アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

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すごく大事な回だったので、めちゃくちゃ時間がかかる+長くなってしまいました。でも、ここまでは描きたかった!

よろしければお楽しみくださいませ。


52. 友情とロマン

『教えてくれよ、お前のロマンを……!!』

 

 

 

 無責任で無鉄砲な言葉をロマン男が言い放って数年。

 

 だが、そんなことが世界の片隅であったからとて、地球と宇宙の問題が大きく様変わりすることはなかった。相も変わらず搾取される側とする側の極端な二極に別れ、世界は緩やかに衰退への道を歩んでいくばかり。

 

 そんな中、シャディクはグラスレーでの地位をさらに固めて後継者候補としてアスティカシア学園に入学し、アスム・ロンドもまた宣言通りに自作スーパーロボットを引っ提げて学園中を混乱の渦に叩き落とし始めていた時のこと。

 

「やあ、体調は大丈夫かい?」

 

「…………」

 

 シャディクは少しだけ疲れた顔をしながら、医務室を訪れていた。

 

 人工の夕暮れに照らされた、オレンジに染まった小さな病室。清潔で、薬品の匂いが香る、かつての自分たちが求めても得られなかった医療という贅沢。

 

 だがシャディクは怪我をしたわけでも、体調を崩したわけでもなかった。

 

 シャディクが来た目的は、その部屋のベッドの上で横になる、頭や右腕に包帯を巻いた少女の見舞い。

 

 その少女……サビーナはシャディクを見ると、力なく尋ねた。

 

「見ての通りだが……私を処罰しに来たのか?」

 

 処罰。

 

 それは言外に『切り捨てる』という選択肢を意味するものだと、シャディクもサビーナも理解していた。むしろ、サビーナもそれが当然だと受け入れるつもりでいた。

 

 サビーナが学園内で行った騒動を思えば、彼らの本来の思惑においても、グラスレーという仮の身分においても、厳しい処分は当然だろうと思っていたからだ。

 

 けれどもシャディクは首を横にふることで否定する。

 

「そんなつもりはないよ。この件は"事故"ということでカタがついた。しかも向こう側がわざわざ自分が原因だとか言い出したものだから、グラスレーとしても痛手がない形でね」

 

「…………ロングロンドか」

 

「ああ、その通りだよ」

 

 わざわざ"被害者"が自分が悪いとリスクを背負ってまで頭を下げてきたのだ、元々グラスレーも事を荒立てたくもなく、故意か事故かの判別もつかない状態。学園でのちょっとした騒動として、世に出さずに済ませて良いのならと双方が合意した。

 

 そしてシャディクとしても、今まで副官として信頼を寄せてきたサビーナを処断するというのは苦しいものがあった。

 

 冷静にして果断。サビーナはいつでもシャディクを支えてくれたのだから。

 

 だからこそ、シャディクはサビーナに尋ねた。

 

「なあ、サビーナ……どうして、こんな決闘を仕掛けたんだ?」

 

 それは、答えを求める口調ではない。

 

 むしろ、その答えは分かっているのだけれども、自分でも認めたくないというようなそんな逃げから生まれた質問だった。

 

 あのサビーナがどうしてこんな大事になるような決闘を挑んだのか。しかも……シャディクとは"表面上"友人関係であったアスム・ロンドと。

 

 そしてその結果として、サビーナはこんな形で入院をしてしまっていた。

 

「君らしくない。あんな無茶な条件まで出して」

 

「……ああすれば、たいていの男なら乗ってくると思っただけだ」

 

 決闘は双方が勝敗に係る要求を合意することで成立するが、サビーナが出した条件は大いに問題だった。なにせ勝った場合は『アスム・ロンドはシャディクと今後一切の関わりを持たないこと』。サビーナが敗北した時は『サビーナ・ファルディンは勝者の要求を無制限に実行すること』。

 

 という聞くだけでわかる、サビーナらしくもないめちゃくちゃな条件。

 

 だが、サビーナとしてはそれこそ『なんでも受け入れる』というところを強調して戦いに誘い出した。誘い出さなければいけないと思っていた。

 

 年頃の男子学生に、しかもベネリットグループの一社長としてサビーナの来歴を知りうる者に対価として差し出すには、あまりにもリスキーな条件だとしても。

 

「元々、奴になにも許すつもりはなかった。勝っても負けても、な」

 

「つまりサビーナは……最初から死ぬつもりだったのか? アスムを巻き込んで、あんな自爆までしでかして」

 

