アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

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お待たせしました。

まだ万全じゃないですが、少しずつ体調も投稿ペースも戻していきます。

そして……今回はギャグです。


62. シン・エラン

「目標をセンターに入れてスイッチ……」

 

 カチリ

 

「目標をセンターに入れてスイッチ……」

 

 カチリ

 

「目標をセンターに入れてスイッチ……」

 

 カチリ

 

「目標をセンターに入れてスイッチ……」

 

 カチリ

 

 お経のように、あるいは壊れたラジカセのように小さな声が延々とコクピットの中にこぼれる。

 

 死んだ目でブツブツと呟いているのは、ヘルメット越しでも眉目秀麗であることが分かる青年。その様子からも一心不乱に目の前の課題に向き合っているのは伝わるのだが……

 

『LP002、エラン・ケレス! 命中率20%! 追試だ!!』

 

 その試験を監督していた教員から無情なお達しがきた挙句、

 

『ヘタクソ! ヘタクソ!』

 

「あぁあああああ! うるさいぞ、このポンコツ!!」

 

 操縦補助としてセットされていたハロにまでダメだしをされてしまうのだった。

 

 そして、

 

「っ、なんでこの俺がこんな目に……!」

 

 ヘルメットを脱ぎ、目の前のモニタにぶつけながら、二年生のパイロット科転入生にして、現ペイル寮の筆頭であるエラン・ケレス(オリジナル)は怒りを吐露した。

 

 そう、彼は三年生に在籍するエランとは顔も名前も同じ。

 

 しかして真実は三年生でロマン男とつるんでいるエランの方が、オリジナルの影武者として名前と顔を与えられただけの赤の他人だ。

 

 それがロマン男のふざけた策略によって学歴も何もかもを明け渡すことになってしまい、かといってタネがバレている以上は新たに影武者を投入することもできず。

 

 結局はこうして、オリジナルのエランはアスティカシア学園のパイロット科生として転入することを余儀なくされたのだが……

 

 肝心のエランは操縦がどヘタクソだった。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 ガンっ!

 

 と、更衣室のロッカーに強く打ちつけられた音が響く。

 

 それは試験が終わって追試の手続きをした後のエラン(真)による苛立ちの発露であり、だが特殊な合金で作られたロッカーには傷がつくこともなくエランの足が痛くなるだけだった。

 

「バカにしやがって、バカにしやがって、バカにしやがって……!」

 

 ロッカーからも侮られていると思い、エランは歯噛みする。

 

 頭に去来するのは『こんなはずじゃなかった』という思い。

 

 元々エランはペイル社に連なる確かな家柄の出身だ。幼少期から不自由をしたことはないし、要求を出せばなんでも通った。

 

 しかもペイル・グレードの判定によって次期CEOの座まで内定したのだから、もう怖いものなどない。

 

 ペイル社の行く末を文字通り示す高性能AIによってあらゆる能力が最高水準にあると示されたエランを現CEOであるゴルネリ'sも尊重していたし、あと十年もすれば弄することなく一大企業のトップになることができていた。

 

 エランは苦労することなんて嫌いだ。

 

 努力や練習なんて、何かを成し遂げたと思いたい精神的マゾがやる非効率なものだと思っている。

 

 であるから、AIによる判定に従うという効率的な行動をとるペイルを好いていたし、その恩恵でふんぞり返りながら他人を顎で指図できるポジションは彼にとって心地よいものであった。

 

 しかし、そんな順調な人生のレールが大きくゆがんだ。

 

 原因はどこにあるのかと言われればエランの特性によるものだろう。

 

 あらゆる能力に秀でたエランだが、唯一パイロット適性は低かった。

 

 もちろんそれは会社を経営する上ではなんの得にもならないバロメーターである。どこの世界にトップがモビルスーツで出撃する企業があるのだ。指示をだし、かじ取りをする立場は軍艦や本社フロントでふんぞり返っていればいい。

 

 だが、あの時代錯誤な軍人上がりのデリングによる影響か、あるいはスペーシアンに蔓延する貴族主義によるものか、ベネリットグループにおいてパイロット技能というものは尊重され、アスティカシア学園においても一番のエリートはパイロット科生になっている。

