アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

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65. デートアライブ

「くっ、落ち着け……落ち着け……」

 

 グエルは震える手で胸を押さえながら、自分へと小さく語り掛けていた。

 

 グエルは自他ともに認める正々堂々とした男だ。絶え間ない自己研鑽とそれに裏打ちされたプライドを持ち、グエルが寮長を務めるジェターク寮生は皆、彼を自分たちのアニキの如く慕っている。

 

 それは家風がゆえに教育によって備わったものでもあるし、そもそも父親であるヴィムもかつてはそのような気骨を持った男だったので、遺伝的資質もあるのかもしれない。

 

 強いカリスマを備えた、雄々しいジェタークの獅子グエル・ジェターク。

 

 とあるロマンバカのせいで、本人が望まぬまま全世界にファンが生まれる結果になったが、そうして慕われる素養自体は彼本来のものだ。

 

 しかし今、そんなグエルが臆病な小鹿のように震えながら立っている。

 

 場所は学園エリアから離れたショッピング街の一角。

 

 オシャレな噴水が中央に添えられた広場のそこは、言葉を選ばずに表現するならば絶好の待ち合わせスポット。グエルはその場所に立って、緊張のにじむ顔をしているのだ。

 

 格好もいつもの上着を肩にかけた俺様スタイルではなく、暖色のやわらかい色のジャケットにシンプルなシャツという組み合わせ。髪型もライオンのように逆立てていたのを心なし撫でつけて、見るからに好青年という風情だ。

 

 場所も姿も、そこから導かれるグエルの状況を如実に表している。

 

 あからさまにデートである。

 

(それも人生初……ってのとはまあ、違うかもしれねえけどな。父さんの指示や会社の付き合いで若い女と出かけたこと自体はあったし)

 

 ただその時のグエルはべたべたとくっついて、あからさまに誘惑してくる女性たちに辟易とするばかり。フェルシーたちがついてくるのをハーレムなどと呼ぶ不心得者もいるが、実際には妹分という意識しかない。

 

 だから本当に心の底から恋焦がれる女性とのデートという意味ならば、間違いなく今日がグエルにとって初めてだ。ハニートラップやら会社の利害関係もなく、そしてジェタークと言う家も関係ない男としての戦いがそこにあった。

 

 そして、その相手はもちろん……

 

「ぐ、グエルさん……! お待たせしました!」

 

 不意に緊張した声が聞こえてきて、グエルは肩をびくりと跳ね上げる。

 

 その声は間違いなく、グエルが待っていた人のもの。

 

 グエルは声のする方向へと振り向きながら、

 

「いや、俺も来たばかりで……っ!?」

 

 なんてデートのテンプレな台詞を言おうとして固まってしまう。

 

 目はギンと見開いて、口は半開きのまま。手はぎゅっと握りしめられたまま動こうともしない。

 

 そしてそんなグエルの様子を見て、デートの相手……スレッタ・マーキュリーは不安そうに顔を俯かせた。

 

「あっ……その、やっぱり似合ってないでしょうか?」

 

 だが、その自信なさげな声にグエルは再起動した。

 

 デートの初手から相手を悲しませることなど、グエル・ジェタークにはあってはならないし、そもそもがスレッタにそんな顔をさせることを自身に許さなかったからだ。

 

「ち、違う! 今のは俺が見とれちまっただけで……!!」

 

「ふえっ!?」

 

「スレッタが悪いわけじゃないし、悪いわけもない……その、すごく似合っている。変な意味じゃないが、カワイイと思っちまった」

 

「…………」

 

 スレッタはその言葉に頬を赤くしながら、自分の恰好を見る。

 

 グエルとのデートだと聞いて、アリヤをはじめとした地球寮女子が見繕ってくれた服。それは白の清楚なワンピースで、スレッタの純朴とした雰囲気を引きたてつつもオシャレにまとまっていた。

 

 くしくもグエルの恰好との相性もばっちりで、旧世代の大学に二人を配置したらキャンパスデートを楽しんでいるしゃれた大学生と言っても通じるだろう。

 

 スレッタ自身にとっても、初めての恰好。

 

 初めてのデート。

 

 しかも相手は一度は告白されて、事実上キープしてしまっているグエルだ。

 

 その経緯やその後の交流もあって憎からず思っている相手で、しかも体育祭の副賞という貴重なチケットを自分のために使ってくれるという、相手からの好意をはっきりと感じるシチュエーション。

 

 これが場慣れした女子ならば、相手からのあからさまなアプローチをうまく利用することもあっただろうが、スレッタは万人が認める純情少女。

 

 だから不安だったのだ。

 

 相手は大企業の御曹司で、学園でも皆のリーダーを務めている上級生。そんな彼とのデートで粗相をしてしまわないだろうか、変な格好をしてしまっていないだろうかと。

 

 けれど、グエルはそんなスレッタの不安を真っ赤になった顔で否定してくれて……

 

「えへへ♪ ありがとうございます、グエルさん」

 

 スレッタの胸に不安とは別の温かい感情が満たされていく。

 

 それはグエルへの信頼と、恋や愛には育っていないけれど、間違いなく親愛の感情。

 

