあの時のようにスレッタの前で膝をついて、自分の全てを捧げるように言うのだ。

 

「スレッタ・マーキュリー……俺と、踊ってくれないか?」

 

「……グエルさん」

 

「…………はぁ」

 

 ミオリネはその様子を見てため息をつく。

 

 既に周囲からスレッタとグエルへたくさんの視線が向けられている。サビーナとあのバカとの比ではない。全世界に注目された公開告白から、グループでもグエルとスレッタの話題は大きな関心事なのだ。

 

 いくらメディアがいないとはいえ、こんなことをすればヴィム・ジェタークの耳には入るだろうし、今度こそグエルに対して叱責や罰が下されるかもしれない。

 

 だというのに、グエルは真剣だった。

 

 本気でスレッタとの距離を縮めたいと願っていることが、その目を見るだけで分かった。スレッタもそのことを強く感じていたのだろう、戸惑ったようにミオリネを見るが、それは許可を待つ子供のようだった。

 

「……いいわ、行ってきなさい」

 

「は、はいっ……! グエルさん、よろしくお願いします……!」

 

「っ、ああ、任せておけ……!」

 

 二人が手を取り合い、はしゃぐように横をすり抜けていく。

 

 ミオリネはもう一度息を吐いて『しょうがないわね』と呟いた。

 

 そんな彼女に、

 

「……子供の成長は早いね」

 

「だーれが、お母さんよ。アンタもあのバカも、変なこと言ってんじゃないわよ」

 

 ミオリネはいつの間にか後ろにいたシャディクを肘で小突きながら、ぶっきらぼうに言う。ただ、目の前で不慣れそうに踊りながら、子供のように純粋な笑顔を浮かべる二人を見ていると、自分の母も同じ気持ちだったのかもという気持ちにはなってしまった。

 

 けれど、そんなミオリネを未婚の母になどさせたくない男もいて。

 

「それじゃあ、フリーになったミオリネ? よければ俺と一緒に踊ってくれないか?」

 

「いいの? アンタもいろいろと噂されるわよ?」

 

「今更のことさ。それに……あの時から俺の気持ちは変わらないよ? 俺の心は君だけのものだ」

 

「……あっそ」

 

 ミオリネは自然に言いながら手を差し出し、シャディクもまた恭しくその手を取る。

 

 そうしてステージで踊る三組。

 

 一組は不慣れな少女を男らしく少年がリードして。

 

 もう一組は息がぴったりという様子で楽しそうに。

 

 そして最後の一組は引っ張られるのは気に食わないとばかりに少女のほうが苦笑する少年を振り回して。

 

 だが、それを見ている人々は全員がまぶしそうにその光景を見つめていた。

 

 彼らの中には確かな絆があった。

 

 

 

 

 はずだったのに……

 

「えっ!? ど、どういうことですか……!?」

 

「学生起業規則の改定案が提出されたのよ。ありていに言えば、ガンダムの安全性が完全に証明されない限り、起業ができないってことね」

 

「そんな……! ガンダムの安全を調べるっていうのが株式会社ガンダムなんですよね!? このままじゃミオリネ先輩たちの会社が……!」

 

「っていうか、僕の就職先が……!!」

 

 数日後、地球寮に悲痛な叫びが響いていた。

 

 突然として学園の理事会に提出された規則の変更案。それは間違いなく株式会社ガンダムを狙い撃ちにした妨害策であったからだ。

 

「アスム……君からどうにかならないのかい? あまり立場のことを言いたくないけれど、君は学園の理事でもあるんだし」

 

「規則の変更ってのがなぁ……。決定は理事会の多数決で、俺は一票しか出せない。で、これを発表したってことは裏で話はついてんだろうな」

 

「そ、そんな……! せっかく社長たちが頑張ってたのに!!」

 

「それよりも、問題なのはこれを誰が提出したかってことだけど……」

 

 ミオリネはその誰かに予想がついていて、そしてすぐに答え合わせの時が訪れた。

 

 

 

「やあ、ミオリネにアスム。俺がだした改定案は見てもらえたかな?」

 

 

 

 扉を背に後光を浴びながらやってくるさわやかな声。

 

 しかしその声にいつもの親しみはなく、どこか策謀と怪しさに染められている。

 

「……しゃ、シャディクさん!? サビーナさんに、メイジーちゃんも!?」

 

 スレッタの驚愕の声は、当然のものだった。

 

 今、シャディクは自分こそがこの妨害策を繰り出したのだと真正面から認めた。

 

 だが、それはスレッタにとって受け入れがたいもの。

 

 ロマン男やミオリネほどとまでは行かないが、シャディクは彼女が入学してから親しくしてくれた先輩であり、そしてメイジーはあの体育祭以来、仲良くしていた友人なのだから。

 

 なによりシャディクはミオリネとアスムの幼馴染で、あんなにダンスパーティーの夜も親しそうにしていたのに。

 

 それがこんな、だまし討ちのようなことを……

 

 しかしシャディクは平然と言う。

 

 策士のように、最初からこうするつもりだったというように。

 

「悪く思わないでくれよ? 元から俺は忠告していた、ガンダムは危ないとね。それでも止まらないのなら……俺はこうするしかないんだ」

 

「そして、この案を撤回させたいなら……と、そういうことね?」

 

「さすがミオリネ、話が早い」

 

 

 

「会社とエアリアル、そして花嫁。全てをかけて決闘してもらおう」

 

 

 

 暗い笑みを浮かべるシャディクに、ミオリネを除く全員が震える。

 

 少なくともスレッタにとって身内だと思っていた人からの明確な裏切り。

 

 そしてそれを聞いたロマン男はダンと、地面に拳を打ち付けながら叫ぶのだ。

 

 

 

 

 

「オンドゥルルラギッタンディスカー!!!!」

 

 

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 そのロマン男の声に、全員が『あ、なんとかなりそう』と思った。




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