喧嘩師《セイント》カシオス   作:ソロモンは燃えている

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嘆きの壁で、星矢たちのために自らの魂を犠牲にしたデスマスクに繋がる話


リベンジ・オブ・デスマスク

 

 

 

 聖域、黄道十二宮は、ハーデス軍の冥闘士《スペクター》たちに攻め込まれていた。

 だが、そんな事よりも十二宮を守る黄金聖闘士たちを怒らせている事があった。

 命を落とした、かつての黄金聖闘士たちが裏切り、スペクターたちと共に攻め込んできたのだ。

 その中にデスマスクの姿もあった。

 

「何故このような真似を。

 あなたたちは、本当に永遠の命などのためにハーデスに魂を売ったのですか!?」

 

「けっ、俺は、そんなもんどうでもいい。

 シオンや他の連中とは違う。

 俺は、俺の目的のためにここに来た」

 

「デスマスク、あなたの目的とは一体?」

 

「ふん、来たようだな」

 

 緊張感が漂うその場に、まるで散歩にでも来たかのように悠然と歩いてくるカシオスの姿があった。

 

「あんたか、これを出したのは」

 

 カシオスの手から一枚の紙が落ちていく。

 床に落ちた紙にはこう書かれていた。

 

『今夜、十二宮に来られたし

 俺と戦われたし』

 

 それは、はたし状であった。

 

「なんだ、デスマスク。

 テメェ、雑兵なんぞと戦うために来たのか?

 黄金聖闘士とは怖くて戦えないってか?」

 

 共に来ていたスペクターたちがデスマスクを嘲笑う。

 だが、黄金聖闘士たちは口を挟まなかった。

 カシオスが、ただの雑兵などと思う黄金聖闘士はいないのだから。

 

 黄金聖闘士たちの異様な空気に気付いたのか、スペクターたちも静かになっていく。

 

「カシオス、テメェともう一度やるために来たんだ」

 

 カシオスにも分かった。

 この男は、かつてのような小物ではない。

 今のデスマスクとなら、心を熱くさせるような喧嘩が出来るだろう。

 カシオスの疵だらけの顔が歓喜に歪む。

 

 カシオスに喧嘩相手として認められた事を感じたデスマスクの顔にも歓喜が浮かんでいる。

 

「まずは、場所を変えようか。

 俺たちに相応しい場所にな!」

 

 そう言って、デスマスクは自分ごとカシオスを積尸気冥界波で飛ばした。

 

 現世と冥界の狭間、黄泉比良坂の前に降り立ったデスマスクとカシオス。

 

「くっくっく、懐かしいなぁ。

 リベンジマッチの場所は、最初からここだと決めていた」

 

 デスマスクは、かつての屈辱の記憶を思い出しながら笑っていた。

 

 

 黄泉比良坂の大穴に亡者達に担がれたデスマスクが投げ落とされようとしている。

 

「やめろ!はなせ亡者ども!」

 

 デスマスクは、必死に抵抗するが折れた心ではコスモを高めることも出来ず、亡者たちを振りほどくことが出来なかった。

 そして、ついにデスマスクは亡者たちごと大穴へと落ちていった。

 

「あじゃぱーーー!」

 

 大穴の底は、冥王ハーデスが支配する世界。

 そこは死者の国。

 ある例外を除いて、生きたまま立ち入ることの出来ない場所だ。

 その例外ではないデスマスクは、こうして冥府の住人となった。

 

 

 デスマスクは生前に行った罪を裁かれ、冥界において責め苦を受けていた。

 だが、デスマスクの心に浮かぶのは後悔や反省の念ではない。

 思い出すのはカシオスとの戦いばかりだった。

 自らが命を落とし、魂だけの存在となった事で、いかに自分の心が弱かったのかを理解した。

 同時にカシオスが何故あれほど強かったのかも。

 あれから冥界に落ちてくる亡者の中には、カシオスを知っている者たちも多くいた。

 そう言った亡者たちは、例外なくカシオスという漢に惚れていた。

 聞けば喜んで、その戦いを話し始めた。

 自分をぶちのめした漢の名がカシオスだと言うのも亡者たちから聞いた。

 カシオスの名は、冥界の亡者たちの中に広まり続けているのだ。

 自らを悪と断じ、決して正義とは言えなくとも一本筋の通った信念を持って生きるカシオスの姿は、冥界に落ちて亡者になるようなアウトローたちすら魅了した。

 いや、暴力の中で生きるアウトローだからこそ、より強く魅了されるのだ。

 

