復活したポセイドンの力によって地上は水没の危機を迎えていた。
アテナもポセイドンに拐われてしまった。
地上の水没を遅らせるために、アテナは自らの意志でメインブレドウィナと呼ばれる塔に入り、地上に降り注ぐはずだった水をその身に引き受けていた。
星矢たちが地上を守るために必ずポセイドンの軍に打ち勝ってくれると信じて、アテナとしての使命を果たそうとしていた。
星矢たちも、アテナの想いに応えるためにポセイドンの本拠地、海底神殿に乗り込んで行った。
星矢たちは幼少期の扱いから、城戸沙織を嫌っていた。
だが、偽教皇との戦いを通して、その心は変わっていった。
地上の平和を守るアテナとしての使命を背負おうとする少女を嫌いだからと見捨てるような男たちではなかった。
元より、聖闘士になった時から地上の平和を守るために命を懸ける覚悟はある。
今も、アテナは地上を守るためにその身を犠牲にしている。
なら、その想いに応えないで、何が聖闘士か!
星矢たちは、黄金聖闘士の血によって蘇ったニュークロスを纏い、ポセイドン軍の海将軍《ジェネラル》たちとの戦いに臨んだ。
そんな星矢たちの後を追い、海底神殿に足を踏み入れた者たちがいた。
ある重要な役割を担う天秤座《ライブラ》のクロスを星矢たちに届けるために来たキキ。
そして、シャイナとカシオスの師弟だった。
そんな招かれざる客をマーメイドのテティスが出迎えた。
テティスは、キキ、シャイナと視線を向けていき、最後にカシオスを見上げた。
「ひっ!」
カシオスの外見は、巨漢で顔も含めて疵だらけだ。
女性が怯えるのも無理はない。
(身体が疵だらけで、背中に刺青まである。
完全にその筋の人じゃない)
テティスには、何故かその手の知識があるようだ。
この娘にも前世があるのだろうか?
「な、なんの御用でしょうか?」
テティスの態度は明らかにカシオスの外見に怯えているようだった。
「おい、カシオス。
この娘が怯えているじゃないか。
しばらく離れてな!」
カシオスもこう言った反応には前世から慣れていた。
シャイナの言葉に従い、テティスから距離を取った。
「怖い思いをさせてすまないね。
ああ見えていい奴なんだ。
そんなに怯えないでやってくれ」
テティスが怯えていたのは、外見のせいだけではなかった。
カシオスの中に宿る、凄まじいコスモの強大さに怯えていたのだ。
そんなカシオスをあっさりと従えているシャイナに、テティスは、こんな凄い女性がいるのかと尊敬の目で見ていた。
「それで、カシオス。
これからどうするんだい?」
「ポセイドンに話を付けにいくつもりだが、その前に寄るところがある」
「へえ、野暮用ってやつかい」
「そんなところだ」
そう言って、カシオスたちは移動を始めた。
「ちょっと待ってよ!」
キキがクロスボックスを担いで後に続く。
テティスも、何となく戦闘の機会をなくして同行する事になった。
紫龍は、海将軍の一人クリュサオルのクリシュナを前に苦戦していた。
クリシュナが繰り出すゴールデンランスにドラゴンの盾すら貫かれてしまった。
山羊座《カプリコーン》のシュラから受け継いだエクスカリバーですらクリシュナのゴールデンランスを断ち切ることは出来なかった。
そこにカシオスたちが到着した。
「あんたか、俺を呼んだのは」
「カシオス、来てくれたのか」
カシオスは、紫龍から手紙を送られていた。
そこには、もし海洋神殿に来るのなら、自分の所に来て欲しいと書かれていた。
「ふん、まさか援軍を呼ぶような男だったとはな。
どうやら、お前を過大評価していたようだ。
かまわん、全員で掛かってくるがいい」
「何を勘違いしている。
カシオスを呼んだのは、助けを得るためではない!」
クリシュナにそう返し、紫龍はカシオスと向き合う。
「あんたに俺の本気の喧嘩を見届けてほしい」
「いい顔だ。
気張ってきな」
カシオスの返事に、紫龍の心は熱く燃え上がっていた。
デスマスクとの戦いで、初めてカシオスの喧嘩を見た時から憧れていた。
その強さにではない。
その生き方にこそ憧れたのだ。
カシオスの前で、恥ずかしい喧嘩は見せられない。
そんな思いを胸にクリシュナと対峙する。
「ふん、本気の喧嘩だと。
まるで、子供の戯言ではないか!
