アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
「決闘じゃあああああああ!!!!!!」
アスティカシアの青い空へ、バカの叫びが響き、
「うっさいバカ!!」
それよりはるかに大きい打撃音がその後に続いた。
「ほんっとに理解できないわ。負ければエアリアルは廃棄、私は退学、アンタもガンダムをかばった罪で進退問題よ? なのになんで、そんなに嬉しそうなんだか……」
「絶体絶命のピンチ。大人たちの理不尽な要求。それを止めるために乙女は一人、父親へと盾突き、そして運命は一人の少女とMSに託された……」
「なにそれ」
「きっとその前には幾重もの試練が待ち受けるだろう、純朴な少女には想像もできないほどの悪辣な手を、敵は差し向けてくるだろう……」
「だからなにそれ」
「しかし、これは少女たちの物語。誰かが選んだイメージでも、ステージでもない。少女がその手でつかんでいくストーリー。だからこそ……」
「ロマンだぁあああああああ!!!!」
「ふんっ!!!!!!!!」
そして今度こそ、とある妖怪は断末魔とともにアスティカシアの硬い大地へ沈んだ。
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
完
「完じゃねえよ!!」
数分後、大きなこぶをこしらえたバカが蘇り、虚空へと謎の怒声を放つ。それに対して、ざっと2メートルは離れたミオリネは、生物に向けるものとは思えない視線を向けながら言う。
「とうとう幻覚まで……って、どうせアンタは元から見えていたわね。安心しなさい、病院への片道切符は用意してあげるから」
「はっはっはっ! 病院の一つや二つ! 脱出できない俺じゃねえ! 軟禁からの脱出なんてとうに経験済みだからなぁ!!」
「…………やばっ。こいつから離れられるなら退学もマシかもって思い始めてきたわ」
本社フロントから戻った二人はスレッタが待つ学園内の整備室へと向かう途中であった。ミオリネが自身とエアリアルを賭けた決闘を提案し、それが了承されたためにエアリアルは一足先にスレッタの元へと送り返されている。
相手は因縁のグエル・ジェタークであり、そのバックにいるジェターク社。
ただし、すぐに決闘というわけにはいかない。今回は実質、ベネリットグループ対ミオリネの抗争であり、エアリアルはその敵の手に置かれていたのだから。
「ちゃんと整備して、小細工されていないか確かめないとね」
「相手はあのヴィムパパだもんなー。隙があったら絶対やるぜ、あの人は絶対」
「まあ、そうでしょうね。私だってやるもの。
問題は、整備を任せる資金も人脈も私にはあるけれど、そこに糞親父やジェターク社の息がかかった連中が紛れ込むことも可能だってこと。そしてもっと問題なのは、それを回避するためには……」
そこでミオリネは2メートル先から期待のまなざしを向けてくるバカをちらりと見て、地獄の底から漏れ出たようなため息を吐きながら言う。
「…………どっかのバカの子飼いを当てにしないといけないってこと」
「お前ら!! 女王様からお許しが出たぞぉ!!!!」
「「「「うぉおおおおおおおおおお!!!!」」」」
「だからどこから出てきたのよ、アンタたちは!?」
ミオリネはいきなり周囲に現れて雄たけびを上げた作業着姿の男たちを見て『ほんとに退学のほうがマシかも』と思い始めた。
そして、とうとうその時がやってくる。
「……これより第一回、エアリアル改造計画を始める」
「あ、あの、これって、いったい……?」
「バカのやることをイチイチ真に受けたらダメよ。バカだから」
暗い室内に一筋のスポットライト。
だだっ広い空間に置かれた革張りの椅子へと、真上からスポットライトが当てられ、そこに座って腕組みしている整備服姿のバカを照らす。
一方で決闘の当事者であり、件のエアリアルの所有者であるスレッタはといえば、ミオリネとともに整備室の壁際に立ちながら、この異様な雰囲気をおっかなびっくり伺うしかない。そしてミオリネはといえば、そのびくびくしているスレッタに謎の癒しを感じたのか、ロマンの汚染から逃れるようにスレッタのリアクションを楽しんでいた。
「……両者、前へ」
「「応っ!!」
バカの呼び声に応じて立ち上がる二つの人影。片方は筋骨隆々の大男であり、わざわざ作業服の袖を肩から引きちぎり、その筋肉美をアピールする。バカの信頼する整備第一班『スサノオ組』の班長。