 この人とだったら今日のデートを楽しむことができる、と。

 

 だからスレッタもグエルの顔をまっすぐ見ながら、小さく頭を下げた。

 

「グエルさん、今日はよろしくお願いします!」

 

「ああ、俺こそ……よろしくな、スレッタ」

 

「はい♪」

 

 生まれも育ちも、社会的な立場も大きくかけ離れた少年少女。

 

 けれども今はそのしがらみから解き放たれて、一組のカップルとして。

 

 二人は楽しい毎日を過ごすだろうと思われた…………のだが、

 

 

 

「ぐぬぬぬぬぬ……!」

 

 

 

 そんなグエル達を監視しながら血の涙を流す男がいた。

 

 男というか弟がいた。

 

 ラウダ・ニールが広場を見渡せる建物の上層から、バズーカのような望遠鏡を構えて監視をしていたのだ。

 

(なんでだ!? なんで兄さんはあんな田舎者の水星女とデートを!?

 しかも僕に黙って……!!!!)

 

 グエルは今日のデートのことを誰にも明かしてはいなかった。

 

 おおむねスレッタ派なジェターク寮の女子たちにも気恥ずかしくて相談しなかったし、どう考えても反対されるだろうラウダにももちろん極秘。

 

 しかしながらポーカーフェイスが苦手なグエルである。

 

 その様子がおかしいことなど、グエルファンクラブ会長兼名誉0号、グエルグッズの保持でついにギネス記録を達成したラウダには筒抜けで、ならばスレッタ関連だとすぐに察しがついた。

 

 そして今、ラウダはたった一人で監視を続けているのだが……それはもちろん応援などではまったくなく、ひとえに妨害のため。

 

 ラウダはちぎれそうなほどに前髪を引っ張りながら考える。

 

(今日のデートが成功したら、兄さんは勢いでスレッタ・マーキュリーに告白するかもしれない。もし! もし、そんな最悪な事態になったら……!!)

 

 

 

『俺、スレッタと結婚するよ!』

 

『よろしくお願いします! 義弟さん!!』

 

 

 

「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」

 

 

 

 なぜか魔女のコスプレをしたスレッタが満面の笑みでグエルを連れ去っていくイメージを想像して、ラウダは地面に頭をぶつけながら悶絶した。

 

 とにかくラウダはグエルとスレッタの交際など認めない。

 

 そもそも自分の許可がないグエルのデートも交際も、ましてや結婚など認めない。

 

 自分こそがグエルを支える弟だという自負があるからだ。

 

「見ていろ、水星女……!」

 

 だからラウダは今日のために無駄に考えまくった妨害策を実行しようとして……

 

 

 

 

「愉快な遠足のはじまりだ!!!!」

 

「うわぁああああああ!?」

 

 

 

 背後から聞こえたバカのバカみたいな大声に腰を抜かした。

 

 ラウダは慌ててバズーカみたいな望遠鏡を構えて振り返る。すると、そこには予想をしたくなかったけれど予想通りの妖怪がいた。

 

「よう♪ 面白そうなことしてんじゃん、ラウダ♪」

 

「お、おまっ、なんでここにいる!?」

 

「なんでってそりゃあ……」

 

 問われてバカ……アスム・ロンドは自身の後ろを振り向く。

 

 そこに立っていたのはこれまたしゃれた私服を着ているサビーナ・ファルディンの姿があった。本人はそんな気もないのだろうが、元から美人なので立ち姿だけで絵になっている。

 

「俺達もデート中……だったんだけど、なんか変なことをしてるラウダを見つけてさ♪」

 

「まったく、お前は本当に言い出したら聞かない……」

 

「ごめんな、あとでちゃんと埋め合わせするからさ」

 

「別に責めてはいない。それに、お前のそういう面倒見のいいところが私は好きだ」

 

「……やば、今のぐっと来た」

 

 なんて勝手にいちゃつき始める始末である。

 

 しかしそんな二人を他所にラウダは冷や汗を流しながら考える。

 

(最悪だ……!)

 

 バカはまだいい。バカだから。

 

 だがサビーナはまずい。

 

 サビーナの背後にいるのは誰かと言われれば、彼女が秘書のように付き従っているシャディク・ゼネリであり、その更に背後が誰かと言えばジェタークからしたらライバルのグラスレー社。

 

 そもそも二人が付き合っているなんて言うラウダからしたらウルトラCな出来事も半信半疑だったのに、その二人にそろってラウダの護衛活動(※ストーカーというルビがつく)を見られてしまったのだ。

 

 妾腹とはいえ、ジェタークの血族がそんなはしたない行動をしている。

 

 この弱みを握られてしまえば、グエルを守るどころではなくなるだろう。

 

 かくなる上は、差し違える覚悟で排除するかと、物騒極まりない思考に染まりかけたラウダだが、サビーナはため息を一つつくと、呆れたように言うのだ。

 

「心配しなくても、この件をグラスレーに伝えるつもりはない。

 私だって立場とは関係なくデートを楽しむつもりだっただけだ。仕事や政治的な話を持ち込みたくはない」

 

