節分記念投稿
去年の続編になります。
極東の地に一人の聖闘士が降り立つ。
彼の名はトニー。
この地で封印されていた邪悪が蘇ろうとしていると報告が入った時、男は自ら志願した。
かつて自分が救われたように、誰かを助けることが出来る存在になりたいと望んでいた男にとって当然の選択だった。
蘇った邪悪は一体ではなかった。
おびただしい数の異形たち。
その群れを率いて先頭に立つ魔物は、後頭部が肥大化した老人の姿をしていた。
一見すると人間に見えなくもない。
だが、その身体から発せられる邪気は周囲を包み込み、気の弱い者であればそれだけで気絶しかねない程のものだった。
伝説の妖魔『ぬらりひょん』
日本の妖魔たちの頂点とも言われる彼が率いる群れはこう呼ばれる。
『
極東の地、日本において恐怖の象徴とも言うべき怪異たちの行進。
彼らの進路上にいる命は全て刈り取られ、その命は新たな怪異となって群れはより大きくなっていく。
一刻も早く封印しなければ、手が付けられない程の強大な群れに成長してしまうのだ。
そして、最悪なことに百鬼夜行は多くの人々が住む街へと向かっていた。
迫り来る異形の群れ。
それらが放つ邪気に当てられ、街の人々は恐慌状態に陥ってしまっている。
このままでは多くの命が失われてしまう。
そして、膨大な命を啜った群れは膨れ上がり、さらなる犠牲者を求めてこの国を荒らすだろう。
この国は未曾有の危機を迎えていた。
しかし、この世界には各地で似たような伝説がある。
伝説は謳う。
地上に邪悪が蔓延るとき、地上の正義と平和を守る闘士が降り立って、必ずや邪悪を打ち倒さん。
百鬼夜行が街へと到達しようとした時、天空から何者かが群れの前に降り立つ。
それは、強い意志の光をその目に宿す、鎧を纏った若者であった。
「妖魔ぬらりひょん!
この俺がいる限り、決して街の人々に手を出させはしない!」
咆哮のようなそれは、後ろにいる街の人々に向けた宣言だった。
必ず守るから、安心してほしい。
パニックを起こして、互いに傷つけあわないでくれ。
コスモを宿した声によって、その想いは人々に伝わっていく。
何が起きているのかは分からないが、この若者が恐ろしい怪異から自分達を守ろうとしてくれている。
自分達よりも若い、ともすれば少年とさえ言えるような者が示した勇気が人々の心に炎を灯す。
あの背中を前に情けない姿は見せられない。
俺達に怪異と戦う力はない。
なら、出来ることをしよう。
彼の邪魔にならないようにこの場から避難するのだ。
老人や怪我で歩けない者がいれば肩を貸そう。
しゃがみ込んで泣いている子供がいれば背負って歩こう。
安全な場所まで避難させるんだ。
自分の大切な人を守るために。
ぬらりひょんの前に立ちはだかったトニーは、背にした街の人々が立ち上がり、助け合いながら避難を始めるのを感じて笑みを浮かべる。
人々の前で勇気を示し、やるべき事を思い出させる姿は、広大な海の上で船乗り達に進むべき方向を指し示す羅針盤の名を冠するに相応しいものだった。
「つまらぬ展開じゃのう。
人間どもが無様に逃げ惑う姿が見たかったのじゃがな」
ぬらりひょんが言葉を発した。
これは只の魔物とは一線を画すことを意味する。
本能のままに暴れ回る魔物とは違い、人語を解し、操ることが出来るほどの知能を有すると言うことだ。
これ程の妖魔を相手に油断は出来ない。
まずは群れの数を減らす!
