愛の女神パラスは、アテナを姉のように慕っていた。
パラスは、アテナに会いたいと言う純粋な想いを募らせていたのだ。
この戦いは、その感情を利用された事で始まった。
神殿に戻ったマルスは、聖域に侵攻する準備を始めた。
だが、シャイナやカシオスの力は想像以上だった。
ハーデスの助力も考えなくてはならない。
先の侵攻時には沈黙を守っていたが、ポセイドンも怪しいだろう。
地上の覇権を巡り聖戦を行っていた神々が同盟のような関係を結んでいる。
今までなら考えられない事だ。
単独で事に当たるのは分が悪い。
そう認めざるを得なかった。
あの場に居た他の神々と侵攻のタイミングを合わせる。
その程度では終わらない。
マルスは戦争の神だ。
正面からぶつかるだけが戦争ではない。
様々な策略を巡らし、すべてを勝利の為に利用する。
それもまた、戦争の一側面である。
マルスは、アテナに会いたいと悩むパラスにそっと囁いた。
会いたいなら、会いに行けばいいではないか。
だが、アテナに会うためには黄道十二宮を突破しなければならない。
そこを守護する黄金聖闘士たちが、お前がアテナに会うのを邪魔しているのだ。
マルスに唆されたパラスは、大好きなアテナに会いに行く事を決意した。
パラスは、自身に仕える刻闘士《パラサイト》のタイタンに聖域に行くと伝えた。
心配するタイタンにパラスが答える。
大丈夫だ、問題ない。
神である自分には、十二宮踏破など容易い事だと。
そんな、自信満々なパラスと違い、タイタンは今の聖域の戦力を正確に把握していた。
今代の聖闘士たちには、神殺しすら可能な者達もいるのだ。
たとえ神であっても、1柱で正面から攻めるなど無謀でしかない。
そして、パラスを誑かしたのがマルスであった事も問題だった。
これがサターンであれば良かった。
パラス軍の幹部、パラサイト四天王の真の主はサターンなのだ。
タイタン以外の3人にパラスへの忠誠などない。
サターンの思惑であれば、他のパラサイトもその意を受けて動くだろう。
だが、マルスに誑かされただけのパラスのために戦うパラサイトはいない。
タイタンだけが幼いパラスの世話をしているうちに情が移ってしまっていた。
それ故にタイタンは、パラスに同情もしていた。
彼女のためを思い、行動する者は自分しかいない。
敬愛するパラスのアテナに会う事を楽しみにしている顔を見れば、止める事も出来なかった。
かくなる上は、自分が先行して十二宮の黄金聖闘士たちを排除する。
アテナまでの道を切り開くのだ。
そんな決意の下、タイタンが動き出す。
タイタンが黄道十二宮に足を踏み入れる。
白羊宮は、アリエスのキキがクロスの修復でジャミールにいる為、素通りしてきた。
実質的に最初の宮である金牛宮に入った。
当然、守護者たる黄金聖闘士が侵入者の前に立ちはだかる。
牡牛座《タウロス》のハービンジャーである。
彼は力の信奉者であった。
幼少期の過酷な環境から、相手の骨を折る音や心が折れる音を聞く事に快感を覚えるようになった。
その音を求めてストリートファイトや闇レスリングにのめり込んでいった。
そして地上最強の存在である聖闘士の存在を知り、聖闘士に戦いを挑んでいくようになった。
コスモの訓練や修行を一切せずに生身で白銀聖闘士すら倒すと言う偉業を打ち建てた。
そんな中であの漢に出会ったのだ。
その漢、カシオスを見た瞬間にハービンジャーは悟った。
世界中の人の心を折れると本気で信じていたハービンジャーの心が戦う前から告げていた。
この漢の骨も心も・・・折ることは出来ないと!
力こそ全て!
そんな価値観を持つハービンジャーは、カシオスの力を畏怖し恭順を誓った。
そして、聖闘士として修行を行い、黄金聖闘士まで登り詰めたのだ。
その過程でハービンジャーは、カシオスの背中を見続けてきた。
その力ではなく、心の在り方に憧れるようになるのに時間は掛からなかった。
ハービンジャーは、その出自から自らを聖闘士の風上にも置けない者だと自覚している。
碌な生き方をしていないゴロツキだと称しているのだ。
スラムの中で育ったハービンジャーには、神の救いや正義は心に響くものではなかった。
そんなハービンジャーにとって、カシオスの生き方は眩しいものだった。
正義や希望のような直視出来ない眩しさではない。
アウトローな生き方しか出来ないハービンジャーのような男が憧れ、手を伸ばしたくなるような眩しさを放っていた。
だからこそ、カシオスがいる聖域で己と言う漢を磨きたいと思ったのだ。
「がっははははっ!