「……それを信用できる材料がないだろう」

 

「そこまで言うなら秘密保持契約でも結ぶか? 私はかまわないが」

 

 なんて鷹のように鋭い目で、言外に『私をそこまで小さい女だと思うのか』と威圧されてしまえばラウダもばつが悪い。

 

 隣のバカはともかく、サビーナの人格や能力の高さは同学年に知れ渡っているし、ラウダも癪ではあるが認めるところだ。

 

 ライバル関係にあるグラスレー寮とジェターク寮でも、フェルシーのようにサビーナのことを先輩として素直に慕っている子は多い。

 

 そんな彼女がなんでアスム・ロンドと付き合っているというのは何度考えてもラウダにとっては理解しがたい事象であるのだが、これ以上、彼女を疑うのは自分の狭量をさらすようで逆に不利益に思えた。

 

 ラウダは肩をすくめると、サビーナにバツが悪そうに頭を下げる。

 

「すまない、疑いすぎた。このことは黙ってくれると助かる」

 

「ああ、私にとっては関心がないことだからな。ただ……こいつは興味津々だが」

 

 サビーナがため息混じりに言う。彼女の視線の先にいる妖怪は、クールなサビーナと対照的に目を蛍光塗料を塗りたくったようにギラギラと好奇心で輝かせながらラウダを見つめていた。

 

 妖怪は逃がしはしないとばかりにラウダの退路を断ちながら尋ねてくる。

 

「それでそれで? スレッタさんとグエルのデートを見ながらなにを考えていたのかなぁ?」

 

「ぐっ……! 貴様、なぜ兄さんのことを!?」

 

「いや、そんなの学園中で噂になってたぞ」

 

「はぁ!?」

 

「私の方でもメイジーとレネが楽し気に話していたな。とうとうビッグカップルが誕生するとかなんとか」

 

「なっ!?」

 

「そりゃあ、グエルもスレッタさんもわかりやすいしな」

 

 アスムが言うには、ここ数日のグエルとスレッタの様子がおかしかったし、すれ違うたびになんだかピンク色のラブい空間を発生させていたのだから、デートでもするのだろうと予想されていたという。アングラ新聞が号外記事を用意していたほどだ。

 

 そして、それを聞いたラウダは、自分のストーキングがバレたのとは違う狼狽を始める。

 

「まずいぞ、ジェターク以外にばれていたなんて!?」

 

「えっ、なんかまずいの?」

 

「……なるほど、ヴィム・ジェタークか」

 

「あー、そっか」

 

 サビーナとアスムの言葉にうなずきはせず、しかし苦虫を嚙み潰したような顔でラウダは同意する。

 

 学園中で話題になったとなれば、確実にヴィムの耳にも入っている。

 

 現状、グエル個人の影響力が爆上がりした結果として、グエルにヴィムからおいそれと手を出すことはできない状況になっている。グエルを学園から退学させたり、スレッタとの恋路を邪魔したりすると、緊急株主総会が開かれるくらいにジェタークの株が急落するからだ。

 

 いわばジェターク内での冷戦構造によってグエルとヴィムの関係は成り立っていた。

 

 しかしグエルがそのレッドラインを超えるデートや告白へと進むことになり、それが父親にばれたらどうなるかと考えると、ラウダは楽観的ではいられない。

 

 そもそもグエルほどに父親を慕っていないラウダからすれば、ヴィムは善き父親の面もあれども、時代錯誤のどうしようもない父権主義者だ。

 

 そんなヴィムを悪い意味でも信頼しているからこそ、今度こそ強権を発動してグエルを意のままに動かそうとしてくるだろうと想像がついた。

 

 そうなれば……

 

「でも、それはラウダにとって好都合なんじゃねえの?」

 

「っ!?」

 

 突然バカの放った言葉に、ラウダは水をかけられたように体を震わせた。

 

「な、なにを言ってる!? 僕が兄さんが追い詰められるのを望んでいるとでも言うのか!?」

 

 しかし声が上ずっているのは、頭をよぎったことが事実だという証明でもあった。

 

 そんなラウダに向かって、妖怪は至極まっとうな意見だという様子で続けるのだ。ラウダが考えてしまいそうになっていたことを。

 

「だってさ、ジェタークCEOが強権を働かせたら、グエルとスレッタさんの仲は引き裂かれることになるぞ? 妨害しようとしてたお前にとってはラッキーだろ?」

 

「で、そのままジェタークの子会社とか、いいとこのポジションにインってことで、学校生活も終わり。俺っていう厄介な奴がいるところから離されて安心」

 

「グエルの弟って立場からすれば、願ったりかなったりな話だ。ほら、グエルはお前の望み通りにジェタークの後継者ルートに一直線♪ 最高だろ?」

 

 なんて続けるバカに、ラウダはギュッと顔を真っ赤にさせる。

 

 確かにスレッタだけの件を考えるなら、ヴィムにすぐにリークして、グエルを学園から物理的にはがす方が正しい。

 

 だが、それは……断じて違う。

 

「僕を見くびるなよ、アスム・ロンド!!」

 

 ラウダはバズーカ望遠鏡を放り捨てると、立ち上がりながら宣言する。

 

