Re:ゼロからやり直す異世界生活   作:リゼロマニア

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エピローグ

 ラインハルトは『剣聖』だ。優美で端正な顔立ち。英雄として完成された器。何よりも最強に君臨する無類の剣士。

 ラインハルトは、エミリアと、エミリアの膝で深い眠りについているスバルを憂いげな顔で眺めいた。

 

 今なお、エミリアの治療が行われているスバル。その彼の負傷も、もとを正せばラインハルトがもっと早く駆け付けられなかったことに起因する。結果、初めてであろう実戦で彼は『腸狩り』と死闘をせざる得ない状況に陥った。

 

 スバルは負うべきではない傷を負い、そしてエミリアにはかけるべきではない負担をかけてしまっている。

 

 その上、自分の体質は、処置を行うエミリアの側にいるのがエミリアにとってマイナスに働く。

 

 こうして遠目に見守っているのが最善。その判断をどこか冷静に行っている自分がいるのがわかってしまい、なおさらそれが彼の自責の念を強めていた。

 

 

 

 

「うんこれで良し」

 

 瞑目し、己を責めるラインハルトの鼓膜に銀鈴のような声が届く。

 

「スバルってば困ったちゃんなんだから」

 

 口では憎まれ口を叩きつつも、エミリアの顔には隠しきれない笑みが浮かんでいる。

 微精霊との治癒魔術で、スバルの治療をしたエミリアは、自身の膝で眠っているスバルの髪を優しく撫でている。

 

「治療は完了。――マナもみるみる回復してるし、あとは休めば目が覚めるでしょう」

 

「それはなによりです。その上でエミリア様……」

 

 満足げなエミリアに足早に歩み寄り、ラインハルトはその足下に膝をついて頭を垂れる。所作ひとつひとつによどみのない、完璧に礼式に則った姿勢だ。

 

「此度は自分の至らなさにより、エミリア様に多大な心労をおかけいたしました。この失態に対する罰はいかようにもお受けいたします」

 

 立てた膝の前には腰に預けていた剣を置き、ラインハルトは己の失態を謝罪する。

 

 騎士として、己のできる最大の謝意の示し方だ。この上でいかな沙汰が下されようと、甘んじて受け入れる覚悟がラインハルトにはあった。

 友人に苦労をかけた贖罪も兼ねる。

 

 しかし、そんな彼の謝罪に対して、それを向けられたエミリアは、

 

「そういうところ、よくわからないのよね、あなたたちって」

 

「は?」

 

 ラインハルトは、疑問を声をこぼす。

 

「危ういところに助けにきてくれて、こうしてどうにか全員が無事に片付けられた。それなのに、その間の苦労や痛みの責任まで全部抱え込もうとするんだもの」

 

 立てた指を振って、どこか少し不満げにエミリアは唇を尖らせた。

 

 それから立てた指をふと、安らかな寝顔を浮かべているスバルの方に向けて、

 

「スバルの方がよっぽど素直じゃない。助けてやったんだからお礼を寄こせ、って言ってきたぐらいなんだから。全然、欲張りじゃないお礼だったけどね」

 

 名前を教えてほしい、とスバルがかっこつけて言っていたのはラインハルトも見ていた。そのことを思い浮かべ嬉しそうにはにかむエミリアに、思わずラインハルトの唇も綻びかける。

 

 「だから」と、そんなラインハルトにエミリアはふっとその紫紺の瞳を細めて、

 

「助けてくれてありがとう。――私があなたに言うのはそれだけ。罪が見当たらないから罰も与えようがないもの。納得できないなら、次に活かしてくれればいいから」

 

「――わかりました。そのお言葉、ありがたく」

 

 さらに深く頭を垂れ、敬意を表してからラインハルトは立ち上がる。

 

 互いに向き合えば、ラインハルトの方がはるかに身長が高く、こうしてみれば、エミリアを見下ろすような形になる。にも関わらず、先ほど感じさせられた大きさはなんなのか。

 

 器の差なのだろう、とラインハルトは己の狭量さを推し量る。

 

 その反面で、やはりエミリアも『選ばれている』だけの人物なのだと再確認した。

 

「ところで、今日はずいぶんと軽装だけど……」

 

