喧嘩師《セイント》カシオス   作:ソロモンは燃えている

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節分ネタです。


ホーリー・ビーンズ・スロー

 

 

 

 地中海に浮かぶ小さな島。

 そこで封印されていた邪悪が地上に現れようとしていた。

 アテナの封印が弱まり、そこから這い出てきた邪悪の正体は悪鬼《オーガ》だった。

 人間を遥かに超える巨体と筋肉。

 そこから生み出されるパワーと生命力は、人類を容易く蹂躙してきた。

 彼らにとって、人間とは気まぐれに襲い、奪い、喰らう餌に過ぎない。

 

 そんなオーガ達の視界に、島の少年が映る。

 この島にはオーガの伝説があったが、長らく封印されていた為、子供が一人で森に入らないようにするためのお伽話だと思われていた。

 少年は、森に野草やキノコなどを採りに来ていた。

 運悪く、オーガの群れに出くわしてしまったのだ。

 

「ひい!化け物!」

 

 少年は、オーガ達に気付き、身を翻して逃げ出していた。

 恐怖に駆られ、必死に走る少年の後を、オーガ達が追いかけてくる。

 オーガ達の顔には嗜虐心と愉悦が浮かんでいた。

 オーガの身体能力は、人を遥かに超える。

 未だに少年が捕まっていないのは、オーガ達が恐怖に染まった獲物を甚振り、絶望する姿を見て楽しもうとしているからだ。

 

 少年が足を取られて転んでしまった。

 オーガ達は、すぐそこまで迫っている。

 もはや、少年に逃げ場はない。

 絶望の表情を浮かべる少年ににじり寄るオーガ達。

 少年の命は、絶体絶命の危機に瀕していた。

 

 だが、島に伝わる伝説は悪鬼だけではない。

 地上に邪悪が蔓延る時、神に仕える闘士が降り立ち、必ずや邪悪を打ち払う。

 かつて、オーガ達を封印した聖闘士の戦いを見た島民達が語り継いできた伝説である。

 

 そして、伝説に謳われたように、聖域からあの男がやってきた。

 オーガの復活が近いと聞いて、自ら志願してこの島にやってきた。

 聖域一の喧嘩師、カシオスであった。

 

「邪魔するぜ」

 

 カシオスが、オーガ達と少年の前に現れた。

 オーガ達は、突然の乱入者にかつての記憶を思い出し、警戒する。

 自分達を打ち倒し、封印した聖闘士の記憶だった。

 

 しかし、目の前のカシオスの姿を見て、すぐに醜悪に歪んだ笑みを見せる。

 目の前の男は、鎧を着ていない。

 かつての記憶でも手強いのは鎧の闘士達だった。

 鎧を纏わぬ者達は、弱く、簡単に蹴散らせた。

 

 ちょうどいい。

 獲物である少年の前で、助けに来たこの男を血祭りに上げれば、更なる絶望を与えられる。

 オーガ達が、舌なめずりしながらカシオスに近づく。

 

 カシオスは、そんなオーガ達の姿に失望していた。

 オーガと聞いた時、かつての世界の地上最強の生物を思い出していた。

 その男に、生まれて初めて恐怖を感じた。

 再度、立ち合い、その恐怖を克服したものの実力では歯が立たなかった。

 故にこの世界のオーガと呼ばれるものに興味を持ったのだ。

 カシオスにとって、目の前にいる怪物をオーガと呼ぶことなど許せる事ではなかった。

 自分の中にあるオーガと言う言葉に対する侮辱ですらあった。

 

 カシオスがポケットから袋を取り出す。

 それは、乾燥させた豆を入れた袋だった。

 今日は2月3日、目の前には手頃な小鬼がいる。

 カシオスにとって、もう喧嘩ではなかった。

 

 豆を手で掴み、振りかぶる。

 

 ぐぐぐぐ・・・

 

 相手に背中を見せるほど大きく身体をしならせる。

 そこから、弾かれるように腕を振り下ろした。

 カシオスの手から放たれた豆が、散弾のようにオーガを襲う。

 いや、散弾などと言う豆鉄砲ではない。

 カシオスのコスモで包まれ、その膂力によって投げつけられた豆は、その一つ一つが戦車の砲弾の如き威力を発揮していた。

 

 ドカン!

 豆が当たっただけとは思えない音がした。

 

「ぐぎゃあああぁぁぁ!」

 

 カシオスをただの雑兵だと思い、油断していたオーガが苦痛の叫び声を上げる。

 乾燥させただけの豆が、銃弾すら容易く弾くオーガの皮膚に穴を穿っている。

 身体中を穴だらけにして、苦痛に呻いている。

 

 仲間が何かをぶつけられて苦しんでいる。

 他のオーガ達が激昂して、一斉に襲いかかってくる。

 だが、カシオスにとって小鬼がじゃれかかっているだけでしかない。

 再び、豆を掴む。

 そして投げる。

 

 ドカン!

