アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

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すみません、かなり久しぶりになってしまいました。

感覚を取り戻しながら、再開していきます。

まずは時間が空いてしまったので現在の人間関係などの再確認回から。


64. ニカ・ナナウラの業務記録

 午前五時半、まだ全天照明が薄明かりの時間。起床。

 

 ニカ・ナナウラの朝は早い。

 

 ジリジリという古風な目覚ましアラームの音にすぐに反応すると、ぼんやりと目をこすりながら固くなった体をほぐすために、ベッドの上で全身を揺らしていく。

 

 工場で強制労働をさせられていた時も、テロの予備軍として教育されていた時も、起床時間は厳守。破ったならば一食抜きどころか体罰があった生活と比べると、なんとも平和な目覚めだとニカは自分でも思う。

 

 アスティカシアに編入してからしばらく魘されていたあの悪夢もほとんどニカは見なくなった。良き出会いに良き未来。人生の中でこんなに日々が穏やかだったことはない。

 

 だが、だからと言って惰眠をむさぼることをニカは良しとしない。むしろ嫌々と労働やら訓練をやらされていた過去と違い、今は自分の望むままに勉学と仕事に励むことができるのだから、やる気に満ち満ちている。

 

 そんなニカの心情を反映するように、部屋の中の様子も当初と比べると様変わりしていた。

 

 まず私物が多い。

 

 生活費は身を寄せるロングロンド社からの奨学金と将来の社員に対する投資という名の援助に頼っている。なので贅沢は禁物……なのだが、何といってもそのあしながおじさんな会社がエンタメ重視な会社なので、

 

『この仕事は人の喜ぶものを作ることだよ。だったら君自身の好きを追及するのも仕事のうち! 娯楽を知らない人に、娯楽が作れると思う?』

 

 と世話になる人すべてから暗に『好きに使え!』と説得させられてからは、ニカも私生活の楽しみを増やすようになった。

 

 夜毎に読み漁っているメカニック系の参考図書の山。いつか自分が作るメカを夢見て凝りすぎたフルスクラッチのプラモ。恩人兼想い人な社長が無邪気に送ってくる特撮ヒーローのフィギュアなどなど。

 

 そんな自分の好きで囲まれた部屋の中でニカは予習を済ませ、七時の頃合いを見計らって制服に着替えると、元気に部屋を出る。

 

 今日もアスティカシアの生徒として、仲間とロマンを追及する一日が始まろうとしていた。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 突然だが、ロングロンド社にはライバルが多い。

 

 御三家やその他上位企業には純然なるMS開発では劣るとしても、コンテンツビジネスの分野やいわゆるメディア戦略の分野では他社の追随を許さない。メカニックに関しても、兵器は作らずともブースターやら他の企業では到底出てこないだろうトンチキ装備の専売という独自のシェアを有している。

 

 その装備も一見トンチキだが、局地的な救助活動や宇宙開発にはめっぽう役に立つので重宝されているのだ。

 

 御三家であっても"ある意味"で到達していない、あるいは到達したくない領域に行きついてしまったキワモノ。必然的にそれら技術を狙ったスパイが敵の第一である。

 

 また、社長であるロマン妖怪の行動が行動だ。

 

 自分から喧嘩を売りに行くタイプではないが、良くも悪くも仲間を見捨てられないので、ひとたび騒動に仲間が巻き込まれると『やめるんだロマン!』『乗るんじゃねえ!』と言われても某海賊みたいに敵に突撃する。

 

 しかも自社のメディア戦略やら(主に女帝ミオリネという)人脈やらをつかって相手をおちょくりながら勝ちをもぎ取ってしまうので、それはもう敵が増えまくる。

 

 学園の半数から嫌われているとミオリネが評したのと構図は同じだが、なんだかんだでロマン男の起こすイベントは好んでいたりする学生に対して、他企業のそれは本気で追い落としてやろうという敵意で性質が悪い。これが第二の敵。