トニーがコスモを高め、握った拳を振りかぶる。
ぐぐぐぐぐぐ
正面にいるぬらりひょんからも背中が完全に見えるほど体を捻っていく。
限界まで体を捻り、コスモを高めたところで、弾かれたように腕を振り抜いた。
「ホーリー・ビーンズ・スロー!!」
振り抜かれた手から無数の豆が射ち出される。
本物の豆を投げつけたのではない。
そして、射ち出された豆は聖属性を宿し、邪悪に対する特効を持っていた。
「「「「「ぐああああぁぁぁぁ!!!」」」」」
これにより、ぬらりひょんが率いていた百鬼夜行のほとんどが浄化された。
しかし、
「ほっほっ、これはすごい。
百鬼夜行を一撃で消滅させるとはのう。
千年前、平安の世でワシを封じた鎧の陰陽師を思い出させるわ」
長であるぬらりひょんにさしたるダメージはない。
封印が破られたばかりで群れが大きくなる前だったから簡単に打ち払えたのだ。
ぬらりひょんが弱い訳ではない。
戦いはこれからが本番だった。
拳を構え、ぬらりひょんと対峙する。
油断などしていない。
ましてや、目を離すなどしていなかった。
にも関わらず、ぬらりひょんの姿が消えた。
「何処を見ておる?」
背後から声が聞こえた。
「くっ!」
振り向きざまにバックハンドブローを放つが、そこにぬらりひょんの姿はなく、拳が空を切る。
「ここじゃよ」
いつの間にか真横に立っていたぬらりひょんの拳が迫る。
バックハンドブローで体勢が崩れているため回避は出来ない。
こちらを侮っているのか拳は緩やかとすら言えた。
だが、その拳が身体に触れた時、侮っていたのは自分の方だったと思い知らされる。
ドゴン!!
緩やかな動きからは想像も出来ないほどの衝撃が襲った。
「がはっ!」
無様にも吹き飛ばされていた。
インパクトの瞬間に感じた衝撃は、その緩やかな動きからは想像も出来ないほど強烈だった。
どう言うことだ!
動きそのものは緩やかだった。
なのに動きを目で追うことも出来ず、その攻撃で異常なほどダメージを受けてしまった。
「どんなまやかしか分からんが俺は負けたりしない!」
それでも、トニーは立ち上がる。
負ければ多くの人の命が脅かされるのだ。
コスモを燃やせ!
奴の動き自体は遅い。
より速く、より疾く、より捷くだ!
トニーが渾身の一撃を放つ。
しかし、その一撃はぬらりひょんをすり抜けてしまい、逆に懐に入られて、緩やかなはずの攻撃で再び吹き飛ばされてしまう。
「くっくっくっ
不思議かの?
何故、こんな動きの遅いじじいに攻撃が当てられず、弱々しい攻撃にこれ程の威力があるのか?
お前達、鎧を纏う者は速さばかりを追い求める。
あの陰陽師もそうであった。
やれ、音速だ、光速だと。
じゃが、適切な理(技量)と適切な意(タイミング)を手にすれば、そこには速さなどいらぬ」
「・・・無拍子と
「ほう、博識じゃな。
その通り、ワシは大陸から渡ってきた妖魔。
大陸武術の奥義とも言うべき技よ」
動きが見えなかったのは、速いからではなく予備動作なしで死角に入られていたから消えたように感じていたのだ。
攻撃の威力は、筋肉の緊張と脱力の幅。
その落差が大きければ大きいほど跳ね上がる。
究極の脱力とも言われる消力なら、あの威力も納得だ。
しかし、消力は本来防御の技。
「そう、ワシは消力を攻撃に使える。
言わば、攻めの消力よ。
速さを追い求める段階にはいないのじゃ。
お主らのいる場所は、二千年前に通過している!」
「なるほど、すごい技だ」
「貴様も真似てみるか?
たしか、2度同じ技は通用しないのじゃろ?」
「いや、小手先の技に頼るのは
俺はあの
あの人ならどんな相手にも自分を貫き通すはず。
自分を曲げるな!
そんな弱い心でカシオスに追いつけるわけがないだろう!
「小手先の技じゃと?
よう吼えたな、小僧!」
自らの奥義を小手先の技と言れたぬらりひょんが怒気も露わに向かってくるが怒りで動きが雑になるようなことはない。
歴戦の妖魔を相手にトニーも負けじと飛び掛かる。
トニーの拳がカウンターの形でぬらりひょんを捉えたかに見えた。
しかし、拳に手応えがない。
ぬらりひょんの体が回転して、その勢いを利用した蹴りが逆にカウンターでトニーに叩き込まれる。
攻めの消力を使えると言うことは、本来の用途である防御にも当然使える。
攻撃を当てても完全に受け流されてしまった。
それどころかカウンターまで受ける始末。
それでもトニーは立ち上がる。
愚直なまでに自分を貫く。
それが力になることを知っているから。
握り拳に力を込める。
無拍子?脱力?