今まで手加減して戦っていたとでも言うのか!」
「今までも全力だった。
ただし、聖闘士としてのな!」
「なに?」
「これからは、聖闘士としての戦いじゃない。
紫龍と言う男のすべてを賭けた喧嘩だ!」
そう言って、紫龍はクロスを脱ぎ捨てた。
クロスを脱いだ紫龍は、今までとは違っていた。
いつもは上半身裸だったが、インナーを着ていたのだ。
紫龍は、おもむろにズボンの裾を掴んだ。
そのまま、服を引きちぎりながら上へ上へと捲り上げていく。
ズボンも上半身のインナーも引きちぎりながら脱ぎ捨てた。
後に残ったのは、日本の褌と呼ばれる伝統衣装だった。
紫龍には、カシオスが身に纏っていた褌についての知識があった。
日本において、主に祭りなどの神事で使われている。
特に自分達の戦いを神に奉納する相撲と呼ばれる神事でこれを身につける男を力士と呼ぶらしい。
アテナの聖闘士としても相応しいものだ。
中国人であるが故に、いろいろ間違った知識もあるが紫龍は褌を購入していた。
カシオスの戦いを見て、自分もしてみたいと思っていたのだ。
一度、クロスを脱ぎ壊そうとしたのだが、ドラゴンクロスから断固拒否の意思が送られてきて諦めた。
無理矢理しようとすれば、デスマスクのようにクロスに見捨てられていただろう。
聖闘士にとって、クロスは大切なパートナーだ。
紫龍も無理強いは出来なかった。
「クロスを脱ぐだと!
何を考えている」
「クロスを纏ったままでは、決して届かない境地がある。
俺は、そこに到達してみせる!」
紫龍の身体から、凄まじいコスモが湧き出てくる。
そのコスモの巨大さに気付いたクリシュナも、最大限の警戒を抱く。
「確かに凄まじいコスモだ。
だが、このゴールデンランスは折れない!」
クリシュナもまた、コスモを高め槍を突き出す。
紫龍は、すべてのコスモを右手に込めて振り下ろす。
「エクスカリバー!」
クリシュナのゴールデンランスと紫龍の右手が交錯し、ゴールデンランスが切り飛ばされていた。
「なんだと!」
自らの槍の断面を見ながら、クリシュナは驚いていた。
槍の断面は滑らかで、紫龍の技の見事さを表していた。
「見事だ。
まさか、この槍を折られるとは」
「俺の勝ちのようだな」
「そう結論を急ぐな。
勝負は、これからだ!」
クリシュナが折れた槍を投げ捨て、鱗衣《スケイル》を脱ぎ捨てた。
「なに!」
「ふっ、俺はもともとインド神話の神に仕える者。
ポセイドンに請われて、客将としてここにいるのだ。
槍も鎧も、所詮は借り物に過ぎない」
そして、クリシュナからも凄まじいコスモが放出された。
「俺もこう言わせてもらおう。
これからは海闘士《マリーナ》としての戦いではない。
クリシュナと言う男の意地を賭けた喧嘩だ!」
これからが互いのすべてをぶつけ合う、喧嘩の本番だった。
クリシュナが動き出す。
それは、踊りのような動きだった。
手を叩き、リズムをとり、軽やかにステップを踏んでいく。
「これは、インドの最高神、破壊と再生を司る神『シヴァ』が使ったとされる技。
音楽とダンスの神としての一面も持つシヴァ神の奥義『輪廻武踊《ターンダヴァ》』だ!」
クリシュナが紫龍に襲いかかる。
ダンスのリズムに乗るように激しい連撃が紫龍を襲う。
その連撃は、より激しく、より速くなり続けていく。
このままでは飲み込まれる。
そう思った紫龍がエクスカリバーを放つ。
だが、その右手は空を切った。
あ、当たらない!
