アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

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水星の魔女終わってしまいましたねぇ。

いろいろ感想あるけれど、この作品としては一つだけ。

シャディク!

「さようなら」じゃねえからな!?

ぜってーにお前もハッピーエンドにしてやるから待ってろよ!!!!


59. HOT LIMIT

 あくまで俺の持論だけど、と断って。

 

「恋愛とは頭脳戦なんだ」

 

 プールリゾートの奥、利用客の目が届かない監視エリアにて。アロハシャツにサングラスをかけたシャディクは、椅子にふんぞり返りながらそう言った。

 

 その周りで思い思いの水着を着ながら、ジュースを飲んだり、イルカ浮き輪を抱きしめたり、カメラで自撮りをしている少女たち。

 

 彼女たちは一様にシャディクへ『いきなり語り始めたな、こいつ』なちょっと呆れ気味の視線を向けるが、シャディクは気にしない。

 

「恋愛感情も脳の伝達物質による化学反応の一種。

 一定の好意がある条件下なら、適切なシチュエーションやテクニックを用いて、互いの好意を再現的に高めることができる。恋愛とはそれをどうやって手繰り寄せるかということなのさ」

 

「シャディクさあ」

 

「ん? どうしたんだい、レネ?」

 

「ミオリネ相手に、それできる?」

 

「ぐっ……!?」

 

「わかってるなら、さっさとやればいいのに♪」

 

「う、うん……化学反応とかいうの、なんか言い訳っぽい」

 

「こ、これでもちゃんとやってるじゃないか。ほら決闘の時にも告白をしたし」

 

「あれ、いきなり言われてもドンびくって」

 

「返事もないでしょ?」

 

「シャディクからも返事、聞こうとしてないし」

 

「…………わかった。もう、そこまでにしてくれ」

 

 あるいは胡散臭い恋愛セミナーの講師のように、頭でっかちなシャディクの恋愛理論は、レネたちの事実陳列の前に粉砕される。

 

 生来、他者へ利を説くことで味方を増やしてきたシャディクは、恋愛においても理屈っぽくなってしまうのだろう。レネたちはそんなシャディクがミオリネには理論も利も投げ捨てて、子供になってしまうところが弟みたいでかわいいとも思っているのだが、当の相手であるミオリネとゴールインを迎えるのはまだまだ先のことになりそうだ。

 

 シャディクは気を取り直して咳ばらいをすると続ける。 

 

「と、とにかく、今日の俺たちのミッションはサビーナとアスムの仲を進展させること。特に恋愛感情が目覚めているかもわからないアスムにサビーナへの好意を自覚させることだ」

 

 サビーナは自分にとって苦楽を共にした家族であるし、アスムもまた歪み切った自分に親身になってくれた自他共に認める親友。

 

 彼らが恋人となり、そしてゆくゆくは家族になるというのはシャディクにとっても喜ばしい。だからこそ、こうしてサビーナが恋愛にうかれている隙を見て、プールへと送り込んだり、わざわざ出向いてサポート作戦を実施しようとしていた。

 

 そして、その気持ちはレネたちも同じ。

 

 もっとも"あの"堅物だったサビーナが恋人とどう過ごすのかという野次馬的な興味も半々くらいだが、まじめに応援しようと思ってシャディクについてきている。

 

 ただ……『それにことは早い方がいい』とシャディクは声には出さずに考える。

 

 サビーナとアスムの結びつきが強くなることは、将来的に彼と大事を為そうとしているシャディクにとっても益になる。グラスレーとロングロンド間の業務提携なども円滑に進められるであろうし、サビーナならばアスムを変に誘導することなく献身的に支えるだろうと信頼しているからだ。

 

 しかし一歩間違えれば、彼らの関係は大人の事情によってゆがめられてしまうという側面もあった。

 

 特に問題なのは、シャディクの義父がサビーナに出した『あの余計な指令』。

 

 サリウスがわざわざ暴露するような悪趣味な為人はしていないと、シャディクも理解しているが、それでも。

 

(仮に表に出れば、ロングロンドCEOが篭絡されたとみなされて、今後のアスムの立場がまずくなる。そうでなくても世間がサビーナに向ける目は厳しくなるだろう。

 二人が無事に結ばれるために、内外に向けて完全に恋愛関係でつながっていると早々に見せる必要はあるんだ)

 

 サビーナがここにたどり着くまでにどれだけの努力をしてきたかを知っているし、一途すぎる思いが報われてようやく少女らしさを取り戻しているのも好ましい。

 

