アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
株式会社ガンダムが正式に成立して数日のこと。
サビーナは外に出ようとグラスレー寮の中を一人で歩いていた。
シャディクとミオリネの協約により、グラスレーの業務でシャディクが学園内にいないときにはサビーナたちの誰かが株式会社ガンダムの様子を見ることになっている。
これはサリウスCEOの命じた監視が、実際に行われているという名目づくりのためでもあるし、同時に共に働いていく仲間たちとの交流の場づくりという目的もあった。
元をただせばシャディクもサビーナもアーシアン。
そしてこの世界を正しい方向にしていこうという試みの中で、ミオリネとシャディク、そしてアスムもまた既存のベネリット以外の場を作ろうという思惑は一致しており、アーシアンとスペーシアンが共に手を携えて運営される株式会社ガンダムは、その理想の一歩となりえたからだ。
そのようなわけで、今日はサビーナが株式会社ガンダムに向かう日。
彼女らしく定時よりもかなり早くに出発していたのだが、そこでサビーナのポケットの生徒手帳から音が鳴った。
ただ一人にだけ設定した特別な音。それを聞いて、サビーナが生徒手帳を取り出すと、そこには彼氏となったアスムからのメッセージが届いている。
『悪い! 会社の業務で少し遅れる! でも、必ずそっち行くから!』
『了解。そんなに焦る必要はないぞ』
『でもサビーナと一緒にいられるチャンスなんだから! 急いでいく!』
なんて、声が聞こえてくるような彼らしいメッセージに、サビーナは頬を緩ませてしまう。
恋人同士。彼女からしても夢のような話。実際にはお互いに恋愛は初心者なのでまだまだ手探りという段階だが、関係は確かに進展した。
あいにくとアスムもロングロンド社や自治会の仕事で多忙であり、サビーナもグラスレーの業務に関わる立場なので同様に忙しく、あの日以来、顔を合わせて話すことはできていなかったが、メッセージ一つをとっても心の距離が近くなったのを彼女は感じる。
元から定期的にしてくれていたアスムからのメッセージや電話の頻度も、多くなった。
夜寝る前に少しだけでも会話をしたり、何気ないタイミングでメッセージを送ってきたりと、彼なりにサビーナと関わる場面を作りたいと思っているのは明らかだ。
(最初は何を話すべきかと思ったのだけどな……)
元から口数の多くないサビーナ。彼とのやり取りがうまくいくか、あるいは退屈させないかと戸惑いもあったのだが、妖怪ロマン男のあだ名は伊達ではない。何日あっても足りないほどに話題が飛び出てくるので、それに乗っかる形で緊張感もなく話をすることができている。
それはどちらかと言えば愛をささやく恋人同士のものではなく、お互いの毎日にあった楽しいことや興味を持ったこと、あるいはサビーナの故郷である地球のことであったり、友達の延長線上のような会話が主だったが、サビーナはそれで満足していた。
そんな短い会話を終えて、生徒手帳をしまうと、
「あ、サビーナ様!」
「お出かけですか?」
「ああ、君たちか」
すれ違ったグラスレー寮の後輩二人が足を止め、サビーナに挨拶をしてきた。見覚えがある、というよりも自分のファンを自称する子たち。
サビーナはあまり"様"をつけられたり過剰に持ち上げられるのは好ましいと思っていないが、後輩の中にはどうしてもと言ってくるものが多く、好きにさせている。
いつもは彼女たちに対して、サビーナは軽く挨拶をしてすぐに立ち去るだけなのだが、今日は少しだけ彼女たちの様子が違っていた。
「あれ……? サビーナ様、髪型変えました?」
「あっ! そういえば靴も!!」
後輩たちが目の色を変えてサビーナを見てくる。
確かに彼女たちが言う様にサビーナは外見をアレンジしていた。
普段は編み込んだロングヘアを髪の後ろでがっちりとまとめているのだが、今日はその結びを緩めてポニーテールのようにしているし。いつも身に着けていた右肩のマントもない。靴も高いヒールをつけていたところ、動きやすいようにか高さは半分くらいに。
さらによく見ると、目線が鋭くなるようにしていた目の周りのアイシャドウや化粧も変えて、少しだけ親しみやすいものになっていた。
いつも騎士のように例えられるサビーナと比べると、女性的な印象が強くなっている。
それに彼女たちにとって最も意外だったのは、サビーナはきゃあきゃあと騒ぎ出す後輩を宥めると、