 押し黙るラインハルトを見ながら、ふと気付いたようにエミリアが呟く。

 

 彼女の目はラインハルトの装い――今日は非番で、王都を気ままに散策するために選んだ黒を基調とした私服で固めている。騎士としての格好しか見ていないエミリアからすれば、なるほど違和感があるだろうと納得。

 

「今日は久しぶりの休日でして、普段の近衛の制服は着ていないんです。甲冑は城内に置いてありますし、騎士としての自分は今日はこの剣ぐらいしか」

 

 外していた剣を腰に差し直し、その爪痕が目立つ宝剣をエミリアの視線にさらす。

 

 エミリアは少しだけ驚いたように目をまたたかせ、

 

「休日、なのにどうしてこんな騒ぎに巻き込まれたの?」

 

「それは少しだけ複雑なのですが……そこの、スバルの導きですね」

 

 今は意識がここにない少年、スバルとの出会いがラインハルトをここへ導いたのだ。

 

 ラインハルトがスバルと初めて邂逅した大通り、久しぶりの王都散策で少なからず舞い上がっていたときにスバルとぶつかって、そのあとに介抱した時の問答まで遡る。。。

 

 ぶつかってしまった謝罪、せめてもの贖罪がしたいと食い下がるラインハルトに、スバルは2つお願いを頼んだ。

 

 スバルの懇願通り、呼ばれたら直ぐに駆け付けられるように準備しつつラインハルトは休暇を楽しんでいたのだ。そこに、

 

「スバルの頼み通り金髪の少女が私を呼びに来たので、緊急を要する事態だと知り急いで駆け付けて今に至る、……というところです」

 

「そう、あの子に」

 

 話題に名前が上がったことで、エミリアの視線が柱の向こう――そこで、いまだに意識の戻らない老人を看護している少女へと向かう。

 

 金髪の少女はその視線を受けて振り返り、気まずにそっぽを向いた。

 

「エミリア様、彼女とは……」

 

「ラインハルト。色々と力になってもらってありがとう。助けてもらって感謝してる。でもその上でお願い。ここから先のことに、口出ししないで」

 

 強い口調で言い切られ、それ以上の言及をラインハルトは諦める。

 エミリアはスバルの頭をそっと地面に下ろす。頭と地面の間に、ローブを敷くことも忘れない。

 スバルが起きていないことを確認すると、エミリアは立ち上がる。

 ラインハルトの沈黙を肯定と受け取り、歩き出すエミリアは金髪の少女の下へ。少女もまた、その歩みに対して覚悟を決めたように向き直る。

 

「そのお爺さんは、あなたの家族?」

 

 腰を折り、しゃがんでいる少女に視線を合わせてエミリアは問う。

 

 問いかけに少女は唖然とした顔を作った。おそらく、彼女の予想したどんな言葉とも違う言葉をかけられたからだろう。

 

 二人の事情を知らないラインハルトであっても、彼女たちの間にあるのが友好的な親交の積み重ねでないのはうかがい知れる。

 

 出鼻をくじかれた形になった少女は気を取り直すように頬を掻き、すぐ傍らに寝ている老人の頭を照れ隠しするようにぺしぺし叩き、

 

「そ、そーみたいなもんだ。ロム爺はアタシにとって、たったひとりの……うん、じーちゃんみてーなもんだな」

 

「そう。私の家族もひとりだけ。肝心なときに眠りこけてるし、今回なんてスバルに私を任せちゃって……起きてるときには絶対にそんなことは言えないけど」

 

「アタシだって、起きてるロム爺にこんなこと言えねーよ」

 

 心なしか、老人への打撃の威力がぺしぺしからびしびしへと上がっている。無意識なのだろう。速度も加速、白い禿頭が赤くなり始めている。

 

 それから彼女はエミリアを見上げ、その赤い双眸に弱々しい光を灯し、

 

「もっと、すげーきつくくるかと思ってた」

 

「そう、ね。さっきまでのままなら、そうだったかもしれないけど。毒気抜かれちゃったのかもね。だからね、すごーく頑張ったスバルの顔に免じてあげる」

 

