喧嘩師《セイント》カシオス   作:ソロモンは燃えている

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VSハーデス

 

 

 

 ハーデス軍とアテナ軍の戦いは、冥界の最果て、嘆きの壁を超えてハーデスの住まう楽園エリュシオンに移っていた。

 タナトスとヒュプノスの2神を倒し、星矢はハーデスに囚われたアテナの下にたどり着いた。

 しかし、神としての肉体で覚醒したハーデスの剣によって神聖衣《ゴッドクロス》すらも容易く切り裂かれ、アテナを守る盾となった事で重傷を負ってしまう。

 囚われていた大甕から助け出したアテナにクロスを届けることに成功したものの、星矢たちはこれまでの戦いで満身創痍になっていた。

 

 ハーデスがアテナに斬りかかる。

 クロスを纏ったアテナが盾で受け止めるが、そのまま押し込まれてしまう。

 人間に絶望し、滅ぼそうとするハーデス。

 人間も捨てたものじゃない。

 もう、神の手を離れる時が来たのだと諭すアテナ。

 どちらの主張も平行線をたどり、決して交わることはない。

 本来の時空であれば、アテナの危機に再び星矢が立ち上がり、ハーデスの肉体に傷をつける事になる。

 

 

 だが、ここに本来いなかったはずの漢が現れた。

 花山薫の魂を受け継いだ漢、カシオスである。

 

「女相手に刃物を振り回して粋がるのが、あんたのやり方か?」

 

「カシオス!どうやってここに?」

 

 そう、どうやっても来れないはずなのだ。

 冥界からエリュシオンまでの間には神か神の血を受けたクロスを纏わなければ越えられない超空間がある。

 カシオスはクロスを持っていない。

 生身で超空間を渡ってきた事になる。

 それは、カシオスの精神が神の領域に踏み込んでいることを示していた。

 

「このエリュシオンに土足で踏み込んだ人間がまだいたのか」

 

 ハーデスにとって人間など気にも止めない存在だ。

 冥界でカシオスがどんな戦いをしてきたのか?

 どうして超空間を越えられたのか?

 神の視点でものを見るハーデスには、そんな疑問は浮かばない。

 星矢たちと同じように斬って捨てる。

 ただそれだけだった。

 

「次々と虫のように湧いてくるとは。

 いい加減に諦めたらどうだ?

 グレートエクリプスによって、二度と太陽が地上を照らすことはなくなるのだ!

 もはや、それは止められない!」

 

「そいつは困るな。

 お天道様が居なくなったら、俺たちみたいな日陰者が大手を振って歩けるようになっちまう」

 

 カシオスは、星矢たち聖闘士のように地上の平和を守る正義の使徒などとは名乗らない。

 かつて花山薫だったころは、極道だった。

 自らが陽の当たる場所を歩くような人間ではないと自覚していた。

 今も暴力の中で生きているのだ。

 カシオスは正義を名乗らない。

 

「不遜だな、人間。

 せめて、星矢たちのようにゴッドクロスを纏ってから吠えることだ」

 

 ハーデスは、カシオスが超空間を越えてきたのは、星矢たちと同じくアテナの血を受けたクロスを纏っていたからだと思っていた。

 今、クロスを纏ってないのもタナトスかヒュプノスあたりに破壊されたのだと。

 それほど、ハーデスは人間に対して無関心だった。

 ゴッドクロスを纏い、神に限りなく近づいた星矢たちならまだしも、クロスすら失っている人間など名前を覚えるまでもない。

 

 ハーデスがカシオスに剣を振りかぶる。

 神に対し、不遜な言葉を放った愚か者に天罰を下そうというのだ。

 だがカシオスは、そんなハーデスを前に構えもしない。

 

 神の裁きを受け入れたのか?

 NON!

 

 では、神の剣を前に自分の命を諦めたのか?

 さらにNON!

 

 ハーデスは、カシオスと言う漢を知らなかった。

 知ろうとしていれば、何かが変わっていたかもしれない。

 だが、知らないまま剣を振り下ろした。

 なにものをも斬り裂く神の剣。

 星矢たちのゴッドクロスすら簡単に斬ることが出来た。

 だから、生身のカシオスなどなんの抵抗も感じることなく両断できると思っていた。

 だからこそ、手に伝わる感触を予想できなかった。

 剣は、カシオスの肩に食い込んでいる。

 そこで止まっているのだ。

 クロスすら纏わぬ生身の人間を、神が斬れなかった。

 

 ハーデスは、たしかに感じていた。

 カシオスを斬った感触を。

 コスモが、はち切れんばかりに詰まった筋肉の抵抗があった。

 それは、まさに肉の宮だった。

 それでも、その肉は切り裂けた。

 だが、その奥に、カシオスの魂により近い場所にある、さらに濃密なコスモを宿す、強靭な骨の宮によって止められていた。

 

「ば、バカな!