「その……少し心境の変化があってな。君たちから見て、似合ってるだろうか?」
なんてわずかに頬を染めながら尋ねてきたことだ。
そして後輩たちの答えは決まっていた。
「え、そんなの……」
「もちろん似合ってますっ!!」
「いつものサビーナ様も最高ですけど、今日はかわいいって感じがしていいですっ!!」
「そ、そうか……。……ありがとう」
サビーナは彼女たちのギラギラした反応に戸惑いながらも礼を言うと、淡い笑顔を浮かべて歩き出す。
ふわりと花が咲いたような、穏やかな顔。
そんなサビーナに後輩たちはぽかんと口を開いて、数秒してようやく正気を取り戻すと、
「ね、ねえねえ、あれって……!」
「うん、そういうことだよね!!」
「「きゃーっ!!!!」」
すごいものを見てしまったと手を取り合って叫び出してしまった。
だが確かにそれはしゃぐほどに話題性があること。
あのサビーナ様がカワイイ系のコーデに変えて、しかも笑顔で出かけるというのなら、相手も目的も一つだ。
「「もうあの二人、付き合ってるよね!!」」
そうしてサビーナとアスムが付き合っているという噂は、瞬く間に学園中に広まっていく。
そして当然のごとく、学園新聞の号外とロマサビカップルグッズが量産される結果となり、大いにサビーナを困惑させることになるのだった。
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
後輩たちとのそんなやり取りを終えたサビーナが地球寮の前にたどり着いたのは、それから少し後。
外見を大胆に変えたサビーナは、他の寮生や他寮の者からも注目の的だったので、何回か足止めをくらってしまっていたのだ。
それは彼女にとって煩わしいことだったけれど、今まであえて男性的に、威圧的に見せていたところから女性らしくみられるように変えたのだから仕方ないことだとも考えている。
せめて彼といる時くらいは、彼に緊張感を与えないようにしたい。そんないじらしい理由だ。
そして、その相手であるアスムと会うことを意識して、少しだけ鼓動が早くなる中、サビーナは地球寮の門をくぐる。
まだまだ簡易的ではあるが、ロングロンド社経由でオフィス用品なども運び入れたことで、会社という体裁は整っている。
けれどもそこで、サビーナは足を止めてしまった。
目の前に一人の少女がいたからだ。
「おはようござ……あっ」
「……ああ、おはよう」
黒い髪に東洋人らしい外見をした少女。直接会話するのはあの体育祭での一幕以来な、ニカ・ナナウラだった。
(いや、予想できていたことだ……)
彼女は、サビーナにとってはいろいろと気まずい相手である。
あの時に殺意を向けてしまったことは深い後悔となっている上に、おそらくはアスムに告白をしたライバル。
彼女が望んでいた立場を手にしてしまった自分を相手に、少なくとも好意は抱いていないだろうと。
「…………」
「…………」
サビーナがグラスレー生の共用として設定されている机に座るも、二人の間に気まずい沈黙が流れ続ける。
ただ、それも一時的なこと。これから他の地球寮生も集まってくれば喧騒に巻き込まれて、それも霧散していくだろう。
だけど、
「あのっ……! ちょっとお話、いいですか」
それを良しとせずに、声をかけてきたのはニカからだった。
決心したようにずんずんと歩いてきたニカは、サビーナの前に立つと、少しだけ緊張した様子で言う。
「私も、社長に告白しました……」
「……そうか」
「はい。でも……付き合ってほしいとは言えなかったんです」
「…………」
「あなたが告白したのを見て、ようやく自分の気持ちが分かりました。あの時の社長からの告白は勢い任せの事故だったかもしれないけど、今の私は、やっぱりあの人に恋をしてるって。できることなら力になって、一生でも一緒にいたい。
でも……今の私じゃダメです。勉強も始めたばかりで、会社のこともひよっこで、そんな私からあの人に返せるものは何もないから」
だから、
「もっと頑張って一人前になって、それからもう一度告白するつもりです! だから、その……諦めませんから!」
「…………」
サビーナはそんな彼女を無言で見つめながら、だけれど心の奥で納得のような気持ちを得た。
宣戦布告のようなものなのだろう。
ようやく想い人と結ばれた相手に言うには、争いに発展してもおかしくない言葉。