そんなもので本当のカタルシスは訪れない。
真正面から力一杯ぶん殴る。
その先にしかあの背中は待っていないのだから。
トニーは、何度もぬらりひょんに立ち向かった。
その度に受け流され、カウンターで吹き飛ばされようと何度でも立ち上がる。
そして、立ち上がる度に攻撃の勢いは増していった。
くっ、何が此奴を突き動かしている?
ダメージを受けても、弱るどころかさらに激しく攻め立ててくるトニーにぬらりひょんはうんざりしてきた。
「もう良い。
いい加減、鬱陶しくなってきた。
これで終わりじゃ!」
ぬらりひょんの後ろの空間が歪んでいく。
ただならぬ妖気を発する歪みから魔物たちが姿を現した。
その一体一体が最初にいた群れとは比較にならぬ程の力を感じさせる。
「くっくっくっ
こ奴らこそ、平安の都を恐怖のどん底に陥れた百鬼夜行の本隊。
お主が払ったのは、そこらで集めた野良魔物に過ぎぬ。
絶望するが良い。
最初からお主に勝ち目などなかったのじゃ!」
新たに呼び寄せた魔物たちは確かに脅威だった。
一体一体が、ぬらりひょんに及ばないとは言え、侮れない力を持っている。
そんな魔物が何十体といるのだ。
ぬらりひょんとの戦いでダメージを受けていることを考えれば、状況は確かに絶望的と言えた。
だが、この程度でこの男の心が折れたりなどしなかった!
「いいぜ!
手下もまとめて掛かってこいよ」
「なに!
貴様、この状況でも勝ち目があると思っているのか!」
「勝てるからやるとか、勝てないからやらないとか。
そんな話じゃねぇ!」
圧倒的な戦力差を前にしてもトニーの目に迷いはなかった。
ぬらりひょんが何故、切り札とも言える魔物たちを呼び出したのか。
それは、トニーの意志の強さに気圧されつつあったからだ。
どれほど強大な戦力を誇ろうと戦いを早く終わらせたい、相手の心が折れて欲しいと願ってしまっている。
実際のダメージはトニーが圧倒的に大きい。
それでも、ぬらりひょんの方が確実に敗北に近かった。
「よく言った!
気に入ったぜ!」
そこに新たな声が割って入る。
声の方向を見ると甲冑姿の男と忍び装束の女がいた。
「お前たちは?」
「俺は、この国の女神
「同じく
「助太刀するぜ」
「と言うより、これは我が国の危機。
本来、私達が解決すべき問題だから、到着が遅れて申し訳ないくらいよ」
「そうだな、俺たちに代わり人々を守ってくれて感謝する」
「俺と同じ、神に仕える闘士か。
何故、こんなに遅れたんだ?」
ギリシャの聖域から来たトニーにとって当然の疑問だった。
「我らの女神様は太陽神のくせに陰キャで何かあるとすぐに引きこもって世界を照らすのをやめちまうんだ」
「だから、なかなか側を離れられない。
正直、他の神に仕える闘士たちが羨ましい」
「そっ、そうか。
大変なんだな」
トニーは、日本の女神のあまりの残念さにそう言うしかなかった。
「ええい!ごちゃごちゃと五月蝿いわ!