 

 とんだ脳筋集団。

 

 しかもデリングが古臭い決闘制度を学園の中枢に据えた挙句、そこでの勝者を娘の婚約者にすると言い出したのだから話がさらにこんがらがった。

 

 それはミオリネの持つベネリットグループの株を総どりできる権利であり、事実上次の総裁を決定するゲーム。

 

 結果、ペイル寮も決闘ゲームに乗らなければいけなくなり、そこでエランのパイロット適性の低さが仇になった。

 

(だからわざわざ強化人士のモルモットに俺の顔も名前もくれてやったってのに……!)

 

 単純な話だ。

 

 自分に苦手なところがあるなら、他人にやらせればいい。

 

 どうせ深く追求する者もおらず、御三家も多かれ少なかれ後ろ暗いところがある者同士、替え玉一人を潜り込ませてもバレやしないと思っていたが……

 

『元"エラン・ケレス"! おめーの席、アスティカシアにねぇから!』

 

 今もエランは、あの時のロマン男の得意げな顔を見るたびにはらわたが煮えくり返る。

 

 エランは自分を人を従わせる、振り回す側の人間だと定義している。

 

 性格が悪いなどと言われても、それで翻弄される弱者が悪いし、わざわざ慮ってやる必要などない。面白そうなおもちゃがいれば、一生でも弄り回してやると思っている。

 

 なのにあのバカのせいで、自分が振り回されているのだ。

 

 おかげで経営戦略科にいれば間違いなく学年トップなのに、苦手なモビルスーツにわざわざ乗せられて落第続き。なのに名目上は寮の代表パイロットなんて屈辱的な立場に追いやられた。

 

 ペイル寮のマッドどもはこれ幸いと『超人薬』やら『豪水』やら変なメモリやメダルやらを使ってエランを実験動物にしようとするし、他の寮生からは『三年のエランはすごいパイロットなのにアイツはダメだな』みたいな目線で見られる毎日。

 

 そして挙句が今日の、何回目かも忘れた落第通知。

 

「くそがぁ……!!」

 

 もう辛抱たまらんと、エランは最後にもう一発、ロッカーを殴ってしまう。

 

 人生山あり谷ありなんて言葉を元にするならば、今のエランは谷底だ。

 

 そうして日ごろは優等生の仮面をつけていたエランが、誰もいないとばかりにうっぷんを晴らしていたところに……

 

「あのぉ……」

 

「っ……!!」

 

 気弱そうな声が聞こえて、エランは慌てて顔を上げた。

 

 するとそこにはロッカーから顔を半分だけ出している気弱そうな男子学生の姿があった。

 

 エランは慌てて笑顔を作って、弁明する。

 

 これでエランが二重人格だとかストレスでおかしくなったなどと言われれば、ペイルのマッドどもに人体実験させるいい口実となってしまうからだ。

 

「あっ……! こ、これはその、そうっ! 誰もいないから不良ごっこをしたかっただけで……!」

 

「そ、そうなんですね……!」

 

「……ちなみに、どこから聞いてました?」

 

「えっと、エランさんが部屋に入って来たところから」

 

「最初からじゃねえか!? 取り繕う意味ねえじゃん!?」

 

「ひぃっ! ごめんなさい!?」

 

 エランは怒声とともにもう一度ロッカーを蹴り、そして少年は悲鳴を上げた。

 

 まったく、とエランは男子学生を見ながら考える。この少年をどうやって口止めしようかと。

 

 幸いなことにエランには少年に見覚えがあった。

 

 元々エランの記憶能力は優れているし、彼はエランと同じくパイロット科の試験での落第常連。ここまで会話をすることもなかったが、名前も所属寮も覚えている。

 

「たしか、トーリだったよな。ロングロンド寮の」

 

「は、はい……! よく覚えてましたね?」

 

「忘れるわけないだろ、あのバカのところなんだから」

 

 いつか殺してやると決めている男だ。

 