だけれどそれはあまりにもまっすぐで、テロリストの仲間にされてしまっていたニカの過去から想像できないほどに正直で。
なによりあの少年と同じような不思議な心地よさを彼女に感じた。
理想のままの素直さ。子供っぽいけれど憧れてしまうロマン。
ここで彼女が勇気を出したのも、何も言わないまま鬱屈とするだけの自分をかっこ悪いと考えたからに違いない。
そしてそんなニカを見て、サビーナもようやくアスムが彼女を引き留めた理由に納得ができた。
サビーナは立ち上がると、ニカへと頭を下げる。
「すまなかった、ニカ・ナナウラ。……あの時、君に銃を向けてしまったことを、ずっと私は後悔していた」
「えっ……!? い、いや、でも……正直言うと、今の私があの時の私を見たら同じことしててもおかしくないですし……」
「そんなことはないさ。君は強い。私なんかよりもずっと。だから……君の気持ちも、アイツとの関係にも、私から口を出すことはない。
選ばれたものの傲慢ではないと思ってほしいが、アイツを大切に思う者として、君みたいな子がアイツの傍にいてくれると心強いんだ」
「サビーナさん……、ありがとう、ございます。
あっ! 私、諦めたりはしないですけど、あなたのことが嫌いとかそういうのはありませんから! むしろ同じチームとして、できることがあったら助けますから言ってください」
「ああ、ありがとう……ニカと呼んでもいいか?」
「はい、もちろんです」
そうしてニカは微笑んで頷いた。
サビーナも素直に笑顔になれていた。
彼女たち自身にも不思議なことだが、お互いに恋敵だという立場なのに、それをきっかけとして仲良くなれそうな気さえするほどに。
だが、その四角関係とも呼べる中にはもう一人いて。
二人の背後から、くすりと微笑む声がして振り返ると、
「修羅場にならないかって心配していたけど、取り越し苦労だったようだね」
アリヤがやれやれというジェスチャーを取りながら、ゆっくりとやってきていた。
「アリヤ……! も、もしかして聞いてた?」
「ああ、ちょうどサビーナさんが入っていくところが見えたからね。ニカも一度話したいだろうと思ったから、外で待っていたんだ。
そして、サビーナさんも久しぶり。あまり話したことはなかったけど、アスムからたびたび聞いていたよ」
「ああ、私も君のことはよく聞いていた」
「そっか……」
そしてアリヤもまた、少しだけさみしそうに笑いながら言う。
「私もニカと同じで、アイツにちゃんと告白したよ。今度は友情とか誤解されないように、ちゃんと。それで……まあ、私は選ばれなかった」
「……」
「でもさ、不思議なことに、選ばれなかったくらいであなたのこともアイツのことも嫌いになんてなれないし、なりたくないんだ。きっとアイツが好意を持ってくれていたのは、そんな私だろうし、あなたが先に勇気を出したことを尊敬しているから」
「そうか……」
「ふふ、好きでいるのは自由だろ? だから、好きなだけ追いかけてやろうと思ってる。ちょうどロングロンド社のインターンにも合格したしね」
それに、とアリヤは不意に懐から石を三つ取り出してみせた。
それぞれ青と黒と、紺色。
アリヤが占いに使っている石だ。
「昨日、ちょっと占ってみたんだけど、私たち三人は相性がとてもいいらしいんだ。あの朴念仁に振り回される者同士、仲良くやろう」
「……まったく、強いな君は」
親しみのある笑顔を浮かべるアリヤに、サビーナはアーシアンらしい逞しさを感じた。
逆境を恨み、そのためにテロすら辞さないという決意を固めてしまっていた過去の自分たち。それに対してアリヤは、正攻法でアスティカシアへの入学を勝ち取り、学内のマイノリティという立場の中でも戦ってきた。
だからこそ、多少のことでへこたれもしない。
そこにはあのロマン男が、恋人にならなかったからと言って友情さえ捨てるような男だなんてありえないという確信もあるのだろう。
まだわだかまりはある。それはそうだ。
一人の人を好きになって、選ばれたのもまた一人。
だけれどその関係性の中でも、お互いを尊敬できることがあれば、争う必要もない。
「ああ、二人の気持ちもちゃんと受け取った。ただ……私だってアイツと結ばれた以上は譲る気はない。いつでも受けて立つし、アイツの気持ちが離れないように努力していく」
「はい、わかりました」
「アスムももったいないね、こういう話をしているの見たら、ロマンだって思うだろうに」