そして相対するは長身に白衣を翻し、がっちりとワックスで髪をオールバックに固めた見るからにインテリという男。こちらもまたバカの信頼する整備第二班『マスラオ組』の班長だ。
そんな二人を前にバカは両手を広げて。
「ロマンはすべてに優先する……。vivere est militare……、さあ己の望みを告げよ」
そう、これは己の魂を賭けた戦い。どちらがエアリアルの整備を任されるかを決定するプレゼンだ。
そして自分たちの欲望、パッション、性癖をすべてさらけ出して争う、男たちの見苦しくも真剣な戦いでもある。
『あの美しきモビルスーツをどうやって強くするか』。
その至上の議題へと、二つの陣営が出した答えはといえば……、
「先手つかまつる……」
一歩歩み出たのは、スサノオ組の筋肉。
彼はハンガーにて(彼の主観で)今か今かと改造の時を待つエアリアルを見て、ほうと息を吐く。
(美しい……)
MS開発を生業として、30年。あらゆる勢力を腕一本で渡り歩き、ザウォートやディランザといった傑作機の開発にも携わってきた。そんな彼からしても、エアリアルという機体は美しく、洗練されている。
兵器として生まれたのか疑問に思うほど、滑らかで曲線的なボディ。見る角度によっては感情があるかのように細かく作りこまれた頭部。武装も分離独立し、スラスターにもシールドにもなるガンビットなる兵装を除けば、ビームサーベルとライフルというシンプルなもの。
かの有名な女神像を思わせる芸術的な姿を目の当たりにして、彼の心の中に一つの欲望が生まれた。そしてそれに賛同してくれる漢たちが、彼の部下として集っている。
「我らが提案するのは……」
「フルアーマーだ……」
ざわざわと、対するマスラオ組から困惑が波のように広がっていく。『バカな早すぎる……!』『まだ三話だぞ!?』、現実どころか別次元に視神経が接続されたと思しき声で格納庫中が埋め尽くされそうになり……
「ええい! 静まれ!!」
スサノオ組班長の、いや、親方の一括で静寂へと戻った。
そんな様子をロマンに取りつかれた妖怪は、静かに見守り続けている。
「我らが提案するのはフルアーマー。このエアリアルの各部を複合装甲で埋め尽くし、防御力を一段階底あげる。特に今回は決闘ルール。頭部装甲は頑強に固まる」
攻撃を防ぐか、回避するか。それは世論を分かつ大きな議題であり、ディランザは前者を、ザウォートは後者を選んでいる。そしてエアリアルが採用しているのはどう見ても後者、「当たらなければどうということはない」という通称コメット理論だ。
そして、機動兵器であるモビルスーツにおいて、防御を上げることは持ち味を殺すことにもなる。戦わなければ生き残れないのだから。
「だが、考えてほしい。エアリアルの主兵装はドローン、もといビットだ。先のディランザダルマ事件と同じく、棒立ちでも相手に勝利することができる」
何度砲撃を食らわせても、仁王立ちになったまま、ビットで縦横無尽に攻撃してくる様を誰もが想像し、その理不尽なあり方に血の気を引く。
「さらには、本体にも両肩に大口径ビームカノン、腕部にビームマシンガン、胸には新型の二連追尾ミサイルを装備させる。脚部に新型キャタピラローラーを取り付けることも忘れはしない。いざというときは引き撃ちで相手との距離を離すことも可能だ」
全身をハリネズミにしたうえで、回避手段まで講じる隙のない構成。だが、それだけであろうか? 機体の特性に合わせた装備と改善案の提案は"普通"。ゴテゴテの武装特盛まで至って、初めてロマン。
長年ロボット製作に明け暮れてきた漢が、ただそれだけで終わるわけがない。
そう、親方がこの提案をしたのには真の理由がある。その理由とは、
「このエアリアルは……乙女だ」
美しき、少女のごとき兵器。
「ならばこそ……! その素肌は守られねばならない!!!!」
「可憐なる白き肌に、傷をつけていいのか? それが漢である我らの提案するものか? いいや、違う。美しきものは守られるべきなのだ」
そして、
「泥臭さを愛するロマン教徒の一人として、諸君らにはある想像をしてほしい……」
親方が目をつぶり、合わせてその場の全員が目を閉じる。今は敵であろうともロマンを愛する同士、心のインナースペースで会話をできるくらいに、通じ合っているのだから。
「相手のジェターク製MSは強力だ。重装甲に高出力。いかにフルアーマーとはいえ、耐えきれぬこともあるだろう……。そして、その時がやってくる」
荒野の戦場で膝をつくエアリアル。その鎧のごとき追加装甲にはヒビが入り、美しき顔にも泥が跳ねている。
