休日が終わり、また月曜日がやって来た。
平日に対して休日の時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
頼む、僕も連れて行ってくれ……
情けなく土日の腰にしがみつきたくなる気持ちに渇を入れ、ドアを開けて教室に入り、自分の席に着く。
朝のホームルームまではまだ時間があるため、教室内では各々のコミュニティで生徒たちが雑談に興じていた。
昨日のドラマはどうだったかとか、流行りのゲームについてとか、皆それぞれの話題を話し話されてとても楽しそうだ。
あれが普通なんだろうなと、否が応でも分からせられる。
もしかしたら僕も、今から意を決して隣の人に話しかければああなれるのかもしれない。
本を読む手を止めて隣人を見やる。
そこには爽やかそうな少年が後ろの席の女子と笑顔で話している姿があった。
うおお……自分から話しかけるだけでなく、いきなり異性の話し相手を作るなんて……
彼はきっとコミュ強だろう。こころなしかその姿は眩しい。
ここで何の話してるの? といい具合に割り込めたらよかったのだが、それはちょっと厳しい。
所詮僕は一般ぼっちですよ……よよよ……
いや、ぼっちだと少し悲しいから一匹狼にしておこう。
僕は1-Bのロンリーウルフ……
一人孤高になっていると、丁度持参した小説を読み終えた。
結構面白かったな……特に物語の終盤のどんでん返しがよかった。
最後に大きく物語が動く作品はやっぱりいい。
手持ち無沙汰になったため、チラリと後ろを見やる。
ひとりちゃんの方は上手くいっているだろうか……?
視線の先にはCDを机に並べて、話しかけてほしそうにソワソワしている姿が見えた。
彼女の周りにも人はいるが、誰も話しかけようとする気配がない。
これは……
それから何度かさり気なく後ろを向いて確認したが、特にこれといった変化はない。
もしかしなくても、作戦は失敗なのではないだろうか。
……こうなった原因は僕にもある。責任を取らなければ。
ただ、一体なにをどうしよう。
友達を作れる可能性があって、学校内で出来ること……
……あ、部活動。
もしどこかの部に属するとしたら、運動部は候補から消して考えよう。
彼女と波長が合いそうな部活動となると、文化系の部活で絞った方がよさそうだ。
しかしこの学校には何部があるのか僕は知らない。
調べる必要があるな……
★ ★ ★
「この学校にある部活について教えてほしい、ですか?」
「はい」
朝のホームルームが終わり時間が出来たため、佐々木先生に直接尋ねることにした。
「構いませんよ。職員室に部活動の一覧が載っているプリントが張り出されているので、それをコピーしてお渡しします。口で説明するだけで終わるのではなく、何度も確認できた方が雨野君もいいでしょう」
「ありがとうございます!」
「いいえ。……それにしても気が早いですね。部活動の説明や仮登録はまだ先の話ですが」
「え? あー、まぁ、ちょっと早く知りたいなと思いまして……」
「……ふむ。もしかして気になる先輩でもいましたか?」
「え? 先輩、ですか? ……いませんけど」
特に今のところはいないかな……自分より学年が上の生徒とすれ違うことはあっても、特別この人が気になる! となることはなかった。
入学して日も浅いのだから、まぁそんなものだろうけど。
「おや、そうでしたか。……失礼、雨野君も黒瀬さんが気になっているのではないかと思いまして」
「黒瀬さん?」
誰だろう。会話から察するに女性で、なおかつ先輩なのだろうけど聞いたことがない。
「雨野君たちより一つ上の先輩です。客観的に見て非常に整った容姿と独特な振る舞いで、入学当初から多くの生徒の関心を集めました。そしてそれは今年も例外ではありません。彼女とすれ違った新入生が彼女のことを知ろうと、名前や所属している部活を私たちに尋ねに来るということが、今日までにも何件かありましたから」
「それはまた、凄いですね……」
いや凄いな。漫画とかでよく出てくる学校のマドンナ的な存在じゃないか。
登校する度に黄色い悲鳴が上がったりするんだろうか。
うわ、めちゃくちゃ見てみたい。
「えぇ。しかも彼女はそれでいて文武両道です。まるで漫画の世界の住人のようだと、教師ながら思いました。……学校生活を過ごしていれば、雨野君もどこかで彼女と会うことがあるかもしれませんね」
「かもですね。……なんかそんなに言われるともの凄く気になってきました」
「まぁ、気になりますよね。……安心してください、恐らく一目で分かります」
「……そんなにですか?」
「そんなにです。……話は戻りますが部活動一覧のコピーに関しては帰りのホームルームまでにお渡しします」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「いえ」
そう言うと先生は足早に教室を出ていった。
もしかして次の時間は授業があったんだろうか?
