アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

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第一部完というか、前半戦終了な展開。

しかしもちろんまだまだ続きます。


56. (株)ガンダム大勝利!!希望の未来へレディ・ゴーッ!!

 一つの戦いが終わった。

 

 アスティカシア学園に熱狂の渦を巻き起こし、この後に何年も語り草になるグラスレー寮と株式会社ガンダムの総力戦。

 

 それはシャディクとミオリネの関係から史上最大の痴話喧嘩とも呼ばれたり、あるいは少しだけ事実が歪曲して、ロマン男が学園のアイドルメイド化計画を企んだという笑い話になっていたりと様々な形で後世に伝わるのだが、それは置いておく。

 

 ともあれ、株式会社ガンダムの勝利に終わった決闘により、正式に株式会社ガンダムの開業は認められ、ミオリネたちは自分たちの夢に向かって進み始められる…………はずだった。

 

 

 

「ええ、義父さんのご要望通り。全てうまくいきましたよ」

 

 

 

 訥々と、無感情に。

 

 シャディクは暗がりの中、学生手帳に向けて怪しい笑みを浮かべながら話しかけていた。

 

 そこに映っているのは土気色の顔をしながらも眼光は衰えない老獪、シャディクの養父であるサリウス・ゼネリ。

 

 シャディクは薄ら笑みを浮かべながら、サリウスに自らの策が成就したことを報告していく。

 

「株式会社ガンダムの戦力分析、そしてエアリアルの持つアンチドートへの耐性まで明らかにすることができましたし、この決闘を利用して、彼らの懐に入ることができました」

 

『……それにしては随分と騒ぎが大きくなったようだがな』

 

「ふふふ、木を隠すには森の中というやつです。

 あの経緯なら、僕が恋愛感情に流されて暴走したようにしか見えないでしょうし、彼女たちの僕への警戒も下がっていることでしょう。

 それにグラスレーのアンチドート技術が欲しいミオリネにとって、僕の身柄を抑えられるというのは願ってもない機会だったでしょうから」

 

 これでシャディクは学園の誰に疑われることなく、株式会社ガンダムに侵入することができる。

 

 そうして狙っているのはもちろんガンダムの情報と、必要ならば破壊工作。

 

 現在の立ち位置なら他の企業が狙っているエアリアルの秘密を堂々と探ることもできるし、その結果如何によっては株式会社ガンダムに対する武力制圧も指示することができる。

 

 いくらグラスレーの間諜が優れているとはいえ、学生主体の内輪な企業の情報はつかみにくいのは当然だ。シャディクがサリウスの要求を達成するためには、自然な形で株式会社ガンダムに浸透する必要があった。

 

 そう、あの公開告白も、いったい何が目的だったのかも分からなくなった決闘もすべてはフェイク。

 

 あえて騒ぎを起こし、あえて自らの恋心を暴露し、周囲にシャディクが私欲で決闘したように見せかけた。

 

『よくやった、シャディク。今後も進展があれば逐一報告するように』

 

「了解、義父さん……」

 

 こうしてシャディクとサリウスの企みは知られることなく進行。

 

 シャディクは通信を切り、策謀家としての笑みを浮かべると、

 

 

 

「ということで、お世話になるから。以後、よろしく♪」

 

「「「「なんなんだよ、おまえっ!?!?」」」」

 

 

 

 会話の一部始終を聞いていた地球寮の全員から、困惑のツッコミを受けることになった。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「まったく、大仕事だったよ……」

 

 あー、疲れたとばかりに地球寮、現株式会社ガンダムのオフィスの椅子にどかりと座ったシャディク・ゼネリ。

 

 先ほどの怪しい顔した策謀家からの豹変ぶりに、オジェロ達は『マジかよこいつ』という心底信じられないものを見る視線を浴びせかける。

 

 だが、シャディクはそんな視線慣れっこだとばかりに、テーブルに置いてあった紅茶を勝手に入れて飲み始める始末だ。

 