「僕が望むのは兄さんの幸せだ! いくら相手が父さんでも、兄さんの輝かしい未来を! この学園での生活を奪わせたりはしない!」

 

 全身グエルグッズに包まれていてもなお、それはそれはアスム判定でロマンあふれる啖呵だった。

 

 それを見て、サビーナは『今日のデートは延期だな』と諦めのため息を吐き、アスムは妖怪ロマン男としての本性を発揮しながら言うのだ。

 

「その言葉を待っていた」

 

 

 

 そして数分後。

 

 とある喫茶店の角の席で一組のカップルをこっそりと見守る三人がいた。

 

 主に監視をしているのはラウダで、サビーナとアスムはこれまたこっそりと二人の会話を楽しんでいるという奇妙な状況。

 

 そしてその事態の中心にいるラウダはと言えば、

 

「どうしてこうなった!?」

 

 と今更ながらに後悔の念に苛まされていた。

 

 そもそもが嫌っているロマン男との行動が癪なのに、そのロマン男が自分の彼女といちゃついているのを近くで見続けながら、これまた尊敬する兄が嫌いな女子といちゃついているのを監視するというふざけたシチュエーション。

 

(なんだここは、地獄か?)

 

 兄とスレッタはといえば、なんとも楽しそうに一緒にパンケーキなんていうグエルのイメージに合わない軟弱な食べ物をつついているし、スレッタの話に声をあげて笑っている。

 

 そして自分の背後では、ラウダ個人から見てもパイロット成績で自分を上回り、品行方正でやることなすこと欠点がないというパーフェクトガールだったサビーナが、よりによってロマン男の一挙手一動に恋する少女丸出しな顔で話している

 

 いつまでも納得がいくように情報が完結せず、今にも頭がバグりそうだ。

 

『僕の脳にゴミのような情報を流すんじゃなぁい!!』

 

 と本来ならば怒鳴りつけていてもおかしくないが、ラウダは兄への愛をもって中和することで耐えていた。

 

 ラウダにとっての精神攻撃としか言えない状況。それは隣のいちゃついてるバカが言い出したことが原因であった。

 

『つまりラウダが優先するのはグエルの幸せ。なら、スレッタさんと付き合うのがグエルにとっての幸せだって分かったら、二人の仲も認めるし協力するんだろ?

 じゃあそれをちゃんと見極めてみろよ、俺達も協力するからさ』

 

 なんて至極まじめな調子で言い出したのだ。

 

『で、最終的にグエルの幸せにつながらないってんなら、妨害でもなんでも好きにすればいい。お前の家の話で、お前の家族なんだから。俺もその時は邪魔したりしない』

 

『だけどそれがスレッタさんが憎いだけとか、そういうお前個人の話だってんなら、俺はマジでラウダを妨害する。そんなのロマンじゃねえからな』

 

 そしてラウダは熟考した。それはもう脳内時間で二十年経つくらいまで熟考した。

 

 けれども最後にはその提案を受け入れるしかなかった。

 

(こいつが言ったように、この状況で僕が妨害しようとしたら妖怪が敵に回るからな)

 

 妖怪ロマン男の判定基準はロマンだ。

 

 それをラウダはよくわかっている。

 

 そのロマン強度で言えば、スレッタとデートをしているグエルサイドが100ロマンくらいで、それを後追いしているラウダが60ロマンほど。

 

 今現在は謎の共闘関係が生まれて、40ロマンがプラスされて合計100ロマン。天秤が釣り合っているのでロマン男は中立の立場にある。

 

 しかしそこでラウダが暴走してグエルたちの妨害をしてみたらどうだ?

 

 今度は悪友のデートを妨害から守り抜くという200ロマンオーバーな状況が生まれて、この妖怪はグエル達の味方となる。ただでさえ騒がしいバカがさらに騒ぐとグエルにラウダの追跡がバレてしまうかもしれない。

 

 そうなればグエルからラウダへの好感度は下がるうえに目的も達成できないのだ。

 

(このバカはロマンっていう光にまっすぐ向かって行く虫みたいなものだ。適切にロマンをコントロールしたほうが害は少ない)

 

 三年間、幾度となくロマンの名のもとに振り回されてなお、敵意を失わなかったラウダは、ある意味でロマン妖怪博士と言えなくもなかった。

 

 とにかく業腹ではあるが、ラウダに今できることはグエルとスレッタのデートを徹底的に観察して、スレッタがグエルにとって悪影響であるという証拠を妖怪に突き付けるというもの。

 

 ぐうの音も出ないほどのそれを見つけてやる、と。

 

 だからラウダはオシャレな喫茶店には似つかわしくない、灼熱の気合でグエル達を見つつめる。

 

「くっ、水星女め……なにが『ミオリネさんたちとトマトソースを作ったんです♪ それでピザとか作ってみたんですけど、今度グエルさんも食べてみませんか?』だ!