 それを余計な詮索や風聞で台無しにされるなど、万が一に避けるために、ハニトラやら政治の匂いがまるでないくらいに純愛で結ばれているという既成事実を作る必要があった。

 

 わざわざチーム全員で休みを作り、サビーナにばれないように作戦を実行しにきたのはそんな様々な理由から。

 

 するとそんなシャディクに対して、レネがトロピカルジュースを飲みながら尋ねてくる。もうキープ君に送る自撮りは気が済んだようだ。

 

「でもさ、正直なところアタシ達もまともな恋愛経験とかないし、そもそも相手がロマン先輩とサビーナでしょ?」

 

「そうだよねー。レネもキープ君を相手に猫被ったりしてるけど、ああいうのは参考にならないと思う」

 

「どっちかっていうと、アイドル? っていう感じ、だもんね?」

 

「まあ、キープ君たちはアタシのこと好きっていう前提があるから、なにやっても喜んでくれるところあるからね」

 

 実際に今も自撮りをグループチャットに贈るだけで、好意的……いや狂信的な反応が返ってきている。きっと彼ら訓練された信者たちはレネが歩いた足跡さえも石膏に固めて保存したがるだろう。

 

 翻って、今回のロマン男の場合を考えてみる。

 

 まず相手のサビーナはもう好意バリバリ。告白成功から数日の間に桃色オーラを浴びさせられたレネは、血液が砂糖に変換されたのかというくらいの胃もたれを経験した。

 

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、の逆でロマン男がしてくれることなら、サビーナはなんでも好意的に受け止めるだろう。

 

 実際にサビーナが熱心にタブレットに何事かを記録していたので、興味半分でレネがのぞき込んでみると、なんとロマン男がおすすめした特撮作品を大真面目に研究していたり。レネも思わず『染まりすぎだろ』と青ざめた。

 

 あの自分たちの前でさえニコリともめったにしない堅物がこれである。

 

 孤児となってからこれまで、ずっと感情を律して抑制してきたタガが外れているとしても外れすぎ。今日だってあの露出多めで過激な水着を、身につけるまで気づかなかったほど。

 

 一方でロマン男も、噂によれば三人同時に告白されたという状況からサビーナと付き合うことを選んだという時点で、一定の好意をもっていることは明らかだ。

 

 しかしあの男の場合、ロボットやアニメに向ける『好き』と恋愛的な『好き』を混同しているという可能性も捨てきれないのが困る。

 

 レネたちにとってはありがたいことではあったのだが、彼との短くはない付き合いの中で、アスム・ロンドから性欲的な下世話な視線を浴びたことなど一度もないからだ。

 

 他の男子が年相応にそういう目で見てくるのに対して、まったく一切ない。となるとまともに女性に対する情緒や欲望があるのかすら不明なのである。

 

 異性愛者ではあるようだが、ロマンに脳を侵食されすぎた結果、恋愛を司るところまでロマンに染まっているのかもしれないという危険があった。

 

 その不安を解消するための本日の作戦だが、

 

「で、なにやるの?」

 

 レネの問いかけにシャディクは頷きながら答えた。

 

「さっき言ったように恋愛には頭脳戦の側面がある。あの朴念仁が相手でも適切なタイミングで最適なシチュエーションを提供すれば仲は深まるはずだ。

 まあ見ててくれよ、これでもちゃんと準備はしてきたんだ」

 

 そのためにも、と。

 

「みんな、協力してくれ。今日一日でアイツを……落とす」

 

「「「こぴー」」」

 

 女子たちの『ほんとに大丈夫かなぁ』な声を浴びながら、シャディクの人生において最も才能を無駄遣いすることになる一日が始まった。

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 一方その頃、

 

「わっ、しょっぱい!?」

 

「へぇ、本当に地球の海を再現しているんだね。小さいころに行った砂浜と、砂の感触までそっくりだよ」

 

「アドバイザーに地球環境の専門家を招いたとも聞くから、その影響だろうな」

 

「うぉおおおお! これ、あれができるんじゃないか!? 砂の城!!」

 

「社長、あんまり子どもっぽくはしゃぐのは……って、もうできてる!?」

 

「しかもデカいしディテールが細かいし……」

 

「アスム、その前にこっちに荷物を集めてくれ」

 

「はーい」

 

((サビーナさんがお母さんみたい……))

 

 どこぞの中世の城のような砂の彫刻から離れ、いそいそと荷物整理を始めた妖怪を前に、ニカとアリヤはそんなことを思っていた。というか、サビーナがはしゃぐアスムのことをとても愛おし気に見ている辺りで、この人も筋金入りだと思った。