 寮の人員など最初に調べ上げている。

 

 エランは横目でトーリという黒髪の少年を見ながら、肩をすくめて言った。

 

「それで、条件はなんだ?」

 

「条件?」

 

「ああ、お前は俺の弱みを見た。いいぜ、口止め料を払ってやるよ。どれくらいほしい?」

 

「僕は別に……お金も何もいらないですし」

 

「なんだ? じゃあ、俺の弱みをずーっと握っていたいってのか? 性格悪いな、お前」

 

「そ、そんなことないですよっ!」

 

 トーリは慌てて手と頭を振りながら否定すると、逆にエランに微笑みながら言うのだ。

 

「むしろ、僕もエランさんの気持ちは分かりますから……。悔しいですよね、何度も何度も期待に応えられないのって」

 

「……期待、ね」

 

 それはエランの内心とはかけ離れた、的外れな意見だった。

 

 しかしトーリはベンチに力なく腰かけると、訥々と話し始める。

 

「僕も同じなんです。でも、僕にはエランさんみたいに怒る気力もない。

 アスム先輩に憧れてアスティカシアに来て、みんなが応援してくれたからパイロット科になって。でももう二年もたつのに落第ばかりで……。毎日、辛いんです」

 

「ふーん……」

 

 そのトーリの顔は、自分に対する悲しさを孕んでいた。

 

 他人の期待に応えたいなんて"殊勝な"感情をエランは理解しないが、それがあり得ないことだとは思っていない。そういう弱者はどこにでもいるし、エランもそういう相手を操作することにはたけていた。

 

 何も言わないエランが自分に同情しているとでも思ったのか、トーリも寮の仲間には打ち明けにくい話を、勝手に同類認定したエランに吐露していく。

 

 どうやらトーリはロングロンド社の奨学金プログラムで入学を果たしたらしく、エランには欠片も良さが分からないが、あのロマン男に強い憧れを抱いているらしい。

 

 少年によればアスム・ロンドは力強くリーダーシップがあり、それでいて勉学にも秀で、モビルスーツを駆れば学年上位。なのに偉ぶることなく、寮生を兄のようにまとめ上げ、学園の問題を解決するヒーローみたいな存在。

 

 なんて、エランが思わず吐き気を我慢するほどの美化されたフィルターで妖怪を見ている。

 

 だがその分、エランには少年は御しやすく見えた。

 

 自分の弱さをさらけ出すなんて、文字通りに弱者のすること。

 

 ここでエランが同類だと思わせれば、いずれ来るロマン男を処理する場面で役に立つこともあるかもしれない。

 

 だから、

 

「そうか……キミも辛いな」

 

 エランは自分でも気色が悪いと思う猫なで声で少年の肩を叩くと、さも自分も理解したというような調子で話し始めた。

 

「俺も同じなんだ、世話をかけてくれたCEOには顔向けができないし」

 

(ゴルネリ以外、名前も知らねえけど)

 

「従兄のエラン君の顔にも泥を塗っているし」

 

(絶対にアイツも追い落としてやるけど)

 

「キミのところのロマン先輩みたいに俺もなれればいいのに……」

 

(あいつだけは願い下げだがな……!!)

 

 面従腹背。

 

 その言葉がこれほどふさわしい男もいないだろう。

 

 エランは心にもないことをペラペラとそれっぽく話していく。

 

 だがそれに気づかないトーリは、エランへと涙目になった顔を向け、

 

「エランさん……! 僕、初めて同士を見つけた気がします……!!」

 

「ああ、俺もだよ、トーリ……」

 

 なんて安い青春ドラマのようなやり取りを続ける二人。

 

 そしてその裏でエランは考える。

 

(こいつをとっかかりに、あの妖怪の弱みの一つでもつかめれば御の字だ。

 アイツの手元にある強化人士のせいで、ペイルとの力関係が拮抗しているからこそのこの停滞。それを崩す一手があれば、アイツを排除することも訳はないし、強化人士も手元に戻せる)

 

 もちろん、自分が手を汚すなんて面倒な真似はしないが。

 

 エランはその聡明さゆえに自分の能力も正しく認識している。相手とのネゴシエーションもお手の物。このままトーリの信頼を得て、望むようにコントロールすることも十分に可能。

 

 ただしそれはここまでのこと。

 

 話はエランの予想もしない方向に転がり始める。

 

 エランは失念していた。

 

 腐っても相手はロングロンド寮生。

 

 つまりはあのバカのロマンに感染しきっていることを。

 

 トーリはひとしきり感動した後、元気を取り戻しながらエランに言うのだ。

 

「先輩は言ってたんです!