 ミオリネ謹製のトマトなんて、ジェタークにだけ効く毒が入っていてもおかしくないだろう!!」

 

「なにが占いの結果だ…! ジェタークの獅子は占いなんかに頼らない! 兄さんは自分の人生は自分で切り開き、僕はそれを支えていく! 胡散臭い情報でたぶらかすな!」

 

「ヤギのミルク、だと!? な、なんの隠語だ!? くっ、水星女は意外と肉食系だと聞いたが、なにを企んでいる…!!」

 

 出てくるは出てくるわ、妄想どころかやばい方面のいちゃもんの数々。

 

 あまりにもあまりな内容に、ラウダの妄言を聞いていたサビーナが半目でぽつりとつぶやいた。

 

「なんなんだ、この無駄な読唇術と無駄な危機意識は」

 

「ラウダはだいたいこんなんだぞ?」

 

「お前の前ではな。……だが、それもお前の手口なんだろう?」

 

「手口?」

 

「意識的にも、無意識的にも、お前は人を怒らせるのが得意だ」

 

「うぇっ!? そ、そんなことねーし!」

 

「さっきの言い合いや、シャディクの告白騒動もそうだったろう。ミオリネとのファーストコンタクトにエランとの話もそうだと聞いている。

 ラウダもシャディクもため込む上に表面は取り繕えてしまうタイプだからな、本音を出すには怒らせた方がいいというのは分かる」

 

 そしてガードが下がったそこにバカのバカみたいなストレートが刺さった結果、シャディクは愉快な公開告白男になってしまったわけだ。

 

 同じことがラウダにも起こっている。

 

 今の彼の心情は傍から見ても分かりやすい。むすりと口を閉ざしながら前髪をいじいじするという、ハリネズミ全開でいじけているのと比べると、ガードが下がっているのは一目瞭然だ。

 

 友情と喧嘩は男のロマン、とでもいうのだろうか。そこに突っ込むことを恐れないことがアスム・ロンドという少年の人心掌握につながっているのだろうとサビーナは分かっていた。

 

 そしてそんなことを彼女から言われたアスムはといえば、ちょっと気まずそうに頬をかきながら言う。

 

「……あー、そういうの直した方がいい?」

 

「どうしてだ?」

 

「いや、サビーナに迷惑かけたくはねーし」

 

「なにを言ってる。私だってお前にそうやって本音を出された側の人間だ。

 そうでないと……今こうして、お前と一緒にはいられなかった。だから、その……私はそういうところも含めて、好き、だから……」

 

「サビーナ……」

 

「アスム……」

 

「だからお前たちは、僕を忘れていちゃつくな!!」

 

 バンと机を叩くほどの勢いで、領域展開され始めた桃色空間を中和したラウダ。

 

 だがそこでサビーナから向けられるのは『邪魔しやがって』な視線なので、モノ申したくなる。『僕がこうしているのはお前たち(主にバカ)のせいだ』と。

 

 ともあれ、ここで争ってグエルにばれてしまってはどうしようもない。

 

「兄さんたちがもう外に出る。行くぞ」

 

 とそそくさとラウダは兄たちの背中を追うのだった。

 

 

 

 その後も、

 

「あの水星女! 兄さんにあんなダサい柄のシャツを着せるなんて万死に値する!!」

 

「なんだそのコーヒーカップっていう乗り物は! 破廉恥な! えっち禁止! 死刑!!」

 

「があああああ!! なにをどさくさに紛れて兄さんにタッチしているんだぁ!? 厭らしい雰囲気にしてるんじゃあないっ!!」

 

 などとラウダの狂乱ストーカー日和が続いていった。

 

 こうしてグエルとスレッタの初デートは表面上はとても和やかに、裏ではラウダの怨嗟のナレーション付きで行われて……

 

 そして天蓋ディスプレイが夕焼けの色を示し始めた頃、グエルとスレッタは街を一望できる高台へと向かおうとしていた。

 

 その瞬間、ラウダに電流が走る。彼には未来が見えていた。

 

 グエルがまたアタックをかける気なのだと。

 

 グエルのわずかに緊張した足取りに、握っては開いてを繰り返されている右手がその証拠だ。

 

 そして

 

(ダメだ、このままいかせるわけにはいかない!)

 

 ラウダはだんだんと目の前を真っ暗にさせながら、致命的な一歩を踏み出そうとして。

 

「おいっ!? そんな前に出たらバレるだろうが!?」

 

「駄目だ! 兄さん! 行くな! そんな『今度はいきなりプロポーズみたいなことはしない。まずは試しでもいい。恋人として、付き合ってくれ』なんて女々しい告白をしたらダメだ!」

 

「いや、そこまでわかんのコエーよ!?」

 

「HA・NA・SE!!」

 

「担架ー! 誰か担架ー! この子、バーサーカーなソウル、インストールしてますぅ!」

 

「わけのわからないことを言うなっ! こんなことしてるうちに兄さんは……!」

 

 羽交い絞めしながら、ラウダを食い止めるバカと、そのバカに負けないくらいに暴れまわるラウダ。

 

 後にサビーナはこれがMSに乗っていない状態で良かったと語る。もしMS戦だったなら、史上最も低レベルな争いになっているはずだと。

 

 けれど、そんな争いは……

 

「いい加減に素直になれよ、ラウダ!」

 

 というバカの言葉でぴたりと止まった。

 

「すな、お……?」

 

 ラウダは顔全面に疑問符をはりつけたまま、バカのバカみたいな顔を見つめてフリーズする。

 

 ラウダは意味が分からなかった。

 

 自分は何も隠し事をしていない。

 

 ただ兄を敬愛し、その兄の邪魔になるだろう水星女を糾弾し続けてきただけだ。

 

 なのに、なにを自分は偽っているというのか。

 

 けれどその答えを返したのは、アスムではなく二人を呆れながら見ていたサビーナの方だった。

 

「ラウダ・ニール。お前には見つからなかったんだろう?