 先ほどのサリウスとの会話はミオリネ達を始め、株式会社ガンダムの眼前で行われたもの。

 

 決闘の翌日、勝利の余韻に浸っていた地球寮を突如として訪れたシャディクは、明かりを落とすように指示すると、さっきの会話を始めたのだ。

 

 しかも内容は『自分はグラスレーのスパイです』と告白するようなもの。それをスパイしている相手の前で言い出すのだから訳が分からない。

 

 ただ、ミオリネだけは心底呆れたような顔をしながら、シャディクにジト目を向けて言うのだ。

 

「そんなことだろうと思ったけど、この状況がアンタの目的だったってわけね」

 

「ああ、これで俺は義父をごまかしたまま株式会社ガンダムに協力できる。向こうには俺がスパイをやっていると思わせておけばいい。アリバイ作りに多少の情報の横流しはさせてもらうけど、それもうまく利用して、こちらの有利に働かせてみせるよ」

 

「アンチドート技術の提供は?」

 

「そちらも抜かりなく。あの決闘で義父もさすがに肝を冷やしたはずだ。なにせアンチドートが効かないガンダムだからね。

 おそらく技術研究を再開させるだろうけど、その対象であるエアリアルは株式会社ガンダムのものだ。実証のためにも、俺が少しつつけば実物を送ってくるさ」

 

 そんな会話をするミオリネの顔に、困惑や怒りの色はまるでない。

 

 淡々と、あくまでこれが筋書きの通りだったとでも言うような平然とした様子だ。 

 

 チュチュたちも会話の半分は理解できていなかったが、そのミオリネの姿にようやくとシャディクのスタンスを飲み込み始める。

 

「っつーことはアンタ、最初からあーしらに協力するつもりで?」

 

「ああ、その通り」

 

「で、でも、あの決闘は手を抜いてる感じじゃなかったですよね!? もし私たちが負けてたら……!」

 

 会社がつぶれて協力も何もないじゃないかと。

 

 そんなリリッケの焦った声にも、シャディクはさらりと甘い笑顔を浮かべながらのたまう。

 

「その時は君たちは俺の管理下で動けばいいっていうだけだよ。正式にグラスレー傘下になるから今より信用性は上がっただろうし、ミオリネは共同経営者という形にすればいい。

 ああ、学生起業規則に関しては、学生企業の体裁じゃなくせばいいだけだから、君たちが確保しているベルメリア博士でも、俺の部下のグラスレー社員でも名目上のトップに置けばそれで解決だ。学生起業規則の適応範囲は学生だけだからね。柔軟にいこう、柔軟に♪」

 

「「「「えぇ…………」」」」

 

 つまりシャディクが言うには、勝っても負けても結果は大きく変わらない。

 

 もちろんトップがミオリネと大っぴらに言えなくなるし、グラスレー傘下となってしまうことで研究の自主性は多少損なわれるだろうが、それにより得られる利益もあるのでトントンというところ。

 

 逆にシャディクが言うことが正しいのならば、

 

「ってことは、あの決闘なんの意味もねえじゃん!? 俺らがデミトレでひどい目に遭った意味は!?」

 

「そうだよ、最初っから素直に協力するっていえばいいじゃんか」

 

 オジェロとヌーノはくたびれ損だと不満顔。

 

 チュチュやリリッケ、それにスレッタもどうして決闘をしなければいけなかったのか理解できていない様子。

 

 ただその中でもティルだけは思案顔のままで言った。

 

「そうか。あれはアピールでもあり、同時に試験でもあった……ということかな?」

 

「話が早いね。ミオリネやアスム、それにティル・ネイス。君は理解しているようだけど、他の子はもっと自分がタブーに手を出していると理解したほうがいい。もちろん、スレッタちゃんもね」

 

 シャディクはかみ砕いて説明する。

 