 一人じゃなくて二人なら……! 仲間がいれば力は単純に二倍になるだけじゃない。三倍にも四倍にもなるのが真の仲間だって……!」

 

「へぇ、面白い理論だね」

 

(そんなわけないだろ)

 

「はい……! もしかしたら、今ここでエランさんと出会えたのも運命かもしれない……!

 エランさん、こんなうわさを聞いたことがありませんか? この学園には学生を最高のモビルスーツパイロットにする秘伝の書が隠されているって……!」

 

「秘伝の、書?」

 

 それは寝耳に水の言葉。

 

 というよりも信憑性もなにもない与太話。

 

 エランは怪訝な顔をしながら否定した。

 

「そんなのあるわけないだろ? 俺達ができないのは元から向いていないってだけだ。そんなマニュアルを読んだくらいでうまくなるわけがないだろ」

 

「いえ、アスム先輩は言ってました! できる理由はいくらでも作れるけど、できない理由なんてこの世にはないって! 努力すれば夢は叶うんです!

 それに、この話は先輩たちが入学したころからあった学園の七不思議のひとつで、本当にその書を見つけて成績トップで卒業した人もいるらしいんですよ!」

 

「いやいや……!」

 

 どう考えても胡散臭い話にエランは頬を引きつらせる。

 

 だが、次の話を聞いて、エランもまた他人事ではいられなくなった。

 

「エランさんは本当に知らないんですか? なんでもそれを残したのは、ペイル寮の卒業生らしいんですけど」

 

「……なんだって?」

 

「はい、なんでも高性能AIによって算出された、『サルでもエースになれる』ってふれこみの虎の巻だって」

 

「ペイルが……」

 

 エランはそこで、眉根を寄せて考える。

 

 一笑にふすことは簡単だ。

 

 だが、それをできないものがエランにはあった。

 

(俺も聞いたことがある。ペイル・グレードを作った技術者は、学園始まって以来の天才児で、そのプロトタイプは今も学園に眠っていると。それに、寮生のマッドどもが言っていた『開かずの間』の存在……」

 

 怪しい実験にせいを出している学生たち曰く、ペイル寮の地下には巨大な空間があり、そこは諸事情により固くロックされているというのだ。

 

 一説には非合法の実験によって生み出された怪物が眠っているとも、この世界を一変させるほどの禁忌の研究が封印されているとも。

 

 だが、エランにはそのロックも意味はない。

 

 寮の代表であるエランに与えられたのは、最高ランクの権限。

 

 いかに厳重なロックでもエランならば突破できる。

 

 それをつい漏らしてしまうと、トーリは目を輝かせながらエランに言うのだ。

 

「きっとその先にあるんですよ! 秘伝の書が! 虎の巻が!

 それが補助AIだとしたら、納得です! あのジェタークが開発した意思拡張AIの力はエランさんも知っているでしょう?」

 

「……確かに。どう考えてもあり得ない話だったのに、可能性が見えて来たな」

 

 トーリを篭絡し、ロングロンド寮への反撃を準備するというのはあくまでエランにとっては脇道。

 

 あくまで目的は試験での落第を回避すること。

 

 このままエランの評判が落ちれば、内定しているCEOの座も危うくなる可能性がある。

 

 だが優秀なAIの補助を借りることができれば、学園での試験くらいなんのこともなくなるだろう。エランは労せず、優秀な成績を収めることができる。

 

 それは理想的なゴールに思えた。

 

 トーリはエランが興味を持ったことに気づくと、その手を掴んで熱っぽく言う。

 