 スレッタ・マーキュリーの欠点が」

 

「は!? な、なにを言ってる!?

 僕はずっと言ってきたじゃないか。水星女は兄さんにはふさわしくないと!」

 

 だがサビーナは『こいつ、自分で自分をわかっていない』という目をする上に、ロマン男まで便乗してくる。

 

「いや、そんな風に聞こえなかったぞ?

 むしろグエルと楽しそうで羨ましいって、そう言いたげだったじゃん!」

 

「どこを取ったらそういう解釈になる!?」

 

 あんなに一分単位でこき下ろしていたというのに。

 

 だが、

 

「だってラウダ、スレッタさんの人間性にはケチつけなかっただろ?」

 

「ああ、全て行動だけだ」

 

 その言葉に、ラウダは言葉を濁した。

 

「それ、は……」

 

 ラウダはじんじんという奇妙な静けさを頭の奥で感じる。それは、自分の中の理性と呼べるもので……

 

 バカはその正体が分かっていると言いたげに言うのだ。

 

「今日のスレッタさん、服装とか完璧だっただろ。テーブルマナーもばっちりで、グエルへの細かい気配りなんかもちゃんとしてた」

 

「ああ、上級生の私にはまだ親しく話すのは難しいのに、グエルに対しては怖気づくこともなく、相手を楽しませようとしていたな」

 

「それは……っ、けど」

 

 そう、ラウダは血眼になって探した。

 

 田舎者の水星女で、兄さんの立場も身分も顧みることない無礼者。兄を振り回して立場を危うくさせるだけの疫病神。

 

 そうであったはずなのに。

 

 たった少し見ない間に、スレッタは確かに変わっていた。

 

 ラウダが見ようとしなかった、その成長。それを見ていた"先輩"は言う。

 

「最近のスレッタさん、がんばってんだよ。株式会社ガンダムって、夢につながる場所ができてさ。今はミオリネも出張がちになって、スレッタさんも対外的に株式会社ガンダムの顔みたいになってる。

 だからミオリネや俺に頼るんじゃなくて、力になりたいって自分磨きをしてるんだ」

 

 それに、

 

「グエルとも友達として、恥ずかしくないようにしたいって思ってたんじゃないかな」

 

「レネ達にも相談していたようだな。ファッションや、マナー、表舞台に立つときの仕草もそうだ」

 

 アスムとサビーナが口々に言う事実。

 

 それはラウダが田舎者の水星女をあげつらおうとして、用意していた貧相な罵倒を使えなかった理由。

 

(でも……)

 

 アレはガンダムに乗ることと、ミオリネの婚約者でホルダーという価値しか持たない存在だったはずだ。……誰かと同じように。

 

 だけれどバカの口車に乗って、丸一日その行動を監視した結果、それが間違っていることにラウダも薄々と気がついてしまっていた。先走ってしまう感情の奥で、確かに認めてしまっていたのだ。

 

「…………あの水星女が、努力を?」

 

 

 

「そりゃするだろ、だって学校はそういう場所なんだから」

 

 

 

 学生だから未熟。

 

 それは変えようがない事実。だけれど、その未熟を少しずつ何とかしていこうとする場所が学び舎であり、そして青春なのだ。妖怪は至極当たり前のことを言うように告げた。

 

(水星女も変わっていく? じゃあ兄さんは? 僕は……?)

 

 茫然と見上げた先の、敬愛する兄の姿。

 

 スレッタ・マーキュリーの手を引いていくその顔は、ラウダがまったく見たことのない、柔らかな笑顔だった。

 

 

 

 

「………………」

 

 そして数分後、三人は夕暮れの中、ゆっくりと帰りの道を歩いていた。

 

 サビーナとアスムが前で並んで歩き、その後ろをうつむいたままのラウダが続くという形。

 

 あの後、ラウダはグエルとスレッタの場所へと突撃するのをやめて、一言も発さないままでいた。

 

 怒りに震えているわけでもなく、ただ何かが抜け落ちたような静かすぎる姿だった。

 

「おい、どうする? このままラウダを帰すわけにはいかないだろう?」

 

「い、いや……まさかラウダが脳破壊されるとは……」

 

「ジェタークにばれたら、今度こそロングロンド社もおしまいだな」

 

「くっ、まさかグエルとスレッタさんのデートでこんなことになるとは……!」

 

「……その時は、私もグラスレーを抜けて、お前と二人で」

 

「え?」

 

 

 

「聞こえているぞ、バカップル」

 

 

 

「「聞かせてたんだ」」

 

