*
「っだーーーー!!! 負けたぁぁーーーッ!!」
イオンの身体に宿っていた意識が自分の身体に戻り、筐体の座席を立った慧の耳をつんざいたのは、心底悔しそうな悠一の慟哭だった。
「うぅ……ごめんよマスター。まさか、あんな形で必殺の一撃が塞がれるなんて思ってなかったんだ……」
「いいや、ユキは悪くねぇよ。ユキの考えてくれた作戦を空振ったオレの責任だ」
よほど悔しかったのか、二人して責任の引き取り合いをしている。なんだかいたたまれない気持ちになりながらも、慧はイオンと共に、二人の間へ割って入った。
「おつかれ、二人とも。良いバトルだったよ」
「少しでも
イオンの忌憚のない賞賛に、悠一とユキは顔を見合わせると、どちらからともなく苦笑する。
「おう。こっちこそ、良いバトルをありがとな」
「近距離戦ならこっちのもの、って思ってたけど、その驕りが敗因だったのかもね。負けちゃったけど、良い教訓になりそうだよ」
互いに笑い合ったあと、慧と悠一は互いの拳を打ちつけ合わせ、イオンとユキは握手を交わす。
――とそこに、我慢できないとばかりに飛び込んでくる影。
慧と悠一の隣で、肩に乗せたアリサにも構わずびょーん! と跳ねたのは、いうまでもなく灯里だった。
「ふったりっともっ、お疲れ様ぁーーーーー!!! もうもう、もーほんっと良いバトルだった!! 超アツかったよー!!!」
「かしましい」どころか「けたたましい」と形容する方が相応しいレベルの賞賛だったが、それだけに余計な遠慮や慰めは一切含まれていない。まっすぐな労いの言葉に、二人は思わずお互いに笑い合った。
「さんきゅ、灯里。初めてにしては、けっこう上手く戦えた自信があるよ」
「あぁ、オレたちもだ。負けちまったけど、やりたいことはやり切れたからな。悔いはないぜ」
二人の返答に、灯里がにこにこ……というよりはニマニマといった顔で何度も頷く。
「いやー、二人が楽しんでくれたなら何よりだよ〜。……でもね? 実はちょーっとだけ、不完全燃焼なところがあってね……?」
「不完全燃焼?」と首を傾げる悠一とは裏腹に、おおよそ言いたいことを察することができてしまった慧は、思わず「あぁ……」と呟いてしまう。
それが灯里の琴線に触れてしまったようで、瞳を輝かせた灯里の両手が、凄まじい勢いで慧の両肩をホールド。
「バトル……しようや……?」
ねっとりとした声で囁く
***
「はー……疲れた」
夜の帳が下りた路地を、ため息混じりに慧が歩いていく。
胸ポケットには、彼の新しい家族であるイオンが収まっているのだが、そちらもまた、どことなくくたりとした様子でいた。
「お疲れ様です、マスター。……まさか、あそこから筐体をはしごしながら20戦以上も通しでバトルをするとは、思っていませんでした……」
「まったくだ、悠一と半々だったとはいえ、付き合う方の身にもなって欲しいよ。ただでさえ手加減してもらって勝率3割なんだし、アレ以上は身が持たないよ」
「同感です。ユキと悠一さんも強かったですが、アリサと灯里さんの強さは、なんというか格が違う感じでしたね」
「ああ。流石、ライドバトル地区大会準優勝は伊達じゃないってところか。……ま、アレだけ付き合ったんだから、今後はもう少しマシになるさ。多分」
日暮れと共に別れた友人の、やや恍惚とした様子の表情を思い出して苦笑しながら、慧は帰路をゆったりと歩いていった。
*
「――さて、イオン。そんなわけで、ここが今日からイオンの住むことになる俺の家だ」
それから10分ほど歩いた慧とイオンは、現在の慧の居室である、三階建てのアパートへとたどり着いた。
部屋に入った慧は、1DKな部屋のダイニングを突っ切って、自室へと入る。
手にしていた荷物を下ろし、手近なベッドに腰掛けた慧は、ベッドのヘッドボードにイオンを下ろす。ふわりと着地し、部屋の内装を見渡していたイオンの視線は、部屋の傍に積まれた未開封のダンボールに向いていた。
「ああ、実は引っ越してきたばっかりなんだ」