 

 今、四人はメインコートであるビーチエリアの片隅にパラソルやシート、ビーチチェアを作って拠点としていた。

 

 先ほども背中を押されたくらいに、中の人は多いのだが、チケット制にしているだけあって密集エリアから出ればのんびりできるだけのスペースは用意されている。

 

 なによりアスムが張り切りすぎて用意した浮き輪やら水鉄砲やら、クッションやら各種ボールやらを置くのに、一定の広さは必須だった。

 

 そうしてひと心地がつけば……まずは疑似的ではあるが海水浴。

 

「おぉっ! 波がけっこう強いっ! けど、気持ちいいなっ!」

 

 ザバンと勢いよく海に一番乗りしたアスムが、上半身を水面に出しながら言う。

 

 それはどこまでも子供っぽく、無邪気な笑顔なのだが、

 

「「「っ…………」」」

 

 少女たちはそんな少年の姿に見入ってしまっていた。

 

 濡れたことで色気を増した筋肉質の上半身。雫が滴る金髪をかき上げる様子もこれまた、どこぞのモデルが計算してやっているかのようにサマになっている。

 

 そんな青年が純度百パーセントのオリジナル笑顔をこちらに向けてくるのだから、好意を持っているという前提に立っても少女たちには毒だった。

 

 しかもこの男の厄介なところは、順応性やノリの理解が高すぎるところ。

 

 最初の数分は女子の水着に照れるという年頃な男子の反応を見せていたのに、いつのまにやら切り替えて、

 

「ほら、サビーナもこっちに……!」

 

「あっ……!」

 

 自然にサビーナの手を引いて、波打ち際に連れ出してしまう。

 

 サビーナからすればどうすれば自然なタイミングで手をつなげるかと葛藤していたのに、それを勢い任せでやってくるのだから性質が悪い。

 

 元から男子相手でも首に腕を回したりと距離感の近さや気安さは相当なものだったが、恋人だからといまやその距離感は女子相手にも適応されているようだった。

 

 そんな少年の手のぬくもりにドギマギとしながらも、サビーナも足を水につける。

 

(きもちいい……。だ、だが、手の感覚が……)

 

 ひざ下まで感じる水の冷たさ、それが得も言われぬ心地よさをもたらすが、腕に感じる少年の温度は対比されることでさらに強く。しかも至近距離で少年の楽しそうな笑い声まで聞こえてしまえばなすすべがない。

 

 ニカとアリヤもそんな光景にちょっと嫉妬しつつ、だけれどこの場面で恋人以外を優先しない対応にほっと胸をなでおろして二人に続く。

 

 遊び道具はそれこそたくさんだ。ビーチバレーの要領でボールを打ち合ったり、一定距離のフラッグのある場所まで競争をしたり、時には戯れに水をかけあったり。

 

 遊び好きなロマン男の面目躍如とばかりに休む間もなく、レクリエーションが続いていく。

 

 ニカもサビーナも遊びの経験がほとんどないので受け身がちだが、『今日の仕事はみんなを飽きさせないこと』と決めていたかのようなアスムの行動に、退屈を感じることはない。むしろ人生で初めてというくらいに自由な時間をおっかなびっくりながら楽しめていた。

 

 そのまま賑やかに休日が進むと思われた、のだが。

 

 そんなきゃっきゃうふふを良しとしないおせっかいが潜んでいる。

 

『えー、ただいまよりビッグウェーブタイムが始まります♪ 局所的に大きな波にご注意くださーい♪』

 

「「「……え!?」」」

 

 突然、大きく響き渡るどこかで聞いた声によるアナウンス。

 

 そして局所的と言った言葉そのままに、コントロールされているのではないかと思うくらいに四人がいるところへ大波が押し寄せてきたのだった。

 

 なぜか天井モニターに『タイダルウェーブ』やら『アクアラグナ』やら表示されているが、どちらにせよ漫画でよくあるような見た目は大層な波である。

 

 ちなみにこれでも高度な水流操作により、客が流されないようにしているとかなんとか。

 

 だが、それを知らない彼らにとっては、大きすぎる波は身の危険を感じさせるもの。

 

 そしてそれを見たサビーナの反応は早かった。

 

「危ない……!」

 

「っ……!」

 

 波に危険を感じるどころか、目を輝かせながら『なぜか』正拳突きでもしようとしているアスムを引っ張って、地面に押し倒すサビーナ。

 

 その二人の上に、波がざぶりと覆いかぶさり、そしてすぐに引いていく。

 