たかが二人増えたくらいで勝てると思うたか!」
突然の乱入者に警戒していたぬらりひょんがついに痺れを切らした。
「ああ、勝てるつもりだぜ。
いくぞ、サクヤ!」
「了解!」
二人が魔物の群れに向かっていく。
「手裏剣乱舞!」
サクヤがコスモを無数の手裏剣にして投げつける。
「斬魔・さみだれ斬り!」
リュウセイがサクヤの手裏剣で怯んだ魔物たちの中に飛び込んでコスモを宿した刀で切り裂いていく。
「雑魚どもは俺たちが引き受けた。
お前は、そいつとの
「邪魔はさせないから安心して」
「ありがとう。
恩にきる」
「おのれ、小癪な真似を!」
せっかく呼び寄せた魔物たちを足止めされ、ぬらりひょんが苛立ちを見せる。
「自慢の手下たちには頼れないぜ。
底が見えてきたな」
「先程までワシに傷一つ付けられなかった分際で思い上がったか!」
「確かにさっきまでは届かなかった。
だけど、これからも届かないとは限らないだろ!」
「舐めるな!」
トニーとぬらりひょんが再び激突する。
しかし、先程までとは様相が異なっていた。
ぬらりひょんが魔物を呼び寄せたのはトニーの気迫に気圧されたからだ。
呼び出した魔物たちで得た優位が失われた今、魔物たちを前にしても自分を貫いたトニーが精神的な優位を得るのは当然の事だった。
ぬらりひょんは攻撃を受け流すことで精一杯になり、カウンターを狙う余裕がなくなっていた。
「おのれ!ワシが、このような小僧に!」
「あんたは強かった。
魔物の群れなんてものに頼らずに自分の力を信じていれば違った戦いになっていたかもしれないな」
トニーが拳にコスモを込めて構える。
「ホーリー・ビーンズ・スロー!!!」
至近距離でトニーの技が炸裂する。
ホーリー・ビーンズ・スローは、ショットガンのようなもの。
無数のコスモの豆を散弾のように射ち出す技。
距離が近ければ拡散する前に全てを叩き込むことが出来る。
そして、多数の弾が広がっていく散弾の特性が消力で受け流すことを難しくする。
いかに脱力しても全てを受け流すことは出来ない。
「ぐおおおぉぉぉぉぉ!!!」
ぬらりひょんは、全身に穴を穿たれ沈んだ。
「はぁはぁ、勝った」
恐るべき相手だった。
それでも人々を守り切ることが出来た。
少しはあの
自分の成長を実感し、確かな喜びを感じる。
まだ一歩進んだだけに過ぎない。
目指す背中はなお遠く、この道に果てなどないのかもしれない。
それでも、この道を選んだことに後悔など微塵もなかった。
「よう、お疲れ。
あの大妖怪相手に見事な勝利だった」
成長を実感していたトニーにリュウセイが声を掛けてきた。
気が付けば周りの魔物たちも一掃されていた。
「いや、君たちが助太刀してくれたからだ。
一人だったら危なかったかもしれない」
「そもそも、私達が倒すべき相手だったのだから当然の事をしただけよ」
「そうだぜ、あんた・・・あ〜」
「ああ、すまない。
俺はトニーだ」
「おう、トニーはギリシャから来たんだろ?
俺たちの代わりに倒してくれたんだ。
礼を言うのはこちらだぜ」
「確かに俺はアテナに仕える聖闘士だけど、なんで分かった?」
「昔、この国で聖闘士同士でドンパチし始めたことがあってな。
その時に少し調べた。
そっちのいざこざに巻き込まれたくなくて傍観してたんだ。
まあ、この国に被害が出そうなら介入してただろうけど」
「そうなのか?
いや、昔の聖戦でハーデスが惑星直列で地上を滅ぼそうとしていたはず。
その時も介入しなかったのは何故だ?」
「地上に太陽の光が届かないようにするやつか?
それ、ウチの女神様もちょくちょくやっちゃうからなぁ
よく引きこもって地上を闇に閉ざしてるんだよ」
そう言った時は、他の太陽神が照らしてくれているから、その間に引っ張り出してたけど。
「だからあの時、太陽が隠されていたらアマテラス様の尻を引っ叩いてでも地上を照らさせるつもりだった。
まあ、貴方達がハーデスに負けていたら私達が出張っていたわ。
アマテラス様の精神が限界に来て、また引きこもる前に解決しなきゃいけないし」
地上の危機だからって頑張れるわけがないもの。
実は少し楽しみだったりした。
仕える女神が引きこもりだから俺たちもあんまり外国に出れないし。
そう言って笑うリュウセイ達にトニーは顔を引き攣らせる。
守るべき地上を悪気なく滅ぼしかける女神に仕えるとか大変だな。
まあ、ギリシャ神話の神々もいろいろやらかしてるから他所のことは言えないが。
「とりあえず、この地での仕事は終わったからな。
俺はギリシャに帰るよ」
「そうか、もしプライベートで日本に来ることがあれば声を掛けてくれ。
いろいろ案内するよ」
「その時はお願いするよ。
じゃあな!」
こうして日本での任務を終え、聖域に帰還した。
成長を実感し、新たな友人を得るなど実り多き任務だった。
しかし、聖域に帰ってものんびりとはしていられない。
カシオスに追いつくためには、まだまだ足りないものだらけだからだ。
これからも歩みを止めることはない。
俺は登り始めたばかりだからな。
憧れの背中に追いつくための、この果てしない男坂をよ!