その日、聖闘士を目指して修行をしている者たちから新たな聖闘士を決める決闘が行われる。
その場に立つ男は二人。
どちらも、これまで9人の聖闘士候補生たちを相手に勝ち抜いてきた。
今日、勝った者にペガサスの聖衣《クロス》が与えられる。
決闘の場で向かい合う二人。
誰もが認める巨漢であるカシオスの前に立つ星矢は、まだ12歳の少年だ。
その体格差は歴然だった。
それでもカシオスは油断などしない。
かつての世界で自分より遥かに小さな身体でありながら、自分よりも強い者たちがいた。
なにより、喧嘩の相手を侮るなどあり得ない。
そんな事は、花山薫としての矜持が許さない。
喧嘩をする以上は、どこまでも相手とまっすぐに向き合う。
それが、前世の記憶と魂を継承したカシオスの在り方だった。
立会人の教皇が決闘の開始を告げる。
「これより、ペガサスのクロスに相応しい者を決める決闘を開始する。
二人とも聖闘士の名に恥じぬ戦いを期待する。
始めよ!」
決闘が始まった。
「へへっ!あんたと戦うの楽しみにしてたぜ」
星矢は、カシオスを尊敬していた。
逃げず、曲がらず、折れない心。
相手とまっすぐ向き合い、正面からぶち破っていく姿が眩しかった。
だが、自分も聖闘士として相応しい実力を持ってこの場に立っているのだ。
自分の中の小宇宙《コスモ》を高めていく。
そんな星矢をカシオスは揺るぎない瞳で見つめていた。
「来な、ぼうや」
カシオスのその言葉で星矢が動く。
コスモを高めることで圧倒的な破壊力を誇る拳がカシオスに突き刺さる。
聖闘士の攻撃力は、生身の身体で耐えられるものではない。
故に、聖闘士たちはクロスと言う鎧を身に纏って戦うのだ。
星矢のコスモは、正式な聖闘士になっている者から見ればまだ未熟なものだろう。
それでも音速に迫る速さの拳なのだ。
さすがにカシオスでも堪えるはずだ。
しかし、打たれたカシオスは揺るがなかった。
前世でも音速の拳を耐えた経験があった。
ましてや、この世界にはコスモと言うものがある。
ならば、受けられない道理がない。
星矢の拳を避けも防御もせず受け、そのまま自らの拳を振るう。
自分の拳がクリーンヒットしてカシオスが怯むと思っていた星矢は、その拳をまともに食らってしまった。
吹き飛ばされる星矢。
地面に倒れた星矢は、そのあまりの衝撃に痺れていた。
そして、自分の攻撃がクリーンヒットしたことで油断した自分に怒りを感じている。
カシオスからの追撃はなかった。
倒れた相手を攻撃しない。
そんなカシオスの姿が眩しい。
「まだ、やるかい?」
カシオスの問いに、身体に力を入れて立ち上がることで応える。
カシオスを相手に出し惜しみをした事が間違っていた。
最初から全力を出すべきだったのだ。
星矢の構えが変わる。
星矢の手がペガサスの星座を構成する星の位置をなぞる様に動く。
同時に高まっていくコスモ。
それを感じ、周囲の観戦に集まっていた雑兵たちや二人の師匠である聖闘士も、星矢の後ろに浮かび上がるペガサスの姿を幻視した。
「ペガサス流星拳!」
周りの雑兵たちには、まさに流星のように見えていた。
秒間85発の連打。
一人前の聖闘士として認められる戦闘速度は秒間100発。
その基準には届いていない。
それでも、未だ聖闘士として認められてすらいない候補生としては十分すぎる速さだった。
拳の濁流にカシオスが飲み込まれる。
勝負は決まったと、その場にいるすべての者たちが確信した。
だが、それは誤りだった。
最初こそ星矢の連打に身体を後退させていたが、すぐにその場から動かなくなった。
それどころか、殴られながら前に踏み出し拳を星矢に叩きつけてきた。
再び吹き飛ばされる星矢。
あれだけの連打を浴びたにも関わらず、カシオスは口から少し血を出しているだけで揺るがずに立っていた。
その不死身性に、周りの者たちも思わず息を呑む。
吹き飛ばされた星矢の心は折れそうになっていた。
これまでの修行で培ってきた力がまるで通用しない。
コスモを高め、全力で放った流星拳ですらカシオスを揺るがすことも出来なかった。
勝てない。
そんな思いが星矢の心に広がっていく。
星矢の脳裏を過去の記憶が走馬灯のように横切っていく。
かつて別れた姉の顔を思い出した時、星矢の心に熱が戻る。
そうだ、俺は聖闘士になって、もう一度姉さんと会うんだ。
このまま諦めるのか?
