アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
「み、ミオリネさんはシャディクさんのこと、どう思ってるんですか?」
それは決闘の始まる数日前。スレッタはミオリネと一緒に農園でトマトを世話しながら尋ねた。
スレッタには迷いがあった。自分がどうして戦うのか、なんのために戦うのかわからなかった。いや、正確には何か戦う理由がある気がするのだけど、それが言葉にできなかった。
『俺は人生を賭けてこの決闘に挑む。
だから……君も考えておくといい、君が戦う理由を。誰かの借りものじゃない、自分だけの意思でね』
シャディクに告げられた言葉が頭から離れなかったのだ。
(だって、シャディクさんは本当にミオリネさんのことが……)
あの時のシャディクの目は真剣だった。自分に告白してくれた時のグエルと同じくらいに真剣で、シャディクがどれだけミオリネを大切に思っているのか、そしてミオリネの隣に立とうとしているのかが伝わってきた。
だからどうしても、自分というものが見劣りして感じてしまう。
シャディクの言う通り、自分は流されてばかりだ。
何も知らないままホルダーの座を手に入れてしまったし、株式会社ガンダムだってエアリアルが世界の役に立つかもしれないし、エアリアルとずっと一緒にいるためだからと入ったが、そのためだけに大切な家族であるエアリアルを傷つけるのは正しいと思えない。
ミオリネに対しても……大切な友人だと思うけれど、結婚相手や恋人とは違う。
だからもしミオリネがシャディクのことを大切に思っているのなら、スレッタは潔く負けて、あるべき形に戻してあげるのが正しいのではないかとさえ思ってしまう。
だけどそんな質問をされたミオリネはと言えば、顔色一つ変えないまま。
「シャディクは……バカね」
「……へ?」
と、あのロマン男と同じ評価をシャディクに下した。
ミオリネはため息を吐きながら、腕組みして言う。
「あの真正のバカと違って、アイツは考えすぎるのよ。なまじ頭がいいからって、ごちゃごちゃと余計なことまで考えすぎて変な方向に突き進むの。やりたいことがあるなら正攻法で行けばいいのにね。昔っから、こっちが効率良いとかこっちがリスク少ないとか、回り道ばっかり!
……覚えておきなさい? いくら知能が高くても、それがいいことばかりじゃないって」
「そ、そうじゃなくて……! そ、その、ラブみたいな……そういうこと、ないんですか?」
「そうね……まぁ、バカだけどありっちゃありよ」
ミオリネはやっぱり顔色を変えないまま続ける。
「少なくとも、私を尊重してくれるのは確かだし。アイツと私が協力すればすぐにでもグループを掌握できる。私は恋愛感情なんかで判断を左右されたくないけど、それでもアイツはパートナーとして選ぶなら第一候補よね」
それは口調こそぶっきらぼうで情の欠片すらない合理的なものだったけれど……ミオリネという人間にとってその言葉は最上級の評価としか思えなかった。
その言葉を聞いて、スレッタはうつむきながら小さく呟く。
「や、やっぱりそうですよね……私なんかより、シャディクさんの方が……」
花婿にもパートナーにもふさわしい、と。
「話は最後まで聞きなさい」
「あいたっ!?」
だけど、結論を下そうとしたスレッタのおでこをミオリネがピンとはねた。
突然の痛みに額を押さえながらスレッタが涙目でミオリネを見ると、ミオリネはスレッタの目をじっと見つめていて。スレッタはその美しい顔になぜかドキリとしながら目が離せなかった。
しかしスレッタの内心には気づいていないミオリネは、真正面から続ける。
「なんでアンタがシャディクに引け目を感じてるのか知らないけど、私はスレッタをアイツより劣ってるなんて思ったことないわよ?」
「……え?」
「少なくともスレッタは、私の人生で初めてできた、無条件で信用できる友達だと思ってる。あのバカもシャディクもマシだけど、結局ベネリットの鎖はあるしね。
でもスレッタは会社のしがらみもないし、嘘もつけないし、優しいし、約束も守ろうとしてくれるし……一緒にいて嫌だったことはない」
「……ミオリネさん」
「だからスレッタ・マーキュリー、私はあなたになにも強制しない。アンタよりシャディクがいいなんて言わないし、だからといってホルダーが嫌だったらやめてもいい
……最後はスレッタが決めればいいのよ。自分が何のために戦うのか、なにをしたいのかは」
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