よく来たな、十二宮を登ろうって根性・・・嬉しいぜ!!
俺の名はハービンジャー!
力と破壊を司る、タウロスの黄金聖闘士!」
タイタンも、目の前に立つ男の実力を感じ取っていた。
簡単に勝てる相手ではない。
それでも引けない。
「私は、愛の女神パラス様に仕えるパラサイト。
天神創世剣《グレートソード》のタイタン。
愛する女神のために、押し通らせてもらう!」
タイタンから強大なコスモが吹き荒れる。
その力は、明らかに並の黄金聖闘士を凌駕していた。
そんなタイタンの姿にハービンジャーも修羅の笑みで応える。
ハービンジャーは、骨のある男が嫌いではない。
むしろ好きだとすら言える。
これから始まる喧嘩は極上のものになる。
そんな予感が心を高揚させ、コスモを跳ね上げていく。
両者が相手に向けて踏み出す。
二人の間に無数の光の線が走る。
光速の速度領域で攻撃が飛び交っているのだ。
相手の攻撃を自らの拳で打ち払い、反撃の拳を放つ。
その拳も打ち払われ、更なる反撃が返ってくる。
二人の間で行われる超ハイレベルな攻防に大気すら震えている。
金牛宮で始まった戦いは、当然、他の宮の黄金聖闘士たちも察知している。
だが、彼らに動揺はない。
ハービンジャーが負けるはずがない。
彼らは、それほどにハービンジャーの力を信頼しているのだ。
ハービンジャーは当初こそ心を躍らせたが、戦いの中で不満を募らせていた。
タイタンが力を温存している。
そう感じていたからだ。
奴はたった一人で十二宮を踏破しようとしている。
だから、先の事を考えて力をセーブしているのだろう。
「舐められたものだな。
俺を相手に力を温存して勝てると思っているのか?」
「舐めてなどいない。
目的を達するために最善を尽くしているまでだ」
「わかっちゃいねえな。
そう言うのを舐めてるって言うんだよ!」
ハービンジャーから今まで以上のコスモが立ち昇る。
相手が全力を出すつもりがないなら、力尽くで引き摺り出してやる。
「なんと言う攻撃的で荒々しいコスモだ。
こんな序盤で消耗する訳にはいかない。
悪いが使わせてもらうぞ」
タイタンが剣を取り出して構える。
これこそが刻の神サターンから賜った神器。
聖剣、天神創世剣であった。
聖剣を振りかぶり、コスモを高める。
その姿は、一撃で勝負を決めると言う意志を感じさせた。
ハービンジャーもコスモを高めて迎え撃つ。
先の神々の侵攻の際、5柱の神達と言う絶望的な力に打ち倒されながらも、心を折られることなく立ち上がった。
聖域では新参者のハービンジャーは、カシオスの師匠であるシャイナの実力に懐疑的だった。
自分が認めたカシオスがシャイナに従っているのが不満だったのだ。
だが、そんな疑惑は目の前でエリスと共に吹き飛ばされた。
自らの未熟さを痛感した。
あの時、皆の心を奮い立たせたのは黄金聖闘士である自分達ではなかった。
強き者が弱い者を虐げるのが気に入らなかった。
だから、自分が立つべき場所は弱者の前だと決めていた。
正義のためか?
・・・いいや、違う!
博愛精神に目覚めた?
・・・そんな訳がない。
弱者の前には、必ず強者がいる。
弱者を虐げ、すべてを奪おうとする気に入らない強者達が。
だが、シャイナは弱者達を奮い立たせ、強者に成長させようとしていた。
敵わねえな。
そう思わされてしまった。
シャイナを認めていた。
カシオスと同じ、尊敬すべき強者であると。
ハービンジャーは、そこで終わるような男ではなかった。
やられっぱなしは、性に合わねえ。
次は俺が前に立って、背中を見せてやる。
そう決めていた。
なら、ここで刃物相手に怯む訳にはいかない。
正面からぶつかってやる!