 デスマスクは、ひたすら自らの魂を鍛えていた。

 奴は自らを悪だと言っていた。

 確かに、その生き方は正義ではない。

 なら、いつか奴も冥界《ここ》に来る。

 その時に、もう一度あの漢の前に立つために。

 周りの亡者からは、嘲笑された。

 お前ごときが、あのカシオスに勝てるはずがないと。

 それでも、ひたすらに鍛え続けていった。

 

 

 そんなデスマスクにハーデスから誘いの声が掛かった。

 報酬の永遠の命など、どうでも良かった。

 他にも誘いに乗った元黄金聖闘士たちがいた。

 前教皇のシオンすらいたのだ。

 奴らが、本気で聖域を裏切るとは思えない。

 何かハーデスに隠した思惑があるのだろう。

 だが、デスマスクにはどうでもいい事だった。

 再び奴の前に立って、挑めるのなら仮初めの命でもかまわない。

 他の奴らとは違い、俺だけはハーデスに素直に感謝してやろう。

 こうしてデスマスクは、聖域に戻ってきたのだ。

 

 

 黄泉比良坂に来て、デスマスクが最初にした事。

 それはキャンサーのサープリスを脱ぐ事だった。

 

「ここは、冥界に接する領域。

 サープリスを脱いでも、この仮初めの命が失われることはない。

 ここでなら対等な条件で戦える」

 

 そう、デスマスクがここを決闘の場所として選んだのは、屈辱を受けた場所だからと言う理由だけではなかった。

 デスマスクが地上に出向くことが出来たのはサープリスに身を包んでいたからだ。

 地上ではサープリスを脱ぐことが出来ないから、ここを選んだのだ。

 ここでは、デスマスクだけがクロスやサープリスの力を使える。

 だが、デスマスクはそんな物に頼るつもりはなかった。

 いや、頼れば負けると分かっていた。

 

 確かに神話の時代からクロスは聖闘士の身を護り続けてきた。

 聖闘士のクロスへの信頼は、もはや信仰と言えるほどだろう。

 そんなクロスを不要と断じて脱ぎ捨てるのは、暴挙とすら言える。

 その暴挙こそが奇跡を生むのだ。

 

 サープリスを脱ぎ捨てたデスマスクのコスモは、かつて黄金聖闘士であった時でさえ感じたことのないレベルにまで高まっていた。

 冥界で己を鍛え続けてきた、それは魂を直接鍛えていると言うことなのだ。

 そうやって積み上げてきたものを、カシオスにぶつける事が出来る。

 これから始まる喧嘩への期待で、デスマスクの心は最初から最高潮《マックス》だった。

 

「さあ、始めようぜ」

 

 デスマスクが構える。

 

 カシオスも、それに応えて拳を握る。

 その拳を振りかぶり、相手に背中を見せるほど身体を捻っていく。

 その動きは、素人のものだ。

 デスマスクから見れば隙だらけで、かわす事も簡単だった。

 捻られた身体から弾かれるように拳が向かってくる。

 カシオスは巨漢の戦士だが、その拳は実物以上に大きく見えた。

 

(うひょ〜怖え〜〜〜!)

 

 デスマスクは、そう思いつつも回避動作を取らなかった。

 カシオスの拳がデスマスクの顔に叩き込まれる。

 凄まじい衝撃でデスマスクが仰け反る。

 だが、デスマスクは踏み留まり、渾身の力でカシオスに殴り返す。

 その威力は、カシオスを仰け反らせるほどだった。

 

「ははっ、耐えられる。

 耐えられるぞ!

 あの時、あれほど容易く砕かれた身体が、今は反撃すら出来る!」

 

 デスマスクは、自分の成長を実感していた。

 ああ、俺は前に進めている。

 黄金聖闘士になってから、ずっとその場に留まって一歩も進めなかった。

 そんな自分が、再び歩き始める事が出来たんだ。

 

 そんなデスマスクの思いを、カシオスはその拳から感じていた。

 

「今のあんたとなら、好敵手《だち》になれそうだ」

 

 カシオスが自分を認めている。

 デスマスクは、その目に涙を滲ませた。

 デスマスクの聖闘士としての戦いの道は、苦悩に満ちていた。

 悪との戦いの中で、どれほど力を尽くしても巻き込まれる者たちが出てしまう。

 自分の力が弱いから守りきれなかった。

 そう思い、ひたすらに強さを求めた。

 今度こそ犠牲を出さずに済むように。

 そうやって走り続けたことで、黄金という頂にたどり着いた。

 それでも犠牲を完全にゼロにする事は出来なかった。

 黄金聖闘士になっても守りきれない自分の正義とはなんなのか?