 人間の身体ごときを切れぬだと!」

 

 ハーデスは驚愕していた。

 そして、ようやく気付いた。

 カシオスの身体に宿るコスモの強大さに。

 いや、大きさだけではない。

 星矢たち聖闘士とは、質もまったく違うことに。

 

 カシオスは、アテナの加護も星座の守護も受けていない。

 自らの力ではないものに頼ることは女々しい。

 そう断じて、それらをはね除けたのだ。

 

 アテナの加護に頼らずコスモを高めることは難しい。

 言うなれば、自転車の補助輪のようなものだ。

 アテナがハーデスに言った言葉。

 『人間はまだ幼い』

 それは正しいのだろう。

 人類は補助輪をようやく外せるかといった場所にいるのだ。

 だが、カシオスは違う。

 神や仏に頼るような精神《こころ》ではない。

 自分の身体と魂一つで我を張って、意地を貫く漢。

 己が本分を通すためなら、神や仏を前にしてもけして引くことはない。

 カシオスの中に、神への怖れはなかった。

 

 

 カシオスの拳がハーデスの顔にめり込む。

 カシオスを斬れなかったことで、呆然としていたハーデスが吹き飛んでいく。

 

「痛い!何故だ!

 アテナの加護すら持たぬ、ただの人間の拳が何故、神である私の肉体を傷つける事が出来るのだ!」

 

 無様に吹き飛ばされた屈辱を感じるよりも前に、疑問が湧いてくる。

 人間は、ゴッドクロスのような神器を使うと言った例外を除いて、決して神を傷付けることは出来ない。

 それは世界の理であるはずだった。

 

 そんなハーデスにアテナが答える。

 

「カシオスは、私の加護を自らはね除けました。

 神には頼らぬと。

 言わば、カシオスと私たち神は対等。

 今の地上でただ一人、神を超える可能性を持つ漢なのです」

 

 そう、地上の人間たちは神であるアテナに守護されている。

 だから、神への畏敬の念が魂に刻まれているのだ。

 神に守られ、その庇護下にある以上、神を超えることは出来ない。

 星矢たちのように傷をつけるくらいが限界だ。

 神であるハーデスを滅ぼすには、アテナの力に頼るしかなかっただろう。

 

 だが、ここに神すらも滅ぼせる可能性を持った漢が存在している。

 

 そんな事をハーデスは認めることが出来なかった。

 人間は決して神には勝てない。

 今まで世界の理であったそれを証明するために、再びカシオスに斬りかかる。

 今度は片手間ではない。

 全力で剣を振り切る!

 

 ハーデスに自覚はなかった。

 生身の人間相手に、剣を全力で振るう。

 そこに、神として、上位者としての余裕など存在していなかった。

 カシオスが左腕でハーデスの剣を受け止める。

 やはり両断は出来なかった。

 そのまま、右手の拳で殴り飛ばす。

 再び吹き飛ばされるハーデス。

 

「何故だ?確かにこの男は神と対等なのだろう。

 それは、認めざるを得ない。

 それでも、最高位の神である私が圧倒されるはずがない!」

 

 そんなハーデスの疑問に星矢が答える。

 この場にいる誰よりもカシオスと言う漢を知っているのは星矢だった。

 

「カシオスは、武器どころかクロスに頼ることすら女々しい。

 そう断じている。

 この喧嘩で、自分の矜持を傷付けるような事は何一つしていない。

 その負い目のなさが、コスモを高めるんだ」

 

 その星矢の言葉に、一輝たちカシオスをよく知らない者たちも、その在り方を理解した。

 そして、その姿に憧れる。

 

「自分の肉体に傷が付くことを恐れて代わりの肉体を用意したり、剣や鎧に頼るような弱い心でカシオスに勝てると思う方が間違ってる。

 俺たちの戦いは、コスモをどれほど高められるかで決まる。

 コスモを高めるのは根性だ。

 なら決まりだ、カシオスが最強だよ」

 