しかし、搭乗者も、そして機体もあきらめてはいない。
けがれなき乙女でありながら、それは戦乙女。
戦いを途中で投げ出すことはないのだ。
ゆっくりと軋みを上げながら立つエアリアル。前傾した体から、限界を迎えた装甲たちが剥がれ落ちていく。その奥から見えるのは、真っ白な傷のない白い肌。鎧は身を守るという役割を確かに果たしていたのだ。
そして今、殻を脱ぐように、無垢なMSは真の姿を取り戻す。
そう、
「アーマーぁああああ!! パぁジぃいいいいいいいい!!!!!!」
「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
瞬間、妄想を共有した者どもが雄たけびを上げる。
対立していた二つの組は中心で拳を天に突き上げた親方を取り囲み「親方!」「棟梁!」「強者よ!」「癖がつええ!」ともみ合いへし合いながら称賛しあう。
そしてまた、一人
「なんでアンタが泣いてるのよ!?」
「うぇええっ!!! えぁりあるぅ~~!!!!」
スレッタはボロボロになったエアリアルを想像してしまったのか、ボロボロと子供のように泣きながらミオリネに縋り付いて泣いていた。
そんな光景を一筋の涙を流しながら、ロマンに魅せられた妖怪は見つめていた。
狂乱と熱気はいつまでも続き、このまま親方の案が正式採用されるのだろうと皆が思ったその時。
「待ちたまえ」
静かな声が、熱気を制す。
それはマスラオ組の班長、白衣のオールバック、通称"主任"だ。
主任はコツコツと革靴の音を鳴らしながら、中央へと歩みより、親方の相貌を見つめる。
「フルアーマーを伏線とした、アーマーパージの提案とは……見事。この私ですら感涙を抑えきれないほどのロマンを感じた。しかし、」
そこで主任は、手にしていた涙で変色したハンカチを遠くへと放り捨てながら、一枚の企画書を突き出す。
「我らマスラオ組の提案は、それを凌駕すると自負している! 皆、自信を取り戻せ! 己のロマンを取り戻せ!
我らが提案する至高のロマン!! それは……!!」
「エンジェル、ウィング……」
主任はささやくようにつぶやいた。
かすかな声、しかし、誰もがその声を聞き逃すことはしない。その、陶然とした音色に、マスラオ組の男たちは後光を感じ、自然と斜め45度へと顔を上げた。
しかしながらスサノオ組は納得しない。彼らはフルアーマー理論を絶対の提案だと自負している。「ツバサ、だとぉ!?」「それは安直と呼ばれるものだ!」「機能性だけのロマンなど認めん!」などなど、またも騒乱が始まろうとして、
「待て!」
「親方! しかし!」
「確かに、翼をつけるという提案はストレートすぎるとも言っていい。だが、こやつもまたロマン教徒。ただ翼を生やすなどという真似をするわけがない」
すると主任は、ライバルをも擁護しようとする親方を見て、ふと柔らかな笑みを浮かべる。
主任は元々ロボットを理論面から研究する技術者であった。頭の中に浮かぶロマンを、ディスプレイと白紙の上に描きながら、具現化し、自分の理想を0から作り上げてきた。
半面、現場一筋の親方とは、それはそれは揉めたもの。かつては現実と理想をうまく擦り合わせることができずに苦悩した日々も送った。しかし、それを乗り越え、対立するチームでありながら同じく班長という立場になれたのは目の前の無骨な戦友ゆえだと思っていた。
「さすがは親方、いや師匠……。第一班を任せられるだけのことはある」
そして、主任はそんな己の先人をまっすぐ見つめながら、
「私が提案するのはただの翼ではない、天使の翼だ!!」
叫び、指を鳴らす。
するとエアリアルに光が当たり、その背に白い三対の翼が現れたではないか。それは短時間で用意されたとは思えない、精巧なプロジェクションマッピング。この議論が始まる前から、エアリアルがアスティカシアに降り立った時から、考えていた腹案に違いない。
「光の翼、機械の翼、ロボットに似合う翼は数あれど、今このエアリアルという機体に似合うのは、有機的な、そして複雑な天使の翼であると私は提案する」
「ふむ、続けろ」
「親方、貴方の考えは正しい。このエアリアルは乙女だ。我らは同じロマンの土俵に立っている」
しかし、
「貴方はその柔肌を覆い隠すことで守ろうとした。だが私は、その無垢を保ったまま、自由な翼で世界を羽ばたいてもらいたいと願った」
言いながら、投射される画像が変化していく。
