アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
とはいえ多忙と夏ばてにやられているのは変わりなく、よろしければ評価やお気に入り登録で応援をいただけると幸いです……!すごく力になります。
ともあれ、真エラン編後編。
ペイルはいつから"こう"なったのか。
あるいは設立当初から"こう"だったのか。
今のエランにはその判断がつかなかった。
ペイル寮全体がおかしくなったのは、ロマン男が活動を始めたここ数年であることには間違いはない。寮が奇妙な白に染まったのも、学生たちが白昼堂々と人体実験に片足を突っ込んだことをやり始めたのもそうだ。
しかし、火のない所に煙は立たないというもので、いくらロマン男でも無から有にすることはできない。それができるのは魔法使いというものだ。
彼が行ってきたのは、相手が心の中でくすぶらせていた願望を開花させたり、背中を押してロマンという名目で谷底へ突き落とすこと。
その様はまさしく悪魔や妖怪に例えられてしかるべきものだが、ペイル寮には元々MADの精神が存在したのだろう。だからこそ、ここまで弾けてしまった。
実際に真エランが述べたように、過去にはペイルの歴史からも抹消された極めつけの馬鹿者どもがころころと現れていた。彼らは例外なく寮でもはみ出し者であったけれども、であるからこそ、ペイルは一味違うのだと後輩たちもかすかな憧れを抱いていたのだろう。
(御三家って立場にありながら健全とは程遠いGUND-ARMやら強化人士やらを許容している時点で、ペイルは大概の企業よりはMADだよなぁ)
その強化人士に替え玉を任せるなど、がっつり絡んでいる張本人であるエランは、現実逃避しながらそんなことを他人事のように考えていた。
それでもこの研究空間が秘匿されていたのは、まだMAD共にも人目に触れさせてはまずいという常識の欠片は残っていたのか、あるいは忘れ去られたころに発見されたほうがサプライズ性が高いと考えたのか。
だがそんなペイル出身者の精神分析に意味はない。
考えたところで、真エランを取り巻く状況は何も変わることがないからだ。
「うわぁあああああ!?」
「ちっ……!」
この魔窟へ同行してしまった、まぎれもなく哀れな子羊なトーリへと、突如として現れた巨大なGはパイプ用のようなものを射出してくる。それはどこぞの文化でよく見る触手やらなにやらと同じような挙動で少年二人に向かうのだが、
「ぼけっとするな、バカ!」
エランがタックルするようにトーリの体を突飛ばし、その射線から逃すことに成功した。
転がるトーリを急いで立たせると、エランは急いで部屋を出る。
「あ、ありがとう、エランさん……!」
「お前のためじゃない! こんなところで学生の死人を出してみろ、ペイルは一貫の終わりだ……!」
「で、でも、助けてくれたわけですし……」
「そんなに感謝の気持ちを伝えたいなら、あのデカブツを倒す方法でも考えろ……!」
その言葉にトーリは目を丸くし、次いで慌てて手を振った。
「えっ!? エランさん、アイツを倒すんですか!? 無理ですよ!? 普通のモビルスーツの二倍くらいデカかったですし、説明見たら、自己増殖とか自己進化とか……!
僕ら学生に対処できることじゃありませんって!! いそいでフロント管理に……いいえ、ドミニコスに通報しないと!」
「だから、そんなことをしたらペイルが終わるんだよ……!」
エランは苦虫をかみつぶした顔ではき捨てる。
確かにエランもトーリの意見には同意する。
どう考えても学生二人の手に余る事態であり、むしろ軍隊の力を借りなければ収束できない類のバイオなハザードだ。
だが、そんなことを実行した時、ペイル社はどうなるか。
(だいたい元から強化人士っていう特大の爆弾を抱え込んでいるんだ。
追加でこんな大量破壊兵器なんて出てきて暴れまわったなら、グラスレーやジェタークが嬉々として潰しに来るに決まってる! いや、破綻ならまだしも刑務所行きも濃厚だ!)