少女たちはそのまま、鈍感男の話をダシに話し始めてしまう。
「でもこれでようやく、あの精神年齢十歳児も恋愛感情を理解したからね。こちらのやる気も出るってものさ」
「たしかに……! 今まではいくらアピールしても効いてるかわからなかったし。
やっぱりサビーナさんのアレがよかったんですよ」
「っ、そ、それは……あまり言わないでくれ。自分でもあの時の気持ちは理解しづらいんだ」
「ふふ♪ それで……恋人になったアイツとはどんなことしているんだい?」
アリヤは面白半分、敵情視察ちょっとの気持ちで尋ねてみる。
あの少年が恋人になった相手になにをするのかというのは、将来のためにも、話のネタとしても興味深いことだったからだ。
けれど、
「いや、特に真新しいことは何も」
「「え……?」」
サビーナの何気ない言葉に、二人は顔を引きつらせる。
「しいて言えば、電話が増えたことくらいだな」
「「はぁ!?!?」」
「ど、どうした?」
「あ、ありえなくないですか? え、デートをしたりとか、そういうのもなし!? 予定も!?」
「まだ数日だ……そんな急には……」
「いーや、アイツのデリカシーがないっ! あんな告白をされたんだ、初デートくらいは自分でおぜん立てするべきだよ!」
「そ、そうなのか……?」
「そうだ!!」「そうですよ!!」
「そ、そうか……」
いつの間にかサビーナは、ニカとアリヤの勢いに押されてしまっていた。
サビーナとロマン男とのことなのになぜライバルの方が怒っているのだろうと。
しかし、サビーナが大概ピュアな恋愛を望んでいるとしても、いくら何でもあれだけ気持ちを押さえつけた挙句に告白できた少女に対して、アスムは奥手が過ぎると二人は思う。
ニカはオタク脳としてそういう空想の恋愛知識は豊富であったし、サビーナやニカと違って比較的裕福なアーシアンであるアリヤは、まっとうな恋愛の心構えは有している。
だからこそ、鉄は熱いうちに打て、ではないが恋愛もお互いが熱量をどれだけ高められるかにかかっていると知っていた。
なので、アリヤとニカはアイコンタクトで頷きを交わすと、事態の解決を図り始める。つまりは、初デートの準備だ。
「ニカ、君なら社長のスケジュール調整もできるだろう? 今すぐアイツのスケジュールを抑えてくれ。できるだけ早いうちに」
「ちょ、ちょっと……」
「うん! いつもはマリーさんの管轄だけど、私も多少の権限はあるし……って」
しかしそこでニカは手を止めた。
タブレットで開いたのは社長であるアスムのスケジュール。今からそこで半日でもデートの時間を捻出しようと考えていたのに。
「な、なにこれ!?!?」
ニカは驚愕の悲鳴をあげて、タブレットを強く握りしめるのだった。
そんなことが地球寮で行われているとはつゆ知らず、ロマン男は少しだけ悩まし気に、地球寮への道を歩いていた。
考えているのはこれから会うサビーナとのこと。
恋人となった彼女と会えることは素直に嬉しい。それは昔と変わらないところもあれば、今は不思議なドキドキとするものも加わっている。
ただ……
(こればっかりは仕方がないけれど)
地球寮、いや株式会社ガンダムにはアリヤやニカもいて、彼女たちの前でサビーナとどういう態度でいればいいのかというのは少年には想像もつかなかった。
アリヤもニカのことも嫌いではない。むしろ人間としてはとても好意を抱いているし、一生友人や仲間として付き合っていきたいと思っている。
だけど、恋愛という少年にとって未知のものが絡んでくると、もしかしたら彼女たちに負担を強いてしまうんじゃないかみたいな気持ちにもなるのだ。
もちろん、皆が仲良くロマンを追いかけられるというのがベスト。
けれど、ことに人間関係はそううまくいくことはないというのも真実で、少年にそこ辺りをへらへらと躱すような不誠実さは存在しなかった。
なので、しばらく悩んだ末に大きく息を吐き、少年は決意する。
「とりあえずはいつも通り元気に行くしかねえ!!」
自分は変わらない。サビーナもアリヤも、ニカも大切な人。であれば、それは示すしかない。
変に悩んでいる方が、彼女達も微妙な気持ちにさせてしまうだろう、と。
なので少年は、そのまま勢いよくダッシュしながら地球寮に入り、
「俺、参上!! みんな、今日もよろし……え?」
少年は目を丸くした。
「ニカ、ロングロンド社の決済が必要な書類はそっちにまとめた。内容別に分けてあるから、あとであのバカに確認させてくれ」
「はいっ!