「エランさん、一緒に行きましょう! それで虎の巻を入手するんです……!」

 

「……元々ペイルのものだって言うなら俺が把握していないわけにもいかないな。それに誰に文句をつけられることもない。ペイルは俺のものなんだから」

 

 それに、

 

(仮に出てくるものが違法なものでも、弾除けとスケープゴートのこいつがいる。

 バカな奴だ。他寮生のお前がペイル寮に侵入して、機密を探ったなんてことがバレればあのバカの弱みになるなんてことにも気づいていない)

 

 本当に現状を打破するAIでも見つかれば御の字。

 

 そうでなくてもロングロンドへの攻撃に使える。

 

 今のエランにとっては賛同しない理由はない。

 

(なにより所詮は学生が作ったもの。どうせ、ろくなものは出て来やしないさ)

 

 エランは内心でそうほくそ笑みながら、トーリを連れてペイル寮へ向かう。

 

 その考えを後悔することになるとはつゆ知らずに。

 

 

 

「へぇ……ペイル寮の中ってこんな風になっていたんですね」

 

 エランと共にこっそりと裏門から入ったトーリは、ペイル寮の内装を眺めながらそんなことをつぶやいた。

 

 端的に言えば、そこは真っ白。

 

 病的なほどに真っ白。

 

 実際に病的という表現は間違っていない。

 

 正常な判断力を持つ人間がこの純白の空間に居続けると、あまりの白さに精神的な苦痛を感じるとされるくらいの白さだ。しかしペイルに染まり切ったマッド共は『この白さが我らの知性を刺激する!イーっ!!』なんて奇声を発するのだ。

 

 SAN値を常に削る環境に適応しきった彼らは、むしろ強化人士よりも人間離れし始めていた。

 

「ああ、まったく頭が痛くなるよ。それからそこらの扉を開くんじゃないぞ。どこから何が飛び出てくるかわかったもんじゃない」

 

「ゾンビとか、ターミネーター的な奴ですか?」

 

「……それが出てこないと言い切れないから嫌なんだよ」

 

 言いながら、二人はエレベーターに乗り込むと、エランが地下13階へのボタンを押す。それは表示される限りにおいて最下部の階層。しかし、エランは道中で同じボタンを何度も連打するのだ。

 

 地下13階を13連打。

 

 すると順調に数字を刻んでいたモニターにノイズが走り、

 

「わっ!?」

 

 トーリは態勢を崩しながら悲鳴を上げる。

 

 突如としてエレベーターが奇妙な加速を遂げ、モニターの表示も乱れに乱れ、最後には『H13』という謎の表記に至るのだ。

 

 隠された階層。

 

 寮生の中でも上層部だけしか知らない研究フロア。

 

 ぷしゅーというエレベーターの扉らしからぬ音とともに開かれた先はまたもシャッターがいくつも並ぶ奇妙な空間で、エランはそこを仏頂面で、トーリは恐る恐るついていく形で進んでいった。

 

 シャッターのいくつかには『B.O.W.』やら『G-cell』やら『Aroma Ozone Water』などいう文字が見え隠れするが、二人はあえて見ようとはしなかった。

 

 そして、

 

「ここだ」

 

 エランが突き当りで立ち止まる。

 

 そこにあるのは大きなシャッターで、その手前には生体認証用の端末が置かれている。

 

 ペイル寮の開かずの間。二人が探し求める補助AIがあるだろう場所だ。

 

 エランは後ろに立つトーリを一度伺う。するとトーリは何を勘違いしたのか、こぶしを握って頷きを返すのだ。おそらく『自分は大丈夫』だとでも言いたいのだろうから、エランには都合がいい。

 

「それじゃあ、開けるぞ」

 

「はい……!」

 

 エランがかざした手に緑色のスキャンレーザーが当たり、反応した扉がゆっくりと開かれていく。

 

 ごくり、とトーリが緊張でのどを動かす中で……そして地獄の蓋は解き放たれた。

 

「…………ここは?」

 

 エランは一歩、歩みを進めると目を凝らす。

 