世の中には連帯責任というものもあり、ついでに監督責任というものがある。
いくら卒業生のMADたちが『僕たちの楽しい卒業制作』なノリで作ったとしても、バケモノを生み出した予算と資材はペイルのもの。ついでにそのバケモノを起こしてしまったのはエランなのだから、追及は免れない。
エランは苦労なんて嫌いだ。友情努力勝利なんて反吐が出る。
だが、第一に優先すべきは自分の身の安全と名誉であり、ここは多少の無茶をしなければそのどちらも失われるという瀬戸際だった。
だから、
「俺達二人で、アイツを潰す……! 誰にも知られないようにな……!」
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
「はぁ、はぁ……よし、この部屋で何かないか探すぞ」
エランは持ち前の権限で開けた扉に飛び込むと、息を整えて周りを見渡す。
見る限り、モビルスーツの装備品でも開発していたのか、大小さまざまな武器のようなものが転がっていた。
けれども、完全に殺る気に満ち溢れているエランへと、不安そうにトーリは問いかける。
「本気なんですか……? あのバケモノを倒すって」
今もトーリたちを探しているのか、ゴウンゴウンと脈動のような音が遠くから響いてくる。
それは正しく怪獣やクリーチャーじみていて、ついでにGという名前もGUNDやらそれと関係する以外にとんでもなく厄ネタな意味が込められている気がしてならなかった。
しかしエランは鼻を鳴らして言う。
「ああ、それ以外に俺が生き残る道はないからな。あと、生徒手帳を見てみろ。電波も遮断されている。アイツに意思があるのかどうかなんて知ったことじゃないが、俺達をここから出すつもりはないんだろうな」
「あっ、ほんとだ……! でも、倒すって言ったってどうやって?」
「それを今から考えるんだよ」
エランは先ほど見た部屋でのデビル-Gというバケモノの姿を思いだす。
頭は確かに魔女のモビルスーツ、GUND-ARMによく似ていたが、体の各部は歪に膨れ上がったように人の体形をしていなかった。ついでにGUND-ARM特有のシェルユニットも見当たらない。
あるいは自分たちを触手で捕えようとしていたのは、パイロットが不在だと本来の性能を発揮できないということなのだろうか。
エランは極めて優秀な頭脳をもっている。モビルスーツの操縦にはあいにくと才能がなかったが、それでも頭脳だけでアド・ステラ世界のトップになれるほどの"性能"がある。
だがあくまでそれは通常の社会活動でこそ活躍する能力であって、こんなロマンどころかアポカリプスな事態を想定してはいなかった。むしろこういう時に対応できる脳を持っているのは……
「お前には何か案はないのか? あのロマン男の担当分野だろ、こういうのは……」
「で、でも僕には……」
「お前が自分をどう認識しているかなんて関係がない。
大事なのはこの事態をどう収束するかだ。それでそのアイデアを出すのにお前の尊敬する先輩ってやつは適材だろ。お前は……その弟子だ。なんでもいい、考えろ」
「うっ、うーん……」
そしてトーリは腕を組み、うんうんと唸りながら言う。
「えっと、僕は怪獣映画とか好きなんですけど……だいたいこういう時って」
「うん」
「周りの酸素ごと消滅させたり」
「……ん?」
「火山に突き落としたり、氷の下に閉じ込めたり、あとは変なバクテリア撃ち込んだり、ブラックホール作ったり、絶対零度だったり、体の内側からドリルでぎゅーんとか!」
「…………なんか、いくつかはカイジュウってやつよりも被害デカくなりそうじゃないか?」
特にバクテリアやら火山やら、ブラックホールやらは下手をするとフロント全体が崩壊する類のもの。エランはそれを聞きながら、ペイルよりもそんなアイデアがぽんぽんと出てくるロングロンド寮の方がよほど性質が悪いと思い始めた。