 シャディクの承諾も得ないまま、単身実行した決闘。

 

 ハインドリーとヴィクトリオンとの一騎打ちの形式で行われたそれは、ヴィクトリオンが優勢で進んでいた。軍隊仕込みの整った戦法をとるサビーナにとって、トリッキーにもほどがあるアスム・ロンドの動きは対処しきれるものではなかったのだ。

 

 そしてその決着がつこうとした刹那……ハインドリーがアスムの乗るヴィクトリオンに組み付き、大爆発を起こした。

 

 シャディクには分かっている。それが事故ではなくアスム・ロンドを殺害することを目的とした自爆であったと。

 

 サビーナは自嘲するように包帯のない手で額を押さえながらつぶやく。

 

「少なくとも、アスム・ロンドを排除するのは最低条件だったさ」

 

「……どうしてだ? アイツはベネリットの一社長だぞ。仮に事故を装ってコクピットを狙ったとしても、その後は君へ厳しい追及が向かうはずだ」

 

「それも承知の上だ。お前も言っただろう? 最初から死ぬつもりだったと。私から万が一にもシャディクと計画のことが漏れないよう、幕引きは自分でやるはずだった。同級生を死なせた自責の念だとでも言えば、筋は通るからな」

 

「だから、どうして……」

 

「わからないとは、言わせない」

 

「っ……」

 

 サビーナの静かな言葉に、シャディクは黙らされる。

 

 それは言外に責任の所在を明確にするもので……そしてシャディクにはその自覚があった。

 

「俺が……俺の煮え切らない態度が原因か」

 

 シャディクは奥歯を噛みしめながら言う。

 

 心当たりならば、ありすぎるほどある。

 

 シャディクもサビーナも同じグラスレー出身で地球にルーツを持つ孤児。そしてこの世界を変革させようと決意を共にした同志でもある。

 

 そしてとうとうグラスレーのバックアップを受けて学園に入学し、その身分を使って計画を実行する寸前まで来ていたのだ。

 

 だというのに、彼女たちのリーダーであるシャディクに異変が起きていた。

 

「支援組織を一方的に手切れ……いや排除したかと思えば、計画は実行するとばかりに裏工作は指示し、かといってアスム・ロンドやミオリネ・レンブランとの交友関係は健在。

 ……お前の行動は私からは整合性のない、迷いだらけのものに見えた」

 

「ああ、そうだね……自覚はあるよ」

 

「今だってそうだ……。昔のお前なら、こんなところに会いに来ることもせずに私を処分していただろう。私たちが信じていたお前なら」

 

 サビーナはシャディクに期待をしていた。

 

 大人たちの理不尽に巻き込まれ、得られるはずだった幸福を奪われてきた自分たちを率いて、この世界のルールを壊そうとする指導者。そんな彼を支えるためならば、全員が命を投げ出してもいいとさえ思っていたというのに。

 

 そのシャディクが迷ってしまえば、自分たちはどうすればいい?

 

 自分たちの目指していた大義はどこに向かえばいい?

 

「変わっていくお前が不安だったんだ。だから、原因を求めた。お前に元に戻ってもらいたかった。そして……アスム・ロンドを排除しなければいけないと思ったんだ。奴がお前を篭絡したのだと、そう思わずにはいられなかった」

 

 アスム・ロンド。

 

 恵まれた生まれ、恵まれた地位、恵まれた才能。それでいてアーシアンの盾になったり、学園で突拍子もない行動をとる狂人。

 

 彼がシャディクとミオリネ・レンブランと共に起業した顛末を加味しても、そんな男が遊びのようにシャディクを惑わせているのなら……許せることではない。

 

「それにロングロンドに条件を伝えた時、奴はすぐに乗ってきたからな。欲に負けるくだらない男だと決意は固まったよ」

 

 だから命を懸けて使命を果たそうとして……

 

 けれどもそこでサビーナは口をつぐむ。

 

 まるで自分が見てきたものが夢幻だったのではないかと思うような、そんな様子で。

 

 そしてシャディクはサビーナの揺れる瞳を見ながら、静かに確認した。

 

「だけど、もうそんな風には思えないんだろう? アイツは君が欲しかったわけでも、ただの考えなしでもない。なにより、君はアイツに救われてここにいる」

 

「まったく……なにを考えていたんだろうな」

 

 サビーナは追想するように目を閉じる。

 