引き留めてしまって申し訳ないな……
……それにしても
「黒瀬先輩か……」
案外、早くに出会ったりするのかもしれない。
★ ★ ★
あれから時間が経ち、帰りのホームルームの時間になった。
先生は約束通りコピーを刷って来てくれた。
プリントに目を通してみると、文化系の部活は美術部、書道部、演劇部、将棋部、吹奏楽部の五つがあった。丁寧に部室の場所まで記載してある。
これは……彼女に合う部活はあるだろうか……?
演劇部が中学校にもあるというのは珍しいけど、まぁ恐らく選択肢から外していいだろう。
他の部活に関しては本人の意思次第かな……聞くだけ聞いてみよう。
せっかくなら学校の探検も兼ねて部活の見学でも出来ないものかな。
「ではこれでホームルームを終わります。今日も一日お疲れさまでした。それでは皆さん、さようなら」
あっ、考え事をしていたらホームルームが終わってしまった。
特にこれといった連絡事項はなかったはずだから、今回は大丈夫か……
クラスメイトは終了の挨拶とともに教室から出ていく者と友達と話す者に別れた。
少し時間をおいて周りの生徒がいなくなったのを見計らい、声をかける。
「ひとりちゃん」
「あっ、はるくん……」
こちらの呼びかけに応じるその声は、いつもより弱々しい。
……やっぱり堪えたのだろう。
「放課後さ、少し学校内を見て回らない?」
なら改善の一手を探しに行こう。
今の状況を少しでも脱せられるように。
★ ★ ★
「ぶ、部活……?」
「うん。ちょっと気が早いけどさ、部活動を通してなら友達も作りやすいと思うから下見でもしようかなって」
「た、確かに……部活……陽キャ……うぅ」
「運動系の部活の下見にはいかないから! 文化系の部活を見て回るつもりだから!」
顔が崩れてきたひとりちゃんに説明して、なんとか崩壊を防ぐ。
「先生から貰ったプリントによると、美術部とか書道部とか、わりかし文化系の部活があったんだ。教室の場所まで記してあるから、とりあえず行ってみようと思うんだけど……どうかな?」
「う、うん。私も友達ほしいし……はるくんが付いて行ってくれるなら、いこうかな……」
「よし、決まりだね。それじゃあまず美術部から行ってみよっか」
「あ、うん」
話を終えて僕たちは教室を出た。
放課後偵察の始まりだ。
★ ★ ★
文化系の部活の教室は、一年生の教室のある一号館から離れた二号館にある。
二号館に行くためには一階の通路を通っていく必要があるため、階段を降りて向かった。
朝のホームルーム後に先生の言っていた話を思い出し、道行く先ですれ違う先輩たちに意識を割いていたが、特に話題の人物らしき先輩に会うことはなかった。
もしかしたら気づいていないだけですれ違ったのかもしれないが、一目でわかるような人らしいし、その線は薄いだろう。
「ねぇ、黒瀬先輩って知ってる?」
「えっ? あ、うん。名前だけなら……近くに座ってる女の子がしてる話の中に何度か出てきてたから……」
「えっ、そうだったんだ……」
僕の近くではそんな話聞かなかったな……いや、ずっと本を読むことに集中してたから頭に入ってこなかったのかもしれない。
「う、うん。……でも、なんで急にその人のことを……?」
「あぁ、いや、朝先生と話す機会があってさ、その時にその先輩のことが話題に上がったんだ。なんでも容姿端麗かつ文武両道の凄い人らしいよ? その先輩が入学してきた年はもちろん、今年もその先輩に心を奪われて所属する部活とかを聞いて、お近づきになろうとする人が多いとかなんとか……」
「そ、そんなに凄い人だったんだ」
「僕も最初聞いた時はびっくりしたよ。だって教えられた限りでは漫画の中から出てきたような人だし……でもそこまで凄いなら一度会ってみたいよね。どんな感じなんだろう? クールビューティ、みたいな感じなのかな……?」
「…………」
「……ひとりちゃん?」
突然黙りこくってしまった。何かあったのだろうか?