 第二波が来ないことを確認したサビーナは顔を上げ、 

 

「大丈夫だったか?」

 

「あ、ああ……でも、その……」

 

「あっ……!」

 

 見下ろすアスムの戸惑う顔を見て、サビーナは小さく声を漏らして、そのまま固まってしまった。

 

 すぐ目の前に、少年の顔があった。じっと自分を見上げる顔に、密着してしまっているたくましい胸板。

 

 それは少年にとっても同じ。サビーナの水を被って赤面が合わさって色気がたっぷりな表情に、胸に押し付けられている豊満で柔らかい感触。

 

 事情を知らずに傍から見ると、サビーナが押し倒した形だ。

 

 そして意識していなかった急すぎる接近に少女の頭から冷静という字が消えていく。

 

(そういえば……あれ以来、キスもしていないな)

 

 ふとそんなことがサビーナの頭をかすめた。

 

 孤児であった頃や、アカデミーの時代を含めて、彼女の幼少期には恋愛を忌避するようになる出来事が多くあった。直接的であれ、間接的であれ、眉目に優れた社会的弱者が受ける行為はそう変わらない。

 

 だから、アスムと出会う前にはそんなことをしようという気すら起きなかったというのに、今はもう一度と、もっと感情よりも深いところで彼を求める自分自身がいるとサビーナは感じていた。

 

 あの汗や涙にまみれて、お世辞にも完ぺきとは言えなかった不意の口づけも、おずおずと背中に回してくれた手も、何もかもが甘美で、一生でも続けたいと思うほど少女の記憶に刻み付けられている。

 

 そんな、彼女が求めてやまないものが目の前にあって、

 

「…………っ」

 

「…………さびー、な?」

 

 少年の小さな声に理性がぷつりとちぎれて、

 

 

 

「「こほん、こほん!!」」

 

 

 

「「っ……!!」」

 

 同じように濡れネズミになっているニカとアリヤの赤面混じりのわざとらしい咳に、二人は正気を取り戻して距離を離した。

 

 サビーナは立ち上がると、彼女の人生で初めてくらいのうろたえ方で手を振りながら否定する。

 

「い、いや、これはなんでもない……」

 

「そ、そうそう! 波がすごかったから、助けてもらっただけで……」

 

「へぇー、そうですか。このまま『ズキューン』とかしそうな感じでしたけど……ねぇ?」

 

「恋人同士だっていうのは理解してるけど、目の前でいきなりやられると……ねぇ?」

 

「ごめんなさい」「す、すまない」

 

 さすがに今このタイミングで衆目の中でというのはまずいと言う理性の方が二人にもあった。

 

 しかし……

 

「ちっ! あと少しだったのに!!」

 

 そんな二人を監視塔から双眼鏡で眺めていたレネは、そう舌打ちをする。

 

 当然ながらいきなり波を強くするのもシャディクの作戦。

 

 というのも、

 

『アスムもサビーナも献身的な人間だ。加えてアスムはヒロイックな行為に憧れている面もある。

 不意に危機的な状況に陥れば、必然的にお互いをかばい合うことになるだろう。そしてそこでこそ水着が最大の効果を発揮する』

 

 恋愛における単純接触効果は侮れない。

 

 そしてお互いに一定の好意を持っている状況下で、普段とは違う素肌での接触が多くなったならば、お互いに意識することは必然だ。

 

 しかも互いに『助けてくれた』という非日常の体験が吊り橋効果となって、さらに好感度を倍ドン!というのがシャディクの策。

 

 しかし、レネは唇をとがらせながら、無線の先にいるシャディクに愚痴を言う。

 

「でもさぁ、いい加減まどろっこしくない? もうサウナとかホテルに放り込んで鍵かけとけばケリつくんじゃないの?」

 

 なにがとは言わないが、レネ的には既成事実をつくればロマン男が相手を手放すことはないだろうと短絡的な案を出す。しかし、シャディクはその案を即座に否定した。

 

『アイツがどこまで女性への接触を許容するかが情報不足だからね。下手をすると邪な想いを抱いたと恥じて、健全であることにこだわるかもしれない。具体的には卒業してからとか、三年たってからとか、婚前交渉はダメとかだ。それじゃあ遅すぎる』

 

「えぇ……そんなめんどくさいことある?」

 

『あるさ。アイツはロマンっていう教典に従って生きてるから、女性となし崩しに関係を持つなんてロマンから外れる行いは拒否する。逆に……今みたいにロマンチックなシチュエーションを自然と作れれば、これもロマンだと動くだろう。もちろんサビーナに対して好意があるという前提でね』