 決闘の副産物としてエアリアルのアンチドート耐性が明らかになって、アンチドートデバイスを供与されやすくなったというのもあるが、あの決闘は株式会社ガンダムの信用を内外にアピールするために必要だった。

 

 過去の騒動から機動兵器としてのGUND-ARMに対する忌避意識と恐怖はまだ根強い。

 

 株式会社ガンダムへ投資をしたのは、あくまでミオリネという存在に期待しただけで、この宇宙の大部分はGUND-ARMの暴走や将来性について危惧を抱いている。

 

 もし学生たちが取り扱いを誤ったら、もしテロリストに襲われてガンダムが奪われたら、あるいは機体が暴走したら。

 

 医療と宇宙開発を謳っている信用第一の企業なのに、当の技術が大きな足かせとなってしまう。

 

 だから示す必要があった。

 

「君たちがただの学生じゃなく突発的な事態にも対処できる力があるとね。

 そして今回、俺たちグラスレーの精鋭を真っ向から打ち破って見せたことで。エアリアルの存在を抜きにしても、実力を世界に示すことができた。そしてそれはガンダムという大きな武力を御せるという一つの論拠にもなる」

 

 ガンダムが暴走したらどうしますか! → 合体デミトレでもヴィクトリオンでも引っ張ってきて止めます!

 

 と、字面は冗談を言っているようにしか聞こえないが、グラスレーの最新鋭機に勝利したことで少なくとも机上の空論ではない実績が手に入った。

 

「逆に君たちが負けたなら、そんな状態でミオリネとアスムにガンダムを扱ってほしくはないからね。グラスレーの庇護下で活動してもらった方が誰にとっても安全だ」

 

「よく言うわよ、事前の説明もなかったくせに」

 

「何度も心配だとは言ったじゃないか。それに君が勝利したことでグラスレーを破ったという箔付けも、世間へのアピールもできた。なによりあんなにエンタメ尽くしの決闘をしたんだ、世間からの風当たりも弱くなるだろう」

 

 というのが、シャディクが唐突に挑んだ決闘の背景。

 

 ちなみにほぼだまし討ちに近い形をとったのも、元々ミオリネとアスムと距離が近いと目されていたシャディクが八百長を仕掛けたと思われないための偽装だったとのことだ。

 

 そしてそんな長ったらしい説明を聞いたチュチュたちは頭を抱えながらうめく。

 

「うげっ……あーし、頭痛くなってきた」

 

「俺も……」

 

「まじめんどくせ……」

 

 めんどくさい。

 

 どこまでもそれに尽きる。

 

 シャディクの感情の原点は友人と想い人を守ってあげたいし、その夢を叶えるために協力したいという純情そのものだというのに、出力されるのが二重にも三重にも遠回りした複雑なものになってしまっている。

 

 しかも当の本人は「なぜそんな顔をするんだい」みたいな、理解される前提で話しているというのもおかしい。

 

 そしてそれに対してフラットに対応できてしまうミオリネも末恐ろしいと感じるのだ。

 

 ミオリネはシャディクを小突き、にらみつけながら言う。

 

「最初から言っとけってのは……サリウス・ゼネリにシャディクと協働してるって知られないためには無理だっただろうけど、察しろってのも不親切すぎるのよ」

 

「そこは君たちを信用した結果だよ。俺の狙いに気づいてくれるとね。ちなみに、最初に感づいたのはいつ頃なんだい?」

 

「アンタが決闘を仕掛けに、この門をくぐったときよ」

 

「ほう?」

 

「シャディクが本気で妨害する気なら、こんな正面から来るはずないでしょ? だからアンタらしくメンドクサイアシストを仕掛けてるってのは薄々と気づいてたわよ。

 で、狙いの確信を持ったのは、決闘の直前に『株式会社ガンダムもよこせ』なんて追加条件を出してきたこと」

 

「ははは、確かにあれはあからさまだったね」

 