だがそのアイデアをこの局面で実行できるわけはない。
「と、とにかく! ああいう大きな怪獣とかの弱点って共通してて、核とか不思議エネルギーを生み出す動力なんです! 温度下げたりするのも、その反応を弱めるためで」
「…………動力か。そういえば」
そこでふとエランは思い出す。
あのGは背後に何本も巨大なパイプとつながっていたことを。
「……そうか、アイツもおなじだ。あの巨体を動かすには、莫大な動力が必要になる。きっとこのペイル寮の主電源にパスをつないで電力を奪っているんだろう」
他のMSと同様に内燃機関を有しているだろうが、それだけで全てを賄えるほどの大きさには見えない。さらに長期間放置されていたことからも、外付けの動力源は必要になると思えた。
そして機械である以上、動力が失われればすべての機能は止めることができる。
「つまりアイツを動力から切り離すことができれば、動きが止められなくとも鈍るはず。そこで本体を破壊すればいい」
幸いなことに、いくらMADどもが天才であろうとも学生は学生。
扱える資産と材料には限りがある。ここまで秘匿されていたのだから、ペイルをごまかしてちょっとずつちょっとずつ理想のモビルスーツを作っていたのだろう。
それが"発表"されていないあたり、後継者がいなくなったのか、さすがに無理が通せなくなったのかわからないが、未完成のままであると判断できる。
(仮に完成していたら、なぜか地球圏全体が乗っ取られるイメージがわいてくるが……今の俺には好都合だ)
「なるほど……! でも、どうやってパイプを破壊とかするんですか?」
「足と武器がいるな。モビルワーカーでもなんでもいい、アイツの近くまで移動できる機体、それに武器を探す」
「でも、それを本当に僕たちだけで……?」
トーリの目に難色が生まれたのを、エランは見る。
確かにここでGを人知れず処理したいというのはエランの都合だ。
トーリにその火消し付き合う道理はない。
ペイルのMADな悪行と、それによって生み出されたバケモノが暴かれて困るのは、エランとゴルネリたちだけなのだから。
だがエランにはトーリが必要だった。
彼とて一人でバケモノを潰せる確信はないし、一人でも都合のいい弾除けがいれば生存率は跳ね上がる。エランはこんなところで失脚する気も死ぬ気もない。
だから、言うのは毎度のことながら口から出まかせだ。
エランはトーリに向き直ると、その肩を掴んで言う。
「お前には悪いと思ってる。アイツを起こしたのも俺だし、お前は俺についてきてしまっただけだ。
だが、俺は謝らない。
起きてしまったことはしょうがない。
アイツをこのままにしたらフロント管理社やドミニコス隊が到着する前に地上に飛び出して、この学園をめちゃくちゃにする。そうしたらお前の仲間や先輩たちの命も危ないだろ」
"憧れ"や"なりたい自分"なんてことを口にする、英雄志願者。
あのロマンバカのようなタイプを相手に交渉するときは、自分以外の誰かの危機を煽ればいい。
そうすれば……
「みんなを守るために、お前の力が必要なんだ……!」
「エランさん……」
こういう手合いは勝手にドラマを感じて、
「わかりました……! 僕、がんばります……!」
(計画通り……)
怖いだろうに勇気を振り絞る同級生を見ながら、エランはこっそりと邪悪な笑顔を浮かべた。
これで使える駒は自分を入れて二つ。
武器は今いるエリアを探せば何か見つかるだろう。謎の黄緑色の粒子がはいったカプセルや、なぞの光の輪っかやら、どこにつながっているかもわからない黒い渦やら、何かは分からないが何か良くないことだけは分かるものが大量にある。
後はそれを相手に撃ち込むための機体が必要。
だが悠長にそれを探す時間はなかった。
ぐぉおおおおおお……!
