光牙は、聖域の外れへと向かっていた。
今、聖域は複数の神からなる連合軍に攻められている。
その戦いから逃げ出したのか?
そんなはずがない。
光牙は、シャイナの弟子で、カシオスの弟弟子だ。
そして、星矢のペガサスクロスを継承した男でもある。
いくつもの伝説を背負い、その重圧に潰されることなく成長し、ついには自らの内に潜んでいた闇の神アプスにすら打ち克った。
伝説の領域に足を踏み入れるような男が戦いを恐れ、逃げ出すなどあり得ないことだ。
では、どうして戦場となっている聖域から離れたこんな場所に来ているのか?
それは、鋼鉄聖闘士《スティール・セイント》の昴に呼び出されたからだ。
鋼鉄聖闘士の立ち位置は、青銅以上の聖闘士達のサポート役だ。
普通なら聖域を守るための戦いが優先される。
にも関わらず、光牙は昴の下へ向かっている。
光牙は、この場所で待つと伝えてきた時の昴の顔を思い出していた。
悩み、葛藤、覚悟、決意、様々な感情がないまぜになっている表情は、救いを求めているようでもあり、挑戦者のようでもあった。
昴は、初めて会った時から突っかかってきた生意気な後輩だったが、真っ直ぐな想いをぶつけてくる姿は嫌いではない。
怪しい行動が目撃されてはいたが、光牙達にとって大切な弟分だった。
その昴がこんな表情を浮かべて来て欲しいと頼んできたのだから放ってはおけなかった。
指定された場所で昴は一人、佇んでいた。
約束通り一人で来た光牙の姿に驚きも安堵も感じなかった自分に苦笑した。
何度も突っかかってくる生意気な自分を真正面から受け止めてくれた光牙なら必ず来ると信じていたのだ。
誰の邪魔も入らない場所で光牙と昴は向かい合った。
「約束通り来たぜ。
全部、話してくれるんだろ?」
光牙の言葉に驚きはない。
自分でもおかしい行動をしていた自覚がある。
その理由も思い出していた。
「ああ、何で俺がお前にあれほど対抗心を燃やしていたのか今なら分かる」
昴の身体から神のコスモが溢れる。
そのコスモに包まれ、その姿が変わっていく。
コスモの奔流が収まった時、昴はサターンへと姿を変えていた。
「余は、人間を見定めるために記憶を封じ、ただの人間、昴として其方らを見ていた。
お前は伝説の聖闘士達に認められ、その期待に応えて何度も限界を超えて凄まじい速度で成長してきた。
そんな姿に嫉妬していたのだ」
光牙は、昴の正体がサターンだったことに驚いていた。
エデンから怪しい行動が見られるから警戒しておけと言われていたから、いずれかの神から送り込まれたスパイの可能性は考えていた。
まさか、神自身が力と記憶を封印して潜り込んでくるとは思っていなかった。
「人間とは可能性の獣だ。
ほとんどの人間は弱いまま一生を終える。
神にとっては、取るに足らない存在だ。
しかし、中にはお前のように魂を燃やし、限界を超えて成長し続ける者がいる。
その果てに闇の神アプスを自身の力のみで倒した。
シャイナやカシオスに続き、次世代にも神の領域に到達した者が出たのだ。
ならば、神もまた限界を超えねばならん。
なにより、お前達を見続けている内に余自身が限界を超えたくなった」
本来の姿に戻ったサターンが刻衣を纏って構えを取っている。
変わってない。
その姿から、真っ直ぐに自分を越えようとしていた昴の面影が見える。
光牙に噛みついていたのも、自分の限界を超えたいという想いの現れだった。
昴が消えたわけでも、偽物だったわけでもないのが分かって安堵していた。
光牙も構える。
弟分である昴の想いに応えるために来たのだ。
その正体がサターンだったことに驚きはしたが、昴だった時の想いがサターンの中で息づいているのが分かる。
「いいぜ、昴・・・いや、サターン。
お前が満足するまで、この喧嘩に付き合ってやる!」
光牙の身体から輝く漆黒のコスモが溢れる。
闇属性のコスモでありながら光輝くと言う矛盾。
だが、これこそが光牙のあり方なのだ。
そのコスモによってペガサスクロスが形を変える。
ペガサスのΩクロス。
シャイナのように己の力でクロスの位階を上げていた。
「輝く闇のコスモ・・・
エイトセンシズとは別の形でセブンセンシズを超えた究極のコスモ『Ω』の片鱗か。
世界に己の想いを認めさせ、概念にすら影響を与える力。
光へと変わるのではなく、闇のまま輝くことを選んだか」
サターンの顔に笑みが浮かぶ。
やはり、光牙を選んだことは間違ってはいなかった。
シャイナやカシオスのように神の予想を覆し、思いもよらなかった新しい何かを見せてくれる。
その精神の高揚のままに踏み込み、光牙へとぶつかっていく。
光牙もそれに応えて拳を繰り出す。
互いの拳が顔面を捉える。
その衝撃で顔が弾き飛ばされて、地面スレスレまで身体をのけ反らされる。
地面スレスレで止まっていた。
吹き飛ばされたわけでも地面に倒れたわけでもないのだからこれで終わるはずもない。
ぐいん!