 

 レネはそれを聞いて、かつて地球で生まれたという恋愛ゲームとその攻略法みたいと思ってしまう。

 

 適切なシチュエーションを用意すればハートマークが自然と増えて、最後にはGOOD ENDというやつだ。

 

 それを一人の人間に当てはめるとか真面目に言い出すなんて、『現実をみろよ』と怒りたくもなるが、ことロマンという栄養をむさぼる妖怪に対してはそれが正解だと思わせてしまう何かがあった。

 

『ということで、今がチャンスだ。たたみかけるよ』

 

「はーい♪」

 

「が、がんばる……!」

 

「了解」

 

 水辺のロマンで妖怪のロマンゲージを高め、その理性を削る。

 

 その目標のために必要なのは莫大な量のイベント。

 

 ゲームならばのんびりと昇華されるはずのそれを三倍速で繰り出してしまえというのが作戦の要だ。

 

 なので、

 

『チキチキ! 豪華賞品争奪! 水鉄砲大会ー!!』

 

「おぉ! 面白そうっ! みんなで参加しようぜ!!」

 

 相手の陣地をカラー水で染めた方が勝ちという大会を急遽開いたり。

 

 そこでわざとサビーナを狙い撃ちしてくるイカの着ぐるみを来たお邪魔キャラが出てきたり。

 

 絶好のシチュエーションを前にテンションを上げた妖怪が『俺のサビーナに手を出すな!』とか言い出して、少女を精神的にノックアウトさせたり。

 

 そこから回復したかと思えば

 

「へい、そこの姉ちゃん、一緒にお茶しない?」

 

「彼女たちは私の友人だが、なにか?」

 

「ひぃ!? すんません!?」

 

 なんてコテコテの世紀末ファッションなヤカラが絡んでくるというテンプレなイベントが発生して、今度はニカとアリヤを前にサビーナがイケメン過ぎる啖呵を切って、別に恋愛なときめきにつながらなかったり。

 

「こちらカップル割引となっておりますぅー」

 

「はいはい、俺たちカップルです!」

 

「あ、アスム!?」

 

 運よくカップル限定ドリンクがプレゼントされたり。

 

 他にもウォータースライダーを二人ですべることになったり、流れるプールでおしくらまんじゅう状態になって密着したりと、不自然なほどにロマン男の周りでイベントが発生するのだった。

 

 それはどこまでも楽しく、賑やかな休日。

 

 しかし、

 

『おかしい……』

 

「シャディク?」

 

『これだけのイベントをこなしたんだ。もう一段階は関係が進展するイベントが発生してもおかしくないんだけど……』

 

「……シャディク、頭大丈夫?」

 

「イリーシャ、そんな直接言ったらだめだよ?」

 

「本人は真面目にやってるつもりよ。あれでも」

 

「あちゃー、シャディクこわれちゃったかー」

 

『ん? 俺は大まじめだよ?』

 

「「「「それが問題」」」」

 

『うーん、みんなが言うならそうなんだろうけど……。仕方ない、最後の手段を使うとしよう』

 

 策士だと自己を規定するシャディク。

 

 このまま目標を達成することなく楽しく遊びましたというのは許されない。

 

 だからこそ、ここで乾坤一擲の手に出ることとした。

 

 

 

 

 それはそろそろ遊び疲れて、のんびりしようと拠点のエリアに戻ろうとアスム達がしていた時のことだ。

 

 不意にチャイムの音が鳴り響き、

 

「なんか……」

 

「またなにか……」

 

「ああ、起きそうな気がするな……」

 

 女子三人がもはや作為的にしか感じないイベントの発生を予感し、

 

「うははは! すっげーなこのプール! イベント盛りだくさんじゃん!!」

 

 新たなロマンの供給にアスムがテンションを振り切らせる。

 

 そして次の瞬間、

 

『ただいまより、ベストカップルコンテストを実施しまーす♪』

 

 などという声が、プールに鳴り響くのだった。

 

「べすと?」

 

「カップル?」

 

 アスムとサビーナがよくわからないと呆ける間に、なぜか砂埃をたてながらどかどかと会場のテントからお立ち台までが一行の目の前にやってくる。

 

 そして、周囲は一瞬で情熱的なカップルの集団に囲まれてしまうのだった。

 

「なんなんですか、さっきから!?」

 

「もうここまでくると潔いね……」

 

「あ、い、つ、ら…………」

 

 焦るニカと苦笑いしか出てこないアリヤ、そして静かに怒りを燃やすサビーナ。

 