そんな事、認められるわけがない!
聖闘士同士の戦いは、どちらがよりコスモを高められるかで決まる。
コスモが足りないと言うなら、さらに高めればいいだけだ。
心に闘志の炎を燃やし、星矢は再び立ち上がる。
その時、星矢は確かに感じた。
女神アテナの加護が自分の身体を包み込んでいる感覚を。
ペガサスの星座が自分を見守ってくれている。
かつてない程にコスモが高まっていく。
その時、台座の上に置かれているペガサスクロスを収めた箱が開いた。
中にあったペガサスクロスが動き、決闘の舞台に降りてくる。
クロスが自らの意志で勝手に動いている。
周囲の者たちは、あまりの出来事に呆然としている。
ペガサスクロスは星矢とカシオスが立つ決闘場に降り立つと、バラバラになりパーツが星矢に降りそそぐ。
そこにはペガサスのクロスを身に纏った星矢の姿があった。
ペガサスクロスが自ら、自分の主人を選んだ。
そうとしか思えない現象が目の前で起きたのだ。
それを認められない者がいた。
カシオスの師匠であるシャイナだった。
「こんな事が許されるか!
決闘は、カシオスの勝ちだったじゃないか。
聖闘士に相応しいのはカシオスだ!」
その声をきっかけに周りの雑兵たちも抗議の声を上げ始める。
自らの誇りであるクロスが東洋からきたガキに持っていかれる事に不満を持ったのだ。
騒ぎになりつつある状況に、当のカシオスが待ったをかける。
「静かにしな。
まだ、喧嘩の途中だぜ」
その言葉を、周囲の群衆はおろか、相手の星矢ですら理解できなかった。
すでにペガサスクロスは星矢を選んだのだ。
もう決闘を続ける理由がない。
いや、おかしいのはそんな事じゃない。
クロスを纏った星矢と決闘を続けるつもりなのか?
クロスを纏った聖闘士の強さは雑兵の理解を遥かに超える。
クロスを纏った時点で星矢の勝ちが確定しているのだ。
「カシオス、俺はクロスを装着してるんだぞ」
星矢もまた困惑している。
身に纏ったクロスの力を感じているからこそ、カシオスの意図が理解できない。
もう、カシオスに勝ち目はないのだ。
だが、カシオスはどこまでもカシオスだった。
「使ったらいい」
「えっ?」
「武器でもクロスでも。
それで強くなれると思ったなら、好きなだけ使ったらいい」
そう言って、カシオスは拳を振りかぶった。
身体を捻り、拳に力を込める。
ぐぐぐぐぐぐ
完全に星矢に背を向けるほど大きく拳を振りかぶる。
星矢はカシオスの構えの意味が分からなかった。
聖闘士に2度同じ技は効かないと言われている。
それは、どんな技でも一度見れば対抗策を見出せるほどの戦闘センスと技術を持っているからだ。
そんな高次元の戦いで、こんな素人丸出しの構えを取るなんて。
このまま拳を叩きつける。
それ以外の意図が見えない。
そして、事実、その意図しかなかった。
カシオスの拳がなんの小細工もなく放たれる。
顔にめがけて向かってくる拳を星矢は掌で受け止めようとした。
クロスを纏った自分ならば簡単に受け止められると思っていた。
だが、カシオスの拳を止めることは出来なかった。
カシオスの拳は、受け止めた掌ごと星矢の顔にめり込んでいく。
握力×体重×速度×コスモ=破壊力
そんな公式が思い浮かぶ。
三度、星矢は吹き飛ばされる。
ヘッドパーツも飛ばされ地面を転がっていった。
カシオスのコスモの高まりを感じて、星矢は理解した。
武器どころじゃない。