「『そちら側も条件を追加していい』なんて、横暴に見せかけた誘導じゃない」

 

 だから狙い通りにシャディクの身柄をミオリネは要求した。

 

 傍から見るとだまし討ちをしてきて、しかも会社の実権まで狙ってきた男だから、グラスレーへの人質にしつつ、監視下に置いて身動きを取れないようにするというのは合理的だからだ。

 

 ともあれ、これでシャディクとミオリネの狙い通りに決闘が終了。

 

 決闘の結果、シャディクへの一定の命令権がミオリネに与えられることになり、そんなミオリネはびしりと書類をシャディクに突き付けながら宣言する。

 

「シャディク、アンタには株式会社ガンダムの社外取締役兼監査担当を任せるわ。それでサリウス・ゼネリへの言い訳もたつでしょ?」

 

「了解したよ、ミオリネ社長。とはいえ、毎日顔を出すわけにはいかないからね。エナオ達をなるべく交代で連絡要員として置くようにしよう」

 

「そうしてちょうだい。あと、グラスレーが旧ヴァナディースの資料を接収していたら横流ししてくれると助かるわ」

 

「それはまた無茶言うなぁ……」

 

「エアリアルの修理にファラクトの改修でクエタまで行かなくちゃいけないのよ。その余計な出費分は働けっての」

 

 なんて既にミオリネとシャディクはビジネスモードで会話を始めてしまっている。

 

 そこにはあの決闘で、あんなに情熱的に愛の告白をした男と、告白された女という甘酸っぱい雰囲気は感じられない。

 

 ただそんな様子をミオリネの隣で見るスレッタは、なにやら口をもにょもにょさせてしまう。

 

(なんだか、ミオリネさんも楽しそう)

 

 きっと世に言う恋人同士のような甘い雰囲気を、この二人は出すことはないのだろう。

 

 どこまでもビジネスライクで、見た目はドライで冷め切っているかもしれない。

 

 だけれどそんな二人だからこそ、相性が良いこともあるのだとスレッタにもわかり始めていた。

 

 と、そこでふとスレッタは気づく。

 

「そういえば、今日は先輩来てませんよね?」

 

 シャディクの行動の裏なんてとうに気づいていた、あるいは信じ切っていただろうロマン男が、このシャディク合流というロマンあふれる場面にいないことを不思議に思ったのだ。

 

「そういえば……」

 

「それでか、静かすぎるとおもったんだよな」

 

 もしここにいたのなら、あの大きすぎる声でロマンだ青春だとギャーギャー騒いでいただろうに、影も形もない。

 

 そして不在なのはアスムだけではなかった。

 

「アリヤも用があるって出かけてったし」

 

「あのニカも、今日はいねぇな」

 

「実はうちのサビーナも外せない用があるって言ってたんだけど……アイツもそろそろ腹をくくったのかな」

 

 

 

 シャディクが昨日の大騒動を思い出して苦笑いを浮かべていたころ、話題のロマン男は少しだけ緊張した面持ちで木漏れ日の中を歩いていた。

 

 いい天気だ。

 

 人工の光だけれども、春の日差しのように温かく、少年の心を落ち着けていく。

 

 そしてアスムが向かうのは、学園の中でも静かに過ごせると穴場になっている自然も豊かなスポット。彼はそこにある人を呼び出していて……

 

「…………おっ」

 

 待ち合わせは五分後、だというのにもうその人影はしっかりとベンチに座ってアスムを待っていた。元から美しい顔立ちが、柔らかい日差しに照らされて、ことさらに魅力的に輝いていた。

 

 そんな彼女に対してアスムは声をかける。

 

「わるい、待たせちゃったなサビーナ」

 

 そしてサビーナもまた、立ち上がるといつもの淡々とした調子で応じるのだ。

 

「いや、ちょうど私も来たところだが……何かあったか?」

 