 犠牲になった者たちの恨み言が、纏わりついて離れない。

 積尸気使いだからこそ、死者の嘆きに気付いてしまう。

 デスマスクの中の正義は、次第に変質していった。

 守りきれずに積み上げられる犠牲を正義のための犠牲なのだと思うようになった。

 強さこそが正義。

 そう思わなければ耐えられなかったのだ。

 

 

 だが、カシオスの生き様に光を感じた。

 今は、自分が悪だと認める事が出来る。

 悪の道であろうと、光を放つ事が出来るのだと知った。

 だからカシオスに挑むのだ。

 自らも同じ道を行き、光を放つために。

 

 

 デスマスクとカシオスが殴り合う。

 相手を出し抜くような真似はしない。

 互いが一発づつ交互に拳を叩き込んでいく。

 それは、まるで会話のようだった。

 いや、本人たちにとっては会話だったのかもしれない。

 デスマスクが思いを拳に込めれば、カシオスもそれに応えて拳を返す。

 

 カシオスがデスマスクに示した道。

 それは、任侠道と呼ばれるものだった。

 決して正義ではあり得ない。

 ただ、漢を磨きたい。

 そんな我儘を貫き通す道。

 

 デスマスクは、確かにその道を歩いていた。

 前を見れば、カシオスの背中が見える。

 その背中に浮かんだ侠客立ちが、この道を選んだ漢たちの在り方を教えてくれる。

 その背中に追いつくために、今できる精一杯をぶつけよう。

 

「カシオスよ、これが最後の技だ。

 これを最後に俺は倒れる」

 

 そう言って、デスマスクはコスモを高める。

 この喧嘩が始まってから、デスマスクのコスモは高まり続けている。

 そんなデスマスクの下に、亡者たちの魂が集まってきた。

 冥界でカシオスに挑むために鍛え続けていたデスマスクを嘲笑っていた亡者たちだ。

 カシオスの強さを知って、それでも挑もうと鍛えるデスマスクを見ている内に亡者たちも変わっていた。

 カシオスの強さや在り方に憧れているだけで、そこに近づこうとしない自分たちこそが嘲笑われるべき存在なのではないか?

 ただ愚直にカシオスと言う漢を目指すデスマスクこそが今、一番カシオスの近くにいる。

 いつの間にか、亡者たちはデスマスクに嫉妬していた。

 お前だけがその道を歩いてるんじゃない。

 俺たちだってカシオスに認められたいんだ。

 だから、俺たちの想いも持っていけ。

 同じ道を行く仲間たちの魂を託されたことで習得した最終奥義と言うべき技。

 同じ想いの魂たちを宿し、その全てを拳に込めるだけの単純《シンプル》な一撃。

 

「積尸気魂昇拳!」

 

 悪人であるはずの亡者たちの魂を力に昇華させている。

 デスマスクは、過去の積尸気使いたちが誰一人届かなかった高みに至っていた。

 そのすべてを込めた拳を叩きつける。

 カシオスは後ろを向いていた。

 カシオスが背中に背負う、自らの魂である侠客立ちで受け止めたのだ。

 デスマスクと彼に魂を託した亡者たちの全てを込めた一撃は、受け止められていた。

 受け止めたのは、彼らが目指した背中だった。

 すべてを出し切り、崩れ落ちたデスマスクを前に、カシオスは立ち続けていた。

 

「今日のところは、これで終いだ」

 

 カシオスを超えることは出来なかった。

 それでも、デスマスクは満足していた。

 自分の進むべき・・・いや、自分が進みたい道がはっきりと見えたのだから。

 今なら、他の黄金聖闘士たちと同じように身体を張れるだろう。

 仲間のために魂《からだ》を張ることくらい、亡者たちにも出来た事なのだから。

 

「カシオス、冥界の土産に教えてやる。

 そこの大穴がハーデスの本拠地に繋がっている。

 穴に落ちれば死者になってハーデスに支配されるが、お前は支配されるようなタマじゃないだろう?」

 

「そうか、向こうが聖域《うちの組》にカチコミを掛けてきたんだ。

 その礼をしなきゃいけないな」

 

 デスマスクは、カシオスの予想通りの答えに笑ってしまった。

 こいつなら、神であるハーデスすらぶん殴ってしまうかもしれないな。

 そんな有り得ないことすら考えてしまう。

 デスマスクの身体が消え始める。

 ハーデスに与えられた寿命には、まだ時間があった。

 その寿命すらも、先程の一撃で使い果たしたのだ。

 再び冥府へと帰る時が来た。

 

「また、一から出直しだな」

 

 そう言ってデスマスクは消えていった。

 

 デスマスクを見送ったカシオスは、穴へと向かって歩を進めていった。

 穴に落ちれば、死者になってしまうと言う。

 それでも、ハーデスに支配されるカシオスの姿は、誰にも想像できないだろう。






デスマスク最終章です。
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