 

 そしてロングロンド社の出先機関でもあり、将来のロマン信者を生み出しているロングロンド寮に対しても嫌がらせやら、産業スパイ目当ての監視が頻発するのも当然なのだが……

 

 ニカが入寮するだいぶ前にはそんなことはぴたりと止まっていた。

 

 そして、その原因はニカが毎朝のように見ている、この景色であったりする。

 

「元気のGは~?」

 

「「「始まりのGーーーー!!」」」

 

 奇妙な掛け声とともに、男子生徒全員が肩を組みながら足を高らかに上げている。

 

 それは古のアニメ由来だと知らなければミッドなサマーばりに頭のおかしいカルトか、緑色のヤバいものをキメているような奇行。

 

 しかしてその正体はロングロンド寮男子の朝の日課である『ロマン体操』だ。

 

 先頭に陣取って音頭取りをしているのは、説明するまでもなく妖怪ロマン男である。

 

「社長たち、今日も元気だなぁ」

 

 などと既に毒されきったニカはこの光景に何の疑問も持たないが、悪意をもって寮に潜入した敵たちは、一様にSAN値ピンチな状態に陥ったという。そしてそれを報告されたライバル会社の上層部も解釈に悩んだ挙句、寝込んだ者がいるとかなんとか。

 

 ちなみにこのダンスは時々変化し、先週はゲ〇ナーダンスだった。

 

 ニカが通りすがりに、知らず知らずのうちに寮の門番と化している男子たちに手を振ると『おはようございました!』という某オレンジ卿の黒歴史な挨拶が返ってくるが、それもいつも通り。

 

 いつも通りの平和でロマンなロングロンド寮の一日。

 

 只人はそれを人外魔境と呼ぶ。

 

 ちなみに女子生徒は混ざらない。さすがに乙女のたしなみまで捨て去るのは、それはそれでロマンでないからだそうな。

 

 食堂で朝食をとった後と、ニカは校舎へと向かい授業を受ける。

 

 社員見習いという公的な身分を手に入れているニカだが、正式な社員となるまでにはもちろんハードルがある。某グラスレーのアカデミー並みに弱肉強食あるいは蟲毒をやっているわけではないが、投資をした以上はちゃんとした社員に育ってもらわなければ困るのは当然。

 

 なので授業があるときには学業を優先。成績が振るわなければ会社が用意した追加プログラムでの自習も組まれる。

 

 逆に成績が良ければ、早々に本社やアスティカシア内の出先機関に入り浸って、社員に混ざって作業ができるというのだから向上心のある生徒にとっては理想的な環境だろう。

 

 そしてニカの授業での様子はといえば、

 

「あっ! ナナウラさん! この課題が分からなかったんだけど教えて!」

 

 ニカが教室に入った途端、仲良くなった他寮の同級生たちが泣きついてくる。

 

 彼女のタブレットに示されているのは今日の授業内容であるMSの電算系についての回路図だった。ニカも昨晩に課題は終わらせたが、担当教員がひっかけ問題のような工夫を凝らしていて、かなり悩ませる内容になっている。そのひっかけのせいで解けなかったのだろう。

 

 それは一見すると奇妙な構図だ。

 

 まともな学習環境になかったニカに対して、裕福で基礎学習は納めているスペーシアンの学生が泣きつくというのは。

 

 だがニカは特定の分野において一日の長がある。

 

 強制労働ながらも工場での整備を死ぬ覚悟でやらされ、実際のMSも鞭うたれながら整備してきた身。その経験が皮肉にも温室育ちが多いアスティカシア生の中で突出したメカニック技術となっていた。

 

(やっぱり教養系の科目はちょっと苦手だけどね)

 

 などとニカ本人は考えるが、一般学生レベルまで追いつくのは時間の問題だろう。

 

 なので、ニカの授業風景に対してはさして語るべきことはない。

 