「まあ、ちょっとな。女の子って強いなーって思わされたよ」

 

 いつもと少しだけ様子が違うアスムの様子を怪訝そうに見るサビーナに、アスムは頬をかきながら苦笑いする。

 

 ただそれは困りごとがあるというよりも、どこか照れくさそうで、それでいて相手をすごいと心から尊敬しているといった言い方だった。

 

 それを聞いてサビーナも気づく。

 

「ニカ・ナナウラとアリヤ・マフヴァーシュか」

 

「うん、さっき二人に別々に呼び出されて……少し話をしてきた」

 

「そうか……」

 

 話の詳細をあえてロマン男は言うこともない。

 

 だが目を少し伏せたサビーナには彼女たちがなにを彼に告げたのかは手に取るようにわかってしまった。

 

 昨日、不意打ちのように彼の唇を奪い、積年の思いを込めてした告白。

 

 同じように彼に思いを寄せていた彼女達は、さぞかし驚き、行動をするきっかけとなったに違いない。元からアリヤは告白めいた言葉を伝えていたとも噂に聞くし、ニカはあのアスムの告白騒動の当事者だ。

 

 なにより彼女達が彼に向ける真剣な想いも、同じ女性としてサビーナには痛いほどわかっていた。目を見るだけでとは、よく言ったもの。

 

 だから正直なところを言えば、サビーナには彼女達を出し抜いてしまったことへ、申し訳ない気持ちもある。

 

 かといって彼を諦めることなんてできないし、その程度の気持ちでキスを捧げたわけでもない。

 

 だからサビーナは想い人からの返事を得るために約束を交わし、こうして彼を待っていた。

 

 内心では当然に不安と恐怖が渦巻く。

 

 拒絶されたらどうしよう、あるいはアリヤやニカに快い返事をしているかもしれない。

 

 MSに乗って戦い、そして犬死することも恐怖ではなかったというのに、サビーナはただの少年の言葉をこんなにも真剣に待ってしまう。

 

 そして、

 

「それで……お前はどうしたい?」

 

 あとはアスムがどう決断をするか。

 

 サビーナは内心の動悸を隠しながら、アスムをじっと見つめて。

 

 そしてアスムは彼らしくない淡い笑顔を浮かべながら、静かに口を開いた。

 

「まず、今までずっと気持ちに気づけないままでごめん。……他のみんなが言ってたみたいに、俺はロマンにかまけすぎてて、サビーナの気持ちをずっと見逃してしまっていた」

 

「そんなことは……」

 

「いや、みんなを幸せにするって言ってたのに、ずっと苦しい思いをさせちゃったんだから。でもきっと……原因は忙しかったせいだけじゃないんだ」

 

 アスムは言いながら、そっと目を閉じる。

 

 今も思い出す、鮮明に焼き付いた血と煙の景色。

 

 そこで失われた、小さな小さな大切な家族。

 

「俺は、怖がってた。友達よりももっと大切な人を作ることに。俺はこういうやつだし、立場もあるから、いつ狙われてもおかしくないって」

 

 自分一人ならいい。友人を守るために躊躇なく飛びだすことも、周囲の反発を理解しながらもロマンの名のもとに改革をしていくことも怖くはない。

 

 だけれど家族は、大切な人は二度とそれに巻き込むことはしたくない。

 

 だから大切な人を作らないようにしていたのだろうとアスムは自分自身のことを思う。

 

「ほんと、まだまだ修行がたりないな! アニメでも漫画でも、特撮でも! 愛は一番の力だっていろんな作品が教えてくれたのに! 俺は怖がって踏み出すことができなかったし、ちゃんと向き合うことができなかった」

 

 アスムはサリウスがサビーナに告げたことを知る由もないが、彼は自分がみんなを大切にしながらも平等に下に見てしまっていたのだと自嘲した。

 

 しかし、サビーナはしっかりと首を横に振って、

 

「いや、それはちがうさ」

 