彼らは、再び踏み込み交錯する。
タイタンが聖剣を振り下ろす。
ハービンジャーがグレートホーンを放った。
グレートホーンと天神創世剣がぶつかり、その壮絶な衝撃で世界が軋みを上げる。
その激突の結果は、グレートホーンに軍配が上がった。
天神創世剣は、砕かれ、へし折れていた。
それは、あり得ない結果のはずだった。
しかし、タイタンは心の何処かでこうなると予感していた。
聖剣はサターンから下賜された物。
自らの忠誠は、すでにサターンからパラスに移っている。
そんな心で、サターンから貰った聖剣の力を引き出すなど出来ない。
それでも、腐っても聖剣なのだ。
並大抵の力でへし折ることなど出来ない。
「勇猛なるタウロスよ。
私は、お前と言う漢を見誤っていたようだ。
後の事を考えるなど、侮辱であった」
タイタンは、折れた聖剣を投げ捨てた。
その心に最早迷いはない。
パラス様こそが私の真の主だ。
それは、サターンへの反逆を意味する。
不思議と恐怖や後悔などなかった。
あるべき場所に納まった。
そんな風に感じていた。
タイタンからも今まで以上のコスモが溢れ出る。
ここに両者のベストコンディションが整った。
二人がぶつかり、殴り合う。
誰一人、観客のいない金牛宮の中での戦い。
だが、見ている者がいれば、神話の戦いに劣らぬほど心を熱くさせる戦いだった。
互いが譲れぬものを背負っている。
繰り出される攻撃から、それが伝わってくるのだ。
出来れば長くこの戦いを続けたい。
タイタンの偽りなき本音だった。
それでも、パラスがここに着くまでに終わらせなければならない。
パラスも神として巨大なコスモを持っている。
しかし、幼いパラスでは、そのコスモを戦いのために昂らせる事など出来ないだろう。
彼女をこの漢の前に立たせてはいけない。
その想いが、最強の技による決着を決断させた。
距離を取り、不退転の覚悟を見せるタイタンの姿に、ハービンジャーもその狙いを理解した。
互いの最高の一撃で勝負を決する。
両者のコスモが高まる。
二人の間は、闘志がぶつかり合い空間が歪んで見えるほどだ。
「ギガンティックプラネットエンド!」
「グレーテストホーン!」
二人の最大の奥義がぶつかり合った結果。
勝負はハービンジャーの勝利に終わった。
自らの技をぶち抜かれて、吹き飛ばされたタイタン。
最早、彼に立ち上がれる程の力は残されていなかった。
それでも、力を振り絞り願いを口にする。
それが都合の良い事だと理解している。
それでも言わずにはいられないのだ。
「タウロスよ、もうすぐパラス様がここに来るだろう。
頼む、あの方を傷付けないでくれ」
その言葉を残し、タイタンは気を失った。
アテナに対する忠誠心が希薄なハービンジャーにとって、そこまで主を想う事が出来るタイタンが少し羨ましく感じていた。
出来ればその気持ちを汲んでやりたいとは思う。
ハービンジャーは、神の強大な力を身をもって知っている。
殺すつもりで行かなければ蹂躙されるだけ。
手加減などもっての外だ。
神とはそう言う存在だった。
タイタンに悪いと思いながらも、金牛宮の守護者として立ちはだかる。
そんなハービンジャーの前に現れたパラスは、
「むっ、お前が黄金聖闘士なのですね。
アテナお姉様に会うのを邪魔する悪い奴。
愛の女神である私がやっつけてやるのです!」
幼女だった。
刻の神サターンによって、御しやすいように幼女にされていたのだ。
「えい!」
ぺちっ
当然、そんな幼女がコスモを戦闘で使う事など出来ない。
せめてもう少し成長した姿だったなら違っていただろう。
それが、伝説の奇跡を産んだ。
ハービンジャーは、空気を読める漢だった。
「ぐわぁ!やられた!
見事だ、先に進むがいい」
「ふふん、パラスに掛かればこんなものなのです。
タイタンは、心配しすぎなのです」
幼女は、意気揚々と先へと進んでいった。
もちろん、その先の宮にいる黄金聖闘士たちもハービンジャーからの連絡を受けて茶番に付き合ってやった。
アテナ神殿にたどり着いたパラスは、準備していたアテナと楽しくお茶会をして、お土産のクッキーまで貰ってご機嫌で帰って行った。
女神パラスによる、ほぼ単独での十二宮踏破と言う偉業が達成された。
これは、他の神々を震撼させた。
パラスこそが最強の神ではないか?
そんな認識が神々の間に広がっていく事になる。
こうして、世界に新たに二つの概念が生まれた。
うわっ、幼女つよい!
可愛いは正義!
である。
この概念が、日本のサブカルチャーに影響を与えて、幼女が主人公の作品が生み出されるようになったのはあまりに有名である。
サブカルチャーの主流が、燃えから萌えに変化していった。
パラスが世界を変えたのだった。