アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 作:カサノリ
いろいろと、本当にいろいろと発生した決闘。
それを見届けて……途中の展開には盛大に頭を抱えることになったが、
「はぁ……、なんか愉快なことになったけど。これで正式にホルダーはスレッタね」
それじゃあさようなら、元義父様♪
そう言い残して踊るようにミオリネ・レンブランは立ち去っていく。
残るのは怒りに肩を震わせるヴィム・ジェタークと、その様子を恐ろし気に見つめている学生たち。そんな面々を尻目にミオリネは扉に手をかけ、
「ああ、そうそう。一つだけ言っておくけど……」
ミオリネは立ち止まり、今一度ヴィムの顔を見つめながら、冷酷に言った。
「最初からグエルに任せておいた方が、勝率は高かったわよ。……貴方、ジェタークのCEOなのに人を見る目がないのね」
それは嘲りでもなんでもなく、ただ事実を告げるような口ぶり。
しかし"あの男"を知るヴィム・ジェタークにとっては、間違いなく忌まわしい独裁者の血筋を引く女帝の言葉で、
「貴様ら、このままで済むと思うな……」
その言葉は確かにミオリネにも届いていただろうが、価値もないとばかりにミオリネは踵を返す。そして今度こそ、ミオリネは誰を見ることもなく去っていった。
機動戦士ガンダム 水星の魔女
アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男
そんな決闘の顛末から数日後、
「いったいどこまでがお前の計画だったんだ?」
「…………はい?」
「とぼけるな。兄さんとの決闘の裏で、お前が暗躍していたことは見当がついている」
言いながら、ラウダ・ニールは目の前ですっとぼけた顔をしている妖怪をにらみつけた。
父親が本社に撤退し、事態は一定の鎮静化を迎えた。
しかし、それは表面的なもので、今も水面下ではエアリアルの存在やホルダーの行方をめぐって企業間での小競り合いや謀略が続いている。
ラウダがこの妖怪に問い詰めているのも、父の探りを入れろという命による意味合いが大きい。このロマン妖怪が大人相手には強硬な手段に出がちだが、学生相手には甘いことも知れ渡っているからだ。しかしなにより、
(こいつの狙いを見極めないといけない……)
それはラウダにとっても達成しなければいけないこと。今回の騒動に巻き込まれ大きな影響を受けたのは敬愛してやまない兄なのだから。
だからこそ全てを主導したと推測する張本人へ、ラウダは一言二言でも言わずにはいられなかった。しかし、呼び出されて詰問されている本人はといえば、
「……いや、意味わかんないんだけど」
と心の底から訳が分からないという表情を浮かべている。
「相変わらず、本心を隠すのがうまいな。だが、そんな演技には騙されない……」
ラウダは拳をぎりぎりと握りしめながら、彼の兄がたどったこの数日の激動を思い返した。
「お前と水星女、そしてミオリネが勝利したせいで、兄さんはエースパイロットの座をはく奪される……はずだった」
だが、そうはなっていない。
「なぜだ……?」
ラウダは妖怪へと問いかける。
「どうして兄さんの決闘が、告白が……! 全宇宙に広がってしまったんだ!?」
そうして、らしくない大声を上げながら、ラウダは頭を抱えた。
「あははははは♪ いやぁ、さすがですねぇグエル先輩♪ なんか寄生虫みたいなのに乗っ取られて? 決闘でもりあがっちゃって? それで公開でプロポーズとか♪ さっすが御曹司はやることのスケールがでかいですねぇ♪」
ロマン男がラウダに詰められていたころ、決闘委員会のラウンジでは意地の悪い高笑いが響いていた。
それはソファにうずくまったまま涙が出るほどに笑い転げている決闘委員会所属の二年、セセリア・ドートのもの。
学内きっての皮肉屋として名高く、その美貌と毒舌に人生を狂わされた男どもは数知れぬという彼女は、ようやく決闘委員会に顔を出したグエルのことを、我が世の春が来たとばかりに優越感たっぷりにからかい倒している。
一方で、いつもならセセリアに笑われるままになどさせていないグエルはといえば、
