武装神姫 とあるマスターと神姫の出会いの日   作:矢代大介

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第2話

 

 

「さて、お客様。本日は神姫の購入を検討していらっしゃるとお伺いしましたが、どういった用途での購入が目的でしょうか?」

 

 神姫の素体が展示・陳列されているコーナーにやって来た慧は、傍らの店員神姫からそう問われる。

 エネルギー節約のためか、店員神姫は慧の許可を得て、彼の肩に座っている。間近から聞こえてくる、鈴の音が鳴るような耳心地の良いささやき声にくすぐったさを感じつつ、慧は顎に手を当てながら口を開いた。

 

「一応、目的としては一人暮らしのサポート役が欲しいって感じかな。ただ、まずは一通り見て回って、自分の気に入りそうな神姫を見つけたいなって思ってるんだけど、良いかな?」

「もちろんです! では、気になる神姫がありましたらお申し付けください。プロモーション映像や当店で稼働中の実機をお見せいたします」

「ありがとう、助かるよ」

 

 店員神姫に礼を告げてから、慧は改めて素体状態で並ぶ神姫たちを見て回る。

 

 犬型(ハウリン)鷲型(ラプティアス)のような動物をモチーフにしたものから、黒い戦乙女型(アルトアイネス)侍型(紅緒)といった戦いをモチーフにしたもの。砲台型(フォートブラッグ)戦闘機型(飛鳥)のような無機物・兵器モチーフに、果ては箸型(こひる)サンタ型(ツガル)といった変わり種まで。

 数えるのも億劫になりそうなほどにバリエーション豊かな神姫たちが、展示台の上で慧に向けてめいめいに自己紹介したり、陳列棚に並んだ箱の中で眠っていたり。そのどれもが独自の個性を放つ外見と性格をしており、可憐な見た目も相まって、慧は自然と気持ちが華やぐような気分にさせられていた。

 

 時折、傍らの店員神姫に話を伺ったり、棚に設置されたモニタに流れるPVに目を通しつつ、じっくりと時間をかけて品定めする慧だったが――

 

「……しっくりこないなぁ」

 

 売り場を何度か周回してみたものの、慧は自分の感性を震わせるような神姫と出会うことが、未だにできていなかった。

 

「そうですかぁ、残念です。……お眼鏡に叶いそうな新規がいないのでしたら、いっそのこと入門として〈アーンヴァル〉や〈ストラーフ〉の系列モデルを購入するのはいかがでしょうか? どちらもクセが少ないので、初めての神姫にはうってつけですよ」

「うーん、それが無難なんだろうけど……」

 

 店員神姫の提案に、慧は眉根を寄せて考え込む。

 電車の中で友人たちに話した通り、慧にとってアーンヴァルは「父の神姫」というイメージが強いし、ストラーフは「これから友人が買う神姫」というイメージが強い。

 せっかくこれだけの種類が存在しているのに、わざわざ身近な人たちと同じモデルを買うのも――

 

 というところまで考えた慧の脳裏に、ふとひらめきが走った。

 

「ねぇ、店員さん。俺の友達が、ストラーフって神姫のバージョン違い? を探してたんだけど、アーンヴァル型の神姫にもそういうのってあるの?」

「はい、ございますよ。通常のアーンヴァルには、装備を減らして一部カラーパターンやデフォルトの性格設定を変更した〈ウェルクストラ〉というモデルがありますね」

「へぇー……じゃあ、店員さんと同じモデルの神姫にもバージョン違いはあるの?」

「はい、もちろんです。私たちアーンヴァルMk.2にも、ウェルクストラのようにカラーパターンと性格設定を変更したモデルがありまして――あっ、ちょうどそこの棚に」

 

 そう言って、慧の肩を離れて飛んでいく店員神姫の後を追う。

 慧のほど近くにあった陳列棚へ着地した店員神姫が、その場にある一つの箱を指し示す。促されるまま、無造作に置いてあった覗き窓付きの箱を手に取った慧は――

 

 

「ぁ――」

 

 

 箱の中で眠る一体の神姫に、釘付けとなった。

 