 もう、ここに至っては誰が介入しているかも明らかだった。

 

 元からグラスレー関連企業という地の利があり、これだけのサクラを動員できる能力を持ち、かつこんなおせっかいをしてくる人物など一人しかいない。

 

 だが、

 

(君がいくら気づこうとチェックメイトだ。既に場は俺が制している)

 

 運営テントの奥で某探偵アニメのように黒塗りになったシャディクらしきシルエットが言う。

 

 そしてそれは事実であった。

 

「おおーっと! そこの初々しそうなカップル! どうぞ壇上へ!」

 

「なっ……!?」

 

「お、俺たち!?」

 

「みんな、そこのロマ……じゃなくて無駄イケメンと堅物女をつれてきて♪」

 

「レネ!? レネだろう、お前!?」

 

「あーあー、聞こえないー。とにかくおねがーい♪」

 

「うぉおおおお!? な、なんか周りの連中の目の色が!?」

 

 突如として甘い声を発した司会の女性の一言で、周りの男性たちが一糸乱れぬ動きをし始める。

 

 これがキープ君たちをキープし続ける力なのだろうか。

 

 とにかくその勢いで壇上にサビーナとロマン男は上げられてしまった。

 

「さて、ここでルールの説明です♪

 これからこのカップルにはこの箱の中から一つを選んで、お題に挑戦してもらいます!

 無事にお題をクリアできたら、豪華景品をプレゼント!」

 

「豪華景品!!」

 

「さすがロマンせんぱ……じゃなくて彼氏さん、いい食いつきっぷりですね♪

 しかも景品はグラスレーの某御曹司が私費でかき集めた、往年のロボットグッズです! 非売品まで入ってるらしいですよ♪」

 

「さ、サビーナ? も、もしサビーナがよかったらだけど」

 

「…………はぁ、ここまでするとアイツの作戦勝ちだな」

 

 仕方ないと、サビーナはレネ(バニーガールに変装中)から箱を受け取ると、一枚の紙を取り出す。

 

(シャディクたちも下手なお題は出さないだろう。無難なものをクリアして、アスムにプレゼントできれば……なっ!?)

 

 しかし、そのサビーナの少し浮かれた目論見は露と消えた。

 

 

 

『キス』

 

 

 

 シンプルにして最強の愛の誓い。

 

 それがお題。

 

「な、な、ば……!」

 

 バカとシャディクを罵りそうになるが、その処理を脳が行ってくれない。

 

「どんなお題が……え゛!?」

 

 アスムもまた、予想外のお題の出現に表情をこわばらせる。

 

 どうする、どうする、と二人が逡巡する中、レネたちの企ては終わらない。

 

「おおっと! キスがお題ですね! ここは熱々カップルらしく、一気にやってしまいましょー!

 せーの、キース、キース!」

 

「「「「キース、キース!!!!」」」」

 

 場内に鳴り渡るキスコール。

 

 ニカとアリヤは『流されるなー』と声を張り上げるが、それも場の喧騒にかき消されてしまう。

 

 人間は空気を読む生き物。

 

 いけないと分かっていながらも、周りから煽られれば、真逆の行動はとりにくい。

 

 ましてや自分がひそかに望んでいることならば。

 

「っ…………」

 

 サビーナの目がちらりとアスムの唇へと向けられる。

 

 こんな満座の中でキスをするなど、浮かれ切ったバカップルの所業であり彼女が好むことではない。だけれどキスをしたいというのは彼女の欲望であり、自分が羞恥を我慢すれば、彼が好むものをプレゼントできる。

 

 ならば、自分がとるべき方法は……

 

 と、サビーナが決意を固めようとした時だった。

 

「ちょっと、失礼」

 

 アスムがレネ(変装中)からマイクを受け取ると、サビーナをかばう様に前に立ち、衆人に向かって言うのだ。

 

「悪いけど、キスは……しないっ!!」

 

「「「「っ!?」」」」

 

 真っ向から煽りに対する声。

 

 そしてアスムは真面目な顔でサビーナを見ながら言った。

 

「サビーナも俺も、キスとかそういうことはすごく大事に思ってる。

 だからこんな風に周りに煽られてとか、見世物にするようなことは絶対にしない」

 

「えー? 全世界公開生中継とかでもですかぁー?」

 

「ぐっ!? そ、そこまでいくとロマンだけど……少なくとも今日はしない!!