「わっ……!」
「アイツ、俺達を探してる……?」
怪獣じみた声が近づき、振動は大きくなっている。この扉の先でGがどんな姿で待ち受けているかなんて考えるのもエランは嫌だが、躊躇っている暇もない。
なのでエランたちは様々な残骸が集まり、怪獣墓場みたいになっている地下空間を駆けまわり……
「っ……! エランさん、こっちにMSの格納庫が!」
「でかした!」
そしてそれを見つけた。
「っ……!」
同じように長く放置されていたのだろう、埃をかぶった、されど電気だけは煌々とした格納庫の中。黒く、細身のシルエット。その機体を見上げながら、
「っ……ふざけんなよ」
エランは小さく毒づく。
ペイル社製らしい特徴的な脚部からスラスター。
しかしてザウォートとは違う鋭い頭部と、各部に輝く独特のクリアパーツ。そこに魔女の紋様が浮かび上がれば、誰だってその正体に気づくだろう。
「GUND-ARM、ファラクト……そのプロトタイプか」
そう言えば、とエランは思い出す。
GUNDフォーマットから強化人士の製造までは医療工学に特化したベルメリアの仕事。しかし、それで作られた強化人士を載せる機体を製作した者の名前は、なぜか抹消されていたことを。
確かに既存のザウォートらを上回るあの機動性と、どこか狂気に染まっているスタンビットなんてオシャレ兵装の合わせ技を考えるのは、あのゴルネリたちっぽくはない。
その人物がまだペイルに残っているかはわからないが、おそらく学園の卒業生で、他の卒業生と同じく学園の地下で試作していたとしてもおかしくはなかった。
しかしそれ以上に、
(俺に、これに乗れっていうのか……?)
真エランは運命やオカルトを信じてはいないが、どこか意地の悪い作為のようなものを感じてしまう。
もちろんGUNDフォーマットなんて欠陥品を使うつもりはないが、神とやらがどこかにいるのなら自分を皮肉っているような気がしてならない。
偶然に見つけた使えそうな機体が、これだけだなんて。
だが、エランに選択肢はない。
その"道を選べない"という状況さえも、自分が強化人士に強いてきた状況と似通っていて。
「くそっ……!」
エランはそう吐き捨てて、一歩を踏み出した。
因果応報という言葉がよぎりながら、エランはこのファラクトを自在に操り決闘で活躍した偽物のことを考える。
その結果はゴルネリたちを怒らせ、そして最終的に彼を救い、真エランをこの地獄へと叩き落したのだが、それはもう関係ない。大事なのは彼は自分以上の操縦技術でもって学園の誰もを魅了していたこと。
本物であるはずなのに、転入してからずっとエランは偽物の放った強力な光に苦しめられてきた。
今まで受けた無数の嘲笑と失望の視線がエランの脳裏によぎる。
だが、
「誰がエランの偽物だ、誰が弱い方のエランだ……!
どいつもこいつも俺のことをなめやがって。俺は、エラン・ケレスはお前たちよりも優れた、選ばれた人間だ。俺の行く先に一つの障害も、傷も残すべきじゃない……!」
エランにも理想はある。
誰もが自分の優秀さを認める環境で、自分と少し下くらいには優秀な人間を集めて、そいつらを顎で指図しながら会社を大きくしていく。
そしてどこかに面白そうなやつがいたら、それを振り回して困惑する顔を見ながら毎日楽しく仕事をしてやるのだ。
ストレスはかけない。
むしろストレスだけ押し付ける。
そんな身勝手で性格の悪い未来のためにエランは動く。
だから、
(強化人士4号……。ファラクトに乗れるのも、お前だけじゃないんだよ……!)