 いつも通りに授業に出て、時々友人とおしゃべりをしながらも結果は出すという優等生の日常が続いているだけである。

 

 しかし、今日の午後からは違う。

 

 彼女がロングロンド社のプロジェクトとして出向、あるいは見習いとして参加している株式会社ガンダムでちょっとしたイベントがあった。

 

 

 

 株式会社ガンダムの本格的な始業は午後三時になっている。

 

 これは構成メンバーの大部分が学生で、ニカのような一・二年生は午前に必修の授業が多いためである。

 

 本格的と言ったのは、必修科目の大半を終えている三年生なロマン男やアリヤたちが一足先に作業をしていることが多いからだ。だが、いつもの面子が集まり、賑やかになるのは午後から。

 

 そして本日も始業時間を迎えた学生たちの会社では、

 

「そんじゃいくぞー」

 

「はーい! 記録おねがいしまーす!」

 

 ヌーノの声に、スレッタが大きく返事をする。

 

 ニカも記録用の測定器を構えて、ごくりと息を呑む。

 

 その実験は株式会社ガンダムの本社扱いとなっている地球寮の前、MSの搬入などもあるために広くなっている道路で行われていた。

 

 スレッタは頭にパーメットリンク用のヘッドギアをつけて、どこか不格好な人間の下半身を模したロボット……試作第一号のGUND義足の上に座っている。

 

 ベルメリアやプロスペラから預けられた古いGUNDに関する資料を元に、学生たちで四苦八苦しながら復元して見せた成果物がこれだ。

 

 見てくれはいまいちかもしれないが、性能は学生がひと月ちょっとで仕上げたとは思えない出来栄えである。

 

「スレッタ・マーキュリー、行きますっ!」

 

 スレッタが掛け声をあげるとゆっくり、ゆっくりと義足は歩き始めて、その前方にある障害物のところに向かう。段差や傾斜、平均台のように細い道。

 

 人間なら普通に越えられるソレら障害物を義足かつ脳による遠隔操作によって乗り越えられるか。

 

 特に平均台の上などはただでさえバランスを崩しやすいうえに、スレッタが義足の上に乗っかっている姿勢のため、さらに操作難易度は高い。

 

 しかし、

 

「おおっ……!」

 

「これはなかなかだね」

 

 チュチュやアリヤが歓声をあげる。

 

 スレッタの操る試作GUND義足がなんなくそれらの障害を越えて行ったからだ。

 

 数か月前までガンドのガの字もよく知らなかったような学生の作った義足が、ここまでの操作性を誇るのは驚異的なこと。

 

 それは元から地球寮のメカニック技術が優れていたことに加え、ロングロンドやグラスレーからも陰ながらのサポートが入った結果でもある。

 

 だがそれらを差し引いても一番の原因は、

 

(手軽で高性能。GUND技術がそれだけ優れていたっていうことだよね。

 でもこんなに簡単に動かせちゃうなら……)

 

 映像記録を見返しながら、ニカは改めてGUND技術の危険性も理解する。

 

 なぜなら、あまりにも簡単すぎるのだ。

 

 学生が短時間で作ってもこれほどの性能。しかも操作には習熟がいらず、スレッタがヘッドセットをつけるだけで良い。

 

「これが義手義足なら確かに画期的な医療器具になるけど……。問題はMSでも同じことができちゃうってこと」

 

 医療に使えば神経を接続するための装具も必要なく、脳で考えたままに動かせるので失われた手足とそん色ない。それでいて安価に作れる夢の義手義足が完成。

 

 だが実際にGUNDが封印されたように、兵器操作に使われてしまえば子供でも大型MSを縦横無尽に動かすことができてしまう。

 

 人を救うどころか、人道的にかなり危うい代物に早変わりだ。

 

 うかつに手を出せないデータストーム問題が存在したのは、神か何かが禁忌の技術を扱おうとする人間にストップをかけたのではないかと思わされてしまう。

 