アリヤ、株式会社ガンダム関連の機器発注は終わったよ! 他になにすればいい?」
「自治会の相談依頼が何件も残ってる!
文章回答で済ませて良いのは、私たちで担当していいと確認もとった。そっちを頼むよ」
「うん……!」
なんて鬼気迫る勢いで女子三人が仕事に取り組んでいたからだ。
オーラが出ているほど、見るからに切羽詰まった雰囲気。
「アリヤたち、こえー……」
「俺達の入る隙間が……」
「こ、これが修羅場っていうものですか、ミオリネさん!?」
「違う意味だけど修羅場ね」
などとそれを見た他の株式会社ガンダム社員は、社長のミオリネも含めて隅に追いやられている始末。
必然、ド派手に決めポーズで入場してきたロマン男など、全員の眼中になかった。
「えーっと、これどういう状況?」
なのでロマン男は困惑しながら周囲に説明を求めたのだが、
「「「!!!!」」」
「っ!?」
ギラン、と修羅場に突入していた女子三人がそのバカにとんでもない眼光を向け、一斉に
「「「今すぐ休め、このバカ!!」」」
と言い出すのだった。
そして数分後、
「どうりで会うこともできないはずだ」
「サビーナさんもデートくらいしたいだろうってスケジュール調整しようとしたら」
「アスム……君のスケジュールはどうなっているんだい?」
ロマン男は正座の姿勢のまま、女子三人に囲まれていた。
中央にはサビーナが、その両脇にニカとアリヤが。
サビーナは呆れたような視線で、ニカはぷんすかと怒りながら、そしてアリヤはニコニコと危険な笑顔で。
ロマン男は汗をだらだらと流しながら、彼女達に突き付けられたスケジュールを見る。
「はぁ……株式会社ガンダムに、ロングロンド社に、学生自治会に、他にも文化祭の実行委員も。そんなに詰め込んだら、こんなびっしりしたスケジュールにもなるさ」
「いつ休んでいるのかって思ってたんですよ」
「睡眠時間が一時間を切っている日もあったぞ。……言い訳は?」
「い、いやぁ……なんか動いてる方が楽しいっていうか、ロマンがあふれすぎてつい……」
「「「この大バカっ!!!!」」」
「ごめんなさい!?」
ちなみにロングロンド社の面々にこの状況を聞いてみたところ、
『社長は昔からああでしたので。
ちなみに定期的な精密検査はもちろん行っていたのですが、こんな健康体はいないという結果でしたよ』
とは冷静な秘書の言葉。
世には睡眠をほとんどとらなくても健康な人間もいるというが、ニカ達はこれを聞いて目の前の男が本物の妖怪かもしれないという疑念を深くした。
元からロマン追及に余念がない会社の面々にとっては、ある意味で平常運転なのかもしれないが、この仕事量は尋常ではない。
「好きだからっていろんな部署に手を出しすぎなんです。社長なんですから、もっと部下に任せてください……!」
「とりあえず、一日だけでも休ませないとね。はぁ……そういえば、三年間も同級生やってて、アスムが休んでいるところなんて見たことがなかったよ」
「私もだ。シャディクもたいがいハードワーカーだが、こいつは段違いだったな」
と全員が呆れ果て、サビーナとの時間捻出のためにも、妖怪に人間らしい最低限度の生活を与えるためにも分担して仕事を片付けようということになってこうなった。
人間、共通の敵が現れると一致団結するということがあるが、この場合女子たちの敵はこのスケジュールと、それをよしとする妖怪だ。
「なあ、ミオリネ……こんなときどんな顔をすればいいのかな?」
「土下座」