幸いにも動力源と機体の整備は問題がなかった。
スタンビットの類は用意されていないが、ザウォートに代表される機動性は健在のよう。叶うならば専属のメカニックに見てもらい万全としたかったが今の状況では致し方ない。
エランはそれを確認すると呟いた。
「……ファラクト・ゼロ、スタンバイ」
「こっちもザウォートの準備整いました!」
「ソレ、魔改造ザウォートだから、こちらを巻き込まないように気をつけろよ。ブースターの最大出力が通常の30倍になってる」
「は、はい……!」
同じく格納庫にあった赤いザウォートに乗ったトーリから元気のよい返事がくる。
エランがファラクトを選んだのは、まだ最新機よりなファラクト・ゼロの方がパイロット生存率が高そうだったからだが、トーリは気づいていないようだった。
格納庫のロックを遠隔で外しながら、エランは言う。
「作戦について改めて説明するぞ。まずは一人が陽動、もう一人が攻撃役だ。
お前の方がMS操縦の点数は高かったから、陽動は任せる」
「はい、それでエランさんが後ろからビームライフルを発射するので、Gの注意がこちらを向いたら後ろに回り込んでパイプを破壊ですね!」
「それで最後は動きが鈍くなったところで、敵中枢を撃ち抜く」
(……無事に当たればだけど)
自分の射撃成績の悪さを考えると不安要素が強すぎるが、この成績不良者チームでバケモノ退治をするにはそれくらいしか方法がない。
しかし失敗すれば自分も下手をすれば死亡。生き残れてもGの存在が露見したら社会的に死亡。
エランの人生の分水嶺がここだ。
「…………いくぞ」
「はい……!」
そして二機は発進した。
元々地下空間なのもあって、ペイル社シリーズの柔軟な機動力を存分に活かせるスペースはない。だが、
「っ! 来ました!」
「ただのパイプだ! 変な動きしてようと切り落とせ!」
「はいっ……! えっと、ビームサーベルは……これっ!」
格納庫から出た途端に、数個の触手みたいなパイプが飛んで来る。しかしファラクト・ゼロも魔改造ザウォートも直線距離での高速移動が可能だ。
旧式のAI制御と思われるGの判断力は、それについていけない。
それゆえに前衛のザウォートはおぼつかない動きながらもパイプに対処できる。
「一本! 二本! さん……あっ!」
「なんだ、変な声出して」
「いや、これってゲームとかでよくあるイベントシーンに似てるなぁーって」
トーリが思い浮かべるのは、イベントムービー中に特定のボタンを押すタイプのゲームだ。QTEとも言う。
今のシーンをゲームに例えるなら、攻撃個所にポップアップが生まれ、指定されたコマンドを入れると敵が破壊されるというもの。
(あっ、でもこういうゲームって驚かせるのが目的だから……)
「っ……! エランさん!」
「えっ……はぁああああ!?」
『グルルゥオオオオオオ!!』
トーリ機が後ろを振り向くのと、エラン機に向かって巨大なモビルスーツが壁を突き破って突撃してきたのはほぼ同時だった。
予期せぬ方向からの奇襲。
ついでにこの揺れで絶対にアスティカシア側にばれた。
「くっ……! お前なんかにやられるほど、俺の命は安くないんだよ!!」
真エランは間一髪で突撃を躱しながら、ビームライフルを構える。
それは一見すると普通のライフルに見えるのだが、
ギュウン、と銃口にビームが収束する工程を挟み、高出力のビームを放つ。
ビームマグナムなどと開発者は名付けた試作品らしいが、覚書によると意図した攻撃力に達しなかったので失敗作扱いされたらしい。本来はザウォートの腕が発射の反動でもげるくらいが理想だったとか。
「なんで自爆前提の装備を作りたがるんだ、馬鹿どもは……!!」
だがその威力はバカの理想通りにはならずとも強力。精密射撃が苦手なエランに必要だった大雑把な火力として理想通りだった。
Gのさらされた背中にある動力パイプをいくつか粉砕し、その後はファラクトらしいバックブーストで離脱する。
いつまでも最前線にいる真エランではない、バトンタッチするように果敢に突っ込んできたザウォートに前を譲る。ザウォートの動きは先ほどよりもキレを増しており、エランが活躍したから自分も役に立たないとなどと殊勝なことを考えているようにも見えた。