 便利と危険は表裏一体。

 

 しかし不安だけ抱くわけにはいかない。

 

 その問題を解決するにもトライをしていくしかないのだから。

 

(っと、変なことばっかり考えてもしょうがないよね)

 

 だからニカも頭を振ると、測定器から目を話してスレッタへと声を張る。

 

「スレッタ! 体の調子はどう? データストームは数値上ほとんど発生していないけど、神経がピリピリしたり、皮膚が痛かったりとかはない?」

 

「はいっ! ぜんぜん大丈夫ですっ!」

 

「そっか、よかったぁ」

 

 ほっと胸をなでおろしたところにアリヤがひょっこりと機械を覗き込むように話しかけてくる。

 

「じゃあ、このサイズでGUNDを運用する限りは人体に影響は少ないと見ていいのかな?」

 

「そうだね……超長期的に運用したケースがまだないから安全を完全に保証できるとまでは言えないけど、今の観測データから見たら安全基準は通過できると思う」

 

「十年、二十年と利用した時の影響か……」

 

「うん、パーメットは体内にため込まれるものじゃないから理論上は安全だけど。データストームの発生を考えたら、有害物質の蓄積なんかも想定しないといけないと思う」

 

「でもでもっ! これはいけんじゃねえの!! 早速売り出して大儲けっ!!」

 

「そーはうまくいかねーだろ」

 

「そうですよぉ! まだまだ試作品なだけですっ!」

 

 と、そんな風に成功体験に酔っている学生たち。そしてそこに、

 

「じゃあ! 次の実験だな!!」

 

 と、どでかい声が響いた。

 

「「「…………」」」

 

 続くオジェロたちの沈黙には「来やがったよ」という戦々恐々の声が隠れている。なぜなら、

 

「はーっはっはっは! プロトタイプの試験とは、これすなわちロマンの原点!

 ピーキーな選ばれしプロトタイプも、あふれかえる量産機もロボはすべからく尊い!

 くぅうううう! 俺は今! ロマンの中に生きている!!」

 

 などと小型トレーラーの上に乗っかったバカが大仰なポーズをして現れたのだから。

 

「しゃ、社長!? そういえばいないなーって思ってましたけど、なんなんですかこれ!?」

 

「よく聞いてくれたね、ニカ! せっかく株式会社ガンダムの試作GUNDができたんだから、これからの未来を描こうと思って!!」

 

「はぁ? 未来ってなんのことだよ?」

 

「聞くなってチュチュ! どうせろくな事じゃねえから!!」

 

「そ、そんなことないと思いますよ? ほ、ほら! 先輩は『きょーどーけいえいしゃ』ですし!」

 

「スレッタ、その肩書をバカにもたせたことをミオリネが一番後悔してると思うぞ」

 

「あはは。ミオリネ先輩、元気でしょうか……。あのCM流れた後、真っ白になってましたけど」

 

「「「南無」」」

 

 遠い空の向こうに旅立った(出張)ミオリネの『もうネタ扱いから逃れられない』という疲れきった顔を思い出し、社員一同は冥福を祈る。

 

 そこまでミオリネを憔悴させた株式会社ガンダムの公式CMとは、なぜか劇画調になった世界観で囚われのミオリネを助けるためにスレッタとエアリアルが奮闘し、これまたなぜかGUNDが最後に世界を救うというシュールなアニメだったりする。

 

『誰がこんなものを見て、うちの会社を支持するのよ!!』

 

 とミオリネはキレたのだが、スペーシアンの低年齢層にはバカ受けして、SNS上にはヒロインミオリネのファンアートがあふれかえる結果になったのだ。

 

 ちなみにこのCMが流れることを、ミオリネは放送まで知らなかった。

 

 ちなみにちなみにCMはもう一本あり、それは今を時めく『YOASOBI社』からの全面バックアップを受けて製作した、草原の中をエアリアルと戯れるスレッタという芸術性の高い作品であったりする。