 ヴィクトリオンのコクピットが開かないようにハインドリーで羽交い絞めにしていたというのに、なぜかヴィクトリオン頭部の口パーツが開いたかと思えばロマン男が飛び出してきて。

 

 それで逃げ出すのかと思ったらハインドリーのコクピット目掛けて個人携行のブースターで飛んで来るという奇行に走ったバカ。

 

 そしてサビーナのいるコクピットを外部から開けて、動揺するサビーナを無理矢理に引っ張り出して脱出したのだ。

 

 元々ハインドリー自体がパイロットの生存を優先するために外部からハッチを開けられる造りになっているのを知っていたのだろうが、あの異常な状況下で救助のためにためらいなく男は突っ込んできた。

 

 しかも、自分を殺そうとしていた相手を命がけで助けるために。

 

「さっき、アスム・ロンドがここに来たんだ」

 

「なんとなく何を言ったのかはわかるけど……アイツはなんだって?」

 

「『これからは自分を大事にしろ』、それが私への要求だそうだ。

 ……この体でも金でも他になんでもあるだろうに、それだけ守ってくれればいいと言われたよ」

 

「そうか……」

 

 アイツらしい、とシャディクはそんなことを思った。

 

 同時にサビーナの心中も、その動揺も分かってしまう。

 

(俺にも君にも、そう言ってくれる人はいなかったものな)

 

 シャディクは最初から、サビーナも戦争によって。本来は庇護されてしかるべき年齢だった少年少女は、幼いころから自立を余儀なくされてきた。グラスレーの施設で表面上は裕福に見えても、それは変わらない。

 

 むしろ会社が求める、役に立つ人材であること……大人になることを求められる日々。

 

 誰かに甘えることも許されず、むしろそんな弱みを見せれば切り捨てられるだけの立場だ。

 

 だから自分たちだけでやろうとしていたというのに……

 

「シャディク……彼はなんなんだ?」

 

 サビーナは心の底からわからないというようにつぶやく。

 

 そしてそれはシャディクも同じだった。

 

「さあ、なんなんだろうね……」

 

 わからない。

 

 そう、わからない。

 

 シャディクには全てがわからなくなっていた。自分がなすべきことも、進むべき方向も、傍から見れば親友であるともいえるアスムやミオリネとの関係も、なにもかもが。

 

 そしてその原因は……あの日のロマンにまみれた子供の夢。

 

(いつからだろう、お前の言葉が頭をちらつくようになったのは)

 

 最初は何をしていても平気だった。

 

 友の仇だと知っているテロリストを利用することも、紛争をコントロールして地位を上げることも。

 

 むしろその異常な"平気"こそが彼には必要だった。

 

 革命なんてなにかに酔っていられなければ成し遂げられることではない。迷いがあれば不可能な夢物語。だからシャディクは犠牲にも良心にも背を向けて、いつでも笑顔の仮面をつけたままで野望に耽らなければいけなかったというのに。

 

 だけれどその横で、バカは夢に向かって走っているのだ。満天の笑顔で、物語の主人公のように。

 

 学生の身でありながら理事になって、学園内で不当な扱いを受けた学生がいれば盾となって決闘をして、そしてあのヴィクトリオンを使ったバカみたいな戦い方でグエルともライバル関係になって学園中を盛り上げて。

 

 すべて、彼が語った夢の通り。

 

 そしてそれを知るたびにシャディクの脳裏にはだんだん『これでいいのか』という疑念がわいてしまった。狂気から覚めてしまったのだ。

 

 シャディクとて罪悪感がないわけじゃなかった。人の命が失われることに、それを自らの手で実行することに躊躇いがないわけがない。

 

 それでも世界を変えるには他に手がないから、自分たちがやるしかないからと思っていたからこその計画だったのに。

 

(お前が見せた希望は……俺には毒だったんだ)

 

 何かをするたびにアスム・ロンドの夢がちらつく。

 

 ヒーローだとか、世界平和だとか、笑顔だとか。

 

 シャディクが知らなかった眩しい何かを押し付けて、そして頭の中でささやく。

 

 もっと救える命があるんじゃないか、もっと人を傷つけない方法があったんじゃないか……優しい世界が作れるんじゃないかと。

 

 なまじ眩しすぎる希望を見てしまったせいで、シャディクの計画を動かしていた世界への諦観が揺らいでいった。

 

(なあ、俺はどうすればいい?)