『ぐぉおおお!』
そんなザウォートに対してGは腕を振り上げて威嚇……いや、腕に内蔵されていたビームを発射する。
「よかった! 決闘出力になってる……! これなら!!」
一撃死はない。もちろん危険性はそう変わりはしないが、学生の操縦には心の余裕が必要だ。
大回りながらも見事にビームの追従を避けるザウォート。
そして両肩部に設置したビームガトリングガンでさらにパイプを破壊した。
『グゥウウウウ!!』
「ははは……! ざまあないな、デカブツ! MS風情が俺に歯向かうからだ!」
「悲鳴をあげるって、なんかほんとに生物っぽいですよね……なんなんだろ、ほんとに」
「知るか! さっさとマッド共の遺産を潰して脱出するぞ!」
成功体験にいい気になったエランは、ビームマグナムを敵の機体中央部に向け、照準を合わせる。
この威力ならば装甲を貫通して中枢を破壊できるだろう。
だが……
「っ…………!?」
その"命"の危機を感じたのは敵も同じだった。
エランの視界が光に染まる。
次いで体が重力を失い、あらゆる方向にガンガンと揺らされる。
気がついたときには、パイロットスーツのパーメット接続部を支えに地面にむかってぶら下がっていた。
「な、なに、が……?」
茫然としながらエランは呟く。
まだ何とか生きていたモニターを見渡すと、地下空間の全てが焼けこげ、その中心にGが君臨していた。
Gはわずかに前傾しながら、口にあたる部分から光をこぼしている。さらに同じような光の痕跡がセビレのような部分にも見えた。
だがそれは敵にとってもオーバーヒートを起こす類のもので、胸部を中心に赤熱した装甲が広がっている。
おそらく拡散ビーム砲。それによって全方位に攻撃をしたのだとエランには想像がついた。エランに直撃しペイル社総辞職とならなかったのは運がよかっただけに他ならない。
次いでのろのろと、エランはファラクト・ゼロの状態を確認する。
マグナムを握っていた右手は平気だが、左手は墜落の際に破損したのかマニピュレータが反応しない。両足は膝から下が消失している。それがバランスを崩して墜落した原因だった。
「くっ……うごけ、うごけ……! うごいてくれ……!」
レバーをガチャガチャと動かしながら、エランは言う。
「いま、動かないとダメなんだ……! 動かないと、俺が死んじゃうんだ! だから、だから……! 動いてくれ……!」
あるいは機体に意思があれば、その必死な願いを聞き届けて覚醒するということもありうるだろうが、あいにくとファラクト・ゼロにそんなものはない。
そして、
「ひっ……!」
エランは小さな悲鳴を上げる。
Gがずん、ずんと大きな音を立てながらこっちへ向かい、その腕に内蔵された銃口を向ける。
それは紛れもなく人類を超えた怪物、いや長じればGODとなりうるようなポテンシャルを秘めているように見えて、エランは人生で初めて相手への恐怖を感じた。
このまま一秒の後には、真エランは命を落とす。
だが、そうはならない。
「エランさん……!」
「っ、おまえ、生きて……!?」
横なぐりの衝撃にエランが目を見張る。
真っ赤なザウォートがお姫様抱っこのような格好でファラクトを持ち上げ、後方へと退避したからだ。
だが、そのザウォートも片足を失い、別の機体を抱えたバランスの悪すぎる状態。
それを追うために再びパイプが二人を追ってくるが、それを壁にぶつかったり変な旋回をしながらなんとか避けているという状態だった。
「おい、お前! 落とすなよ! ぜったいに俺を落とすなよ!」
「それ落ちるフラグ!!」
「なんでもいいから落とすな!?」
「落としませんよ! っていうか、さっきから薄々わかってたけど、あなためちゃくちゃ性格悪いですよね!!」
「っ……! なら、どうして助けに戻った」
この口ぶりでは最初から弾除けにするつもりだったことも分かってきているのだろう。実際には弾除けになったのはエランの方だったが。
先ほどのエランに敵の注意が向いている場面ならば、離脱して助けを呼ぶことも可能だっただろう。それが合理的でトーリにとっては最善の選択。であるのに、この落ちこぼれは逃げることをしなかった。
「逃げちゃだめだ」
「は……?」
