カシオスとシャイナがテティスと共にポセイドン神殿の中へと正面から入っていった。
奥の玉座では、ポセイドンが待っていた。
「最初に余の前に来るのは星矢だと思っていたが、女聖闘士と聖闘士ですらない男であったか」
ポセイドンは、神らしく尊大な態度で3人を出迎えていた。
そんなポセイドンの態度を気にもせずに近づいて行くのは・・・
そう、カシオスだった。
カシオスが玉座に座るポセイドンの前に立ち、向かい合う。
(カシオスの奴、ポセイドンに何を言うつもりだ?)
シャイナが見守る前で、カシオスが用件を切り出す。
「アテナ《組長》の柄を拐った落とし前、つけさせてもらいに来たぜ」
そう言って、ポセイドンに拳を叩き込む。
(なっ!カシオス、話って肉体言語かーー!)
いきなり、神に喧嘩を売って殴り掛かったカシオスに驚きすぎて、シャイナは声も出せない。
しかし、カシオスの拳はポセイドンに届かなかった。
ポセイドンの前に不可視の障壁が立ちはだかり、カシオスの攻撃を跳ね返していた。
カシオスは、自らの攻撃で吹き飛ばされていた。
吹き飛ばされたカシオスは、立ち上がりながら、ある男を思い出していた。
ポセイドンは、受けた攻撃に自らの力を乗せて跳ね返してきた。
それは、かつての世界で覚えがあるものだった。
渋川剛気《しぶかわ ごうき》
あの合気の達人と、原理は違えど同じ事をしている。
相手の力が強いほど、相手に大きなダメージを与えられる。
それは、一見無敵の技に見える。
だが、かつての世界でも負けた事はあった。
その技の攻略法は、いくつか存在する。
だが、カシオスは小手先の技術に頼るような男ではない。
なら、取る戦法は一つ。
ジャック・ハンマーと同じ、力による正面突破しかない。
カシオスは、ズボンの裾を掴み、上へ上へと引きちぎりながら衣服を脱ぎ捨てた。
残ったのは褌のみ。
本気で喧嘩する時の姿になったのだ。
その姿にポセイドンが反応する。
「ほう、褌か。
この身体、ジュリアンの知識にもあるぞ」
ポセイドンが取るに足らないと認識していたカシオスに初めて正面から目を向けた。
「お前からは、アテナの加護を感じなかった。
その姿で合点が行ったぞ。
それは、日本の神、天照大御神に仕えるスモウと言う闘技を操る者が纏う大和衣《フンドシ》だな。
お前は陽闘士《サムライ》か?
それとも陰闘士《ニンジャ》か?」
どうやら、ジュリアンは外国人によくある間違った日本の知識があったらしい。
「どちらでもない。
俺は極道者《ごくどうもん》だ」
「なるほど、道を極めし者か。
面白い、どれほど極めようと神には勝てない事を教えてやろう」
カシオスが拳を握り、身体を捻って行く。
ぐぐぐぐぐ・・・
カシオスの渾身の一撃が放たれる。
だが、その一撃すらも跳ね返され、再びカシオスが吹き飛ばされた。
その姿を、駆け付けてきた星矢が目撃していた。
「なに!あのカシオスが吹き飛ばされている!」
星矢が想像もしていなかったカシオスの姿に動揺している中、ずっと見守っていたシャイナは冷静そのものだった。
(どうやら、雑兵に過ぎないカシオスに本気を出す気はないようだな。
ポセイドンの神としてのプライドか、カシオスの力を跳ね返すだけしかしていない)
シャイナは、ポセイドンが神としての力でカシオスを殺そうとしていない事に安堵していた。
自分の力が返ってくるだけなら、死ぬ事はないだろうと。
ポセイドンは、カシオスのコスモを認めていた。
だから、自らの力も上乗せして返していた。
その力を受けていないシャイナには分からない事だ。
カシオスの力を跳ね返す事が、どれほど凄まじい事なのかもシャイナは理解していなかった。
カシオスが、再びポセイドンの前に立つ。