 

 会社設立以降の例の決闘から、これまでの学生生活までの妖怪の所業を思い出すと、もはや傍観では済まない社員一同は顔を引きつらせるしかないのだ。

 

 ロマンに狂った妖怪がなにを言い出すのか。そしてその予想に違わず妖怪はトレーラーに乗ったコンテナを開いて、中のものを見せつけた。

 

「聞いて驚け、見ても驚け! これがGUNDの未来だー!」

 

 それは義手義足の先にくっつくサイズの、さりとて手足につけるにはどでかいドリルやらランチャーやら、なぜかチェンソーやカメラまで。総勢40個はありそうなアストロでスイッチなアイテムから出てきそうなオプションパーツ。

 

 そのガラクタと呼ぶにはハイテクな機械を前に、妖怪は両手を空高くつき上げながら言う。

 

「将来のGUNDに搭載するためのびっくりどっきりアイテム!! 宇宙キター!!!!」

 

「「「なにつくってんだこのバカ!!」」」

 

「あ、株式会社ガンダムの金は使ってないから安心してくれ! 全部俺のポケットマネーだから!!」

 

「「「もっとバカだ!!!」」」

 

 顔をひきつらせたオジェロたちの抗議に対して、ロマン男は目をギラギラとさせながら『目指せロケットドリルキック』などと熱弁をふるっていく。

 

 この会話を会社外の人に聞かれたら、一発でドミニコスに通報されるだろう内容。

 

「せっかくこの間、挨拶に行ったのにぃ……」

 

 完全にギルティな悪の秘密結社になりそうな未来にマルタンは顔を青くして天を仰いでいた。

 

 そのうち、

 

『やめるんだ、株式会社ガンダムぅー!』

 

 みたいに改造人間が生まれそう、というより社長自らが改造人間になりそうな勢いである。

 

 ある意味でロマン男らしい、いつも通りの展開。

 

 しかし今日は、その熱意と狂気に異を唱える少女がいた。

 

「……でも、楽しいかもしれなくても。これはダメな気がします」

 

 小さく呟いたのはスレッタだった。

 

「おっ♪」

 

 それはロマン男が持ってきた案の否定。だけれど当の妖怪は嫌な顔一つせずに、楽しそうに先を促す。

 

 そしてスレッタは恐る恐るながら、自分の意見を言い出した。

 

「わ、私たちの作るのは人を助ける技術です! 手足がなくなった人に、元通りの生活をしてもらうためのものです! だから、その……そこに武器をつけるのはよくないと思います!」

 

「スレッタ……」

 

「そりゃそうだな」

 

「ああ、ここはゆずっちゃいけねーラインだわ」

 

「社長、私も……たしかにロマンとして興味ありますけど。

 別の方向を考えた方がいいと思います」

 

 だんだんと声は大きく、最後にはニカからも反対の声が上がる。

 

 確かに楽しいことはやってみたい。どこまでこの義肢が面白いことできるのか試してみたい。そんな学生らしい興味や欲求はあるけれど、会社は会社。遊びではない。

 

 それに、

 

「私たちには、あの人たちにした約束がありますから」

 

 ニカは数日前のことを思い出しながら、社長に対して反対意見を言った。

 

 

 

 数日前、ニカたちはロマン男の手配で近くのフロントまで出張した。

 

 そこはベネリットグループの軍事部門、治安維持部隊の拠点基地であり、出迎えたのは意外な人物。

 

『まったくねぇ、坊ちゃん! アンタは昔っから行動が早すぎるんですよ。こっちだってもう少し前に言ってくれたらちゃんと手配できたのに!』

 

 と手を腰に当てながら社長へとプンプン怒っている小太り……というには太りすぎている男性だ。だが、お茶目な外見とは裏腹に彼の肩書は株式会社ガンダムの面々の表情を強張らせた。

 