 それが彼氏として、俺ができる誠実なことだからなっ!!」

 

 これで終わり、とマイクをレネへと放り投げてアスムはサビーナの手を引いて檀上を降りる。

 

 そんなアスムへとサビーナは小さく尋ねた。

 

「いいのか? 景品はお前の好きなものなんだろう?」

 

「いいっていいって♪ 本当に欲しかったら自分で探して手に入れるから。

 それにそんなものよりもさ、サビーナとの時間の方が大切。それが俺のロマンだから!」

 

「アスム……」

 

 言い切った少年の笑顔は悔いなどないというように晴れやかで。

 

(ああ……)

 

 この人でよかったと、サビーナは胸を高鳴らせてしまった。

 

 子供っぽく、情熱的で、現実を見ながらも理想を追いかける無鉄砲。それは自分と真逆の性質だけれど、決して曲がったことや間違っていることは選ばない。だから自分たちも世間に胸を張れる人生に立ち返ることができたのだから。

 

 そんな人になら、

 

「……サビーナ?」

 

 サビーナはアスムの手を引いて、立ち止まる。

 

 いま、ちょうど周りには誰もいない。

 

 だったら、ほんの少しならば……

 

 サビーナはあの時と同じようにアスムに一歩近づいて、わずかに頬を染めながら……

 

 

 

「っ、そこだ!!」

 

 

 

 ひゅん、と隠し持っていたペンを背後へと投げつけた。

 

 それは運営テントの中へと吸い込まれていき、パリンと大きな音が鳴って、双眼鏡がテントから転がり出てくる。

 

「危ないところだった……」

 

「サビーナ?」

 

「おかしいと思ったんだ。アイツはこれまで、巧妙に私たちの接触回数を増やそうとしていた。なのにこんな羞恥をあおるようなやり方で強引にことを進めるというのは、道理に合わない」

 

 だが、相手はアスムの趣味趣向を自分以上に理解しているシャディク。

 

 ならばと直前でサビーナはシャディクの狙いに気がついた。

 

(あいつはアスムが誰の面前だろうと、キスを断ると理解していた。

 そしてそんなアスムに私が惚れ直すことも。そこで、この誰も見ていないスペースだ)

 

 どうせ人払いをしていたのだろう、と。

 

 サビーナは黒いオーラをまといながらテントへとつかつかと近寄り、それを引っぺがす。

 

「や、やあ、サビーナ! こんなところで奇遇だね?」

 

「………………」

 

「ま、まて、無言は怖い。そしてなんで生徒手帳を取り出すんだ? ちょ、ちょっと待ってくれ、ミオリネはミオリネに通報するのだけは……!」

 

 数分後。

 

 制裁は終わった。

 

 あとには真っ白になったシャディクと、そんな彼を面白がって撮影するガールズの姿があった。

 

 

 

 そして、

 

「はぁ……なんだかすごく忙しかったね」

 

 最初に来たビーチエリアにて、地球そっくりな人工の夕焼けを見ながらニカが呟いた。

 

 途中からはシャディクによる妨害?というよりもおせっかいイベントが立て続けに発生したせいで休む暇もなかったが……それでも楽しいという気持ちの方が強い。

 

 もちろんできればサビーナの立場で、彼氏彼女として来たかったが、それでもアスムと一緒で楽しい時間を過ごすことができた。

 

 それは隣にいるアリヤも同じ。彼女は苦笑いをしながらうなずく。

 

「まったく、アスムといると退屈しないよね。それが彼の良いところではあるし、ちょっと大変なところもあるけれど」

 

 おかげで楽しかったと思う。

 

 学園の生活ももちろんスリリングで、楽しい毎日ではあるが、学園の外でいつもとは違ったメンバーでの遊びというのも悪くない。

 

 それに、

 

(サビーナさんとアスムが一緒でも、楽しかったのは良かった)

 

 それはニカもアリヤも、言葉には出さないが同じ気持ちだ。

 

 実際に今日の一日に思わないところがなかったかと言えば、そんなことはないし、明確に距離が近くなったサビーナとアスムの姿に、私もああなりたかったという嫉妬がないかと言えばNOだ。

 

 でもそれ以上にプールではしゃぎまわり、自分たちを連れまわす妖怪はいつも通りで、嫉妬よりも楽しかったという思い出は大きい。

 

(なんだっけ、ほろ苦いのも青春だったかな?)

