アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男   作:カサノリ

7 / 67
06. いざいざ決闘

「グエル・ジェターク、君はこの決闘になにを賭ける?」

 

「……これはあの時のやり直しだろ。だったら変わらねえ、アスム・ロンドとのふざけなしの決闘だ」

 

 立会人を務めるシャディクの問いかけに、暗い表情のままでグエルは答えた。その威勢のいい中身とは裏腹に、言葉にも力がない。

 

 そんなグエルはまもなく一つの決闘に向かうことになっていた。一人の少女とMSの運命をかけた戦いだ。スレッタ・マーキュリーが勝てば、ミオリネの退学もエアリアルというMSの廃棄も取り下げ。ガンダムであるという疑いは、いったん不問に付すことになっている。

 

 だが、そんな事情はグエルには関係がない。

 

 グエルの心を支配するのは、シンプルで深い迷いだ。

 

(……俺は、なんでこの決闘をしている?)

 

 完膚なきまでに負けた。

 

 それがグエルの考える、先の決闘の勝敗。

 

 油断はもちろんあった。田舎者の水星女に、学園のルールというものを叩きこんでやろうと、そんなことを思っていた。だが、だとしても手は抜いていない。どんな決闘にも手を抜くことはしない。それは自分たちがこの三年間、真剣に打ち込んできた決闘という舞台を汚すことになるからだ。

 

 その真剣勝負において、いかなる事情があろうともグエルは負けた。

 

 だというのに、その負けたという結果すら、大人たちの事情で取り上げられて再戦の舞台に立たされている。

 

(しかも、今度は……!)

 

「グエル?」

 

「っ、なんだ……!」

 

「いや。いつもと違って、楽しくなさそうだからね」

 

 グエルを見るシャディクの眼は、いつもの軽薄で胡散臭い笑顔ではなく、相手を気遣うようなものだった。

 

 おそらく、ジェターク社の思惑も、グエルの葛藤もある程度は想定しているのだろうと付き合いの長いがゆえにグエルは察しが付く。学生でありながら義父の側近として経営の世界に既に踏み込んでいる男だ、耳は恐ろしく良い。

 

 そして、その心配はおそらく本心のものだとわかってはいたが、かえってその気遣いが苛立ちを助長させるのだ。

 

「勝手に人のことを詮索すんじゃねえよ……!」

 

「……わかった。出過ぎたことをしたよ」

 

 それで、と。シャディクは視線を動かし、対戦相手であるスレッタへと向ける。

 

「水星ちゃん……いや、スレッタ・マーキュリー。君はこの決闘になにを賭ける?」

 

 グエルはその言葉に、目の前の赤毛の少女を見つめた。

 

 この少女と顔を合わせるのは、これで二度目。一度目は決闘の時にヘルメット越しでちらりと見ただけ。その時は、まだ学園に来たばかりで周りの状況に流されるだけの田舎者でしかなかった。

 

 だが、

 

(こいつ……)

 

 グエルは、スレッタの眼があの時と違っていることに気がつく。

 

「わ、私は……!」

 

 声はどもり、おどおどとした調子は元のまま。だけれども、ただ目の前だけを見ているような不安な眼ではない。

 

「私が賭けるのは……っ!」

 

 そしてスレッタが続けた言葉に、グエルは静かに息を呑んだ。

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 そんな宣誓から数十分後、

 

「お前の入れ知恵か?」

 

「なんのことだよ」

 

「とぼけんな、あの水星女のふざけた要求だ」

 

 呟くように言いながら、グエルは目の前でとぼけた顔をするロマン狂いの反応をうかがった。

 

(出待ちしやがって……)

 

 本人は通りがかっただけとかへたくそな嘘をついていたが、そんな偶然があるわけがない。おおかた、

 

「言っておくが、謝罪の一つでもしてみろ。てめえの顔面、ぶん殴ってやるからな」

 

 らしくもなく責任の一つや二つでも感じているのだろう。

 

「……スレッタさんもそうだけど、謝らせてくれねえんだな」

 

「当たり前だ。てめえが言い出したことだろうと何だろうと、あの決闘を受けたのは俺。その結果も何もかも俺だけのものだ。だから、余計なことを言うんじゃねえよ」

 

「そういうとこ、ほんとかっこよくてすごいよ、グエルはさ。あ、でも、スレッタさんに入れ知恵とかはしてないぞ? ほんとのほんとに」

 

