慧とイオンがはじめましての挨拶を済ませ、マスター登録にともなう諸々の手続きを終えた後。
三人は連れ立って神姫センターを後にし、駅前の大型ショッピングモールへとやって来ていた。
事前の相談では、神姫センターに設置してあったVR筐体を使わせてもらおうと計画していたのだが、休日ということもあってかセンター内はそこそこ混雑していた上、VR筐体そのものが大がかりなため、設置されていたのは一台のみ。利用しようにも、しばらくは待つことになるだろう……と判断した三人は、「一度別な場所で一休みしよう」という結論を出して、今に至るのである。
「――やー、何はともあれ二人とも、神姫お迎えおめでとー!」
モール内にあるフードコートの一角へ腰を下ろすや否や、アリサをテーブルに降りさせた灯里が、ほくほくとした顔で二人を祝福する。
まるで自分が当事者かのような振る舞いに、慧と悠一は揃って苦笑を漏らした。
「ありがと、灯里。おかげさまでいい名前が決まったよ」
「どーいたしまして〜。んじゃさ、一息ついたところで、改めて神姫たちの顔合わせと行こうよ。あたし、テンペスタもラヴィーナも初めて見るから、もっとよく見てみたい!」
「灯里が見たいだけじゃねーか……んまぁでも、改めてお互いを紹介するのはアリだな」
首肯を示した悠一が、傍らに置いてあった白い紙袋のほうを見やる。
「ユキ、もう出て来ていいぜ。改めて顔合わせだ」
中の神姫に向けて呼びかけると、紙袋の口からひょこりと顔を覗かせた神姫が、華麗な跳躍を経てテーブルへと降り立った。
ストレートのツインテールにまとめられた、艶やかな黒い髪と、黒曜石にも似た黒の瞳。ボディに施された白のカラーリングと、胸元にあしらわれた赤いネクタイのようなペイントが特徴的な神姫は、悠一の前に立つと、慧と灯里に向き直り、堂々とした表情でブイサインを作って見せた。
「呼び声に応え、只今参上!! マスター、この人たちが、マスターの言ってた友達かい?」
「おう。二人とも、改めて紹介するぜ。オレの神姫、〈ユキ〉だ!」
「はじめまして、あたしは、悪魔型ストラーフMk.2 ラヴィーナの〈ユキ〉だよ! これからよろしく!」
快活な調子でユキが自己紹介すると、灯里がキラキラと目を輝かせる。
「おぉー、こんな感じなんだー! あたしは灯里だよ、よろしくね」
「で、わたしがこの人の神姫。猟兵型エーデルワイスのアリサよ。こちらこそ、よろしくお願いするわ」
「アカリに、アリサだね。友達になれて嬉しいよ!」
灯里とアリサが自己紹介を交わすと、ユキは爽やかな印象を受ける口調と仕草で笑いかける。
顔立ちは他の神姫と同様に女性らしくあどけないものなのに、その口ぶりと所作からはなんともなしに「イケメン」な雰囲気が醸し出されているような気がして、慧は形容しがたい不思議な気分にさせられた。
「そっちのキミも、あたしのマスターの友達かい?」
「あぁ、慧だ。んで、この子が俺の神姫」
ユキへの返答に合わせて、慧は自身の胸元のポケット口からはみ出た頭を、指先でそっとつつく。
すると、そこに収まっていた神姫――イオンがポケットから顔を出し、淡いすみれ色の長髪を翻しながら、ユキと同じようにテーブルへと降り立った。
「ご紹介に預かりました、〈アーンヴァルMk.2 テンペスタ〉のイオンです。マスター共々、よろしくお願いします」
ユキのそれとはまるで方向性の異なる、ささやくような声音と流麗な所作で、イオンがぺこりと一礼して見せる。
「わー、テンペスタはこんな感じなんだね! あたしは灯里で、こっちがアリサだよ!」
「へぇ、確かに灯里が慧に似合ってるって言ってただけあるな。オレは悠一で、こっちがユキだ」
マスターたちの紹介に合わせて、ユキとアリサも各々会釈。
そんな中、アリサはマスターの癖が反映されているのか、ユキとイオンのことを交互に見ては、へー、ふーん、と興味深そうに観察していた。
「……えっと、私の顔に何かついてますか?」
「あぁ、ごめんなさいね。わたし以外の神姫とこうして間近で対面することってなかったから、なんだか新鮮でつい」
「へぇー、そうなんだ。なら、神姫仲間としてこれからよろしく頼むよ!」
ユキがイオンとアリサの手を取り、やや強引な形ながら円陣のように握手を交わす。
