アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
それは決闘が迫る夕暮れのこと。
スレッタ・マーキュリーはあらゆる意味で変態的な技術者たちによりピカピカに磨き上げられた家族の足元で、その技術者たちの首領であるロマン妖怪へ尋ねた。
あたりには誰もいない。
ミオリネは何かやることがあるからと、途中で退席していたし、元気とロマンにあふれたメカニックたちも一仕事を終えて晴れ晴れとした顔で去っていった。
残っているのは二人だけ。
だからだろうか、小さい声だったけれどもスレッタの疑問は整備室の中でよく響いた。
「先輩は、どうして私のこと助けてくれるんですか?」
小さな、だけれども大事な質問。
すると、エアリアルを見て何かを想像していたのだろう、朗らかな笑顔でふらふらしていた少年は一転して驚きの表情でスレッタの顔を凝視する。
「え……? どうしてって……」
口に出る言葉も、戸惑い。
まるで質問の意味が分からないという様子。
それを見て、スレッタはなんだか質問をした自分が悪いことをした気持ちになってしまい、自然と頬に熱がたまる。
本来ならば、デリケートな質問はもっとオブラートに包んだ形で尋ねるものだが、同世代との会話に慣れていないスレッタの問いかけはあまりにもストレートだった。
だけれども、スレッタの知りたいと思う気持ちは本物で、口をついて出てくる言葉を止めることはできない。
「あの、その……ミオリネさんは、私とエアリアルに価値があるからって……。お父さんを倒す、方法になるからかもって、そういってました」
「あいつ……、まぁたストレートに言いやがって」
「あっ、で、でもっ! そんなに嫌な気持ちはしなかったって言いますか、ミオリネさん、ちょっと怖いですけど……それだけじゃないっていうか」
逆にミオリネの戦う動機が分かって、スレッタはすっきりしたりもしたのだ。
元はといえば、自分とエアリアルが起こしてしまった騒動。
ホルダーも許嫁も、スレッタは知らないことだったとはいえ、ミオリネを巻き込んでしまったことに変わりはない。だけれど、ミオリネはスレッタを責めることなく、
『これくらい何とかできないと、あの糞親父は潰せないのよ』
と凛として言ってのけた。
そこに一切の他責の気持ちはなく、自分の運命へと挑戦するかのような笑みまで浮かべて。
強い人だと思った。どうしてお父さんと喧嘩しているのかとか、学生なのにどうやってお父さんを倒すつもりなのかとか、気になることはたくさんある。けれど、そこへとまっすぐ向かおうとするミオリネはかっこよくて、自分が戦うことでミオリネの役に立てるのなら、協力してあげたいとスレッタは思っていた。
だけれども、この目の前の人にとって、自分の存在はどうなのだろう。
「も、もし、私が迷惑をかけてたら……その、言ってください。ちゃんと、ご迷惑にならないように……」
と、言いきらないうちに。
「うっ、ぐすっ、えぐぅ……!」
変な声が聞こえ始めて、スレッタは仰天する。
「えぇえええ!? な、なんで先輩が泣いてるんですか!?」
「すれったさんが、いいこすぎてぇ……! ミオリネとちがって、いやしだ、いやし……!!」
「な、泣き止んでください~!」
「よし分かった」
「は、はやいっ!?」
いきなり泣き出したかと思えば、次の瞬間には涙の跡も残さずに真顔に戻る少年。それを見てスレッタは、ミオリネが彼のことを妖怪だと言ったのもあながち間違いじゃないかもしれないと思い始める。
だけれど、その妖怪という恐ろし気な言葉とは裏腹に、涙のなくなった少年はニコリと笑って、
「理由がいるかな?」
優しい顔で言うのだ。
「え……?」
そして疑問への答えを待たずに立ち上がると、両手を大きく広げ、叫ぶ。
「いや、理由なんていらない! だって、ライダーはたすけあ……じゃなくて、先輩は後輩を助けるもんでしょ? それが俺のルールだし、なにより俺が目指す青春とロマンだから!」
だからスレッタを助けたのも当然なのだと、少年は宣言した。