「……てことは、素であれかよ」

 

 言いながら先ほどのスレッタの様子を思い出したのだろう。グエルは、

 

「あの女……」

 

 はぁ、と呆れた様子でため息を吐き、言う。

 

「……『勝ったら友達になってください』だとよ」

 

 おかしな女だとグエルは心の底から思う。

 

 アスティカシアの決闘は、基本的にもめごとの仲裁に行うもの。

 

 必然的に、相手は敵対者であり、どちらかの要求を無理矢理に押し通すことになる。最近は目の前のロマン男の影響からか、単なる娯楽の延長での決闘も増えてきたが、それにしても決闘相手と友達になりたいから決闘すると言い出したのは、スレッタが初めてだ。

 

 それに加えて、ジェターク社が勝敗に介入したことへ後輩のセセリアが皮肉100%で絡んできたときも、スレッタはグエルをかばうように声を上げて制止した。自分の人生がかかった勝負で、その相手だというのに。

 

(ったく、調子が狂う……)

 

 手を差し伸べて、自分をまっすぐ見つめ返してきた目。その浅く日に焼けた肌も、くしゃくしゃの赤毛も、サファイアのような瞳も、なにもかもが脳裏にこびりついて離れない。もやもやしたものが胸の奥にたまっていく。

 

「しかも、逃げないやつを笑ったらダメとか……。ほんとに、どこの田舎から出てきたんだか」

 

 すると、目の前の妖怪がふるふるといきなり体を震わせ始め、

 

「うぅうううっ! すれったさん、りっぱになってぇ……!」

 

「きめぇっ! うるせぇ!! その胡散臭い泣き顔をやめろっ!!

 

「わかった」

 

「ほんとにすぐ止めんじゃねえよ!!」

 

 要求がおおいなぁと、妖怪は肩をすくめて、グエルが想像した通りの答えを、からからと笑いながら言うのだ。

 

「でも、いいんじゃないの。友達が欲しいっていうのも真剣でロマンある理由じゃん」

 

「……まぁたロマンかよ。てめえの判断基準はそればっかだな」

 

「おいおい、人のこと言えないだろ? お前だって、俺との真剣勝負を望むとか、めちゃくちゃロマンじゃん!」

 

 「ほら、仲間仲間!」と楽しそうな表情を向けてくる同級生をグエルは見る。

 

 いつまでたっても、ガキのままのような、悩みも何にもなさそうな楽天家。だがそれでも、100戦もして少なくない数、自分を負かしてきた因縁の相手。グエルとしても素直には認めたくはないが、学園ではライバルとして二人を称することが多い。

 

 そんな入学以来、見飽きるほど見た顔を、今のグエルは直視し続けることができなかった。

 

「俺は……」

 

「……ん?」

 

「俺は、そんなんじゃねえ……」

 

 話しながら、グエルの脳裏に少し前の出来事が蘇る。

 

 自分の預かり知らないところで父親のヴィムが勝敗に介入し、その結果が再試合。それだけでも含むところがあったというのに、決闘用にと渡された新型MSには補助用のAIまで備え付けられていた。

 

 その事実に自分の力を信じてくれないのかと、思わず食って掛かってみれば、返ってきたのは平手打ちと、一切の意見を遮断するかのような上から押し付ける物言いだった。

 

『お前たちの決闘ごっこなど、最初から期待はしていないっ!』

 

『ごっこ……?』

 

『ああ、そうだ! 特にあのロングロンドの子倅!!

 あのふざけた小僧と戦うたびに、誇りあるジェタークの名が汚れることがわからんのかっ!

 ミオリネとの婚約条件になって、お前が勝ち続けていなければ、奴もろとも決闘など潰していた!!』

 

 ヴィムは心底忌々しそうに、決闘にロマンを求め続けた少年の名前を出す。

 

 だが、それはグエルにとって見過ごせない言葉だった。

 

『待ってくれ、父さん! 確かに、アイツはふざけたやつだ! だけど、俺たちはいつでも真剣に……!』

 

『真剣!? それに何の意味がある!? いいか、グエル! この世界は勝つか負けるか、それだけでしかない! そして勝利以外に価値はない!!』

 

 そしてヴィムは表情を険しくしながら、

 

『いい加減に大人になれっ! 望む結果なら、どんな手を使ってでも奪い、勝つしかないのだ! 俺がお前なら、あんな小僧など奴の父親のように……っ!』

 