 

 答えなどもらえないとわかっていながら、幻の中の妖怪に尋ねる。

 

 今さら何もかもなかったように友達になれるとでも? 自分はその友達の仇と共謀していたのに?

 

 今さら平和主義者になってロマンを追い求められるとでも? とっくにこの手は血でそまってしまっているのに?

 

 もっと早く出会えていれば、いや、グラスレーではなくロングロンドに拾われていれば、なんていくつものもしもを思い浮かべながらシャディクは底知れぬ苦悩を抱き続けて……

 

 そして、その迷いの末にシャディクが起こしたのは彼の人生において一番の"間違い"だった。

 

 

 

 

「シャディク・ゼネリ、俺と決闘しろ! タイマンだ!!」

 

 数日後、ロマン男は威風堂々とシャディクを指さし宣言していた。

 

 アスティカシアの校舎前で、多くの学生が取り巻く中。どこかのアニメやドラマで見たような絵になる光景の中で少年が言う。

 

 宣言とともに放り投げたロマン男の制服が宙を舞い、シャディクとのちょうど真ん中に落ちる。

 

 その宣言を、シャディクは苦い顔で受け止めていた。彼にはアスムのその宣言がまるで理解できない狂ったもののように感じられていた。

 

 シャディクは奥歯をぎしりと鳴らしながら言う。

 

「どういう、ことだ……? なぜ君が俺に戦いを挑む? "ホルダー"の君が」

 

 そう、シャディクとアスムの真ん中にある制服の色は白。アスム・ロンドはホルダーの証である白い制服を放り投げながらシャディクに決闘を挑んだのだ。

 

 こんなものに価値はないというように。

 

(バカな、どうしてわからない? これがお前にとっての最適解だろうに)

 

 既にミオリネの婚約者が決闘によって選ばれると公布されており、ミオリネの入学前と言えどアスム・ロンドにはその資格がある。このまま彼がホルダーになれば、御三家と並ぶほどにロングロンド社は力をつけられる。

 

 それに以前のホルダーであったグエルともあれだけ戦っていただけに、学園ナンバーワンという称号にロマンを感じていたことも間違いない。

 

 なのにわざわざ決闘を、それも学年三位で自分と互角以上の力があると認めているシャディクを相手に挑むなど、一つも合理的ではない。

 

 だが妖怪は勝気に笑いながら言うのだ。

 

「ははっ! わかってんだろ? 俺が求めるロマンはこういうことじゃないって!

 だから俺がお前に求めるのは、もう『こういうこと』をしないこと! 逆にお前が勝ったら、この結果も何もかも受け入れて言う通りにしてやるよ!」

 

 言外に少年が言う意味を、シャディクは知っている。

 

 もう"決闘に横やりを入れるのはやめろ"ということだ。

 

 アスム・ロンドがホルダーになったのは、当然に前ホルダーのグエルを決闘で破ったから。

 

 グエルとアスムとの決闘自体は珍しいことではなく、本人たちもそのぶつかり合いを楽しんでいる節があったが、いつもは僅差でアスムが負けていた。

 

 しかし、今日に限って結果が違う、

 

 グエルに機体トラブルが発生し、結果的にアスムが勝者となったのだ。

 

(証拠なんてなかったはずなのに……またお前の野生の勘か、あるいはグラスレー内部に子飼いがいるのか)

 

 もちろん機体に細工をしたのは、シャディクが買収していたジェターク寮の学生。

 

 シャディクがそうした理由は言うまでもなく、アスム・ロンドをホルダーにすることだ。

 

 シャディクはそんなアスムの視線から目をそらすと、愚痴るように言う。

 

「理解できないな……。このままお前がホルダーになればいいだろう? ミオリネも気心知れたお前なら安心して学園生活を送れる。ロングロンドはミオリネの後ろ盾を得て、躍進できる。

 口上でも言われているだろう。この決闘は、結果だけが真実だと」

 

 だから裏工作でもなんでも受け入れればいい。そんなものは全て自分が引き受ける。

 

 シャディクはサビーナとアスムとの決闘から、一つの諦めを抱いていた。

 

 もはや最側近である彼女すら追い詰めるほどに堕落してしまった自分に為せることはない。だったら同じく世界を変えようとしている同志として、アスムの不可能な夢を後押しするくらいしかできないと。

 

 シャディクはこれからあらゆる手を使って、最後には武力や暗殺という手を使ってでも、アスム・ロンドをホルダーにするつもりだった。

 