「はい……」
「「「その前にさっさと休め」」」
「はい……」
一応の全面的な反省のポーズを見せると、女子三人はまた仕事に戻って行く。
CEOという立場上、アクセスできない仕事も多数あるが、自治会や株式会社ガンダム関連の案件はサビーナたちでも処理できるし、重要案件以外にもやりたいからと引き受けている仕事が山ほどあった。
それらをなくしても忙しさという点では多少マシになる程度だが、三人共に想い人が過労死するリスクを下げられるならそれがいい。
後日、この時の少女たちの説得文句にあった「もうあなた一人の体じゃないんですよ!」が学内記者にすっぱ抜かれて、それはそれは大騒動になるのだが、それはまた別の話。
そうしてフロントが夕暮れを投影し始めたころ。
「ふぅ……ようやく終わった」
「株式会社ガンダム関連はミオリネ社長や他のみんなにも割り振ったから、これで社長も楽になるね」
「……いや、アイツの場合は監視していないとまたロマンの名目で余計な仕事を持ってくるぞ」
「「たしかに……」」
軽くなった身をこれ幸いと、新しい事業案やらを引っ提げて動き始めることは想像に易かった。
ただ、これで……
「はい、サビーナさん。二日後に時間を作れましたよ」
ニカはタブレットをサビーナに渡す。
そこでは確かに、午後半日を空き時間とされていた。午前中の業務も大きな打ち合わせなどはなく、さらに切り詰めれば一日をフリーにできるほどだ。
「予定を入れるなら今のうちだよ、アイツがまたロマンを発症する前に約束を取りつけた方がいい」
「そう、だな……」
しかし、どこかサビーナは思案顔だった。
デート、それも初デートと言う響きはとても甘美だ。
まっとうな男性経験が皆無だったサビーナにとっては、自分が得られるとも思っていなかった夢物語の実現でもある。相手の少年にとってもロマンの響きがあって、いざとなればサビーナをエスコートして楽しませてくれるだろう。
ただ、
「……ちょっと待っていてくれ」
「「え……?」」
サビーナは生徒手帳を取り出すと、シャディクに対してメッセージを送る。
それから数秒して返信が来ると、サビーナは立ち上がって、二人に言うのだった。
「今日は助かった。私のために力を貸してくれて、本当に感謝している」
「まあ、自分もこうなっていたかもって思うと他人事じゃないしね」
「私もこの機会にって、会社での権限を増やしてもらいましたし」
「だが……それでも、私だけ楽しむというのはフェアだと思えない」
だから、二人がよければと。
もちろんカップルを近くで見せつけるような真似にはしないと言って。
「シャディクがちょうど近くのフロントにいい施設があると教えてくれてな。グラスレーも事業に関わっているから、チケットも人数分が手に入っている」
だから友情を深めるためにも、全員で出かけないか。
サビーナは緊張のにじむ声でそう言った。
その様子にニカとアリヤは顔を見合わせて、すぐに破顔する。
「サビーナさんがいいなら、もちろん」
「でも二人っきりの時間くらいは作ってくださいね? 私たちもお邪魔虫にはなりたくないので」
「あ、ああ……!」
待ち合わせは二日後、行き先は『ドキドキざぱーん』なるプールリゾート。
そうして少女たちは約束を交わして、
「ぐすっ……! 美しい友情……! これこそロマン……!!
俺の余計な心配なんて、いらなかった……!!」
「「「だからさっさと休め!!!!」」」
強制的にロマン男をベッドに縛り付けるのだった。