 論理的なことは兎も角として、星矢のカシオスに対する信頼には、何故か不思議な説得力があった。

 実際に、カシオスはセブンセンシズやエイトセンシズと言ったものを超越して冥界に赴き、エリュシオンの前にある超空間すらも踏破してきた。

 花山薫だったころから何も変わらない精神性は、この世界では奇跡すら容易く起こすのだ。

 

 

 ハーデスは屈辱に震えていた。

 自らを生身の相手に剣や鎧に頼らなければ戦えない臆病者だと言われたのだ。

 もはや、神としての自尊心はズタズタにされていた。

 こうまで言われて神として、いや、男として引き下がる訳にはいかない。

 このまま戦えば、星矢の言葉を認めたことになる。

 何より、その負い目を完全に自覚する事になるのだ。

 自分の中には、神としての雄大なコスモがある。

 だが、今の精神状態で、そのコスモを戦闘のために昂らせる事は出来ないだろう。

 ならば、するべき事は一つ。

 

 ハーデスは剣を投げ捨て、神衣《カムイ》を脱いだ。

 カシオスと対等な立場に身を置いたのだ。

 これで、ハーデスの中にあった負い目は消えた。

 自分は臆病者ではない。

 神として、男として、目の前に立つ人間に負けるわけにはいかない。

 ハーデスの心にそんな自負が生まれる。

 ハーデスの中にあった雄大な大洋のようなコスモが昂り、激しく嵐のように荒れ狂う。

 今、ようやくベストコンディションが整ったのだ。

 

 ハーデスの拳がカシオスを捉える。

 剣では揺るぎもしなかったカシオスが、遥か後方に吹き飛ばされていく。

 今のハーデスは心身共に最高の状態であった。

 神としての無限とも思えるコスモのすべてを戦闘に注ぎ込めている。

 その力はカシオスすらも圧倒していた。

 ハーデスの中に揺るぎない自信が生まれていた。

 

 

 カシオスは立ち上がり、ハーデスに向かって歩いていく。

 相手が自分より遥かに強いから諦めるか?

 自分の負けを確信したら、勝負を降りるのか?

 カシオスは、そんな賢しい男ではない。

 相手の強さを認めて、それでも自分の意地を貫くのがカシオスと言う漢の生き様だ。

 カシオスのコスモが高まっていく。

 カシオスの心は、神ですら折ることは出来ない。

 

 カシオスがハーデスに殴り掛かる。

 だが、そんなカシオスより速く、ハーデスの拳がカシオスを捉え、吹き飛ばす。

 ベストコンディションのハーデスと人間に過ぎないカシオスとの間には、それ程の差があった。

 カシオスの自負心がコスモを高める。

 しかし、カシオスを対等と認め、神としての力を十全に振るうハーデスの前には届かない。

 

 アテナや星矢たちも諦めてしまった。

 万全な状態の神には、カシオスですら届かないのかと。

 なら、自分達がやるしかない。

 クロスを着たアテナとゴッドクロスを纏う自分達がカシオスの後に続くのだ。

 そう覚悟していた。

 

 

 だが、それはカシオスに対する侮辱だった。

 いつ、カシオスが諦めたのか?

 花山薫だった頃も、肉体的な限界で倒れることはあっても精神が折れた事などなかった。

 吹き飛ばされたカシオスは、再び立ち上がりハーデスに向かっていく。

 ハーデスも、それを当然だという態度で迎え撃つ。

 アテナや星矢たちよりも、ハーデスがカシオスと言う漢を認めていたのだ。

 カシオスがハーデスに殴り掛かり、吹き飛ばされる。

 それは先ほどの光景の焼き直しだった。

 

 だが、カシオスは何度吹き飛ばされようと立ち上がり、ハーデスに向かっていく。

 立ち上がるたびにコスモをさらに高めて。

 何度でも、限りなくコスモを高め続ける。

 そのあまりの不死身性が、ハーデスの心にも僅かなヒビを入れる。

 この漢は決して倒れず、死なないのではないか?

 そんな畏怖がハーデスの心にすら生まれていく。

 そして、ついにカシオスの拳がハーデスに届いた。

 

 互いの拳が相手の顔を捉え、その衝撃で後ずさる。

 二人は再び距離を詰め、殴る!

 

 殴る!殴る!殴る!殴る!殴る!殴る!