 ラウダの魂が再び定着するように、わざと妙な会話をしていたカップルが息の合った様子で振り向く。

 

 それを見たラウダは、呆れたようにため息を吐いて、サビーナに尋ねた。

 

「サビーナ・ファルディン。キミはその男のどこが良いんだ?」

 

「どういう意味だ?」

 

 むっとしながら問いただすサビーナ。しかしラウダはアスム・ロンドを罵倒する意図で言ったわけではない。ただ純粋に知りたがっただけだった。

 

「そいつに良いところがあるっていうことは分かる。僕だってそれを認められないほど狭量じゃない。だけど、今日なんて君とのデートをほっぽり出して、僕やスレッタ・マーキュリーの世話焼きを始めたおせっかいだ。

 そんな男と付き合って、君に何のメリットがある? また次も、恋人をほっぽり出していくかもしれないんだぞ?」

 

「確かに、それはそうかもしれないな」

 

「だったら……!」

 

「だが、それがいいんだよ。私にとっては」

 

「っ……」

 

 言い返すサビーナの声も表情も、とても穏やかだった。

 

 今のラウダが気圧されてしまうほどに、そこには相手への好意と信頼があった。

 

「確かにアスムは子供っぽくて、単純で、何かを思いついたらブレーキの利かない暴走男。話していることの半分は私がまだ分からないアニメや特撮ネタの上に、彼女を放ってロマンに走るような甲斐性なしでもある」

 

「けっこう言うじゃないか。その彼氏がショック受けて崩れ落ちているぞ?」

 

「事実は事実だからな。ただ……そんな欠点でも愛おしいんだ」

 

 暴力や謀略で利益を得ようとする輩よりも、自分の利益も考えないで人助けをしてしまうようなバカの方がいい、と。

 

「……趣味が悪いな」

 

「誉め言葉だと受け取っておくさ。だが、私はお前の兄がスレッタに向ける気持ちも同じだと思う。お前もそれを知りたくて、あえて聞いてきたんだろう?」

 

「ああ、そうだな」

 

 どんくさい田舎者、身分の上下もわきまえない世間知らず、化粧気もなく地味な容姿に、大局観もなく会社の発展にも役に立たない水星女。

 

 ラウダからすればスレッタは欠点だらけ。

 

 だけど、

 

「兄さんは……あんな顔で笑うんだな」

 

 穏やかで安心しきって、家族や会社のことなんて忘れているかのような表情をグエルはスレッタ・マーキュリーに向けていた。

 

 そもそもあの決闘の時だってそうだ。

 

 父やラウダの妨害行為に憤っていたグエルが、スレッタにプロポーズをした時のことをラウダは鮮明に思い出せる。

 

 取り繕った獅子の顔ではなく、ただ純粋に男としてスレッタとの絆を欲していた。そのグエルの表情に、世界だけでなくラウダも引き込まれてしまっていた。

 

 だからこそ、

 

(ああ、だから僕は悔しかったのか……)

 

 自分には決して見せてくれない表情を、他の誰かが向けられることに。

 

 だいたい冷静になると、先に挙げた身分の上下や社交マナーも熟知して、美貌に優れて大局観を持ち、会社の発展に寄与できる相手となれば、真っ先に候補に挙がるのはミオリネである。そのミオリネと結ばれるのが最善だなどと口が裂けても言えない以上、ラウダの考えるグエルの結婚相手と言うのは最初から破綻していた。

 

 結局、ラウダの問題は自分の心の拠り所のなさなのだ。

 

 自分にはグエルとの絆しかない。だから外に出ることなくジェタークという枠組みの中で自分だけを頼ってほしいと。……そして、その役目はグエルのためではなく、自分のためだけに欲していたことを。

 

 ラウダだって本当は知っていた。

 

「兄さんは、もう僕を必要としないのかもな」

 

 しかしその弱音を否定したのは妖怪だった。

 

「んなわけねえだろ」

 

「なに?」

 

 ラウダの思考を呼んだように、ロマン男が苦笑いしながら言う。

 

「弟をいらないなんて言う兄貴はいないさ。まあ、死ぬほど仲が悪い家族もいるだろうけど、お前は違うだろ?」

 

「あ、ああ……だが、兄さんは僕にあんな風に頼ってはくれない」

 

「それも当然だって。弟の前では精一杯自信満々で、頼れる存在でいたいもんなんだから」

 

 だがそんな風に気を張ってばかりでは、心が疲れてしまうことがある。

 

 だからこそ、人はひとところではなく、違う拠り所が必要だ。

 

「グエルにだって、ジェタークも家族も関係なしに、一人の人間として一緒にいたい相手がいてもいいだろう?」

 

「ふん、随分と見透かすようなことを言うんだな。お前になにが……っ」

 

 ラウダは苛立ち混じりに吐き捨てようとして、口を紡ぐ。

 

 そしてアスム・ロンドはどこか遠い目をしながら静かに言った。

 

「わかるよ」

 

 彼らしくない、少し寂し気な表情。

 

 サビーナは思わずアスムの手を取りながら、ジロリとラウダをにらみつける。

 