光牙もサターンものけ反った身体を引き戻し、その勢いで次の攻撃に繋げる。
再び拳が交錯し、互いの顔面を捉える。
痛みと衝撃に耐えて、その場に踏み止まる。
そして、次の攻撃を繰り出す。
お互い、相手に負けてなるものかと攻撃の激しさは増していく。
それに伴い、光牙のΩクロスもサターンの刻衣もひび割れ、損傷していった。
Ωクロスも神の刻衣も並の攻撃では傷一つ付かない強度を誇るはずなのに僅かな時間でボロボロになっていく事実が二人の強さを物語っていた。
神のコスモと聖闘士のコスモは、性質が異なる。
神のコスモが雄大な海ならば、聖闘士のコスモは激しく飛沫を上げる激流の川だ。
闘技者として生きる聖闘士は、刹那の一瞬に全ての力を込めることが出来る。
光牙がコスモを爆発させ、その全てを込めた技を繰り出す。
「ペガサス流星拳!」
その奔流がサターンすらも飲み込んでいく。
吹き飛ばされたサターンは、大きなダメージを負っていた。
それでも、痛みに震える身体を抑えて立ち上がる。
光牙もこれで終わるとは思っていない。
神の力がこんなものであるはずがない。
ましてや、サターンには限界を超えると言う決意がある。
勝負はこれからだ。
光牙の予想通り、勝負はまだまだ始まったばかりだった。
立ち上がったサターンの身体に不思議な現象が起きる。
まるで時間が巻き戻ったかのように傷が消え、刻衣の損傷さえ修復された。
「余は、刻の神。
時間を戻せば全ての傷はなかった事になる」
それは、人間の光牙にとって絶望的とも言える宣言だった。
神と人間では、コスモの絶対量に圧倒的な差がある。
あのカシオスも瞬間的に神を超える高みまでコスモを燃やしてダメージを与える事で勝利してきたのだ。
だが、サターンはそのダメージをリセットする事が出来てしまう。
事実上、人間ではサターンを倒す事が出来ない。
神殺しの神器『黄金の短刀』などを使うしかないが、当然、光牙はそんな物を用意していない。
いや、知っていたとしても用意などしなかっただろう。
光牙が憧れているあの漢なら、武器なんかに頼らない。
「何度でも回復すればいい。
それはコスモを使った技だろう?
なら、コスモが尽きるまで殴るだけだ!」
光牙のコスモが更に激しく燃える。
そんな光牙の言葉にサターンは衝撃を受けていた。
ダメージをなかった事にする。
その力は、他の神々からすら卑怯だと罵られてきた。
確かに時間を巻き戻すためには、膨大なコスモが必要になる。
だが、神として無限にも思えるコスモを持つサターンにとっては問題にはなり得ない。
まさに不死身の存在だ。
それでも光牙の目に諦めの色はない。
光牙にとって不死身など目新しいものではない。
カシオスがいるのだから。
神々の心すら揺らがせる不死身性を見せつけてきたカシオスの背中を目指しているのだ。
今更、この程度で怯むはずもなかった。
そんな光牙の態度にサターンの心は今まで感じたことのない高揚を覚えていた。
自分自身ですらダメージの無効化は卑怯だと思っていた。
もちろん、戦争ならばためらわずに使うが、一対一の決闘で使うのには負い目を感じていたのだ。
だが、光牙は使って当然だと言う。
何を恥じる必要があるとその態度が語っていた。
本当に余の全てを受け止めるつもりなのだな。
余の望みは限界を超える事。
持てる全てを振り絞った先にしか存在しない高み。
そこまで付き合ってやる。
光牙は、そう言っているのだ。
胸の奥から熱い何かが身体を突き破りそうな勢いで溢れ出てくる。
「うおおおぉぉぉぉぉおおぉぉ!!」
サターンのコスモが激しく燃え上がる。
それは、まるで聖闘士のような激流の如き勢い。
昴としての経験が、聖闘士のようにコスモを一瞬に込める事を可能にしていた。
神が聖闘士の技法を学んだのだ。
これまでならあり得なかった事。
人間を認めた事で、サターンは確かに前へと進んでいた。
「メテオ・レイン!」
神のコスモを聖闘士の闘技を用いて放った拳の流星雨が今度は光牙を飲み込み、吹き飛ばす。
Ωクロスすら粉々に砕かれていた。
この戦いを見ていれば、誰もが終わったと思っただろう。
だが、サターンは終わってなどいないと確信していた。
光牙は、この程度で終わる男ではない。
ずっと昴として光牙の成長を見続けてきたサターンは、それ程に光牙と言う漢を信頼していた。
実際に光牙は立ち上がろうとしている。
身体が傷つくほど、コスモは逆に高まっていく。
ついにΩの完全覚醒に至り、大宇宙《マクロコスモ》に包まれΩクロスが修復され、その真の姿を見せる。
黄金に輝くペガサスのΩクロス。
サターンには、その輝きが光牙の魂が放つ輝きに見えていた。
やはり、光牙を選んで良かった。
いつだって昴の前を行く目標であり続けてくれた。
今も俺の願いに応えて限界を超えてくれている。
光牙となら、限界を超えた先に行ける!