「……サビーナ?」

 

「お前は誰かを愛さなかったわけじゃない。お前の愛は大きすぎて、全員を愛しすぎてしまうんだよ」

 

 ミオリネもシャディクも、スレッタや地球寮の友人たち、それにエランにニカ、アリヤ……もちろんサビーナ本人も。

 

「お前が誰かを愛さなかったなんてあるものか、私たちはみんな、お前の愛を感じていた」

 

 友達が危機に陥っていたなら、命をかけて飛び込む。

 

 友達が困っているなら、キャリアも何もかも捨てる勢いで助け舟を出す。

 

 たとえ家族を相手にしても、恋人を相手にしても、それをノータイムで行えるほど愛情深い人間なんてそうはいない。

 

 あのシャディクとミオリネも、アスムがそういう人間でなければ心を開くことはなかった。そして少年がシャディクを変えなければ、今頃のサビーナたちは取り返しのつかない道を歩んでいたと彼女自身は思っている。

 

 決してこの手が綺麗だとは言えないが、もっと非道なことでもしていたはずだと。

 

 だから彼に同じくらいの愛情が返ってくるのも当然で、それを彼が友情の延長としてとらえてしまっていたというのも当たり前の話だ。

 

 彼にとっての友情や親愛は、並みの愛情を超えてしまっていたのだから。

 

(だからサリウス代表、あなたの言葉は間違っている)

 

 アスム・ロンドは大切なものを持っていないのではなく、全てが大切だと心から思っている。

 

 ……もっとも、だからこそ自分の命さえ軽視してしまう危うげな面があるというのは正しいだろうが。そんな一面も含めてサビーナは彼が愛おしいし、支えてあげたいと思う。

 

 全てが大切な彼だから、自分だけの特別な愛情を向けられることがないとしても。後悔なんてない。

 

「私が愛しているのはそんなお前だ。これで夢やロマンを諦めるなどと言ってみろ、すぐに私は愛想をつかすぞ」

 

 最後は少しだけからかいの色を混ぜて。

 

 アスムはそんな言葉を聞いて、口をぽかんと開けると、納得したというように口を手で押さえながら笑った。

 

「……そっか。ほんと、俺のことよくわかってるんだ」

 

「当たり前だ。どれだけお前のことを見てきたと思っている」

 

「……ありがとう。じゃあ、俺もちゃんと返事しないとな」

 

 アスムは思う。

 

 もちろん彼にだって照れや不安もある。サビーナが言ってくれたようにみんなが大切だから、誰かを明確に愛していると断言できないし、この決断が正しいかどうかなんて自信もない。

 

 でも、サビーナも含めて三人も、こんなに弱い自分を好きだと言ってくれる人がいた。

 

 その言葉はどれも、切なさも混じっていたが、アスムの心を熱くしてくれた。

 

 だったら少なくとも今の気持ちを誠実に返さなければ、ロマンじゃない。

 

 だからサビーナの目を見つめながら、アスムは心からの気持ちを込めて言う。

 

「俺はまだ恋とか愛とかよくわかってないし、やりたいこともあるから、パートナーとして責任を果たせないかもしれない。

 けど……昨日、サビーナに気持ちを伝えてもらえて……すごくうれしかった。うれしくて、すごく心が熱くなった」

 

「…………っ」

 

「だから……そんな君のことを大切にしたいし、もっと一緒にいたい。恋愛っていうロマンを一緒に知っていけたら幸せだと思う」

 

 そしてアスム・ロンドは小さく息を吸うと、勇気を出すように拳を握りしめながら言った。

 

 

 

「俺でよかったら……、付き合ってください」

 

 

 

「っ…………わたし、こそ」

 

 サビーナの声は震えていた。

 

 サビーナは手を胸に当てて必死に抑えようとしたけれども無理だった。

 

 震えて、ただ震えて、温かい気持ちがあふれて仕方なかった。

 