「そうなのですか?」
「うん。元は父さんと一緒にもう少し大きなマンションに住んでたんだけど、前の家は一人暮らしには広すぎたからさ。……明日は荷解きする予定だから、良ければイオンにも手伝って欲しいんだけど、良い?」
「はい、もちろんです。家事に関するデータはインストール済みですので、明日から実践で慣らしていこうと思います」
「ん、助かるよ」
頼もしい言葉を口にしてくれるイオンの頭を、慧は指でそっと撫でてやる。
突然のことに驚いたらしいイオンだったが、どこか照れ臭そうなそぶりを見せながらも、慧の指を静かに受け入れていた。
「……っとそうだ。帰ってきたらすぐにやることがあったんだ」
ふと、大事なことを思い出した慧が、テーブルの上に置いてあったノートパソコンを立ち上げる。
「何か、私にもお手伝いできることはありますか?」
「あぁ。というか、むしろイオンが必要なんだよ」
必要、という言葉の意味を測りかね、こてんと首を傾げるイオンを尻目に、慧は立ち上げたパソコンの中で「通話アプリ」を起動。傍らに置いてあった卓上用マイクを繋ぎ、パソコンのモニタ上に備わっているカメラの試運転をして……と、通話の体制を整えながら、イオンが必要な理由を軽く説明する。
「実はさ、うちの父さんとその神姫が、『慧が神姫をお迎えしたら、是非ご挨拶させて欲しい』って言っててさ。悪いけど、イオンにもビデオ通話に参加して欲しいんだ」
「なるほど、そういうことですか。はい、問題ありませんよ」
「悪いな、帰ってきて早々に」
謝意と共に差し出された慧の掌に乗って、イオンがヘッドボードからテーブルへと移動する。
「……そういえば、マスターのお父様とその神姫は、どういった方々なのですか?」
アプリの準備が整うのを待っている慧に、ひらりと卓上へ飛び降りたイオンが質問をぶつける。
「ん? んー……そうだなぁ。父さんの方は、どっちかっていうと気弱そうな印象の人って感じかな。で、父さんの神姫はこう、ちょっとゆるふわーってした感じの性格なんだ。ま、二人とも気のいい人たちだから、気負わなくても大丈夫だよ」
「なるほど。ふふ、マスターのご家族らしい方々なんですね」
「まぁ、そうなるかな。……んじゃ、通話繋ぐよ」
イオンが首肯したのを確認してから、慧はパソコンの通話アプリを操作し、ビデオ通話を開始する。
互いの顔を映すウィンドウが立ち上がり、接続中の文字が浮かんで――十数秒ほどコールが流れ続けたのち、画面の向こうから応答が返ってきた。
《――もしもーし。慧、見えてるかい?》
通話ウィンドウに映り込んだのは、くしゃくしゃの黒髪と黒縁の眼鏡が目を引く男性。柔和な眼差しと、へにゃりとした笑みを作る口元からは、温厚そうな人柄が画面越しにも透けて見えるような、そんな印象を抱かせる人物だった。
「大丈夫だよ、父さん。こっちは見えてる?」
《あぁ、見えてるよ。いやぁ、この時間にかけてきてくれて助かったよ。つい10分前まで〈ゆり〉さんにセッティングを手伝ってもらってて、準備できてなかったんだ》
「あぁ、そうだったんだ。……で、そのゆりさんは?」
《ここにいるわよ〜》
画面に映ってない
背中まで伸びる、ややオレンジがかったストレートの金髪と、空色の瞳。白を基調にレモンイエローとグレーで彩色されたボディが特徴的なその神姫は、マスターである慧の父によく似たほわんとした笑みを浮かべ、慧へ向けて手を振った。
「あ、そこにいたんだ。代行お疲れ様、ゆりさん」
《ありがとね〜。……それで、私たちに電話してきたっていうことは、慧くんも神姫をお迎えできたってことで良いのかしら?》
「うん。イオン、この辺に立ってくれる?」
慧の指差す位置にイオンが移動すると、ちょうど画面の慧の傍らにイオンの姿が映り込む。
おぉ、と感嘆の表情を見せる画面の向こうの二人に向かって、イオンは折目正しく一礼してみせた。