両手を伸ばし、ポセイドンに迫るが見えない障壁に阻まれて近づける事が出来ない。
「なるほど、考えたね。
跳ね返されないように、ゆっくり力を加えていくつもりか」
シャイナは、そう判断していた。
だが、カシオスにそんな小賢しい考えはなかった。
己が最も信頼する力を使っただけなのだ。
その力とは、握力だ。
カシオスは、ポセイドンの前にある不可視の障壁を握り潰そうとしていた。
カシオスの精神は、譲れない想いを背負った時、想像を絶する力を発揮する。
自分が属する組織のトップが拐われたのだ。
それも、正面から乗り込んでの行為ではない。
アテナは、大波によって拐われていった。
女一人を不意を突いて拐って行くなど、カシオスが許すはずがなかった。
たとえ神だろうと落とし前をつけさせる。
その想いが、カシオスのコスモを何処までも押し上げていく。
カシオスの握力は、肉を摘んで引き千切り、握撃と言う絶技すら可能にする。
だが、この男、実は一度も本気で拳を握った事がない。
巨大な恒星が、自らの重力に耐え切れずに崩壊してブラックホールになるように。
その強すぎる握力が、自分自身の手を握り潰してしまうからだ。
そんな男が今、初めて本気で拳を握ろうとしていた。
カシオスの握力と跳ね返される力が拮抗し、高まり続けている。
そして、ついに均衡が破れる時が来た。
パリン!
まるでガラスが砕けるように、ポセイドンの障壁が砕け散った。
カシオスの指は、自らの握力に耐え切れずへし折れていた。
「なっ、余の障壁が、如何なる力も跳ね返す神の力を破ったと言うのか!」
人間が神の力に正面から打ち勝つと言う、予想外の結果にポセイドンも動揺を隠せない。
だが、カシオスは止まらない。
まだ落とし前をつけていないのだから。
カシオスがへし折れた指のまま拳を握り、呆然としているポセイドンの顔に放つ。
もはやポセイドンを守る盾は存在しない。
神の力を打ち破ったコスモを宿す拳が、ポセイドンに突き刺さろうとしていた。
「やめてーーーー!」
テティスがポセイドンの前に飛び出して盾になった。
カシオスの拳がテティスの手前で止まっていた。
テティスは、恐怖に震えながらもカシオスを見上げている。
そして、決して視線を逸らさずに言葉を紡ぐ。
「ご、ごめんなさい。
でも、この身体はジュリアン様の物なんです。
だから、お願いします。
傷つけないで下さい!」
自分の身体を盾にして守ろうとするテティスの姿は、前世の母を思い出させた。
愛情深い人だった。
病に犯され、壮絶な闘病生活を送りながら、最後まで花山薫を全力で愛してくれた。
「ポセイドン、俺の負けだ。
この盾は壊せない。
この嬢ちゃんに感謝しな」
そう言って、カシオスは拳を収めた。
これを自らの勝ちとするほど、ポセイドンのプライドは低くはない。
「いや、余の負けだ。
アテナは、この先のメインブレドウィナの中にいる。
助け出して来るがいい。
余は大人しく封印されて、この身体をジュリアンに返そう」
その余りに潔い態度にシャイナが疑問に思っていた事を問いかける。
「ポセイドン、あんたは本気で地上を狙っていたのかい?」
「・・・気付く者がいたか。
確かに今回は、さほど本気ではなかった。
本来なら後数百年は眠っていたはずだったからな」
「やっぱり、そう言う事か」
「シャイナさん、なんの事なんだ?」
星矢が理解できない会話の説明を求めた。
(雑兵のカシオスに負けるなんて)
「神にしては、弱すぎると思ったのさ。
数百年も早く目覚めてしまった事で、神としての力を発揮出来なかったんだろう」
(当然、身体も予定外の間に合わせだ。
力なんかまともに使える訳がない)
「なっ!あれで弱いだって?」
「星矢、お前の目は節穴か?