 梱包用のブリスターの中で眠るのは、慧の傍に立つ店員神姫(アーンヴァルMk.2)と同じ顔立ちをしていながら、まるで印象の違う神姫。

 透明感のある白い肌パーツがいっそう引き立つ、黒と青紫を中心にしたボディカラーと、背に流した淡いすみれ色(バイオレット)の長髪。さながら「夜」を体現したようないでたちのその神姫は――慧の関心を、強く引いた。

 

 

「こちらが、私ことアーンヴァルMk.2のリペイントモデル……正式名称を〈アーンヴァルMk.2 テンペスタ〉です! 先ほども申しました通り、私たちアーンヴァルMk.2とは、カラーリング以外にもいくつか相違点がございますよ」

「へぇ……具体的にお願いできる?」

 

 慧の言葉に「はい!」と明るく答えた店員神姫は、近くから店頭展示用のタブレットを持って来て、いくつかの画像と共に解説を始める。

 

「最大の相違点としては、テンペスタタイプは通常型に比べてややおとなしい性格、という点が挙げられます」

「というと、無口でクールってこと?」

「無口とまでは行きませんが、喜怒哀楽の感情表現は、私たち通常型よりも抑えめになっていますね。どちらかと言うと、物静かで冷静沈着と言った方が適切かもしれません」

 

 店員神姫の解説になるほど、と返しつつも、慧の視線は箱の中で眠るテンペスタに釘付けだった。

 

「また、通常のアーンヴァルMk.2と比べると、当モデルはより戦闘に秀でたモデルになります。武装積載量のキャパシティがやや大きく、より多くの兵装を同時に操ることができるため、より火力を求めるオーナー様にお勧め……といったところでしょうか」

「ふぅん……って言っても、神姫なんだから家事の手伝いができないってことはないよな?」

「もちろんです。テンペスタタイプはあくまでも『戦闘が得意なモデル』というだけで、それ以外は他の神姫と変わりません。デフォルトのままでもある程度はなんでもこなせますし、必要でしたら追加でソフトウェアをインストールして、お客様の望む技能を任意で習得させることも可能ですよ」

「なるほど……」

 

 一通りの解説を聞き終えて、慧は少し考え込むようなそぶりを見せ――

 

 

 

「決めた。この子にするよ」

 

 10秒と経たないうちに、店員神姫に向けてそう告げた。

 

「かしこまりました! では、セットアップの準備をしてまいりますので、5番の受付にいらして下さい!」

 

 慧が購入を決めたためか、先ほどにもましてにこやかな表情を見せた店員神姫は、彗の手元にあった神姫――《アーンヴァルMk.2 テンペスタ〉と呼ばれた神姫の箱を受け取ると、軽やかに飛び去っていく。

 

 ――慧がこの神姫を買うことに決めたのは、ほとんど直感だ。

 身近な人と神姫被りを起こしたくなかったが故の選択だった、というのもあるし、悠一がストラーフを買うのであれば、真逆のコンセプト機としてちょうど都合が良かった、という打算がなかったわけでもない。だがなにより、慧は他でもないこの神姫に、強く惹かれたのだ。

 

「……良かったよ、君を見つけることができて」

 

 先ほどまで神姫の箱が並んでいた陳列棚をちらりと見やった慧は、感慨深げにそう呟いてから、改めて受付へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「あ、おかえりー慧。お眼鏡に叶いそうな子は見つかった?」

 

 商品札を手に受付へやってくると、ひと足先に戻って来ていたらしい悠一と灯里が、慧のことを出迎える。

 

「あぁ、なんとか決まったよ。そっちは、目当ての神姫は見つかったのか?」

「おうともさ。予定通り、オレはラヴィーナちゃんをお迎えすることにしたぜ」

 

 そう言って笑う悠一が、〈ストラーフMk.2 ラヴィーナ〉の文字が刻印された空箱をひらひらと振ってみせる。

 受付の机に目をやれば、おそらくはセットアップのための準備をしているのだろう。悠一の前に置かれた椅子のような機材の上に、件の神姫が腰掛けているのが見えた。

 