 部屋の中は薄暗闇になっているが、横を見ても前を見ても壁がない。それだけ広い空間だということは理解できた。

 

 一方で、思っていたようなハイテク機器や発明品のたぐいも見つかりはしない。

 

 二人の視界はがらんとした大きな空間が広がるだけだ。

 

 ちっ、とエランは舌打ちをしながら言う。

 

「少しは何かがあるだろうって期待したけど、とんだ外れくじじゃないか。あーあ、期待して損したよ」

 

 目的の虎の巻もなければ、トーリをはめるための貴重品もないとなればエランは落胆するしかない。

 

 しかしトーリはと言えば生徒手帳の懐中電灯機能を使って部屋を照らしながら、何事かがないかを探っていくのだ。

 

(いいか、トーリ。秘密の扉の奥にはな、絶対に秘密の部屋もあるもんなんだよ。壁を押したらガコンとなったり、暗号が必要な奴とか! 秘密の扉を作ろうってロマンあるやつは、そういうの外さねえからな!!)

 

 とは彼が敬愛するロマン男の言葉。

 

 ならばきっとこの部屋にも……

 

「あれ、エランさん? ここにレバーがありますよ?」

 

「なんだって……まさか、まだ先に何かがあるのか?」

 

 トーリに呼ばれたエランは、確かにタイルの一枚にレバーがつけられているのを発見する。

 

 わざわざかがまないといけない足元にレバーを設置するなんて奇妙だと思うが、ここまで来て何物も見つからないというのはもったいない話だ。

 

 なので、

 

「ふんっ……!」

 

「あっ!? ちょっとそんないきなり!?」

 

 エランはなんのためらいもなく、そのレバーを蹴って起動させる。トーリは慌てて止めようとするが、既にレバーは作動してしまった。

 

 エランは鼻を鳴らしながら言う。

 

「心配するなって。どうせ大したことは……」

 

 しかし、その時だった。

 

 Biー! Biー! Biー! Biー! Biー! 

 

 突如として鳴り響くサイレン、二人を囲むように起動していく巨大なモニターの数々。

 

「な、なんだ!?」

 

 エランが慌ててレバーを戻そうとするが、それは固定されたように動かない。

 

「こ、これって……!」

 

「知っているのか!?」

 

「し、知りませんけど……! これってゲームとかアニメでやばいのが出てくるときの……!!」

 

「やばいのって、なんだよ!?」

 

 エランは泡を食ったようにトーリの頭を振るが、彼から答えが得られるわけもナシ。

 

 そして彼らの周囲のモニターに文字が現れていくのだ。

 

『From Dr. Serizawa、Maki、Saotome、Well……』

 

 それは何十名もの連名。

 

 そしてそのどれもが、

 

「あれは……!」

 

「知ってるんですか、エランさん!?」

 

「ああ、かつてのペイル寮生の中で、特に危険な思想にまみれた科学者たち……! あのババアどもが御しきれないと追放した極めつけのマッド連中だ!!」

 

 しかも彼らが在籍した年は被っているわけでもない。

 

 おそらく長年にわたってこの秘密の研究室で、研究が引き継がれていたのだとエランには推測できた。

 

 では、そこまでして研究してきたものはなにか……

 

 

 

 グポン

 

 

 

 部屋の最奥で二つの目が光る。

 

 それは小さな地響きとともに身じろぎをし始め、次第に二人はそれが巨大なモビルスーツだということに気づくのだ。

 

 モニターは示す。

 

 その悪魔の名前を。

 

『これぞ我らが最高傑作。

 魔女のつくったガンダムを凌駕すべしと、自己再生・自己増殖・自己進化の原理を取り込ませた究極のモビルスーツ』

 

 魔女を超えた、悪魔。

 

『デビル-G』

 

 

 

 

『我々は好きにした、キミらも好きにしろ』

 

 

 

「ふざけるなぁあああああああ!?!?」

 

 エランの叫びがむなしく響く中、その一生封印されるべきだった怪物が目を覚ますのだった。




次回:アスティカシア滅亡

なわけないです。
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