 仕方ない、と苦笑してエミリアは肩をすくめる。

 それにフェルトは、なんやかんやでスバルの計画を実行してくれたのだ。

 

 そんな彼女の仕草と、眠るスバルを指差されて金髪の少女はしばし顔を伏せ、それから「ごめん」と小さく謝罪を口にした。

 

「命を助けてもらったんだ。恩知らずな真似はできねー。盗ったもんは返す」

 

 フェルトは腰を上げると視線を路地の方へと向ける。

 

 彼女はエミリアに「いいか?」と一言、声をかけてから、

 

「戻ってきたとき、アンタらがやられてねーとも限らねーかんな。……別の場所に隠してきたんだけど、取りにいっても平気か?」

 

「用心深いこと。……嫌いじゃないけど。ここで待ってるわ」

 

 

「……いーのかよ? 口から出まかせで逃げ出すかもしんないぜ?」

 

「逃げてもいいけど、アレが追いかけてくるわよ?」

 

 アレ、とエミリアに指名されて、ラインハルトは背筋を正す。

 

「それにスバルも。……あの子もいっしょにあなたを追いかけるもの」

 

 金髪の少女はその直立になにを思ったのか、「うえぇ」と心の底から嫌そうな声を出して、「すぐに戻る」と路地の方へと駆けていった。

 

 

 

「あの子が戻ってきて、全部取り返せたら……やっと戻れるわね」

 

「詳しくはお聞きしませんが、身辺にはご注意を。――帰りは護衛を付けますので、同行させてください」

 

「そこまで世話には……といっても、ここまで迷惑をかけたら同じことよね。お願いします」

 

 了承を得て、ラインハルトは「心得ました」と返答。それからエミリアの視線を辿り、安らかな寝顔をさらしているスバルに辿り着く。さて、と前置きし、

 

「彼――スバルとは、どういうご関係ですか?」

 

「……わかんない」

 

 

 間髪入れずにそう答えられて、ラインハルトは思わず鼻白む。

 

 たじろぐラインハルトの様子がよほどおかしかったのか、エミリアはその唇を綻ばせ、

 

「路地裏で怪しい三人組に絡まれてたところを助けてもらって、たまたまスバルもフェルトに用があったから一緒にどう?って……そ、その。私に一目惚れした、から」

 

 エミリアは頬を朱色に染めたまま、スバルの髪の毛をいじる。心地よさそうにねむっているスバルの顔が、くすぐったそうに歪む。

 

「なるほど、それで。惚れた女性のために全力を尽くしたのですね。そして……」

 

 「体を張って、あなたを守り抜いた」と、言いかけてラインハルトは口ごもる。

 

 声高にそう主張することは、どこか彼の行動自体の気高さを貶めるようにも思える。部外者が口に出すことで価値を落としそうな気がする。

 

 それに、言われなくてもエミリアはそんなことはわかっているだろう。

 

 現に彼女はラインハルトの口にしなかった部分を引き継ぎ、そして自身の膝にスバルの頭をそっと乗っける。

 

「だから困っちゃうの……私そういうのに疎くて。す、好きって言ってもらえて嬉しいけどよく分からないからすこーし困ってる。あの変態にどう説明すればいいのかも」

 

 

 

「ロズワール辺境伯のことを、あまり悪く言われませんよう。あの方は立派な方です。多少、変わり者であることは事実ですが……」

 

「変態で通じた時点で、ラインハルトの認識もわかるんだけど」

 

「……失礼しました。ロズワール伯にはご内密に」

 

 ウィンクして謝意を表明すると、エミリアは「はいはい」と曖昧に返答。

 

 それからラインハルトは改めてスバルのことに水を向け、

 

「彼の身柄はどうしましょうか。自分に預けていただけるなら、当家の方で客人として扱いますが」

 

 エミリアは、スバルの寝顔をじっと見つめる。

 あ、涎が垂れた。

 

「……いえ、こっちで連れ帰るわ。その方がはっきりするし、私を助けてくれた恩人だから」

 

 自分の膝の中でぐっすりと気持ちよさそうに眠るスバルの寝顔を。

 何故か、エミリアは誰にも見させたくなかった。

 

「よろしくね、スバル」

 

 

 

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