「私が、やりたいこと……!」
スレッタはミオリネとの会話を思い出しながら、エアリアルとともにシャディクへ向かって行く。
決闘の第二戦、相手は同じく単騎で乗り込んできたシャディク・ゼネリ。そして一戦目を落とした株式会社ガンダムにとっては負けることが許されない戦いだ。
会場の外でも、あのエアリアル相手にタイマンを選んだシャディクに対し、無謀だといぶかしむ声もあれど、大多数はその男気に賞賛を送っている。
そんなシャディクが駆るのはミカエリス。
これもまたグラスレーの最新機であり、またかなり実験的な機体だ。
ベギルペンデのようにグラスレーはバランスと操縦性に優れた機体が売りな堅実な企業だが、ミカエリスの場合は右手のマニピュレータを廃して大型の複合兵装『ビームブレイサー』が取り付けられ、持ち味であったバランスを捨てている。
だがその複合兵装を使いこなすことができれば……
『行くよ、水星ちゃん……!』
ガンビットを射出して早速オールレンジ攻撃に移行しようとしたエアリアルへと、ビームブレイサーの三本爪が開き、そしてヴンという鈍い音とともに特殊なフィールドが形成される。
その途端にガンビットたちの動きが鈍り、スレッタのコントロールから外れてしまった。まるで操り人形の糸が切れてしまったように。
見たことがない事態にスレッタはうろたえる。
「みんな……!? もしかして、これがミオリネさんの言ってた……!」
21年前のヴァナディース事変にて、そしてそれ以前のドローン大戦を終結させた切り札。パーメットを介して行われる情報通信を一方的に切断する、無線誘導殺しの技術。
『そう、『魔女に下す鉄槌』アンチドートさ』
言いながらシャディクとミカエリスはエアリアルへと加速して、左手に持ったビームサーベルでエアリアルの右肩を深くえぐる。
エアリアルの特徴は間違いなくGUND-ARMを使ったガンビットの操作。それがなくなればあくまでオーソドックスなMSでしかない。
初手でGUNDを封じてくる事態でも、ブレードアンテナを落とされずに済んだのは、スレッタの純粋な腕前によるものだった。
「ほんとに、みんなの声が聞こえないなんて……!」
歯噛みしながら、辛うじて廃墟の中に潜り攻撃を回避するスレッタ。
だが、シャディクはさらに手を打つ。
『君とエアリアルは怖いからね、慣らす時間を与えたら対策をしてきそうだ……!』
そう伝えると、アンチドートを切ったのだ。
「えええ……!?」
途端にエアリアルの動きは正常に戻るが……それもまたスレッタの意識外で起こった出来事。集中状態にあるのに、いきなり別の操作を要求されるのだ。特に、ガンビットのコントロールと機体の操作性が変化することはパイロットの負担になる。
縄で縛られた人間がいきなり解放されたからと言って、すぐに自由に動けるはずがない。GUND-ARMのように自分の意識を機体まで拡張するシステムなら猶のこと。
シンプルに機体を操縦して状況から逃げることに集中していたのに、ビットのコントロールまで戻ればスレッタといえど行動にはラグが生まれる。
そして、シャディクはその隙こそが狙い。
戸惑いが動きに出たエアリアルへと、ビームブレイサーを有線で射出し、内蔵のビームキャノンを潜んでいる廃墟もろともに浴びせていくのだ。
『悪いけれど、君の思い通りになんてさせてあげないよ?』
「やっぱり、シャディクさんは強い……!」
その攻撃もスレッタは卓越した操縦と、元に戻ったビットによる防御も使って回避するが、あとは何度もその繰り返し。
シャディクのペースのままじわじわとエアリアルは削られていく。
スレッタが動きに慣れてきたと思ったら、アンチドートを発動し調子を狂わせ、そしてGUND-ARMなしに慣れたらアンチドートを切る。
ただひたすらに相手の調子を崩す戦法。
シャディクはただ男の意地で戦いに挑んだわけでもない。まして、アンチドートさえあれば勝ちを得られるなんて安直な考えはしない。
魔女殺しの特化武装すら、あくまで一つの手札。頼りとするのは、それを用いて冷徹に考え抜いた戦術。その頭脳と冷静さがシャディク・ゼネリの強さ。
パイロットが人間であるからこそエアリアルにも勝機があると考えた選抜戦と同じように、スレッタが人間であるからこその妨害策を仕掛け、そこに勝機を見出していた。
(っ、だめ……! みんなをうまく動かせない……!! このままじゃ何もできないまま……)
結果として、エアリアルは防戦一方だ。