「だれか……だれか、おれを〇してくれ……」
真っ白な灰になってうずくまっていた。
セセリアは立ち上がると、小さくしなびたなめくじのようになっているグエルを見下ろしながら、底意地の悪い顔をさらに輝かせて煽る。
「えー♪ グエル先輩、それってもう告白したから死んでもいい♥ とかそういうやつですかぁ♪ すごい純愛じゃないですかぁ♪ うわぁ、私も憧れちゃうなぁ♪」
「ぐぐぐぐ……!」
「まあ、気持ちはわかりますけど♪ こんなの出まわっちゃったら恥ずかしいですよねぇ♪」
そういって、セセリアが真っ白な灰に向かってポンポンと何かを投げつける。
それは週刊誌の切り抜きであったり、謎の薄い本であったり、キーホルダーやら、タペストリーやら、とにかく雑多なもの。その共通点といえば、
『グエル、その愛の定め』
『ジェタークに学ぶ、失敗しないプロポーズの方法』
『その愛はいつ生まれたのか -グエスレの軌跡-』
などなど、どれもこれもグエルのキメ顔やら、告白した時の表情やらがでかでかとプリントされているものばかり。
ここ数日で学園内で流通している学校公認、非公認問わないグエルに関するグッズ。すでに大量にあるそれは氷山の一角どころか、米びつの米一粒ほどのものでしかない。その数万倍のグエルグッズが既に市場に放たれていた。
しかも、その影響はアスティカシアだけにとどまらない。
「聞きましたよぉ♪ 今度はあの放送局が取材に来るっていうじゃないですかぁ♪ 底値だった市場価値が跳ねあがってよかったですね、グエルせんぱーい♪ 一躍、超有名人じゃないですかぁ? サインくれますぅ?」
「しゃ、しゃでぃく、そろそろセセリアを黙らせてくれ……!」
まだまだ煽り足りないと魅力的な足で踏みつけるようなそぶりまでするセセリアに、グエルもさすがに耐えきれなくなり、傍にいるはずのシャディクへと助けを求める。
が、当のシャディクはといえば、グエルの苦悶の視線を受けると、笑顔のままジェスチャーで、
『オマエモ』
『コチラ』
『ガワダ』
と最後はにこやかなサムズアップまで示して見せた。それはそれは女子が見たら万人が惚れ込むような、うさんくささも裏表もない最高の笑顔だった。
「シャディクゥうううう!!!!」
「ハハハハ! グエルもさんざんからかわれればいいのさ! 大丈夫大丈夫、半年もしたら生暖かい目で見られなくなるから!」
「シャディクせんぱーい、変な告白しちゃった同士だからって、開き直らないでくださーい」
「やめろ、やめろぉ……! シャディクと同じ扱いはいやだぁ……!」
取っ組み合ったまま、どこまでも負の感情のスパイラルに引きずりこまれていく男子二人。華やかなラウンジまでキノコや胞子が飛び交っているような陰鬱とした空間に変貌していく。
さすがにそんなじめじめとした空間は嫌になったのか、そーっと逃げだしたセセリアを置いて、奇妙な男二人の煽り合いは延々と続いた。
これがグエルの置かれた現状。
決闘委員会での様子は知らないラウダでも、学園や外でのグエルの風評はもちろん把握している。ラウダはいつのもの癖で前髪をいじり、いや、握りつぶしながら苦々し気に言った。
「今、兄さんのもとには全世界から取材が殺到している。ジェタークの広報もパンク状態……。なぜだかわかるだろう? それもこれもお前が、学園どころか全世界にあの決闘を配信したせいだ! しかも、リアルタイムでなぁ!!」
グエルとスレッタによる熱い決闘。そして、その最後に行われたグエルによるスレッタへの公開プロポーズ。それは学園内であってもゴシップの種になるには十分すぎるネタ。
しかもそれが、妖怪ロマン男とその仲間たちの手で全世界の電波に乗せられてしまった。
なお、これは前例のないことではない。お祭り好きなこの男は、自身がもつメディア産業へのコネを使って決闘の模様を中継していたこともある。ただ、その影響がここまで広がることは、もちろんこれまで一度もなかった。
結果、
「全世界トレンド一位『グエル・ジェターク』。有名女性雑誌が選ぶ彼氏にしたい男ランキング一位も、息子にしたい男子ランキングも、地球圏で話題になる人物ランキングもすべて、すべて兄さんだ! 今や兄さんは、全宇宙に知られる存在になった!!」