手を取られた二人は、ユキの行動に一瞬驚きを見せたものの、すぐに笑顔でユキの手を握り直した。
「あぁ〜〜〜……良き…………」
「灯里、顔が溶けてる。……でも、改めて見ると、人形サイズの女の子がこうして自分の意思で動いてるのって、なんだか不思議な光景だよな」
「だなー。これも科学の力がなせる技、ってヤツなのかね」
そんな神姫たちの微笑ましいやりとりを観察しながら、三人のマスターはそれぞれ感慨に浸る。
と、そんな中、ユキが悠一へ向き直り、どこか興奮したような様子で口を開いた。
「ところで、マスターはバトルに興味はあるのかい?」
「お? あぁ、そのうちやりたいとは考えてたな。……ひょっとして、ユキもやりたいのか?」
「うん、是非! あたしの神姫としての心が、強い相手と戦いたい! って叫んでるような、そんな気がするんだ」
「はー、なるほどな。……なら、ここのゲーセンで試しにバトってみるか? 人も多いだろうし、空いてりゃの話にはなるけど」
「いいのかい?! 是非お願いするよ!!」
キラキラと目を輝かせるユキに、悠一が笑いかけるのを見ていた慧だったが、服の袖をくいくいと引っ張られる感触を感じて、視線をテーブルに戻す。
手元には、いつの間にか戻ってきていたらしいイオンが立っており、穏やかな、しかしどこか物欲しそうな眼差しで、慧のことを見つめていた。
「……マスター。可能であれば、私もバトルをやってみたいです」
「イオンも? ……うーん。俺、神姫バトルに関してはずぶの素人だから、まともに戦わせてあげられるかはわからないぞ?」
「はい、問題ありません。どんな結果になるにせよ、まずは神姫として、神姫の本懐たる戦場を経験してみたいんです」
イオンの主張に、慧もなるほどと納得する。
神姫センターの店員の説明にも、〈テンペスタ〉は戦闘に長けた調整を施されたモデルだという文言があった。ならば、戦いに秀でる個体であるイオンがバトルを望むというのも、なんら不自然な話ではないだろう。
「……わかった、いいぞ。バトル、してみようか」
「……! ありがとうございます、マスター」
「礼を言われるほどのことでも。はなから想定してたわけじゃないけど、俺も神姫バトルに興味はあったからさ」
まともに戦えるかはわからないけど、と付け足し苦笑した慧は、横合いでユキとあれこれ話している悠一に視線を送る。
「そうなると、流れ的に、俺たちはユキと悠一にバトルを申し込む感じかな?」
「へぇ、オレたちとやろうってのか? ……いや助かるわーマジで。オレも実戦はやったことねーから、お前らが相手してくれるんならありがたいぜ」
慧と悠一が互いの了承を得たところで、待ってましたと言わんばかりの灯里が「なら!」と口を挟んできた。
「まずは、お互いに武装の数を制限して戦ってみよっか。アーンヴァルもストラーフも、フル装備させると武器が多すぎてどれ使えば良いかわからなくなっちゃうからね」
「そうしようか。悠一も良いよな?」
「おう、むしろそうしてくれると助かる。……んで、武器の数はどうするよ?」
「とりあえず、射撃型武器を一個と格闘武器を一つ、そこに素体用の各種防具に、任意のリアユニット、って感じが良いらしいよ。実際、あたしたちもそれでデビューしたんだ」
「神姫の特性と、武器の使い勝手を試すなら、最低限の装備がちょうど良いんだ……って、知り合いのバトラーさんから聞いたのよ。どうかしら?」
「なるほど、ならそれで行ってみようか。……んじゃ、まずはこいつの中身から確認するか」
一応買っといてよかったよ、と笑いながら、慧は足元の紙袋を開き、神姫本体の箱の倍ほどもあるサイズの箱を取り出す。
外箱に「アーンヴァルMk.2テンペスタ フルアームズパッケージ」と記載されたそれを開封すると、中からはイオンのボディペイントと同じ色調の装備類――厳密には装備を構成するための部品類が、
「これは……マスター、これは全て私の装備ですか?」
「あ、あぁ。そのつもりで買ったんだけど……これはまた、凄い物量だな」
ブリスターも分厚ければ、ブリスター裏に貼り付けてあった取扱説明書もそこそこに厚い。ちらりと見やっただけでも、この大量の部品で作れる装備のバリエーションに相当な数があるだろうことは想像に難くなかった。