 

 それは両者一歩も引かない壮絶な殴り合いだった。

 神話の時代から長く続く聖戦の歴史でも、否、それ以前からあった神同士の争いでも、これほど見ている者の心を熱くさせる戦いはなかった。

 

 その戦いを見ていたアテナが声を漏らす。

 

「いたのですね。

 神と真正面から殴り合える人間が」

 

 星矢たちも涙を溢れさせながら見ている。

 目の前のあまりに神々しい戦いを。

 俺にだって出来る!

 そう叫びたい。

 こんな戦いがしたい。

 星矢たち聖闘士の心は、そんな想いで埋め尽くされていた。

 そこに地上を滅ぼそうとするハーデスを悪と断じて憎んでいた感情は消えていた。

 

 

 激しい殴り合いの中でハーデスは確信していた。

 神としての長い生涯において、この戦いこそが最高のものであると。

 カシオスを生涯最高の敵だと認めていた。

 ただ殴るように殴るだけではもったいない。

 抱きしめるように殴るのだ。

 それは、愛とすら言えるほどの敬意だった。

 

 そんな戦いの中で、カシオスが両腕を横に広げた。

 ハーデスは殴り続けている。

 それを防御もせず、すべてを受け止めるかのように。

 両腕をハーデスの背中に回し、思い切り締め付ける。

 それは、技としては鯖折りと言われるものだろう。

 だが、ハーデスは背骨を砕かれる痛みと共にカシオスの心を感じていた。

 それは、自分が抱いていたものと同じ、最大級の敬意だった。

 抱きしめるように殴るのではない。

 本当に感謝を込めて全力で抱きしめてきたのだ。

 

 倒れ、動けなくなったハーデスがカシオスを見上げる。

 自らの生涯最後の相手として、相応しい漢であった。

 

「殺せ。

 地上を滅ぼそうとしたのだ。

 覚悟は出来ている」

 

 最高の戦いが出来た事に感謝していた。

 この漢に送られるなら、満足して逝ける。

 だが、ハーデスはまだ、カシオスと言う漢の魅力を完全には理解していなかった。

 

「ハーデスよ、一度地上に遊びに来い。

 いい酒を用意しておいてやる」

 

「な、何を言っている。

 私は、地上を滅ぼそうとした敵なのだぞ!」

 

 そう言うハーデスの瞳に宿る孤独をカシオスは感じていた。

 それは、かつて自分も感じていた孤独だ。

 極道であった前世で、周りは自分を恐れて近づかない者か自分に従う舎弟しか居なかった。

 あの地上最強の少年に負けるまでは。

 あの少年が繋げてくれた縁によって、多くの強者に認められた。

 撃たれて重傷を負った時、神心会空手の門下生である警官が交通整理をしてまで病院までの道を開けてくれた。

 世界的な名医が、たまの休暇を返上してまで、ヘリで病院に駆けつけてくれた。

 もう、孤独ではなかった。

 

 そんな前世を持つカシオスだからこそ、ハーデスの孤独をそのままにする選択肢などなかった。

 

「あんたは全力でぶつかってきた、俺も全力で応えた。

 全力でぶつかり合ったなら、もう親友《だち》だろう?」

 

 ハーデスは、余りの事に言葉を失う。

 人間が神に親友だと言ったのだ。

 戦いの前のハーデスなら怒りを覚えていただろう。

 その言葉に、ハーデスの胸に痛みのような何かが湧き上がる。

 ハーデスの瞳から涙が溢れる。

 

 ハーデスには、部下しか居ない。

 対等である他の神々も覇権を争う敵でしかなかった。

 今、初めて対等だと認めることが出来る友人を得ることが出来たのだ。

 もう、ハーデスに敵意はなかった。

 

「ハーデス、グレートエクリプスを解除してくれますね?」

 

 そんな様子を見て、アテナが地上を滅ぼすのを止めるよう頼む。

 

「ふっ、もうとっくに解除されているさ。

 あの戦いの中で、惑星の運行に影響を与えるための力《コスモ》を残しておく余裕などなかったのだからな」

 

 此度の聖戦もハーデスの負けであった。

 だが、ハーデスの心には喜びが溢れていた。

 地上よりも得難い、親友《とも》を得ることが出来たのだから。






これで花山カシオスの伝説は終了です。
思い付いていたネタは、すべて書きました。
今後は、思い付いたら追加するくらいになります。
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