『父さん……?』

 

『っ……! いいからお前は、俺の言うことに黙って従っていればいいんだ!!』

 

 それが父親との顛末。

 

 グエルの脳裏には今も、その会話がリフレインする。特にヴィムが小僧と呼んだ、このロマン男についての言葉は、どこか危険な音色を宿していて、グエルは踏み込むことができなかった。

 

 そしてなにより、

 

(父さんは、俺の勝利もなにもかも、認めてくれていなかった……)

 

 アスティカシア一のパイロット、決闘委員会の筆頭、そして名誉あるホルダー。

 

 それは自分の夢へと続く称号であり、そして少なからずそれを勝ち取った自分を、父は誇りに思ってくれているのではないかと。

 

 だが、結局は父は何とも思っていなかった。

 

 グエルが勝っていたから黙っていただけで、もし仮に負けが続くものなら直接的な裏工作をしていたということだろう。大事なのはミオリネの婚約者、そしてミオリネがもつベネリットグループの株だけで、勝利など欠片も興味を持たれていなかった。

 

 スレッタの純朴極まりない善意の言葉と、家族である父から投げかけられた誇りも何もない言葉。それがぐるぐるとグエルの頭をめぐって、考えがまとまらない。

 

「それでも、俺は……」

 

「グエル……?」

 

「…………いや、なんでもねえ。

 それより忘れんな。水星女を倒したら、次はお前とケリをつける。ふざけたロマンはなしでな」

 

 グエルは思う。

 

 確かにこのバカはバカだ。ふざけた戦い方や、ふざけた機体は目に余って仕方ない。本気でキレたことだって何度もある。だが、それでも自分のロマンという筋を通すために、バカはいつも真剣に勝負を挑んできた。

 

 だが、今の自分はどうだ。父親に従い、自分たちの誇りをバカにされても反論一つできない。そんな情けない男でしかない。

 

 ならば、いつかこのプライドすら父に汚されるというのなら、今だけでも正々堂々と。

 

「……勝つのは俺だ。お前にも、水星女にも。決闘での勝利はゆずらねえ」

 

 グエルは、せめて胸だけを張って決闘へと向かった。

 

 

 

 

『さあ! やってまいりました、決闘の時間!

 実況は私、学生自治会のドゥーエ・イスナンがつとめます!

 そしてもちろん解説は……!』

 

『みんな青春してるかい!! 自治会委員長の……』

 

『ご存じロマン男がお送りします!!』

 

『おいこらぁ!? ちゃんと自己紹介させろっ!?』

 

『先輩、本名よりロマン男とかのほうが知名度高いんで! ほら、ロマンロマン♪』

 

『イエス! ロマン!!』

 

『ということで、この妖怪さんを大人しくさせるときはロマンと唱えましょう!

 改めましてこの決闘は、決闘委員会の監督の元、学生自治会が非公式に実況をしております!』

 

 賑やかなファンファーレとともに学園中へ響く陽気なアナウンス。

 

 スレッタとグエルの決闘の舞台となる戦術試験区域の周辺には、既にたくさんの学生たちが集まり、めいめい勝手に騒ぎ立てていた。

 

 一角では賭け事が好きな学生たちが、勝敗をめぐって喧々諤々の言い合いをしているし、いつの間にか作られた観客席では、これまた勝手に結成されたスレッタ応援団と、こちらは伝統あるグエル応援団とがにらみ合いの応援合戦を繰り広げている。

 

『我らが寮長! グエル・ジェタークの勝利を願い! フレーフレー! GU! E! RU!!』

 

『グエル先輩! がんばってー!!!!』

 

『負けんなライオンヘッド!!』

 

『やられるものかよ、ジェターク寮が!!』

 

『ところがどっこい! 勝つのはスレッタ!!』

 

『スレッタちゃーん! かわいいよー!!』

 

『エアリアルくん、負けないでー!!』

 

『はぁあああ!? エアリアルちゃんだろが!? てめえの眼は腐ってんのか!?』

 

『てめえのほうこそ、どこ見てんだこらぁ!?』

 

『こうなったら……』

 

『決闘じゃぁああああ!!』

 

 若干、スレッタ陣営のほうにはロマンに脳髄を汚染された学生たちが多くみられるが、それもまたアスティカシアではよく見られる光景。

 