 

 投げる、投げる、投げる。

 

 ドカン!ドカン!ドカン!

 

「「「「「ぎゃあああぁぁぁ!」」」」」

 

 投げられるたびに、オーガ達を凄まじい激痛が襲う。

 

 何故だ!

 鎧を着ていない者は、弱いはずだ。

 それなのに何故、こんなにも自分達を苦しめる事が出来る?

 オーガ達は、理解できないまま、その苦痛から逃れるために逃げ帰っていった。

 必死に逃げ、自分達を閉じ込めていたアテナの封印の内側へと駆け込んでいく。

 

 そこで、オーガ達は考えていた。

 その見た目から誤解されがちだが、オーガの思考能力は低くはない。

 残忍で凶暴だが、その知能は人間と比べても、それ程劣ってはいないのだ。

 自分達の身体に穴を穿ったのは豆だと理解していた。

 何故、こんな小さな豆が自分達を苦しめたのか。

 あの男は、鎧を着ていなかった。

 鎧を着ている者より、遥かに弱いはずだ。

 ならば、この豆が特別なのだ。

 おそらく、この豆は自分達、鬼族に特別な効果を持つのだろう。

 鎧を着ていない者ですら、この豆を持っていた。

 そして、それを惜しげもなく投げつけてきた。

 こんなものが地上で大量に育てられるようになったのだ。

 

 オーガ達は、恐怖した。

 こんな豆があるなら、もう地上は狩場ではない。

 むしろ、自分達が狩られる立場になったと言う事だ。

 アテナの封印は、弱まっている。

 地上へと続く回廊から、あの豆を持った人間達が押し寄せて来るのではないか?

 あの回廊が開いた時、彼らはやっと楽しい狩に行けると喜んだ。

 だが、違った。

 外では、自分達が狩られる立場になっていた。

 あれは、外の人間から自分達を守る防壁になってくれていたのだ。

 地上へと通じる回廊を見つめるオーガ達の目が恐怖に染まっていた。

 オーガ達は、初めて祈っていた。

 どうか、あの回廊を閉じて下さいと。

 己の欲望のままに生きてきたオーガ達が、今初めて神に祈っていた。

 その祈りがアテナに届いた。

 

(あら?なんだか邪悪な者達から祈られている気がするわ。

 いえ、邪悪が私に祈るわけないわね。

 よし、祈りに応えて、加護を与えましょう)

 

 神の奇跡が起こり、アテナの封印は再び力を取り戻した。

 中のオーガ達は、回廊が閉ざされた事を喜び、神に感謝を捧げた。

 アテナの封印は、もはや封印ではなかった。

 オーガ達の楽園を地上の人間達から守るために、神が与えてくれた防壁へと性質を変えていた。

 オーガ達の信仰が、アテナの力を増幅させ、もう2度と封印が弱まることはなかった。

 

 

 その日、少年は森で悪鬼に襲われた。

 悪鬼から逃げる事が出来ず、このまま嬲り殺しになるのだと絶望した時に、その漢が現れた。

 彼は、手にした袋から豆を取り出して、それを悪鬼達に投げつけた。

 その威力は、凄まじかった。

 恐怖の象徴だった悪鬼が苦痛に呻いている。

 他の悪鬼達が怒って、襲いかかっていくが何度も豆を投げつけられて、ついに悪鬼達は逃げ出していった。

 悪鬼達を追い返した後、その漢は、少年の無事を確認し、背中を向けて去っていった。

 彼の背中に浮かぶ侠客立ちを見ながら、少年は伝説を思い出していた。

 

 地上に邪悪が蔓延る時、神に仕える闘士が降り立ち、必ずや邪悪を打ち払う。

 

 まさに、伝説通りだった。

 少年が、カシオスが投げた豆を拾った。

 どう見ても、ただの豆にしか見えない。

 だが、確かにこの豆で悪鬼達が苦しんでいた。

 きっとこの豆は、聖なる力を宿した特別な豆なのだろう。

 そんな貴重な物を、僕を救うために使ってくれた。

 去っていくカシオスの背中を見送りながら、少年は感謝を捧げていた。

 

 後に、この少年が聖域に足を踏み入れ、カシオスのように誰かを守る事が出来る闘士を目指す事になるが、それは別のお話。

 

 

 その後、この島の祭りに新たな儀式が生まれた。

 祭壇で神の祝福を受けた聖なる豆を投げつける事で悪鬼を追い払うと言うものだった。

 新たな儀式、ホーリー・ビーンズ・スローは、今も受け継がれている。

 日本の節分とよく似ている事から、学者達が頭を悩ませる事になるのだが、島には日本との交流もなく、日本人が訪れた事もなかった。

 そのため、世界中でよく似た伝説がある事から、この儀式も偶然なのだろうと結論付けられた。

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