「あっ、な、なんでもない……」
「そう……?」
先輩の話を聞いて、彼女もどんな感じの人か想像していたのかもしれない。
やっぱり気になるよね。
「……ん?」
そんなことを考えながら二号館の一階にたどり着いて辺りを見渡すと、視界の端にある文字を捉えた。
「文芸部……?」
先生から貰ったプリントには文芸部については書かれていなかったはず。
もしかして見落としていたのだろうか。
そう思いプリントを確認してみるも、やはり文芸部についての記載はない。
過去に廃部になったが、教室の撤去はされていない。といった感じだろうか。
「ど、どうしたの?」
「ん? あぁごめん。ちょっと気になることがあってさ」
急に立ち止まった僕を不安に思ったのか、ひとりちゃんに声をかけられた。
「気になること……?」
「うん、あれ見てみて。……文芸部って書いてない?」
「えっ、あっ……確かに」
「でしょ。でも文芸部ってこの部活動一覧のプリントには載ってないんだよね」
「そ、そうなの……?」
「うん。……廃部になった部活の部室を撤去してないだけだと思ったけど、もしかしたら記入漏れなんてこともある、かも」
可能性としては低いだろうけど、捨てきれない。
「……一応、見に行ってみない?」
「う、うん」
まぁ扉が開かなくて、やっぱり廃部になってたのか。となるオチが見えるけど、気になるし、確かめた方がいいだろう。
そう考えながら文芸部の部室であろう教室の前に来た。
ドアを何度か開けようと試みたが、開かない。
……うん。
「やっぱり部室を撤去してなかっただけみたい。二回の美術部の方に――――」
いこっか。と言いかけたタイミングに、ふと後ろの扉から声がした。
『合言葉を言え』
「は……?」
えっ、なに急に。合言葉……?
合言葉ってなに……
というか中に人いたの??
いきなりのことに混乱していると、中からさらに声が聞こえてきた。
『分からないのか? ……仕方がない。では君たちに一つ質問をしよう』
「え、えっ?」
「質問……?」
意味不明な展開の連続に、思わず身構えてしまう。
なんだ……? 一体何の質問をするつもりだ……?
『君は――――』
ゴクリ、と唾を飲む。
『――――きのこくんとたけのこちゃん、どちらが好きかな?』
「――――」
これは……………………なんて重い質問だ……!
きのこくんとたけのこちゃんは同じチョコレート菓子。
どちらも美味しく、年齢問わず愛されている商品だ。
だがそんな二つの菓子の間には、埋めても埋まらぬ溝がある。
それは、一体どちらの方が美味しいのかという問題だ。
この問題は消費者の間で幾度となく論じられてきた。
それこそ、戦争とまで呼ばれるほどに。
だが決着はつかなかった。
当然だ。人の好みによってどちらが好きかなど別れるし、そもそもどちらも同じくらい美味しい。
優劣を決めようとするだけ無駄だろう。
だが、だが……!
我々は細胞レベルまで刻まれた本能に抗うことはできない……!
どちらが美味しいか。その優劣を付けようとする本能に、抗うことは出来ないのだ……!
そして今僕たちはどちらを選ぶのか、選択を迫られている。
考えるまでもない。
僕が選ぶのはもちろん――――
「――――たけのこちゃんです」
『――――そうか』
ただ一言、扉の向こうの者はそう言った。
『では、もう一人にも問おう。君は一体、どちらを選ぶ?』
「えっあっ、……わ、私もたけのこちゃん、ですけど」
よかった。ひとりちゃんも同じだったらしい。
彼女とこのことで争うなんて、まっぴらごめんだ。
そう考えていると、ガチャリと扉が開く音がした。
……内側から開けるタイプなのか。
『さぁ、扉を開けて中に入りたまえ。私に何か用があったのだろう?――――来たまえ、我が
その声を最後に、扉の向こうからの声が途絶えた。
別に向こう側にいる人に用があったわけではないのだが、水を差すのも悪いと思い、口を閉じた。
「……よくわかんないけど、とりあえず行ってみる? 中に人がいるってことは、文芸部はまだ続いてるのかもしれないし」
「あっ、う、うん。そうだね」
同意を得た僕は、意を決して扉を開く。
そうして中にいたのは――――
「――――ようこそ我が文芸部へ。歓迎しよう」
――――一人の生徒だった。
肩まで伸びた艶やかな黒髪は、窓から差し込む夕陽の影響もあってまるで宝石のように輝いている。
こちらを見つめる黒い瞳は得も言われぬ迫力があって、見ているとこちらが吸い込まれてしまいそうだ。
そして極めつけにはその顔立ちの良さ。とても中学生とは思えないほどに完成されている。
目、鼻、口、顔の輪郭。全てが完璧なバランスで成立していて、どこか人形めいてさえいる。
黄金比、とは目の前の彼女のためにある言葉ではないかと、思わず錯覚してしまいそうになる。
……なるほど。先生が一目でわかると言っていた意味が分かった。
僕を含めて全校生徒を百人集めたとしたら、男女問わず九十九人が心を奪われるだろう。
そんな彼女を見て僕は、
こんな人でもあの争いからは逃れられないのか……
なんて、どこか的外れなことを考えていた。
きのこ派の皆さんごめんなさい