「いいことじゃん」
「よくなぁああああい!!!!」
ラウダはとうとう堪忍袋の緒が切れて、妖怪へとつかみかかる。
「未来のドミニコス隊エースパイロットが! ジェタークCEOが! こんなアイドルのような扱いにされてしまったんだぞっ!? どう責任を取るつもりだっ!?」
するとさすがにロマン妖怪も慌てたのか、腕を振りながら弁解を始めた。
「いやいや、ちょっと待てよラウダ。俺だって予想つかなかったって。ほら? グエルがめちゃくちゃかっこいい戦いするって分かってたよ? そりゃもちろんロマンを期待してたさ。
だけど、勢い余ってプロポーズとかは、さすがに俺も予想できないって」
「つまり、なにがいいたい?」
「俺は悪くねぇ!!」
「ふざけるなぁああああ!?」
ラウダはこれまでの人生で一度も出したことのない怒号を叫びながら、妖怪を調伏しようと躍りかかる、校舎裏で始まる高校生にもなった男子二人の追いかけっこ。
それが五分ほど続き、
「ぜはーっ、ぜはーっ、このっ、妖怪め……!」
「はぁー、はぁー、これ青春っぽいなっ!」
ラウダはまったく懲りていないロマン男を横目でにらみつけ、肩で息をする。
腹立たしくて仕方ない。
しかし、ただ兄やジェタークに危害を加えただけならば、こんな複雑な気持ちにラウダはならなかっただろう。
ここまで彼の心が乱れてしまったのは、ひとえに、この妖怪の行動によってグエルが助かった側面があるからだ。
(この騒動がなければ、兄さんは退学させられていたかもしれない……)
ヴィム・ジェタークは決闘の終了後、自らに歯向かって敗北したグエルを寮のエースパイロットの座から引きずり下ろすだけでなく、退学させることも視野に入れていたらしい。
だが、その計画は白紙になっている。
決闘によって期せず時の人となった「グエル・ジェターク」。
アスティカシア一のパイロットであり、イケメンの御曹司でありながら、水星から来た同じく素晴らしいパイロットと恋に落ち、公衆の面前でも構わずプロポーズした漢。
その名が全世界で有名になりすぎた結果、ジェタークという大企業ではあるが狭い世界では干渉しきれなくなってしまったからだ。
どれだけの影響力を持っていようと、ジェターク社も会社。社会と人と関わりを持ちながら利益を上げなければいけない。ヴィム・ジェタークがあそこまで勝利にこだわったのも、グエルが敗北することによる世間体と、それによる株主の離反を恐れた側面も多分にある。
ただ、
「グエルにスポンサー契約とかも来てんだって?」
ロマン男が楽しそうに言う。
決闘で見せた素晴らしい操縦技能、そして世の女性がほれぼれするほどの一途なプロポーズ。グエル・ジェタークという人間のパブリックイメージはこれ以上あがらないほどに急上昇した。
「……ベネリットグループからも複数、グループ外の有力企業からも多くのオファーが届いている。ジェタークを通しても、兄さん個人へのアプローチでもな」
中には宇宙インフラに必要な航宇宙船や、フロント内の車メーカーのイメージキャラクターになってくれというものも。その他、キャラクターグッズのようなものまで含めれば、数えきれないほどだ。
これが一夜にして変動したグエルの社会的地位。
「おかげで父であっても……兄さんには干渉しづらくなった」
グエルの好ましい人物像は尾ひれがついて拡散し、全世界の注目の的。そんなグエルをヴィムが不当に扱おうとすれば、それは会社内部の問題にとどまらず、多大なイメージ損失を引き起こすことになってしまう。
実際にエースパイロットはく奪や、アスティカシアからの退学という情報が"なぜか"流出した結果、『あの父親は息子の純愛を邪魔している』『現代のロミジュリ』などと批判が殺到、ジェターク社の株価は大きく落ち込み、退学の話も立ち消えにせざるを得なくなった。
ただ、それだけではヴィムの怒りを抑えることはできなかっただろうが、
「うちの制作部が嘆いていた……。ディランザ一機を売るよりも、兄さんのグッズを作って販売したほうが利益率がいいとな。兄さんのキーホルダーだけで、十億個も売れたと……!」