相手は拳や蹴りが届く位置にいる。
それでも、紫龍の攻撃はクリシュナを捉えることが出来ない。
何度やっても変わらなかった。
タン、タタン、タン、タン・・・
このステップか。
紫龍も気付いた。
クリシュナの技の本質は、この足捌きにあると。
ステップワーク、フットワークとも言われる。
この技術に優れた闘技者に攻撃を当てることは至難の技である。
優れたフットワークにより、攻撃範囲の外側に身体を移動させてしまうのだ。
攻撃を当てるためには、その動きを読んで攻撃範囲に相手を入れる必要がある。
だが、クリシュナの動きは予測できないリズムを刻んでいる。
さすが、神の秘奥と言われるだけの事はある。
紫龍は、一方的に打撃を叩き込まれていた。
何度目かのダウンの後、立ち上がった紫龍にはガードのために腕を上げる力すらなかった。
ノーガードの棒立ちのように見える紫龍。
だが、クリシュナは、その紫龍を前に踏み込むのを躊躇っていた。
「次で決まるね」
(もう、紫龍はガードも出来ない。
紫龍の負けだな)
シャイナの言葉にカシオスが応える
「ああ、次が最後だ」
カシオスは紫龍の構えに、前世で見たあの侍を幻視していた。
警察が恥を忍んで極道の俺に頼んできた。
だから、その想いを背負って全力で挑んだ。
それでも届かなかった最強の代名詞。
宮本武蔵。
彼が描いた自画像は、ただの自画像とは一線を画する評価を受けていた。
相手を鋭く射抜く眼光。
理想的な脱力《リラックス》がなされた握り。
重心を相手に悟らせない足元。
それは、剣士の構えの完成形と言われていた。
紫龍も確信していた。
この構えだ。
この構えこそが正しい。
エクスカリバーを放つ手は握らず、伸ばさず。
両足は肩幅よりやや広めに。
疲労とダメージで余計な力を入れる余力はない。
それが紫龍に理想的な脱力を成功させていた。
クリシュナも紫龍の構えが放つ異様なプレッシャーを感じていた。
恐らく、次の一撃が紫龍の最高の一撃になる。
決して踏み込まず、距離を取って逃げ回れば、その内疲労とダメージで倒れるだろう。
だが、そんな決着に何の意味がある?
相手が最高の一撃で勝負しようとしている。
なら、それに受けて立たなければ漢じゃない。
闘技者としての誇りを損なう勝利など意味はない。
クリシュナもまた、最高の一撃を繰り出そうとしていた。
二人の間で互いの闘志がぶつかり、空間が歪んで見えるほど緊張感が高まっていく。
ゴクッ!
見ているだけのテティスが息を呑む。
そして、激突の瞬間が訪れた。
「大切炎舞《デーヴァローカ》!」
クリシュナの渾身の蹴りが紫龍に迫る。
「ここだ!
エクスカリバー・居合!」
クリシュナの動きは予測できない。
だから、攻撃を当てるには起こりを感じ取るしかなかった。
意識は0.5秒遅れて来る。
攻撃をしようと意識する前に、その信号は脳から発信されている。
紫龍は、そのクリシュナの攻撃の起こりを感じ取っていた。
紫龍のエクスカリバーがクリシュナの脚を切り裂いた。
今のクリシュナの足では、もはやターンダヴァを使う事は出来ない。
勝負は、紫龍の勝ちだった。
「予想通りの展開だったな」
「・・・ああ、そうだね」
カシオスとシャイナの会話を聞いていたキキとテティスは、二人に尊敬の眼差しを向けている。
シャイナの顔は引き攣っていた。
しかし、仮面で外からは見えない。
腕を組んで戦いを見つめるシャイナの姿は、先の展開を読み切った強者の風格を感じさせていた。
(視線が痛い。
カシオスの当然だなと言う視線も。
キキ達の尊敬の眼差しも。
言えない!
紫龍の負けだと思っていたなんて)
負けを認めたクリシュナの前で、紫龍はライブラの武器を使い柱を破壊した。
紫龍は、次の柱に向かうと言う。
キキは、他の聖闘士たちにライブラの武器を届けに行った。
「ポセイドンのところに行くか」
「そうだね」
(カシオスは、ポセイドンと何を話すつもりなんだ?)
紫龍たちを見送った後、二人は、ポセイドンの元へと足を進めた。
リクエストが多かった花山式脱衣を採用しました。
紫龍が漢としての喧嘩を始めたので、クリシュナも目潰し技ではなく肉弾戦で応じました。