 ケナンジ・アベリー。

 

 かつてヴァナディース事変で鎮圧にあたった当事者であり、今現在の魔女狩り部隊ことドミニコス隊の司令。

 

 立場から言えば反GUND筆頭でなければおかしい人物である。

 

 だけど、軍人という風に厳めしい感じはなく。アスム相手に苦笑いしている様子は、親戚の子供に振り回されているおじさんのようだったとニカは感じた。

 

 実際に話を聞くと、ロングロンド社の先々代、つまりアスムの祖父とも関わりがあったらしく。その縁で妖怪とも旧知の仲なのだと紹介された。

 

 そんなケナンジに連れられて出会った人々は、ニカ達にとっては衝撃をもたらした。

 

 清潔な病室の中にたたずむ、何かを失った人々。

 

 それは腕や足であり、中には耳や目、もっとひどい場合にはあるはずの半身が無い人まで。

 

 紛争鎮圧やらテロ防止、経緯は数あれどそれは傷痍軍人であった。

 

 いきなりの展開に茫然とするニカ達にアスムは言う。

 

『事情は話してあるから、実地調査をしよう。

 彼らがGUND義手に求めること、望むこと。それを知らない限りいい製品は作れないからね』

 

 そして促されるまま小一時間ばかり、学生たちは患者と向き合って話をすることになった。

 

 中には相手がアーシアンの学生だと聞いて複雑な表情をする者もいた。逆にチュチュなどは相手がスペーシアンの軍人だと聞いて、最初は近づくことをためらう様子だった。

 

 しかし、

 

『腕が戻ったら、か……軍人を辞めて一般職について、今度は家族とのんびり過ごしたいな』

 

『昔はランニングが趣味でね。今の体だとそれも難しいが、また思いっきり走ってみたいんだよ』

 

『まだ子供が小さいんだ。抱きかかえてあげたい』

 

 彼らから伝えられる願いにスペーシアンもアーシアンもない。ただ純粋に生活を良くしたいというもの。

 

 そして話を聞くうちにニカやスレッタ達も自覚していく。

 

 医療器具。

 

 それは誰かの生活を救い、支える物作り。

 

 自分たちの活動が誰のために行うことなのか、学生たちは深く考える契機になった。

 

 そして帰り際、ケナンジもまた次のような言葉を言った。

 

『魔女狩り部隊のトップとしては、表立ってGUND技術を支持できない。

 けどな、一人の軍人として、アイツらの今後に責任を持つものとしては、技術に善悪を持ち込みたくはないとも思う」

 

 今の技術で救えない人がいる。

 

 高価な義手や、追随性を高めるための施術にリハビリ。

 

 そうして新たな手足を得ても、自分の体だという認識まではほど通い。

 

『だから、キミたちには期待してるよ。

 もし体と変わりなく動かせる義肢が作れるなら、それは間違いなく希望だからな』

 

 

 

 そう託されたのは呪いではなく、希望。

 

 だから、

 

「先輩の案には、反対です」

 

 スレッタたちは立場が上のアスムにも言い切る。

 

 この義肢は武器を載せるものではないと。

 

 そしてそれを聞いたロマン男と言えば、

 

「よしっ! じゃあ、これはボツ!!」

 

 と言いながらボタンをポチリと押す。

 

 すると変なオプションパーツが真ん中からパカっと割れて、宙へと花火を打ち上げだすのだ。ボタンには『クリーンスレートプロトコル』などと書いてあったとかないとか。

 

 夕方だというのにやたらとカラフルな花火。この瞬間にも『また株式会社ガンダムだよ』というミオリネにとっては悪評が広がるだろう。

 

 しかしその花火を打ち上げたアスムはといえば、どこか嬉しそうに。

 

「いやー、すまんすまん!