 それを見たラウダもばつが悪そうに目を背けた。

 

「……今のは、僕が悪かった」

 

 当然知っていたことだ。アスム・ロンドが家族を亡くしていることは。その中に彼の妹がいたということも。

 

 けれど、それに気を悪くした風でもなく何事もなかったようにアスムは続けた。

 

「まっ、だから兄貴の気持ちも少しわかるんだよ。

 でも、どこまでいっても家族は家族だ。グエルはお前を大切に思ってるし、これからも一緒にいてほしいと思ってるはず。

 だって損とか得とか、あのグエルがそんなカッコ悪いこと考えてるはずがないじゃん!」

 

「本当にお前は、グエル・ジェタークを昔から評価しているな」

 

「へへへ♪ ずっと俺は思ってるんだよなっ! グエルのヒーロー属性はすごいって!!」

 

「私からすればお前がそれなんだがな」

 

 なんてまたいちゃいちゃし始めたカップルに呆れながら、ラウダは呟く。

 

「……損も得も、関係なしに、か」

 

 思い出すのはグエルと初めて会った時のこと。

 

 妾の生まれで母に見捨てられ、引き取られた先で出会った気の強そうな兄。

 

 彼の母親も、自分の母親と父の関係のせいで出奔したと聞いていた。ラウダはきっと兄にとって母親を奪った憎き相手。きっと歓迎されないだろうと暗鬱な気持ちでいたというのに。

 

 兄から返ってきたのはただただ温かい抱擁だった。

 

 その記憶を思い出しながら、ラウダは呟く。

 

「いつから僕は兄さんを父さんみたいな人間だと思っていたんだろうな……。それが理想だと、なんで思ってしまったんだろうな」

 

 グエル・ジェタークとは人間的な温かさに満ちた、思いやりのある兄。そしてラウダはそんな兄に救われた。

 

 なのに、いつのころからか。母や自分たちを傷つけたヴィムの言うままにグエルの道を狭めようとしてしまっていた。

 

 そして実際にアスティカシアに入学した当初のグエルは、ジェタークの跡取りと言う看板を過度に守ろうと、ヴィムのように弱者を踏みにじる器の小さい男のようにふるまってしまっていたのだ。

 

 彼の本質はそこにはないとラウダ自身が知っていたはずなのに。

 

(だったら僕がやるべきことは)

 

 ラウダはすぅと息を吐くと、

 

「そこのバカップル。今日は世話になったな」

 

「なんかトゲは感じるけど、役に立ったならいいさ」

 

「…………近いうちに、また世話になるかもしれない。その時は頼む」

 

「なんのはなしだ?」

 

「すぐにわかるさ。じゃあな、妖怪」

 

 ラウダはぎゅっと拳を握り、何かの決意をしたように去って行った。

 

 

 

 そして次の日、

 

「兄さん、当面の生活費と身の回りで必要なものはバッグに詰めておいたよ」

 

「ラウダ!? おまえ、どうして……」

 

 ジェターク寮の裏口で、夜遅くにラウダはグエルと対面していた。

 

 グエルの恰好はまさに着の身着のままという風。

 

 それもそのはずで、まもなくヴィムの手の者がグエルを学園から強制退去させることになっていた。会社の中のグエル派閥(非公認)が「そんなのあんまりだぁ!」とグエルにリークしていなければ、それは達成されていただろう。

 

 原因はもちろんグエルとスレッタのデート。

 

 その結果をラウダは知らないが、兄の様子を見るに悪くはないものだったに違いない。

 

 そしてそれがヴィムの逆鱗に触れ、とうとう強硬手段に出ることになった。

 

 だからグエルはそうはさせまいと寮を脱出することに決め、ラウダは……

 

「僕も協力する。僕は父さんがすべて正しいとは思わない。僕を支えてくれた兄さんを、全力で支える」

 

「ラウダ……」

 

「さすがの父さんも兄さんなしで強制退学なんてマネはできないはずだし、父さんの怒りが収まるまで二週間ほど隠れていた方がいいと思う。僕もできる限り説得するから」

 

 思わぬ弟の助力に少し戸惑いながらも、グエルは表情を緩めながら尋ねる。

 

「だが、ラウダ。学園内でテント生活をするわけにもいかん。なにか当てでもあるのか?」

 

「もちろん、そのために準備をしていたんだよ」

 

 ラウダは微笑み、グエルへと一枚の紙きれを渡す。

 

 それを見たグエルは驚き、次いで顔を真っ赤にしながらもとある方向へ向けて走っていくのだ。

 

 兄の背中を見送りながら、ラウダはそっとため息を吐く。

 

「恋愛か……兄さんがあんなに夢中になるなら、僕もしてみようかな」

 

 ラウダも三年。青春らしい青春というのを送れるのもあとわずか。

 

 だが、その前に兄を救うためにどうやってヴィムを説得しようかと、ラウダは苦笑いしながら考えるのだった。

 

 そして翌日から、なぜか地球寮に「ボブ」と名乗る覆面の大男が加わるのだが、その正体を突き止めたり指摘しようという者は学園にはいなかった。




次回、出張帰りのミオリネが…?
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