ちなみにラウダも十個買っている。
そう、ジェタークにとって今のグエルは強力な広告塔になりえるのだ。
うまく育てれば大規模な紛争がなければ受注が継続しないMS製造よりも優秀な収益源にさえなる。そして、企業利益を優先して考えなければいけないCEOのヴィムにとって、グエルは相当に扱いづらい存在になってしまった。
同時に、
(兄さんが仮にジェタークから逃げ出しても、支援はいくらでももらえる)
まだグエルにはその気がないだろうが、父の支配から逃れるための強力な武器を、グエルは手にすることになった。
「いやー、こんなことがあるとはなぁ♪ グエルはやっぱ"もってる"奴だよ」
そのことを、妖怪は何も知らないという顔で喜ぶ。ラウダもまた、兄が将来を絶たれずに済んだことは喜ばしく思っている。
それが、本当に偶然であれば、だ。
(…………この男は妖怪だ)
アスティカシアのお祭り男、ロマン主義者、妖怪ロマン、永遠の十歳児。
だが実態として一企業のCEOであり、多数の人気コンテンツを生み出したクリエイターでもあり、その業績を通してメディアへの多大な影響力を持ち合わせている。
どうせグエルの退学情報をリークしたのも、この男だとラウダはあたりをつけていた。
問題は、この男が兄に干渉し、なにをしようとしているのか。それを考えるだけでラウダは背筋に空寒いものを感じるのだ。
ただロマンに狂った傾奇者ならまだいい、だがもしも……
「忠告だ。兄さんの将来を邪魔してみろ、その時は……この手で」
必ず潰してみせると、
ラウダは決意を固めて、アスム・ロンドへと宣戦布告した。
そんなジェターク社と一人の少年の心を大きくかき乱すことになったグエルの告白の顛末についてだが、
「で? 返事はどうするのよ?」
「へ、へんじ、ですかぁ!?」
「そうよ。周りの連中を見てみなさい。アンタがどうするのかってみーんな注目してるわ。断るにせよ、受け入れるにせよ返事しないと、あることないこと言われるわよ?」
ミオリネは隣のスレッタに言った。しかし、スレッタはといえば、顔を真っ赤に染めて、あわあわと慌てるばかり。
(まぁ、この子を見るとまだ恋愛とかは早そうだけど)
純粋すぎて、男女の機微どころか友達と仲良くなるほうが先だと思える。育った環境が原因からか、スレッタはまだまだ"おこちゃま"だという印象をミオリネは抱いていた。
だがスレッタも自分なりにいろいろと考えてはいるのだろう。スレッタは困った顔でミオリネに尋ねた。
「み、ミオリネさんは、いいん、ですか? そのっ、グエルさんと、こっ、こいびととかになったら……」
「いいわよ?」
「はやいっ!?」
ミオリネは顔色一つ変えずに続ける。
「スレッタがグエルの花嫁になって、私がスレッタの花嫁になって、ついでにこっちの片手が空いてるからシャディクの奴でも引き込んで……これで御三家のうち二つは私のもの。あとはあのバカを下僕にして、ペイル社を潰せば、乗っ取り成功でしょ?」
最後は私が総どりしてやるの、と。
説明を聞きながら、自分を含めた四人が燃え盛る会社を足蹴にしながら、手をつないで喜んでいるという不吉な様をスレッタは幻視した。
「そっ、そんなこと、ありなんですか!?」
「ありよ。水星ってお堅いのね。世の中、柔軟に考えた方がいいわよ?」
「柔軟に……」
「そっ! 他人のためにせよ、自分のためにせよ、これをしなきゃいけないなんて、ほとんどないんだから。強制されるんじゃなくて、自分のやりたいようにやってやればいいのよ」
それで、と。
ミオリネは言葉を区切り、スレッタの眼を見つめながら言う。
「スレッタ・マーキュリーっていうアンタは、どうしたいの?」
「私は……」
スレッタは考える。
正直に言えば、彼を恋愛対象として見ることはできていない。あの告白の時は頭が混乱してまともな返事を出せていないし、そもそも恋人になれるほど相手のことを知ってもいない。
だけれど、彼が嫌かと聞かれたら、明確に違うと答える。
決闘で見せた、熱くまっすぐな戦い方。ぶっきらぼうだけれどちゃんと話を聞いてくれるところ。見た目も、絵本の王子様というにはワイルドすぎるけれど、まっすぐに告白された時の顔にはときめくものを感じたのも確か。