 今日はロマン脳が変な方向に動いちまった! でも、さすがミオリネが選んだみんなだな! これからもどんどん意見を言ってくれよな!」

 

 などとサムズアップをし、トレーラーと共に嵐のように去っていくのだ。

 

 後に残ったニカ達はと言えば、そんな奇行を茫然と見送った後にお互いに顔を見合わせる。

 

「なあ、今のって」

 

「もしかしなくても、試してたってことだろうな。スレッタ、ないすぅー」

 

「えっ、えっ……!?」

 

「ロマンパイセンの抜き打ちテストって感じか。めんどいけど、まっ、やるわな」

 

「うんうん。これで私たちまでノリノリになるようだったら、自覚が足りないっていうことだろうからね」

 

 事前に傷痍軍人と自分たちを会わせた妖怪のことだ。

 

 あの出張と合わせて社員研修の一環だったのだろう。

 

 上司へと意見を言えるほど、信念をもって医療に取り組めるかと言うのを確かめたかった。あるいはただのロマン暴走だったという可能性もあるにはあるが、妹を亡くしているという過去から考えると、妖怪ロマン男はこの事業に対して至極まじめな考えを持っているに違いない。

 

 そしてそんな彼に対して意見を言ったスレッタはと言えば、仲間からほめられると嬉しそうにしながらも、

 

「最近、なんだか自信が持ててきたんです。今やっていることは、私の夢は……誰かに言われたり、やらなきゃいけないことじゃなくて、私が選んだ『やりたいこと』なんだって」

 

 そう言って笑うスレッタの顔は、少し大人びて見えたという。

 

 

 

 その後も実験データをレポートにして、夜が更ける前に業務時間は終わる。

 

 地球寮の面々はそのまま寮に入るだけだが、ニカの場合はロングロンド寮まで歩いていかなければいけない。

 

 安全に管理された学園に不審者はいない。

 

 だが、苦手な人間はいる。

 

「やあ、ニカ・ナナウラ。今日もお疲れ様♪」

 

「……こんばんは、シャディクさん」

 

 どこぞのロマン男のように街灯に背をもたれかけながら、妙に気取ったポーズで挨拶をしてくるシャディクへ、ニカはわずかに警戒しながら会釈した。

 

 彼との関係はあいかわらず微妙だ。

 

 彼の仲間であるサビーナとは恋敵とは思えないほど仲良くしているのだが、どうにもシャディク本人に対する苦手意識は解けない。おそらくシャディク自身も、ニカに対しては警戒するような気持ちを残しているからだろう。

 

 例の決闘から薄々と感じているのだが、このアスムとミオリネの良き友人は過保護すぎるきらいがある。彼らの自由や夢を尊重しているが、その代わりに彼らに降りかかる火の粉を払いのけるためには文字通りなんでもやるくらいの気持ちでいるのだろう。

 

 アスム・ロンドが疑わないのならば、自分は疑う。

 

 ニカ自身も自分と同じような経歴の人間をアスムが保護し始めたら、そうやすやすと信用できないだろう。だからシャディクを苦手に思いつつも、その考えを否定できずにいた。

 

 そんなシャディクはなにやら話をしたいことがあるようで、寮に向かう道に同行しながら株式会社ガンダムでの実験の様子を聞いてきた。

 

(隠す必要はないはず。この人は会社のデータに対して、私以上にアクセスできる権限をもっているから)

 

 だからあえて語らせる必要がないことをニカに語らせているのには理由があるのだと思った。

 

 そして、

 

「へえ、スレッタちゃんがそんなことを。あの子も成長したね」

 

「そうですね……この間の、軍人さんたちをお見舞いに行ったのが大きかったんだと思います。スレッタは昔から救助活動をやっていたって言っていましたし、元からそういう意識が強かったんでしょうね」

 

「なるほど……それで君は? ロングロンド社の次期エースは、ドミニコス隊の基地にわざわざ行ったことをどう捉えているんだい?」

 

「どうって……スレッタと同じ気持ちです。GUND技術をちゃんと人の役に……」

 