 

 もしかしたらこの思いが成就することはないかもしれない。その時、自分の気持ちが最後にどうなるかはわからない。けど、そうであっても。この一日を共有できたことに後悔はしないだろう。

 

「今頃、社長とサビーナさん、なに話してるのかな」

 

「アイツのことだから、多分いつもと変わらないよ」

 

「そ、それはそれで恋人としてどうかと思うけど……うん、それっぽい」

 

「今度は女子会でも開いてみるとしよう。その時はサビーナさんに根掘り葉掘り聞こうじゃないか」

 

 

 

 そして、そんなことを話されている二人はと言えば。

 

「へぇ、けっこう安定するんだな。ほら、中央に寄った方がバランスいいらしいから」

 

「そ、そうか……あっ」

 

「あぶなっ! ……大丈夫だった?」

 

「あ、ああ……その、すまない」

 

「大丈夫。もうちょっとだけこっちに来て」

 

 ぷかぷかと、二人分のスペースがある浮き輪型のチェアに、肩がくっつく距離で。

 

『最後くらいは二人っきりでデートしてきてください』

 

 とアリヤとニカの二人に送り出された二人は、ナイトプールエリアでのんびりと過ごしていた。

 

 今日はプラネタリウムの設定になっているらしく、淡くライトアップされたプールから天井を見上げると、色とりどりの星が瞬いている。

 

 あの後、『あとはごゆっくりー』なんて反省してなさそうな言葉を残してシャディク達は撤退していった。レネたちはシャディクの私財でたんまり買ったお土産を持ってだ。

 

 その仲間たちの姿を思い返しながらサビーナはため息をつく、

 

(まったく、おせっかいめ……)

 

 結果的にはアスムとの距離も若干は縮められた気持ちもするが、それでも今後はデートの行き先を考えないと、今回の二の舞が起こりかねない。

 

 そんなことを考えながら星を眺めていると、

 

「サビーナ」

 

「ひゃっ!?」

 

 ちょん、とアスムが水をかけてきてサビーナは驚いて飛び跳ねた。

 

 アスムはそんな彼女を見ながら、くすりと笑うと、

 

「なんか難しい顔してたから♪ ほら、リラックスリラックス♪ なんも考えないでのんびりすると気持ちいいぜ?」

 

 なんて言いながらフロートに背中を預けて、脱力する。

 

 それはどこまでも自然体で、サビーナが隣にいることにも安心してくれているようで。

 

 少し欲を出して、サビーナはアスムの手を取り、自分の肩に回す。

 

 彼に抱き寄せられているような恰好というのは大胆だったが、周りの人も同じような姿勢になっているのでカップルであるならばそう不自然なものではないのだろう。

 

 ただ、今日を通して一番アスム・ロンドを感じる姿勢になって心臓の高まりも最高潮なのだが。

 

 その中でおずおずと、サビーナは尋ねた。

 

「その、今日はどうだった?」

 

「どうって?」

 

「いや……私は、こういうことをしたことがない。ずっと訓練や、勉学ばかりで、それに笑うのも苦手で……。そんな私といても、楽しくなかったんじゃないかと」

 

 それは自分だけが楽しんでしまったのではないかという不安。

 

 だけどそれをアスムは意外そうな顔をしながら否定した。

 

「ぜんぜんっ! 俺はすごく楽しかったよ。俺だって女の子とデートとか初めてだったけど、サビーナと一緒でよかった。それに……」

 

 アスムは自然とサビーナの手に、自分の手を重ねながら言う。

 

「気づいてないかもしれないけど、サビーナもすごく笑ってたぞ? それで……すごくきれいで、かわいかった」

 

「っ……! さ、最後のは余計だ!!」

 

「え、そう?」

 

「そうだ」

 

「あー、そのー、とりあえず黙る」

 

「……今はそうしてくれ」

 

 薄暗い中でよかったとサビーナは思う。

 

 この距離で赤くなって緩んだ顔を見られたら、次からどんな顔で会えばいいのかと思ってしまうだろうから。

 

 そうしてたゆたうように、のんびりと水の流れに乗りながら。

 

 少年たちの賑やかな初デートは、とても穏やかに幕を下ろすのだった。




夏バテとか季節の変わり目って大変ですよね……

今日までけっこうバテバテで書いたりする気力がわきにくく、遅れてすみませんでした。

でも水星の魔女最終回に気合いチャージされたので、ここから更新ペースも戻していこうと思います。



その上で、
めっちゃ評価とかお気に入り登録をいただけると気力がわきます。
こればっかりは本当で、書き手として励みになることがすごく多いです。

そんな弱いな私で申し訳ございませんが、筆者の夏バテ解消のためにもお気に入り登録と評価をバンバン入れて応援いただけると幸いです。

ちゃんと完結させるから、お願いします!!

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