 そうすれば彼自身もミオリネも幸せになれる。世界も変わるかもしれない。

 

 少なくとも今よりもっと少年は夢を叶えられる地位を手に入れられる。

 

「なのに、なにが不満なんだ……!」

 

 自分が野望を諦めてまで力を貸しているというのに。

 

 シャディクの困惑に、妖怪は歯をむき出しに笑いながら言う。

 

「それを決闘で教えてやるよ、マイフレンド……!! アニメの定番だからな、友達と殴り合いの喧嘩ってのはな!!」

 

 

 

 わからない。

 

 決闘のさ中、それだけがシャディクを支配する。

 

 自分は最適な答えを用意した。少なくともアスムもミオリネも不幸にならないように、彼らの望みをくみ取って最大限配慮した。

 

 アスムは大きすぎる夢に向かって邁進しているが、それを達成するためにはベネリットグループの頂点、少なくとも御三家をしのぐ発言権を得なければいけないことくらいわかっていたはず。その近道がホルダーとなってミオリネを手にすることだ。

 

 ミオリネもそう。もはや父親になんの期待もしていないのか、あの腹立たしいほどにミオリネを粗末に扱うホルダー制度にも『そう』と冷淡な反応を示していたが、いつもの鋭いまでの強い言葉が出なかっただけで彼女の内心がシャディクには想像できた。

 

 だがアスムがホルダーとなれば、ミオリネは不埒な輩から守られるし自由も保証される。グエルも父親に似ていない気の良い男だとはわかっていたが、勝手知ったる仲の方が気が休まるはずだ。

 

 それに……シャディクも仮に彼らが結ばれるのならば、もろ手を挙げて祝福できる。

 

 もはや計画が修復不可能なまでに乱れた以上、グラスレーでの地位も何もかもに価値はない。自分の存在さえ、これまでの策謀が明らかになれば彼らの足を引っ張るものでしかない。

 

 必要であればグエルやエランを学園から追い出し、自らにも引導を渡す。

 

 それがシャディクが考えた、自分にできること。

 

 けれど、それを……

 

「この、大バカ野郎がァアアアアアア!!!」

 

「ぐっ……!」

 

 バカの大きすぎる声を伴いながらヴィクトリオンが拳を放ち、ハインドリーの顔面を撃つ。

 

 精彩を欠くハインドリーが許してしまったクリーンヒット。だが、本来はそこでブレードアンテナを折ればいいというのに、バカはどこぞの漫画のように頬を殴って吹っ飛ばすだけだった。

 

 プライベートチャンネルだからと、彼らへの利を説いたシャディクへ返ってきた自称親友の返答がそれ。

 

 ヴィクトリオンが腕を組み、仁王立ちになりながら目をビカビカと光らせ、その中で少年が叫ぶ。

 

「こんなこと俺もミオリネも望んでないっての! なに勝手に俺達のことを決めてんだっ!!」

 

 ああ、それは確かにそうだろうとシャディクは思う。

 

 だが、

 

「……お前の方こそ、勝手だろう。いつもいつも、余計なことばかりをまくしたてて、俺が考えたことなんて一つも思い通りにしてくれない」

 

「あったりまえだろが! そりゃお前は頭がいいさ、俺より何十倍も頭がいい!! だけど、お前には大切なものが抜けてる!!」

 

「っ、だったら言ってみろ……! 俺になにが足りないって言うんだ……!」

 

 お前のような良心か? それとも夢を信じる純朴さか?

 

 手に入るわけがない。お前は俺の過去を知らないだろうが、そんなものを抱けるような境遇じゃなかったんだから。

 

 戦闘のテンションと、ロマン男の無責任な言葉に憤りながら、シャディクはそんなことを言ってしまう。

 

(言えよ、言ってみろよ、アスム・ロンド……! お前に俺のなにが分かる……!!)

 

 そして、

 

「お前の幸せが、どこにもねえんだよ……!!」

 

「…………え?」

 

 その涙でも混じったかのように濁った叫びに、シャディクは頭を真っ白にした。

 

 もはや決闘のルールも忘れたように、ヴィクトリオンが力なく倒れたハインドリーの両肩を掴み、顔面をぶつけるような勢いで少年が叫ぶ。

 

「お前の計画ぜんぶそうだ! 俺が全てを被れば、俺が責任をもつから……! 俺が、俺が、俺がってぜんぶ背負いやがって! 今回だってばれたら自分一人が処分されたらいいとかそんなこと思ってんだろ!? ふざけんな……!! それを俺が許せると思ってんなら、俺のことぜんぜんわかってないからな……!」

 

「やめろ……」

 

「いいかっ!? お前はお前が嫌いみたいだけど、俺はめっちゃ好きだぞ!? お前は俺のたった一人の親友で、頼れる仲間で、お前がいなかったら俺の夢だって叶うわけがない!!