もはや言葉はいらなかった。
サターンが光牙に教わった聖闘士の闘技を駆使して戦えば、光牙はコスモを高めて応える。
二人の顔は楽しそうで、まるで仲の良い友達と遊んでいるようであった。
光牙の拳がサターンの刻衣を砕き、サターンの拳が光牙の真のΩクロスを砕く。
互いに身を守る鎧を失いながら、構わず戦い続ける。
そんな些細な事に構っていられない。
この瞬間を全力で感じるのだと。二人の間に確かな絆が結ばれていた。
サターンは気付いていないが既に限界を超えていた。
光牙と二人、どこまでも高みに登っていく感覚に酔いしれている。
ぐぐぐぐぐぐっ
光牙が背中を見せるほど大きく振りかぶった。
その構えはカシオスを幻視させた。
防御など考えない、小細工などもっての外だ。
クロスを失い、その身一つになりながらも高まり続けるコスモにやはりカシオスの弟弟子なんだなと思う。
ここで引くなど漢が廃ると言うもの!
ぐぐぐぐぐぐっ
サターンもまた、同じ構えで応える。
互いに限界まで身体を捻り、その全てを拳に込めようとしている。
奇しくも、二人のカシオスが鏡合わせに向き合っているような光景だった。
「はあああぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁ!」
「うおおおぉぉぉおおおぉおおぉぉぉ!」
咆哮を上げ、溜めた力を解放する。
己の全てを込めた拳を相手にぶつける。
呆れるほど単純《シンプル》な漢比べ。
だが、単純だからこそ理解りやすく、互いを認め合えるのだ。
鮮烈なまでのぶつかり合いは、互いに痛み分けに終わった。
サターンの胸には深い十字の傷が刻まれ、光牙もまた大きなダメージを受けていた。
あれほど張り詰めていた闘気は既に消えている。
サターンが、愛おしそうに胸の傷を撫でる。
「これは魂に刻まれた傷。
俺の力でも治すことは出来ない。
もっとも、治す気もないが。
これは、お前との絆の証だからな」
「サターン・・・いや、その口調は昴か?」
戦いの最中に昴としての想いが蘇り、自らを俺と呼ぶようになっていた。
「昴は、俺の一部。
その記憶も想いも、俺の中に確かに残っている」
「そうか」
「感謝するぞ、光牙。
余の想いも、昴の想いも受け止めてくれた。
楽しかったな」
「ああ、楽しかった。
またやろうぜ!
いつでも掛かってこい!」
そう言って笑う光牙の顔は、昴だった自分に向けられていた顔とまったく同じだった。
くっくっくっ
相手が人間《昴》であろうが神《サターン》であろうがお構いなしか。
光牙らしいな。
「ああ、またな!」
光牙との絆を胸にサターンは帰っていった。
サターンが去った後、光牙は地面に仰向けに倒れた。
神の膨大なコスモを聖闘士の技法を用いて瞬間的に爆発させるサターンの力は反則もいいところだった。
光牙のダメージも半端ではない。
正直、さっきまで立っているのもキツかったのだ。
「ふう〜〜〜
先輩ぶるのも楽じゃないなぁ」
それでも昴の前で情けない姿は見せられなかった。
漢というのは意地っ張りなのだ。
だが、意地を張って、踏ん張るからこそ成長していくのもまた事実。
これからも光牙は意地を張って成長していくだろう。
昴《サターン》に背中を見せるために。
結末は、アニメとほぼ同じ展開になりました。
ラスボスと解り合って終わる展開は、聖闘士星矢シリーズでは珍しかったので印象に残ってますね。