「なんと、この子がラスト一個の在庫だったんだ! これはもう、俺とこの子が出会うのは運命だったと言っても過言じゃないだろ!」

「おぉ、それはまた幸運な……なんにせよ、お互いに決まって良かった」

「だね。……ところで、慧はどの子にしたの?」

「ん? あぁ、俺は……いや、見てもらった方が早いかな」

 

 そう言って煙に巻いていると、先ほど慧の案内をしていた神姫と共に、店員であろう男性が姿を現す。

 男性の手元には、先ほど慧が手にしていたものと同じ柄の箱があり、それが自分の目当ての品物だと言うことはすぐに理解できた。

 

「お待たせしました。お客様がお選びになったのは、こちらの神姫でお間違いありませんね?」

 

 男性店員から箱を受け取って中を覗いてみれば、先ほど見かけたあの神姫――アーンヴァルMk.2 テンペスタの素体が、目を閉じて眠っているのが見える。まさしく眠り姫と言って差し支えないその姿に、慧の期待は否応なく高まっていた。

 

「はいっ。あの、こっちの友達と一緒にセットアップしたいんですけど」

「かしこまりました。マシロ、〈クレイドル〉をもう一基持って来てくれるかい?」

「了解です!」

 

 男性店員の指示を受けて、店員神姫が〈クレイドル〉――神姫用の無線式充電器と各種端末と情報のやり取りする装置を兼ねた、神姫用の背もたれ付き寝台を持ってくる。

 慧の前にクレイドルが置かれると、店員の手で開封された神姫が、丁重な手つきで寝台に乗せられた。

 

「おぉ、なんだその神姫? アーンヴァルか?」

「の、リペイントモデルなんだってさ。悠一のそれ(ラヴィーナ)と同じだよ」

 

 驚く悠一に説明していると、灯里が目を輝かせながら身を乗り出してくる。

 

「おー! 誰かと思ったら〈アーンヴァルMk.2 テンペスタ〉だー!! いいねー、なんか慧らしいって感じのチョイスな気がする!」

「そうかな。まぁ、この神姫を見てピンと来たのは確かだけども」

「へぇー、アーンヴァルの色違いか。図らずもオレの神姫と対になったんだな」

「それも理由の一つだな。アーンヴァル型は親しみがあるし、周りの人とも被らないから、そういう意味でもうってつけだったのかもな」

 

 あれこれと話し合っているうちに、セットアップの下準備を終えたらしい男性店員が、慧と悠一に向けて名刺サイズの小箱を渡してくる。

 静かに開かれた箱の中には、指の先どころか爪楊枝の直径と変わらない大きさの小さな宝石が、整然と並べられた状態で収められていた。

 

「こちらのコア(C)セットアップ(S)チップ(C)の中から、三つのチップをお選びください。お客様が選んだ三つのCSCによって、性格や趣向といった神姫の「個性」が変化します……が、全て同じものを選んだとしても、個体によって微妙な差異が生じる場合がございます。なので、お客様がこれだ、と思ったものを選んであげてください」

 

 男性店員に促されて、慧と悠一は肩を並べてCSCの吟味を始める。

 

 

「じゃあ、俺はこの三つを、この配置でお願いします」

「オレは、これをこの順番で!」

 

 たっぷり5分ほどをかけて、各々がコレだと感じたCSCを選び出すと、店員はそれを丁寧に受け取った。

 

「では、CSCのセットはこちらで行いますので、お二方にはこの神姫たちにつける『名前』を決めてあげてください。一度名付けた神姫の名前は、工場出荷前の状態にリセットしない限り付け直すことはできませんので、じっくり考えてあげてくださいね」

 

 そう告げた店員が、二人の神姫をクレイドルごと奥の作業場へ移すのを見届けてから、慧は顎に手を当てて考え込む姿勢に入る。

 

「……ヤバい、考えてなかった」

「だよねー。誰をお迎えするかも決めてなかったんだし、そりゃそうなるよね」

「ふふん、オレはもう決まってるぜ。一緒に考えてやるよ、慧」

「あぁ、助かるよ」

 