 そのお前が……! シャディクっていうお前が、お前自身を大事にしないのがめっちゃむかつくっ!!」

 

「やめろ……!」

 

 もはや泥仕合となった決闘で、二機のMSが取っ組み合う。

 

「なんでお前はいつもそうなんだ……! バカで、まっすぐで、自分勝手で……!! だけどそんなお前がうらやましくなる……!!」

 

 そうだ、とシャディクは思う。

 

 結局、なんで迷っていたのかと言えば、自分もこうなりたかったと思ったからだ。

 

 理不尽があっても、大切な人を奪われても、希望を捨てずに立ち向かう強さも。その明るさで周りを変えて、誰かを守り守られていくまっすぐさも。

 

(こんな俺を、友達だと呼んでくれるお前が……!)

 

 無手になったハインドリーが初めてマニピュレーターでヴィクトリオンの胸を小突く。元から格闘戦など想定していない機体で、シャディクも慣れていない。だけれど、その子供のような不器用なパンチこそが、初めて見せたシャディクの本音かもしれなかった。

 

「だけど、できるわけがない……! お前は知らないだろ、俺がなにをしてきたのかを……!」

 

「ああ、知らないねっ! けど関係あるか!?」

 

「関係あるさ……! お前の仇を利用して、人を殺して……! そんな俺がお前たちの仲間になれるとでも!?」

 

 その質問の答えは……アスム・ロンドにとっては当然一つだった。

 

「うっせー、バーカっ!!!! だったら今からそんなのやめて、ちゃんと仲間になれよっ!!」

 

「っ……!?」

 

「ごちゃごちゃごちゃごちゃ……! んな言い訳はここで全部捨てちまえ……!!

 っていうか、お前の夢は世界を変えることなんだろ?! そのためならなんだってできるってんだろ!?」

 

 だったら、

 

「友達を頼って、惚れた子に告白するくらい! してみせろよ、このヘタレ!!」

 

「そんな簡単に言えるのが……!」

 

「裏工作とかしてる方が難しいだろ、常識的に考えて!」

 

「お前が常識とか口にするな……!!」

 

「じゃあ、さっさと告白しろよ!? 今ここで!! 俺でもわかんだからな、お前がミオリネのことが好きなくらい! なーのに、なにが俺がホルダーやれだ、俺とミオリネがくっつけばハッピーエンドだ!! お前にとっちゃめっちゃバッドエンドだろ!! 頭いいなら、それくらいなんとかしろってんだ!!」

 

「言いたい放題、このっ……」

 

 どれだけ自分の気持ちを殺してきたのかも、自分の思いに蓋をしてきたのかも知らないままで、ひたすらに煽ってくるバカ。

 

 だけどこんな言い争いも、誰かと取っ組み合いになって声をぶつけ合うこともシャディクにとっては初めてで……

 

 もう計算も計画も何もない。

 

 理屈じゃない。

 

 そんなシャディクが考えてきた綿密な知略などとは程遠い低次元のケンカこそがシャディクにとって必要で、与えられてこなかったものなのかもしれない。

 

 俺だって、とシャディクが思った。

 

 仮面はとっくに壊れ、ヘルメットの奥には血走った目と、汗でだらだらに乱れた表情があった。

 

 そして、

 

(俺だって、俺だって本当は……!)

 

「俺は、俺は……!」

 

「言え、言ってしまえ、言うんだ……! 言えよ、シャディク……!!」

 

 

 

「俺は……! ミオリネが……好きだぁああああああ!!」

 

 

 

「ははっ……!!」

 

 子供のように格好の悪い、けれど心からの叫び声をあげた友人を見て、アスム・ロンドは笑う。

 

 戦いの中で愛の告白なんて、少年が考える最高のロマンであるし、何より……

 

「やっぱりお前は最高の友達だ……!!」

 

 そんな友達となら、きっと世界だって変えられると思ったから。




次回:はっちゃけシャディクVSスレッタ決着



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