クロスに頼ることすら女々しい。
そう断じたカシオスの傲慢とすら言える心がコスモをとんでもない次元に押し上げているんだ。
そんなカシオスを相手に、クロスを纏ったくらいで勝ちを確信するような弱い心で勝負になるはずがなかった。
星矢は立ち上がり、自らクロスを脱ぎ捨てた。
自分の力が不要だと言われたようなペガサスクロスの困惑を感じた星矢がクロスに謝る。
「悪いな、ペガサスクロス。
カシオスを相手にするんだ。
お前には頼れない。
対等じゃなきゃ意味がないんだ」
そう言ってコスモを高める星矢。
クロスを纏っていた時よりも更なる高みへと魂の位を上げていく。
一人前の聖闘士と認められる基準すら超えて、どこまでも高まっていく。
そんな星矢の姿にカシオスも構えを取る。
両の拳を顔の横に持っていく。
この決闘で、初めてカシオスが構えを取ったのだ。
星矢のコスモの高まりを受けて、カシオスも全力で応えようとしている。
二人の間で高まる緊張感に周囲の者たちも息を呑む。
その場にいる全員が確信していた。
次の激突が最後になる。
星矢が最後の技を繰り出す。
流星拳のような連打ではダメだ。
カシオスを倒すには、魂すら乗せた全力の一撃が必要なんだ。
無数の流星に分散していた力を一点に集中させる。
それは、まさに彗星のような軌跡を描いた。
「行くぞ、カシオス!
ペガサス彗星拳!」
星矢の渾身の一撃がカシオスの身体を捉える。
同時にカシオスの渾身の一撃も星矢の顔に叩き込まれていた。
二人の激突の後、崩れ落ちるように倒れたのは星矢だった。
しかし、これまでのように吹き飛ばされはしなかった。
それほど、星矢のコスモはカシオスに迫っていたのだ。
倒れた星矢の様子を見て、カシオスが背を向けて去ろうとする。
その背中に像が浮かび上がってきた。
聖闘士は、その背中に加護を受けた星座の像が浮かび上がることがある。
その場の全員が注目した。
カシオスは、どんな加護を持つと言うのだろうか?
しかし、浮かび上がった像は星座ではなかった。
鋭い形相で前を睨み付ける男が背に教会の釣鐘のような物を背負い、その中には幼子を隠している。
かつての世界で花山家に伝わる伝説の侠客立ちだった。
だが、カシオスは、それを侠客立ちだと認めなかった。
その魂が肉体に命じる。
侠客立ちを完成させろと。
その強烈な意志が肉体に物理的な影響を与える。
カシオスの背中だけではなく、身体中に切り傷が出来て血を流していく。
「斬られてねぇ侠客立ちなんざ、侠客立ちじゃねぇからな」
満足そうに呟くカシオスの背中には、かつて花山薫だった頃に背負っていた斬り裂かれた侠客立ちの姿があった。
「ちくしょう、勝てなかったか」
そんな自らの魂の形を背中浮かび上がらせたカシオスを見て、倒れたままの星矢が悔しがる。
「いつでも来な。星矢」
女神の加護も星座の守護も受けず、自らの魂を背中に浮かばせた漢に初めて名前を呼ばれた。
この凄い漢に認められたのだ。
そう感じた星矢は、笑みを浮かべる。
「へへっ、次は負けねぇぜ!」
そんな星矢を残し、決闘の場を後にするカシオス。
その場に集まっていた群衆たちは、その背中から目を離すことが出来なかった。
これが喧嘩師カシオスの最初の伝説である。
連載中のSEED小説の息抜きとして書きました。
ネタはいくつか思いついているので、今後も気が向いたら書こうと思います。