 二人と一体の助言をもとに、慧は神姫の名前をひたすらに考える。

 名前や型番をもじることに始まり、名前の元ネタやカラーリングを元に連想ゲーム方式で単語を引っ張り出したり、灯里主導でいくつかの女性名を考案してもらったり。

 

 やがて、四苦八苦しながらもどうにか神姫の名前を考案したところに、ちょうど準備の終わったらしい店員から声がかけられた。

 

「お待たせしました。セットアップは全て終了しておりますので、後はマスター認証を行えば、起動は完了となります。まずは、お客様の神姫にご自身の顔を映してください」

 

 店員の言葉に従って、二人は眼前に戻って来た自分の神姫の顔を覗き込む。

 

 慧の神姫は、未だクレイドルに身体を預けたままの状態だったが、店員が手元の端末を操作すると、かすかな電子音が響く。

 数泊の後、眠るように伏せられていた顔が持ち上がり――ルビーのような鮮やかな紅を湛える瞳が、慧と視線を交差させた。

 

「……フロントライン製MMS・FL016/T〈天使型アーンヴァルMk.2 テンペスタ〉、起動します」

 

 それと同時に、慧の神姫――アーンヴァルMk.2 テンペスタが、自身の型番と共に起動を宣言する。

 とうとう動き始めた自分の神姫に、慧は密かな感動を覚えていた。

 

「マスターの顔情報を登録いたします。本機のアイカメラに顔を映して、完了までお待ちください」

 

 ついで促されるまま、神姫とじっと顔を合わせる。

 情報の処理を行っているのか、しばらく電子音が忙しなく鳴り響き続けていたが、30秒もすると、一際澄んだ電子音が鳴り、登録完了が知らされた。

 

「登録完了。――FL016/T、稼働状態に入ります」

 

 無機質な声音でそう告げた神姫の紅い瞳に、感情の光が宿る。

 数度目を瞬かせてから、神姫はその場でゆっくりと立ち上がった後、クレイドルを離れ、自分自身の両脚でテーブルの上に立って見せた。

 

「……はじめまして。あなたが、私のマスターですね。これから、よろしくお願いします」

 

 慧の方を見やった神姫が、淡いすみれ色の長髪を柔らかくなびかせながら、折目正しく一礼をして見せる。

 耳朶を叩く声は、慧のよく知るアーンヴァルや、先ほどまで応対してくれていたアーンヴァルMk.2のような溌剌(はつらつ)とした口調とは趣を異とする、静かで、しっとりと染み入るような、優しい音色だった。

 

「はじめまして。俺は慧。フルネームは、麻薙(あさなぎ) (けい)だ」

「アサナギ・ケイ……はい、登録しました。マスターのことは、なんとお呼びすれば良いでしょうか?」

「俺としては、マスターって呼び方のままがいいかな。もちろん、君が構わないならだけど」

「はい、問題ありません。もし変更したくなった場合は、いつでも言ってください」

 

 小さく頷き、微笑んだ慧の神姫は、心を落ち着かせてくれるような穏やかな声音で、再び口を開く。

 

「では、マスター。最後に、私の名前を教えてもらえますか?」

 

 神姫の言葉に頷いてから、慧は一つ深呼吸を挟む。

 

 人が自分の子に名をつける時も、あるいはこんな気分になるのだろうか。

 そんなことを考えながら、慧は神姫に――これからの日々を共にする新たな「家族」に、名前を送った。

 

「〈イオン〉。君の名前は、イオンだ」

 

 古代ギリシャで使われた、「すみれ色」を現す単語を元にした名前。青紫のボディカラーから連想して、友人たちの手も借りながら悩み抜いた末に考案した、慧の神姫だけの名前だ。

 

「登録。FL016/T〈イオン〉、起動完了です。……マスター、これから幾久しく、よろしくお願いします」

「あぁ。――これからよろしく、イオン」

 

 もう一度一礼する慧の神姫――イオンに、慧は優しく語りかけた。

 

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