その翼は無駄のない無駄に洗練された無駄な機能によって多層構造になっており、鳥の羽のように複雑な動きをすることが可能になっている。さらに翼の後方には3連の高出力スラスターがつけられ、3対6個の翼それぞれが方向を変えることで、今のエアリアルよりも柔軟な高速機動が可能になった。
「私はこのエアリアルに神秘さを見た。神秘とは手が届かないこと、余人に触れさせることなどないということ。ならばこそ! この天使の翼を身にまとうことで、真なる神へと、いや天使へと昇華してほしいのだ!!」
敬虔な信者のように、主任はエアリアルへとひざまずき、うやうやしく頭を垂れる。
それはまさしく名画に描かれる天使降臨。
あまりに神々しい姿に、全ての整備班が言葉を失い、しかして双眸からは温かい水の迸りを止めることはできなかった。
しかし、その中においても親方は冷静を保ち、
「主任よ、一つ聞きたい……」
「もちろん、なんでも……」
「その翼からは、羽が舞うのか?」
羽ばたくたびに羽が舞うなど、常識的に考えれば、無駄でしかない機能。だが主任は神の信徒らしくすがすがしくも狂気的な笑みを浮かべながら、
「当然でしょう?」
と、さもそれが世界の常識のようにのたまうのだ。
そして、
「ふっ、君もやはり、ロマンに狂わされた漢だったということか。……友よ」
「やっと、貴方のステージにたどり着けた……」
二人の班長は抱き合い、涙とともに健闘を称えあう。
その光景を前に、少しずつ、少しずつぱちぱちという拍手の音が広がり、最後には万雷のそれが空間を埋め尽くした。それを眺めるスレッタもまた、
「うっ、ぐすっ、よかったですねぇ……!!」
よくわからないけれど、なんだか胸が熱くなって、こぼれる涙を抑えることができない。
スレッタも交えて永遠に続くかと思えた拍手の嵐。しかし、そこでスレッタは正気を取り戻す。まだロマンの汚染が足りなかった。
「あ、あのぉ……けっきょく、どっちになるんでしょう?」
「「「「っ!?」」」」
重装甲フルアーマー案と、高機動ウィング案。それは決して相いれないながらも甲乙つけがたいもの。現実はいつだってロマンに無情であり、どちらか一つを選ばなければいけない。
「こうなったら!」
「ええっ! 我が長の審判を仰ぎましょう!」
社員一同の眼が、今まで一言も発さずに議論を眺めていたロマン男へと向けられる。彼らがここに集ったのも子供の理想を捨てずに会社という活躍の場を作ってくれた一人のロマン狂いへの信奉ゆえに。だからこそ、彼の判断ならば信じられると。
そうして、期待の眼差しを受けたロマン男は立ち上がり、全員の顔を見渡しながらつぶやくのだ。
「…………スカートを」
「スカートをつけるのは、どうだろうか?」
「「「「な、なんだってぇえええ!?」」」」
その一言は、大地を割る程の衝撃を一同にもたらし、しかしその予想だにしなかったアイデアへと思考は殺到する。
それはどちらかを選ぶというものではなく、どちらにも更なるロマンをもたらすアイデア。
天使の翼の生えたエアリアルに、スカート状の装甲がついたなら。
FAの壊れた中から、スカートをつけた女の子が現れたなら。
最後はもう凛々しい少女戦士擬人化エアリアルが脳内で共通智として現れるほどに具現化されてしまうほどに。
「社長!」
「社長!」
「取締役!」
「CEO!」
「長!」
口々に社員たちから放たれる妖怪への讃美歌。「社長!」「社長!」「大社長!」「大首領!」「社長!」「取締役!」「ロマン!」「ロマン!」「ロマン!」「ロマン!」「ロマン!」「ロマン!」「ロマン!」「ロマン!」。
ロマンと叫べ、それがこの世界の常識だ。とでも言わんばかりの雰囲気の中、社員たちに持ち上げられた子供社長の体は宙を一度、二度と跳ねる。
もう白黒をつけるなどどうでもいい。
ロマンの前に優劣などない。
いっそのこと、全部乗せれば最強じゃね?と皆が思い始めて…………、
「却下」
「………………え?」
「依頼は整備であって改造じゃないっての。資金を出すのは私よ? そんな無茶苦茶で現実のない案を受け入れるわけないじゃない。却下。さっさと言われた通りにエアリアルのチェックを始めなさいよ」
解散、と結局ロマンに洗脳されなかった女王様の一喝により、エアリアル魔改造計画は凍結されることになった。
そして、そんな顛末を……、
『変なことされなくてよかったぁ……』
と、胸をなでおろすMSがいたとかいないとか。
よろしければ、評価などもお願いします。
どこかでエアリアルは魔改造しちゃいたい……(プロスペラママに消される発言)