「わたしこそ、っ……わたしで、いいなら……!」

 

 ああ、こんな感情が私にあったのか。

 

 そんなことをサビーナは思う。奪われて、憎んで、彼と出会うまでは命だって安いと思えるほどになにもなかった体に、今はこんなに涙が出るほどの喜びが隠れていたなんて、彼女自身にも信じられなかった。

 

 そしてそんな彼女をアスムも見る。

 

 気丈にふるまって、誰かを支えるために、何かを変えるためにいつも一生懸命になっていた女の子の泣きながらの笑顔を。

 

 それは彼の胸を詰まらせるほどに切なくて、けれどもとても愛おしいと思った。

 

 知らず、彼は少女に近づいて、おずおずと彼女の肩に手を添える。そっと引き寄せると、なんだか初めてではないかのように少女が少年の胸の中に納まって、少年の胸の奥も不思議な多幸感でいっぱいになる。

 

「……大切にする。これからよろしく、サビーナ」

 

「ああ、私こそ……アスム」

 

 こうして少年の学園生活は一つの転機を迎えた。

 

 人生で初めての恋人と、仲間と作り上げていく新しい会社。

 

 それはきっとまだ見ぬロマンにあふれていて、彼らの未来を照らす……

 

 

 

 

 

 

 ……はずだった。

 

 

 

 

 

「…………ソフィ、なにを見てるの?」

 

 学園から遠く離れた青い星の、小さな片隅で。

 

 幼い少女は乾いた目で仲間を見つめていた。

 

 するともう一人の少女は固い机を並べたベッドの上から体を起こし、無邪気な笑顔で仲間にソレを見せる。

 

「これ、あのアスティカシアって学校でやってた決闘なんだって! ほら見て、エアリアルにあの変なヴィクトリオンってのも出てるの!」

 

 携帯端末のモニターの中にはその少女、ソフィの言う通りに白と青のモビルスーツや、アニメから飛び出たようなごつごつしたモビルスーツが所狭しと動き回っている。

 

 ソフィはそれを楽しそうに見ていたのだが、

 

「……それ、消して」

 

「えー、いいじゃん。もう少し見ててもさぁ」

 

「いいから消してっ!!!!」

 

 癇癪を起こしたように叫び出した仲間の手によって、携帯が叩き落された。

 

 ふぅー、ふぅーと荒げた息と憎しみに染まり切った瞳をモビルスーツに向ける仲間に、ソフィは心配そうに見つめる。

 

「……どうしたの、ノレア?」

 

「ごめん……そのモビルスーツ、見たくないから……」

 

 地面に落ちたことで一時停止になっただろうモニターの中で、カッコよく決めポーズをしている"兵器"を見て、ノレアは吐き捨てる。

 

「スペーシアンが、へらへらとして……」

 

 自分たちを搾取し、苦しめ、命を奪い、それでいて宇宙のどこかで安穏としながらゲームに興じている。

 

 だから必ずいつか、

 

「ぜったいに、殺してやる……」

 

 少女は幼い殺意を宿しながら宣言した。




告白を受け入れて、第一ヒロインはサビーナでお送りします。

アスム君も「好き」とは言えてないし、きっとアリヤやニカに対する好意の間にそこまで差はない。ただ、それでも二人で歩いていきたいという気持ちは本物で、その先を見てみたいというのも彼の感じた誠実さとロマンなのでしょう。
(今はなあなあにしても良くない?と聞いたら「そんなのロマンじゃねえ!」と返されました)

アリヤとニカがどうするのかは次回すぐ。ただ、書いてて強い子たちだなと思ったりしました。

ここからはクエタ事変編までの二か月を、単発的な話中心に数話お届けします。
グエスレの行方、オリジナルエラン様とか、メイド事件とか。

冒頭で述べたように本話で実質、第一部完。
よろしければこれまでの感想やご評価をいただけると嬉しいです。

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