元々が遮蔽物の多いフィールドで、シャディクもその隙間を縫うように攻撃をしてくる。なのでガンビット自体の有効性自体が少ないのに、アンチドートによって柔軟な操作を崩されては決め手となりえない。
獲物となってしまったスレッタの焦りは高まるばかり。
『そろそろかな……!』
そして、そんなエアリアルを見て、シャディクはさらに一計を案じる。
「また来る……!? でも、次こそ……!!」
スレッタが身構える。
エアリアルに迫る、ワイヤーで射出されたビームブレイサー。その爪が開き、アンチドート発動の光が生まれる。何度もギリギリの戦況で見せられた景色に、今度こそはとスレッタは決意する。最初からガンビットたちが使えなくなるとわかっているなら、その心づもりをすればいいと。
しかし、ガンビットたちのコントロールは……失われない。
『残念、フェイクだ』
「えっ……?」
『前ばかりを気にしてると、事故の元だよ……!』
予想していたはずの結果が来なかったことに一瞬茫然となったスレッタ。そこでワイヤー操作によりビームブレイサーを先行させていたミカエリスがエアリアルの後ろに回り込み、ビームサーベルを振りかぶったのだ。
同時にビームブレイサーもビームキャノンを発射。それはよけようとしたエアリアルの右腕を破壊し、挟み撃ちの形にしたミカエリスのビームサーベルも、エアリアルの左肩の装甲を深々とえぐってしまった。
そう、シャディクが使ったのは簡単なトリックだ。
アンチドートの発動手順を何度もスレッタに見せることで、次も同じ手が来ると予想させて、実際は発動させないことでラグなしに同時攻撃を行ってみせた。
だがその一手の効果は絶大だ。
スレッタはもう、相手の行動を何一つ信用することができない。
アンチドートを発動させるか、させないか、そして発動させるフリまで選択肢に入ってきた。どれも警戒しなければいけない状況では、意思と連動するエアリアルは万全の動きをすることができない。
コクピットで機体からの警告を受けながら、スレッタは冷や汗を流す。
「気にしたらダメなんて言われても……!」
とっさに頭部を守ることには成功したが、右手を失った以上、戦力は半減。頼みのみんなもこんな状況ではうまく指示できない。
この状況のまま進めば、万に一つも勝ちはないことが分かる。シャディクの行動には無駄など一つもなく、きっと彼の描いた予想図通りにスレッタは動いているし、その先に勝利の図式まで見えているのだろう。
スレッタの頭をよぎるのは、あの選抜戦のラスト。
シャディクの指示によって狙撃でやられた場面。
あの時も信じてくれていた仲間がいたのに、勝利をもたらせなかった。託されたのに、期待に応えられなかった。
なのに、今度はもっと大切な場面で同じ事態に陥っている。
「エアリアル……ごめんね」
このままじゃダメだ。また負ける。
「たくさん傷つけちゃって、これからも戦いになるかもしれなくて……」
もう手はない。今のままの自分では勝てない。
「……でも」
スレッタは前を見た。
「私……負けたくない」
信じてくれているミオリネのため、地球寮の仲間のため、それに戦っているシャディクだってスレッタがなにも成長しないままやられるなんて望んでいないはずだ。じゃないとあんな叱咤激励みたいなこと言ってくれるはずがない。
なにより、
「エアリアルと一緒にかなえたい、夢があるから……!!」
「スレッタさんが戦う理由?」
「はい、ミオリネさんには好きにしていいって言われて……」
ミオリネと会話した後、結局答えをもらえなかったスレッタはロマン男の元を訪ねていた。ミオリネはスレッタがミオリネと一緒にいる自信をくれたけれども、だとしてもスレッタが戦うことはスレッタの意思に任せるというもの。
結局スレッタは悩んだ末に、答えを見つけられずに先輩の元にやってきてしまった。
するとロマン男は「うーん」と悩むそぶりを見せて、
「俺からもああしろ、こうしろっていうのは難しいなぁ……だって、俺が決めちゃったらスレッタさんの戦う理由じゃなくなるだろ? 言われた通りにやれってことになっちゃうんだから」
「そ、そうですよね……。ごめんなさい、こんなこと尋ねて……」
こうなったらお母さんに聞くしかないと、スレッタは席を立とうとする。
けれども、そこでロマン男はスレッタをその場にとどめて、軽い調子で言うのだ。
「だったら今から探してみようか、スレッタさんのやりたいこと♪」
「え……?」
「スレッタさん、前に教えてくれただろ? この学園に来て、勉強して、やりたい夢があるって」
「は、はい……! 水星に学校をつくることです!」
それが送り出してくれたみんなと、母親に期待されていることだから。