「先輩が言ってたんです。逃げたら一つ、進めば二つ。あのスレッタさんが教えてくれた言葉だって。でも、僕はきっと逃げても進んでも手に入るものは少ないから……」
だから、
「僕はロングロンド寮生です。先輩のロマンに憧れた、夢を応援してもらった人間です。だから、逃げることだけは、先輩たちに、この学園に泥をかけることだけはしたくない!」
「……お前の夢ってなんだよ?」
「僕の夢は、いつか誰も見たことない宇宙を旅すること! モビルスーツ乗りとして、宙を開拓すること!」
そう歯を食いしばって言うと、トーリはさらに自分に言い聞かせるように。
「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ……! 逃げないで、アイツに勝つ方法……!」
だが巧い策は思い浮かばないようで、トーリは顔を歪ませる。
けれどもそこでエランは呆れたように息を吐きながら言うのだ。
「はぁ、お前にはなんの得もないってのに。そんなにこの学園が好きになったのか、ロマン男ども」
「エランさん……」
「もうこのファラクトじゃ、脱出は無理だ。俺はあいつを倒す以外に生き残る道がない。だから今回だけ助けてやるよ」
「すみません、エランさん……」
「謝罪じゃない、そこは感謝だ」
「ありがとうございます、エランさん」
「"さん"じゃない、敬語も抜き。ここは呼び捨てだ」
「……わかった、エラン」
「ふんっ、やるぞロマン二号」
言いながら、エランのファラクトはバーニアを再点火させる。
元々マニュアルの類は即暗記できるエラン。この逃亡時間に最低限動かせるように設定を組みなおしていた。
そしてファラクトは赤ザウォートから離れると、
「人間をなめるな、バケモノ……!」
ビームマグナムでけん制を打ち込む。
Gもその威力を学習しているのか、パイプを射線上に集結させて簡易的な盾とするが、それすら貫通しかけるほどの威力に、エランは初めてマッドに感謝した。
(これで邪魔なパイプは一時的にでも消えた!)
そして、
「っ……!!」
赤いザウォートが加速する。
通常の30倍の最大推力というバカげた機体だが、それゆえに敵はその動きに対応できない。AIである以上、その学習元であるデータが絶対。他の誰もしないだろうバカな真似は天敵だ。
「うぅ……体がちぎれそう、だけど……!!」
ザウォートは背部からカプセルのような物体を取り出す。
その表面には「G-Destroyer」なんていかにもGに効きそうな名前が彫られているので、念のために持ってきていたのだ。
ザウォートはそのまま敵が対応する間もなく急接近すると、
「薬は注射より飲むにかぎるよ! Gさん!」
その頭部にカプセルを押し込むのだった。
もちろん、その距離での接近だ。
Gの頭部にある拡散ビーム砲の射程圏。
それを覚悟の上の決死の突撃。
だが今度はGの意識がザウォートに向いたので、
「俺を忘れるな、バケモノ……!」
エランの最後のビームマグナムが、遠距離から頭部を直撃したのだ。
「エラン……!」
「今すぐ脱出するぞ!」
Gの頭部がバチバチと放熱し、それによって点火されたのか謎の緑色の光がG-Destroyerからあふれていく。それはだんだんとGの全身に浸透すると、体を崩壊させていき、
『グォオオオオオオオオオオ!!』
むなしい断末魔とともにGは地面に崩れていくのだった。
「えっと、あれ何が入ってたのかな……」
「ぜったい知らない方がいい。俺も考えないようにする」
「う、うん、わかった……!」
そのまま機体を乗り捨てて、絶対あると思ったフロアの自爆装置を押して後処理をする二人。
だがうめきながら炎に呑まれていくGを見てこう思わずにはいられなかった。
あのGが最後の一匹だとは思えない。
もしマッドどもの実験がまだ行われているとしたら、また世界のどこかに現れるかもしれないと。
だがひとまず、アスティカシアの危機は去った。
ここからはその後日談である。
無事に地下空間から脱出した二人は、気づかれることなくペイル寮からも脱出。ただ、ペイルの地下で何かが起こったことは通報されており、フロント管理社による詳細な調査が行われることになる。