「はじめまして。今日からマスターとご一緒することになりました、アーンヴァルMk.2 テンペスタの〈イオン〉です。お二人とも、どうぞよろしくお願いします」
《お、これはこれはご丁寧に。慧の父親の〈
《ご紹介に預かりました、アーンヴァルの〈ゆり〉です。今後ともよろしくね、イオンちゃん》
イオンの一礼に合わせて、慧の父――
《へぇ……アーンヴァルなのに、カラーリングはゆりさんとだいぶ違うんだね?》
「うん。アーンヴァルの新しいモデルの別バージョンなんだ。店員さんにも初めてならスタンダードなモデルが良いって勧められたんだけど……」
《慧くんの勘がささやいた、のよね? うんうん、確かにイオンちゃんは慧くんの好きそうなタイプだものね〜》
「いや……んまぁ、否定はしないけども……」
照れ臭そうに頬を掻く慧をみて、彰とゆりが微笑ましげに笑う。ついで、やや改まったようなそぶりを見せた二人の視線は、イオンの方へと向いた。
《イオンちゃん、だったね。うちの慧のこと、よろしくお願いするよ》
《私からも、お願いするわね〜。慧くん、きっと貴女にぞっこんだと思うから、神姫としてちゃんとマスターの愛を受け止めてあげるのよ〜》
「ゆりさん、余計なこと言わなくて良いんだけど……」
先ほどとは別の理由で頬を掻く
「はい。マスターの
決意表明にも似た宣言を口にするイオンの頭を優しく撫でてやると、その場にはまた、和やかな空気が流れていった。
*
それから、いくらかの雑談にふけった後。明日のための資料作りがあるらしい彰とゆりは、名残惜しそうにしながらも早々に通話を切り上げ、画面から姿を消した。
通話を終えた二人は、それから二人の間での決まりごとを作ったり、コンビニ飯と
「……さて、と。ちょっと早いけど、今日はもう休もうか。明日も早いうちからいろいろ動くつもりだからさ」
そうして、壁掛けのアナログ時計が10時を指し示した頃、慧がそう切り出す。
「わかりました。明日は、荷解きをするんですよね?」
「あぁ。で、十中八九
「了解です。……私も、すみませんが連戦で消耗しているようです」
「まあ、アレだけ付き合わされれば無理もないよな。それに、無理言って父さんたちとの通話にも付き合ってもらってたし」
苦笑する慧が差し出した手に乗って、イオンがヘッドボードの上に移動する。時計やデスクライト、リモコンホルダーなどが置かれているスペースには、新たに神姫用の寝台である
「私としては、マスターのお父様たちともう少しお話ししたかったです。……お父様は、ご多忙の身なのですよね?」
「うん。元々、仕事から離れられない父さんが、俺の子守役としてゆりさんをお迎えした、って感じだったからさ。きっと、向こうでも忙しいんだと思うよ」
そのうちまた機会があるよ、と付け加えて、慧は部屋の明かりを落とす。
普段は真っ暗にするのだが、今回はイオンの存在もあるので、常夜灯だけは点灯させていた。
「イオン、真っ暗って平気?」
「私は完全に消灯しても問題ありませんよ。いざとなれば暗視機能もありますので」
「そっか。……ま、今日はこのまま寝るよ。イオンが見えないと、こうして会話もできないしな」
そう言って笑いかければ、イオンも同じように小さく笑う。
常夜灯なので細かい表情までは見えないが、何ともなしに伝わってくる柔らかな雰囲気が、昼間に初めて挨拶を交わした時の微笑みを思い浮かべさせて、ほんのりと暖かな気持ちにさせてくれた。
「――それじゃ、おやすみ、イオン」
「はい。おやすみなさい、マスター」
互いにおやすみの言葉を交わして、慧とイオンはそれぞれに床へ着く。
――ひとり暮らしには不安もあったが、
読了ありがとうございました!
稚拙な作品ですが、少しでも面白かったと思っていただければ嬉しいです。
あとがきや本作執筆における裏話などは、作者の活動報告にて掲載しております。
また、数日ほど間を置いてから巻末付録として人物紹介を載せる予定です。ご興味ある方は、併せて目を通していただけると嬉しいです。