あれが神の全力な訳がないだろ」
(カシオスに負けるくらいだぞ)
「確かに、今の余は神としての全力は出せない。
女よ、なかなか侮れぬな」
星矢は、会話の意味を理解してシャイナに尊敬の目を向ける。
(ポセイドンが見せた力を弱いと感じられるなんて)
「さすがシャイナさん、カシオスの師匠なだけあるな」
「なるほど、この男の師ならば納得だな」
ポセイドンもまた、シャイナを高く評価していた。
確かに本来の予定よりも早く目覚めた事で力は完全ではなかった。
だが、ソロ家の血筋はポセイドンとの親和性が高い。
神同士ならばともかく、人間にとっては強大な力だったはずだ。
まさか、人間に弱いと言われるとは思わなかった。
「話は付けた、俺は地上に帰るぜ」
そう言ってカシオスが去ろうとしていた。
「カシオス、アテナを助けないのか?」
「それは、お前がやりな。
そのために来たんだろう?」
星矢は理解した。
カシオスは、俺たちの顔を立ててくれているんだ。
ポセイドンに負けを認めさせた。
この上、アテナの救出までしては、俺たち正規の聖闘士の立場がない。
「カシオス、ありがとう!
任せてくれ。
俺がアテナを助けてみせる!」
そう言って、星矢はメインブレドウィナに向かっていく。
「なら、私も帰るよ」
事態が丸く収まりそうな事もあり、シャイナもカシオスと共にポセイドン神殿を後にした。
その後、星矢は駆けつけて来た紫龍と共にライブラの武器を使いメインブレドウィナを破壊しようとするが、通用しなかった。
ライブラの武器の方が砕けてしまったのだ。
「くそっ、せっかくカシオスが任せてくれたのに、アテナを助ける事が出来ないなんて」
「星矢よ、俺たちは間違っていた!」
「紫龍、どう言う事だ?」
「ライブラの武器があるからと、安易にそれに頼ってしまった。
そんな女々しい心でコスモを高められる訳がない!」
「た、確かに!」
星矢たちは、自らの過ちに気付いた。
ならば、やるべき事は決まっている。
無言でクロスを脱いでいた。
そこに褌姿の二人がいた。
「紫龍、やっぱりお前も」
「ふっ、お前もだったか」
星矢と紫龍は、通じ合っていた。
もう会話は要らない。
コスモを高める。
限界など超えてどこまでも。
限りなく、高め続ける。
そのコスモを身体ごとメインブレドウィナに叩きつける。
星矢たちは、ライブラの武器ですら通じなかった塔に風穴を開けていた。
「はぁ?」
その一部始終を見ていたキキは、最初から最後まで理解出来なかった。
なんでクロスを脱ぐの?
なんで褌?
考えても答えは出なかった。
その内、キキは考えるのを辞めた。
星矢と紫龍の褌姿にアテナは顔を赤くしながら、アテナの壺でポセイドンを封印した。
こうして地上の平和は守られたのだった。
おまけ
ポセイドンの魂が封印され、ジュリアンはテティスの手で地上に送り届けられた。
ポセイドンであった頃の記憶は無いが、地上に水害をもたらした罪悪感は残っていた。
ソロ家の財産を投げ打って、被災者救済の旅に出ていた。
そんな彼の旅に同行する者達がいた。
「ちょっとソレント様、距離が近すぎです!
ジュリアン様の隣は、秘書である私の場所ですよ!」
「何を言ってるんです、テティス。
秘書らしく、後ろで控えていなさい。
笛の音色で被災者を慰める、この旅のパートナーの私こそが隣に立つべきです」
この世界では、ソレント君ではなくソレントちゃんだった。
テティスとソレントは、この旅で恋の鍔迫り合いを演じる事になるのだが、それは別のお話。
「二人とも、仲が良いのは分かるけど、もう行くよ?」
ジュリアンが二人の想いに気付くのは、まだまだ先の事になりそうだった。