 いつのまにやら単なる学生同士の喧嘩や、企業間の勢力争いから姿を変え、娯楽の側面を強めた決闘は、一つのエンターテイメントになっている。会場の周りには『ロンド・ベルカステラ』やら『クイーンミオリネのトマトたっぷりピザ』やら豪華な屋台が軒を連ねるほど。

 

 それはスレッタとグエルの決闘に潜む大人たちの事情など知らず、ただ決闘を決闘として楽しもうという呆れるほどに楽観的な青春の光景。

 

 しかし、それを見る大人はといえば、

 

「はっ……! 実物を見るとさらに虫唾が走る。なんだ、この下らん光景は!」

 

 ヴィム・ジェタークは自身が金を出して建設したジェターク寮へと乗り込み、モニターに映る喧騒に吐き捨てるような嫌悪を示していた。

 

 もちろん、ここにいる理由は息子の応援などではなく、自分が行った計略がうまくいくかを確かめるというもの。ヴィムは傍らに控えたもう一人の息子、ラウダ・ニールに言う。

 

「すでに策は実行に移しているはずだな?」

 

「はい。ダリルバルデの自律AIは問題ありませんし、試験場への工作もフェルシーとペトラが……」

 

 しかしそこで、

 

「あら? この子たちがどうかしたのかしら?」

 

 二人の背後から予想だにしない声が響いた。

 

 驚き振り返ると、二人の前には、

 

「み、ミオリネ・レンブラン!?」

 

「なんでここに……!」

 

 ミオリネが凛とした堂々たる振る舞い……いや、遠慮の欠片もないふてぶてしい様子で立っており、しかもその後ろには、

 

「うぅ……」

 

「……すみません」

 

「フェルシー!? ペトラ!? お前たちまで、どうして……!?」

 

 グエルの後輩であり、工作をまかされていた女子二人が、意気消沈とした様子でたたずんでいるではないか。ミオリネはそんな二人を横目でみながら、ふっと小ばかにしたような笑顔を浮かべると、まだ茫然としているヴィム達へと言う。

 

「この二人なら、こそこそ暇そうにしていたから、ここまで案内してもらったのよ」

 

「貴様……ここに乗り込むとはどういうつもりだ!?」

 

「あら、ひどい言葉ね、お、と、う、さ、ま♪ あの決闘が無効ってことは、グエルが暫定でホルダーのまま。つまり、私はグエルの婚約者ということでしょ? 未来の妻が、夫の寮にいて不都合なんてあるのかしら?」

 

 そんな屁理屈を言いながらミオリネはどかりと一番でかいソファへとふんぞり返り、

 

「なにぼーっと見てんのよ、二人とも。フェルシーでもペトラでもどっちでもいいから、茶の一つくらい出しなさい」

 

「な、なんでそんなことをお前に……!」

 

「…………お前?」

 

「ひぃっ!?」

 

「将来のグループ総裁夫人に随分な口ぶりね? 一生窓際に送られる覚悟でそう言っているのかしら?」

 

「うっ、うぐぅ……!」

 

「フェルシー、もうやめよっ! こいつに口で勝てるわけないって!!」

 

「…………こいつ?」

 

「み、ミオリネ様に、勝てるわけありません!!」

 

「わかればいいのよ、わかれば」

 

 そして格付けを済ませたミオリネは、周りのすべてをけん制しながら、笑みさえ浮かべて言う。

 

「それじゃあみんなで応援するわよ。未来の旦那様の活躍を、ね」

 

 この時、ヴィムを除くすべての人間は心の中で強く強く思った。

 

(ミオリネが婚約者になったら、ぜったいろくなことにならない……!!)

 

 一方のミオリネはといえば、ろくな妨害ができないだろう状況を作り終えたことにほっと息を吐くと、モニターの向こうで決闘を始めようとしているスレッタとエアリアルを見ながら、

 

(私にできることはしといてやったわよ。だから……アンタの力、見せてみなさい)

 

 腹芸の一つもできないだろう純朴すぎる婚約者へ静かなエールを送る。

 

 

 

 そして、

 

「しょ、勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず……!」

 

「……操縦者の技のみで決まらず」

 

「「ただ、結果のみが真実!!」」

 

 さまざまな思惑が交差する中、運命の一戦が始まった。




今回も見ていただきありがとうございます。
よろしければ評価、感想などもいただけると嬉しいです。

評価
感想
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。