 しかし、その言葉をシャディクは遮った。

 

「まったく、困るんだよね。その程度の気持ちでいられると」

 

「……え?」

 

 思わずシャディクを見上げると、その目は真剣に、それでいて冷たい光を湛えていた。

 

 シャディクは諭すように、あるいはたしなめるように続ける。

 

「傷痍軍人なんていくらでもいるだろうに、なんでわざわざアイツはドミニコス隊の基地にまで行ったのか。ケナンジ・アベリーに引き合わせたのか。

 まだ学生であるスレッタちゃんたちはともかく、これからもアイツの側にいるだろう君にはもっと考えてもらわないと困るよ」

 

「ど、どういうことですか?」

 

「つまりね、アイツが君たち全員を引き連れたあそこに言った理由は、ドミニコスに君たちを面通しするためだってことさ。今の君たちが無垢で、なんの害意もない真摯な一般学生だと知らしめるためにね。

 なぜって? 決まっているじゃないか。いざという時に君たちの身の安全を確保するためだよ」

 

 かつてのヴァナディース事変では、詳細は伏せられているが非戦闘員が容赦なく皆殺しの憂き目にあった。そしてそれを実行したのが当時のケナンジたち。

 

 もし今後、株式会社ガンダムがヴァナディースのように強制査察の対象となったときに同じような目に遭わないとは誰が断言できようか。

 

「けど、職業軍人だって人間だ。知っている人間が相手なら銃口だって鈍るし、キミたちの善意を知っていれば皆殺しなんて命令に抗議してくれる人も現れるかもしれない。

 かつての二の舞を踏まないように、あえて敵対勢力の懐に君たちを入れたんだよ、アスムのやつはね」

 

 けれど、とシャディクはどこか遠くを見るように言う。

 

「アスム・ロンドにはその庇護は効かない。そんな事態になった時、リーダーであるアイツは責任を負わなければいけない。たぶんミオリネの分の責任までひっかぶろうとするだろう。

 なぜかといえば、それがトップの仕事だからね。あの訪問は君たちだけの安全を守るためだった」

 

「…………」

 

「わかるかい? あいつはそう言うところがある。自分は後回しで、ロマンと友達が最優先。そしてそんなアイツを支えたいと思うなら、そういうアイツをもっと理解してもらわないと困るんだよ」

 

 だからニカにくぎを刺しに来たのだと、シャディクは言外に言う。

 

 側近としてアスムの自己犠牲的な側面を止めるか、あるいは一緒に支えるか。何も知らないまま庇護にいるような立場ではいけないのだと。

 

「っ……」

 

 それを指摘されてニカは唇を噛む。

 

 悔しさと、憤りと。

 

 シャディクへの感情もあるし、なにより自分の至らなさへの悔恨。

 

 助けてもらった恩を返す。そして憧れであり、想い人と共に夢を叶える。その自分が抱いている目標を達成するためには、自分がまだまだ足りないということを痛切に感じていた。

 

 だが、

 

「ありがとう、ございます。そのことを教えてくれて」

 

 一度や二度の悔しさで何かが変わる程、ニカの目標もやわじゃない。

 

「次はぜったいに、シャディクさんにそんな指摘はさせません。社長の考えも、夢も、全部理解して支えられるようになってみせますから」

 

「そうかい。じゃあ、それに期待するとしようかな」

 

 皮肉めいた笑みとともにシャディクはひらひらと手を振りながら去っていく。

 

 腹立たしい男。

 

 だけれど誰よりも友の未来を案じている男。

 

 彼に認められるくらいにならないとニカはいけない。

 

 夜の静けさと寒さが肌に浸透してくるように、ニカも決意を固めるのだった。

 

 

 

 だが、その決意はすぐに試されることになる。

 

 ニカが抜け出したと思った過去は、まだ彼女を追いかけていた。




次回こそグエスレ&ラウダ回
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