「あー、フルアームズパッケージはそうなるよねー。とりあえず、まずは変にオリジナルとか組まずに説明書通りの構成で組むのが賢明だと思うよ」
「そうするよ。さすがに初手からオリジナルに挑む度胸はないからな」
至極真っ当な灯里のアドバイスに苦笑を返してから、慧は説明書を机に広げ、イオンを手招きする。
「イオン、よければどの武器がいいか、イオンが選んでくれないか?」
「……良いんですか?」
「もちろん。一緒にバトルするとは言え、実際に武器を持って戦うのはイオンなんだから、イオンが使いやすそうな装備を選ぶのが一番だろう? それに、俺だけだと頭がこんがらがりそうだからさ」
「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
説明書の上に立ったイオンの要望に合わせて、慧は説明書とにらめっこしながら、無数のパーツを組み合わせて、イオンのための武装を作っていく。
ジョイント付きのバックラーを取り付けた武装腕に、ダガーナイフとしても使えるパーツを防具として組み込んだレッグガード付きの武装脚。リアユニットは、イオンたっての希望で、腰回りに推進器を集中させ、さらに大型のウィングを組み込んだ形態――説明書曰く「コーリペタラス改/T」なる名で呼ばれる状態に構築した。
頭部を覆うヘッドギアは、くの字に造形された長い一本角と、顎まで覆う側頭部装甲が特徴の「ユニコーン改/T」を採用し、手持ちの武器には、やや大ぶりなライトガンの「アルヴォPDW11/T」と、両手持ちの大型斬撃武器「GEモデルLS9レーザーソード/T」をチョイス。アルヴォの方は、イオンの希望で二丁同時に装備することになった。
「……よし、こんなもんか。どうだ、イオン?」
ひとまずの
全体の印象を一言で表すなら、さながら「夜戦仕様の戦闘機」とでもいうべきだろうか。
身に纏う装備類は、
「同期……完了。はい、問題ありません。とても快適です」
軽く身体を動かして、全身の具合を確かめたイオンが、嬉しそうにふわりと微笑む。
そのまま、どこか嬉しそうな様子で使い心地を確認するイオンを微笑ましく見守っていると、慧の隣から「っしゃできた!」という声が聞こえてきた。
「お、そっちもできたみたいだな」
「おうよ。とくと見ろ、うちのユキの雄姿を!」
ドヤ顔と共に見せびらかすような仕草を見せた悠一の示す先にあったのは、イオンとは真逆の印象を垣間見せる、白い装甲に身を包んだユキの姿。
黄色のラインと黒の差し色が施された装備を身に纏ったユキ自身の手には、赤く輝く大小二振りの双剣が握られており、リアユニットからはユキ自身の身の丈ほどもありそうな、巨大な一対の
首元にあしらわれた、真紅のマフラーのような装備の存在もあって、そのいでたちは「悪魔型」の名を疑ってしまうほどにヒロイックなものだった。
「へぇ……悪魔型って聞いてどんなヒールな装備かと思ってたんだけど、意外に悪魔っぽくはないんだな」
「まぁな。けど、この姿がまたイイんだよ!」
拳を握りながら、悠一がそう断言すると、机上のユキ本人は照れくさそうにぽりぽりと頬をかく。
「あはは、マスターに褒められると照れちゃうね。……でも、この装備があれば、誰が相手でも負ける気がしないよ」
直後、ユキがニヤリと笑みを浮かべる。先ほどまでの爽やかな立ち振る舞いとは180度印象の違う、例えるならば肉食獣が獲物を見定めたかのような獰猛な笑みに、思わず慧は気圧された。
「……そうはいきません」
かと思うと、慧のそばから毅然とした声が聞こえる。
声の主――イオンは、勝利宣言を口にしたユキを見据え、凪いだ色の紅い瞳に闘志の炎を燃やしていた。
「勝つのは私たちです。マスターのためにも、必ず勝って見せます」
「へぇ、言うね。……意気込んでるところ悪いけど、勝ちを譲るつもりはさらさらないよ。覚悟しておくんだね」
両者一歩も譲らず、互いの間に火花を散らす。
「……さすが神姫、ってところかな」
「だな。……ま、ユキの言う通り、悪いけど初陣は俺たちが勝たせてもらうぜ」
「言ってろ。吠え面かかせてやるよ」
神姫たちの闘志にあてられたように、慧と悠一もまた、互いをちらりと見やり、不敵に笑い合った。