あるいはペイル万事休すかという事態だが、倉庫に置かれていたマッドな発明品が謎の反応を起こしたのか、大概の物品は消滅しており、違法な研究の類は表に出ることはなかった。
だが二人に気がかりだったのはGの存在がまったくと言って良いほどないこと。
あの巨体であるからパーツの少しぐらいは見つかるのが当然だっただろうに、どこかへ逃げ去ったかのように見つけることができなかったという。
そして二人がこんな大冒険を繰り広げた原因である追試についてだが。
一月後。
「ふん、まあ俺にかかればこんなものだね。今月の試験は無事にパスできたよ」
エランは得意げにゴルネリたちと通話をしていた。
まだ誇らしいと言えるほどの成績ではないが、確かに合格点。赤点続きと比べれば明確な成長で、エランを内心バカにしていた学生からも見直すような声が聞こえている。
その原因が泥臭い特訓だとは、エランは認めたくなかったが仕方ない。
『一緒に特訓しよう、エラン!』
『えぇ…………?』
『二人であんなGを倒せたんだから、もう怖いものなんてないよ! 今日から毎日特訓だ!』
なんて火がついたロマン二号に振り回され、結果として人並の成績を取ることになった。
もちろんホルダー争いには関与できるものではないが、このまま続ければペイルの後継者として恥ずかしくないものに……
『エラン様、余計なことはしないでいただきたい』
「よけい、なこと?」
ゴルネリたちの言葉に、エランは顔をこわばらせた。
『ええ、あなたに求められるのはそのままのあなたであること』
『ペイル・グレードが判定をしたのは学園に通っていないあなたです』
『それが下手にパイロット訓練なんかして、能力値が変動したらどうするのですか』
『あなたに費やした投資も見直さなければいけません』
にべもない言葉に、エランは冷静を装いながら言う。
「つまり、こういうことかな?
俺はAIが望む、まったく変わらない俺のままでいろってこと?」
『ええ、その通り。
あなたには人格の変化も成長もいりません。ペイル・グレードが正しい道を示すので、それに従えばいいだけなのです』
「それじゃあ、CEOになったところで俺に何の自由があるんだ?」
『私生活ではどうぞご自由に。女でも金でも、その役割を果たした分だけ褒美はありますよ。
ですが、判断はすべてペイル・グレードがしてくれるのです。あなたはその判断を正確に実行する能力があると認められたから、後継者として選ばれたのですよ?』
ああ、そうか。
エランは心の芯を冷やしながら悟った。
重役家系でありながらも何の実績もない若造を好待遇で扱い、影武者まで用意したのもすべてはAIが望んだから。自分の判断を実行するただの手足として。
それは確かに究極のストレスフリーだろう。
事実上のトップとしてはふるまえるし、考えるなんて面倒なことはAIに任せてやればいい。"使われている"という認識を持たなければ不満なんて生まれようもない。
だが、
(ああ、なんで俺はこんなに冷めているのかな)
今さらこの道を捨てるなんて合理的じゃないことはしない。ペイルが健在な以上、裏の裏まで知ったエランが離脱したとてその身を十全に保証するとは思えない。
だが、この先の人生であのような怒り、興奮するようなことはないのだとエランは確信してしまった。
『ところでエラン様、そろそろ学園から離脱する準備をお願いします』
「……離脱? それまた随分と急な話だね?」
『ええ、ミオリネ・レンブランとアスム・ロンドからは秘匿していた強化人士5号の調整が終わりそうですので』
「だけど、それに何の意味がある? アイツらがいる限り、なんど強化人士を送り込んだところで…………ちょっと待て?」
エランの頭によぎった考えをゴルネリは代弁する。
『ええ、ですから申し上げているのです。
あの二人が排除されると。そしてもちろん……デリング・レンブランも』
「っ……おい、俺は暗殺なんて手を汚すことはしないと言っただろ?」
『もちろん我々ではありませんよ。しかし、東洋のことわざにもあるではありませんか。棚から牡丹餅と。同じように彼らを目障りと感じている者はいるのですよ?』
だから、
『エラン様、どうぞお喜びを。あなたの望み通り、あなたの学園生活はもう終わりです』