「私がしたいこと、は……」
そして放課後、ある教室へとスレッタはグエルを呼び出した。
初めてのメッセージがそれだったので、ちゃんと返事が来るかもわからなかったが、即座に『待ってろ』とだけ一言が返ってきて、時間通りにグエルはやってきた。
そのグエルはどことなく気まずそうな表情だ。照れているとも、戸惑っているとも見えるが、スレッタにはまだその感情が分からない。
スレッタは緊張しながら、話を切り出す。
「あ、あのっ、ごめんなさい、とつぜん呼び出しちゃって……」
「別にいい……。それより、用件はなんだ?」
「その……ちゃんと、お返事、しないとなって思って……」
「………………」
グエルはスレッタの言葉に、一度だけ目を閉じて考えた。
あの時、少しだけ自分は正気じゃなかったのだろう。決闘の高揚に流されるまま、あんな馬鹿な行為をしてしまったことは確かだ。
『お前のことなんて好きじゃないんだからな』
とでも否定すれば、スレッタは傷つくだろうが、なかったことにできるかもしれない。きっとそれがお互いにとっても良いことなのだろうとも思う。
しかし、
「…………で、どうするんだ?」
グエルは目を開けてスレッタを見る。
相変わらずぼさぼさの髪で、田舎者で、ホルダーの証である白い制服にも着られているという様子。ジェタークの御曹司、その伴侶には似合わないかもしれない。
そして自分の身分だけを鑑みれば、性悪で、心の底から願い下げだが、あのミオリネのような女性のほうがふさわしいと世間からは言われるのだろう。
けれどもやはり、スレッタのまっすぐな、一生懸命に答えを返そうとしてくれる様子を見ていると、グエル自身にも言い表せないような気持ちがこみ上げてくるのだ。ジェタークも、身分も関係なく、自分と一緒にいてほしいとさえ思ってしまうほどに。
だからこそ、グエルは返事を待って、
「…………ご、ごめんなさいっ!」
その言葉に、心の奥がチクリと痛む感覚がした。
「…………そうか」
「は、はい。結婚は、まだ、ムリです……。まだ学校にきたばっかりで、勉強とか、夢とか、ぜんぜん、かなってないから……」
「…………………わかった、じゃあ」
「で、でもっ……! グエルさんのこと、嫌いじゃ、ないですっ!」
「っ……」
「初めて、でした。あんなふうに、私のこと好きって言ってもらえて……。本とかで憧れてた、そういうお話にも似てて……」
スレッタは照れくさそうな顔のまま、グエルに手を差し伸べた。
「だから……あの、お友達から、なら……。よろしく、お願い、します……」
それはきっと考えた末の答えだったのだろう。
グエルに今まで言い寄ってきたような女たちの、グエルではない誰かを見る言葉とは違う、グエルの望みのままではなくとも、真摯な答え。
その様子を見たグエルは、ふっ、とかすかな苦笑いをこぼしながら言う。
「……それは、このグエル・ジェタークをキープするってことか。大した女だな、お前は」
「えっ、えぇえええ!? ち、ちがいますって! そ、そういうことじゃなくて……!」
「冗談だ、冗談。騙されやがって。……だが、最初からそういう決闘だったな」
スレッタが勝ったら、友達になる。
グエルはスレッタから伸ばされた手を取る。小さくても、力強い手だった。
そして、スレッタへと告げた。
「決闘の敗者として、それで……まあ、お前に惚れちまった奴として、勝者に従う。今日から、俺とお前は友達だ」
「は、はいっ……!」
「それで、スレッタ・マーキュリー……」
「スレッタ、ですっ!」
「あん?」
「友達、ですから……、名前で、呼んでください……! ふ、フルネームとかじゃなくてっ!」
「す、スレっ…………、ちっ、なんだこれ。改めて言われると言いづれえな」
グエルは照れくささに頬を掻きながら、けれど期待に目を輝かせているスレッタを横目で見て、
「…………スレッタ」
「は、はい! グエルさん!!」
そうして二人は笑い合った。
グエルはジェタークの御曹司としてではなく、スレッタも水星から来た奇妙な転校生ではなく、ただ同じ学園で生きる、若者として。