だけれども、スレッタとしてはまだ理解できない。シャディク達の話や、エアリアルを整備してくれたスタッフたちを見ても、この少年が社長として大変な責任を持っていることはスレッタにもわかる。
社長なのだ。とても偉いはずなのだ。
なのに一人の後輩を助けるために、ロマンを守るために、少年は自分の身も危険にさらすことを厭わないという。
「……そ、それだけで?」
「それだけ、じゃないよ。俺にとっては一番大事なこと。俺からロマンを取ったら何も残らないし、俺の仲間はここでスレッタさんを見捨てる俺にはついてきてくれない」
あの通り、生粋のロマン主義者たちだから。
と、そこで少年は言葉を区切り、らしくない申し訳なさを顔ににじませる。
「それにさ、元はといえば俺のせいでもあるじゃん? 決闘に連れ出しちゃったのも、グエルとの戦いをセッティングしちゃったのも」
「で、でも、それは……」
「……学園に来て一日目で、あんな大変な目にあって。心細かっただろうし、悲しかったと思う。俺が同じ目にあったら、もうこんなところ嫌だとか思ったりしたかもしれない。
……でも、スレッタさんは逃げなかったし、俺達と一緒にいてくれた」
「……先輩」
「嬉しいんだ。スレッタさんは強い子で、優しい子で。そんな子が水星っていう遠いところから、俺たちの学園を選んでくれた。俺たちの大切な学校に来てくれた。
……だったら俺は、君の先輩として、君が笑顔で卒業できるように。大切な青春を過ごせるように、いくらでも助けてあげたい」
「…………」
不意に、スレッタは学園に来てからのことを思い出す。
少年の言う通り、それは怒涛というには激しすぎる数日でもあったし、今だって感情の処理はできていない。既にスレッタの想像からはるかに超えた学校生活になってしまって、これから学校に残れるのかも、残れたとしてもどんなことが待っているのかもわからない。
不安かと言われたら、それはもう不安でいっぱいだ。
だけれど、この時、
(私、この学校にいたい……)
スレッタは確かにそう思った。
水星のみんなに送り出してもらったこと、水星に学校をつくるという夢も、もちろん大事だけれど、その理由がなくても。
つんつんしているけれど、どこか優しさもあるミオリネ。
ハンサムで、物腰がきれいで、ちょっと怪しいけれどいい人そうなシャディク。
そして、今、目の前で笑ってくれている、妖怪でおかしな初めての先輩。
こんな人たちと一緒に学校に通えたなら、きっと楽しくて、毎日が楽しすぎて、卒業するときに離れたくないと泣き出してしまいそうな毎日を送れるかもしれない。
いや、違う。かもしれないじゃない。
きっと、そうなる。
「スレッタさん?」
突然押し黙ったスレッタを不思議に思ったのだろうか、少年がのぞき込むようにスレッタの様子をうかがった。
すると、スレッタは意を決したように、自分の生徒手帳を取り出して、そこに書いてあったリストを少年へと突き出す。
「わ、わたし! いっぱいあるんです!!」
「……え?」
「学校に来て、やりたいこと、したいこと! たくさん、たくさん……!!
友達を100人つくりたい、お泊り会とか、部活動とか、みんなで楽しみたいっ! 素敵な人とデートして、こ、恋とかしてみたい……! まだまだ、いっぱいあるんですっ!」
だから、
「私とエアリアルは負けません!
この学校で、先輩たちとやりたいこと、まだ一個もできていないから!!」
思いきり叫んで、息切れた声のままでスレッタは少年を見る。
「やりたいこと……」
いきなり叫び始めたスレッタに、少年も驚かされたようで、最初の声は小さかった。だけれど、すぐさまその目にらんらんとした光が灯り、満面の笑顔を浮かべて、負けず劣らずの大声で叫び始める。
「いいね!! それこそがロマンだ!!」
「こ、これがですかっ!」
「そうとも! くぅっ……! 燃えてきたぁ!! 絶対に明日は勝つぞっ!」
「お、おぉー!」
「もっともっと大きな声で!!」
「おぉー!!」
そんな二人の叫び声が、日が暮れるまでアスティカシアの空の下に響き渡っていた。
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