スレッタの言葉にロマン男はうんうんとうなずきながら、
「その先には何があるの?」
と尋ねてきた。
「その、さき……?」
スレッタは質問に頭が真っ白になる。それが目標なのに、もっと先があるのだろうか、それとも先輩にとってはこの夢はそんなに大事なものだと思ってもらえていないのかと。ぐるぐる回りそうになる思考の中で、少年はスレッタに諭すように言う。
「大丈夫、君の夢は立派なものだよ。だから、それを掘り下げてみよう。
水星に学校ができたらさ、水星はどうなる?」
「えーっと、それは……人が、増える?」
この学園のように子供たちがたくさん勉強できるようになるかもしれない。
「おお、いいね! じゃあ人が増えたらどんないいことがあるのかな?」
「さびしく、なくなります。友達が増えたり、楽しい出来事もあって……」
「この学園みたいに水星が豊かになるわけだ……!」
そんな調子でスレッタは想像していく。
水星に学校ができたら。
たくさんの人が水星に住むようになる。おいしいものも売れるようになるかもしれない。老人ばっかりだった世界に活気が増えて、大きな街もできるかもしれない。きっと水星に住んでいた人がもっと幸せになれる。
「でも、それだけじゃなくて……」
スレッタは学園に来てから得た友人たちの顔を思い描く。
きっと今の水星はみんなにとって来るのも住むのも大変な場所。だけれどスレッタが水星に戻って、そのままみんなと会えなくなるのは寂しい。
水星の環境が良くなれば、外の世界のみんなも簡単に遊びに来ることもできるし、みんなにも水星がいい場所だねって言ってもらいたい。
そうだ、それは自分がこの学園に来た時と同じように……
「私、この学園に来た時、とっても幸せだったんです。水星の外に出て、こんなに広い世界を知ることができて……お母さんがこのチャンスをくれたことにも『ありがとう』って……」
「そっか……」
「だから、私も……水星以外の人にも、外の世界を見てワクワクしてもらいたい。来るときは不安でも、大丈夫だよって言えるくらい楽しい場所にしたい」
かつてのスレッタの世界のような、誰かが選んだゆりかごの舞台じゃない。
この学園に来て、スレッタの人生が豊かになったように、みんなが自分の物語を作れる場所を水星にも。
そしてそれを聞き届けた先輩は、静かに尋ねるのだ。
「じゃあスレッタさん、今から始まるチャレンジは……その夢につながっているかい?」
その答えは分かっていた。
「は、はい……! ミオリネさんが言ってました! エアリアルのことがもっとわかれば、安全なガンダムができれば、宇宙をもっともっと開発することができるって!
きっとそれが叶ったら……あっ」
スレッタは言葉を途切れさせる。
ふと、なにかが生まれたのだ。
それは小さなイメージだ。
その中で、スレッタはエアリアルと一緒に宇宙を飛び回っている。水星だけじゃなく、もっともっと先の世界を開拓していく。スレッタの視界の中にはエアリアルによって笑顔になった人がいて、スレッタも学園に来た時のような新しい景色を見ることができる。
想像するだけで幸せな、ワクワクドキドキする未来予想図。
「……私、もっともっと知りたい。もっともっとエアリアルと一緒に世界を見たいし、いい場所に変えていきたい。こんなに楽しい、大切な学園みたいに……」
スレッタはぎゅっと胸の前で手を握りしめる。
自分が掴んだものを離さないように。
それがきっと……
そして、コクピットの中でスレッタはエアリアルへと呼び掛ける。
「株式会社ガンダムで、エアリアルと一緒に世界をもっと良くしたい! 医療で、宇宙開発でみんなを幸せにしたい……!!
それでみんなと一緒に、もっともっとドキドキしたい、新しいこともしてみたい……!」
その見果てぬほど大きな夢が、
「私の……ロマンだから!!」
学園に来て、漠然とした目標を飛び越えて形作られた夢。
「だからお願い、エアリアル……! 私の夢のために、力を貸して……!!」
『―――――!』
余人には聞こえない声なき返事。
だけれど、その答えは明白だった。
「っ、これは……!」
アンチドートの発生下。にもかかわらずエアリアルの周りにガンビットが集結していく。
赤い血管のようだったシェルユニットの発光が青くなっていく。
「そうか、それが本当の水星ちゃん……いや、スレッタ・マーキュリーなんだね?」
まるで物語に出てくる魔法使いのように。
少女の夢を叶えるべく、エアリアルは覚醒した。
「行きます、シャディクさん……! 私のかなえたい、ロマンのために……!!」